「‥すごかった」
「ああ、危ない所だった。だが如何にか切り抜ける事が出来たよ」
シャーロット並びにヘルゲイは現在、襲撃を受けた寝ぐらから脱出し、包囲網を何とかして掻い潜ったその先の、村とはそれなりに離れた街に身を置いていた。
つまりは教会のあるこの地へと場所を移したわけであるが、けれどそれでも尚油断は出来ない。
何せ平気で人狩りを行うあの集団が、たかが教会の権威の元に良い諾々と膝を屈するとはヘルゲイにはとても思えなかった。
そして例え表向きには逆らわずとも、刺客などを送られでもすればシャーロットの身ではひとたまりもないだろう。
彼女は未だ幼い少女でしかなく、傍目から見れば何処か情緒が希薄で、恐怖心を露わにしないものの、その心中に誰よりも慈悲深い精神性を持ち合わせているという事を、ヘルゲイはその身をもってして真に理解していた。
故に本来であればこうして宿屋の食堂で食事を摂っている間も、シャーロットは内心で怯えているに違いない。
そうヘルゲイは当たりをつけているのだが、如何にも傍らの席に腰を落ち着けているシャーロットからは大人びた印象を受ける。
自らの身が危険に晒されて、その命も危ぶまれるその最中、シャーロットは現在ヘルゲイから匙を口に運ばせていた。
「これはとてもおいしい。もっとほしい」
「あ、ああ。こんな物で良いなら金はいくらでもある。好きに食べてもらって構わないが、君はその、怖くないのか?」
「んっ‥あなたがいてくれるからだいじょうぶ」
「‥そうか」
以前からヘルゲイはシャーロットとの交流を交わす度、如何にして接すれば良いかそれが次第に理解出来ていた。
シャーロットというこの浮世離れした少女は、時折その年齢に反して随分と大人びた言動を見せる。
だがそれが平素では異なり基本的に子供っぽい所が多く、今現在の様にヘルゲイに料理を口へと運んでもらうという甘えた素振りの方が目立つ。
やはり依然成人もしていないその齢に違わず、シャーロットにも年頃の少女らしく甘えたいという欲求があるのだと、ヘルゲイは密かに内心でホッとして胸を撫で下ろした。
何せこれがなくてはあまりにこのシャーロットという少女は無機質過ぎる。
先程の野蛮な者たちの襲撃を受けて尚、幾らヘルゲイが傍にいたとはいえ、シャーロットは一切動じた素振りを見せなかった。
これにはさしものヘルゲイとて舌を巻き、そして同時に戦慄をしたものだ。
無論ヘルゲイの様な一流の手練であれば、あの様な素人の集団幾ら束になったとて其処らの有象無象の木端となんら変わらない。
けれどもシャーロットからすればあの様な状況、自らの身の危険を感じて然るべきであり、動揺を露わとしないというのは不自然極まる話である。
「‥ん。やっぱりこのスープはびみ」
「少し甘すぎる様な気がするが‥」
「そこがいい。あなたもたべる」
「いや、俺は‥」
ただ、こうして改めて接してみればヘルゲイも知る年頃の少女となんら相違の無い姿をシャーロットはおくびもなく見せていた。
まるで雛鳥の様、ヘルゲイが運ぶ匙からスープを口に含み、表情こそ変わらないものの、シャーロットは確かに雰囲気を柔らかくしていた。
そんな傍目から見れば怜悧な美貌を誇る彼女であるが、今現在スープを口腔にて味わい、料理に舌鼓を打っている姿は、平素とは異なりやはり暖かな印象を受ける。
「なぜ?おなかがすいていない?」
「ああ、どうにもな。奴らは恐らく追手を放つだろう。今日ばかりは警戒に努めさせてもらうさ」
「‥そう。ざんねん。でも、ありがとう」
「こちらこそありがとうだ。いや‥、ここは君を巻き込んでしまった事を悔やむべきか‥」
「かまわない」
「そうか」
そう、その様に談笑を交わしているとはいえ、迂闊に油断も出来ないというのが正直な今のヘルゲイとシャーロット等を取り巻く現状であった。
無論あれでミチオ達が諦めるとは思えないし、再度襲撃を受けるのは特段考えるまでもなく明白だ。
ならばそれに備えてヘルゲイも食事を摂るべきだというのは理解している。
けれど彼は思いの外前線から退いて久しく、全盛期の当初他国との争いに徴兵されていた時の様な精神面においての強靭さは期待出来なかった。
そうして戦争を経験して身であるにも関わらず、この無様を晒す己を自嘲しながらもヘルゲイは、傍らで平然と食事に興じているシャーロットの存在が救いになっていた。
己よりも遥かに年下で、未だ苦労も知らない穢れなき純白の少女の気丈な姿が、ヘルゲイを支える一助となっていたのもまた事実であった。
「‥ん」
「どうした?」
「‥ねむい」
「なるほど‥。確かに君くらいの子だとそろそろ就寝している時間か」
「ちがう」
そしてどうやら食事を摂れば眠くなるのが人間の身体の摂理であり、このシャーロットという浮世離れした美しい少女もそれに倣い例外では無いらしい。
「ああ‥そういえば教会は労役というのがあったな」
「そう」
「それならもう少し起きていても大丈夫か‥」
「‥ん。でも、すこしねむい」
ならば色々あったのが原因で、平素よりも少女は疲弊しているという事だろうか。
その証左として彼女は現在口元に匙を運ばれながらも、次第にうつらうつらとし始めていた。
そんなシャーロットの傍らのヘルゲイからは、不可抗力的に不意に少女の長い艶やかな睫毛が見えた。
髪色と同様の、まるで金糸の如き眩いばかりの白金の睫毛が、キラキラと妖しく輝いていた。
加えてヘルゲイが位置取る角度からは、明らかにシャーロットの幼い肢体が隙間から覗けていた。
無論ヘルゲイはわざわざその様な事を注意する程に無粋でも無く、けれどシャーロットに匙を運ぶ都合上如何しても、その胸元が見えてしまう。
だからヘルゲイの視線の先には、薄桃色の可愛らしい乳首が、確かに其処にあった。
ちんまりとしたそれは、娼婦などとは異なり、一切の変色はしておらず、色素が薄いのだろう。
肌の色もまるで初雪の様で、きめ細やかにみずみずしく張りもあり至極艶やかだ。
けれどスープが熱いせいかそれも相まって、少しばかり汗を掻いているらしく、年頃の少女の何処か甘酸っぱい体臭がヘルゲイの鼻腔をくすぐった。
やはり代謝が良いせいか、或いは食べ物を腹へと納めたせいもあるのだろう。
シャーロットはワンピースの中でしっとりと汗ばんだ身体を何処か鬱陶しそうにしていた。
「ん‥におう?」
「え?」
「‥くさい?」
「そんな事は無いが‥。ただ、ここはあまり上等な宿では無いからな。風呂などという贅沢は期待出来ない。だからどうしたものかと考えていた」
「‥そう。べつにかまわない」
「そうか。君がそう言うなら良いんだ。しかし普段は共用とはいえ、ちゃんとした教会の風呂の入浴があるんだろう?平気なのか?」
そう、どうやら自らの衣服の中が蒸れてしまっているのを自覚している様で、シャーロットは肌に張り付くワンピースの裾を手で引っ張った。
けれど、先程も危険を乗り越えたのだから、その慌ただしい中で、多少汗を掻いてしまっても致し方無いだろう。
ただ、シャーロットの装いが生地の薄い布であり、その都合上否応なく身体に密着してしまうというのがあまりよろしく無かった。
当初はふわりとした衣服のお陰で気付かなかったが、シャーロットの身体にピッタリと張り付いたワンピースの生地は其処に、少女の乳房を鮮明に浮かび上がらせていた。
やはりそれ程までに、シャーロットはその氷の様な美貌に反して存外にも体温が高い方であるらしい。
そしてこれを裏付ける様にして、傍らのシャーロットの肩が不意に触れた部分に、確かに子供特有のぽかぽかとした暖かい人肌の温もりが感じられた。
その熱はヘルゲイの緊張に凝り固まった肉体と同時に心までをもまるで弛緩させてしまうかの様な心地へと陥らせたのであった。