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目の前に立つ三人に、私は必死に笑みを貼り付けていた。
笑わなければ、崩れてしまいそうだったから。
カオルの手から白い光が世界を覆い、視界がぐらりと揺らぐ。
次の瞬間──三人の姿は、跡形もなく消えていた。
私は、呆然としていた。
本当に、行ってしまった……。
……もう、笑みを浮かべる理由なんて、どこにもなかった。
視界がにじみ、頬を熱いものが伝う。
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
嗚咽が勝手に漏れ、涙は堰を切ったように溢れ続けた。
「カオル……ユキ……ヒナ……!」
声が震え、胸が締め付けられる。
消えた三人の残像を掴もうと、必死に手を伸ばすが、指先は虚空を切るばかりだった。
空っぽの世界が、残酷なほど冷たい。
絶対に言ってはいけなかったはずの言葉が、唇からこぼれる。
「いや……いやだ……! 置いていかないでよ! ずっとそばにいてよ!!」
嗚咽混じりの叫びは、やがて絶叫に変わった。
「カオルッ! カオルゥゥゥゥ!!!」
声が枯れても、喉が裂けても、涙は止まらなかった。
……
どれほど泣き続けただろう。
気づけば、あたりはすっかり薄暗くなっている。
最愛の人と、大切な家族を……私は同時に失った。
胸の奥にぽっかりと穴が空き、そこから何もかも抜け落ちていく。
生きている意味さえ、もう分からない。
涙はとうに枯れ果て、頬は冷たく乾いていた。
……いっそ、このまま消えてしまいたい。
……そのとき、不意にカオルの言葉が頭に浮かんだ。
昨日──カオルと過ごした最後の夜。
身体を重ね終わったあと、私を抱き寄せながらカオルは静かに言った。
『一人になっても、変な事は考えないでくれ。クロには……ずっと、笑っていてほしい』
あの声が、今も耳の奥で響いている。
泣き腫らした目を閉じると、温もりまで思い出せそうで……余計に胸が痛んだ。
私は必死に笑顔を作ろうとする。
けれど、頬は強張り、唇は引きつり、笑みにはならない。
カオルが、ユキが、ヒナが……傍にいてくれるだけで自然と零れていた笑顔。
もう、誰も、どこにもいない。
あの温もりはもう、感じることができない。
(……私、もう……一生、笑えないのかもしれない……)
胸の奥がひどく空っぽで、怖くなる。
まるで、心そのものを失ってしまったみたいで……。
「…………クロ様」
背後から、澄んだ声が響いた。嗚咽に濡れた耳にも、はっきり届く声。
ゆっくりと振り向くと、そこには眩い光を纏った女性が立っていた。
女神──テンプレー。
カオルたちを元の世界に戻した時から今まで、ずっと私を見ていたのだろう。
「よくぞ、ここまで辿り着きました。塔の試練を乗り越え、魔王を撃ち滅ぼしたその勇気、賞賛に値します。褒美を与えましょう」
私は声も出せず、ただ見つめる。
テンプレーは静かに微笑むと、言葉を続けた。
「あなたを元の世界へ送り返すことは、私にはできません。けれど……私の力の及ぶ限り、あなたの願いをひとつ、叶えましょう」
私の心が、歓喜に染まる。私は唇を開いた。
「……カオルを……もう一度、ここに──」
言いかけて、息を呑む。胸の奥が、痛む。
(私のために、カオルをもう一度召喚して……この世界に縛り付ける? そんなの……間違ってる……)
拳を握りしめ、首を横に振った。
それでも、胸の奥の渇きは消えない。
どうしても、どうしても、どうしても、どうしても、どうしても──。
一緒にいたい。
──そのとき、ふと思いつく。
「……私の、願いは…………」
───
一か月後──恋人たちのコテージ
静かな夜、私はソファに腰を下ろし、そっとお腹に手を添えた。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
ベッドから聞き慣れた声がして、私は思わず頭を上げる。
そこにいるのは、筋肉質のスキンヘッド男──男の子になったヒナだ。
「……うん?」
ヒナの腕を枕にして、女の子になったカオルがヒナに抱きついている。
真っ白な脚が、浅黒い脚に絡みつき、まるで離れたくないと訴えるようだった。
「元の世界に戻ったヒナとお兄ちゃんは、エッチしたかな?」
ヒナの言葉に、私は戸惑いながら尋ねる。
「この世界に来る前、二人はエッチする直前だったんでしょ? 記憶を消して元の世界に戻ったんだから、そのまま、その……続きをするんじゃないの?」
「……ごめんね、クロちゃん」
「え……?」
「約束、破っちゃった。元の世界に戻るとき……記憶を消して、って言われたけど……できなかった。どうしても……クロちゃんのこと、忘れたくなかったから」
胸の奥が、熱くなる。
驚きと、こみ上げる嬉しさが入り混じって、喉が詰まる。
「ヒナ……」
名前を呼ぶだけで、涙がにじみそうだった。
「ヒナが俺のことを好きなのは……真央の呪いのせいだろ?」
カオルの声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「呪いは消えたんだ。記憶を残して帰ったとしても……もう、その気持ちも……薄れているんじゃないか?」
カオルが、そっとヒナの厚く、逞しい胸をなでる。
その仕草は、なにかを確かめるようで、どこか不安げだった。
「それは……無いと思う。……きっかけは、呪いだったかもしれないけど、今はもう、そんなの関係ないんだ」
「……」
「呪いが消えた今でも、ヒナは……お兄ちゃんが愛おしくてしょうがないよ。これは、私の本心……」
ヒナはそう言うと、カオルに口づけした。
カオルの腕は、そっとヒナを抱きしめる。
まるで、その想いを確かめ合うように。
「……だから、ヒナ、戻ったらお兄ちゃんとエッチすると思う。クロちゃんに会えなくなって、大泣きしながら、お兄ちゃんに慰めてもらうの。……避妊はちゃんとするから、安心してね」
「避妊? してただろ? ゴムを付けていたじゃないか……?」
「あっ!」
カオルが不思議そうに首をかしげると、ヒナは少し気まずそうに目を逸らした。
「……お兄ちゃん、今だから白状するけど、あのコンドーム、穴があいているの……」
そしてヒナが申し訳なさそうに語り出す。
カオルにおなにー? をさせないために、わいふぁい? というものを使えなくしたこと。
うさぎありす? のしゃしんしゅう? を捨てたのは嘘で、ヒナが大切に保管して参考資料として利用していること。
媚薬を混ぜたご飯を食べさせたこと。
穴のあいたこんどーむ?を10個用意して、カオルとの初エッチに臨んだこと……。
ヒナの話を聞いたカオルの顔は青ざめている。
「……ヒナ、どうしてそんな事をしたんだ?」
「そんなの、決まってるじゃん。ヒナ、お兄ちゃんの子供……赤ちゃんが欲しかったんだよ。ちなみに、あの日は超危険日だったから、お兄ちゃんがヒナの中に射精したら、高確率で妊娠していたと思う……」
そう言うと、ヒナは恥ずかしそうに頬を染めている。
女の子だったら可愛い仕草かもしれないけど、今の男の姿だと不気味なだけだった。
「ヒナはね、お兄ちゃんの赤ちゃんを妊娠して、お兄ちゃんに責任を取ってもらうつもりだったんだ。内縁の妻ってやつ? ……でも、今は違うよ。この世界に来て、無責任に子どもを妊娠して産むなんて、ダメってわかった。だから、ちゃんと避妊する! 少なくとも、高校を卒業するまでは……」
「……そうか。わかってくれて、よかったよ」
カオルはそう言うと、ヒナの頬にキスをする。
ヒナはうっとりとして目を閉じたけど、次の瞬間、かっと目を見開く。
「……思い出した! ねぇ、アナタ……女神が言っていたよね? アナタとキスした人をこの世界に召喚したって……アナタ、言っていたよね? ヒナとしたキスがファーストキスって。なら、どうしてユキちゃんがこの世界にいるんだろうね? おかしいよね?」
その瞬間、カオルの顔が引きつる。
ヒナに腕枕されているもう一人の影──カオルに抱きついているユキの腕に、力がこもったのが見て取れる。
「ヒナちゃん……誤解しないで。私とカオルはそんな関係じゃないの! ……私の方から、強引にキスしただけなのよ」
「おかしいじゃん! なんでお兄ちゃんがユキちゃんとキスしているの!? どうせエッチな事もしていたんでしょ!?」
ヒナの目が、鋭く光る。
カオルがユキを見つめる。
ユキは小さく頷く。
「ヒナ、初キスだと嘘をついてすまない。あの日、俺は、ユキに告白したんだ……。見事に玉砕したけどな……」
「ヒナちゃん、私はあの日、カオルに告白されたの。すごく、嬉しかったわ。思わずキスしてしまうほど……。でも、ヒナちゃんとの約束があったから……カオルを振ったわ」
ユキは静かに語り出した。
「……もし、元の世界に戻ったら……翌日、私からカオルに告白するわ。……本当に嬉しかったのよ」
カオルが目を見開いてユキを見つめる。
「そして……もしカオルが受け入れてくれるなら……抱いてほしい。ふしだらな女と思われるかもしれないけど、私は、ずっとカオルと繋がりたかった。大好きなカオルだから、身も心も一つになりたい……それが……私の本当の気持ち……」
カオルは静かにユキを抱きしめた。
その仕草には、言葉以上の想いが込められていた。
ユキはカオルの胸に顔を埋めながら、小さな声で言った。
「……でも、約束して。カオルが、誰よりも私を大切にしてくれるって。浮気なんて……絶対にしないって」
カオルは頷き、強く抱きしめる腕に力を込めた。
ユキの言葉を聞いた瞬間、ヒナの顔が悲しそうに歪む。
「……そっか。浮気を許さないってことは……ヒナはもう、お兄ちゃんと……エッチはできないんだね…………」
声は震え、目の奥に涙が滲んでいた。それでもヒナは、無理に笑みを作ってみせた。
「……うん。わかってた。でも……やっぱり、ちょっとだけ……寂しいな」
重苦しい空気の中、ユキが静かに口を開いた。
「……そして、もうひとつ条件があるの。生涯で、一人だけ……私と同じくらい大切で、同じくらい愛せる女性と関係を持つことは……浮気にはあたらないって事にするわ」
ヒナの瞳が大きく見開かれる。
ユキは微笑みを浮かべながら、視線をヒナに向けた。
「私も、ヒナちゃんと一緒。……記憶を消さずに元の世界に戻るわ。だから、ヒナちゃん……私たち三人、家族になりましょう」
ヒナの唇が震え、何かを言おうとしても声が出なかった。
代わりに、ぽろぽろと涙が頬を伝う。
カオルがそっと二人を抱き寄せ、三人の影が一つに重なった。
……
──その後も三人は語り続けた。
結婚はいつするのか。どんな挙式をしたいか。どんな家で暮らすのか。そして、どんな未来を築き、どんな家族になりたいのか。
笑ったり、涙ぐんだりしながら、まるで夢を描くように、話し合っていた。
三人の会話を聞いていると、自然と笑みがこぼれる。
(やっぱり、三人いないとダメだよね)
あの時、私がした選択に間違いは無かった。
三人と一緒にいるから、私は幸せだし、何より──
お腹にそっと手を添える。
───
「魂を……コピーして、この世界に召喚することは……できますか?」
女神はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……可能です。ただし、コピーは本物ではないのですよ? 記憶も心も写し取られた“分身”に過ぎません。それでも構わないのですか?」
私は目を閉じ、震える唇を噛みしめた。
涙が滲む視界の中で、カオルの笑顔が浮かぶ。
「……構いません。分身でもいい……一緒にいたいんです」
女神は静かに問いかけた。
「クロ様……誰の魂を望むのですか?」
胸の奥から、即座に名前がこみ上げる。
──カオル。
最愛の人。私のすべて。
「カオ……」
けれど、唇に乗せかけたその名を、必死に飲み込んだ。
カオルだけでは、ダメだ……それなら──。
震える声で、私は言葉を絞り出した。
「……三人。カオルとユキとヒナの魂を……ダメですか?」
女神はしばらく黙り、やがて微笑んだ。
「三人ともですか。──ただし、代償を払う覚悟はありますか?」
私は拳を強く握りしめ、頷いた。
女神は柔らかに微笑みながらも、その瞳の奥には厳しさを宿していた。
「魂のコピーを召喚するなど、秩序を揺るがす願い……。当然、代償が必要です」
私が息を呑むと、女神は三本の指を立てて続ける。
「一つ目──小さな代償。あなた自身の魂を二つに分割し、片方を、元の世界へ送ります。その魂がいつ、どこで、だれに宿るかは不明です。これにより、クロ様は今まで以上に不安定な存在になります。いつ、灰になってもおかしくないでしょう」
「二つ目は──中くらいの代償。クロ様は不老不死ではなくなり、更に寿命を大きく削ります。残された時間は半分、あるいは三分の一になるかもしれません。人間よりも短い寿命になるでしょう」
「三つ目は──最大の代償。召喚と引き換えに、クロ様自身が滅びます。ですがその魂は新たな命に宿ります。カオル様、ユキ様……現在男性なのであり得ませんがヒナ様、誰かの子として、転生可能です。記憶が引き継がれる確率は五分五分でしょう」
女神は静かに手を下ろし、私を見据える。
「──さあ、クロ様。どの代償を払うのですか? 選んでください。今を失うか、未来を削るか、あるいは己そのものを差し出すか……」
私は女神の前で決断を下した。
「…………つ目でお願いします」
───
「クロ? 大丈夫?」
ユキの声に引き戻される。
心配そうに私を覗き込むユキの瞳。
「……うん、大丈夫。ちょっと、考えごとしてただけ」
無理に微笑んでみせると、ユキはまだ納得していない顔をしながらも、そっと私の手を握ってくれる。
ほんの少しだけ不安が溶けていった。
「赤ちゃん、ちゃんと産めるかな……って」
私のお腹の中には、新しい命が宿っている。
ヒナの精子で受精した、カオルの受精卵……。
それを、ユキから教わった方法──子宮おチンポで吸出して、私の子宮に着床させたのは、ちょうど一月前だ。
ユキは驚いたように目を見開き、すぐに優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、クロ。私たちがついてる。あなたは、何事もなく産んで、赤ちゃんもきっと元気に育つわ」
その言葉に、胸の奥の不安が少しだけ溶けていく。
まだ先のことは分からない。でも、今この瞬間、三人と一緒にいられることが、何よりも大切だと感じた。
私はそっとお腹を撫で、ユキの手を握り返す。
「ありがとう、ユキ……」
微笑むユキの下腹部は少しだけ膨らんでいる。
先ほど、先月の私と同様に、カオルの受精卵とヒナの大量の精子を吸い取ったからだ。
順調にいけば、ユキもママになる。
私が出産して一か月後、ユキも出産するだろう。そうすれば、私たちの子供たちは同い年。
私が、無事に産むことができれば……だけど。
「……不安なの。出産した時に灰にならないか。初めて我が子を抱いた時、灰にならないか、初めて授乳した時に……」
私はそっとユキの耳元で、本音を漏らす。
ユキは一瞬驚いた顔をした後、優しく微笑むと、私の手を握りしめた。
「安心して、クロ。灰になったとしても、私はずっとそばにいる。あなたの赤ちゃんは、私が守るわ」
その言葉に、胸の奥の小さな恐怖が、少しだけ和らいだ。
不安は完全には消えないけれど、ユキが傍にいるだけで、未来に希望があると信じられる気がした。
「ユキちゃん、クロちゃん、そろそろ寝ようよ!」
ヒナの声を聞いたユキが耳打ちする。
「今夜は、カオルの隣を譲ってあげるから……たくさん、甘えなさい」
……
ヒナのイビキが響く中、私はカオルに抱きついて、熱を感じていた。
(……熱い)
女の子の身体になって、余計に体温が増したのか……。
(カオル……)
指先で乳首を撫でていると、ツンッと硬くなる。
「んん……クロ…………?」
「……ごめん、カオル。起こしちゃった?」
私が小さな声で謝ると、カオルは少し眠そうに笑って首を振った。
「気にするな。クロ……お前を残して、元の世界に帰ってしまった事、許してくれ……そして、今、一緒にいられる事、俺はとても感謝しているんだ……」
その言葉に胸がじんわり温かくなる。
私は頬を寄せ、カオルの心臓の鼓動を感じながら囁いた。
「カオル……大好き。あなたと出会えて、私……」
カオルの手が私の頭にあるリボンを弄っている。
「……私、なに?」
「ううん、なんでもない……」
そっとキスをして、カオルの胸に顔を埋めて、目を閉じた。
まず、この子を無事に産む。
それから、最低でもあと9人はカオルの子供を産みたい。
時短のために、ビチクアルの街へ行こう。
あの街なら、ひと月に一人、子供を産める。子供を産むためにたくさんの精子が必要らしいけど、今のヒナはいくらでも精子が出るから、精子には困らない。
カオルとヒナは人間だから、早めに若返り……もしくは不老不死になる方法を探さないと。
ずっとずっと、私とユキと一緒にいてほしいから。
それから、そろそろ男の子のカオルとエッチがしたいから、カオルを男の子に戻す方法も探さないと。
ついでに、ヒナも女の子に戻ってもらおう。筋肉質のスキンヘッドはもう、卒業だ。
あとは、遠い未来、ユキとヒナの子供たちが作る王国──絶倫ビッチ王国も早く見てみたい……。
「……カオル、愛してる…………」
そっと呟くと、カオルが私を強く抱きしめる。
「俺も……愛しているよ……」
私は、いつ灰になってもおかしくない。
その事はユキだけに伝え、三人に向けて書いた手紙も託した。
この子を産む前に、この子の分も手紙を書かないと……。
カオルと……いや、この三人と離れること。
それはとてもつらくて、悲しい。
でも、これだけは言える。
さっき、カオルに伝えられなかった言葉。
──私は今、とっても幸せだよ……。