※この作品はR-18です。

お兄ちゃんの子供が欲しい妹とそうでもない兄   作:猫見サイル

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106 魔王②

(な、何が起きたの!?)

 

 轟音と共に吹き飛ばされ、私は地面に叩きつけられた。空気が一気に肺から押し出され、呼吸ができない。

 

 ほんの一瞬だったはずなのに、時間が止まったように感じた。

 

 痛む身体をなんとか起こすと、少し離れた場所に──全身真っ黒の人がこちらに背を向けて立っていた。

 その肩に、女の人がしがみついて号泣している。

 

「ま、魔王しゃま~~っ!」

 

 ……様子がおかしい。

 

 泣いているのに、言葉の響きがあまりに幼い。まるで小さな女の子みたいで──でも、声は大人の女性のものだった。

 

『マスター、私、言いましたよね? 89パーセントの確率で……あれ、“嬉ション”ですって』

 

 エリの声が頭に響いてくる。

 ツッコミどころが多すぎて、言葉が出ない。

 

 ふと気づくと──お兄ちゃん、ユキちゃん、クロちゃんが、私を見ていた。

 

 その視線。無言の圧力。

 まるで、全部を見られてしまったような……そんな気まずさに、私は顔が熱くなる。

 

「ご、ごめんっ! ヒナの……ヒナの勘違いだったみたい……!」

 

 しゃべりながら、思い出す。

 あんなに必死に、あんなに真剣に、私はユキちゃんたちを説得したのに……。

 

「ユキちゃん、本当にごめん!!」

 

 胸がギュッと苦しくなる。

 私は……一体、何をやっているのだろう……。

 

 ユキちゃんは困ったように眉を寄せて私を見ていたけれど──やがて、ふっと口元に微笑みを浮かべた。……許して貰えたようだ。

 

 でも、次の瞬間。

 

 ユキちゃんの目が鋭く細められ、視線は真っ黒の人物に注がれる。

 その顔にはもう笑みはない。

 

 険しい──敵を前にした時の表情だ。

 

(あれが……魔王?)

 

 お兄ちゃんも、クロちゃんも、既に構えを取っていた。

 視線は一点に集中している。

 

 あの“全身真っ黒の人”……魔王に──。

 その人物は、未だ動かない。

 

 肩にしがみついている女の人は泣きじゃくったまま、顔を上げようともしない。

 

 私は歯を食いしばりながら立ち上がる。

 

 身体の所々が痛むが、この程度であれば問題ない。

 

 私はこの後、何が起こっても対処できるよう、ゆっくり構えた……。

 

 ───

 

「まおうしゃまぁぁぁ……こわかった! オコメこわかったよぉぉぉぉ!!」

 

(ちがう……こんな話し方、私は──私は……!)

 

 自分の口から出た言葉に、自分が驚く。

 こんな言葉遣い、もう何千年もしていない。

 それどころか、誰にも見せたことのない、もちろん魔王様にも見せた事のない“私”が、今この瞬間、私の身体を支配していた。

 

 宙を舞ったと思った瞬間には、私はもう、魔王様の腕の中にいた。

 温かく、強く、静かなその腕の中で、何かが決壊する。

 仮面の奥の、あの澄んだ青い瞳と目が合った瞬間──。

 

(ああ……駄目だ)

 

 理性が、どこかへと消し飛んだ。

 

 魔王様の肩に、私は縋りついていた。

 嗚咽が止まらない。

 涙も、声も、もう抑えが効かない。

 

「こわかったぁ……まおうしゃまぁ……こわかったぁ……!」

 

 子どものようにすがる私に、魔王様は何も言わない。

 ただ、腕を緩めることもなく、私を受け止めてくれている。

 

(ごめんなさい……こんな私を、見せるつもりじゃ……)

 

 それでも、涙は止まらなかった。

 

 ……

 

「魔王様、取り乱してしまい、申し訳ございません……」

 

 ようやく、落ち着きを取り戻した私は、深く頭を垂れる。

 あの情けない声も涙も、もう止まっていた。

 

 顔を上げると、目の前の魔王様の肩……。

 私がしがみついていたその場所は、涙と鼻水と、唾液でぐっしょりと濡れていた。

 

(……ひどい有様)

 

 すぐに拭いたかったが、拭おうにも私にはもう──腕が無い。

 白魚のように美しかった私の腕は肩口から先は切り落とされ、今はただ醜いだけだ。

 

 

「服を汚してしまい、申し訳ございません……先ほどまでの言葉遣いも……」

 

 口では謝罪を述べるが、ただ空しいだけだ。

 “お許しください”などと、口にできるわけがなかった。

 

 なぜなら、私は──。

 魔王様のご命令も果たせず、敗北し、今や達磨のように醜く転がるしかない女。

 そして不敬な事に、この無価値な女は、魔王様の子まで孕んでいる。

 

 手足もなく、尊厳もなく、ただ魔王様の慈悲に縋って泣いていた──そんな私が。

 

「……生きて、お顔を拝することすら、恐れ多いのです……」

 

 声が震えていた。

 羞恥でも後悔でもない。

 ただ──心からの、絶望。

 

 もう、いいだろう……。

 恥辱に塗れて生き続けるくらいなら、潔く、魔王様の手で私の命を……。

 

 私は魔王様に最後の慈悲をかけて頂くため、口を開いた。

 

「魔王様……」

 

「オコメよ、私の下した命令を、見事成し遂げたな……」

 

「……えっ?」

 

 魔王様の言葉の意味が、一瞬、脳に届かなかった。

 いや、届いていたけれど──理解できなかった。

 

「ま、まおう……さま……?」

 

「命令を思い出せ。お前に与えた命は、“私の目の前に勃起を生きたまま連れてこい”だ。お前は敗れ、捕らえられ、恥辱の果てに汚された。そして今──私の目の前には、見事に生きたままの勃起がいる。違うか?」

 

 そう言うと魔王様はゆっくりと振り返った。

 私も、首だけをゆっくりと横に動かして、魔王様の視線を辿る。

 

 視線の先には、今は娘の姿となった“勃起”の姿があった。

 

「見事な仕事ぶりだ。長く待つことになったが、その甲斐があったな……」

 

 魔王様の言葉に、私は、震える唇で、どうにか言葉を返す。

 

「ま、魔王様、同情はおやめ下さい! 私は、魔王様の目の前に勃起を連れていく事はできなかったのですよ!?」

 

「フッ……」

 

 魔王様が短く笑われた。

 それは、私の懺悔も、否定も、悲鳴も──すべて見透かしていた者の笑みだった。

 

「オコメ、お前は勘違いをしているようだな」

 

 その言葉と共に、魔王様は私の耳元に口を寄せ、囁いた。

 

「……最後に会った満月の晩から、私は姿と気配を隠し、ずっとお前と共に居たのだよ……お前の行為はなかなか、情熱的で刺激的であったぞ……」

 

 言葉の意味を理解した瞬間、私は自分の全身が羞恥に染まっていくのを感じた。

 

(まさか……あれを……全部……!?)

 

 昼も夜も、時にはミカたちや悪魔たちと共に……。

 名を呼び、求め、疼く身体を弄んでいたその様を、魔王様は……見ていたというの? 

 

「オコメよ。お前は、私の命令に、最も忠実な形で応えた。命を乞う必要などない。褒美を望め。……何でも望むものを与えよう」

 

 魔王様の瞳は、揺らがなかった。

 その確かな光に見つめられただけで、私の身体の奥底が熱を帯びた。

 

「だが、その前に……」

 

 魔王様の手が、ふわりと私の頭に触れた。

 瞬間、全身を黒い膜が包み込む。

 

 それは恐怖ではなく、柔らかく温かい──まるで母胎の中のような、穏やかな闇。

 

 膜の内側には、ぬくもりのある液体。

 私はその中で、傷の痛みも、身体の重さも、何もかも忘れていく。

 

 僅かに空いた裂け目から、魔王様の瞳だけが、私を見つめていた。

 

「私の羊水で満たされた……揺り籠だ。オコメよ、ゆっくりと傷を癒し、子を育むとよい……私とお前の子を、な」

 

「……まおう、さま……」

 

 最後に呟いた言葉が、膜の中で泡となって消えていく。

 

 ああ、なんて幸せな──

 

 全身を駆け巡る幸福と心地よい熱に包まれながら、私の意識は静かに、静かに──眠りへと沈んでいった……。

 

 ───

 

 オコメが、黒い何かに包まれて天へと昇っていく。

 やがて、オコメが視認できなくなったのとほぼ同時に、“その人物”がゆっくりと振り返った。

 

 先ほどまで背を向けていたその人物は、全身黒ずくめのマントに包まれていながら、その下は、完全に裸だった。

 

 胸は、柔らかく重そうに膨らんでいる。

 ヒナちゃんのそれよりも大きく、揺れるたびに色気と暴力が混じって空気を裂く。

 

 しかし、視線を下げた先には──男性器が、厳然と、存在していた。

 美しさすら宿したそれは、異様なまでの存在感を放っている。

 

 長く流れる漆黒の髪が、風に舞う。

 腰にまで届くその髪は、まるで黒い炎のように、静かに宙を焦がしている。

 

 顔は、白い仮面で覆われていた。

 口元は、一切見えない。が、目元の奥は青く輝いていた。

 

(……強いわね)

 

 そう思った瞬間、背筋がぞわりと震えた。

 理性が告げている。

「危険だ」「警戒しろ」「逃げろ」と。

 

 でも──

 

 ……子宮が疼く。

 

 女としての私の身体が、勝手に震えていた。

 

 この存在と、交わりたい──そう告げてくる。

 

 遺伝子が、叫んでいる。

 

(この人の子を孕めば、強い子が生まれる)

(私の血を残したい)

(私という器を使って、あの“力”を継がせたい)

 

 なんて、浅ましい──なんて、獣じみた衝動。

 私はそれを全力で否定する。

 爪が掌に食い込むほどに拳を握り、理性をかき集めて。

 

(私は、ここで死ぬかもしれない)

(愛する人を、失うかもしれない)

(強い子孫を残したい訳ではない……私は、愛する人との血を残したい)

 

 思考がようやく冷めはじめる。

 熱に浮かされた肉体を冷やすように、冷静な眼差しを周囲へ向けた。

 

 ヒナちゃんは、魔王を警戒しながらも、カオルの前に立っていた。

 その背中には、迷いがなかった。

 どれだけ傷ついても、カオルを守るという意志を物語っていた。

 

 カオルは、ヒナちゃんの背に隠れるようにして立っていた。

 それでも、魔王からは目は逸らさない。

 

 恐怖に震えていても、カオルは──立ち止まってはいなかった。

 私は、二人を見て……ふっと、息を吐く。

 

(二人とも、大丈夫。私はあの二人のために……)

 

 いつでも抜けるように、刀の柄に手を添える。

 

(私は、どうなってもいい……全力で、二人を守るわ!)

 

 いつの間にか、子宮の疼きが消えていた。

 自分でも驚くほど冷静さを保っている。

 

 私は今、女としてではなく、戦士としてここに立っている。

 二人を守るため──たとえ、この命が散るとしても。

 

(クロ……私が倒れたら、あとは任せたわよ…………)

 

 カオルの隣に立つ、クロの姿を見て私は安心した。

 

 あの子は、全力でカオルを守ってくれるだろう。

 たとえ、自らの命を散らせたとしても……。

 

(ッ!?)

 

 魔王がゆっくりと私たちを見据える。

 

 私、ヒナちゃん、クロ。

 そして──カオル。

 

(えっ!?)

 

 刹那、魔王の視線がカオルに吸い寄せられる。

 それまで静謐だった空気が、ほんの一瞬で、ざらついた“何か”に変わった。

 

 その存在は、確かに“王”だった。

 そして今、その“王”の興味が、カオルに向けられた。

 

「ずっと、この時を待っていた……」

 

 隆起した男性器の先端から液を滴らせながら、魔王は静かに言葉を告げる。

 

「勃起を差し出せ。そうすれば、お前たちに危害は加えないと約束しよう……」

 

「ふざけないで! お兄ちゃんは絶対に渡さない!!」

 

「カオルは、私が命に替えても守るわ!!」

 

 魔王の言葉に、ヒナちゃんとクロが言い返す。

 私は深呼吸をして、腰を落とし、刀の柄にもう一度、手を添え──同時に、肉分身に命令を送る。奴を、倒せ……と。

 

(私が、必ず、守る!! 二人とも、たとえこの身が滅びようとも……)

 

 心の中で呟いた瞬間、魔王の瞳が妖しく輝いた。

 

「……そうか。では……」

 

 魔王の姿が霞のように消えて──。

 

(ッ!?)

 

 目の前に魔王が現れた。

 両手には、私とクロの肉分身の首が握られていた。

 

「心の通っていない、人形に、用は無い……」

 

 その腕に、血管が浮き上がる。無表情の肉分身たちの首がどんどん締まって……。

 

「私の子に触るなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 クロが飛び出すのが、見えた。

 

(バカッ!!)

 

 クロの目前で、分身たちの頭は、身体から離れて、灰に還る。

 そして……。

 

「うぐぅ!?」

 

 クロの盾攻撃をやすやすと躱した魔王は、クロの身体を拘束していた。

 

「漏らすなよ……そそられるではないか…………」

 

 クロの太腿の間から、魔王の男性器が伸びていた。

 それを伝って、黄色い液体が、地面に降り注いでいる。

 

(クロ……バカね……でも、よくやったわ…………あなたは、カオルを守った)

 

 この距離なら……届く。あの、魔王まで…………。

 

 ──クロごと、一刀両断可能だ。

 

 あの子も、覚悟は出来ているだろう……私が彼女に最初に教えた事…………。

 

『あなたは、カオルを全力で守りなさい。そして、いざとなったらカオルのために死ぬのよ』

 

 クロの顔を見る。最初は戸惑っていたが、やがて──。

 

 私に対して微笑むと、瞼を閉じる。

 何処からか、風が吹き、クロの漆黒のリボンが揺れた。

 

(クロ……許しは請わないわ。カオルのために、死んで頂戴……)

 

「カオル……愛している……ごめんなさい…………」

 

 クロの言葉と同時に私は右手に力を込め、鞘から刀を引き抜き、魔王目掛けて切りかかった……。

 

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