※この作品はR-18です。

彼女は彼女に恋をした。   作:霧里

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彼女は彼女とすれちがう。

 

きーんこーんかーんこーん♪

 

学業終了のチャイムが鳴ると、一気に弛緩する教室の空気。

 

そして、同時に奴も来た。

 

「北見さん、ちょっといいかしら?」

「はい、先生。ごめんね羽流、ちょっと待ってて?」

 

一応でも、今まで言い続けてきた かいはあったんだろう。

カバンからスマホを取り出した真冬は、それをポケットに押し込むと、呼ばれるままに担任の方へと歩いていく。

 

それは良い。

 

だが良くもない。

 

そもそも行くんじゃないってのが、羽流の本音であって、たまには断ってくれても良いんじゃないかって思うのは、至極真っ当なワガママだ。

 

「はいっ、先生っ!」

 

しゅたっと席を立ち、歩いていく真冬の手を掴む。

そうして羽流は、自身に向けられる視線を跳ね除けるように声を上げた。

 

「私達っ、これからっ、デートなんでっ!」

「ちょっ!? 羽流っ!?」

 

言い終わるやいなや、掴んでいた真冬の手を引き寄せた羽流は、ぎゅっとその腕を抱きしめると、周囲を威嚇するように睨めつけた。

 

「お前らもなぁっ! 今日は まふゆん貸してやらねーからなっ!!」

 

ガルガルと聞こえてきそうな唸り声。急に吠えた羽流に、非難の言葉も来ないものかと心配する真冬だったが、そんな心配とは裏腹に、羽流の友人達から返ってきたのは、生温かい冷やかしの言葉が大半だった。

 

「いらねーし。さっさといけし」

 

まぁ、当然かな。

 

誰も私を欲しがらない。先生だって、頼みやすいから私に頼んでいるだけで、むしろ私に執着している羽流のほうが不思議なくらい。しっしっと、まるで犬を追い払うような仕草に背中を押された羽流は、私の手を掴んだまま教室の出口へ引きづっていく。

 

「ちょっ、待って羽流っ。カバンが、忘れ物っ、ね? もうっ、なんなの…」

「さぁ、道を開けろよ男子ども、真冬姫のお通りだコラァ!」

「ご、ごめん。ごめんね? ごめんなさいっ…。皆、付き合わなくていいから、ほんと…」

 

針の筵と言うか、その居心地の悪さと言ったら無い。

机の合間を縫うように出口へ向かう羽流。その途中すれ違う男の子たちは一斉に立ち上がると、私達に敬礼を返して見送ってくる。

 

ノリがいい。といえば、そうなのかも知れないけれど。

 

「ごめんなさい、先生。羽流と約束があるんで、今日は…その…」

「あぁ、はい。いつも、ごめんなさいね。約束があるときは、断ってくれて大丈夫ですから…」

 

週末に、デートと称して抜け出す二人。年頃の少年少女達からの邪推は免れない。

扉をくぐった私達のその後ろからは、ひゅーひゅー♪ と、黄色い声援が鳴り止まず、次に私は、どんな顔をして教室に入れば良いのやら。

 

ー

 

番犬。

 

その言葉から連想されるイメージは、決して悪いものばかりではないけれど。

年頃の女の子、まして、羽流みたいな子に付けられるあだ名としては微妙に思う。

 

まぁ、うん。

 

最近はよく一緒にいるもんね。

 

そうして、頼み事をしに来た子たちを、じっと品定めしていたり、時には追い返して見たりして。飼い主(ハンドラー)と、誰が言い出したのか。変に格好を付けた そのあだ名は、気づけば私を指す言葉になっていた。

 

男の子達の噂話。

 

それはもちろん、交友関係の広い羽流には私以上に聞こえていたはずだ。

「良いの?」聞いて見たこともある。「わんっ」と、答えた羽流はまるで招き猫。可愛げの欠片もないあだ名なんて、何処吹く風と言った感じだった。

 

最近ちょっと私に構い過ぎなんじゃないか。

 

彼女に友達が多い分だけ、そこが気にかかる。今は変なあだ名くらいで済んではいるけれど、そのくらいに周囲からの印象が変わっているのも確かだ。

 

「イヤ、だった?」

「あ、ごめん。イヤとかじゃね? でも、あんな言い方しなくても…皆 驚いてたよ?」

 

二人で歩く通学路。

 

羽流に手を引かれながら歩く私は、漏らすように溜息をついた。

聞かれてしまったんだろうか。不意に足を止めた羽流は振り返ると、不安そうに私の顔を覗き込んでくる。

 

「だって…。私のって、分かるようにしとかないとさ、盗られちゃうじゃん」

「誰に? 私なんか…」

 

口をついてでた自虐の言葉に意味なんかない。

自分への自信の無さ故。普段なら誰も気にしない筈の言葉。私自身、それが自虐だなんて意識すら無かった。

 

「ぶっぶーっ」

 

けれど、まぁ、そうかもしれない。

 

ふくれっ面の羽流に気付かされる。羽流にとって私は私なんかじゃないし、他でもない私が自分を蔑ろにしていれば、一体誰を怒れば良いのか 分からなくもなるんだろう。

 

「私は好きになったんですぅっ。真冬のことが大好きなんですぅっ。他の人がそうならないなんて分っかんないじゃん」

 

ぷんすかと、分かりやすく怒って見せる羽流が可愛らしい。

「誰も盗らないから」なんて言葉が慰めになるはずもないし、言うべき言葉はきっとそうじゃない。私からすればだって、羽流の方こそ勝手にどっかに行っちゃいそうで怖いのに。

 

「羽流はさ…。私の…その、どこを、そんなに好きになってくれたの?」

 

愛が重い。とまでは言わないけれど、最近は特に独占欲を隠さなくなってきてはいる。そのせいか「最近仲いいよね?」て、私にまで話しかけてくる女の子も増えたくらい。

 

「顔?」

「…」

 

腕を組み、首を傾げて、捻り出された羽流の答えに、私はどんな顔をしたんだろう。少なくとも、羽流が好きになってくれた顔では無かったと思う。頬が染まる感覚なんて何処にもなければ、100万回分の恋の一つを 無駄に浪費にした気分だ。

 

「なんだよー、顔は大事じゃん。なに? まふゆんは私が口裂け女でも付き合ってくれるってのかい? 私、キレイ? みたいな女どうよ?」

 

言いたい事は理解するが、しかし納得はいかない。

 

この場で口説けと言いたかった訳でもないけど、もう少し真っ当な答えを期待していたのは事実。それなのに羽流は、口の両端に指を引っ掛けて遊んでいるんだもの。

 

「まぁ、可愛いとは思うよ?」

 

皮肉交じりの答えは、しかし半分くらいは本音だった。

口裂け女と付き合えるかは別として、変顔を晒している羽流を、愛らしいと思えるくらいの好意はある。

 

「…」

 

一瞬、固まった羽流の視線が泳ぐ。おずおずと唇から指を離し、スカートの端で指先を拭き始めた。少しだけ、重なる視線は同意を求める様に。

 

まぁ、良いけど。

 

何も言わない。言われなかった事に安心をしたのか、はにかんだ笑顔を浮かべた羽流は、私に手を伸ばしてきた。その指先を振り払うこともなく、私は彼女の手を握り返す。

 

照れてるんだろうな。

 

急に可愛いって言われて、受け止める準備が出来てなかった感じだ。

振り返った自分が あんまり子供っぽくて、慌てて美少女の振りをしても ちょっと遅い。

 

「そういえば、ありがとうって まだだったよね?」

「ありがとう? 愛してるなら言われたことあるけど?」

「言ってません。勝手に想い出を増やさないで下さい」

「ちっ…」

「舌打ちしないの」

 

ここまではいつも通りだった。

 

好きって言えない私と彼女との、ちょっとした戯れ合いでしかない。

大胆に踏み込んだ事を言ってみたり、したりしてのチキンレースは、結局はどっちつかずのまま。何も変わらない事に半分は安心して、半分はつまらなくって やきもきする。

 

私の何処を好きになってくれたの?

 

ただ、自分から聞いておいて、自分からの気持ちに蓋をしたままでは、あんまりにもズルいんじゃないか。「ちっ」と、いつものように響いた羽流の舌打ちが、少しだけ私の心に引っかかっていた。

 

「そうじゃなくってね? ほら、振られた時、ずっと一緒に居てくれたじゃない? そりゃ、下心もあったんだろうけど。結局あんな事になっちゃったし。

 

まあ、それでもさ、悪かったって羽流は思ってるかも知れないけどね? 私は嬉しかったし、なんか有耶無耶にしたままだったなって。だから、ありがとう。羽流のそういう優しい所、私は好きだよ? いつも元気で明るくって、あんまり物怖じしないしさ。羨ましいなって、私も少しは見習わないとって思うんだ。

 

知ってる? いつも手を引いて歩いてくれるの、今だってそうだけどさ。

私、結構好きなんだ。苦手な人混みの中でだって、羽流と一緒なら安心できて、私もちょっとだけ勇気がでる…みたいな、ね?」

 

ちゃんと、上手く伝えられただろうか?

 

一人で喋り続けたせいか、妙に喉が乾いてしょうがない。感謝と、憧れと…。

最後はちょっと恥ずかしくなって、少し言葉を濁してしまった。胸のドキドキは収まらない。口にすれば少しは楽になるかと思えば、余計 苦しくなったようだ。

 

例えばそう。

 

水の中でいつまでも 息を止めてはいられない。苦しくなれば手だって伸ばす、そんな感じ。

 

気づけば私は、羽流と繋いでいた手を引き寄せていた。

 

「ね、キス…しようか?」

「へ? な、はひ?」

「ダメなの? キスしようって、いつも言ってるの羽流なのに。今更恥ずかしいとかはさ…」

 

慌てて足を止めようものなら、私の方から踏み込んで距離を詰める。

手を伸ばし、頬に触れ、顎を押さえて顔を近づけていくと、真っ赤になった羽流の瞳に、私の姿が良く映った。

 

正直、自分が何をしてるのか分からない。

 

積もりに積もった恋心が、零れてしまっただけと言えばそう。

ちょうど、傾いたコップから水が零れる様に、慌ててバランスを取り直しても もう遅い。零れた分の雫は戻らず、止め時を見失っている事にも気づけなかった。

 

「えと、真冬さん? その…ちょっ…まっ…」

「良いから。じっとしてて?」

「はぃ…」

 

ガチガチに固まった羽流が、不器用に唇を引き結ぶ。目を閉じて、少し顎が持ち上がると、荒くなった彼女の鼻息に頬をくすぐられた。

 

零れた雫が、地面に落ちるまでの僅かな時間。

 

勇気の足りない私に掛かった魔法を解いたのは「きゃっ♪」と、聞こえた黄色い声。下校中だった同級生たちが色めき立つ気配だった。さっきまで気にもしてなかったのに。ううん、見えてすらいなかった。私と、羽流だけの世界に入り込んだ他人の影。その 一つに気づいた途端、三つ に 四つと増えていく。

 

唇が触れる距離。

 

自然と閉じていた瞳を開くと、真っ赤になった羽流の顔は、もうすぐそこに。

あと少し、勇気なんかも必要ない。ちょっと恥ずかしいのを我慢して、思い切ってみるだけ。

 

目なんて開かなきゃよかった。

 

何も聞こえない振りをして、唇に触れてさえいれば、こんなにこじれる事は無かったのに。注目される事に不慣れは私は、他人からの視線に足が竦んでしまった。

この状況をどうにかしようにも、唇が触れるような距離で出来ることなんて多くはない。

 

一秒、ニ秒と時間が過ぎて、恐る恐る目を開いた羽流が私を見やる。

 

何もされない事に戸惑った様に、ままならない視線で見つめ合った私達は動けない。まるで、金縛りにあったみたいだ。いつもの私達は、どうやってこの空気を振り払っていたんだっけ?

 

キスしようって言われて、ダメって言って、舌打ちされて、溜息を返す。

けれど、今聞こえたのは、薄く開いた羽流の唇から聞こえる水音と、溜息とは違う熱の絡んだ私の吐息。

 

これを冗談で済ますには、あんまりに酷いんじゃないか?

 

彼女からの好意を分かっていながら、ここまでやって何も無いのは笑えない。

私だったら、今すぐこの手を振り払って駆け出してた。

せめて、ほっぺに逸らして。あの時の、一緒に居てくれたお礼だって言えれば、まだ誤魔化しが効くだろうか? それですら小賢しい。けれど、周りの視線を気にした今の私には、とりあえずの、その場しのぎしか考えられなくなっていた。

 

意を決して、唇を彼女の頬へと寄せていく。

 

心臓がドキドキし過ぎて痛いけど、今は無視。

 

もしかしたら、我慢しきれなくなった羽流に、唇を奪われるかも知れない。

それは、それでも良かった。むしろ、そっちの方が私にとっては優しい展開で、そんな甘えを期待していた節もある。

 

「…ぷっ、あははははっ」

「へ? あ? 羽流?」

 

なんだろう?

 

一瞬、間があった。

 

羽流が吹き出すその前に、少しだけ彼女の顔が曇ったような気がする。

 

「もう、びっくりさせないでよ まふゆん。まさかここまで大胆な事するなんて、羽流さんもちょっと焦ったじゃんか? なーに? いつもの仕返しってやつ?」

「え、あ、う、うんっ、そうそれっ、なんかたまにはって、そういう感じ…で」

 

強引だった。

 

多分、茶化してみせた羽流が一番分かっているだろう。

 

肘で小突かれ、羽流との距離が離れる。浮ついた空気と共に、周りの視線が一斉に散っていく。普段なら、少しはほっとする場面なのに、ほっと、胸を撫で下ろした後も、なんだか心は晴れないままだ。

 

また、気を使わせてしまった。

 

また、助けて貰っちゃった。

 

罪悪感だけが胸に残る。

 

悪いと思えば良いってものでもない。勝手に抱えただけの罪悪感なんて、彼女に伝わることも無ければ、羽流の何に報いることが出来るのか。

 

つまらなさそう?

 

ううん、むしろもっと、苛立っているようにも見えた。

唇が頬に触れるその直前、曇った羽流の顔が気にかかる。繋いだ手こそ離れはしなかったけど、普段よりも羽流の口数は少なくなって、会話も長くは続かない。

 

おかしいな?

 

今朝と同じ通学路の筈なのに、異様に長く感じてしまう。

気まずい空気に顔を上げれば、まだ道半ばといった所で、いつもの待ち合わせ場所までがずいぶん遠い。

 

今更になって気づくんだ。

 

普段の羽流がどれだけ私に気を使ってくれてたのか。

ただ、一緒に登下校するだけの道すがらにさえ、私の話を聞いてくれて、色んな話しもしてくれた。失恋中だったのも忘れるくらい、毎日ドキドキしていたのだって、全部羽流のお陰なのに。

 

謝らないといけない。

 

冗談にしたって。ううん、相手が私だったからこそ、余計に質が悪い。

 

ああ、それも違う。

 

ズキリと、痛む恋心が私にそれを気づかせた。

キスをしようとしてごめんなさい? 変な悪戯をして悪かった? そんなの、今そんな事言ったら、この手を振り解かれたって、私に何を言える資格もない。

 

約束したんだ。

 

無理なら無理って言って欲しい。

 

指切りまでして、私達は。

 

今、彼女が一番欲しい言葉は「ごめん」じゃない。今、羽流が私に言って欲しい言葉は「好き」の筈だから。

 

 

ーーーー

 

 

少し、もやっとした。

 

周りからの好奇の視線。それ以上に、何もしてくれなかった真冬に もやもやする。

期待を裏切られた不満はもちろんあって、これが冗談のつもりだったって言うのなら流石に笑えない。

 

それでも、なんとか笑って誤魔化したさ。

 

上手く出来たかどうかは分からない。けれど、関係ない他人を誤魔化すくらいは出来たらしく、浮つき始めていた空気は程なくして散っていった。

 

唇が触れる直前、目と目が合ったまま見つめ合う。

 

いや、見つめ合っていたって言うより、あれは、お互い動けなくなっていただけ。

真冬は一体どういうつもりだったのか。こんな距離、私の機嫌一つで簡単に唇を奪えてしまうのに。

 

逸る心臓を抑えるのも大変だ。

 

真冬から来ないなら、私からいっても良いんだろうか?

 

葛藤して、逡巡してる間にも、先に動いた彼女の唇が逸らされた。

無理、させちゃったかな。一生のお願い。その時々では断っていたくせに、なんで急にキスしようだなんて。それも、こんな人前で。彼女にしてはあんまりに衝動的だった。

 

たまに、真冬のことが分からなくなる。

 

私の事、嫌ってはいないだろうし、好かれてる自信もあるんだけどな。

好きのキスだって、まるで夢物語でもないはずだ。随分と唐突だったけど、やっと真冬とキス出来るのかなって、期待して、期待させられてさ。

 

デート…か。

 

そんな風に真冬を教室から連れ出したまでは良いけれど、ちょっと、そんな気分でもなくなってきたな。理由をつけて誤魔化そうにも、タイミングが悪い。

逃げられたって思われても仕方がないし、そうなると、今の関係にさえヒビが入りかねなかった。

 

通学路の分かれ道。

 

それは、いつもの待ち合わせ場所であり、いつもデートが始まる場所でもある。

右に曲がれば真冬ん家、左に曲がれば駅前に。いつもならそうだろう。

真冬が何も言わない限り、握った手をそのまま、私は彼女の手を引いて左に曲がっていたはずだ。

 

けど、今日はちょっと…どうしようか。

 

足を止めると、繋いだ手が離れていく。なんて事はない。先に手を離してしまったのは私の方。自分でも驚いたくらいだ。ちょっとキスをして貰えなかっただけの事が、思った以上に引っ掛かっていたらしい。

 

もしかしたら、顔にも出ちゃってるかも知れないな。

 

ちょっと、もやっとしただけの筈。なのに、胸に支えていた蟠りは、さっきよりも重たくなっている。これは、ダメだな。体調不良って事にでもしてさ「ごめん、真冬…私ちょっと気分が…」なんて、適当な言い訳をでっち上げようとした時だった。

 

「こっち…」

「へ? あれ? まふゆん? な、なに、ちょっちょっ…!?」

 

手首を掴まれた。

 

離れてしまった私の手を拾い直すにしては、あんまりにも強い力に足が踊ってしまう。真冬って、こんな力強かったっけ? いつも引きずり回している自覚はあっても、その逆は思いつかない。多少抵抗されるにしたって、本気で嫌がられる事もなかったし。

 

ぐぃっと手を引かれ、突然の事に、そのまま引きづられてしまう。

 

「気分…悪いんでしょ? それなら、私の家の方が近いから」

「いや、そうだけど、そうじゃなくって…」

「仮病?」

「…そうとは言い難く」

「言い難いんなら、大人しく休んでいって、心配するじゃない…」

「…うん」

 

心配は、してくれるんだよな。

 

果たして、恋の病を病気といえるのか。医者だって匙を投げる熱病の特効薬は、真冬からの好きでしか無いのに。

 

見たこと無いけど、見覚えのある道を引きづられる様に歩いていた。

いつかは こうやって、本当に二人で歩く日もくるんだろうと思っていたけど、まさかこんな風になるなんて。

 

強引な。一体全体どういうつもりなんだか。

 

真冬だって、そんな鈍い訳じゃないだろう。

私の好意は余さず伝えているはずで、そんな相手にキスを迫って、途中で止めて、今度は家に連れ込むの?

 

もう、襲ってしまおうか。

 

私だって、これでも我慢してたんだ。真冬ん家の住所を教えてもらってからは、ストリートビューでクルクルと周りを回ってみたりさ。私の家から彼女の家まで辿ってみたこともあった。デジタルストーカーなんて言われたら泣いちゃいそう。

 

本当なら、お家デートだってしたかったよ。

 

だけど、部屋で二人きりとかハードルが高すぎた。

いや違う。低くなりすぎるんだ。理性の壁がぐっと下がる。ただの二人っきりじゃない。彼女の家、彼女の部屋。一番プライベートな空間での二人きり。

 

もう、襲ってしまおうか。

 

私は悪くない。万人の同意は得られなくても、世界を敵に回す程じゃ無いはずだ。仮にもし、真冬が思っていた以上の鈍ちんで、本当の本当に、私の体調を案じてるだけだとしても、いい加減に答えを聞かせて欲しい。

 

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