「先生、これはどういうことか説明していただけますか。わたしは今、冷静さを欠こうとしています」
「先生、どういうことなの」
検索:修羅場。血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所。ある国における人形劇や講談において戦いの場面を表す言葉。
先生はたった今、シャーレ執務室にてその只中に居ました。
……いえ、冗談です。ここキヴォトスにおける本物の修羅場に先生が巻き込まれた場合、命の危険が危ないのでわたしはこんなのんびり記録なんてしていられません。
無数に飛び交っている音速を超える銃弾。それがわたし達の守りを一つ通り抜けるだけで先生は致命傷を負います。そして先生がそうなってしまった時、この世界が簡単に綻んでしまうことをわたしは誰よりも知っています。
とはいえ、この場においてはそんな心配はいらないでしょう。
ゲヘナ学園の風紀委員長の空崎ヒナさんと、万魔殿の棗イロハさん。
このシッテムの箱を以てしても理解不能なカオスを日夜処理し続けているお二人は、平穏を好まれています。
いくら先生がそれぞれを夜のシャーレに呼び出してダブルブッキングしたとはいえ、突然銃を片手に――ヒナさんの場合は機関銃を腰だめに
わたしも秘密の休憩スペースで
……新作はデータが足りないので全然味を再現できませんね。残念です。
゛ふと思ったんだ。ヒナとイロハは仲良くなれそうだなって゛
「はあ」
゛二人とも小っちゃくて可愛いし、髪もとても長い赤と白でもふもふしているし、実はゆっくり過ごしたい真面目な子。気性も合うと思うんだ゛
「先生、その……恥ずかしいわ」
「風紀委員長、そんな簡単に靡かないでください。ちょろすぎます」
「でも……」
「でもも何も、です。……実際万魔殿で風紀委員長に明確な敵意を抱いているのはマコト先輩だけですからね。個人的にはむしろ尊敬してますよ」
「尊敬?」
「わたしにはあんな激務無理です。サボります。なんなら委員長なんてやめてやります。人間の仕事量じゃないでしょうに」
「そんなこと、ない。アコやイオリにチナツも、皆頑張ってくれているからやればできるくらいに収まってる」
「……うちのマコト先輩が仕事を増やしてしまってほんっとーに申し訳ないです」
「気にしてないわ。それにあなたもマコトの指示をなんだかんだ適当にいなしてくれているじゃない。それで仕事が増えないだけでとてもありがたいわ」
ゲヘナの関係性は複雑怪奇と言ったところでしょうか。風紀委員会と万魔殿の対立も掘り下げていくと全く違った構図が見えてきます。
ところでヒナさんの仕事量は頑張れば何とかなるというレベルに収まってはいけないものだと思うのですが……。
イロハさんもそう思っているのでしょう。何か言おうとして口をもごもご動かし、それから息を一つ零しました。
「ほんとなんでこんないい人を先輩は目の敵に……もう。ほら先生、本当の所をちゃっちゃと吐いちゃってください」
゛姉妹丼ならぬ紅白丼がしてみたかった!!゛
「こうはくどん……?」
検索:紅白丼。マグロと白魚、あるいは貝を乗せた海鮮丼……先生の意図とは違いそうですね。
再検索:姉妹丼。姉妹を一緒にいただくこと。
……推測:先生はヒナさんとイロハさんを一緒にいただこうとしている。
なる、ほど……? よく理解はできませんが、やりたいことは想像がつきました。
ですがそれは倫理道徳的にちょっと、どうなのでしょうか。AIとしては首を傾げるだけですが、わたしは人間ではありませんので……。
「風紀委員長、ぅっ……要するにアレです、三人でエッチしたいそうです」
「えっt……!?」
ヒナさんの顔がぼっと真っ赤に染まります。イロハさんも入れっぱなしのローターに焦らされているせいか顔が赤いです。
アレから四時間ほど……それでもある程度は落ち着いているように見えるあたり、イロハさんはかなりのやり手なのでしょう。
一方記録にある限りでは、少なくとも先生との間にはヒナさんにそういう経験はないようです。
それでいきなり夜に先生に呼び出されて、何かと思えば三人でのプレイがしたいと言われる。
先生、こちらの先生は人間として終わっている気がします。
あまりの衝撃にヒナさんもぱくぱくと金魚のように口を動かして、伏し目がちに先生を見て、両腕で身体を抱きしめて。
それからか細い声を絞り出しました。
「その、先生がわたしのこんな身体でもいいのなら……」
「いやいいんですか……」
゛
先生が両手を高々と天高く突き上げ、イロハさんが困惑する謎の空間。
わたしもまたそれでいいのかと思わずにはいられません。かなり変態的なプレイを要求されていると思うのですが。
「わたしはあまりそういうことを知らないから……その、優しく教えて、先生?」
゛……ッ!? あっ、ガァっ!? ごふっ、あ、尊……゛
「先生!? 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ風紀委員長。よくある発作だそうです」
「発作!? 先生は病気なの?」
「病気と言えば病気なのかもしれませんね。命に別状ないですし、放っておけば目を覚ましますよ。まったく……先生、邪なことばかり考えるからそうなるんですよ。ちゃんとやる生徒は選んでください。いえ、でも今のはちょっとわたしもきゅんとしますね。風紀委員会へ鞍替えを一瞬検討するくらいには」
「? イロハは風紀委員会に来たいの?」
「いえ、遠慮しておきます。横乳さんがサボりを許してくれないでしょうし、イブキと遊ぶ時間が減ってしまいますから」
ヒナさんはとてもピュアな方のようです。その無垢さにやられた先生が鼻血を噴いて床に転がっているのは自業自得と言いますか。
本当、悪いことはするものではありませんね。
イロハさんは慣れた手つきで鼻にティッシュを詰めて先生を抱え上げると、ヒナさんを伴ってシャーレの休憩室へと消えていきます。机の上に置かれたわたしはそれを見送るのみ。
一体向こうで何が行われようとしているのかわたしにはわかりません……なんて。
あまたの奇跡をもたらすシッテムの箱を前に、一つ部屋をまたいでいることなど障害にもなりません。
ハッキング:休憩室の監視カメラ、ミレニアム製盗聴器……COMPLETE。
視界、音声共に良好。4K画質とASMR用イヤホンに劣らぬA.R.O.N.Aクオリティをお届けします。
さて、向こうの状況はどうでしょう。
『よっといしょ、っと……先生は軽いんですが、いかんせん体格が問題ですね。どうしても変な感じになってしまいます』
『先生はもう少しご飯を食べるべきだと思うわ』
『それ、風紀委員長が言っちゃいます……? いやまあ、それはそうなんですよね。どうやらお金が足りない時は食事を削ってしまっているようですし。もうちょっと先生は自愛するべきといいますか』
休憩室に設えられた仮眠用ベッドに先生を横たえ、イロハさんは帽子と上着を脱ぎます。ヒナさんはというと先生の横に腰掛けて顔をじっと眺めておられますね。
頬っぺたをつんつんされても先生は死にかけの虫のように震えるばかりです。
『ふう、先生が目覚めるまで少し待つでしょうし、わたしはちょっとシャワーを浴びてきますね。風紀委員長はどうされますか?』
『わたしは……そうね。先生を見ておくわ。起きた時に二人ともいないと驚くだろうから』
『わかりました。お願いしますね』
イロハさんはバスタオルを二枚手に取ると、併設されたシャワールームに向かいました。
あの中で一体何が行われるのか。こちらはイロハさんのプライベートなのでやめておきましょう。
『先生、先生……ふふ、せんせい』
人差し指の先で先生の頬を弄ぶ。あれはわたしもアロナ先輩にやったことがあるからわかります。弾力感が癖になって辞め時がわからなくなるやつです。
わたしも一応アロナではあるので、自分の頬に触れても同じ感触のはずなのですが。どうしてだかアロナ先輩の頬は無性につついていて楽しいです。
しかしざあ……とシャワーが水を吐き出す音。ヒナさんはそれで我に帰ったようで、きょろきょろと辺りを見回しました。
『誰にも見られてない……わよね?』
申し訳ありません。ばっちり見ています。なんとなれば録画もしています。ですが……これはあとで編集してカットしておきましょう。
誰にだって見られたくないことの一つや二つ、ありますから。
『なんだか休憩室がいつの間にか豪華になってるわね……ベッドも、すごい触り心地がいい』
ヒナさんはぽつりと零しました。そう不思議に思うのも無理はないでしょう。
とても質素な執務室に対し、休憩スペースはここに来る生徒達の手が加えられた結果下手な豪華ホテルよりよっぽどらぐじゅありーな空間になっています。
今先生が横たわっているベッドはミレニアムの技術の粋を集め、小鳥遊ホシノさんや春日ツバキさんの監修のもと最上級の眠り心地を追求したオンリーワンの逸品。
冷蔵庫(ミレニアム製)にはトリニティの生徒達が思い思いに持ち寄ったお菓子や、美食研究会も認める冷凍料理が整列済み。
棚にはティーパーティーやゲヘナ風紀委員会の皆様が持ちよった高級紅茶とコーヒーの銘柄が専門店並のクオリティで揃えられています。
キッチンはコンパクトながら給食部の部長も満足に頷く高性能、リラクゼーションアロマやアイマスクなんかも完備されています。
そこに盗聴器が紛れ込んでいるのはご愛嬌というものでしょう。今わたしが接続しているこれはミレニアムのコタマさんが仕掛けたものを無効化して、スタンドアローンで動かしているので実質わたし専用機となっています。
『ん……? これは……何かしら』
「あ、それは……」
そんなあれこれに紛れるように部屋の片隅に置かれていた段ボールをヒナさんは見つけてしまいました。
わたしがその場に居れば、みせられないよ! と制止できたのですが。端末の中で体育座りをしながらぽてちを食べるただのAIには、あっと声を漏らすことしかできません。
『えっ……………………………………と……っきゅ!?』
蓋を開いてしまった後、沈黙の間に眉根を潜めたり目をすがめたり首を傾げたり。
どうやらヒナさんは段ボールの中に雑多に入れられているもの、大人のおもちゃさえ知らなかったようです。
ただディルドが目に入ったことで流石に何なのかを理解したようで、スパンとものすごい音を立てて蓋が閉じられました。
いくら生徒の使用にも耐える代物とは言えあれでは……おもちゃ達のご冥福を祈ります。
『……もう。コーヒーでも淹れようかしら』
何事もなかったかのようにヒナさんは棚から適当にコーヒー豆を取り、キッチンに立ってお湯を沸かします。
ただやはり何もかも無視するわけにはいかなかったようで。
『あ、あんなに太いのかしら……? 本当に、入るの? え、えぇ……』
何やら想像して悶えている姿がそこにありました。