「うわっ!?」
ユキちゃんの言葉に反応するように、女の人がビクリと身体を震わせ、全身を小刻みに痙攣させたかと思うと──次の瞬間、じわりと股間から黄金色の液体が染み出してきた。
「きゃっ!?」
私は慌てて飛びのく。幸い、作業服にはかからなかったけれど、さっきまで立っていた場所に咲いていた白い花に、それは無惨にも降り注いでいた。
「ちょっと!? なにお漏らししているのよ、汚いなぁ!」
思わず大声を上げるが、女の人はまるで壊れた人形みたいに、ピクリとも動かない。
「ヒナちゃん……たぶん、もうなにも聞こえてないわ」
ユキちゃんがそう言いながら、おそるおそる彼女に近づいていく。私もつられるようにして歩み寄ると、女の人は白目を剥き、口の端には白い泡がこびりついていた。
「……死んでるの?」
「気絶してるだけみたいね」
女の人の胸元にそっと置いていた手を離しながら、ユキちゃんが静かにそう告げる。
「おしっこ漏らして気絶って……そんなにショックだったのかなぁ」
私は、ぽつりと口にした。
私だったら、どんなショックを受けたら、こんなふうになってしまうんだろう?
おしっこを漏らして、気絶するくらいの……そんな、心の奥底をズタズタにされるような出来事。
私は、考える。想像を膨らませていく。
──たとえば……。
お兄ちゃんの子を授かって、幸せの絶頂にいたとする。お腹を撫でながら、「これは、お兄ちゃんとの愛の証だ」なんて思っていたのに……。
もしも、もしも……DNA鑑定の結果、それが──お兄ちゃんじゃなくて、私に乱暴した、あの大嫌いな男の子供だったとしたら……。
そんなの、ひどすぎる。
そんなの、耐えられない。
……私だって、きっと……その場で、足元を濡らして、気絶してしまうかもしれない。
「ヒナちゃん? 大丈夫? 顔色がよくないわ」
ユキちゃんの声に、私ははっと我に返る。
視線を落とすと、足元には女の人が横たわっていた。
──この女に、アスカは攫われた。
私の大事な子供。まだ一度も、母乳をあげられていない。
ユキちゃんの子、ミユキちゃんも、連れて行かれた。
許せない。殺したいくらい、憎いはずだった。
なのに──。
女の人は、手足を切り落とされ、白目を剥き、口から泡を吹いていた。失禁までして、哀れな姿で気絶している。
胸の奥が、ぐっと苦しくなった。見ていられない。
私は、そっと手をかざして彼女の股間に清掃をかける。花びらに飛び散った尿もひとつずつ清めていく。
やがて、あたりからはもう尿の匂いは消え、ただ、花のやさしい香りだけが残った……。
───
「見事だ! オコメよ……よくやった。これで我が望みが叶う!」
謁見の間。私は跪き、玉座に鎮座する魔王様を見上げていた。
その隣には、手枷と足枷をはめられた“勃起”が転がっている。かつては男であったが、今や貧相な身体の娘であった。
「その娘を、私の寝室へ連れていけ。身を清めておくように」
魔王様の側に控える、あの忌々しい女が無表情で頷くと、勃起を無理やり立たせて引きずっていく。叫び声が謁見の間にこだまし、やがて静寂が戻った。
「ふふふ……今宵が楽しみでならぬ。オコメよ、褒美として、お前の望みを一つ叶えてやろう。よく考えておけ」
玉座の上で、魔王様の体の一部が誇らしげに動いた。それはまるで、戦利品を前にした覇王の昂ぶりのようだった。
私は魔王様に頭を垂れた。
かつての私なら、勃起の態度に怒りを覚えたかもしれない。だが、今は違う。何の感情も湧いてこない。
勃起はただの“道具”にすぎない。
私の任務を果たすための駒。私の望みを叶えるための犠牲。魔王様の欲望のはけ口となる蜜壺。
「ありがとうございます。……魔王様、もう一つ、ご報告がございます」
「ふむ……言ってみよ」
私は静かに立ち上がり、背筋を正す。ゆっくりと上着を脱ぎ、床に置かれたステッキの隣に畳む。
タイをほどき、スラックスを脱ぐ。ボタンを一つずつ外しながら、私は魔王様の瞳から目を逸らさなかった。
その間、魔王様は一言も発さず、ただ静かに、私の動作のすべてを見届けていた。
やがて私は、一糸まとわぬ姿となる。冷たい石床の感触が足元から伝わる中、私はゆっくりと下腹部に視線を落とした。
そこには、魔王様の瞳と同じ、妖しくも気高い色の光が、懐妊紋として淡く揺らめいていた。
──これは、誇り。勲章。私だけの、証。
「……子を、授かりました。……魔王様の……御子です」
言葉にした瞬間、喉が震えた。感情ではない。緊張でもない。ただ、それが“真実”であることに、身体が自然と反応しただけ。
「なん……だと…………?」
玉座の上で、魔王様の身体が揺れる。魔王様がゆっくりと立ち上がり、鋭い視線を私の身体に突き刺すように向ける。
その眼差しは、疑いではない。動揺でもない。──ただ、獣が本能を呼び覚ます時のような、沈黙と緊迫の混合物だった。
一歩。魔王様が近づく。
また一歩。石の床に響く足音が、私の心臓と同じリズムを刻む。
目の前に立つ魔王様は、ゆっくりと私の下腹部に手を置かれた。
その手の温もりが、私の奥、子宮へと優しく染み込んでくる。
──あの日と、同じ温もり。
「でかしたぞ! オコメよ!!」
魔王様が高らかに声を上げ、私の身体を力強く、けれどもどこまでも優しく抱きしめてくださった。
堪えていた涙が、堰を切ったようにこぼれる。
「……種、私の種だな?」
「…………はい。魔王様の……種です」
「お前の排卵周期と、受精可能時間を考慮すると……これは、奇跡だ。お前が私の子を孕んだのは──奇跡だ! この子は、我が奇跡の御子だ!」
抱擁の中、魔王様の体温がじわりと上がっていく。
その熱が、私の身体にも、心にも、じんわりと伝わってきた。
「……私は……オコメは、魔王様の御子を授かって……幸せ者です……」
私の言葉に、魔王様が抱擁を解かれる。
──いや……もっと、抱いていてほしいのに。
未練の混じる私の想いを断ち切るように、突然、両肩が熱く包まれた。
魔王様の両の手が、私の肩をしっかりと掴み、そのまま私の顔を覗き込む。
「もっと、よく顔を見せてくれ。……我が妃となる、女の顔を」
(私が……妃……魔王様の……)
身体が、心が、幸福の奔流に包まれる。
どこか遠くから鐘の音が聞こえた気がした。
私はそのまま、意識の岸辺からふわりと浮かび、ゆっくりと気を失った。
……
目を開けると、ぼやけた視界の中に、四つの顔が浮かんでいた。
勃起。失禁。貧乳。そして、その肉分身。
……ああ、そうだ。
あれは──夢だった。
私が思い描いた、輝かしい夢。見事に魔王様の命にこたえ、魔王様の御子を宿し、妃として選ばれるという、尊き幻。
そして私は、戻ってきた。
惨めで、汚れて、すべてを失ったこの現実へ。
唯一の希望は、お腹に宿る魔王様の御子だけ。
再び、頬を涙が伝う。声も出せない。ただ、溢れるだけ。
「気がついた?」
失禁が、私の顔を覗き込みながら声をかけてくる。
その表情には、意外にも憐みがあった。優しさ、とまでは言えない。けれど、残酷なものではなかった。
「アンタがどんな辛い目にあったのかはわからないけど……正直に答えてくれたら、命だけは助けてあげる。……赤ちゃんも、産みたかったら産めるよ」
その声は、どこか遠くから聞こえるように感じた。
現実に戻りきれていない私に、届くか届かないかの距離で、失禁は続けて話していた。
──なんて、素敵な提案なのだろう。
私は魔王様の下を去ろう。
もう、あの方の世界には帰れない、無能な私はもう、用済みなのだから。
人知れず、身を隠し、この子を産んで育てていく。
愛する魔王様との間に授かった、奇跡の子……。
そう、できるものなら。
──でも、それができるのは、私が五体満足だったらの話だ。
命が助かったとしても、私はここから動けないし、離れられない。
いずれ、魔王様はこの哀れな姿になった私を見つけてくださるだろう。
そして、私は、“魔王様の命を果たせられなかった女”として、周りから蔑まれる。
私だけならどんな不名誉な肩書きでも受け入れよう……でも……。
この子を“魔王様の命を果たせられなかった女”の子とするのだけは許容できない。
私が尊敬し、敬愛し、愛している魔王様の子が、そんな風に呼ばれるのは許される事ではない……。
ならば、いっそ──。
この命を、私の中で終わらせるしかない。
この子が、“魔王様の失敗”と呼ばれる前に。
“命を果たせなかった女”の影を背負わされる前に。
私が、私の手で──この奇跡の子を、守る。
名も与えず、顔も見ずに……私と共に闇に墜ちてしまえば魔王様の御子は、永遠に“純粋なる奇跡”のままでいられる。
そうだ、それが……最も美しい、最も忠実な選択。
幸い、私が死ねば、懐妊紋は消える。
魔王様も、わざわざ私の死体をあらためる事はしないだろう。
死体は、そのまま打ち捨てられるだろうか? ──でも、願わくば……。
私は横を見る。目の前には魔王様の花が咲き乱れ、優しい香りに包まれていた。
ここに私の墓をたて、たまに会いに来てほしい……。私と、この子に……。
涙が止まった。
身体の震えも、呼吸の乱れも、すべてが消えていた。
私は、風が止むのを待ってから、目の前の勃起たちに向けて口を開いた。
「……殺せ」
その場に、静寂が落ちた。
誰も動かない。誰も、言葉を返さない。
まるで、この世界が止まったかのようだった。
勃起が、目を見開く。失禁が、息を呑む。貧乳とその肉分身が顔を見合わせた。
誰かが震えていた。
でも、それは私ではなかった。
「私を、殺せ。……この子ごと」
「……わかったよ」
口を開いたのは、失禁だった。
「無理やりレイプされて、望まない赤ちゃんが出来て、絶望して死にたくなるの、ヒナはわかるよ。でも、ヒナはそれでもアンタには生きていてほしいんだ。生きていれば、アンタは愛する人の赤ちゃんを産むチャンスもあるはずだよ……」
(レイプ? 望まない子? こいつは何を言っているんだ?)
言っている事が理解できず、混乱する私を無視して失禁は言葉を続ける。
「お腹の子に罪が無いのはわかるよ。産みたくないけど、自分の赤ちゃんを殺す事もできない。そんな事をするくらいなら……一緒に死ぬ気なんでしょ? だから、ヒナたちがやってあげる。アンタの赤ちゃんだけを殺すから、アンタは死ぬことないよ……」
(えっ!?)
一瞬、思考が停止したが、すぐに動き始めた。
「ちょ、待っ……」
声にならない声を出す私を無視して、失禁が私を抑えつける。
「暴れないで! 大丈夫、すぐに済むから……ユキちゃん、お願い!」
失禁はそのまま強引に私に口を開かせる。
口の中に、液体が飛び込んできた。
失禁は私の口を強引に閉じ、私はその液体を飲んでしまう。
驚くほど甘く、優しく、どこか懐かしい味だった。
「催淫剤よ……身体の力が抜けて、リラックスできるわ」
私に説明する貧乳の股間から、男性器のようなピンク色の肉塊が伸び、脈打っていた。
その先端からは、白濁色の液体が滴り、糸を引き花の上に落ちている。
あれを私に飲ませたのだろうか……。
(あっ!?)
腹の奥、子宮が、熱い──いや、焼けるようだ……。
初めて、魔王様に身体を触られた時。
魔王様を想って、自らの身体を慰めていた時。
魔王様を想像しながら、悪魔たちと身体を交えた時。
今まで幾度となく感じてきた疼きが、今、私の身体中に広がっている。
私は、初めて魔王様“以外”で発情していた。
身体が言う事をきかない。
口は乾いて動かず、目の焦点は定まらない。
下半身が脱力し、股間が湿り出したのがわかる。
ふらつき、ぐるぐると回る景色の中で、遠くから声が聞こえた。
「これは、私が愛する人と繋がるための大事な器官なの」
遠くから聞こえる少女の声は、冷たく、それでいてどこか濡れていた。
「私はあなたの事を許さない。でも、私の愛する人があなたを救いたいと願った。だから……これはそのための処置よ」
言葉の意味が、理解できない。
でも──彼女たちがこれから何をしようとしているのかだけはわかった。
誤解だ。これは、全部──誤解なんだ。
(違う……! この子は、魔王様──私が愛する人の……!)
必死に叫ぼうとしても、喉がひゅうひゅうと空気を漏らすだけで声にならない。
貧乳が私の股間の前に腰を下ろし、両太腿を掴んで私の股を広げた。
私の股間にヌルヌルした冷たい何かが当たった瞬間、私の身体に衝撃が走る。
軽く、達してしまったのか、下半身がピクピク痙攣していた。
「これから、これをあなたの体内に入れて、胎児を摘み取るわ。すぐに済むから大人しくしているのよ……」
(いやだ! やめて! この子を私から奪わないで! 誰か! 誰か……!)
ぬちゅ……
股間から水音がした。
(やだ! オコメから赤ちゃんを奪わないで! 魔王様の……赤ちゃんを……)
何かが、私の股間をこじ開けはじめる。
助けて──まおうさま…………オコメを、たすけて……。
そのとき。
天を裂くような轟音と風圧が私を襲い、私の身体が宙に舞う。
魔王様の瞳と同じ色の青空が私の視界いっぱいに広がっていた……。