※この作品はR-18です。

彼女は彼女に恋をした。   作:霧里

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彼女は彼女と遅刻した。(Aパート

恋人(仮)へ送ったメッセージ。

 

諸兄等なら、その返信をいったいどれほど待っていられるだろう?

 

十分か、一時間か。あるいは、明日でも構わないという人もいるかも知れない。

 

まあね。時間も時間だったしさ。寝ちゃったかなって私も思ったよ。

折り悪く、真冬からの着信は 私がお風呂に入ってる時間。割と長風呂な私がそれに気づいたのは 一時間も過ぎた後だった。

 

「うがぁぁぁぁぁっ!!」

 

朝の通学路。その途中で羽流は吠えた。

 

突然の少女の叫び。

 

まばらに歩く同級生たちの視線が突き刺さる。

驚いた小鳥たちは一斉に飛び立ち、道行く野良猫がにゃーと鳴く。

 

そう、まばらなのだ。

 

もう、まばらなのだ。

 

いつも学生たちで賑わう道筋を歩く人は少ない。

時間が経つにつれ、まばらになっていく人影を見送れば、そろそろ良い時間。

いい加減に歩き始めないと、もう遅刻だというのに、それでも羽流は動けなかった。

 

真冬からの返信が来ない。

 

朝イチに送った「おはよう♥」のメッセージに返事がないのは良い。

出かける間際にさえ、まだ未読だったのも、まぁ許せる。

待ち合わせ場所で足を止め、いい加減にとスマホを見ても、変わらず画面に変化はない。

 

あれ、まふゆん、なんかあった?

 

彼女にしては珍しい。寝坊という言葉が、全く似合わない印象だっただけに、ここまでの音沙汰なしは、不安を抱かずにいられない。

もうちょっと、あと少しだけ。そうすれば、そこの影からいつものように彼女が顔を出すんじゃないか。

 

あ、ごめん。スマホ見るの忘れてた。

 

とか言われる方が、寝坊したって慌てる彼女よりも、よっぽど想像に易かった。

だとしても、時間が時間だ。いつもの時間で それを言われるのならまだしも、遅刻間際になると話も変わる。体調でも崩して寝込んでいるのか。事故になんか巻き込まれちゃいないかと、不安の種はどんどんと芽吹いてくる。

 

「まさかね…」

 

とは思うけど。

 

昨晩、真冬から送られてきたメッセージに視線を落とす。そこから下は、未読のままに並ぶ、私からのメッセージの一覧だ。

 

今朝から、ううん、昨夜から何も変わっちゃいない。

 

鳴らないスマホを手に、だんだんと心細くもなってくる。さながら、気分はもう悲劇のヒロインだ。

 

待ち合わせ場所に恋人が来なくって、そのまま待ちぼうけてすれ違う。

 

そんな、よくある作り話に自分を当てはめてみても、ここで取れる選択肢が増える訳もない。もういいやって、諦めて学校に行くか。ハチ公よろしく この場で待つか。

 

あるいはもう一つ。

 

真冬に待たされるのも そろそろ飽きたしな。そっちが来ないなら、私から行くまでだ。住所は分かる。開いた地図アプリに浮かぶ、ハートマークが目印だ。

 

歩けば10分走れば5分。

 

おおよそ、向かう先を頭に思い浮かべると、走り出した曲がり角で「きゃっ」と、悲鳴に打つかってしまった。足を踏み込んでの急ブレーキ。正面衝突とまではいかなかったけど、どさっと、同じ様なタイミングで尻もちの音がする。

 

「ごめんなさいっ、私急いでて…。その、怪我とかは…大丈夫ですか?」

「あたたって…。まふゆん?」

「え、あれ…羽流? なんで、先行ってて良かったのに…」

 

なんともベタな展開だ。このままスカートを抑えて「見た?」とか口にすれば花丸百点満点だったろう。

 

「行ってて欲しかったの?」

「だって…遅刻しちゃうじゃない。羽流まで、そんな…っ」

 

そりゃ「ごめん」ていう場面なのかもしれないけれど、私が欲しい言葉はそっちじゃない。

 

「ありがとう、でしょ?」

 

戸惑う彼女の唇に、指先を置いた。

 

「え、あ…うん。ありが、とう?」

 

一つ、一つ、確認するように言葉を紡ぐ。

 

「待っててくれて、嬉しいです」

「…待っててくれて、うれしい…です?」

 

端的な言葉に不思議そうな顔をした真冬は、私の意図を察したのか、少し呆れた顔をしながらも、言われるままに繰り返した。

 

「今日も羽流は可愛いね?」

「っ、ぁ…もう。今日も、羽流は…かわいいね?」

 

エスカレートしていく要求に頬を染め、それでも返ってくるオウムの羽音。

今なら行けると確信した私は、勢いよくアクセルを踏み込んだ。

 

「ちゅーしよ?」

「ダメ」

 

しかし、現実はそう甘くはない。そっぽを向かれての ノーサンキュー。

私の口車に乗せられて、せめて「ちゅー…」の所くらいまで言ってはくれないもんかと期待したが、なかなかに彼女の口は固かった。

 

「ちっ…」

「舌打ちしないの…」

 

最早、隠しもしない舌打ちに、真冬はあからさまな吐息を吐いて寄越す。

 

「でもさ、心配したのはマジなんだぜ? 熱でも出したのかなとか、事故ったりしてねーよな とか。まふゆんってば、連絡の一つも返さないんだもん」

「連絡って…え、あ…ごめ…えと」

 

ほれ見たことか。

 

慌ててカバンの中を弄りだす。あっちを開いて、こっちを閉じて。しかし、その手がピタリと止まると、真冬は恐る恐ると私の方へ視線を向けてきた。

 

「まふゆん?」

「…ごめん」

「なにが?」

「…怒んない?」

「もう怒った」

「せめて聞いて」

 

だってさ、言われなくてもだいたい分かるんだもん。

カバンを漁ってまで出てこないスマホ。それが手元に無いってことは、おおよそ家にでも忘れてきたんだろう。

 

「違うのっ。今朝はその、寝過ごしちゃって、慌てて、だから。無視したとか、蔑ろにするつもりはなくって。それで、それから、だって…その。ごめんなさい」

 

言い訳の言葉も思いつかなくなった真冬は、だんだんと言葉尻を下げると、最後は一つ、ごめんと呟き項垂れる。同時に、項垂れたのは私も一緒。やり場のない感情をそのままに、がっくりと肩を落とした。

 

いや、いいよ。これくらいは予想の範囲。

 

私の心配を返して欲しいとは思っても、真冬が無事ならそれも良い。けれど、代わりと言っては何だが、その弱みにつけ込むくらいは許されたい。

 

「いいよ、いいともさ。羽流さんの心は雨上がりの水溜りよりは、広いからね」

「せま…」

「なに?」

「ううん、続けて」

 

当然のツッコミを一睨みで躱した私は、真冬に促されて先へと進む。

 

「昨日のメッセ…。これ、言ってくれたら許したげる」

「昨日のって…え、あっ、それは…ちがうの」

「違ってても言って?」

 

スマホを忘れた真冬に代わり、私の画面を見せて上げると、そこには確かに彼女からのメッセージが浮かんでいた。

 

曰く「はねるん」と、ただ一つ。

 

私が彼女を「まふゆん」と呼ぶように、他愛のない愛称でしかない。

文字にしたってたったの4文字。今じゃスタンプに取って代わられる様な少なさでも、それを打ち込むに要した彼女の心境はどれだけだったのか。

 

「…言わない」

 

頬を染め、そっぽを向いて、しかし彼女は首をふる。

 

「なんでさっ。ていうかこれもう言ってるようなもんじゃん。聞きたいっ。リアルでっ、生でっ! まふゆんからの「はねるん♥」て、猫なで声で聞かしてよっ。

一回だけっ、ニ回でも良いからっ!」

「嘘でしょ…。ここで数増やす人、初めて見たんだけど」

 

フットインザドア。要約すると先っちょだけ。

 

交渉術のセオリーを物ともしない言葉に、真冬は驚きながらも、だからって勢いで頷いてくれたりもしなかった。

 

「言わないったら言わないのっ! ほんとに遅刻しちゃうからっ。私、先行くよ?」

 

ダッと立ち上がり、ガッと踏み込んで。問答無用を匂わせる背中。これ以上はしつこいか。なんなら、真冬からの心象を悪くもするだろう。

だから、これは取っておきだ。RTAとか言われるようなズルっ子の手法。

 

「へぇ…置いてくんだ? また私のこと待たせるんだ、真冬は…」

 

たんたんと、感情を押し込めるように声音を均す。

 

こちとら失恋の経験はごまんとあるんだ。降る雨に、流れる涙を隠したのだって一度や二度じゃない。そっと目を伏せ、瞳を潤ませ、耐えるように自身を抱きしめる姿は、誰がどうみても傷心の女の子そのものだったろう。

 

効果は抜群である。一撃で彼女のHPを削りきった手応えもあった。

 

「それ、は…。その言い方は、ズルいと…思う」

 

でしょうよ。なにせ昨日の今日だ。私を大切にするって言った手前、自らの恥ずかしさを理由に、私を放置するなんて出来やすまい。

いや、しても良い。けれど、真面目な真冬にこそ、その選択肢は取りづらかろう。

 

「ズルくて悪いかっ!」

 

真冬は良いよ。そうやって照れて見せればイチイチ可愛いんだから。

惚れた弱みさ。しかたねーなって、許してあげたい気持ちはある。

でも、だからってっ。いきなり「はねるん」なんて、メッセージを送られた私の浮かれ気分はどうにも収まりがつかず、開き直るより他はない。

 

「開き直らないでっ!」

 

押してもダメなら引いてみろ。

 

アスファルトの上で居住まいを正した私は、神様、仏様、真冬様と、両手を合わせて拝み倒す。

 

「一生のお願いっ!」

「9回目だよっ! それっ!!」

「数えてんなよなっ、バーカっ!」

「バカって、バカって言ったっ。羽流が言うのそれっ!」

 

ふんっと、鼻息が聞こえてくるようだった。

 

そっぽを向いた真冬は、とうとうと歩き出し、まるで たたらを踏んだよう。

一歩、ニ歩と、続く足音は、しかし三歩目が聞こえない。

 

「…ぅぅぅぅっ。ぁぁぁぁっ」

 

唸るような声が漏れる。ぎゅぅっと拳を握りしめ、パタパタとその場で足を踏み鳴らす。「もうっ!」何かを振り切るように、大きな声を出した真冬は振り返ると、こっちを見ないまま私に手を突き出した。

 

「はねるんっ!! これで来ないならっ、ほんと、先行くから…」

 

三歩目を踏み出したのは私から。

 

思っていた猫なで声でこそ無かったけれど、私に向けられた他愛のない愛称に心が弾む。差し出された手を取って、重ねた指を絡ませた。指切りよりも強く、固くに結んだ指から、真冬のドキドキが直接伝わってくるようだ。

 

「あっ、と…っ。もう…少し離れて、歩きづらい」

「え? いいじゃん別に、照れてんの?」

「照れてない。あと、その顔もやめて…」

「えー? はねるん はいつもこんな顔ですよー?」

 

わざとらしく頬に指先を当てて、持ち上がりそうになる口角を無理に押さえつける。今、鏡で見る私はきっと、にらめっこの最中にも見えただろう。

 

「…バカっぽいよ、なんか」

「あー、いけないんだー。チクチク言葉なんだぞ、それ。せんせーに言ってやろー」

「自分だって言ったくせにさ…」

「お、先生にチクる?」

「チクりません。羽流と一緒しないでください」

 

軽くあしらわれている。

 

それでも真冬に纏わりついて歩く私は、さながら懲りない子犬の様でもあった。

首輪こそ付いてはいないけど、彼女に手を引かれながら歩くのは楽しい。

尻尾でも生えていたなら、ぶんぶんと、振り回すのに余念が無かったはずだ。

 

だって、真冬はいつもそうだから。

 

照れ始めると、極端に視線を合わせなくなる。

私の事を子ども扱いしながらも、自分は大人ですって澄まし顔。そのくせ、隠しきれない動揺は、取り繕った表情に代わり、繋いだ手に現れるんだ。

 

分かっていて、知らない振りをする。

 

子供扱いされてようが、単純に構ってくれるのが嬉しいし、彼女の好意を直接感じられるのもポイントが高い。

 

そのまま、戯れつきながら登校していた私達は、向こうから鳴り響くチャイムの音をハタと聞いて『あっ』と、どちらからもなく声を漏らしていた。

 

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