夕暮れの放課後。
羽流が真冬の机で、やらかしていたその後。
彼女が手を洗いに行ってる間に、真冬は荷物を取りに席に戻っていた。
机にぶら下がっているカバンを引っ掛けて、見ないようにと気にしたせいか、視界の端が余計気になってしょうがない。
キラリ、夕日に輝く机の角。
目に見えて何かで濡れたそこからは、なんだか今も羽流の気配がするようだった。
もう、してしまった事はしょうがないけれど。
せめて、拭いていっては欲しかった。
「はぁ…」と、小さな不満を胸の内から吐き出す。
戻ってきた羽流を前に、ちゃんと拭いてって指摘出来る度胸もないなら、結局自分でするしか無い。取り出したティッシュを机の角に擦り付けると同時に、それを吸い込んだティッシュがヌルリと重たくなった。
それは、羽流の指に付いていたのと同じもの。
彼女の興奮の証であり、裏返してみれば、私への好意が形になったものだった。
「…」
とりあえずゴミ箱に捨てて…。
けれど、空っぽのゴミ箱の前で指が止まる。
羽流のが付いたティッシュを放置したからって、まさかバレるなんてこと。
明日、早めに来た誰かがゴミ箱に入っているティッシュを見つけたって、そんな事に繋がるはずがない。
そりゃ、拾ってまで匂いを嗅がれたら分からないけど…。
だからって、スカートのポケットに入れる事はなかったと思う。
くしゃり…。丸めたティッシュに感じる湿り気。廊下の向こうから聞こえてくる羽流の足音に急かされた私は、慌ててそれを、ポケットに突っ込んでしまっていた。
「見て見て まふゆんっ。お手々ピカピカだよー♪」
私の前で両手を突き出し、握って開いた指の先。仄かに香る石鹸の匂いは、確かに、念入りに洗ってきたものなんだろう。
「うん…綺麗になってるね」
けれど今度は、私の指先が汚れてしまっていた。
纏わりつく湿り気を スカートになすりつけただけ。
何も知らない羽流は、そのまま私の手を取った。少し冷えた彼女の指の冷たさにドキリとする。ううん、違う。ドキリとしたのは別の理由。
「手、洗ってきて」だなんて、同じ言葉を返されやしないかと、背中を伝う冷や汗が、手の平にまで滲んでしまいそうだったから。
ー
好き嫌いの花占い。
家に帰った後も、放課後の出来事が忘れられず、気を紛らわすように、真冬はスマホの画面を撫で続けていた。一枚、ニ枚と、揺れる花びらに触れては指を逸らす。その度に、散った花びらはヒラリと舞って、画面の下の方に溜まっていった。
こんな事してたら、また羽流に「可愛い事するね」とか言われちゃいそうだ。
果たして、結果の見えている占いを、占いと言うのだろうか?
好きか嫌いかの二択に、奇数の花びらを持つ花を選ぶだけ。なんなら、好きと嫌いの順番を変えたって良いんだ。五目並べの必勝法より よっぽど簡単に思う。
「…好き。大好き。愛してる…」
散った花びらに嫌いの文字は一つもない。
羽流がくれる言葉は好きばっかりで、私もただそれを繰り返す。
からかわれている だけだって 思っていたその言葉も、最近はそうでもないと気づく余裕も出来てきた。
自分だって、結構恥ずかしいくせに。
一度、思い切ってしまえば、多少の羞恥心なんて気にならなくもなる。なにより、照れる私を見てるからこそ、落ち着ける部分はあったんだろう。
私だってそう。
彼女のほっぺに自分からキスをして。大胆だったな。どうしてあんな事をしたんだか。彼女の調子に巻き込まれて、ついと、思う心はある。
でも、一度やってしまうと、なんだか吹っ切れたというか、うん、腹が据わる感じはした。
照れて、固まって、赤くなって。
仕返しされると思っていただけに、初めて見る羽流の反応は、新鮮なときめきを私にくれた。
可愛かったな。
思った自分を否定できない。
普段、私を引っ張り回している彼女が、私の手で転がされているのを見ると、妙に胸がモヤモヤしてしまう。その音色は、艶めかしい。ドキドキと、胸をときめかせてくれる恋心と良く似てはいても、まるで違う音色に思う。
また、えっち、したい?
散る花びらに自問自答が重なって、最後の一枚がヒラリと落ちた。
「ばーか」
自分に向ける罵倒と共に、スマホの画面を閉じる。そのままベッドに寝っ転がった私は、花に喩えた彼女の事を考えないではいられなかった。
好きも嫌いも有りはしない。
何枚花びらを千切ったって、舞い散る花びらは好きばっかり。花弁の多さで選んだ ひまわりでさえも、気づけば丸裸にしてしまっていた。
直して欲しい所だって、もちろんあるよ。
振り回される事もしょっちゅうで、何かにつけてメッセージを送られても、返す方も大変だ。もう少し落ち着いて欲しいと思うのは毎日だけど、不思議とそれがイヤではない。そんなの、彼女の魅力の前には些細な問題だった。
だって、好きか嫌いかで言えば当然好きだから。
好きだの、愛してるって言われれば、恥ずかしいけど嬉しくて。それはまるで初恋の、異性に対するドキドキにもよく似ていた。ううん、殆ど同じと言って良い。同じどころか、今では少し強いくらいに私の胸で響いている。
好きになっても良いのかな、私なんかがさ…。
最近はずっとそう。勉強の合間だとか、スマホで次の動画を探すスキマ時間。
本のページを捲る少しの間に羽流の事を思い浮かべて、気づけば指が止まってしまう。
「好き…」
口にしただけで胸が高鳴った。呟いた唇をそっと撫で、思い浮かべた彼女の笑顔は、私をドキリとさせる。もっと、言ってあげたほうが良いのかな? 私だって嬉しくなるんだから、羽流だってきっとそう。むしろ、あんまりに言わない私の方が、不義理なんじゃないかと思うくらい。
この間までは、別の誰かが好きだったはずなのに。
自分の浮気性だって疑いたくもなる。
私の初恋は、イコール失恋だ。傷心を紛らわすために、賑やかな彼女を隣に置いてるだけなんじゃないの? そう、考えてしまう自分を否定も出来なければ、じゃあ、以前の恋心の方が嘘だったと思うのはイヤ。
それは、なんだか…違う気がする。
ちゃんと私のことを振ってくれた彼にも申し訳がない。最早、女の子同士である事は問題じゃなかった。この恋心に筋が通っているのかどうかが気がかりだ。
こんな悩み、羽流だったら、なんて言ってくれるかな?
聞かされたって困るだろうけど、想像するくらいは許して欲しい。
「…私のこと、もっと好きになってくれれば良くない? とか?」
ああ、言いそうだ。
口ではそういうけれど、やっぱりつまらなそうな顔はするんだろう。
「妬いてるの?」なんて聞いた日には「妬いてませんー」とか言いだして、可愛らしく頬を膨らませる姿が目に浮かぶ。
ただ、ちょっと…なんだろう?
「うん、面白くはないよね…」
昔の恋人の事が忘れられなくたって、それでも君を愛している。なんてさ。ドラマチックで結構だけど、そんな風(おとな)にはなれないし、そんな簡単に割り切れてたまるもんか。
変なの。
この間までただのクラスメイトで、それ以上でも以下でもなかったのに。
隣りに居ないだけでこんなに寂しい。今、何をしているんだろうって、どうしても考えちゃう。
連絡…してみようかな?
思えばいっつもそうだ。
私からの連絡は事務的な内容ばっかりで、遊びの誘いや、ただの雑談なんかは羽流の方からばっかり。それに彼女が不満を言った事はないけれど。やっぱり、好きな人から連絡もらえるのは、嬉しい、よね…?
手にしたスマホに明かりを点ける。
真っ先に画面に映ったのは、待受にされてしまった彼女とのツーショット。
恥ずかしいと、口では零してみても。なんとなく、自分から元に戻す気も起きないまま、彼女の笑顔は私のスマホに居座っていた。
(今、何をしていますか?)
なんだこれ?
いかにも、不慣れな文面を打ってしまった自分が恥ずかしい。
もっとフレンドリーに出来ないの? 良い見本だっているのに。例えばそう、ちょうど彼女の真似でもしてさ(はねるん)と、打ち終わった瞬間に、どっと顔が熱くなった。
「あっ…」
全消去を押したつもりで、慌てた指先が送信ボタンを掠めてしまう。
画面に浮かぶ(はねるん)の文字。端っこの未読を見つめながら、指先は固まったまま、一つ、二つと、時間は過ぎて、10を数える頃になって、ようやくと緊張が解けていく。
いない、のかな?
いつもは秒で返ってくる返信が、今日に限っては既読すらつかない事に首を傾げてしまう。それは、まあ、そういう日もあるだろう。すぐに返事を返して欲しいだなんて、私の口から言えた義理もない。
モヤモヤする。
分かってはいても、何だか落ち着かない。
ちょうど、クリスマスや、誕生日の前日みたいな気分だ。
ちょっと待ってれば、すぐに返事はくるはずなのに、そのちょっとが待ち遠しい。
羽流も、こんな気持ちだったのかな?
だからいつも私に「スマホ持ってろって」さ。
鳴らないスマホをベッドに放り投げた私は、そのまま仰向けに寝転がる。
「はねる…」
呟いた名前に胸が熱くなった。
自覚はある。
それを恋だと認める勇気が無いだけで、私以上に体の方は正直だ。
結局、あの時も。羽流のひとりエッチを覗いてしまった時の熱は、解消出来ずじまいのまま。切なくて、もどかしくて、焦れったい。自室に居る安心感も手伝えば、自ずと自分の体に意識が向いていた。
悪い事をしているな。
ううん。自分で自分を慰める事がじゃない。授業でだって、程度とやり方の問題だと言っていたし、私にだって年頃を持て余す日くらいはある。
ただ、やっぱり、それでも。
恥ずかしい事をしようとしている。それに羽流を使おうとしている。
羞恥心と罪悪感。顔が熱くなって、胸がきゅっと締まって、同じドキドキの筈なのに、右と左で違う響きは私に興奮を促した。
少しだけ、ほんの、少しだけ。
私は、私を撫でた。
手慰みのつもりで、パジャマの上からただ少し、ズレた下着を直す様にちょっとだけ。
「ほぅっ…」と、息が漏れてしまう。
なんだか安心するような心地よさ。それでいて物足りなくもある。
望んでいる欲求はココにあるんだと、正解のスイッチを押してしまったみたいだ。
引き寄せた太ももの内側がむず痒い。
お腹の奥に ぽっと快感の火が灯る。
その拙い快感を育てるように、ゆっくり、ゆっくり、私に指を這わせていると、下着の中が湿っぽくなっていくのに気づく。
汗、じゃないよね。
分かってる。今更知らない振りをしたってしょうがない。
羽流とだってそういう事をしたんだし、拙くっても、まったくの未経験なわけでもない。ただ、そこに新しい経験が加わっただけ。興味本位で体を触るのと、好きな人の事を考えながらするのでは、随分と感じ方が違うんだ。
気持ちいい事は気持ちいい。同じ様にドキドキだってする。
最初の内はそうだった。
羽流の事を考えながら私に触れて。ああ、気持ちいいなって、だんだんと羞恥心が解れていく。寂しいのと切ないのが、ほんの少しだけ楽になると、満足した筈なのに、だけど、指先は止まらなかった。
くちゅり…。
水音が聞こえてくる。
パジャマの奥、下着の向こう。擦り寄せた太ももの内側がヌルリと滑り、体の奥から興奮が染み出してくる。「はぁっ…」と、二度目に零した吐息は熱を孕み「はねる…」呼んだ名前に胸が高鳴った。
ドキドキとして。
ムズムズし始めて。
少しだけ強く、指先が私に押し付けられると、じわり、抱えていた快感が溢れるように、下着からパジャマにまで、熱いものが伝わってくる。
パジャマが汚れるのを嫌った私は、そのままズボンに指をかけた。
下へとずらすと、指に引っ掛かった下着までが一緒に脱げてしまう。
意図せず、外の空気に触れた お股の周り。濡れた太ももの隙間が少し冷える代わりに、籠もっていた熱が広がると、なんだか嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきた。
トイレの、そういった匂いじゃない。
お風呂の後。石鹸やシャンプーの香りがまだ強く残る中。作られた花の香りに混ざりこむ私自身の匂い。嫌な感じはしないけど、ちょっとエッチな気になるのは、そういう事をしてるからだと思う。
すんっ…。
口元に当てた指先の匂いを嗅いでみる。
思い出すのは、ヌルリとしていた羽流の指の感触。丸めたティッシュから滲んだ あの湿り気に意識がそれる。少しだけ興味が湧いてしまった。自分の匂いがそうなら、彼女のはいったい どんな匂いがするんだろう。
勿体なかったかな。
変態的な欲求に気づきながらも、薄っすらと考えてしまう。
どうにか解消しようにも、不慣れな私は如何にも手探りで、恐る恐ると自分の体を弄るしかできなかった。
それでも、せめて、何か取っ掛かりのようなものは欲しい。
スマホに収まっている羽流とのツーショットでも使おうか。でも、そんな事したら、明日どんな顔して羽流に会ったら良いか分からなくなる。エッチな写真の一つでもあればいいけど、普段の写真なんか使えるわけがない。
何か、何か、考えて、ふと思いついてしまった自分は、最低だったと思う。
体を起こし、手を伸ばし、壁にかかっていた制服の スカートに指を掛けた。
多分、捨ててはなかったはず。慌ててそのまま 持って帰ってきちゃってる。
探すまでもなく、確かにそれは、そこに入っていた。ポケットの中で丸まっていたせいか、未だに湿り気は残ったままだ。
最低だ。ほんとに、ほんとに、どうかしてる。
耳に響くくらいに高まる鼓動。ドキドキが、ドキドキを呼び込むように、自制が効かなくなった。そんな筈じゃなかったのに。誰かに触られるのがイヤなだけで、自分で使う為に持って帰ってきたんじゃない。こんなの羽流に知られたら…。
けど…。
バレる訳が無い…。
私がティッシュを回収した所を見た人なんて誰もいなんだ。
だから良いって訳じゃない。でも、なにかのタガはとっくに外れていて、ちょっとだけ、好奇心を言い訳に手の平を開いてみた。
まるで、花が咲いたみたい。
私の両手に包まれていたのは、白いティッシュの花びらだ。
その中心から香る匂いは仄甘く。微かに混じった汗の匂いに、羽流に抱かれた日の事を思い出さずにはいられない。
白い花を抱いたまま、ベッドに戻った私は。
くしゃり…。
咲いた白い花を摘みとる。
口元に押し当て、すんっと、鼻を鳴らせば、甘い匂いに目が眩む。すんっと、すぅっと、吸い込んだ香りに恍惚と息を吐き出した。ドキドキと興奮を重ねた心臓は、今にも破裂してしまいそう。
彼女の匂いを嗅ぎながら、空いた手で私に触れる。
自然と思い返すのは、羽流と過ごした夜のこと。記憶の箱をひっくり返してみてまでも、彼女との繋がりを求めずにはいられない。
私に触れる彼女の指先。
初めて誰かに私を許したその感覚は、今でも強く残っていた。
恥ずかしいような、怖いような。ビリっとくる快感に、反射的に腰を逃がす。
一回、ニ回と、撫で擦られて、下着越しにだって言うのに、快感が私に焼き付くみたい。慣れてないから、そう感じるだけ。ちょっと敏感に反応してるだけ。だとしても、直接触れられたらどうなるの? もし、指が入ってきたらどうすればいいの?
まだ、下着の上から触れられてるだけだっていうのに、鼓動は熱を上げ、あまりの気持ちよさに頭がぼやける。お酒のせい? それとも羽流が上手いから?
何を言い訳にしてもしょうがない。もっとって、考えてしまったのは私自身。
足を開いて、彼女と足を絡め合う。
お股に、太ももが押し付けられる。私の太もも も、多分羽流のに当たってた。
私より小柄な羽流の体。軽いとは言っても女の子1人分の体重だ。
動けなくなった。動けなかった。
だって、どう動いても羽流の肌が私に触れる。
私に押し付けられた太ももが強く擦れて、頭の中にチカチカと快感の火花が飛び散った。
もう、どうしたら良かったのか。
あんまりにも強い快感に怖くなる。拠り所を求めた私は、ぎゅって、ほとんどしがみつくみたいに彼女に抱きついていて、彼女に抱き返されると嬉しくなって。
体、お腹の奥の方、どんどん熱くなってた。羽流にくっつけば、くっつくほど、気持ちが良くなって、全部分からなくなっていって。その後は…その後は…気づけば何だか、幸せで、体がほわほわしてた…。
「はね、っぁ、るぅ…」
いやらしいんだ。
羽流の事を考えながら、私は私を慰めることに夢中になっていた。
隠すように閉じた太ももの間に手を挟む。抵抗する振りをして、恥ずかしがってる振りをして、イヤならやめれば良いのに、私の指は止まらない。
荒くなる呼吸に合わせて、羽流の甘い色香が全身に染み付いていくみたいだ。
太ももに阻まれながらも、伸ばした指先が私を撫でると、ほっとするような甘い誘惑に呼吸が乱れてしまう。
一つ、呼んだ彼女の名前に体が熱くなる。
二つ、指先に彼女を重ねて、触れた私の向こうから快感が溢れ出す。
つんっと、張り詰めるような心地よさに触れ、何度もそれに指をかけた。
まるで指の間で伸ばした輪ゴムみたい。今にも切れそうで、切れなくて。指先から滑ると、弾かれた肌が少し痛むみたいに、ビリビリとした快感が広がってくる。
まだ、何も知らない頃だったらな。
少しだけ強く感じた快感は、だけど、全然物足りないものだった。
ちょっと、性感帯を弄るだけ。それも、最初の段階で満足してた。まして、今のが絶頂なんだって、納得するには十分な快感だったと思う。
けど、それで満足するには私は知りすぎた。
その先にある心地よさ。決して一人じゃ届かない快感だろうけど、それに少しでも、指先が触れる程度にでも感じたい。
全身が熱い。
パジャマに擦れた乳首の先が、もどかしくってしょうがなかった。
とうとう上着のボタンまで外し、開けた胸元に手を忍ばせる。くしゃり、手の中で潰れていた白い花びらに意識が向く。何を思ったのか、それを広げ直した私は、膨らんだ乳首の先へと纏わせていた。
「んっ、はぁ…」
かさ、かさ。乾いたティッシュの端に胸をくすぐられる。
しゅり、しゅり。湿ったティッシュの真ん中で、乳首の先を擦っていると、背徳感と羞恥心が混ざり合い、ゾクッとするような快感に変わっていった。
何をやってるんだろう?
思っていても、指は止まらない。
決して、ヌルリと滑りが良くなる訳じゃない。1日中ポケットに入っていたティッシュは、乾き始めてはいて、残っているのは僅かな湿り気くらい。
それさえも、私の涎と、汗とを吸い込み、もうこの水気が誰のものなのかも分からなくなっている。
「はねる…っ、はね、んっ…ひゃっ、あっ、いいっ、なんで…こんな私、あっ♥」
最低だ私。最低なのに、最高に気持ちがいい。
しゅっと、濡れたティッシュで乳首を擦る。興奮に茹だった私の身体は、乳首を擦るその刺激一つにも、敏感に反応しちゃってた。ティッシュを押し付ける指先に力が入り、胸の膨らみが柔らかく沈み込む。指に押されて、形を変えて、寄せては返す波の様な快感に、じっとりと全身に汗が浮かんでくる。
でも、あれ、小さい方が感度がいいって。あの噂、本当なのかな…。
これより、気持ちよくなるって、どんな感じがするんだろう。
ティッシュで乳首を弄りながら、ぼんやりと、そんな事を考える。
別に、胸への愛撫が気持ち良くなかった訳じゃない。むしろ気持ち良すぎて怖いくらい。でも、私でこうなら、羽流はどうなんだろう?
羨ましいって羽流は言うけどさ。
小さくて、可愛くて、取り回しもよさそうで、おまけに感じやすいってさ、それはもうズルじゃないか。
今度、羽流に聞いてみようかな?
でも、そんな事聞いたら絶対あの子「試してみる?」とか、言い出しそう。
「バカじゃないのっ」って、私。そんなんじゃ、昨日してましたって言うようなもので。それに、なんか、上手く出来なかったみたいじゃん。
「やっ、はぁっ。何考えて…別に、わたし…んっ♥」
浮かびかかった妄想を振り払おうとして首を振る。
けれど、熱の籠もった自分の嬌声に興奮が煽られた。揺れて、揺られて、本のページがパラパラとめくれるみたいに、妄想が、先へ先へと進んで止まらない。
無理矢理に手、取られて、羽流の胸に触っちゃった。
私のより小さいっていっても、それと分かるくらいに膨らんでるんだ。だったら、やっぱり、ちゃんと柔らかかったりさ。
羽流の胸の感触を確かめる様に指を動かすと、思い描く彼女の口から吐息が漏れた。悪戯に変な声を出されて、ニヤって笑いかけられる。そしたら「お返し」って、私の胸にも手が伸びてくるの。
「んはっ♥ はねっ、まっ…さわっちゃ、だめって…んんぅぅっ♥」
気持ちよかった。
羞恥心と快感が、一緒になって胸の内を叩いてくる。
「よいではないか、よいではないか」って、羽流、だんだん調子に乗ってきてさ。
私は私で抵抗できなくって、勢いのまま押し倒されると、もうされるがままだ。
しょうがないなって、また、羽流のせいにした。
体から力を抜いて、ただ、彼女にされるがままに愛される。
キスをしながら抱きしめ合う。足を絡めて、羽流の太ももが私に触れると、それだけで、お腹に灯った快感の火が大きくなった。
「はねるっ、はねるっ…♥ んっ、もう、ちょっと…で、わたし、あぁぁっ♥」
絶頂が近い。
ピンっと、張り詰めていく快感に期待が高まる。
そのまま指で弾いた途端に、背筋が反り返った。頭の先から、つま先まで甘く痺れると、ゾクッとして、ゾクゾクとして、もどかしく太ももを擦り合わせながら、ベッドの上で身を捩ってしまう。
「んっ♥ はぁっ…まだ、もっと…はねる、わたし、わたしはっ…♥」
それでも、まだ、届かない。
甘い痺れに包まれたまま、ふわふわした心地で乳首に触れた。
じんっと、痺れた胸の先を転がして、ドキドキと高鳴った鼓動に息が詰まる。
ふわふわして…。
じんじんして…。
ぽろぽろと…。
擦られ続け、崩れ始めたティッシュの欠片は、白い花びらが散るみたい。
好き、大好き、愛してる。好き以外の無い占いは、もう、ただの確認でしかなかった。まるで、花占いの続きのように、散った白い花びらは、私の肌に積もっていく。
「はぁっ…」
なのに。
吐き出した吐息は重たかった。
理由はわからない。
ただ、絶頂の間際、急に快感が遠のいてしまっただけ。
さっきまで、恍惚と漏れていた溜息は冷えていて、失望する反面、どうしてだか ほっとするような心地もあった。
張り詰めていた緊張が少し緩むと、閉じていた太もも からも力が抜ける。
指先はすっかりと濡れていた。擦り合わせる度に、ヌルリとして、羽流への好きが指に絡む。緩んだ太ももの隙間から流れた愛液は糸を引き、伝い落ちた肌の上を、からかうみたいに くすぐっていった。
とんだ肩透かしだ。
全身を覆っていた甘い痺れが溶けるように消えた後、残ったのは倦怠感と、やるせない徒労だけ。指を止めたのだって、ドキドキしすぎて疲れちゃったからで、私自身は、何も満足出来ちゃいない。
「はぁ…なに、やってるんだろう。私…」
彼女への好意。羽流への好き。
こんな事までして、こんなにしちゃってて、どうして彼女のことが嫌いだなんて言えるのか。覚えたての自慰行為に没頭してしまっていた。まるで、羽流への好意を、自分の身体に刻み込む様だった。
結果。欲求不満を解消するつもりが、さらに欲求不満を招く悪循環。
私って、こんなにエッチだったかな。
自分で自分の事が分からない。年頃に興味はあっても、こんなに強く愛されたいだなんて思った事は無かった。
濡れた指先でもう一度。
私は私に触れながら、すっかりと、ボロボロになってしまったティッシュの代わりに、直接 乳首を指で転がした。
そのまま、何度も何度も指で弄ると、くすぶった快感に、もう一度と火が灯る。
再び愛液が滲み出すのと同時に、快感が張り詰めていき、柔らかくなっていた乳首も固さを取り戻していった。
「あっ…♥」
堪らず声が上がる。
濡れた嬌声。熱っぽい吐息。
自分が感じているんだと、自覚しないでいられない。
「はねる、はねる」名前を呼び続けているだけで、快感が増していく。
もうちょっとで、後ちょっと。絶頂の予感は確かにあった。ピンっと、再び張り詰めた快感の糸が弾けて、もう少しで切れそうなのに。
「くっ…あっ、ぁぁぁぁっ、はぁ、はぁっ…んっ…ふぅ…はぁ…っぁ」
でも、だめ。私は全然下手だった。
絶頂の間際でまた、愛液で指先が滑るみたいに快感の糸を取り逃す。
弾かれた糸は強く震えて、甘い痺れに肌が震えて、けど、それだけだ。
体から力が抜ける。絶頂には届かないまま、快感の波が また遠のいていく。
「ゃぁ…」
呟いた否定の言葉。
じわり、瞳の端に涙が浮かぶ。
なんだか無性に虚しくて、なんだか無性に寂しくなった。一人じゃ満足に自分すら慰められない不甲斐なさに歯噛みもする。
今すぐにも羽流に会いたい。
だけど…。
♪♪♪♪
その思いが通じたのか、ベッドの隅に転がっていたスマホが鳴り響く。
その瞬間に、私の胸はドキッと強く高鳴った。羽流からの着信だ。その音色は、私の期待を後押しする様に、胸の高鳴りを強くする。
スマホを手に取り、けれど、通話のボタンを押せないまま、待ち受けにしていた彼女の笑顔を見つめていた。会いたいけど、会いたくない。彼女をオカズにしてしまった罪悪感は確かにあって、同時に抱えた欲求不満も相変わらずだ。
怖い。
ふと、思い浮かんだ言葉に指先が止まってしまう。
今、彼女の声を聞いてしまったら、何かが変わってしまう気がした。
今まで我慢できてたものが、抑えられなくなって、何を言い出すか分からない自分が怖かった。それを聞いた羽流が、何ていうか分からないのがもっと怖い。
「ごめん…羽流。ごめんね羽流。今は…私、可愛くないから絶対…だから」
寝てたって言えば、許してくれるかな?
時間も時間だし。羽流だって、すぐに返さなかったじゃないって。
なんだか、もう、疲れちゃった。
一度気が抜けてしまったせいか、嫌にまぶたが重くなる。中途半端にとはいえ、二回も絶頂に達しかかった体は気だるくて、動かすことさえ億劫だ。
羽流から逃げるように、スマホの画面を裏返す。
そこでようやく、私は自分の格好に思い至った。忘れていれば良かったのに、同じ後悔ならもう明日で良い。
上着は開けてるし、ズボンは脱げてるし、肌の上には白いティッシュの欠片が散っていた。太ももの間には、未だ乾ききらない愛液が糸を引いたまま。シーツの辺りも何だか湿っぽい。寝るにしたって着替えてからだ。取り戻した理性が、私を律しようとはするけれど、それですらも面倒に感じてしまう。
♪
♪
♪
繰り返される着信音が子守唄にも聞こえてくると、もうダメだった。
まどろんできた意識に、羽流の声が重なるようだ。合間合間に目を覚ますけど、だんだんとまばたきの回数は減っていく。気づけばそのまま、招かれるように、誘われるように、心地良い睡魔に身を委ねた私は、意識を手放していた。
ー
そして、目が覚めた頃には、とっくに日は昇っていた。
♪♪♪と、聞き慣れた着信音に揺り起こされる。
寝惚け眼でみたスマホの時計。そこには、見えてはいけない8の文字が浮かんでた。
「くっしゅんっ」
とんだ醜態だ。
飛び出たくしゃみに飛び起きて、はっと目が覚めると同時、見下ろした自分の格好に目眩がする。
上着は開けてるし、ズボンは脱げてるし、肌の上には崩れたティッシュの白い粉がふいている。お股の周りは何だか湿っぽくって、何かが乾いた後のシーツの端が、肌に張り付いてもいた。すっかりと、冷えてしまった体を温めようにも、シャワーを浴びてる時間すら見つからない。
寝坊はともかく、こんな大遅刻。今まで一度だってしたことが無いのに。
慌てて着替えて、走って行って。途中、合流した羽流と戯れ合って。
ええい、違う。そうじゃない。そんな時間は秒だって無かったのに。
向こうで響くチャイムの音に「あっ」と、言うより他はない。
吹き出し、笑いながら走る羽流に手を引かれ、這々の体で学校に着いてみれば、とっくに授業は始まっていた。静まり返る廊下を縫って、今更教室に入るのも気が引ける。
「今さ…「たのもー」って教室に入ったら、私等ヒーローになれるんじゃね?」
長い廊下の始まりで、羽流は ニヤッと悪戯に微笑んだ。
「ならないで…」
「むしろ、堂々としたほうがバレないまであるよね?」
「ないよ、そんなもの。お願いだから、授業終わるまで大人しくしてて? ほら、図書室にでも行こうよ?」
居直ったのか、急に小学生の男の子みたいな事を言い出す彼女を宥めるのも一苦労だ。
「えー、不登校の定番っちゃ保健室だろ? せっかくだし、私がまふゆんの健康診断してあげる♥」
健康診断といえば聞こえは良いけれど、羽流にそんな知識がある訳もなし。
大人の、とか、夜の、だとか。そんな枕詞が透けて見えるようだった。
もちろん、ただの冗談なのだろう。
もちろん、私が断ることが前提の冗句だ。
いや、まぁ、あるいは、ワンチャン狙ってる目も無いではないが、私をからかいたい、ただ私に構って欲しいというのが本音に見えた。
「良いよ?」
なんで、言ってしまったんだろう。
単純に彼女を からかいたくなった。というのは当然あって、あれで奥手な羽流が、まさか頷くなんて思わない。
「は?」
「保健室…。行くんでしょ?」
「いや、え、ちょっ、まままままっ、真冬さん?」
ほらね?
羽流の手首を掴まえて、殊更に力を入れて引っ張ると、慌てた彼女は急に後ずさり、ぱっと私から距離を取った。
「意味…わかって、らっしゃって?」
顔が真っ赤だ。染まる頬は、彼女の髪色さえ通り越してしまっている。
いつもグイグイと、押しの強い羽流の照れ顔は可愛らしく、思わず可愛がりたくなった。
「うん。羽流の頭、花が咲いてたら大変だもん。一度診てみないと?」
「純情を…弄ばれた。もう、お嫁いけない」
自分の不純は棚に上げ、演技らしく、大げさに両手で顔を覆った羽流は さめざめと泣き始めた。ただの嘘泣きなのは分かっているのに、どうしてだか、私には それが、小鳥の囀りにも聞こえてしまう。
「浮気?」
お嫁さんか。意外にネコなんだな。てっきり、私の事が欲しいものだとばっかり思っていたけれど、貰って欲しかったんだろうか? まぁ、あれで案外照れ屋だし、意外と乙女な所もあるんだろう。私としては羽山真冬のつもりだったけど、北見羽流か、それも悪くはなさそうだ。
その時の私は、首を傾げて見せながらも、益体のないことを考えていた。
「違いますけどっ! そんな言うなら責任取ってよっ!!」
「羽流が良い子にしてたらね? それで? 図書室と保健室、どっちに行く?」
「…図書室」
「はい、良い子♪」
ぷすっと、不満を膨らませた返事に、笑顔で答えた私は、彼女の手を引いて図書室へと歩く。
正直ドキドキしていた。
保健室って言われたらどうしよう。繋いだ手が汗ばんでもくる。内心の動揺を隠すのにさえ精一杯で、振り返って彼女の顔を見ることも出来やしない。
別に、それでも良かったのに…。
ううん。もしかしたら、そうして欲しかったのかもしれない。
自棄になった羽流に、保健室に連れ込まれる。この間みたいに押し倒してくれた方が、私としても気が楽っていうか、諦めがつくっていうか。
多分そう、腹が据わる。
きっと介錯でもして欲しいんだろう。
関係の始まった当初から小指を預けたり、自分の恋心に筋を通したがったり、恋愛ってこんなだっけ? もっと甘酸っぱいものを想像していた。なのに、思い浮かぶ言葉は なんだか鉄臭いものばかり。羽流の辞書にだって、そうは書かれていないはずだ。
「ばーか…」
呟いた言葉が廊下に溶けていく。それが羽流の耳を撫でる頃には、すでに形もなくなっていて「え、なに?」追いついてきた彼女から横顔を隠すように、自然と私の足は速くなっていた。