「お姉ちゃん……お願い……」
私は震えながら、お姉ちゃんの目を見る。
お姉ちゃんはゴミを見るような目で私を睨みつけていた。
「ダメよ、ヒナ。……あと、たった15分。我慢しなさい」
(ムリ!! ……ムリだよぅ……)
──お姉ちゃんの部屋。
窓には厚手の黒布が釘で打ち付けられ、昼間なのに夜みたいに真っ暗。
天井の照明は外されていて、部屋の片隅に転がっている。
唯一、私の前後左右少し離れたところに置かれたローソクの炎だけが、ゆらゆらと部屋の輪郭を照らしていた。
ローソクの灯りに照らされている壁には、文字なのかマークなのか、よくわからないものがびっしりと描かれている。
全部、赤黒い色で……お姉ちゃんの腕にある無数の傷と同じ色だった。赤インクで書いたと信じたい……。
本棚にはボロボロの洋書が並んでいる。タイトルは読めないけど、お姉ちゃんが言うには『召喚』『呪い』『魔術』に関する本らしい。
本棚の上には大きなガラス瓶が並んでいて、蛇、大きなカエル、歯がトゲトゲの狂暴そうな魚、赤ちゃんみたいな何かが濁った液体と一緒に入っている。
部屋の傍らの床にはトイレと同じく薄い本が散らばっていて、どれもこれも女の人の裸が表紙に描かれていた。
ベッドの上には黒い薄い布が敷かれていて、その上にはよくわからない道具が置かれている。
その一つはお姉ちゃんがお仕置き汁を出す時のオチンチンとそっくりだった。
そんなお姉ちゃんの部屋の中央。
私の足元のフローリングには白いチョークで魔法陣が描かれている。
その中心には洗面器が置かれている。
私は今、下半身を丸出しにされて、その洗面器の真上にしゃがみ込んでいた。
目の前には、お姉ちゃんが“サタン様”と呼んでいる黒猫のはく製が置かれ、ガラスで出来た目がじっと私を見ている。
汗が、頬を伝って顎まで垂れて、床に落ちた。
お姉ちゃんの部屋に招かれたとき、私は甘い匂いのする飲み物を渡された。
「祝福の薬よ」と言われ、断れずに口にした。
そのあと「清めの儀式だから」と、大量の水を飲まされた。
そして今、私は……必死に耐えている。
震える膝を抱えて、洗面器の上で。羞恥と恐怖と、圧倒的な尿意に。
私の目の前に立つお姉ちゃんの手には包丁が握られている。
その刃には、不気味な骸骨と紋様が刻まれている、お姉ちゃんのお気に入りの一本だ。
「あと14分よ。ヒナ、よく頑張ってるわ。……偉い子ね。褒めてあげる」
お姉ちゃんは優しく微笑んで、ゆっくりと腕を差し出してくる。
その手が私の頭に触れ、ざらりとした指先で乱暴に撫で回した。
ぐしゃぐしゃと、まるで毛布をかき乱すように。
「お姉ちゃんっ……!?」
思わず声が漏れる。
その振動が、頭から背骨を通って、下腹部まで響いた。
──膀胱が、震えた。
堤防の亀裂が一気に広がる感覚。全身に鳥肌が立った。
(やばい、もう、もうだめっ……!)
両脚に力を込める。でも膝が震えて、腰が抜けそうになる。
目の前の“サタン様”のはく製が、冷たい視線で私を見上げている。
お姉ちゃんの手は、まだ私の頭にある。
(お願い、止めて……そんな撫で方しないで……っ)
私は、下唇を噛みながら、懸命に限界のフタを押さえ続けていた。
ぷしゃぁぁぁぁぁぁ……。
それは、自分でも驚くほどの音と勢いだった。
熱くて、恥ずかしくて、止まらない。
オシッコが、勢いよく目の前の“サタン様”のはく製に飛びかかり、洗面器には滝のように降り注いでいった。
部屋に広がっていく、ツンとしたアンモニアの匂い。
ローソクの灯りに照らされた空間が、まるで地獄の釜のように感じられた。
「サタン様に、何をするの!!」
お姉ちゃんの悲鳴のような怒声が響く。
鬼のような顔で包丁を投げ捨てると、慌てて剥製に駆け寄り、布で乱暴に拭きはじめた。
「ご、ごめんなさいっ……! お姉ちゃん、許して……!」
私はしゃがんだまま泣き叫んだ。
でもお姉ちゃんは、私を見ようともしない。
「許すわけ、ないでしょ……ゲロヒナ。あなたには……きついお仕置きが、必要みたいね」
その声は、冷たく、そしてどこか嬉しそうだった。
布で黒猫の剥製を丁寧に拭きながら、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
その股間ではオチンチンが、どんどん大きくなっていく……。
私は、これから何をされるのか想像もつかなくて……怖くて……。
「うわぁぁぁぁ!! お姉ちゃん!! ごめんなさい、ごめんなさい、許してええぇぇ!!」
叫びながら、私は床に手をついて泣いた。
でも、お姉ちゃんはその声にも振り向かない。
静かに剥製を拭き続けながら、「もうすぐよ……」と、小さく呟いた。
泣き叫ぶ私の耳に、コン、コン……と、軽いノックの音が聞こえた。
一瞬、時間が止まったように感じる。
「フンッ!」
お姉ちゃんが鼻を鳴らし、立ち上がると、黒いネグリジェを身に纏う。
後ろ手に何かを隠したまま、部屋の鍵を開け、ガチャリとドアを開けた。
「……ヒナの声が聞こえたけど?」
それは、お兄ちゃんの声だった。
私は咄嗟に叫んだ。
「お兄ちゃん、ヒナを助けて!!」
声は震えていたけど、出せてよかった。希望の光みたいに、喉の奥からやっと出てきた。
だけど──
「カオルちゃん、見ての通りヒナが私の部屋でお漏らしをしたの。これからお仕置きをするのよ。わかったなら、さっさと帰って」
「お仕置きって……何をするつもりなんだ?」
お兄ちゃんの声が低くなる。
「これで、呪いを掛けるつもりよ」
お姉ちゃんは平然とそう言いながら、後ろ手に隠していたものを見せる。
……包丁だった。
ギラリと、ローソクの火を反射して、鋭く光った。
“呪いを掛ける”というお姉ちゃんの言葉が怖すぎて、私はもう一度……。
下半身から、生温かい液体が洗面器にポタポタと落ちていく音がした。
「ごめんなさい! お姉ちゃん、許してえっ!!」
私はガタガタと震えながら、それでも足を動かせない。
これ以上こぼしたくなくて、動けなかった。
怖くて、恥ずかしくて、でも逃げられなくて──。
「また漏らしたの? ヒナ、覚悟は出来ているでしょうね?」
お姉ちゃんの声は、氷みたいに冷たく響いた。
そのときだった。
「……俺が、ヒナの代わりに罰を受ける」
お兄ちゃんの声が、部屋に響いた。
静まり返った空気の中で、その言葉はとても強くて、まっすぐで、私の胸に突き刺さった。
(お兄ちゃん……?)
私は顔を上げた。
お姉ちゃんも、黙ったままお兄ちゃんを見つめていた。
部屋のローソクの火が、ぼう、と少しだけ揺れた。
──そこからのことは、断片的にしか覚えていない。
私がしゃがみ込む魔法陣の前で、……お姉ちゃんはお兄ちゃんの腕を取って、無言のまま包丁で切りつけた。
じわりと滲んだ赤い血。それを見たお姉ちゃんは、笑いながら──そのまま、舌を這わせた。
(なに……してるの……?)
お姉ちゃんは、血を指先で掬い取り、自分のおっぱいやお腹、お尻に、オチンチンにぐちゅ、ぐちゅと塗りつけはじめた。
火の揺れる薄暗い部屋で、笑いながら、自分の身体にお兄ちゃんの血を塗りたくるその姿は──まるで悪魔だった。
お姉ちゃんの肌が、粘土みたいに別の何かに変わっていくように見えた。
(夢……? 違う……これ、ほんとう……?)
その間、私はただ、洗面器の上で動けずにいた。
涙も声も出ない。ただ震えながら、目をそらすことしかできなかった。
股間からまた、生暖かい液体が零れる。
やがて、お姉ちゃんは恍惚とした表情で、身体を震わせ──ネグリジェの股間の部分が膨らんでいて、ビショビショに濡れていた。
足元の床にも何かが垂れている。
(お仕置き汁が出たんだ……優しいお姉ちゃんに戻ってくれる……)
そこで私の意識は遠くなっていった……。
……
「お兄ちゃん、ごめん……ごめんなさい……」
私は泣きながら、震える声で謝った。
あんな目に遭って、お兄ちゃんにまで酷いことをさせて……。
でも、お兄ちゃんは優しく笑って、私の頭をそっと撫でてくれた。
「気にするな。……怖かっただろ? 今日はもう、寝ろ」
撫でてくれる手は、あたたかくて、でもどこか痛そうだった。
うす暗くてよく見えないけれど、お兄ちゃんの右手の甲には、血が滲んだ大きな絆創膏が貼られていた。
──あのあと。
お兄ちゃんは自分で応急処置をして、私の身体を優しく洗ってくれた。
お風呂の湯気の中で、お兄ちゃんの手はどこまでも丁寧で、安心できた。
その後、ママが用意してくれていた晩ごはんを一緒に食べて、「今日は怖いから、一緒に寝たい」と言った私に、お兄ちゃんは「いいよ」と、すぐに頷いてくれた。
今、私はお兄ちゃんのベッドの中にいる。
隣にいるお兄ちゃんの体温と、懐かしい匂いに包まれて、昔みたいに心が少しだけ、やわらかくなる。
「お兄ちゃん……パパとママには……」
言いかけた私に、お兄ちゃんは目を閉じたまま、ぽつりと呟いた。
「……内緒だぞ」
その一言が、胸に沁みた。
誰にも言えない、言ってはいけない夜の出来事。
でも、お兄ちゃんは──私を守ってくれた、私の味方だ。
「それはそうと、オネショするなよ」
「し、しないよっ!? ……だけど……」
私は思わず強く返してから、声を小さくする。
……急に、不安になった。
あんなに怖い目にあったんだから、もしかしたら、本当に──。
「お兄ちゃん……オネショしないおまじない、して? 小さい頃、よくしてくれてたでしょ?」
恥ずかしいけど、言わずにはいられなかった。
お兄ちゃんは一瞬きょとんとした後、ふっと優しく笑った。
そして静かに起き上がる。
「よし、じゃあ……ヒナのお腹に、おまじないのキス」
そう言って、私のパジャマをめくって、お腹に軽く口づけをしてくれた。
あたたかくて、ちょっとくすぐったい。
私が懐かしい感触に浸っていると、突然、電流が流れたようにビクッと身体が勝手に跳ねた。
「ヒナ!? 大丈夫か? 痛かったか!?」
お兄ちゃんが慌てて、私の肩を掴む。
私は、自分の身体が勝手に跳ねたことに驚いて、言葉が出なかった。
「……わかんない。痛くは、ないの。でも……なんか……ビリってした……」
自分でも、うまく説明できない感覚だった。
あたたかいはずのお兄ちゃんのキスのあと、お腹の奥の方で、何かがピリッと走ったような……。
(……あれ?)
ビリッとした感覚のあと、心が、少し温かくなった気がした。怖いはずなのに、不安なはずなのに、どうしてか──。
お兄ちゃんの顔を見たとたん、胸がぎゅっと苦しくなった。涙が出そうになる。でも、なんでかわからない。
(お兄ちゃん……かっこいいな……)
いつも優しくて、頼りになって、誰よりも私を守ってくれる。今日だって、あんなに怖かったのに……助けてくれた。血まで流して、私を守ってくれた。
──その時、ふと、頭に浮かんだ。
(……将来、私、お兄ちゃんと……結婚したい……)
思い浮かべた“未来”は、とても自然で、とても幸せなはずだった。
でも、ほんの少しだけ──それが“自然”じゃないと、どこか心の奥が警鐘を鳴らしていた。
けれど、私はその違和感に気づくことなく──布団の中でお兄ちゃんの腕にそっと手を伸ばした。
「……お兄ちゃん、大好き……」
ささやくように呟いて、私はそのまま眠りに落ちた。
お腹の奥では、まだ微かにピリピリが残っていたけど、それも心地よくて、温かくて……。
……
その翌日から、私はお姉ちゃんの虐待を受けなくなった。
お姉ちゃんの虐待のターゲットは、お兄ちゃんに変わったからだ。
お姉ちゃんは、まるで私には興味がないかのように振る舞い、代わりに──お兄ちゃんに対して、異常な執着を見せ始めた。
一方、私もお兄ちゃんと過ごす時間が増えた。
朝起きた時、夜ごはんの時、お風呂のあと、一緒にテレビを見るとき……。
ふとした瞬間に、お兄ちゃんと目が合うだけで、胸がキュッとして、息が止まりそうになる。
最近、夜はお兄ちゃんの部屋で過ごすし、たまにはお兄ちゃんと一緒のベッドで寝たりもする。
お兄ちゃんと一緒にいるだけで、私は幸せだった。それなのに……。
ドアが開いて、お姉ちゃんが、お兄ちゃんの部屋に入って来た。
「カオルちゃん、さぁ、行きましょう……」
そう言ってお兄ちゃんの手を引く。
「やめて、お姉ちゃん! お兄ちゃんに何をするの!?」
「ボロヒナは黙ってて! 今は儀式の途中なの」
お姉ちゃんの目は、どこか虚ろで、焦点が合っていなかった。
それでもお兄ちゃんは、私のほうを見て、小さく笑ってみせる。
「……大丈夫だから、ヒナは部屋に戻ってろ」
そう言って、お兄ちゃんはお姉ちゃんと一緒に部屋を出て行った。
私は、何もできずに部屋に戻った。
自分のベッドに潜り込むけど、胸が苦しくて、眠れなかった。
今夜も、パパとママの帰りは遅い。
お姉ちゃんはお兄ちゃんにひどい事をして、お仕置き汁を出す気だろう。
お兄ちゃんはお姉ちゃんと2人きりで……。
お姉ちゃんは、私のお兄ちゃんを……。
微かに、お姉ちゃんの笑い声が聞こえた。
(……怖い……)
だけど、それ以上に、私の中で疼いていたのは──
(……羨ましい)
その感情に気づいた瞬間、自分がとても悪い子になった気がして、涙が出そうになった。
しばらくして、私は部屋の外に出た。
静まり返った家の中。廊下の先にある、あの部屋の前。
扉は、閉じられている。
私は思わず耳を当ててみた。
「もっと早く……カオルちゃん……」
「……っ、もう限界だって……やめてくれ……」
お兄ちゃんのかすれた声。お姉ちゃんの恍惚とした息づかい。
(いや……いやだ……)
私は、もうその場に立っていられなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、息が詰まりそうで、思わずそのまま、自分の部屋に駆け戻った。
ベッドに飛び込んで、枕を強く抱きしめる。
「お兄ちゃん……っ、助けてよ……お兄ちゃん……!」
嗚咽が漏れる。涙が止まらない。
私は、ただ幸せでいたかっただけなのに。あたたかい場所にいたかっただけなのに──
(どうして……ヒナじゃダメなの……?)
『貧乳のチンチクリン! オシッコ臭いから私に近寄るな!! ブス!』
お姉ちゃんに言われたひどい言葉を思い出す。
大好きだったお姉ちゃん。
今ではもう、私からお兄ちゃんを奪う、世界一嫌いな女になっていた。
(ヒナから、お兄ちゃんを奪うなんて……許せない!!)
その夜、私は泣きながら眠った。
その涙は、お兄ちゃんと一緒にいられない寂しさ、お兄ちゃんを奪われた悔しさ、そしてお姉ちゃんへの憎悪が混じり合っていた。
……
あの死ぬほど嫌いなお姉ちゃんが、私たちの前から消える日は唐突に訪れた。
「
ある日の早朝、お兄ちゃんの叫び声で目を覚ました私は、お兄ちゃんの部屋に駆け付け、扉を開けた。そこには……。
お兄ちゃんが、ベッドの上で後ずさりしていた。
そして、お兄ちゃんの視線の先には……いつもの黒いネグリジェを着たお姉ちゃんが座り込んでいた。
項垂れていて、顔は見えない。
「お、お姉ちゃん! お兄ちゃんの部屋で何をしているのよ!?」
私は思わず怒鳴った。
私のお兄ちゃんの寝込みを襲うなんて、許せない……。
「……」
様子が、おかしい。
お姉ちゃんがゆっくり、顔をあげた。
「ッ!?」
お姉ちゃんの目には光が無く、焦点も合っていない。
お尻の下には水たまりが出来ていて……おそらくお漏らししたのだろう。
ブツブツと何かを言っているが、聞き取れなかった。
その後、パパとママもやってきて大騒ぎになった。
結局、お姉ちゃんは理由はわからないけど、完全に壊れてしまって、遠い所にある施設に入院する事になった。
そして、ようやく邪魔者がいなくなった私は、お兄ちゃんと結婚するために行動を開始した。
兄妹は結婚できない事を私が知ったのは、それから数年後の事だった。
悲しみに明け暮れる、とても辛い日々だった。
食事も喉を通らず、体重も減って、お兄ちゃんが心配するほどに……。
何かあったのか聞かれても、私はお兄ちゃんに言う事ができなかった。
“お兄ちゃんと結婚できない”からだって……。
でも、ある日気づいた。
私の人生の目標は、“お兄ちゃんと結婚する”ことだった。
でも、結婚は紙とハンコだけの話だ。
大事なのは“お兄ちゃんと家族になること”。兄妹ではなく、夫婦として。
だったら──
お兄ちゃんの赤ちゃんを産めばいい。
それができれば、私はお兄ちゃんと特別な絆で結ばれる。
たとえ法律で禁止されていても……。
(お兄ちゃんの赤ちゃんと、産んだ私とお兄ちゃんは“家族”だよね……?)
私の目標が“お兄ちゃんと結婚する”から“お兄ちゃんの赤ちゃんを産む”に変わった瞬間だった……。