激しい雨粒が屋根を絶え間無く叩く音が支配する一室で、外を嵐が吹き荒ぶその最中、ヘルゲイはシャーロットと真正面から向かい合っていた。
そして、僅かばかり汗ばんだしっとりとした純白の肌に手で触れたヘルゲイは、その柔らかで滑らかな感触に己の心が揺らぐのを感じた。
─俺は馬鹿か。こんな子供相手に何を‥
そう、シャーロットが求めているのはオスの欲情ではなく、ヘルゲイの大人としての真摯さだ。
無論ヘルゲイとしてもこの様に未だ幼き少女相手に欲望を刺激されるなどあり得ない。
ただ、シャーロットの裸体を前にして単純に美しいと思ってしまったのは事実であり、それは本来子供に抱くべき真っ当な感情ではない。
故に、その胸に罪悪感を覚えながらも、シャーロットから視線で促されて、手にした水で湿らせた布を動かし始めた。
「はっ、ん‥」
「大丈夫か?」
「ん‥、へいき」
するとヘルゲイのゴツゴツとした五指で触れられたせいも相まってシャーロットは、何処か鼻にかかる、その年齢に反した甘い声を漏らした。
際しては薄桃色の可愛らしい唇がわななき、シャーロットは僅かばかり身を捩った。
やはり異性の前に裸体を晒すのは、流石にシャーロットであっても羞恥を覚えるのか、そのきめ細やかなシミひとつない純白の頬に鮮やかな紅が差していた。
そして先程まで汗をかいていたせいかその蒸れてしっとりと汗ばんだ肌から、存外に強いシャーロットの体臭が鼻腔をくすぐった。
けれど決してそれは不快な匂いではなく、やはり何処か甘ったるい、まるでたっぷりと砂糖を入れたミルクの様な香りがした。
加えて子供特有のポカポカとした暖かな体温を布地越しにもヘルゲイの皮膚にしっかりと伝わり、改めてシャーロットが一人の人間であることが理解出来た。
何せシャーロットという少女は当初からヘルゲイの目から見て、浮世離れした人間味の薄い人物として映っていた。
それは主に全体的に白い、まるで初雪の如き美しい容姿が原因である。
無論今となってはその認識は誤りであり、本来のシャーロットが聖母の様に大変慈悲深い心の持ち主である事を心得ている。
けれど直にこうして人肌を感じてこそ、ヘルゲイは真にシャーロットが作り物の人形ではなく、其処に生きているのだと実感出来た。
それ程までに少女の情緒は傍目から見ても希薄であり、そして同時に喋り方も拙く、凡そ一般からはかけ離れた存在であった。
更にはまるで金糸の如く癖一つないサラサラとした流麗なプラチナブロンドは、その清廉な容姿へとまた拍車を掛けていた。
だからこそ、シャーロットの甘い体臭や、その息遣いまでをも間近に感じられる今現在ヘルゲイは、もしかしたら初めて眼前の少女を正しく人として認識したのかもしれない。
「んっ‥」
「すまない。痛かったか?」
「だいじょうぶ」
「そうか」
「ん‥」
するとなるべく無心で努めようと、淡々とシャーロットの裸体に布を滑らせていたのも束の間、出来るだけ避けていた少女の乳房の先端に触れてしまって、ヘルゲイは自ずと頭を下げてしまった。
「つづけて」
「ああ」
けれども少女に気にした素振りがなく、白金に妖しく輝く長い眉毛に縁取られた大粒の宝石の如き瞳にも怒りの色は無い。
ただ、そんな少女の姿とは裏腹に、その薄ピンク色の乳首は先程よりも大きさを増して、僅かばかりに尖っていた。
故に硬くなったそれにヘルゲイは布を当ててしまい、引っ掛かった為にシャーロットは声を挙げたという塩梅だ。
恐らくそれは歴とした生理現象であり、無論シャーロットにその意思は無いのだろうが、ヘルゲイとしては気遣わなくてはならない。
その為慎重に少女の柔らかですべすべとした肌を順々に清めていく。
それはまるで吸い付いてくるかの様に、布を隔てていて尚も、みずみずしいその肌の触り心地の良さが否応にも理解させられた。
これが娼婦であればそうはいかず、彼女達は毎日自身の商売道具である身体には最新の気を払い注意しているにも関わらず、ガサついた肌になる。
そう一人の女が寝物語に嘆いていたのをヘルゲイは場違いにも脳裏へと想起してしまった。
なんでも女の身体というのは男とは異なり無条件に無駄毛が無く、そしてすべすべとして艶やかなものだと勘違いしている者が多いのだとか。
だが実際はそんな筈も無く、彼女達は必死の思いで自らの身体に手入れを施して、漸く人並みに異性に見せても恥ずかしくない様にしている。
などと、聞いてもいない事を彼女達は何処か誇らしげに口さも無く語っていた記憶があった。
そして往々にして娼婦達というのは自身の鬱憤を発散する為か、相手の事などお構いなしに延々と長話を語る癖があり、それにはヘルゲイも辟易としていた。
これは後になって判明した出来事だが、どうやら彼女達はヘルゲイを優良の物件だと定めていたらしく、同情を買う為に自らの悲惨な生い立ちを語っていた様だ。
と、そんな事を一人の女が告げ口でもする様にヘルゲイに教えてきた事があった。
その点目の前のシャーロットは全くと言って良いほどに自らものを語ろうとせず、ずっと口を噤んでいる。
その依然幼い年齢に反して自己主張のあまりに少ない様子は、少なからず傍目から見れば心配になってしまう程。
だからこそ否応にも庇護欲を誘われて、シャーロットには娼婦達に向けるそれとは異なる感情を自ずと抱いてしまう。
無論ヘルゲイとて聖人君子を自称する訳でも無く彼にだって人並みの欲望はある。
だが以前までなら娼婦達になんら遠慮も無くぶつけていた邪な欲望も、目の前の純白の少女に対してはその感情を抱く事すら烏滸がましいと自ずと思えてしまうのだ。
それ程までに彼女は娼婦とは異なり何処か根本的に存在から違う様な気がした。
「‥へいき?」
「‥少し考え事をしていた」
「‥そう。なやみ?」
「いや、悪魔は今も俺たちを見ているのか、とな」
「ん。でも、かれらにはなにもできない」
と、恐らく思考の渦に囚われてしまったせいかそれも相まって手が止まってしまっていた様だ。
その証左としてシャーロットは、まるでヘルゲイの機嫌を窺う様にして、可愛らしい瞳で上目遣いをしていた。
「此方に危害を加えてくる事は無いのか」
「そう。ただ、みているだけ」
「成程。それは不幸中の幸いだな」
「でも、どうしてかわからない」
「‥つまり襲ってくる可能性もある、と?」
「ごめんなさい」
「なに、君が謝る事じゃない。俺が迂闊だったんだ」
思いがけずして考えるべき事柄が増えてしまったヘルゲイは自ずと苦笑して、気が付けばシャーロットの頭を撫でていた。
どうやらその悪魔の目とやらは今もこうしているヘルゲイとシャーロットを見ている様で、如何してか襲ってこないらしい。
それには恐らく原因があって然るべきであるのだが、シャーロットにも分からないと言う。
ならば門外漢のヘルゲイが考えてたとてそれは意味が無く、ここは詮無い事として頭の片隅に留めておくというのが最善の選択だろう。
故にヘルゲイは再び眼前のシャーロットの裸体から気を逸らす為に、己の人生で関わり合いになった女達を思い浮かべてみた。
そして当然ながら彼にだって娼婦以外にも関係を持った女は幾人も居た。
それもヘルゲイは存外の事冒険者として一流であったので、言い寄ってくる輩が絶える事は無かった。
それこそ皆一様にして気が強い女ばかりで表面上はしおらしくしながらも、ヘルゲイの妻という座を狙ってくる者達が、件のアネッサの様に多かった。
と、丁度そんな事を思い出したヘルゲイは、シャーロットという少女にそんな素振りは一度も見られなかった事に気が付いた。
勿論少女が未だ幼いと言うのもあろうが、娼婦の中にはシャーロットよりも遥かに年下でありながら、狡猾な者とて数多く居た。
そんな少女達とヘルゲイは肉体関係こそ持たなかったが、幾度もその目にしてきたし、接してきた。
哀れみを抱き義憤からか無責任にも金を渡した事もあれば、時としてスリに遭った事もある。
その様な者達と比較すればシャーロットは純粋無垢を通り越して、まるで聖母の様でもある。
そも、シャーロットの肉体は未だ毛も生え揃っておらずツルツルとした脇や下腹部、加えて陰毛の無い股間からは性の香りが感じられない。
そしてヘルゲイは宿屋の支払いで大量の金を持っている事を、皮袋を取り出した際に見せ付けた筈だが、それにシャーロットは一切の関心が無さそうだった。
寧ろ黄金に輝く硬貨には目もくれず、その時は只々眠たげに目を細めていたのみであった。
更には本来であれば彼女程の年頃の少女であれば毛嫌いする筈の安宿に泊まるという事も厭わずに、当初ヘルゲイは高級な店を提案したのだが、シャーロットはそれを一蹴してしまった。
つまりそれはお金に対しての執着がシャーロットには無く、そして同時に彼女が豪勢な料理や贅沢などには興味が無いという事を意味していた。
ならば一体なぜこうまでしてシャーロットは助けてくれるのかヘルゲイにはまるで検討も付かなかった。
そも彼には善行を積んだ覚えもなければ、何かをシャーロットに買い与えた記憶も無い。
それ以前にこれはヘルゲイが発端となり引き起こした騒動であり、巻き込まれただけのシャーロットには直接関係は無い筈だ。
にも関わらず少女はヘルゲイに対して慈悲深くも一方的に救いの手を差し伸べようとしている。
それらの要素を鑑みて目の前のシャーロットという存在は誠に不思議な少女であった。