「カオル……愛している……ごめんなさい…………」
微笑みを浮かべて目を閉じたクロを見て、俺は咄嗟にクロに向かって飛び出していた。
クロがもう、遠い所に行ってしまうような気がして……。
視界の端に光を放つ何かが映った瞬間、衝撃と共に、俺の視界は真っ暗になる。
顔に感じる柔らかい感触。
心地よい温もりと匂い。
下半身に押し付けられている熱くて硬い感触。
「カオルッ!?」
この声は、ユキか? クロか? ──それとも2人か?
「……カオルちゃん、痛い所は無い? 大丈夫!?」
頭の上から、女性の声が聞こえる。
俺の事を“カオルちゃん”と呼ぶのはただ1人……。
「……あ、アンタもしかして……」
ヒナの声に、俺を抱擁する力が強まる。
狂おしい程の、弾力、匂い、熱……。
相変わらず、視界は真っ暗なままだが、顔に感じるこの柔らかい感触は初めて味わうものではなかった……。
「……お前…………まさか……?」
俺の言葉に、抱きしめる力が一層強くなる……。
───
一瞬の出来事で何が起こったか理解するのに時間が掛かった。
クロちゃんが、魔王に捕まって、犯されそうになったところをお兄ちゃんが飛び出して──いつの間にか、クロちゃんは解放されて、お兄ちゃんは魔王に捕まって……。
魔王の右腕は掌から肩まで裂けていて、血が噴き出している
ユキちゃんの刀が、魔王の肩口まで喰い込んでいた。
もう少し先まで進んだら、お兄ちゃんの首に達していただろう。
「「カオルッ!?」」
ユキちゃんの言葉は、刀を持つ手と同じく震えていた。
花の上に投げ出されたクロちゃんも同様だ。
噴き出した血が、白い花を真っ赤に染め上げていた。
それでも、魔王は平然としていて、お兄ちゃんを抱いていた。
もしかして──魔王がお兄ちゃんを守った!?
「……カオルちゃん、痛い所は無い? 大丈夫!?」
魔王の口から出たその声を聞いた瞬間、私の股間が“ヒュンッ”ってなった。
(何……これ…………?)
生まれて初めて味わう感覚だ。オチンチン……ではない。タマタマが刈り取られるような……。
──そして、聞き覚えがある……声…………。
「……あ、アンタもしかして……」
股間が、縮こまるのがハッキリとわかった。
この人に……本能が怯えている……。
目の前で、お兄ちゃんに迫った刀を、自らの腕を犠牲にして守り、お兄ちゃんを抱きしめている魔王……。
魔王の顔を覆っていた仮面が、静かに花の上に転がった。
その顔を、私は知っている。
──ああ、やっぱり……。
魔王は…………。
……
「お姉ちゃん、ヒナ、いつになったらお姉ちゃんみたくおっぱいが大きくなるのかな?」
そう言って、私は、湯船の中でお姉ちゃんのおっぱいに手を当てる。
幼い私の手には収まりきらない大きいおっぱい……私なんてまだ、ペッタンコなのに、
ズルい……。
「うーん、ヒナちゃんが中学生くらいになったらかな?」
「えー! そんなに先なの!? ヒナ、早くお姉ちゃんみたくおっぱい大きくなりたいよ!」
「大きければいいってものじゃないよ? 小さくたって、いいじゃない?」
「やだ! ヒナはお姉ちゃんみたくなりたいの!! 優しくて、可愛くて、何でもできて、おっぱいも大きくて、それに……」
「……それに?」
「ヒナも、大きくなったら、お姉ちゃんみたくオチンチン生える?」
右手で、お姉ちゃんのオチンチンを握る。
私はお姉ちゃんのフニャフニャしているオチンチンを弄るのが大好きだった。
「……それは…………」
お姉ちゃんが困った顔をして私を見ている。
私も、お姉ちゃんと同じように、オチンチンが欲しい……。
「ヒナ、姉ちゃんをあまり困らせるなよ……風呂、まだ、掛かりそうか?」
浴室の扉の向こうに影が映り、お兄ちゃんの声が聞こえた。
私たちがお風呂から出るのを待っているようだ。
(あれっ!?)
左掌……真ん中に少し硬いけど、柔らかい突起が当たる。
私の右手の中で、お姉ちゃんのオチンチンが硬く、大きくなって……。
お姉ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまった……。
「ごめんね! もう少しで出るから、待ってて!」
お姉ちゃんの言葉を聞いて、お兄ちゃんは行ってしまった。
「さあ、ヒナちゃん、そろそろ出るわよ」
「やだ! もう少しだけ、いいでしょ? お姉ちゃん、大好き!!」
そう言って、お姉ちゃんに抱きつく。
お姉ちゃんの心臓がドキドキしていて、呼吸もなんだか早い。
あの頃の私は、お姉ちゃんに何が起きたのかわからなかった。
私は、お姉ちゃんが大好きだった。
憧れていた。
目標だった。
でも──
私が小学校低学年になった頃、お姉ちゃんの様子がおかしくなった。
笑顔が消え、目は虚ろ。
私が話しかけると一瞬だけいつもの笑顔が戻る。けれど、それは……まるで絵のような悲しい笑顔だった。
「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」
「ううん、大丈夫だよ。……ヒナちゃん、心配させてごめんね」
優しくて、私を気遣ってくれる声は変わらなかった。
お姉ちゃんに抱きしめられて、私は、“たまたまかな? ”などとまだ能天気だった……。
いつからだろう。
お姉ちゃんは学校に行かなくなった。
部屋から出てこなくなった。
食卓に姿をあらわす事もなくなり、お姉ちゃんは部屋で一人でご飯を食べていた。
お姉ちゃんの姿を見なくなって、数か月たったある日、夜中にトイレに起きた。
我慢の限界だったので、私はお姉ちゃんの部屋の隣のトイレを目指した。
『ヒナ、2階のトイレはもう使うな。1階のトイレを使え』
お兄ちゃんにそう言われたのを思い出す。
トイレの扉の前に立った時、トイレの中からすすり泣く声が聞こえた。
たぶん、お姉ちゃんだ。
もう、漏らしそうだったけど、お姉ちゃんが入っているのならしょうがない。
私は、物音を立てないように、静かに1階へ向かおうとして……。
「──誰か、助けて…………」
お姉ちゃんのか細い声だった。
かすれていて、苦しそうで、まるで……どこかに沈んでいくような。
私は反射的にドアノブに手をかけていた。
(ダメ、って言われた……)
お兄ちゃんの言葉が頭をよぎる。
だけど、それよりも、私は──お姉ちゃんの声が、怖かった。
あんな声、聞いたことなかった。
「お姉ちゃん……?」
鍵はかかっていなかった。
私は、そっと扉を開けた。
「ッ……!?」
目に飛び込んできたのは、トイレの床に散らばる薄い本。
どれもこれも、表紙に裸の女の人が写っていた。
(……なに、これ……?)
便座に座っていたのは、お姉ちゃんだった。
くたびれたネグリジェを着たまま、俯いていて、その顔は、長く伸びたボサボサの髪に隠れて見えない。
そして、見てしまった。
お姉ちゃんの両腕。
無数の、細くて赤黒い線。
数えきれないくらい、傷が並んでいた。
「お姉ちゃん! お腹痛いの!? お兄ちゃん呼んでくるね!?」
今日は、パパもママもいない。
家にいるのは、お姉ちゃんと、お兄ちゃんと、私の3人だけ。
駆け出そうとしたその瞬間、私の腕を誰かが掴んだ。
ギュッと強く。
伸び放題の爪が、皮膚に食い込んで、少しだけ痛い。
「……大丈夫。カオルちゃんを……起こさないで……。お姉ちゃんは……出ないだけだから…………」
(……出ない……?)
振り向いた私は、息を呑んだ。
お姉ちゃんが、顔を上げる。
(……ッ!? お姉ちゃん……!?)
目の下には大きなクマ。
頬は痩せこけて、皮膚が骨に張りついているみたいだった。
唇はひび割れて、乾ききってガサガサ。
開いた口の奥からは、黄ばんだ歯が覗き、どこか腐ったような匂いがした。
(ウソ……これ、お姉ちゃん……?)
あまりの変わりように、私は尿意すら忘れて、その場に立ち尽くしていた。
お姉ちゃんが視線を下げた先には、大きく膨らんだオチンチンがあった。
オチンチンも、両腕と同じように細くて赤黒い線だらけだった。
「……出ないの。どうしても……出ないのよ…………」
お姉ちゃんの声はかすれていて、笑っているのか泣いているのか、わからなかった。
その右手には──ナイフが握られている。
銀色の刃が、ゆっくりと動く。
刃先が、傷だらけのオチンチンに近づいていく。
「お姉ちゃん!? やめて!!」
私は右手をお姉ちゃんに向かって伸ばし、叫んだ。
「触らないで!!」
その瞬間──
お姉ちゃんに掴まれていた手に、ギュッと強く力が込められた。
爪が皮膚に食い込み、思わず声が漏れる。
「いたっ……!」
けれど、次の瞬間。
右の手のひらに、鋭い痛みが走った。
私は、驚いてその場に尻もちをつく。
右手を見ると──
小さな、赤い線。
ナイフの刃が、ほんの少しかすめたらしい。
じわりと、血が滲んでくる。
「……ッ!」
痛みと恐怖がごちゃまぜになって、頭が真っ白になった。
股間がじわっと温かくなって──
私は、お漏らししていた。
「ヒナちゃん!? ごめん! 私、なんてこ…………あ? ……は? はぁぁぁぁん……!?」
私の顔に、熱い何かが掛かった。嗅いだ事のない、匂い……。
気が付くと、私のパジャマが白い液体まみれだった。
お姉ちゃんは血走った目で私の掌の血を見ている。
その股間には、ビクビク震えているオチンチンと、その先端から垂れる白い液体……。
私は、怖くなって──泣き出した。
声を出すこともできず、震えながら、ただポロポロと涙がこぼれていく。
そのとき、トイレの中に、お姉ちゃんの声が響いた。
「……そう……そうだったのね……」
最初はかすれた独り言だった。
でも、それはすぐに──
「あ、あはっ……あはははははははは!!」
笑い声に変わった。
狂ったように、大きな声で笑っていた。
でもその笑いは、楽しそうでも、嬉しそうでもなくて……どこか、壊れた人形が繰り返す音のようだった。
私は、耳を塞いだ。でも、笑い声は止まらなかった。
……
お姉ちゃんは私の手を引いて、お風呂場まで連れていってくれた。
シャワーで体を流してくれて、パジャマも着替えさせてくれた。
手の平に、絆創膏も貼ってくれた。
私は……嬉しかった。
怖かったことも、泣いたことも、どこかへ飛んでいった。
“お姉ちゃんが、戻ってきてくれた……”
そう思った。
お姉ちゃんは、タオルで私の髪を拭いてから、階段を登り、私の部屋の前で立ち止まる。
「ヒナちゃん、トイレは私が片付けておくから……もう、寝なさい」
「……うん」
本当は言いたかった。“今日は一緒に寝よう”って。
でも、なんだか、言えなかった。
扉を閉めようとした、そのときだった。
「……私の大切な本を汚したのは、許すわ。ヒナちゃん、明日からよろしくね……」
お姉ちゃんの声が、背中越しに聞こえた。
言葉の意味は、よくわからなかった。でも私は──嬉しかった。
だって、可愛いお姉ちゃん。いつも笑っていたお姉ちゃん。優しくて、頼りになる、大好きなお姉ちゃん。
あのお姉ちゃんが──戻ってきたんだ。
……そう、思ってた。
──翌日から、お姉ちゃんは、私を虐待するようになった……。
毎晩、お姉ちゃんは無言で私の部屋に来て、手を引いて自分の部屋へ連れていく。
部屋の中は散らかっていて、床には前にトイレで見たような薄い本がたくさん落ちていた。
表紙の女の人たちは、裸で、苦しそうにしていた。
机の上には蝋燭が並び、その真ん中に、何か……気持ち悪い像が置かれていた。
よく見えないけど、目がたくさんあって、歯がむき出しで、オチンチンのような……夢に出てきそうな像だった。
炎に照らされたお姉ちゃんの顔が、まるで別人のように見えた。
「さあ、ヒナ……お祈りしましょう」
お姉ちゃんの声は、いつもと同じくらい優しくて、でも氷みたいに冷たかった。
私たちは、机の前に跪く。
「マーラー様……御身に感謝を。灯に血を、純潔を捧げます。この身、この心、この子宮を……すべて、あなたのために……えっと……」
私の声がつかえて止まった、その瞬間──
「“嘘偽りはありません。逃げません。拒みません。私は、あなたの子を宿すための器です”……でしょ!? ヒナ、何回間違えるのっ!」
お姉ちゃんの声が鋭くなった。
その瞬間、全身がビクッとなって、私は小さく震え出す。
「……今日も、お仕置きが必要なようね」
お姉ちゃんの目が、蝋燭の炎を反射して、異様に輝いていた。
……
「クソヒナ……クズヒナ……どう? まだ、わからない?」
お姉ちゃんはきっと笑っている。けれど、その笑顔の奥にあるのは、氷みたいな冷たさだと、私にはわかる。
私はうつ伏せのまま、息を整えることもできず、ただ小さく震えるだけだった。
「お姉ちゃん……ごめ……なさい……」
声はもう、かすれていて、自分でも聞き取れなかった。
(……ごめんなさい……お姉ちゃん……)
パンッ!!
鋭い音とともに、お尻に熱が走った。
「さあ、そろそろ仕上げにしましょう。ねえ、ゴミヒナ……」
お姉ちゃんの言葉に、身体が跳ねる。
また、あれが来る……。
「……また、漏らしたの? まぁいいわ。悪い子にはお仕置きが必要ね。右と左……どっちがいい?」
「やだ……やだっ、お姉ちゃん、許してぇぇぇ!!」
次の瞬間、右のお尻に、何かが触れた──鋭くて、冷たいもの。
そして、熱、激痛。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
泣きじゃくる私の背中に、熱い何かが降り注ぐ。
「ふぅ……ふぅ…………ヒナちゃん、お仕置き汁が出たわ……綺麗にしたら、部屋へ戻りましょう」
少し息が荒いけど、優しいお姉ちゃんの声が聞こえた。
その後、背中を濡れたタオルで拭かれ、お尻には絆創膏が貼られ、部屋に送られる。
「ヒナちゃん、今日も頑張ったね。……また、明日」
私を見てニッコリと微笑むお姉ちゃんは、見た目はだいぶ変わってしまったけど、私が大好きで、憧れたお姉ちゃんだった……。
毎晩、毎晩……私はお姉ちゃんの部屋へ招かれ、暴言を浴び、身体を傷つけられ、血を流して……お姉ちゃんがお仕置き汁を出す手助けをしていた。
──でも、私は我慢できた。信じていた……。
お仕置き汁を出した後のお姉ちゃんは、優しかった。
いつか、あの頃のお姉ちゃんが戻ってくるなら、私はいくらでも痛い目に遭っても、我慢できる。
そう、思っていた……あの日までは…………。