村の一番端の方にあるその民家の真正面に、様々な武器を携えた男女入り乱れる集団が居た。
「ここが奴のねぐらです。ミチオ様、ヘルゲイとあのシャーロットとかいうクソガキはどうか出来るだけ痛めつけて殺してください」
「‥分かってる。僕の仲間に傷を付けたのは許せないからね。当然だ」
その者達の中心で男に侍る女が酷薄な笑みを浮かべて言った。
アネッサだ。
彼女は自らの主の元で報告をした後、すぐさま人狩の嘆願をした。
多少時間が経ち、日が暮れてしまって久しいものの、随分と上手く立ち回った彼女である。
この分だと今日中にあのシャーロットとかいう少女に手を下せそうだとは、アネッサの心中に浮かんだ本音であった。
「所詮相手は一人。幾ら腕が立つからって集団の此方が有利な事には違いない。多勢に無勢だ。大丈夫」
すると不意にミチオと呼ばれた少年と思しき年頃の者は、何処か緊張した面持ちで呟いた。
貴族然とした服装に身を包む彼は、依然年若いながらに大勢の者達を従えていた。
傍目に見ても特段少年からはカリスマ性の様なものは感じられないが、彼には力が備えられていた。
「それに僕には神様から貰ったチートがある。どうとでもなる筈だ‥」
そう、慢心とも称して差し支えないミチオ少年の自分自身の力への過信は、こうして彼をこの場へと身を運ばせるまでに肥大化していた。
それはヘルゲイとシャーロットという人物の情報を探らせる手間を惜しみ、下準備を怠るという悪手を招いていた。
本来小心者としてのミチオであれば、この様な愚行を冒す様な真似はしない。
だが生憎この世界に来てからは幾度も成功続きで、その体験が彼を助長させていた。
その為こうして山賊のトップの座を奪い、今では人狩りなどという悪趣味な遊びに興じているまでに身を落としていた。
─僕はいつか必ずクラスの連中を見返してやる
当初はそんな大層な目標を掲げていた彼であるが、にも関わらず今現在では御山の大将を気取るに収まってしまっていた。
だからだろう。
彼の同郷の者達は皆、それなりの役職に就いているというのは幾度となくミチオ自身耳にしているし、それ故にこそ鬱憤を溜まるという塩梅だ。
これには堪らず自身の不出来を呪いたくなる彼だが、けれども未だ僅かながらであれど、ここから成り上がろうというその意思は残していた。
意識薄弱といえども、ミチオは現代日本で溢れかえる異世界でのサクセスストーリーを望んでいた。
何度も夢にまで見た異なる世界での成功を納めた自身の姿を、その脳裏へと思い描くと、自ずと仄暗い欲望に思考が染まる。
けれど往々にしてミチオが居た元の世界では、物語の主人公というのは自分自身の様であった筈。
という具合に、彼は自らの趣味嗜好の偏りにも気付かずに、その骨の髄まで歪んだ理想を依然として追い求めていた。
「アネッサ」
「はい、わかってます」
だからこそ底辺から上にいく為、ミチオはこの世界の住人達を礎にして這い上がろうとしていた。
彼は傍らに居るアネッサに声をかける。
すると彼女は呼びかけに応じて、山賊の男達へと命令を飛ばし始めた。
ただ、既に建物は予め包囲している為、後は数の暴力で押し潰すだけ。
至極簡単な戦いで、最早力を行使する必要も無いだろう。
と、そんな風にミチオは思って、思わず気を緩めてしまっていた。
それはたかが一瞬の事であり、特段大きく間をおいた訳でも無い。
「なッ‥」
にも関わらず、山賊等が動き出そうと身を草陰から露わとしたその瞬間に、刹那民家の扉が勢いよく開け放たれた。
次いで中から出てきたのは複数の透明な瓶で、其処には琥珀色の液体と共に何やら固形物が納められていた。
そしてこれを認識したのも束の間の事、虚空へと投げられた透明な瓶は地面に落ちると同時に、その身にヒビを入れた。
「くッ」
途端、嫌な予感がして傍らに居た盾を持つ男の背後へと身を隠したミチオは、次の瞬間にもたらされた爆風に呻き声を上げずにはいられなかった。
「おいッ、なんだっ」
「敵の反撃かッ?」
「クソッ、あついッ」
「待てッ、一度態勢を立て直して─」
すると予期せぬ展開を受けて、当初統制を取れていた山賊等も所詮は素人の集い。
たちまち混乱を極めたせいかそれも相まって、一部包囲網に穴が空いてしまった。
「クソっ、無能がッ」
ただ、連鎖的な爆発を起こす瓶であるが、威力の程はあまり高くなく、効果範囲もどうやら狭い様で、やはり目眩しの為の物だろう。
これに思い至るとすぐさま山賊を押し退けて、ミチオは護衛を他所に前に出た。
「逃がさないぞ‥ぜったいに‥」
そして自身の眼前の黒い煙幕の中を駆け抜けていく人影に指先を突き付けると共に、その力を行使した。
「追跡」
無論、この場での劣悪な条件下では、奔流には至らないあくまで力の一部を、楔として打ち込むに留まらざるを得なかった。
けれどもこれで相手はその身を縛られて、居所は全てミチオに対し筒抜けになる。
「くふふ‥」
加えて彼はこの様な、卑劣と称して差し支えない相手を盗み見る手段を大変好む傾向にあった。
「ああ‥楽しみだ‥」
─せいぜいこの場を逃げおおせた事を喜ぶといい。
そう暗い思考に浸りミチオは、包囲網を脱出して常人離れした脚力で次第に遠ざかる男の背を眺めていた。
「あれは‥」
と、其処で目を凝らしていたミチオはある事に気が付いた。
よく見ると男は腕に少女を抱き、重荷を抱えながら走っている。
だが今注目すべきはその人並み外れた身体能力ではない。
「そうか、あれが‥」
そう、煙幕を背後にミチオはその場に佇んだままに一歩たりとて動けず、少女の姿をその視界へと納めると共に、否応にも息を呑んだ。
何故ならば理由は偏に、未だ十代前半と思しき年頃のその少女の容姿がそれ程までに美しかったが所以。
思わずミチオが身を自ずと硬直させてしまうまでに、少女の眩いばかりの輝かしいプラチナブロンドが翻るその光景は、金糸が虚空で散らばるが如く美しい光景だった。
この世界における異性は皆顔立ちの堀が深く、平均以上のルックスがあると見ていたミチオだが、今し方の少女はそれを遥かに超えている。
傍目から見て素晴らしく整った顔立ちをしていた。
更にはミチオにとって堀の深い西洋人風の容姿はあまり好みではなく、どちらかといえば可憐な方がタイプであった。
それにあの少女は極めて合致していたのだ。
だからこそ、かの少女はミチオに大層な衝撃を与えていた。
当然ながら異世界に来てから高級娼婦を買ったこともある彼だが、その様な売女など足元にも及ばない程、少女は見目美しい。
恐らく標的のシャーロットという名の少女に違い無い。
アネッサが語る通り、凡そ常人には理解し難い美貌だ。
無論前者は後者の事を散々に貶していたが、今ミチオはシャーロットを直に目にして、その理由は自ずと理解させられた。
何せ同性からの嫉妬を買うのも手放しで頷ける程に、かの少女は何処か神秘的な雰囲気を身に纏っていた。
まるでオーラの様なカリスマ性は、やはりその美貌からくるものであろう。
これにあてられたミチオは未だ騒がしい背後の山賊の群れを他所にして、シャーロットという名の少女の捕縛を心中に決めた。
何としてでも手に入れる。
そう密かに己の心に誓うと、彼の頭からは既にヘルゲイという男の存在などどうでもいいとでも言わんばかりに消え失せていた。
「お前達っ、いつまで遊んでいる?相手はもうとっくにここには居ないよ」
次いで口端を邪悪に吊り上げた彼は踵を返して自身の奴隷の元に戻ると、大袈裟な身振りで呆れた調子を示した。
「ミチオ様‥申し訳ないです。まさかあんな物があるだなんて‥。取り逃してしまいました」
「本当にびっくりだよ。でも仕方ないさ。紐はつけてあるから、次があるよ。君も僕の力は知っているだろう?」
「そうなんですか?流石はご主人様だっ。アタシ感服しちゃいましたっ」
「そりゃそうでしょ。タダで逃す訳ないよ」
するとすぐさま傍らに駆け寄ってきたアネッサからの謝罪を受けて気を良くしたのか、ミチオはその言葉に応じて自慢げに両手を広げて応えて見せたのであった。
その姿からは別段、強者としてのカリスマ性も、独裁者特有の、人々を焚き付けるかの様な熱量も感じられかった。
そう、其処には他者から散々に貶められた末に歪み、不幸にもどの様な因果かはたまた神の悪戯か、分不相応な身に余る力を手に入れてしまった者の末路があるだけだった。
そして肥大化した自意識は、その身の破滅を招くとも知らずに暴走の一途を辿るだろう事を、依然ミチオは知らなかった。