今でも鮮明に思い出す、彼女に出会ったあの日のこと。
あれは、私がまだ佐野で何処にも仕えておらず、諸葛亮殿に仕えるために荊州へ向けて旅をしていた頃だった。
そんな道中で、一匹の小さな狐に出会った。
『キューキュー』
狐は罠に掛かり、必死にもがいていた。
小さな身体が震え、怯えた目で俺を見上げている。
「可哀想に……まだ小さいじゃないか」
私は狐が掛かった罠を外し、そっと抱き上げた。
温もりを感じるその小さな身体は、まるで何かに怯えているかのように震えていた。
『キューキュー』
狐は脚を怪我しており、鮮やかな赤い血が流れていた。
「よし、ちょっと待ってくれよ。今、包帯と薬草で止血してやるから」
私は慎重に狐を地面に寝かせ、清らかな水で脚を洗った。
すり潰した薬草を丁寧に塗り、優しく包帯を巻いた。
「流石に、このままだと危ないから、脚が治るまで俺が見てるからな」
狐を抱き上げると、薬草のおかげで痛みが和らいだのか、腕の中で静かに眠り始めた。
「ふっ、可愛いやつだな」
私は狐の頭を優しく撫でる。
すると、狐は心地よさそうに寝息を立て、その小さな身体が微かに震えた。
この狐は、珍しく黒色の毛並みで、月明かりに照らされたその姿は、まるで夜の精霊のようだった。
「暫くの間だが、よろしく頼むぞ」
両手で持ったままだと、何かあった時に対処できないため、大きめの手ぬぐいを斜めがけにして縛り、抱っこ紐のようにし、その中に狐を入れた。
「さて、荊州に向かうか」
新しい仲間と共に荊州へ向かった。
本当は馬を持てば良いのだが、私自身は歩いて旅するのが好きだ。
胸の中で眠る狐を見ながら歩くのは、心が和む瞬間だった。
狐は時折、顔を出しては私の方をみて、何か嬉しいのか耳を垂らしては俺に甘える。
「なんだ?お腹が空いたのか?干し肉食べるか?」
鞄から干し肉を取り出し、少しちぎり、狐にあげれば、狐は嬉しそうに食べ始めた。
そんな狐と旅をしてから3日。
丁度半分を越え、あと2日で荊州に着くところまで来た。
狐の脚は何とか治り、逃がそうとするが、中々離れず、仕方なくこのまま一緒に居ることにした。
そんな夜、夕飯を食べ終え、眠りにつこうとした時だった。
『キューキュー』
狐が何かに反応し、上を向いて鳴き始めた。
狐は満月を見つめ、まるでその光に導かれているかのようだった。
「どうした?月が見たいのか?」
私はその瞬間、狐を優しく抱き上げた。
すると、信じられない出来事が起こった。
「なっ!?」
狐から煙が立ち上り、私は咄嗟に狐から手を離した。
煙の中から現れたのは、まるで夢の中から抜け出てきたかのような人影だった。
「何奴!!」
私は武器を取り、直ぐに身構えた。
「武器を構えるなんて酷いなぁ、ここ数日共に過ごした仲じゃないか」
女の声がし、煙がゆっくりと引けば、現れたのは裸の女だった。
「ちょ、お、女!?へっ!?」
状況が読めず、両手に持った武器を地面に落としてしまった。
「何をそんなに驚く?」
女は夜空の様に美しい長髪の黒髪、瞳は月の様に輝く黄色い瞳。
そしてなにより、肌が陶磁器の様に白く、異様な雰囲気を醸し出していた。
女は驚く私にゆっくりと近づいてくるため、私は慌てて手で目を隠し、もう片方で咄嗟に鞄に入っていた平服を女に突き出した。
「そそそ、その前に!こ、これを着てください!」
「……別に今はいらないだろ?私が君にお礼をしようと言うのに」
差し出した腕をどかし、近づいてくる。
「うわっ!?ちょ、まっ、」
「この脚のお礼だ」
女は顔を隠してた手を無理やり剥がし、私に見せてきた。
あの脚の傷の位置からして、あの狐が怪我した位置と同じだ。
いや!いや!そういう場合ではない!!
今非常まずい!!女の大事な部分が見えそうになっている。
そんな慌てている私を無視し、女が私を押し倒し、防具をはずそうとした瞬間!
「だ、駄目だ!!」
「ちょ、うわぁ!?」
私は咄嗟に彼女に平服を投げつけてしまった。
「だ、駄目ですよ!!じょ、女性が、そ、そんな簡単に!!」
慌てふためく俺を見た彼女は、一瞬唖然としたが、何かツボにハマったのか、急に笑い出した。
「あはははは!!!まさか、男がそんなこと言うなんて!数日間一緒に居たけど、やはり君は面白い」
彼女は私から離れ、投げつけられた平服を着ながら続けた。
「私は、君が助けた狐だよ」
「狐……?まさか貴方は」
「私の名前は黒琉。そう、君が思っている通り!私は妖だ。まぁ、色々あってこの世界に来たのだが、私自身、変化が得意ではなくて、案の定罠に引っ掛かってしまった……そして、君に助けられた」
黒琉殿は着替え終え、優しく微笑みながら俺に手を差し伸べてきた。
「私は…楽進…字は文謙と言います」
私は彼女の手を優しく取ると、彼女は私の手を柔らかく握り返した。
「文謙…改めてお礼を言わせてくれ、私を罠から助けてくれてありがとう」
月明かりのせいか、その時の黒琉の笑顔や雰囲気に心を奪われてしまった。
「そして、私の変化を確実にしたのも、君なんだ」
「へ?それはどういう」
「残念だが、それはまだ言えない。だが、君がこれから私と共にいるなら、私は時が来たら話そう」
黒琉殿は少し申し訳なさそうな表情で答えた。
その瞳には、何か深い秘密が隠されているように感じられた。
確かに一人旅よりかは、誰かが居たら嬉しいのだが、こんな美女と旅するなんて…。
私自身、女性と話すなんて露店位で、これから先、どう黒琉殿と接すればいいのかと、内心思ってしまったのだった。