なおも降り続く雨音。
薄明りの中、俺と彼女の息遣いだけが耳元に聴こえる。
すべてを一之瀬に注ぎ切った俺は、その柔らかな肢体から体を起こした。
眼下の一之瀬の額は汗に濡れ、視線の先は定まっていない。
未だ快楽の波が引ききっていないのか、時折僅かに喘ぎ、共鳴するように下半身が弱く脈動する。
彼女の中から、ゆっくりと腰を引き抜いていく。
「ぁぅ……ぁあっあっ、あっ」
肉棒が膣壁に引っかかるたび、放したくないというように締め付けが起き、またそのたびに一之瀬が矯正を上げる。
最後に膣口に残ったゴムの先端──精液が溜まった部分が引き抜かれると、残された入り口が名残惜しそうにひくひくと痙攣していた。
「大丈夫か?」
俺はゴムを処理しながら一之瀬に声をかける。
一之瀬はしばらく荒い息を繰り返すだけだったが、呼吸が落ち着いてくるとようやく、
「うん」
と小さく返した。
彼女は未だ蕩けた瞳のまま、こっちに来て、と言うように自らの横を軽く叩く。
俺は彼女の意図を組み、横へ添い寝する姿勢になった。
一之瀬は近くに来た俺の手を掴み、感触を確かめるように握る。
「えっちなことって、こんなに気持ちいいんだね……」
何度か繰り返し手を握りながら、彼女はぽつりと漏らした。
「いけないことなのに、みんながこっそりしちゃうのも、分かるかも」
「他にしているやつを知ってるのか?」
「うん、まあ……そういう相談をされることも、少しあったから。あんまりうまく答えられなかったけど」
女子からの人望も厚い一之瀬なら、人に聞きづらいことを相談されてもおかしくない。
たとえ彼女自身に交際経験が無くても、悩みを聞いてくれるだけで心強いだろう。
「でも、今ならわかる。好きな人となら、何度だってしたくなっちゃう」
そう言って、一之瀬は握っていた手を離し、両手を俺の頬へと添えた。
一之瀬の視線は俺の目──その奥を見通すように澄んでいる。
「身体だけじゃなくて、もっと深いところが繋がってる感じっていうのかな。それが堪らなく嬉しくて、幸せ」
「抽象的だな」
「だからね、こうして触れているだけで分かるよ。きみが考えていること……前よりずっと」
「じゃあ、俺が何を考えているか当てられるか」
冗談のつもりで聞くと、一之瀬は少し考えて答えた。
「今は……本当に触れるだけで心が分かるのか、好奇心が湧いてる。そして、それを自分も試そうとしてる」
「……」
正解かどうかは口にせず、俺も一之瀬の頬に片手を添える。
どこか安心するように目を細める一之瀬。
彼女の頬から伝わる感覚は、不思議と以前より多くの情報を含んでいる気がした。
ゆっくりと、頬を掌でなぞりながら思考する。
今夜の繋がりで、単なる性的接触の快感以上の何かを得たという実感があった。
『人は触れ合うことで温かさを知ることができる。それはとても大切なこと。人肌のぬくもりも、けして悪いものではありません。覚えておいてください』
かつて、坂柳が俺に伝えたメッセージ。
今日の一之瀬との触れ合いは、坂柳とも、二年間身近にいた堀北とも、そして恵とも異なる、自分の予想を超える感覚を覚えた。
皮膚が発散する熱量だけではない、一之瀬の言葉で「もっと深いところ」にあるものを交し合う感覚。
心や魂といったものは、未だ不確かで明らかになっていない。
それは技術がいくら進もうと、こうしてお互いが寄り合わなければ生まれないものだからかもしれない。
俺のこれまでの学習からも、その答えは明確に導き出せていない。
ある種、ホワイトルームの方針では絶対に見えてこない部分だからだ。
だから、俺がそれに興味を抱いてしまうことに、何らおかしい所はなかった。
特に、俺の理解を超える変化を見せた一之瀬に対しては。
横でまどろむ一之瀬を先程よりも深く抱き寄せる。
彼女もまた、それに応えるように俺の背に手をまわした。
大きな胸が、形を変えて押し付けられる。
その奥から感じる鼓動は普段より早く、それでいて穏やかな拍動を伝えてくる。
お互いの鼓動を感じていると、先ほどの行為とはまた異なる一体感を覚えた。
胸に顔をうずめた一之瀬が問う。
「どう? 私が考えてること、わかる?」
「さあ、どうだろうな」
「ふふ、ずるいね」
彼女は小さく笑い、額をぐりぐりと胸元に押し当ててくる。
そして、静かに胸の内を吐露し始めた。
「……私、綾小路くんに感謝してる。やっぱり、あなたに救われたから」
「お前は自分で立ち上がった。俺はその手伝いをしただけだ」
「そんなことないよ。あなたがいなかったら、私は立ち上がれなかった。今日ここで、こうしている未来もなかった。それどころか、この学校にすらいなかったかもしれない」
「だが、それすらも俺がお前を利用した結果だ」
学年末試験のことも全て含めて、彼女は俺のことをもう理解しているだろう。
だからこそ、彼女の心の中では俺への相反する気持ちが鬩ぎ合っていたはずだ。
最終的に、その拮抗は好意に傾いたようだが。
「俺への好意で、全てを許すつもりなのか?」
その問いに、彼女は静かに首を振った。
「綾小路くんが、自分のために必要なことをしたってことはわかってる」
一之瀬は顔を上げ、俺を見つめる。
彼女の透き通った、そして輝きを増した瞳が、俺を映す。
「でもね、今はわかるよ。それだけじゃないって」
「どういう意味だ」
「綾小路くんは、少しずつ変わっていってる」
それは、俺自身でさえ自覚できていないもの。
一之瀬が俺の中に何を見たのかはわからない。
だが、それが単なる彼女の思い込みでないことには不思議と確信があった。
彼女の変化に引きずられるように、俺も変化しているのだろうか?
「……そうだといいな」
「うん」
いつの間にか、吹き付ける雨音は聞こえなくなっていた。
静かな暗がりの中、お互いの息遣いだけが響く。
「雨、止んじゃったね」
「まだ、逃がしてくれるつもりはないのか」
「もちろん。まだこれからだよ」
そのつもりがないことは、彼女には分かっているだろう。
一之瀬が身体を起こし、俺に覆いかぶさる体勢になる。
「もっと、もっと深くまで、私で染まるまで……何度でも」
彼女の唇が俺の唇を塞ぐ。
それを合図に、俺達は再び絡み合う。
彼女は俺に刻むために。
俺は彼女を暴くために。
肉欲のまま相手を貪り、心の在処を手繰り寄せ、押し付け、刻み、暴いて、満たされる。
お互いを染めていく。
どこまでも深く、漆黒に。
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