※この作品はR-18です。

神姫清廉オルレアハート!-乱行恥虐のスペクトラム-   作:ホリス_if

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オルレアハート本編最終話のハッピーエンド、バッドエンド双方から続くエピローグとなります。
この作品だけでも関係性は分かる作りにはなっていますが、双方の最終話を読んでから見てもらえると、もっと楽しめる構造になっています。

最後のシチュエーションは触手陵辱です。

それでは今話もどうぞ、お楽しみください。


エピローグ
終幕-黎明!オルレアハート最後の戦い!


 

 ……すっかり寒くなった水曜日の、夕暮れ時。

 学園での部活が終わった私は、その足で奏の部屋を訪れていた。

 エアコンの暖房でじんわりと温まった部屋の外では、しんしんと雪が降り続けている。

 そして私は、窓の向こうに広がる白い雪景色をよそに……

 

「っ……ぁっ、そこっ……ぁっ、んんっ……!」

 

 ……奏に、身体を預けていた。

 

「雅……ほら、奥まで入れるよ」

「き、てっ……奏っ……ぁっ、んっ、ぁあっ……ふっ、ぁっ……ぁっ……!」

 

 細くて硬い棒に穴の壁を擦られ、思わず甘い声が漏れてしまう。

 身体を震わせながら悶える私を前に、奏は優しく、それでいてゴリゴリと擦ってくる。

 

「おっ、くっ……ぅっ……そこっ、いっ、ぃっ……!」

「……大丈夫、痛くない?」

「いたっ、くっ、なっ……んんっ……きもっ、ちっ……いいっ……からぁっ……!」

「……そう……ところでさ、雅……」

 

 その途端、奏の手がピタッと止まった。

 

「……っ、いい加減っ、変な声出すの止めてよっ!? 私っ、ただ耳かきしてるだけなんだけどっ!? 外に聞かれたらどうすんのよっ!?」

 

 そこから流れるように飛び出した、少し呆れたような奏のツッコミ。

 

「えぇ……だって本当に気持ち良いんだって……」

「次あんな声出したら左側、やってあげないから」

「あぁ嘘嘘! ごめんっ、ごめんってば奏ぇ!」

「ちょっ、分かったから暴れないでよっ!? やるからっ、やってあげるから落ち着く!」

 

 私は奏に言われるがまま、大人しく奏の膝枕の上に再び身体を預ける。

 あれから……ニヴルとの戦いから、あっという間に数ヶ月。

 アルクの言葉通り、あれ以降ハウンズのヤツらが現れたことは、ただの一度もない。

 結果、私が変身する必要も無くなり、一時期街を賑わせていたオルレアハートの話も、今ではすっかり鳴りを潜めていた。

 学園での生活プランも、休みの日の自由時間もかなり奪われちゃったけど……でもその時に頑張ったから、今こうして、落ち着いた時間を過ごせている。

 これが普通なのは、百も承知なんだけど……それでも今の私には、この平和な日々が、とっても特別に感じる。

 ……これじゃまるで、私、おばあちゃんになったみたいじゃん。

 

「雅〜」

「ん〜?」

「雪、止まないねぇ」

「ねぇ〜……天気予報じゃ数日続くってさ」

「へ〜、去年はそんなに降らなかったのにね」

「ね〜」

 

 穏やかな空気が、暖かい部屋の中に充満する。

 あぁ……とても、心地いい。

 このまま、こんな時間が……ずっと続けばいいのに……

 

「遂に完成したぞっ、二人共っ!!」

「「うわっ!?」」

 

 そんなささやかな祈りは……突然の訪問者によって、いとも容易く粉微塵にされた。

 部屋の中に鳴り響いた威勢の良い声に、思わず私と奏の身体がビクッと震える。

 同時に引き抜かれる、私の愛しの耳かき棒。

 

「あっ、アルクっ!! だから急に来んなっていっつも言ってんでしょうがっ!!」

「ん? あぁ、すまんすまん。で、だ!!」

 

 声の主は、いつものように空間を割いて出てきたアルクだった。

 レディーススーツに黒タイツと白衣という日常じゃあまり見ないコーディネートだけど……流石にもう見慣れてきて、今じゃ何も感じない。

 

「見てくれ、コイツが遂に完成したんだ!」

 

 そんなアルクは奏の文句をさらりと流しつつ、ポケットから自信満々に一つの半球体を取り出した。

 中央に時計のようなモチーフが刻まれていて……彼女には悪いが、これが何なのか検討もつかない。

 

「……で、何よこれ」

「ふっふっふ……気になるかね?」

「そういうのいいから。ほら、早く言いなさいよ」

「むぅ……いつも通り冷たいな、奏君は」

「アンタ……ほんっと面倒よね」

 

 まぁいい、と一つため息をついて、再びアルクは仕切り直す。

 

「おほんっ……名付けて〝クロノスペク〟! 聞いて驚くなよ……こいつを使えばなんと、時間移動が可能となるのだ!」

「……へー、珍しく面白そうじゃん」

「そうだろうそうだろう! なんせコイツは構想だけで五年近く要した大傑作なのだからな!」

「……アンタ、本当は暇だったりする?」

「まさか! ここ数年は君たちの戦いぶりや痴態を見るのに忙しかったさ! おかげさまでねぇ!」

「……っ!! ……っ、……っ!! ……っ、そ、う……っ……!!」

 

 ……お、堪えた、珍し。

 最近の奏、アルクと絡んでるとより一層元気なんだよな。

 我が親友ながら、良いことだ……よね?

 

「……ふー……ふー……っ、で、これ、どこまで行けるの?」

「ふっふっふ……分からん!」

「はぁ!?」

 

 大声を上げる奏に対し、アルクはサラッと言い捨てる。

 

「そりゃそうだろう。作りました即使用、ではどんな事故が起こるか分かったもんじゃないからな」

「じゃ、じゃあ何か試験とか実験とかは……」

「仮にしたとして、自分が動けなきゃ結果も観測できんだろう? 全く、奏君も少しは頭を使って発言したまえ」

 

 その一言に……今度こそ奏の額に、ピキっと青筋が走ったのが見えた。

 

「……アンタ、よっぽど頭に風穴開けたいらしいわねぇ?」

「はっはっは! 冗談が上手くなったなぁ奏君! 誰が誰に、どうやって風穴開けるってぇ?」

「よ〜しやったろうじゃないのっ!! 後悔すんじゃないわよっ!!」

「奏ストップっ、ストップ!! 部屋壊れちゃうからぁっ!!」

 

 勢いのままにペンダントを手に取り変身しようとする奏に、私は慌てて抱きついて止める。

 

「雅離してっ!! アイツのド頭ぶち抜かなきゃいけないのっ!!」

「物騒な事言わないでっ!? ほらっ、ベッドとか机とか、壊して買い直すの奏なんだからねっ!?」

「はっはっは、言われてるねぇ奏君!」

「アルクもだよ!?」

 

 正直二人が仲良く〝遊ぶ〟程度なら止めはしないけど……隣にある私の部屋まで巻き込まれたら、たまったもんじゃない。

 

「大体ねぇ、アンタはいっつもそうやって!!」

「そういう奏君こそ少しはモノの見方をだなぁ!」

 

 ……こういうの、痴話喧嘩って言うんだろうか。

 仲がいいのは良い事だけど……この二人に関しては会う度にって感じだし……

 ……まぁいっか。

 結局奏と一番仲がいいのは、私なんだし。

 

「じゃあ私はそろそろ帰るね、おやすみ〜」

「あ、うん! おやすみ雅!」

「うむ、またな雅君」

 

 揃って手を振る二人を尻目に、私は奏の部屋から外に出て、隣にある自分の部屋へと移動する。

 

「……あ、そういえばカップ麺のストック、切れかかってたっけ」

 

 夜風に当てられ、不意に思い出す、けど。

 

「……ま、明日でいっか」

 

 なんせ、隣の部屋から帰ることすら億劫になるこの寒さ。

 こんな雪の中で、わざわざコンビニに行く必要もあるまい。

 こういう日はさっさと布団に入るに限る。

 

「う゛〜っ……さむさむっ……」

 

 部屋に入り即座に暖房をつけ、湯たんぽにお湯を突っ込んでからベッドに仕込む。

 んでもって洗濯機の前で服を脱ぎ、そのまま拷問ばりに寒い浴室で行水の如くシャワーを浴びる。

 最低限だけ洗い流し、軽く明日の準備をしてから、速攻で暖かいベッドへと潜り込んだ。

 

「……はぁ……やっぱ冬は……堪えるねぇ……」

 

 湯たんぽに加え、自分の体温でぬくぬくと育っていく布団の温もり。

 それが私の意識を奪い取るまでに……さほど時間は必要なかった……

 

……

……

 

「……み…………びっ…………や……び……っ!!」

 

 ……なんだろ、なんか……誰かの、声……が……

 

「雅っ!!」

「……っ!?」

 

 奏の叫び声に、ハッと意識が取り戻される。

 あれ、私……一体、何を……

 

「ちょっと雅っ!! 何ぼーっとしてんのよっ、こんな時にっ!!」

 

 っ、そうだ……私たち、ニヴルから何とか逃げ出して……変身を解除して隠れて休んでたら、急に街の中に大量の触手が襲ってきて……それで……っ!!

 

「っ、ごめん奏っ、ぼーっとしてたっ!!」

「……雅、疲れてんのは分かってるけど……本当に大丈夫?」

「……うん、大丈夫。ありがと、奏」

 

 正直、まだ身体が重い。

 けど……ここでみんなを守れるのも、もう私たちしかいないってのも事実。

 あの時、ニヴルとの決着を付けられなかったツケ……今ここで払ったろうじゃないの!

 

「さっきの戦いだって、ずっと前に出て戦ってくれたし……雅、ヤバそうだったら早めに言ってよ? 私だってちょっとは近距離戦もできるんだから!」

「……うん、尚更頑張らなきゃって思ってきた。奏の近接戦なんて見てたらちっとも休まらなそうだし」

「んだとぉっ!? ったく、人が折角心配してあげてるのにっ!! ……ふふっ!」

「あははっ! ごめんごめん、冗談だって!」

「ふっ、ははっ!! 大丈夫大丈夫、分かってるってば!」

 

 緊張感のないやり取りで笑いながら……私と奏は重い腰を上げ、ハート型のペンダントをポケットから取り出した。

 まだニヴルとの戦いでの消耗は回復しきってないから、覚醒を使うのは厳しいか……

 っ、ええぃっ、悩んでる暇なんてないっ!!

 

「さっ、もうひと仕事……頑張ろっか!!」

「……だねっ、雅!」

 

 私の奏は同時に、自分のペンダントを目の前に掲げる。

 ……想い描くは力に満ちたブロンドのロングポニーテールに、青と白の可憐な姿。

 そして鮮明に浮かべたその姿を、自身に憑依させるイメージをっ、一気に解き放つ!!

 

「行くよっ、奏っ!!」

「オーケー、ちゃっちゃと終わらせよっ!!」

 

 気合いを込め、ペンダントをグッと握った瞬間、私の全身を眩い光が包み込む。

 そして一秒にも満たない瞬間に光は弾け飛び……私は、再びオルレアハートへと変身を遂げた。

 

「に、しても……」

「……ねぇ。この量、どうしよっか」

 

 同じく変身ヒロインであるアイリスリーベに変身した奏と共に、正面に群がる大量の触手に目を向けてみる。

 ただでさえ地面が見えなくなるくらい沢山いるってのに、まだまだ地面から生えてくる。

 ……一体、どれだけいるのよ、これ。

 でも、地面から出てくるってことは……もしかしてコイツら、どこかから産み出されてるか……それとも、誰かがコントロールしてる……のかな?

 だけど、仮にその本体を探しに行くとして……行ったら行ったで、帰ってきた時にはこの街は更地になってるだろう。

 そもそも、その本体がいるかどうかすらも定かじゃないってのに。

 ……しゃーなし、かぁ。

 

「……奏」

「……なにか、思いついた?」

「……うん」

 

 私は意を決して、口を開く。

 

「……奏、急いでアルクの所に行って。そして付近の地下の構造を解析して……この触手の出処を掴んで、潰して欲しい。お願いできる?」

「なんで急にそんな……ってアンタ、まさか……っ!?」

 

 奏は言葉の途中で急に血相を変え、私の肩を掴んでくる。

 ……我が親友ながら、話が早くて助かるや。

 

「……うん。私がコイツらを足止めしてるから……その間に」

「バカ言わないでよっ! あんな数っ、一人で相手できる訳ないでしょっ!?」

「大丈夫、落ち着いて。奏は遠距離が得意でしょ? アイツら相手に序盤は良いけど……数に押されて近寄られたら、一気に分が悪くなる。だったら、ハナから近接戦が得意な私が相手した方が良い、でしょ?」

「だからって雅一人に押し付けられないっての!! 二人で戦った方が絶対に……」

「……奏、私は奏を信用してる。だから、こんな重要なお願いができるの。奏は……私のこと、信用してくれる?」

「……っ!? そりゃ……もち、ろん……だけど……」

 

 その待ち望んでた答えに……私の顔からは、自然と笑みが溢れてくる。

 

「じゃ、早く行って! 私の事が心配ならっ、早く解決してっ、私を楽させてよねっ、奏っ!!」

「っ……っ!! 分かったっ、無茶だけはしないでよねっ、雅っ!!」

 

 そう言った奏は歯を食いしばりながらも……まだ触手らが来ていない方向へと、飛び去ってくれた。

 ……よし、これで心配ごとはクリア。

 

「……さてっ……とっ……!」

 

 後は……まとめて私の方に向きを変えてきた、コイツらを何とかするだけだ。

 勝利条件は、奏が本体を見つけて撃破してくれるまで耐えること。

 もし本体がいなかったり、仮に撃破しても増殖が減ったりしなかったら……ま、その時はその時だ。

 ……最悪、奏だけは逃げ延びられるだろし。

 今は……コイツらを全部っ、ここで足止めする事だけ考えるっ!

 

「……っ、よし……行くよ……っ!!」

 

 刀を脇に構え、呼吸を整える。

 そして……

 

「っ、はぁぁぁっ!!」

 

 敵を引きつけるため、自分から触手の群れへと突っ込んだ。

 流石にこれだけいるコイツらに肉弾戦を仕掛けたら、その時点で絡みつかれて即アウト。

 だからクセで蹴りを出さない……それだけできりゃっ、十分っ!!

 

「くらっ、えぇぇぇっ!!」

 

 気合いと共に、近くの触手へと横薙ぎを放つ。

 まずはっ、一本目っ!!

 

 ガキンッ!!

 

「なっ……!?」

 

 うそっ、攻撃っ、弾かれ……っ!?

 これっ、防御っ、間に合わ、なっ……

 

 ドスッ!!

 

「お゛ぶっ!?」

 

 斬撃が弾かれ、お腹に隙が生まれる。

 その瞬間、お腹に触手が叩き込まれ……私は、背面にあったコンクリートの壁に叩きつけられた。

 

 ドゴッ!!

 

「がはっ……ぁ゛っ……ぐ……ぅ゛っ……!」

 

 クレーターみたいに凹んだ壁から、無理やり身体を起こし上げる。

 ……っ、身体っ、痛っ……けどっ……まだっ……まだ終わりじゃないっ!!

 

「っ……このっ、程度っ、でぇっ!!」

 

 追撃として自分に向かって飛んでくる触手に刀を叩きつける。

 

 ガキンッ!!

 

「っ、つっ……!!」

 

 手に伝わる、重く痺れる感覚。

 だけど、硬いだけ……弾いて耐えるくらいならっ、できるっ!

 

「っ、ぐっ、ぅ゛っ!? こっ、のぉっ!!」

 

 一撃一撃の重さに耐えながらも、何とか刀を振るって攻撃から身を守り続ける。

 いける、さっきみたいな斬る前提じゃなくて、受け流す前提なら……!?

 

「っ、や、ばっ……!?」

 

 正面からの連撃に四苦八苦していると……突如、死角から一本の触手が伸びてくる。

 咄嗟に頭を逸らして避けるも、今度は鞭のようにしなって再び私の方へと向かってくる。

 

「ひっ……!?」

 

 何もしなければ側頭部直撃コース……それだけは何とか避けなきゃと、咄嗟に刀を顔の横に差し出す。

 来るであろう激痛を前に歯を食いしばり、思わず目を閉じた……その時だった。

 

 ザシュッ!!

 

「……っ? っ……うそっ!?」

 

 突然の切断音と共に、さっきまでには無かった感覚が手に伝わる。

 ビビりながらも目を開けると……私の真下には、斬られた触手の先端が。

 

「な……えっ……はっ……!?」

 

 ピチピチと地面を跳ねる触手の切れ端の存在に、戸惑いが隠せない。

 うそっ、なんでっ……さっきまで一切攻撃通らなかったのにっ……なんでいきなり……!?

 まさか助けが……いや、こんな所に誰かがノコノコ出てくるわけ……

 

「っ、ちっ!」

 

 思わず立ち尽くした私を見逃さず、相も変わらず大量の触手が、私に向かって伸びてくる。

 くそっ、考える暇なんて貰えないっ、よねぇっ!!

 

「でっ、りゃあぁぁぁっ!!」

 

 唐竹割り、一文字、回転斬りと弾き返される事を前提に置いた攻撃を続ける。

 その中で私は、伸ばされる触手を気合いと根性で弾き返しながら、さっきの状況を思い出していた。

 目を閉じてた、触手はまっすぐ、その後に横薙ぎ。

 目を閉じれば攻撃が通る、なんてのは論外。

 攻撃時に防御が薄くなるってのも、今の攻撃が弾かれてる時点で無いでしょ。

 じゃあ残るは一つだけ……横薙ぎされるタイミングを狙えば……っ!!

 

「っ!!」

 

 何本も伸びてくる触手の突撃をいなしながら、ひたすらにチャンスを待つ。

 

 ガキンッ!! ガキッ!! ゴスッ! ゴスッ!

 

「い゛っ、ぐっ!? っ、がっ!? っ、ぐっ、う゛ぅぅぅっ!!」

 

 当然、全てを避けて受け流し続けることなんてできず……次第に被弾箇所が増えていく。

 顔に、お腹に、腕に、脚に、ジワジワと痛みが、ダメージが蓄積しているのを感じる。

 でも、諦めないっ……相手は所詮、防御が強いだけの触手っ、状況さえ再現できたら……っ!!

 

「こっ、のぉっ!!」

 

 肩を狙って飛んできた触手に刀の腹を打ち込み、軌道をズラす。

 その直後。

 

「っ……!?」

 

 私の真横、死角から触手が急接近してくる。

 咄嗟に頭を捻ってそれを回避すると……そいつはムチのようにしなり、私に向かって叩きつけてきた。

 

「っ、来たっ……!!」

 

 それは、待ち続けた一撃。

 今度は目を閉じず、しっかりと触手の軌道を見据える。

 身体を屈ませ、触手が頭上を通り過ぎたっ……今……っ!

 

「これっ、でぇぇぇっ!!」

 

 上半身を縮めたまま、半円を描くように刀を振り払う。

 

 ザシュッ!!

 

 瞬間、私の手に切断の感覚が伝わる。

 今度はハッキリと見えたっ……やっぱりコイツっ、横薙ぎの時だけっ、チャンスが生まれるっ!

 

「っしっ!」

 

 これで一筋の光が見えた。

 攻撃が全く効かないのと、効く方法があるのとじゃ大違いだし……これならっ、戦えるっ!!

 ……でも、一本斬るだけでこれか……ははっ、みっともないなぁ、私って。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 でも、ま……最後の最後まで、諦めるつもりは無いよっ!!

 震える腕を、脚を、必死に抑えながら、ただ真っ直ぐに刀を構える。

 すぐさま、私目掛けて飛んでくる触手。

 大胆なステップとかは、もう無理そう……でもっ、まだっ!!

 

「っ、そっ、らぁっ!!」

 

 体重移動と慣性だけで躱し、刀で触手を弾きながら再びの機会を待つ。

 少なくとも私が耐えている間は、触手の侵攻も止まる。

 それに耐え続けてれば、奏が何とかしてくれる……はず。

 なら今の私にできるのは、少しずつでも倒しながら耐え続けて……とにかくっ、ちょっとでも長く耐える事っ!!

 

「ぐっ……っ、らぁっ!!」

 

 脚を取られないように時々スラスターで宙に浮きつつ、攻撃を受け続ける。

 突撃を避けて、受け流して、たまに一撃貰って、また避けて。

 それを繰り返していると……突然、一つだけ違う軌道の攻撃が飛んでくる。

 ……来たっ、横薙ぎっ、コイツならっ!!

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 触手の攻撃に合わせ、カウンターの唐竹割りを叩き込んで……

 

 ガキンッ!!

 

「……な……っ!?」

 

 ……私の刀は、触手に弾き返された。

 反動で刀の柄が、掌から抜けて、飛んでいく。

 なんでっ……今っ、タイミングっ、完璧だった、はずっ……なのに……っ!?

 

 ドスッ!!

 

「お゛っ、ごっ!?」

 

 刀を弾かれ、がら空きになった私のお腹を抉る、触手の一撃。

 私は避けることもできず……ヨダレを垂れ流しながら、大きく後ろに殴り飛ばされてしまう。

 

「がっ……ぁ゛っ……!」

 

 背中に響く、コンクリートの感覚。

 背骨に直接叩きつけられたような激痛が私の身体を貫く。

 そのまま、叩きつけられたコンクリートが勢いのままに砕け散り……

 

「……う゛っ……ぁ゛っ……っ゛……」

 

 私は仰向けのまま、瓦礫の上に倒れ込んでしまった。

 そんな私へと前方から徐々に迫り来る、触手の群れ。

 

「ひ……っ……!?」

 

 その恐怖を前に、私にできるのは……何とか腕の盾を、顔の前に添えるだけ。

 だけど、触手らが待ってくれる、はずもなく……

 

 ドスッ!!

 

「ぉごっ!?」

 

 まずは一撃……大きくしなった触手が、私のお腹へと叩きつけられた。

 

「がっ、ぁ゛っ……!」

 

 反動で力なく宙に浮いた私の四肢が、バタッと地面に落ちる。

 コンクリートと触手に挟まれ、瞬間的に押し潰され……一瞬、身体がぺちゃんこになったと錯覚するほどの激痛。

 だけど、お腹を抑えて蹲る時間もなく、そのまま……

 

 ドスッ!! ドスッ!!

 

「あ゛がっ、がっ!? ぐっ、お゛っ、ごっ、ぶっ、あ゛ぎっ!?」

 

 周囲の触手による乱打が、一斉に私へと襲いかかってきた。

 何度も何度も、触手に殴られ、嬲られる。

 さっきまでの攻撃で、もう防御すらロクにできない私は……まるでサンドバッグのように、ただひたすら、殴られ続けることしかできない。

 

 ドスッ!! ドスッ!!

 

「ごふっ!? っ、あ゛ぐっ、ぎっ、あ゛がっ!? お゛ごっ、う゛っ、ぶぁ゛っ!? い゛っ、お゛っ、ぎっ、あ゛ぁぁぁっ!?」

 

 胸に、お腹に、太ももに、腕に。

 何度も、何度も、何度も、何度も、触手が叩き込まれる。

 普段なら骨が折れ、内臓が破裂して、全身がぐちゃぐちゃになって……とっくに死んじゃってるんだろう。

 なのに、私の……変身ヒロインとしての身体は、この苦しみを前にしても、まだしぶとく生き続けていた。

 

 ドスッ!! ドスッ!!

 

「う゛ぶっ……がっ、ぁ゛ぎっ……お゛っ……ご、ふっ……ぉ゛え゛っ、ぶ……っ……」

 

 盾を構えていた腕もずり落ち……次第に、悲鳴すらロクに鳴けなってくる。

 それでも、まるでステーキの下処理みたいに、ただ淡々と、私の身体は、殴られ続けた。

 ……そして、何分ほど、殴られ続けたんだろうか。

 

「ぉ゛……っ……ぁ゛……っ……」

 

 ようやく触手の猛攻が終わった時には……私は既に、虫の息だった。

 殴られ続けたことで、衣装が所々破れてしまっている。

 胸もアソコも剥き出しになって……蒸発した触手の体液が混じった空気が当たって……気持ちが悪い。

 そんな私の頭へと、一本の触手が近づいてきた。

 触手は、抵抗できない私の顔を舐め回すように這いずり回ると……やがて、私の首へとその体を巻き付けてきた。

 そして……

 

 ッ……ズルッ……

 

「っ……ぁ゛……が……っ……」

 

 捕えた獲物を見せびらかすように……私の身体は、空中へと持ち上げられた。

 太くて硬い触手に首をギチギチに絞められ、まさに首吊りの処刑中のような体勢。

 やがてダランと落ちた私の手脚にも、別の触手がそれぞれ巻きついてくる。

 触手らは人形遊びみたいに私の四肢を動かして……あっという間に私は、空中で大の字状に拘束されてしまった。

 

「っ……う゛っ……っ、ぁ゛……っ……」

 

 ヨダレを垂らしながら、空中で触手に捕まった私。

 そしてコイツら触手が変身ヒロインを捕まえてやる事なんて……一つしかない訳で……

 

 ズチュッ!!

 

「んぎっい゛ぃぃぃっ!?」

 

 予告も何も無く、いきなり私のアソコに一本の触手がぶち込まれた。

 勢いよく膣壁が抉られ、私の身体は勝手に仰け反ってしまう。

 痛くて苦しくて、もう声もロクに出ないはずなのに……お腹のナカから内臓を押されて、無理やり情けない喘ぎ声が吐き出される。

 

「お゛っ、ぐっ!? い゛っ、あ゛っ、あ゛ぁぁぁっ!?」

 

 これっ、普段の触手と違うっ……

 見た目は普通っ、なのにっ……膣内に挿入された瞬間っ、ゴリゴリってっ、イボイボがっ、出てっ、きてぇっ!?

 

 グチュグチュグチュグチュッ!!

 

「ま゛っ、あ゛っ、あ゛ぁぁぁっ!? はげっ、激しっ、い゛っ、ぎぃぃぃっ!?」

 

 そのまま始まる、凶悪な触手による無慈悲な陵辱。

 まるでビーズでも埋め込んだようにイボイボを付けた触手が、高速で私のナカを掻き乱し続ける。

 

「あ゛ぁぁぁっ!? あ゛っ、がっ、ひっ、い゛ぃぃぃっ!?」

 

 拷問のような触手の殴打でとっくに死んだはずの身体の感覚が、この快楽だけは鮮明に受け取り、脳へと流し込んでくる。

 

「あ゛っ、ぁ゛ぎっ、い゛ぃっ!? お゛っ、ぐっ、やめっ、う゛ぅぅぅっ!?」

 

 何度も何度も、膣壁を削りながら、触手は私の子宮口をこじ開けて侵食してくる。

 触手側面のイボイボは、簡単に私の我慢を打ち砕き……それでもなお、グチュグチュグチュグチュと、いやらしい音をたてながら、激しい抽挿を続けてくる。

 

「ふぎっ、い゛っ、あ゛ぅぅぅっ!? ぅあ゛っ、はっ、あぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 ビュルルルルッ!!

 

「ひっ、い゛ぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 これっ、ナカでっ、熱いのっ、でてっ、射精てっ、う゛ぅぅぅっ!?

 やばいっ、耐えなきゃっ、耐えなきゃっ、なのにぃぃぃっ!?

 

「イクっ、イっ、ちゃっ、あっ、あ゛ぁぁぁっ!?」

 

 突然、私の子宮に直接ぶちまけられた、ドロドロの熱い粘液。

 ただでさえ限界だった膣内と子宮にそんなものを受けて、どれだけ意識したって今の私が耐えることなんて、できるはずもなくて……そして……

 

「イクッ、もっ、イっ……ふぁぁぁっ!!」

 

 ガクガクッ!! ぷしゃぁぁぁっ!!

 

 私は触手にされるがまま……潮を撒き散らしながら、絶頂してしまった。

 

 ズリュッ!!

 

「んぎっい゛ぃぃぃっ!?」

 

 直後、私の子宮に体液をぶちまけた触手が、私のアソコから引き抜かれる。

 

 ドロッ……ドロッ……

 

「っ、う゛っ、ぶっ、う゛ぅぅぅっ……っ、はぁぁぁっ……はっ、ぁっ……ぁ〜〜っ……」

 

 同時に栓が抜かれたように、私のアソコからは大量の白濁液が溢れ出てくる。

 こんなに……射精されてっ……やばいっ、これっ……触手の子供っ……孕まされ……る……

 まさか、こいつ、ら……私を……苗床に、する、気……で……!?

 

「ひっ、い゛っ、あっ………はっ、あっ……ぁっ……っ、はっ……」

 

 だとしたら……ますます頑張らなきゃいけないわけだ。

 最悪、触手を孕まされたところで……外に出さないように頑張れば、何とかできるかもしれない。

 上手いこと子宮の中で、触手の白濁液で窒息とかしてくれたらもっと嬉しいんだけど……

 そうこうと、何とかこの場を乗り切ろうと、回らない頭をフルに回転させていた……その瞬間だった。

 

 ズリュッ……!!

 

「ひっいぃぃぃっ!?」

 

 突然、左右の耳穴に……細くニュルニュルしたモノが飛び込んでくる。

 これ、まさかまた、別の触手……!?

 得体の知れないものが耳に侵入してきているにも関わらず……耳を舐められているみたいな感覚に、思わず私は身を捩ってしまう。

 

「ふっ、うっ、くっ、ひぃっ……!? やっ、なにっ、今度、はっ……なにする、気っ、なっ、の……っ!?」

 

 言葉が通じないと分かっていながらも、自然と問いが口から出てくる。

 すると、触手は私の問いに答えるように……

 

 ビュルルルルッ!!

 

「ぎっ……!? ひっ、あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 私の左右の耳の中へと……液体状の何かを吐き出した。

 突然、頭の中に直接鳴り響く濁流音。

 瞬間……私のナカで、何かが弾けた。

 

「がっ……あ゛……っ……が……っ……あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」

 

 ガクガクガクッ!! ぶしゃぁぁぁっ!!

 

 身体っ、ちがっ、脳がっ、ナカっ、がっ、熱いっ、熱っ、い゛ぃぃぃぃぃぃっ!?

 

 鼓膜に守られているはずの耳の穴から、液体状の何かが直接、脳に流し込まれた感覚。

 燃え上がるような、もはや快楽とも分からないそれを前に……私の身体は、勝手に絶頂を始める。

 身体は仰け反り、目が見開かれ、潮を撒き散らしながら歯をガチガチと震わせる。

 

「ぎっ、ひっ、あ゛っ、ぎぃぃぃぃぃぃっ!?!?」

 

 赤ちゃんみたいに泣き叫びながら、身体のナカで暴れる快楽に弄ばれてしまう。

 けど、触手は待ってなんて、くれなくて……

 

「ひっ、いまっ、だめっ……お願いっ、やめでっ、やだっ、や゛っ……!!」

 

 さっきまで挿入っていた触手が、再び私のアソコに、押し当てられて……

 

 ズチュッ!!

 

「お゛っ、あ゛っ、がぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 一気に最奥まで捩じ込まれた瞬間、目の前が真っ白に染まる。

 そして……

 

「む゛りっ、ごれ、も゛っ、イグぅぅぅぅぅぅっ!? イグっ、イグぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ガクンガクンッ!! ぶしゃぁぁぁっ!!

 

 抽挿すら無いまま、私は仰け反りながら……絶頂と共に、潮をぶちまけた。

 

 ズチュズチュズチュズチュッ!!

 

「お゛っ、お゛ぉぉぉっ!? い゛っ、イ゛っでっ、る゛っ、のっ、お゛ぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 直後、私のアソコで触手が暴れ始める。

 私の愛液と、触手の体液。

 それらが混じった粘液を撒き散らしながら、何度も何度も膣壁を抉られ、子宮をぶち抜かれる。

 

「イグぅぅぅっ!? イ゛っでるのっ、に゛ぃぃぃっ!? まらイグっ、イっ、グぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 貫かれて一回、引き抜かれて一回。

 触手が往復する度に、私の身体は絶頂を繰り返してしまう。

 

「ぉ゛っ、ぎゅぅぅぅぅぅぅっ!? ぁぎっ、ひっ、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ガクガクッ!! ぶしゃぁぁぁっ!!

 

「や゛っ、も゛っ、お゛ぉぉぉっ!? ゆるじっ、たすっ、げっ、んぎっ!? ぃ゛っ、ぎぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 酸素が、吸えない。

 目の前がチカチカと点滅して、今にも意識が飛びそう。

 なのに……

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!! あ゛がっ、あ゛っ、ぎぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 度重なる絶頂が、意識を逃がす事すら許してくれない。

 視界が黒と白とで、交互に移り変わる。

 視界も身体も頭の中も、全てが爆発して、全てが私を壊す為だけに蹂躙されている。

 なのに……触手は一切止まる気配がない。

 それに……周りには順番待ちみたいに、うじゃうじゃと別の触手らが、先端から体液を流しながら私を取り囲んでいる。

 

 グチュグチュグチュグチュッ!!

 

「ひぎっ、い゛ぃぃぃぃぃぃっ!? あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!! イグぅぅぅっ! イグぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ガクガクッ!! ぶしゃぁぁぁっ!!

 

 まだ……まだ、続くの……?

 こんなの……こん、なのっ……死ぬより、ずっと……

 

「……〝紅刃・旋華〟」

 

 私の絶望、それすら快楽に押し流されようとした、その時……突如、聞きなれない声が、戦場に響き渡った。

 

 ザシュッ!!

 

 瞬間、私を犯していた触手共が、一気に切り裂かれて肉塊と化す。

 続けて、戦場を浄化するように飛び回る謎の飛行体から、矢尻のような弾が全体にばら撒かれ……

 

「……やっぱ、本部に比べたら少ないね」

 

 その間、僅か数秒。

 あっという間に戦場を埋めつくしていた触手が、バラバラになって地面に転がっていた。

 

「そっか……こうなるんだ」

 

 よく分からない言葉を呟いた彼女は……クリアレッドの、紅い刃を持つ刀を空中で掴むと、地面に落ちた私の元へと歩いてくる。

 

「こんな姿で……惨めだね、本当に」

 

 ……だ……れ……

 わた、し……っ、ぽ、い……い……しょ、う……だ、けど……

 

「……オルレアハート……いや、春永雅」

 

 ……な、に……この……ひ、と……わたし……の……なま、え……なん、で……しっ……て……

 

「……あのタイプの触手は、本体が伸びきった場合にのみ防御が薄くなる。マグレがあったみたいだけど、その程度も見抜けないんじゃ……この先、無理だよ」

 

 ……なに……を……いっ……てる……の……か……ぜん……ぜん……わから……ない……って……

 

「……私より多少はマシだったんだろうけど……結局、か」

 

 ……だれ、で、も……い、い……か、ら……おね……が、い……たす……け……て……はや、く……しな、きゃ……か……な、で……が……まっ、て……

 

「……少しでも希望を持って、見守ろうとした私が……結局、バカだったってことか」

 

 ……ロクに身体も思考も動かせない私の前で、その女性は……自らの刀を強く握った。

 そのまま両手で柄を握った刀を、正面に振りかぶり、そして……

 

「さようなら。奏のために……死ね」

 

 彼女は躊躇う事なく、紅い刃を振り下ろした。

 刃は勢いよく、私の首へと吸い込まれ……

 

 ザシュッ……!!

 

……

……

 

 ガバッ!!

 

「……っ、っぁ、はっ……!?」

 

 首を刃が抉ったと思った、その瞬間……私は、勢いよく飛び起きた。

 今の……全部、夢……?

 

「……っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁっ、はぁっ……!」

 

 寝る前と同じ、ベッドの上。

 荒い呼吸と冷や汗でびっしょりになりながら、そっと自分の首に手を当てる。

 ……ある。当たり前、だけど。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 ……暴力、陵辱……そして、首を斬られる寸前の僅かな痛み。

 そのどれもが、まるで体験したみたいに鮮明だった。

 ……もう既に非現実的な出来事を山ほど体験したんだ。

 今更存在しない記憶を植え付けられたとか、違う世界の記憶が流れ込んできたとかあったとしても、不思議じゃない。

 けど……せめてもうちょい、なんかマシなの、あったでしょうよ。

 

「……っ……最っ……悪……」

 

 なんて空想上の敵に悪態をついてみる。

 そのままジメジメとした気持ち悪さを流し込むように、ベッドの上に置いてあったペットボトルのお茶を喉に流し込んだ。

 ……スマホを見ると、時間はまだ五時くらい。

 本来起きる時間よりも、遥かに早い時間。

 けどあんな夢を見た直後だ、二度寝をする気にもなれない。

 

「……はぁ」

 

 ……シャワー浴びよ。

 それで、学園に行くまでのんびりして……スマホでも見てれば、勝手に忘れてくれるでしょ。

 にしても……ほんっと、朝からイヤなモン見せられたなぁ……

 

……

……

 

 結局……異変があったのは、夢の中だけだった。

 その後は特に何も無いまま、私はいつものように学園に通っていた。

 何事もなく通学し、普段のように授業を受け、剣道部に顔を出して……

 

「う〜……寒っ……」

 

 そして日も暮れてきた頃、私は一人で帰路に着いていた。

 ……よくよく考えると、たかが夢程度に何を神経質になっていたんだか。

 よし、もう考えるのやめやめ!

 帰ってからゆっくりお風呂入って、今日は少し早めに寝よ……

 なんて、大した事ない計画を頭の中で組み立ててる、と。

 

 プルルルル♪

 

「……ん?」

 

 突然、ポケットの中のスマホが鳴りだした。

 急いで取り出し、画面を見る、と……発信者の欄には、奏の名前。

 

 ……ピッ!

 

『あ、もしもし〜私私!』

 

 迷わず応答ボタンを押した瞬間、奏の元気な声が耳元に届く。

 寒空の下、かじかんだ口を解すように、私はゆっくりと口を開いた。

 

「はいはい……で、何かあったの?」

『も〜冷たいなぁ。ま、いいや。雅、今どこ?』

「どこって……普通に帰ってる途中だけど」

『オーケーッ、ナイスタイミング!』

「……なにがよ」

 

 ……何か、嫌な予感がする。

 具体的には、この寒い中で何か買ってこいとか、そんな感じの……

 

「急で悪いんだけどさ、お粥買ってきてくれない? ほら、確か駅の近くに専門店できてたでしょ?」

「奏……お粥くらい自分で作りなよ……」

「事情があんのよ、事情が! お金出すからっ、ね、お願い!」

「はぁ……ミルクティー代も追加してくれるなら考えてあげる。プレーンで良い?」

「よ〜し、その話乗った! お粥もプレーンで大丈夫! んじゃ、よろしくゥ!」

 

 それだけ言って、奏に一方的に電話を切られる。

 この寒い中……お使いミッション追加、かぁ……

 ……でもま、奏の頼みだし……しゃーなし、やってあげましょか。

 

「え〜っと……お粥……お粥……っと」

 

 スマホを開き、目的の店の詳細な場所を探す……と。

 

「お、確か……ここだよね」

 

 ルート案内には、徒歩十分の文字。

 これならチャチャッと行けるな、よしよし。

 財布を開いて確認……うん、現金も問題なし。

 財布を開いたついでに近くの自販機に寄り、ホットのミルクティーを購入。

 

「はぁ〜……あったかぁ……」

 

 何度か頬に擦り付けて熱量を補充してから……

 

「……さ、行こっか」

 

 私は奏からのお使いを果たすべく、スマホの指示に従って歩みを進めるのだった。

 

……

……

 

「ごめんくださ〜い。出前で〜す」

『はいはいただいま〜』

 

 テイクアウトしたお粥の袋を片手に、奏の家のインターホンを押す。

 と、奥からいつも通りに元気が良い奏の声が聞こえてくる。

 程なくして。

 

 ガチャッ!

 

「いやぁごめんね雅! 急に買い物頼んで!」

 

 扉が開かれると、奥から奏が笑いながら姿を表した。

 そんな奏に、私は手に持ったお粥の袋を差し出す。

 

「いいよいいよ。ほら、頼まれたモノ」

「助かる! お金は後で良いよね?」

「大丈夫大丈夫。で、なんで急にお粥なんて?」

「あ〜っと、それはねぇ……とりあえず、入って入って!」

「はぁ……」

 

 なにか言い淀む奏に思うところはありつつも、促されるがままに私は部屋の中へと足を踏み入れる。

 と……

 

「やぁ、おかえり雅君」

「うん、ただいまアルク……と……?」

 

 いつものようにいるアルクと……奏のベッドの上で上半身を起こしている、見慣れない女性が一人。

 

「……奏、どうしたのよ、この人?」

 

 コソコソと奏に近づき、事情の説明を要求してみる。

 

「なんかね、路地裏に倒れてるのを見つけて……だけど病院には行きたくないみたいで……それになんか私の名前を呼んできたから、とりあえず連れてきたの」

「知り合いなの?」

「んや、全然。なんか微かにどっか知ってるような雰囲気がある……ような気はするんだけど……気のせいかも」

「……なるほど、だからお粥なんて頼んできたのね」

「そそ、そゆこと」

 

 見知らぬ人を部屋に連れ込むのはどうかと思うけど……ま、奏が納得してるならいいのか……な……?

 かといって、いつまでも後ろでコソコソしているのは良くない。

 私はゆっくりとベッドへと近づき、女性に向けて話しかけた。

 

「初めまして。私は春永雅です。気軽に雅って呼んでください」

「私、は……ルイナ……うん、ルイナ、よ」

 

 白いショートヘアーに、白いシャツとジーパン、黒いジャケット。

 そんなラフなコーディネートの彼女は、微かに目を泳がしながら、そう名乗った。

 格好いいコーデ、だけど……見た目的には外国人っぽくないし……明らかに偽名だよね、多分。

 それに、どっかで見たことあるような顔してるけど……ダメだ、思い出せない。

 ……どっちも面と向かって聞く訳にもいかないから、今はとりあえず、大人しくルイナさんと呼ばせてもらおう。

 

「ルイナ……さん? は、どこから来たんですか?」

「私は……未来から来たの。って言っても……信じられないかもしれないけど」

 

 彼女はそう言うと、ポケットから半球体を取り出した。

 

「……これは、クロノスペク……だっけ?」

 

 覗き込んだ奏が言う通り、その半球体は以前アルクが自信満々に突き出してきた、あのアイテムにそっくりだった。

 けど……アレにこんなの、付いてたっけな……?

 

「けどさ奏……ちょっと違う気がしない? ほら、ここの辺りとか」

「……言われてみればホントだ。コイツのには周りの宝石みたいなの、付いてなかったよね」

「だよね……アルク、これ、知ってる?」

「……いや、私も知らないな、これは。大枠は似ているが……雅君の言う通り細部もだが、発される波動も違うように感じる。似てるだけの別物だろう」

 

 三人で顔を突き合わせながらワイワイと話していると……

 

「……貴女達、これを知ってるの?」

 

 驚いたようなルイナさんの声。

 その声を受けて、私達は一斉に顔を上げた。

 

「昨晩、コイツが似たようなのを持ってきてたのよ」

「似ているだけだがね」

「……アンタ細かいわね一々」

「はははっ! 奏君からしたら全人類が神経質になってしまうなぁ!」

「ンですってぇ!?」

「二人とも今は抑えてお願いだからっ!! ……っ、で、ルイナさん。これ、なんなんですか?」

 

 奏とアルクのやり取りを微笑ましい表情で見るルイナさんへ、二人に代わって質問を投げかける。

 するとルイナさんはふと顎に手を添え、右上に視線を泳がせて……そしてゆっくりと、口を開いた。

 

「……これはね、知り合いの人に貰ったの。何でも心の中で願えば、その時間に飛べるんだって。私はこれを使って、未来から来たの」

「へぇ〜……それって、どのくらいまで行ける、とかはあるんですか?」

「……自分が明確に存在する時間なら、行けるらしいって聞いたわ。流石に恐竜がいた時代とかは、試したことないから分からないけど。雅さん、試してみる?」

「いえ、遠慮します!」

「ふふっ、冗談よ」

 

 冗談っぽく笑うルイナさんを見て……あ、この人いい人かも、なんて思ってしまうのは、私が単純だからだろうか?

 

「でもルイナさん。ってことは、この時間での家とかはないんですよね?」

 

 なんて会話をしていると、アルクから離れた奏が、顔を乗り出して口を開いてきた。

 

「え? ……えぇ、まぁ、そう……だけど……」

「だったらウチに泊まっていきませんか? ほら、少し手狭だけど、野宿するよりはマシでしょ?」

「か、奏っ!?」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば……初対面の人を家にあげるだけに留まらず、泊めてあげるつもりなの……!?

 

「ちょ、奏、流石にそれは……」

「大丈夫大丈夫! ルイナさんって、多分悪い人じゃないよ」

「一応聞くけど……理由は?」

「なんかそう思った! それだけで十分でしょ?」

「……もう」

 

 ……ダメだ、こうなった奏は、私が何を言ってももう止まらない。

 なにより……

 

「……うん、ありがとう。お言葉に甘えさせて貰ってもいいかな。奏さん」

 

 ……こんなルイナさんの嬉しそうな笑顔を見てしまっては、今更私が断る訳にはいかない。

 

「もちろん! じゃ、早速寝具買ってこなきゃ! ほらっ、行くよ雅!」

「ちょっ、なんで私もっ!?」

「私一人のセンスじゃ、万が一ってのがあるでしょ? さっ、早く早く!」

 

 奏に手を引かれ、強引に玄関へと連れ出される。

 

「んじゃアルク、留守番よろしく! お粥、そこに置いてあるから後で食べさせてあげて!!」

「はいはい、気をつけて行っといで」

「あ、そうだルイナさん! 枕、硬めか柔らかめか、どっちが良いです?」

「私はどっちでも……しいて言えば硬い方が好き、かも」

「了解です! じゃ、行ってきます!」

「……うん、行ってらっしゃい」

 

 アルクとルイナさんに見送られながら、私と奏は扉から外に出る。

 

「う〜っ、寒っ……雅、寝具ってどこがいいかな?」

「う〜ん……ちょっと行ったとこにあるディスカウントストアでいいんじゃない? そこなら私の使ってる硬めの枕あるし、紹介したげる」

「おっ、流石雅! じゃ、早速行こっか!」

 

 そうして部屋の扉に鍵をかけてから……奏は私の手を引いて、再び夜の街へと駆け出すのだった。

 

……

……

 

「……おや」

 

 雅と奏が外出した、数分後。

 

 お手洗いから戻ったアルクが目にしたのは……ルイナの姿が消え、代わりにベランダへと繋がる引き戸が、カーテン越しに開いている光景だった。

 一瞬、逃走、の二文字がアルクの脳裏を過ぎる。

 だが……

 

「……ふぅ」

 

 カーテンの奥から聞こえてきた息を吐く声に、その疑念はすぐに打ち消された。

 彼女はそのまま、迷うことなくカーテンを開け……

 

「……ここの家主は仮にも学生だ。紛らわしい行為は控えるべきではないかね?」

 

 ベランダの柵に腰を掛け、憂鬱そうにタバコを吸うルイナへと声をかけた。

 

「……あら、バレちゃった」

 

 しかしルイナは軽くアルクに視線を流した後、悪びれる事なく再びタバコを咥えた。

 そして、肺の中までたっぷりと吸い込み……

 

「……ふー」

 

 その煙を、アルクの顔へと吹きかけた。

 

「ごほっ、ごほっ!! っ、くっ……な、何のつもりだ!」

 

 突然顔を包んだタバコの煙に、思わず咳き込むアルク。

 彼女の怒鳴り声に、ルイナは静かに尋ね返した。

 

「……嫌だった?」

「ごほっ、ごほっ……ちっ、君はよく知らない人間にこれをされて喜ぶのか? だとしたらとんだ変態だな」

「そっか。ごめんね、つい癖で」

 

 ルイナは最後に一口吸ってから、ポケットから取り出した携帯灰皿でタバコの火を消し、放り込んだ。

 

「……私の知ってる貴女なら、そんな顔しないんだけどな」

「そうか、人違いだろう」

「そうかな、でも……」

 

 その瞬間、ルイナはアルクの手首を掴み……

 

 トスッ……

 

「……何のつもりだ?」

 

 ……アルクの身体を、優しく窓へと押し付けた。

 

「なん、の、つもり……か……」

 

 戸惑うアルクに対し、ルイナは少し寂しげな顔を浮かべる。

 

「……ま、そうだよね」

 

 ルイナはそう言うと、ゆっくり脚を上げ……

 

「ひぅっ!?」

 

 アルクの股下へと、自らの太ももを押し付け始めた。

 先程までの彼女の態度からは想像もできない可愛らしい声を前に、ルイナは甘い笑みを浮かべる。

 そして……

 

「ほら、こうやってされるの……好き、でしょ?」

 

 ルイナはアルクの股下を、グリグリと太ももで擦り始めた。

 

 さすっ……さすっ……

 

「なっ、急っ、にっ……ぃっ……な、なにっ、んんっ……!?」

 

 ……ぐちゅっ……ぐちゅっ……

 

 タイツを擦る乾いた音は、一瞬にして蜜で湿った卑猥な水音へと変わる。

 

「……良かった、ここはずっと同じ……敏感なまま、なんだね」

 

 ぐちゅっ……ぐちゅっ……

 

「だっ、だからっ、なっ、ぃっ、んんっ!?」

 

 必死に声を抑えながらも、アルクの細い腰は、ビクビクと小刻みに震えてしまっていた。

 それを腕と身体で強引に押さえつけながら、ルイナはなおも太ももを動かし続ける。

 

 グチュ……グチュ……

 

「やっ、めっ、んっ、ぅぅっ……!!」

 

 太もも全体でゆっくりとクリトリスを刺激し、角度を変えながらも執拗にアルクを追い詰めていくルイナ。

 

 グチュ……グチュ……

 

「ふぅっ、ふっ、うっ、くっ、うっ、うぅぅぅっ……!?」

 

 何度も何度も太ももで股を擦り続けられ……最初は強気な姿勢を保っていたアルクの顔は既に蕩け、先程までの面影は微塵も残されていなかった。

 

 グチュ……グチュ……

 

「あぁっ、はっ、うっ、んっ、うぅぅぅっ……!! んぐっ、ぅっ、あっ、はっ、ぁぁぁっ……!!」

 

 硬さと柔らかさ。

 布地越しの股へと、二つの刺激が交互に繰り返される甘美な快楽。

 アルクの腰も徐々に痙攣が激しくなり、口の端からはトロトロとヨダレが、彼女の胸元へと垂れ流されていた。

 

「気持ちよさそうだね、アルク。ちょっと早いけど……そろそろラストスパート、行こっか」

 

 そんな彼女の顔を見て……ルイナの太ももがもう一段階、加速する。

 

 グチュグチュグチュグチュッ!!

 

「ひっ、いぃぃぃっ!?」

 

 更に激しく飛び散る水音。

 アルクは背中を反らしつつも、襲い来る暴力的なまでの快楽から必死になって逃げようとする。

 が、ルイナに身体を押し付けられ、どう足掻こうとも逃げることは叶わない。

 

「あぁぁぁっ!? ぁっ、はっ、あっ、あぁぁぁっ!?」

「ダメだよアルク、逃げないで」

 

 グチュグチュッ!!

 

「やめっ、ろっ、もっ、んんっ!? いっ、やっ、ぁっ、んっ、ぅうっ!?」

「大丈夫、我慢しないで……ほら、クリをギュッと押し潰されるの、好きでしょ?」

 

 グチュグチュッ、グリュッ!!

 

「ひあっ、あぁぁぁっ!? たのっ、むっ、もっ、やめっ、あぁぁぁっ!? ダメだっ、もっ、う゛ぅぅぅっ!?」

 

 涙を浮かべ、タイツ越しに愛液を撒き散らし、紅潮した顔で許しを乞うアルク。

 

 グチュグチュッ!! グチュグチュッ!!

 

「もっ、ひっ、ぎっ、いっ、あぁぁぁっ!? イクっ、もっ、イかっ、されっ、あっ、はぁぁぁっ!?」

「いいよ。ほら、イけ、イけ……アルク、イけ」

「やだっ、イきたくっ、なっ、あぁぁぁっ!? やっ、もっ、おぉぉぉっ!? イクっ、のっ、やっ、なのっ、にっ、いぃぃぃ……っ!!」

 

 しかしいくら懇願されようとも、ルイナは責めの手を、いや脚を、止めようとはしなかった。

 そして、そのまま……

 

「イっ……、ひっ、あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ガクガクっ!! ぶしゃぁぁぁっ!!

 

 全身を淫らに痙攣させながら……されるがままに、アルクは絶頂してしまった。

 激しい水音と共に、彼女の黒タイツは潮と共にメスの匂いで染まる。

 その勢いは止まらず……やがて彼女の足元には、じわじわと水溜まりが広がっていく。

 

「おっ、あっ……はっ、ひっ……ぃっ、いいっ……」

「……変身ヒロインになったら潮噴きやすくなるのってさ、アルクの身体のデータをベースとしているからなんだってね。この前、教えてくれたよね? あれ、やっぱり本当だったんだ」

「……ひっ、ぁっ……はっ……は……っ、ぁっ……んっ、ぁっ、ひっ……ぅっ……っ、な、なんで……それ……を……」

「聞いたんだ」

「……誰、に……?」

 

 ルイナはふっ、と笑い、そして……

 

「……貴女に、だよ」

 

 ポケットから注射器を取り出し……

 

 プスッ……!

 

「ぁがっ……!?」

 

 直後、アルクの首筋に鋭い痛みが走る。

 同時に感じる、冷たい液体が体内に流れ込んでくる感覚が、彼女の意識を支配する。

 

「……っ、ぐっ……ぅ゛っ……な……なに……を……」

「大丈夫、死にはしないよ。ただ少しだけ、休んでてもらうだけ」

 

 四肢の先端から、徐々に痺れが伝わり……やがて脚からも力が抜け、アルクはその場に座りこんでしまう。

 

「……そう、か……絶、頂……に、よる……血……管、の……膨……張……これ、が……狙、い……か……」

 

 眠気にも似た感覚を前に彼女は強く歯を食いしばり、必死に耐えようとする、が……

 

「っ……君、は……一……体…………」

 

 ……やがてアルクの意識は闇に呑まれ、自らが作った水溜まりの上に倒れ込んでしまった。

 

「……ごめんね、アルク」

 

 ルイナは倒れたアルクの頬をそっと撫で……そのまま、奏の部屋の中へと戻る。

 そしてアルクの身体を隠すように窓とカーテンを閉めると、彼女は再び奏のベッドへと倒れ込んだ。

 

「……ふぅ」

 

 気まずさとも、安堵ともとれる表情と共に、ルイナは天井を見つめている。

 と……

 

 ガチャッ……

 

 軽く部屋に響く、解錠の音。

 

「ふぅ〜……ようやく着いたぁ……帰ったら暖房入ってるの、ほんっとありがたいよねぇ……」

「ほんっと、寒かったよねぇ……それはそうと雅、アンタいっつも部屋の暖房、つけっぱなしでしょうが。電気代、ヤバいんじゃないの?」

「帰っても寒い時間を過ごすよりはマシってもんですよ、奏さんや」

「へいへい、そういうモンですか雅さんや」

 

 その後、雅と奏、二人の仲の良い掛け合いが、ルイナのいる部屋にまで聞こえてくる。

 足音が聞こえ、二回の水音が聞こえ……そして、部屋の引き戸が、ゆっくりと開かれた。

 

「お待たせルイナさん……あれ、アルクは?」

 

 部屋の中をキョロキョロと見回す奏に対し、ルイナは軽く笑いながら答える。

 

「うん、おかえり、奏……さん。アルクさんなら、急用があるとか言って帰ったよ」

「ったくアイツ、家主に何も言わないで……!」

「まぁまぁ……あ、ルイナさん、とりあえず今日はこの枕を使ってください! 私と奏の好みで選んだから、気に入って貰えるかは分かりませんが……」

「……いえ、ありがとう。今夜はありがたく、使わせてもらうわね」

 

 雅が差し出した新品の枕を、ルイナは笑みと共に受け取る。

 

「いえいえ、遠慮しないでください!」

 

 それから雅は買い物の荷物を、部屋の隅にあるソファーの上に置き、代わりに自分の荷物を手に取る。

 そして……

 

「じゃ、私、そろそろ帰るね!」

「うん、付き合ってくれてありがとね、雅!」

「いいって事よ! それじゃ、奏も、ルイナさんも、おやすみ〜!」

「おやすみ、雅!」

「……おやすみなさい」

 

 そのまま雅が部屋から出ていき……部屋には奏とルイナ、二人だけが残される。

 エアコンの音だけが流れる、静かな部屋の中で……

 

「……いい子なんですよ、雅って」

 

 ふと、奏が口を開いた。

 

「結構いい加減でズボラだし、たまに勝手に突っ走って大変なことになるけど……それでも、何かあったら絶対に助けてくれるし、命懸けで私の事だって…………って、急に何言ってるんでしょうね、私……ははっ……」

 

 語られた奏の言葉に……ルイナは、ギュッと布団を握り込む。

 

「……大切な友達、なんだね。あの雅って娘」

「えぇ、私の一番の親友ですよ! 多分、ずっと!」

「そう……うん、大切にしてあげてね、その友達のこと」

「えぇ、もちろんです!」

 

 優しい笑みを浮かべながら話す奏。

 そんな彼女を眺めるルイナの笑みは……どこか暗く、陰鬱とした笑みだった……

 

……

……

 

 その日の晩。

 

 カッ……カッ……

 

「……っ……ん……?」

 

 ……廊下から聞こえる足音に睡眠を妨げられ、〝私〟は目を覚ました。

 これは……うん、部屋の様子も変わってない……ってことは、前みたいに変な夢じゃないな。

 じゃあこれ……まさか、本物の泥棒……?

 ……ふっ、だとしたら相手が悪かったわね……現行犯でとっ捕まえてやる。

 私は眠ったフリをしつつ、薄目を開けて決定的瞬間を待ってみる。

 

「……っ」

 

 ……ゆっくりと、私の傍に近寄ってくる。

 残念、そっちに財布は無いよ、ご愁傷さま。

 ……にしても、最近の泥棒はやけに派手な姿をしてるんだな。

 背中の羽根っぽく見えるのは……あれ、何のためにあるんだろ。

 ……いや、ちょっと待て。

 泥棒にしても……なんで私の方に近寄ってくるの……?

 なにやらとてつもない危機感を覚えたその瞬間……泥棒の膨らんだ胸元に、キラリと反射するモノが見える。

 あれは私のと同じ……ハート型のペンダント……!?

 ってことは、まさか……コイツの目的っ、泥棒じゃなくて……っ!?

 

「……さようなら」

 

 私が狼狽える最中、そいつは闇の中で腰の辺りから棒状の何かを取り出す。

 そして、そこからクリアレッドの刃を展開して……私に向けて、振り上げて……!?

 

「……っ!?」

 

 咄嗟にペンダントを握り、その場で変身。

 そのままスラスターから柄を引き抜いて刃を展開させ、振り下ろされる刀に刃を叩きつけた。

 

 バチバチッ!!

 

「ぐっ……ぅっ……!!」

 

 静かな部屋に似合わない、激しい破裂音が響き渡る。

 クリアグリーンとクリアレッド、二振りの刃が目の前でぶつかりながら、眩しい黄色の火花を散らす。

 その光に照らされて見えた姿は……白髪のウルフカットに、機械の片翼の生えた、オルレアハートに似た赤と黒の衣装。

 着ているモノも違うし、髪型も少し違うけど……髪色も顔も……全部見覚えがある……!

 

「……貴女まさかっ、ルイナさんっ!?」

「……だったらっ、何っ!!」

 

 ……っ、まずいっ……恨まれるような事した覚えないけどっ……ルイナさんは本気で殺りにきているっ……!!

 ……枕っ、まさか枕っ、そんなに気に入らなかったのっ!?

 って、んな訳ないかっ!!

 話も通じる状態じゃなさそうだし……とりあえずっ、今はこの場を……っ!!

 

「っ、このっ!」

 

 鍔迫り合いの最中、刀の先端の向きを少しだけ後ろに逸らす。

 受け流されるがまま、ルイナさんの刃が私のベッドに振り下ろされる。

 

「くっ……!」

 

 その隙に反対側へと転がり、窓側へと身体を逃がす。

 とりあえず距離を取らなきゃ……部屋の中じゃっ、流石に狭すぎるっ!

 

「っ、ええぃっ!!」

 

 罰金、弁償、その他諸々。

 一瞬だけ頭を過ぎったそれらのワードを振り切り、カーテンごと部屋の窓を蹴り破る。

 大音量で鳴り響いたガラスの割れる音を尻目に、私は窓の外の塀へと足をかけた。

 それを思いっきり蹴り飛ばすと同時にスラスターを全開。

 雪が舞う深夜の深い蒼色の空に目掛け、一気に身体を投げ出した。

 

「……っ、逃がさないっ!」

 

 チラッと後ろを見ると……ルイナさんは私と同じように塀に足をかけて蹴り飛ばし、私と似たようなスラスターを展開して追いかけてくる。

 でも、簡単に距離を詰められるような事は無いはずだ。

 そう考え、再度後ろを振り向くと……

 

「うっ……そ……!?」

 

 ルイナさんは、もう互いの顔が見える距離まで近づいてきていた。

 ……久々の変身だとしても、私だってスピードには自信があった。

 なのに、あっという間にルイナさんと私との距離が、ぐんぐんと縮まっていく。

 このまま夜の空で追いかけっこしてたらっ、結局捕まって……そしてそのまま……だったら……くそっ……やるしかないっ!!

 

「ちっ……!」

 

 スラスターの推力に任せ、辺りでいちばん高いマンションの、その少し上まで高度を上げる。

 そこから一気に急旋回、ルイナさんの方へと身体を向ける。

 そして……

 

「っ、だぁぁぁっ!!」

 

 重力とスラスターの推力に身体を任せ、上段に構えた刀を、ひと思いにルイナさんへと叩き込んだ。

 

 バチバチッ!!

 

 クリアグリーンの私の刃と、クリアレッドのルイナさんの刃が激しくぶつかり、雪降る夜空に火花を散らす。

 

「っ、ぅっ、ぐっ……!?」

 

 っ、力っ、強っ……!?

 上から打ってるのにっ、全然っ、余裕がっ……!?

 

「っ、る、ルイナさんっ!! どうしたんですか一体っ!?」

「どうしたもこうしたも無いっ……私はっ、お前を殺すっ!!」

 

 私の問いかけは、迷いのない視線と芯のある声で返される。

 

「落ち着いてくださいっ、一旦っ、話をっ!!」

「言っても分かるものかっ、お前にはっ!!」

 

 バチッ!!

 

「うっ、ぐぅぅぅっ!?」

 

 鍔迫り合いの最中、力任せに弾き返されて私の身体が宙を舞う。

 マズいっ、防御っ、崩れっ……!?

 

「っ、そこっ!!」

 

 ドチュッ!!

 

 直後、がら空きになった私の横腹に、ルイナさんの回し蹴りが叩き込まれた。

 

「っ、ぶっ、ぁ゛……っ!?」

 

 内臓が潰れたと錯覚するほどの痛みと、反射的に込み上げる吐き気。

 ヨダレを撒き散らし、身体を歪ませながら、私の身体は蹴り飛ばされる。

 

「っ、ちっ!!」

 

 歪む視界の中に映る、私の方に手を伸ばすルイナさん。

 直後、目の前が一瞬だけ真っ暗になり……

 

 ドカァッ!!

 

「ぁがっ!?」

 

 次の瞬間、空を飛んでいたはずの私の身体は、背中からコンクリートのような硬い壁に激突した。

 突然の現象に受け身もロクに取れないまま、私は重力に引かれて地面へと墜落する。

 

「ぁ゛っ……がっ……っ、はっ……」

 

 酸素が上手く吸えない。

 全身に走る鈍い痛み。

 その苦痛に呻きながらも、私は傍らに落とした自分の刀を握り、腕で無理矢理に上半身を起こす。

 

「っ……ぁ゛っ、ぐっ……ぅ゛っ……」

 

 霞む視界に光が戻ってきて……そこでようやく、私は周囲の状況を理解し始めた。

 さっきまでの雪が舞っていた街の景色は消え去り……目の前に広がっているのは、もはや見飽きた路地裏の中の、体育館ほどの広さを持った空間。

 

「……あの程度すら防げないの?」

 

 そして目の前には、私を蹴り飛ばしたルイナさんの姿が。

 

「たった一発でこのザマ……呆れを通り越して笑えてくるわね」

 

 白いウルフカットを靡かせながら、彼女は私に冷たい目線を注いでくる。

 何の迷いもない、ただ……私を見下すような、冷徹な目。

 

「っ……うるっ……さっ、いっ……なぁっ……いっ、つつっ……」

 

 ……っ、話し合いで解決できるなんて幻想は捨てろ……甘えるな、現実を認めるんだ、雅。

 この人は……〝敵〟だ……!

 

「……っ、こ、のっ……アンタ……なんなのよ……この空間作れるって事は……まさかハウンズの残党ってワケじゃ……ないでしょうね……!」

「……心外ね。あんなヤツらと一緒にしないでもらえる?」

 

 よろよろと起き上がる私に向けられる、凍るように冷たい瞳。

 その視線から逃げるように、立ち上がってすぐさま後ろに下がる。

 追撃は、ない。

 まるで私の動きを待っているみたいに、刀を下げて私を見ている。

 ……舐められてるわね、完全に。

 

「……っ、ク……ソっ……!」

 

 全身に走る痛みを堪えつつ、刀を握る腕と、脚に力を込める。

 ルイナの目を見ながらゆっくりと右足を後ろに開き、霞の構えをとる。

 

「……はぁ」

 

 対するルイナも脚を開き、刀を持ち上げ……私と同じ構えをとる。

 そして数秒、ジリジリとした時間が続き……

 

「……ふっ!!」

 

 ……先に動いたのは、私だった。

 右足で地面を蹴り飛ばし、同時にスラスターを全開。

 全速力で、ルイナとの距離を詰める。

 ほぼ同時に、彼女も地面を蹴り飛ばしていて……私たちは一瞬にして、お互いの攻撃範囲へと足を踏み入れた。

 その相手の表情がしっかりと見える距離に入った瞬間、私は加速の勢いを乗せたまま、左足を地面に叩きつける。

 そして身体を捻り、足から伝わる力を全て上半身に伝えて……っ!

 

「だぁぁぁっ!!」

 

 私は彼女の胸元めがけ、渾身の逆袈裟斬りを放つ。

 

「ふっ!!」

 

 同時に放たれる、ルイナの袈裟斬り。

 

 バチバチッ!!

 

 下段と上段、双方の斬撃がぶつかり合い、互いの刀の間で激しい火花が飛び散る。

 

「ぐっ……っ! っ、なんで私をっ、そこまで狙うのよっ!?」

「教える必要なんてっ、無いっ!」

「こっちは命狙われてんのよっ!! 聞く権利くらいっ、あるでしょうがっ!!」

「うるさいっ、黙って斬られろっ!!」

「襲っといてっ、何よその言い分はっ!!」

 

 何とか真意を問いただそうとしながらも、攻める手は休めない。

 袈裟、一文字、逆袈裟からのフェイントを入れての切り上げ。

 自分が持てる限りの速度の連撃を、一気に畳み掛ける。

 なのに……

 

「その程度の力でっ、調子にっ!!」

「こっ、のっ……!! なんっ、でっ!!」

 

 手に伝わるのは、全てを弾き返される重たい感覚。

 まるで攻撃が全て読まれているみたいに、ルイナは私の放つ攻撃と反対方向の攻撃を放ち、私の攻撃を防いでいた。

 しかも単発の偶然じゃない……私の攻撃、その全てが、だ。

 ……なんなのよこれ……奏みたいな先読みの能力か、動体視力がめちゃくちゃ良すぎるのか……そうでもなきゃ、説明つかないっての……っ!!

 

 バチッ!!

 

「っ、ぐぅぅぅっ!!」

 

 とりあえず落ち着くためにも、ルイナの放った一文字に敢えて弾かれ、そのままバックステップで彼女から大きく距離を取る。

 

「っ゛、うっ……はぁっ、はぁっ……! ったくっ……なんなのよ……ほんっとになんなのよっ、アンタはっ!!」

 

 着地と同時に刀を前に構え、同時にルイナへと怒りを叩きつける。

 突然襲われたからってのもあるんだろうけど……それよりもアイツを見てると、何故だか酷くイラついている自分がいるのは、なんでだろう。

 

「あぁ……その声……その甘ったれた声……」

 

 そんな私に向けられるルイナの表情は……怒りと虚しさが混じった、それでいて憮然としたような、複雑な顔。

 彼女は軽く空を仰ぐと、それら全てを薙ぎ払うように刀で宙を斬り……

 

「ほんっと……イライラするっ!!」

 

 っ、またっ、突撃してきたっ!!

 攻撃方向はっ、縦の唐竹かっ!!

 

「このっ……!」

「でっりゃぁぁぁっ!!」

 

 ルイナの唐竹割りに合わせて、地面を踏みしめる。

 そして下半身の力を全て上半身に伝えながら、渾身の袈裟斬りでルイナの刀を迎え撃った。

 

 バチバチッ!!

 

「っ、ぐっ、う゛ぅぅぅっ!? こっ、のっ……さっきからっ、会話すらマトモにできないのっ!?」

「必要ないってっ、言ってんでしょうがっ!!」

「アンタに無くてもっ、こっちにゃっ、あんのよっ!!」

 

 っ、強気には出てみているけどっ……やっぱ力でっ、負けてるっ……!

 なんとか足で地面を掴めてはいるけど、このままじゃ吹き飛ばされる……クソッ、癪だけどもっかいっ、コイツの力を使って距離をっ……

 

「っ、甘いっ!!」

「……なっ!?」

 

 距離を取ろうと、刀から僅かに力を抜いた、その瞬間……ドンピシャのタイミングで、ルイナの力が弱まった。

 

「うっ……そっ……!?」

 

 敢えて吹き飛ばされるためにズラした体幹は、そう簡単に整えることができず……私の体勢は、彼女の目の前で勝手に崩れてしまう。

 その隙を、見逃してもらえるはずもなく……

 

「お前の幼稚な手がっ、何度も通じると思うなっ!!」

 

 ドチュッ!!

 

「がっ……あ゛……っ!?」

 

 トーキックを放ったルイナのショートブーツの先端が、私の横腹に突き刺さった。

 肉を抉る音に、内臓をぶち抜かれたような痛み。

 刀だけはと必死に右手に力を込めつつも、堪らず身体がくの字に曲がってしまう。

 

「そんなんだからっ、お前はっ!!」

 

 っ、追撃っ、来るっ……!?

 ルイナが振り上げた刀に首だけは飛ばされまいと、左腕の盾を顔の前に突き出す。

 

「お前は結局っ、奏を犠牲にするっ!!」

 

 その瞬間……がら空きとなった横腹に、今度は回し蹴りが叩き込まれた。

 

 ドチュッ!!

 

「お゛ぐっ!?」

 

 トーキックよりも威力の高い蹴りをお腹に受け、私は吹き飛ばされてしまう。

 お腹に手を当てて痛がる暇もなく、私は惨めにヨダレを吐き散らしながら地面を転がった。

 何度も何度も、跳ねて飛ばされながら地面を転がり……

 

「がっ……ぁ゛っ、ぐっ……ぅ゛っ……!」

 

 地面との摩擦で止まった先で、私は堪らずうずくまった。

 けど、休んでる暇は貰えない。

 ルイナの様子を見ようと、頑張って目を開けた直後……

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その眼前に迫っていたのは、私の首を串刺しにせんと直上から降ってくるクリアレッドの刃。

 っ、ヤバいっ、このままじゃっ……ホントにっ、死んじゃっ……!?

 でも……このまま何も知らないまま殺される訳にはいかないっ!!

 最後の抵抗とばかりに痛む身体にムチを打ち、左側の盾を、顔と刃の間に滑り込ませた。

 

 バチバチバチバチッ!!

 

「う゛っ、ぐぅぅぅっ……!!」

「このっ……まだっ、しぶといっ!!」

 

 刃に盾の表面が削られ、金属が溶けるような臭いと共に火花が散る。 

 その光と音から身を守るように、死の恐怖から抗うように、反対側の手を盾の下に滑り込ませ、力を込める。

 腕が胸の上に押し付けられ、抉られているみたいにずっと痛い。

 

「そうだっ……いっつもっ、いっつもっ、そうやってっ、結局はっ!!」

 

 そんな私を追い詰めるルイナは……怒りと憎しみと……どこか虚しく悲しい感情がごちゃ混ぜになった顔で、私に怒鳴りつけてくる。

 

「お前がっ……お前が居たらっ、奏は幸せになれないっ!! だったらっ、私がっ、お前をっ!!」

「それはっ、そんなっ、そんなっ、事……っ!」

「無いと言い切れるか!! お前がいる限りっ、奏はいつか……っ、だからっ!!」

「っ、勝手にっ、決めんじゃっ、ないわよっ!!」

「知ってるからっ、言ってるだけだっ!!」

「んなもんっ、信じられる訳っ、無いでしょうっ……がっ!!」

「お前が信じなくてもっ!! 変わらないよのっ、結果はっ!!」

 

 ルイナの怒号と共に、盾への重みが増していく。

 ヤバいっ……このまま続けられたらっ、盾っ、持たないっ……けどっ、どうしたら……っ!?

 必死に致命的な一撃を前に耐えながら……私は勢いのまま、先程からの疑問を叫びつけた。

 

「っ、ぐっ……そもそもっ!!さっきから奏っ、奏ってっ……アンタっ、奏の一体何なのよっ!!」

 

 その言葉に、ルイナの眉がピクっと動くのが見える。

 そして、そのまま彼女は……怒りの形相と共に、感情のままに、吐き捨てた。

 

「奏はっ……奏はっ、私が守らなきゃいけない……守らなきゃいけなかったっ、守れなかったっ!!」

 

 ……一瞬、理解ができなかった。

 いや、頭が理解を、拒否したんだ。

 奏は確かに友達が多い、けど……ここまで言うような友達、いや親友なんてっ……そんなの、もう、〝一人〟しか……

 

「全部っ、全部お前がっ……お前が全部っ、奏を犠牲にするっ!! それを変えるっ、防ぐ為にもっ!!」

 

 そして……

 

「私はっ……春永雅をっ、私をっ!! 私自身の手でっ、殺すっ!! その為にっ、私はここに来たんだぁぁぁっ!!」

 

 ルイナの口から、認めたくない事実が吐き出された。

 ルイナが、私……っ!?

 んなわけ、無い……けど、ここまで奏に執着してるなんてっ……他の人じゃ、確かに考えられない……

 ……じゃ、未来では奏は……私のせいで……!?

 

 バチバチバチバチッ!!

 

「っぐっ、う゛ぅぅぅっ!?」

 

 っ、やばいっ、力っ……強く……っ!?

 ぐっ……この、ままじゃっ……押し……切られる……何とか……何か、考えろ……っ!!

 何とかルイナの重圧に耐えつつも、必死に打開策を模索していた……その時だった。

 

 ボワッ……!!

 

 私たちの真横の空間が……突如として、切り裂かれた。

 

「っ、なっ、なにっ!?」

「……っ、ちっ!!」

 

 舌打ちとともに、ルイナが後ろへと飛び退く。

 少し遅れて私も後ろへと飛び退き、二人の間に少しだけ空間ができる。

 その間に、切り裂かれた空間から飛び出す二つの人影。

 それは……

 

「っ、ここだ……っ、奏君っ!!」

「ありがとっ、アルクっ!!」

 

 奏を抱き抱え、放り投げながら倒れ込むアルク。

 と同時に飛び出してきた、変身していない奏が、一歩、二歩と大きく助走をつけ……

 

「っ、雅ぃぃぃっ!!」

 

 バシッ……!!

 

「ぁ……え……っ……?」

 

 勢いのままにルイナの頬を、全力でぶん殴っていた。

 私もルイナも状況を飲み込めず……特にルイナは、何が起きたのか分からないって顔で頬を押えている。

 

「……雅……アンタの言動っ、全部聞かせてもらってたから……っ!」

 

 そんな反応を一切気にせずに、奏はルイナ……もう一人の私の胸ぐらに手を潜り込ませ、グッと掴んで引っ張り上げた。

 

「アンタ……っ、ふざけんじゃないわよっ!!」

 

 背中越しでも分かる怒りに、私の身体もビビってビクッと震えてしまう。

 

「私がいつっ、雅を殺してって頼んだのよっ!! なんで私がっ、雅を殺してでも生き残りたいって勝手に決めてんのよっ!!」

 

 ……ここまで奏が怒ってるの、初めて見たかも。

 

「アンタも雅なら分かるでしょっ!! 私はっ、私は絶対にっ、そんな事は望まないっ!! 雅が私の為に死ぬくらいならっ、私が喜んで死んでやるわよっ!!」

 

 ま……そうだよね。

 正直……私だって逆の立場だったら、絶対にそうするって断言できるし。

 

「アンタは私の雅じゃないっ!! けどっ……けどっ、ンな事言うのだけはっ、絶対に許さないっ!! アンタが雅ならっ、そンくらい分かってんでしょうがぁっ!!」

「……ち、ちがっ……違、う……わた……わた、し……は……」

 

 あれだけ奏、奏って言ってたんだ。

 その当人にあんだけ怒鳴りつけられて、真っ向から間違ってるって言われて……ルイナが動揺しているのが、目に見えて伝わってくる。

 目を見開いで、何とか言葉を探っているのが目に見えてわかる。

 そうだよね……本当にアンタが私なら……ここまで奏に言われちゃ、上手く言葉が出てこないのも当然だ。

 少しだけ目に涙を浮かべて、両手をだらんと下に下げたまま、彼女の顔が曇っていく。

 ようやく一件落着か……そう、少しだけ胸を撫で下ろした……その時だった。

 

「……ははっ……はははっ……」

 

 ……突然、ルイナの乾いた笑いが、戦場に響き渡る。

 

「そっか、分かった、分かったよ……お前を壊す、一番の方法……」

 

 どこか壊れたような目つきで、ルイナは奏を見つめる。

 そのままよろよろと奏との距離を縮め、彼女の目の前に立つ。

 

「春永雅……アンタの無力さ、今ここで教えてあげる」

 

 そして、ルイナは刀を、振り上げ……っ!?

 

「ふざっ、けんなぁぁぁっ!!」

 

 咄嗟に奏の服を掴んで彼女ごと投げ飛ばし、ルイナと奏の間に割って入った。

 投げ飛ばした奏の方を見る間もないまま、私はルイナの刀へと斬りかかった。

 

 バチバチッ!!

 

「アンタっ、今なにしようとしたか分かってんのっ!? アンタ今っ、奏を斬ろうとしたのよっ!? あんなに奏奏言ってたっ、アンタがっ!!」

「っ、うるさいっ、死に損ないのっ、分際でぇぇぇっ!!」

 

 バチッ!!

 

「ぅぐっ!?」

 

 ゴリ押しの一文字に押し飛ばされながらも、その勢いを利用してルイナとの距離を取る。

 

「雅っ!?」

「奏っ、お願い引っ込んでて!!」

「でもっ!!」

「いいからっ!!」

 

 同時に、ペンダントを取り出し変身しようとする奏へと手を伸ばし、声を荒らげながら静止する。

 

「今のアイツの自暴自棄っ、見てらんないっての!! それにあんな姿の自分っ、誰だって見られたくないでしょっ!! お願いっ、コイツだけはっ、私に譲って!!」

「……っ! ……っ、分かった……頑張って、雅っ!!」

「うんっ!!」

 

 珍しく聞き分け良く、奏はそのまま倒れたままのアルクの方へと向かって行ってくれた。

 最後に向けられた、奏の精一杯の笑顔……あれさえあればこれっぽっちの痛みなんてっ、全部全部っ、耐えられるっ!!

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 まだ動く身体の全てを使い、私はスラスターの推力と共に、ルイナへと突撃を仕掛ける。

 

「っ、まだっ、懲りないっ!!」

「当たり前っ、よっ!! 目の前であんなことされて黙ってられるほど人間できちゃいないのよっ!!」

「お前じゃ私には勝てないっ! お前のクセも技もっ、全部知っているっ!!」

 

 バチバチッ!!

 

 ルイナの放った重たい一撃が、私の刀の腹を殴りつける。

 けどっ、ここはっ……ここばかりはっ、絶対に引けないラインなのよっ!!

 

「ぐっ、う゛っ……! だ、からってっ、諦める理由にゃっ、なんないでしょうがっ!!」

「私はっ、春永雅って人間はっ、強くないっ!! 今にっ、いつかまたっ!! どうせ力に屈してっ、奏を殺すっ!!」

「じゃあっ、今アンタの前に立ってる私は何なのよっ!! アンタっていう私より強いヤツの前に立ってるっ、私をっ、アンタをっ、見ろってのぉぉぉっ!!」

「っ……! っ、黙れっ、だまっ、れぇぇぇっ!!」

 

 ルイナの斬り払いを受け流す。

 続いて放たれる一文字と刺突を機動で躱し、ド頭目掛けて唐竹割りを叩き込む。

 

「っ、見ててほんっとイライラするってのよアンタって!! 行動に一貫性もなけりゃ、終いにゃパニックで奏を斬ろうとする!? こんなのが自分の未来だなんてっ、そっちの方がよっぽど悲劇だってのっ!!」

 

 バチッ!!

 

 しかし私の放った唐竹割りは、横に寝かされた刀に防がれる。

 でも、まだ終わりじゃない。

 その防いできた刀を支えに、鍔迫り合いのまま、私は飛び上がりルイナの頭上を越える。

 そのまま後ろに回り込み、今度はこっちが刺突を連続して打ち込み続けた。

 

「いい加減に……っ!! アンタがっ、私がっ、なんでオルレアハートになってっ!! ここまで戦い続けてたのかっ、思い出してみなさいよっ!!」

「黙れっ、もうっ、黙ってよっ!! お前にっ、私の何が分かるってのよっ!!」

「うるっ、さいっ!! 私の声でっ、一々泣き言言ってんじゃねぇってのっ!!」

 

 しかし私の刺突は全て、機動だけで躱される。

 その後にルイナが放つ刺突は頭を逸らして回避。

 何度かの刺突の応酬の後、再び縦と横の斬り合いへと局面が動く。

 

「私もお前もっ、結局は同じ雅でしょっ!! たまたま上手くいったからってっ!! 次も上手くいく保証なんてっ、どこにもないのよっ!!」

「うるさいっ!! アンタがどんな目に遭ったかは知らないけどっ!! 私はまだっ、アンタと同じにゃなっちゃいないっ!! 私は絶対っ、諦めないっ!!」

「どうしてそう言い切れるっ!! 何を根拠にっ、何の確信があるっ!!」

「ンなのっ、分からないっ、けどっ!!」

「じゃあっ!」 

「けどっ!!」

 

 ルイナの声を断ち切るように、私は叫びながら袈裟斬りを放った。

 

「けどっ!! この力はっ、想いのっ、意志の力っ!! その力がオルレアハートの私をっ、戦い続ける力になってるって……っ!! だったらっ、諦めなきゃっ、絶対に勝てるっ……そう信じなきゃっ、掴めるモノも掴めないってっ、アンタだって私ならっ、十分知ってるでしょうがぁぁぁっ!!」

「でもっ……それっ、でもっ!! 私はっ、私はぁぁぁっ!!」

 

 バチバチッ!!

 

「っ、ぐっ、う゛ぅっ……!!」

「このっ……こっ……のぉっ……!!」

 

 ピッタリのタイミングで放たれたルイナの袈裟斬りで、二人の刀は何度目かの鍔迫り合い状態になる。

 けど、こっちの損傷度に加えて、素の攻撃力の差は……気合いだけじゃ、どうにもならない。

 スラスターを全開にしてもなお、ジリジリと地面を削りながら後退させられているのがその証拠だ。

 ルイナの斬撃をわざと刀で受け止め、その威力を使って一度距離を取ろうとする。

 

「っ、結局っ、バカの一つ覚えがっ!!」

 

 ……しかし一度通じなかった手が、今度こそは通じる、なんてことは無く。

 私が力を抜いたタイミングと同時に、ルイナの力も弱められる。

 後ろにガクッと体勢を崩した私のお腹に向かって、空間を裂く勢いで彼女の回し蹴りが迫ってくる。

 

「……っ!」

 

 けどっ……それをっ、待ってたっ!!

 わざと崩した体勢を瞬時に立て直し、右足を強く地面に叩きつける。

 

「っ、ここっ!!」

 

 勢いのまま、ルイナの蹴りの下へと左の盾を潜り込ませた。

 結果、盾は滑り台のように彼女の蹴りを受け流す。

 

「ちっ……!」

「分かってんのよっ、この程度っ!!」

 

 一瞬だけ隙ができたルイナの股下へと、そのまま盾を正面に構えて突っ込む。

 

「舐めるなっ!!」

 

 振り上げた脚を切り返し、突撃する私の頭へと踵を振り落としてくるルイナ。

 

「それはっ、こっちのっ!!」

 

 そのかかと落としに対し、盾を掲げて角度を調整する。

 そして踏み込むと同時に脚で強引にブレーキをかけ、直撃に合わせて身体を浮かす。

 直後……

 

 ドガッ!!

 

「ぐっ、う゛ぅぅぅっ!?」

 

 掲げた盾に、ルイナのかかと落としが直撃した。

 鈍い音と同時に、身体ごと吹き飛ばされる。

 腕が痺れた拍子に刀を落とさないように注意を払いつつ、二度、三度と足を地面に擦り付けた。

 そうして速度を殺し続け……なんとか膝をつきつつも、私は無事、狙い通りに一旦距離を取ることには成功した。

 

「っ……はぁ、はぁっ……!」

「っ、小賢しいっ……ほんっとに……イライラするっ!!」

 

 けど……もうこの手は使えないだろう。

 それに、テンションで誤魔化してきた身体にも……段々と痛みと重さが戻ってきた。

 つまり……ここで決められなきゃ、終わりだ。

 

「……っ、ふーっ……はーっ……」

「そうやって、時間だけ稼いで……何か起きるまで待ち続けて……っ、そうやってっ、そうやってっ!!」

 

 そしてそれは……多分、ルイナも分かっている。

 脇に刀を構えたまま、怒りの形相で私を睨みつけてくる彼女に向けて……私は立ち上がり、刀を正面に構えた。

 永遠にも思える数秒の睨み合いが流れる。

 やがて……

 

「……っ、だからもうっ、これ以上ここで止まったらっ、今度こそ私はっ、私を許せないっ!! だから私はっ、止まれないのっ、よぉぉぉっ!!」

「っ、はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 先に動いたのは、ルイナだった。

 彼女は刀を脇に構えたまま、全速力で距離を詰めてくる。

 それに負けじと、私ももう一振りの刀も抜刀し、二刀流で構え、スラスターを全開にして突撃する。

 だけどっ、もうバカ正直に力で押しても負けるのは分かってる……ならっ!!

 

「これっ、でもっ!!」

 

 私は接敵する数秒前に……左のスラスターを、ミサイルとして発射する。

 

「っ、ちっ!!」

 

 ルイナは目の前に飛来したそれを、軽く斬り払う。

 瞬間、私とアイツの間に、爆発音と共に爆煙が広がる。

 その煙幕の中へと、私は躊躇わずに突っ込んだ。

 そして……

 

「らっ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 視界不良の中から繰り出す、左の刀での刺突。

 

「甘いっ!」

 

 ……は、ルイナの刀に防がれる。

 同時に、右の刃も遅らせて突き出す。

 

「まっ……だぁぁぁっ!!」

「ほんっとっ、単純……っ!!」

 

 しかしルイナも刺突の位置を読んでいたかのように、ピンポイントで盾の位置を合わせて対応してくる。

 だけどっ……!

 

「っ、それはっ、こっちのセリフよっ!!」

 

 直後、残った右側のスラスターを全開。

 突き出していた〝盾から発生させた刃〟ごと身体を一気に反転させ……逆手に持ったもう一振りの刀を、勢いに任せて薙ぎ払う。

 

 ザシュッ!!

 

「ぐっ……!?」

 

 下がるルイナの声と共に、右手にわずかな手応え。

 肩に当たった……けどっ、まだ浅いっ!!

 私の突き出した刃の勢いを使って、ルイナは横に飛び退く。

 崩れる体勢の中でルイナを見る、と……その体勢は既に、追撃の……!?

 

「これでっ……!!」

 

 ザシュッ!!

 

「ぁ゛っ、があ゛ぁっ!?」

 

 左の太ももに、鋭い痛みが突き抜ける。

 斬られたっ、深い……っ……けどっ……

 ……っ、まだっ……死ぬほどじゃっ、ないっ!!

 

「っ、ぐっ、う゛ぅぅぅあ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なっ……ま、だ……っ!?」

 

 自分を奮い立たせるよう乱暴に叫びながら……私は目の前にいるルイナの懐に、スラスターの推力に任せて突っ込んだ。

 

 ドゴッ!!

 

「ぅぐっ!?」

 

 刀を振りかぶり、がら空きになったルイナのど真ん中へと、勢いのまま肩を押し込む。

 

「こっ……のっ……!!」

 

 胸の動きから、右腕を上げているのが分かる。

 その先にあるのは刀……っ、構うもんかっ、相討ちっ、だとしてもっ!!

 

「っらぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 左肩に来るであろう痛みを覚悟しつつ、私は脇に構えた刀を、迷うことなく突き出した。

 そして……

 

 ドスッ!!

 

「がっ……あ゛……っ……!!」

 

 ……肉を突き刺す感触が、手に伝わる。

 躊躇うことなく、グッと最後の力を込め、刃を、押し込んだ。

 そのまま、押し倒すように、前のめりに倒れ込む。

 

 ドサッ……

 

「っ……ぐっ……う゛っ……ぁっ……」

 

 ルイナの身体を下敷きに、私は何とか呼吸を整える。

 ……不思議なことに、刺されたはずの左肩からは、新しい痛みを一切感じない。

 その代わりに……私の頭の横に、ゴトっと何かが落ちる音がした。

 それが何かくらい、見なくても分かる。

 なんたって……もう何度も握り続けてきた得物なんだから。

 

「っ……なんで……刺さなかった……の……?」

 

 私の問いかけに。

 

「………………っ……」

 

 ルイナは……何も言わない。

 ただ言わないだけなのか、言えないのか……その真意を探る術はない。

 彼女の胸に塞がれ、顔を、目を見ることもできない。

 ただ、私の刀が刺さったお腹を抑え……呻きながら、空を仰いでいるだけだった。

 

「っ、雅っ!!」

 

 そんな私たちの元へと、奏が走って寄ってくる。

 

「雅っ、大丈夫!? とりあえず、立てる?」

「奏……っ、つつっ……ごめん、ちょっと厳しいかも」

「もう、いっつも無理ばっかするんだから!!」

 

 奏は怒りながらも、私に肩を貸してくれる。

 その好意に甘えて、彼女に支えられながら、ゆっくりとルイナから身体を離す。

 

「……これで一件落着、かな? お疲れ様、雅君」

 

 フラフラと立ち上がると……頬を真っ赤に腫らしたアルクが、地面に胡座をかいたまま声を掛けてきた。

 

「ありがと、アルク。ところで……どうしたの、それ?」

 

 さっき奏と一緒に飛び込んできた時には、いつも通りの顔だったはずだ。

 

「……コイツ、私を運ぶだけ運んだらまた寝始めたのよ」

「奏君……だからって、ここまでぶん殴る必要はないだろう……こっちは薬打たれたって話した直後だろうが……いててっ……」

「はっ、こっちだってこんな時間に起きてんだから、アンタも頑張りなさいよ。ハウンズの〝元〟研究者なんだし、徹夜は得意でしょ?」

「一応、まだ元ではないのだが……そもそも研究者の皆が皆、徹夜が得意だって幻想はいい加減捨てたまえよ、奏君。だが、〝こんな時間〟ってのは確かにそうだ」

 

 アルクはゆっくりと立ち上がり、私達の方へと歩いてくる。

 そして彼女がピンッ!と指を鳴らすと……二人がこっちに来た時と同じように、私のすぐ隣の空間が切り裂かれた。

 

「という訳で、雅君、奏君。君たちは一足先に帰りたまえ」

「……っ……っ、で、でも……」

「でも、じゃないよ雅君。全身のダメージに加えて太ももをバッサリ。それじゃ歩くこともままならんだろう?」

「そうよそうよ。雅はまず休まないと。ほら、おぶってあげるから」

「安心したまえ。こっちの方はしっかり片付けておいてやる。ほら、早く行きたまえ」

 

 切り裂かれた空間を親指で指差しながら、早く行け、と目で訴えかけてくる。

 奏も私を気遣うように、そっと肩に回した私の手を握ってきた。

 本当はここに残りたい。

 残って……ルイナに、未来の私が辿った道を、未来を、想いを……聞いてみたい。

 けど……多分、私がここにいたら……きっとルイナの邪魔になるんだろう。

 ……仮にも私だ。

 私が考えそうなことくらい……私にだって、分かる。

 

「……じゃあアルク……そっちの私、お願いね」

「あぁ、任された」

 

 アルクの言葉を背中に受け、奏と顔を合わせ、頷く。

 そして奏に支えられながら、ゆっくりと裂け目に足を踏み入れる。

 その瞬間、緊張が途切れたからだろうか……強烈な眠気が、一気に襲いかかってきた。

 

「……ごめん、奏……ちょっと休んで……いい……?」

「……大丈夫、ちゃんと運んだげるから。ゆっくり休んで」

「うん……あり、がと……奏……」

 

 奏の言葉に安心して……直後、私の意識は一瞬で闇の中に落ちていった。

 

……

……

 

「んっ……んんっ……」

「……おはよ、雅」

 

 ……翌日……?

 私はベッドの上で目を覚ました。

 周囲を見ると……そこは奏の部屋。

 

「奏……今何時……?」

「今は昼過ぎ、15時くらいだね」

 

 私の問いに、奏は立ち上がってパッと部屋のカーテンを開ける。

 そこには昨日の雪模様はどこへやら……雨上がりみたいな、雲ひとつない快晴が広がっている。

 

「……そっか」

 

 軽く寝返りをうつと……ポニーテールの根元に付いたハート型のペンダントが頭に当たって、少し痛い。

 その痛みが……私が今、確かに生きているって、実感を与えてくれている。

 

「ね、奏」

「ん?」

「……ルイナの……あっちの私が言ってた事……本当、なのかな……私が、奏を……」

「……雅!!」

 

 バチッ!!

 

「あ゛だっ!?」

 

 少し俯いて、思ったことを口にした瞬間……奏からのデコピンが、でっかい音と共に炸裂した。

 

「……雅、アンタ本当にンな事思ってるわけ?」

「いやっ、けど……気になるじゃん、あんなこと言われたらさぁ……」

「ほんっと、雅はさぁ……変なところで真面目だよね、全く」

 

 軽く涙目になりながら、おでこを抑えた私を……奏は正面から、ギュッと抱えるように抱きしめた。

 

「い〜い? あっちのは雅なんだろうけど、私の雅はアンタだけなのよ。だからあんな言葉気にしちゃダメだって」

「でも……」

「でも、じゃない! 次言ったら……今度はグーで行くからね?」

「ひっ!? ごめんっ、もう言わないからっ!!」

「うむ、それでよし!」

 

 満足そうに頷くと、奏はゆっくりと私から離れる。

 

「……で、脚とか色々……痛みとか、もう大丈夫?」

 

 ……奏に言われて、ふと思い出して自分の身体を視線でなぞってみた。

 ……昨夜の出来事が嘘みたいに、傷も痛みも全て治っている。

 ほんとに、言われてようやく思い出したレベルだった。

 

「……うん、全然痛くないや。ありがとね、運んでくれて」

「良いって良いって。いつものお返しだってば、このくらい」

「ところで、アルクは?」

「あ〜、うん。アイツなら大丈夫でしょ、どうせ」

「あ、ははっ……」

 

 どうでも良さそうに言ってはいるけど……なんだかんだで信用し合ってるんだよねぇ、二人は。

 いいよなぁ、こういう関係って……

 

「……な〜に変な顔してんのよ、雅?」

「わっぷ!?」

 

 突然、私の頭が奏の胸へと強引に押しつけられる。

 私よりもおっきい胸で、いい匂いがして……じゃなくてっ!?

 

「ねぇ雅。アンタが何を考えてんのかは知らないけど……多分、それは的外れよ」

「なっ、何言ってっ、んぶっ!?」

 

 再び胸の谷間に頭が埋まり、変な声が出てしまう。

 

「雅、変なこと考えないでよ? 私の親友は……アンタだけなんだからね」

 

 そんな私の頭上から、優しい奏の声が聞こえてくる。

 ……そうだ、そうだよね。

 ……うん、そうだ。

 未来なんて、そもそも簡単に分かるもんじゃない。

 少なくとも、目の前にいるのは……他の誰でもない、私の親友の奏だ。

 

「……うん、うん……ありがと、奏」

「ったく……アンタ、今日だけで何回ありがとって言う気なのよ」

「……だよね、ごめん」

「だ〜か〜ら〜! ごめんも禁止! 罰として明日、私とのデートに付き合うこと!」

「……え、えぇっ!?」

 

 ……っ、こんなシリアスっぽい空気の中で、いきなり何を言い出すかと思えば……デートって何よ急にっ!?

 

「なに? 私とデートするの、不満なの?」

「いやっ、いやいやいやっ!? そんなことはないよ!? うんっ、断じて!」 

 

 温度差による混乱を隠すため、奏の胸に顔を押し込んだ。

 ……分かってるんだ、これも本当は奏の気遣いだって。

 普段なら正面から笑って受け止めて、明日の予定を嬉々として立ててただろう。

 でも……今は、今だけは……それを正直に受け止めるのが……少しだけ、照れくさい。

 

「……奏」

「なに、雅?」

「……私、ケーキ食べに行きたい」

 

 照れを隠すようにむぎゅっと奏の胸に埋まりながら、とりあえず思いついた事を言ってみる。

 

「いいじゃん、行こ行こ! そういえば雅と最近、全然行けてなかったもんね〜」

 

 そんな私を撫でながら、嬉しそうな声で話してくる。

 

「うん、絶対だよ。約束だからね」

「もちろん! その後は服買いに行って、靴見て……とにかく明日は朝から夜まで付き合ってもらうからね! なんなら今日はもう泊まっていってよ!」

「いやいや、流石に隣の部屋だし、これ以上ベッド占領してるのも悪いって……」

「いいからっ! 私が泊まってって欲しいの! それにほら、ちょうど新しい寝具買ったばっかだし、使わないのも勿体ないじゃん?」

「あはは……それ言われると弱いなぁ……」

 

 相変わらずの奏の強引さ、だけど、不快じゃない。

 むしろ……安心するような、いつもの流れだ。

 

「いいからっ、罰ゲームなんだから黙って従いなさいってっ!」

 

 むぎゅっ!!

 

「んぶっ!?」

 

 突然奏が両腕で私の頭を抱きしめながら、更に強く私の頭を胸元へと押し込んできた。

 頬からじんわりと感じる奏の体温と、ドクドクと聞こえてくる心音。

 その温かさに包まれながら……私が、奏が、生きているのを確かめ続ける。

 ここに来るまで……本当に、本当に色々とあった。

 全部が全部、いい思い出……とは思わない。

 けど、私たちは確かに、まだ生きている。

 この先、もしかしたら本当に、ルイナが言っていた未来が来るかもしれない。

 けど……たとえ何が起きたとしても、二人でなら絶対に乗り越えられるって、私は信じてる。

 

「……奏……ちょっとだけ……このままでも、いい?」

「……ったく、あったり前じゃん。気が済むまで良いよ、こうしてて」

 

 でも、今は少しだけ……この余韻に浸っていても、許されるんじゃないかなって。

 大丈夫、未来の事なんて、結局誰にも分からないんだ。

 どんな未来が来たって、最後はその場その場で何とかするしかない。

 ……だけど、これだけは絶対に言い切れる。

 もし、そんな未来や運命に対峙したとしてと……それに立ち向かうのは、絶対に私一人じゃない。

 だから私は、どんなことがあっても、絶対に諦めない。

 奏と二人でなら……この先、どんなことがあっても乗り越えられるはずだから。

 これからも、この先も、ずっとずっと……奏と一緒に、歩んでいきたいな。

 大丈夫、心の中で想い続ければ、それは絶対に叶うって……私は、今までの戦いの中で、嫌という程思い知ってきたんだから。

 だから、想い続けよう。描き続けよう。

 こうやっていつも通り二人で一緒に笑い合える、いつまでも一緒に歩み続けられる……幸せな未来ってやつを!!

 

……

……

 

 ……彼女は、戦い続けた。

 親友を失い、守ってきた多くの人に犯され絶望したあの日から……彼女は、常に戦い続けてきた。

 心にあったのは憎しみ、後悔……そして、懺悔。

 自らの弱さが生み出してしまった地獄を引きずりながら、隣に立つもう一人の白衣の女性と共に、戦い続けた。

 そして長く、辛い戦いの末に……彼女はようやく、ハウンズの壊滅に成功する。

 しかしその代償は大きく……この戦いで苦楽を共にしてきたパートナーとも呼べる女性が、彼女を庇って瀕死になってしまう。

 そんなパートナーは、最期に彼女へとある物を手渡した。

 手のひらサイズの、外縁に十二個の宝石が等間隔にならんでいる、時計のようなモチーフが刻まれた半球体。

 その名は〝タイム・スペクトラム〟。

 パートナー曰く、これを使えば心の中で強く願った時間へと遡行できるという。

 使用回数は宝石の数と同じ、十二回。

 ただし、当然使用にはデメリットがあった。

 アイテムは使用者の生命力を……有り体に言えば命をエネルギーに変換することで、効果が発動されること。

 そして使用する度に、周囲の宝石が一つずつ光を失う。

 その最後の宝石が光を失った瞬間に……使用者の生命力は尽き果て、同時に使用者は消滅してしまう、という事。

 

 ……でも、〝私〟は迷わず使用した。

 少しでも奏を助けられる未来を取り戻せるなら、自分の命なんて、惜しくないって。 

 

 だけど、そのアイテムには開発者も知らなかった、もう一人のデメリットが存在していた。

 それは……飛んだ先の世界は、今と同じ世界線ではない、ということ。

 つまり、どれだけ生命力を犠牲に時間を遡行しても……失った人達は、二度と取り戻す事ができない。

 たどり着いた先の、見飽きたはずの街で感じた微かな違和感が……その事実をより強く、私に突きつけてきた。

 最初は取り乱した。

 泣き叫んで、拳を打ち付けて……自らの命を絶とうとすら考えた。

 でも、その末に……私は一つの結論にたどり着いた。

 

 ……私は、弱い。

 私が弱いから、奏は私を庇って、殺されてしまった。

 だったら……私がいなければ、奏は死なない。

 私が死ねば……奏は、もうあんな末路を辿らない。

 そう決めた瞬間から……私の短い旅は始まった。

 世界線を飛び、飛んだ先で、私……春永雅を、殺し続けた。

 

 ……ハウンズに敗北し、触手の苗床にされた私を殺した。

 産んだ触手が、奏を襲うかもしれないから。

 

 ……催眠をかけられ、喜びながら化け物の卵を産み続けている私を殺した。

 私を助けに来た奏を、同じ目に合わせるかもしれないから。

 

 ……一般人に犯され、戦意を喪失した私を殺した。

 私を守ろうとして、また〝私〟の奏と同じ末路になってしまうかもしれないから。

 

 ……奏を逃がすために単身で触手の群れに立ち向かい、敗北し陵辱され、壊れる寸前の私を殺した。

 私を助けに来た奏が、その私と同じ末路を辿ってしまうかもしれないから。

 

 少しでも多くの世界線で、奏を救う為……私は、私の手で……私自身を、殺し続けた。

 

「……ねぇ、アルク」

「……なんだい、雅君」

 

 でも、十一回目の世界線転移で、ようやくその行為が無駄だったって……思い知らされた。

 その世界線は、私が辿り着く事のできなかった……私が屈せず、無事に二人でニヴルを倒せた世界線。

 その事実を知った時……私は頭がおかしくなりそうだった。

 目の前で自らの過ちを、たどり着けなかった幸せを、見せつけられたのだから。

 ……でもだからこそ、この世界線の私は絶対に消さなきゃいけない。

 たった一回乗り越えたところで、次も無事に……なんて保証は、どこにも無い。

 ……そう……思っていた。

 ……なのに。

 

「……ねぇ……私……ほんっと……何……やってたんだろうね……」

「…………」

「こんな事して、さ……自分殺して……挙句の果てに、奏まで斬ろうとして……私の人生って……なんだったんだろう……ね……」

「……すまないが、私にはその結論を出す権利はないよ」

「……そう、だよね。ごめん」

 

 アルクの膝枕の上で……変身を解除した私は、涙を流しながら、消えそうな声で呟いた。

 ここには私達の他には、誰もいない。

 それに、流石に十一回も世界線の転移を行ったせいで……私の身体はもう、限界に近い。

 今のアルクでも、こんな私みたいな危険人物を消すのは容易いはず。

 なのに彼女は……嫌がる事なく、私の傍にいてくれた。

 

「……勝手だが、オルレアハート……こっちの世界の雅君の戦闘ログを聞かせてもらった」

 

「……聞くに……今まで君は、数々の自分の未来を消してきたそうじゃないか」

「……うん……殺した……よ……私の断末魔……悲鳴……死ぬ間際の顔……全部、全部、覚えてる……」

「……そうか」

「うん……」

「……なぁ、雅君……私が言うのもおこがましいかもしれないが……」

 

 アルクは少しだけ黙って俯いて……そして、微かに笑う。

 

「……もう、いいんじゃないか?」

「……どういう……意味……?」

 

 私の疑問に、彼女はゆっくりと、言葉を噛み締めるように紡いだ。

 

「……残念ながら、この世界線には君の居場所はない。そして私には、君の行ってきた行為に対して、肯定も、否定も、する権利もない」

 

 そして、一度ギュッと手を握って……

 

「だが……新たな未来を創る手助けくらいは、してやれる」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

 

「ここで一つ、君に教えておこう。君が使っていたオルレアハートへの変身アイテムだがね……実は、未だに誰が雅君へと手渡したのかってデータが無いんだ」

 

 私を諭すように、一言、また一言と発する。

 

「そして、少なくとも私が見てきた君は、オルレアハートの力を掴み、戦闘に順応する速度が著しく早かった。それを踏まえての推測なのだが……君が手にした変身アイテムには、予め何らかの記憶、みたいなモノが刻まれていたんじゃないかと、私は考えている」

「……まさか」

 

 ……段々と、アルクの言いたい事が、理解できてくる。

 思わずハッとした私の顔に向けて、なおも優しく、彼女は語り続けた。

 

「……そうだ。どうせ……というのもアレだが、君の生命力はもう尽きかけているはずだ。ならば最期くらい……残りを、自分を信じ直すために使ってみるのも……いいんじゃないか?」

「……自分を……信じ……る……?」

 

 ……分からない。

 復讐の為に、自分を殺す為に戦い続けた私が……今更、自分を信じるなんて……本当にできるんだろうか。

 

「もちろん、私にはその判断を強制する権利は無い。最期に進むも、止まり続けるのも……全て、君次第だ」

 

 ……いや。

 ここで迷ったら……怯えたら……また、元通りだ。

 

「……うん、そう……だね……」

 

 ここまで来たんだ……折角ならもう行けるところまで、行ってやろうじゃないの。

 

「……っ、よし」

 

 私はアルクの膝から立ち上がると、ポケットに手を突っ込んだ。

 取り出すのは当然、タイム・スペクトラム。

 準備はもう……できている。

 

「……ありがと、アルク」

「……いいさ、お礼を言われる程のことじゃない」

「うん……行ってきます」

「……あぁ、頑張っておいで」

 

 最後に優しく微笑むアルクに見送られながら……私は、〝最期〟の時間遡行を行うべく、タイム・スペクトラムを起動した。

 想い描くは……私の、オルレアハートだった私の、始まりの場所。

 想いを込めて、場所と時間を確かに想い描いてらそれをグッと握った。

 その瞬間……視界がズンッと暗く、沈んでいく。

 もう既に慣れた感覚、だけど……今回は違う。

 消すためじゃない、これは繋げるための時間遡行。

 ……誰かに見送られるなんて……もう随分と久しぶり……だなぁ。

 そんな感傷に浸りながらも……遂に私の視界は、完全に暗闇へと、染まっていった。

 

……

……

 

 ……視界が暗闇から、ゆっくりと開けていく。

 ここは……うん、花園市だ。

 しかも時間は夜、建物もちょっと新しい……ってことは……

 

「……っ!? くっ……ぅ……っ……」

 

 突然足元がふらつき、咄嗟に近くの壁に身体を寄せる。

 

「っ、はっ……はぁっ……っ、はっ、ぁっ……」

 

 さっきまでの戦いで負ったダメージに加えて、時間遡行が限界回数に達したことによる身体への負荷。

 ポケットからタイム・スペクトラムを取り出すと……時計の周りの宝石は、もう全て光を失っていた。

 その宝石たちが月明かりに照らされて放つ無機質な光は、まるで私への余命宣告みたいに感じて……今更ながら、少しだけ恐怖感を覚えてしまう。

 けど、ここまで来て、止まる訳にはいかない。

 この時間帯に、この風景。

 そして、私が心に想い描いた時間は……

 

「……うん、ここ、だ」

 

 何度も夢に見た……忘れたくても忘れられない……私の戦いが、始まった場所。

 私がオルレアハートとして戦い始めた、その数年前の……始まりの場所だ。

 

「……ふぅ」

 

 壁に寄りかかったまま……私は、首に掛けていたペンダントを、チェーンごと取り外した。

 この時間なら……ちょうど、この近くを通るくらいだろうか。

 

「今までありがと……あっちの私の事も、お願いね」

 

 外したペンダントを両手で握り……想いを乗せる。

 目を閉じ、祈り……そして、目を開けると同時に……周囲に結界を作り出す。

 

『っ、えっ、ちょっ……何……なによ、これ……てか、どこよここっ!?』

 

 ……近くから、まだ若い私の声が聞こえる。

 まぁ、そりゃそうだろう……町の中を探索してたら、突然見たことの無い路地裏っぽい場所に放り込まれたんだから。

 ……大丈夫、この数年後には〝あぁ、またか〟程度に思うはずだから。

 だから……今はちょっとだけ、我慢してね。

 彼女の方へと歩き出して……徐々に彼女の背中が見えてきて……けど、段々と、足が重くなってきて。

 ……今更ながら、忘れていたはずの罪悪感が、心の奥から湧き上がってくる。

 

 ……今から私が、押し付けるんだ。

 何度も結末を見てきた、このどうしようもない物語の……その、最初の一歩を。

 ……喉が、うまく動かない。

 声を出そうとしても、掠れた声しか出なかった。

 

 ……本当に、預けて、良いんだろうか。

 本当に……信じて、いいのだろうか。

 

 ……ははっ、今更、何を悩んでんだろ、私。

 

 さっきちょうど、見てきたばっかりじゃないか。

 そう、この娘は私であって、私じゃない。

 だから、大丈夫。

 私じゃ無理だった事だって、この娘なら……きっと……

 

「……そこの、少女」

 

 ……自分でもびっくりするくらい、低く声が抜ける。

 無理に押し出したせいで、音が歪んでいる。

 目の前の私もビックリして、こちらを振り返ったまま言葉を失っている。

 ごめん、驚かせて……でも……もう、止まらないって、決めたんだ。

 ……だから。

 

「……このペンダントを、貴女に授けます」

 

 彼女に向けて、軽くペンダントを差し出す。

 目の前の私は、戸惑った顔を隠せていない。

 ……当たり前だ。

 こんな状況で、こんなものを渡されて……何かを理解できるはずもない。

 ……でも、理解なんていらない。

 いずれ、嫌でも分かる時が来る。

 かつての私が……そうだったように。

 

「もし困った事があったら……この石に、祈りなさい」

 

 震える身体を、声を、必死に取り繕いながら……私は、自分のペンダントを、彼女に手渡した。

 永く戦い続けてきて、これだけはと守り続けられた……銀色のチェーンに吊るされた、金色の枠で囲われているハート型のピンク色の宝石。

 

「……このペンダントはきっと、貴女の助けになるから」

 

 ……突然、強烈な目眩が襲ってくる。

 終わりが近い、なんて、とっくに分かってたことだ。

 まだだ、まだ少し……あと少し、だけ……

 

「あ、あのっ、貴方、は……? それに、これは……」

 

 戸惑う彼女の手にペンダントを渡し、その上から両手でギュッと握りしめる。

 

「……貴女は……」

 

 迷わないで。諦めないで。間違えないで。自分を信じて。

 何を言おうとしたのか……自分でもよく、分からない。

 やがて視界は暗闇に包まれ……気がつくと目の前は、いつの間にか元の景色に戻っていた。

 

「……ふぅ」

 

 ……昔の私は、もう目の前にはいない。

 やることはやれた……そう思うと急激に、全身から力が抜けてきた。

 

「……ははっ……疲れた……なぁ……」

 

 近くの壁に背中を預け、ゆっくりと、ずり落ちる。

 脚にも指にも、もう一切の力が入らない。

 ……でも、私にしては、頑張ったんじゃないかな。

 あの娘なら……あの頃の私なら……私よりも、もっと上手く……やってくれるだろう。

 

 ……光の粒子が、段々と夜空に溶けていく。

 誰も覚えていない、私という存在が。

 奏が笑う未来のためなら、それでいい。

 ……それで、いいんだよね。

 

「……奏……また……一緒……に…………」

 

 ……あ〜あ……なんか……眠くなって……きちゃった。

 少しだけ寝て……また……明……日…………

 

……

……

 

 ……この世界でも、元の世界でも……彼女の事を覚えている人間は、もう一人もいない。

 だけど、彼女の力は確かに受け継がれ……次の希望への、道標となっていた。

 それは、この世界線のモノではない彼女の身体が粒子となって消えたとしても……変わらない。

 そんな、彼女の生きた証を象徴するように……月の光に照らされた、白く繊細なレースのようなオルレアの花が一輪……夜風に靡いて、輝いていた。

 

神姫清廉オルレアハート! -乱行恥虐のスペクトラム- 完




ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

本話をもちまして、オルレアハート、春永雅の話はここで完結となります。
読んで頂いた皆様のおかげで、オルレアハートは計23話に及ぶ長編となりました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
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