「此方が今年の御貢ぎ物となります。どうか御納ください」
一人の老人が恭しくも大仰に頭を垂れた。
そして玉座に腰を落ち着ける少女に言った。
「大義であった」
けれどこれに受け答えたのは、玉座の傍らに控えた偉丈夫の男だ。
荘厳な造りの神殿の中に、彼の重みの感じられる声が響いては聞こえた。
「は‥」
ただ老人の声色は芳しく無く、傍目にも意義があるのが理解出来る。
だからだろう。
次いでこれを見咎めたのが偉丈夫の男とは反対、玉座の少女のもう一方の傍らに佇む巨漢だ。
彼は全身に重厚な白銀の鎧を纏い、周囲の空気を気圧している。
「老人、何か不満があるのならば、今此処で不服を申し立てるが良い。主はそう仰せだ」
そして今し方に発せられた言の通り玉座にかけていたプラチナブロンドの少女は、自らの側近へと耳打ちしていた。
長く艶かしい眉毛に彩られた美しい碧眼が、老人の身を射竦める。
何処か気怠げにも見える伏目がちな双眸が、床に平伏した老人を見下ろしていた。
「い、いえ。その‥領主様への年貢が厳しく、聖女様への‥」
「成程。つまり其方は、かの愚かな領主を優先したいと」
「え、ええ‥。誠、汗顔の至りで御座います」
「そうか‥」
二言三言の問答の末に、巨漢の男は背負っていた大剣へと手を滑らせた。
柄へと置いた無骨な指先が其処に至ると、瞬時に玉座の間へと緊張が走る。
だが、彼の見せしめを静止したのは、この場での最も発言力を有する者である。
「ガレス、だいじょうぶ。おちついて」
そう、名前を呼ぶと共に、玉座に腰を落ち着けていた少女は口を開いた。
「むりやりは、ダメ」
「はッ、出過ぎた真似を致しました。申し訳御座いません」
何処か舌ったらずに彼女の甘ったるい声に、ガレスはその場で片膝をついた。
「いいよ」
これに応じて少女は自らのサラサラとした輝かしい髪を指先で弄びながら答えた。
そんな軽い調子の少女を見て、先程老人に相対していた偉丈夫の男が声を挙げる。
「しかしシャーロット様。我々はそれ程大量の年貢を求めている訳ではありません。良い諾々と例外を認めては、他の者に示しがつかないのです」
その者は金色の長髪を後ろに流し、整った顔立ちをしていた。
精悍な面持ちで躊躇いの無い彼の物言いは、傍目にも見て毅然とした振る舞いだ。
「無礼であろう。グレイ。貴様、聖女様の御意思に背くつもりか?」
これに意を唱えたのは声を低くしたガレスだ。
その堀の深い強面の顔立ちを険しくして、眼光鋭くグレイを睥睨した。
「いいの」
だが、これにも何ら意に介する素振りも無く、シャーロットと呼ばれた玉座の少女は一言そう口とした。
彼女は人形の様な精緻に誂えられた容貌に反して
まるで甘ったるい砂糖菓子の如き声をしていた。
そして凍り付いた淡々とした無表情で、続く言葉を紡ぐ。
「いままでありがとう」
眼下の老人に対して少女はまるで何の感慨も抱いてはいないのだろう。
つまりは最早、其方にこちら側から求めるものは何も無いという事だろうか。
傍目にもそう見えてしまう程に、シャーロットという少女の美貌は冷たい。
しかしながら、その無感動な瞳とは対称的に彼女は不意に玉座から立ち上がると歩みを進ませた。
「聖女様、如何されましたか?」
際しては、これに追従したガレスの問い掛けが発せられる。
「ごほうび」
その質問の答えとして、老人の前に足を運ばせたシャーロットは、一言そう呟いてみせた。
そして自らの胸元から取り出したネックレスを手の上に乗せて差し出した。
「せ、聖女様?これは‥」
そんな少女の一連の立ち振る舞いを受けて、老人は自らの頭上を恐る恐る仰ぎ見る。
「がんばったね」
するとまるで脳髄へと染み渡る様なシャーロットの声が与えられる。
「お、おぉ‥」
老人は自身の孫程の齢の少女に見下ろされ、感嘆に咽び泣く。
それは褒美と称して金目の物を下賜されたからか。
否、自らに与えられた純粋な少女の言葉に心揺り動かされたのだ。
幾重にも皺が刻まれたその老いた面持ちをくしゃりと歪ませた。
更には滂沱の涙が眦から溢れ落ち、絨毯の敷かれた其処に跡を残す。
だが、暫くの間そうしていた老人であったが、次の瞬間には自ずから首を横に振っていた。
「頂けません。この様な私に過ぎた物、その御言葉ですら身に余る光栄で御座います」
「そう‥。ざんねん」
ただ、そんな彼の殊勝な心掛けを気にした素振りは無い。
シャーロットは手中のネックレスを老人に与えた。
そう、彼女自ら老人の頭上を経て首へとそれを通したのだ。
「聖女様」
そんなあまりの想定外の振る舞いを目の当たりとして、シャーロットの傍らのガレスは声を挙げた。
「いいの」
けれど自らの行いを見咎められたシャーロットはそれをたった一声で一蹴してみせた。
そして聖女から直接手渡された当の本人はその現実を前として、唖然とした面持ちを晒していた。
無論身体には触れていないが、ネックレスに未だ残るシャーロットの肌の暖かみが、老人には感じられた。
まるで人とは思えない完璧な美貌のこの少女は、改めて自らと同様の人であると老人は思い知った。
そう、正しく人の身でありながら、これ程までに美しく尚も見目に違わず、その心根まで清廉であると。
冷たい表情に反し、彼女がどれだけ慈悲深き存在か、老人は一方的に理解させられた。
「良いのですか聖女様。この様な贔屓を老人が周囲へと漏らせば再び不満を表明する者が必ず出てきます」
だが、これに不躾にも横槍を入れたのは、その端正な貴公子然とした面持ちを険しくしたグレイだ。
彼は起こり得る事態の危惧を真正面からシャーロットに口としてみせた。
すると提示されたその懸念を受けてこれに返したのは今まで口を噤んでいた老人である。
「騎士様、ワシはこの命に誓い、聖女様の御意志に背く様な事は致しません。そして今日ここで起きた事を外聞に晒すなどあり得ませぬ」
そう語る彼の瞳には、確かなシャーロットへの崇拝の念が浮かべられていた。
おいさらばえて尚、老人の瞳には輝きが宿っている。
それに見据えられて、グレイは目を瞑ると真一文字に口を閉じた。
どうやら老人の誠意が伝わり、それがどれ程の決意が理解出来た様だった。
「うれしい?」
すると二人の一連のやり取りを見ていたシャーロットは可愛らしく小首を傾げて、老人へと問い掛けた。
「はッ、誠、恐悦至極に御座います」
応じて前者の言葉に後者は再び佇まいを正し、その場へと平伏した。
「‥ん。よかった」
そんな老人の大仰な振る舞いにそれでも尚、淡々と相対したシャーロットは次いで踵を返した。
際してはそれに伴い、眩い輝きを発する艶やかな長髪が翻る。
そして玉座に戻ると、再び元いた場所へと納まった。
ストンとお尻を落とすと、輝かしいプラチナブロンドがフワリと虚空を撫でた。
「またね」
次いで無表情で控えめながら手を挙げると、老人に向かってそう言った。
「次の者を」
これを最後として、グレイは護衛を兼ねた案内役に言葉を与えた。
老人はその者に付き添われながら、心底から大事そうに首のネックレスを抱いて、この場を後とした。
この光景を見届けて、グレイは一度ため息を吐く。
「はぁ‥、シャーロット様、この様な振る舞いは謹んで頂かなくては困ります」
「ん、わかってる」
そして恨めしげ翡翠色の瞳を少女へと向けたグレイは、窘めの言葉を口とした。
それもその筈、シャーロットが聖女という立場である以上は、先程の老人への施しは目に余る振る舞いだ。
だからこそグレイは彼女の為を思って、その一心で今し方に進言してみせたのだ。
「グレイよ。貴様、聖女様の慈悲深き御心に何という‥」
しかしながらこれにガレスからまるで咎め立てる様低い声が与えられた。
「事実を申し上げたのみです」
ただ、そんな彼の言葉など何処吹く風といった塩梅にグレイは重戦士の苦言を一蹴してみせた。
「けんかは、ダメ」
とはいえその様な問答は続かず、間にシャーロットが入り二人を宥めたのであった。