私の目から涙が溢れる……。
私の子宮の中には今、お兄ちゃんがいる。
お兄ちゃんの赤ちゃんではない……お兄ちゃん自身だ。
こんな日が来るなんて……私は幸せだ……。
ユキちゃんが私の様子に気付いたらしい。
「ヒナちゃん?どうして泣いてるの?」
「幸せなの……。お兄ちゃんが今、ヒナの子宮の中にいるの……」
「「えっ!?」」
私の言葉にユキちゃんとリース先生が驚く。
「先生、どういう事なんですか?」
ユキちゃんが慌てて先生に確認する。
「わ、わかりません。とにかく状況を確認しましょう。カオルさん、聞こえますか?」
お兄ちゃんの返事は無い。ユキちゃんは不安そうだ……。
私は握っていたユキちゃんの手をギュッとする。
ユキちゃんが私を見つめる。私は泣きながらもニッコリ微笑む。
ユキちゃんの手を離し、お兄ちゃんがいるところを撫でる。
「ユキちゃん……心配しなくて大丈夫。お兄ちゃんは無事だよ。ヒナにはわかるよ」
不安そうだったユキちゃんの顔は安堵の顔に変わる。
「そうね。ヒナちゃんの子宮内にいるんだもの、無事に決まっているわね」
「カオルさん、聞こえますか?」
リース先生がもう一度声を掛ける……。
『……すまない。気を失っていたみたいだ。どれくらい時間が経った?』
お兄ちゃんの声だ。ユキちゃんは泣きそうになっていた。よほど安心したのだろう。
「2~3分ですね。カオルさん、どうやって子宮に?あなたの大きさでは、子宮口を通り抜けるなんて無理なはずですよ」
『俺はヒナの子宮に……口づけした瞬間に子宮口が大きく開いて……飲み込まれたようだ……。これ、ヒナのスキルか何かか?』
私はスキルなど使っていなかった……。という事は私の身体が勝手に……?
「ヒナ、何も使ってないよ。けど、私の身体が勝手に、お兄ちゃんを子宮に入れちゃったのかもしれない……」
『そうか……』
「カオルさん、魔道具はそのまま口に含んだままでいてください。この様な事態は想定外です。魔道具を出してしまうとアナタが攻撃される恐れがあります。絶対に出さないでください!」
魔道具がお兄ちゃんを攻撃する?
受精機能を無くしたお兄ちゃん……移動機能を無くしたお兄ちゃんを想像してゾッとした。
『わかりました。……ヒナ、出れるか試してみていいか?』
私はアサヒとカオリを産んだ時を思い出して震える……。
震える手でユキちゃんの手を握る……。
「お兄ちゃん、……試していいよ」
私のお腹に激痛が走る!
「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
痛みに耐えられず、声が出てしまう……。
必死にユキちゃんの手を握る。ユキちゃんは両手で私の手を握る……。
少し収まった痛みがまた激痛に変わる!
「あああああああぁぁぁぁぁ!!」
叫ばずにはいられない激痛!涙で視界がぼやける。
「やめて!カオル!無理よ!!ヒナちゃんがどうにかなってしまうわ!!」
ユキちゃんの顔がちゃんと見えないけど泣いているみたいだ。
『ヒナ、大丈夫か?』
「……お兄ちゃん、ヒナ……平気だよ」
嘘だった。アサヒとカオリを産んだ時の100倍痛い……。絶対に無理だった。
「困りましたね。カオルさんに飲ませた薬の効果は1時間なんです……。
効果が切れるまで40分……いえ、残り時間は35分と思ってください。
そして……身体を縮める薬の効果は2時間です。
こちらの残り時間は1時間15分くらいでしょうか」
先生の言葉に血の気が引く……。
「つまり、35分以内にカオルがヒナちゃんから出れないと……カオルは窒息して……。
1時間15分以内にカオルをヒナちゃんから出さないと……ヒナちゃんも大変な事になるの?
……嘘でしょ!?」
このままではお兄ちゃんが死んでしまう!
だからといって私やお兄ちゃんが自力で子宮から出るのは不可能だ……。
なら……方法は1つしかない!!
「リース先生、ヒナのお腹を切ってお兄ちゃんを助けてください」
私は先生に静かに告げる。先生は少し驚いた顔で私を見て、すぐ真剣な顔に戻る。
「わかりました!急いでオペの準備をします。今からだと……ギリギリでしょう。
2度と子供を産めなくなるかもしれません。
性交できない身体になる可能性もあります。
そうなっても後悔しない覚悟はありますか?
最悪……ヒナさんが死ぬ事もあり得ます」
「覚悟は出来ています!先生、お願いします!」
私は即答する。躊躇は無かった。お兄ちゃんの命と比べれば取るに足らない代償だ。
エッチできなくなるのだけは……少し寂しい。
おっぱいとお口と手は使えるだろうからお兄ちゃんの性欲処理はできるはずだ。
私はお豆で性欲処理して貰えばいい。
お兄ちゃんが抱きたくなったら、私の代わりにユキちゃんを抱いてもらおう。
「ダメだよ!?ヒナちゃん!」
『ヒナ!やめろ!やめてくれ!!』
「もうこれしかないよ!私はもう決めた!絶対にお兄ちゃんを死なせないからね!」
この言葉でお兄ちゃんは理解しただろう。
ここからは何を言われようと、私は一度決めた事を変えるつもりは無かった……。
───
私は今手術台に横になっている。
周りのモンスター看護師たちは手術の準備のため、せわしなく動いていた。
私の頭の隣にはリース先生が魔石を置いてくれている。
魔石の向こう側には心配そうな顔をしているユキちゃんが私を見つめていた。
2人に心配かけたくないから平気な振りをしている。けど……。
私は今、恐怖に震えていた……。
子供が産めない、エッチできない、これはまだいい。
最悪……私は死ぬ……。もうお兄ちゃんに二度と会えない……。ユキちゃんにも……。
身体の震えが止まらない……。
ユキちゃんはもちろん、私のお腹にいるお兄ちゃんも気付いているだろう。
(怖い……怖いよ……)
ユキちゃんに向かって手を伸ばすと、震える私の手をユキちゃんは両手で優しく握る。とても冷たかった……。
私は少しでも安心させたくて無理やり笑顔を作る……。
「ユキちゃん……ヒナに何かあったら……お兄ちゃんの事、よろしくね……。
ヒナ、ユキちゃんの事大好きだよ。今までありがとう……」
「……」
ユキちゃんは泣いていて声が出ないのか、懸命に頷いてる。
「お兄ちゃん、ユキちゃんの事、お願いね。
嫌がる事したり、悲しませたり、泣かせたら……ヒナ、許さないよ……。
化けて出てやるんだから……。
……お兄ちゃん……愛してる」
『……縁起でもない事言わないでくれ……。大丈夫だ。俺も愛してる』
お兄ちゃんの言葉が嬉しくて、涙がこぼれる。
リース先生が手術台の横に立つ。
「ヒナさん、準備が出来ました。始めてよろしいですか?」
いよいよ始まる……。怖い!!
「……は、い……」
やっとの思いでリース先生に返答した。
「カオルさんもよろしいですか?」
『はい。大丈夫です!ヒナ、ユキが静かだが、様子はどうだ?大丈夫か?』
私はユキちゃんを見る。
ユキちゃんは私の手を両手で握って、泣きながら……懸命に……微笑んでいた……。
その姿は……まるで……。
なんでこんな時にくだらない事を思い出すんだろう……。ユキちゃんにも失礼だ……。
私は、いつだったか、お兄ちゃんの口から聞いた言葉を思い出していた……。
───
「ヴァーギナーってあの気持ち悪かった女?」
「ああ、そうだ」
お兄ちゃんが珍しくぼーっとしていたので何か悩み事でもあるのか聞いてみた。
なんと、私を殺しかけて、ユキちゃんを酷い目に合わせた女の事を考えていたらしい。
私は少し腹が立った……。
「あの女がどうしたの?」
「あいつの最後は……自分の想い人に愛を伝えて、名前を呼んで……。
……自分の子供を抱きしめ、泣きながら微笑んでた」
「ふーん。それが?」
お兄ちゃんは沈黙する。
私はお兄ちゃんの答えを待っていた。
「……妙に頭に焼き付いていて、ときどき思い出すんだ。あの最後の姿は……。
……綺麗?……いや、違うな……。
…………美しかった……」
「……!?」
お兄ちゃんは何を言っているのだろう?
あんな気持ちの悪い女が綺麗?美しい?
性欲が溜まって頭がおかしくなってるの?
それとも……あの女の事を……。
───
「……ヴァーギナー」
つい、口から出てしまった。あの気持ち悪い、憎むべき女の名前だ。
『ヴァーギナー?』
「ごめん、お兄ちゃんの話を思い出して、つい口から出ちゃった……。
ユキちゃんは……すごく綺麗でとても美しいよ……」
きっと、私の言いたい事はお兄ちゃんに伝わっただろう……。
「では、そろそろ始めますね。これからこの注射を打ちます。打つと意識を失いますよ……」
私は腕を消毒される。消毒された箇所がひんやり冷たい……。
もしかしたら、これが私の最後の記憶になるのかもしれない。
私の腕に注射器の針が迫る。私は注射が苦手なので目を逸らし、ユキちゃんを見る。
出来れば……最後の記憶はお兄ちゃんがよかったけど……。
綺麗で美しいユキちゃん……最後の記憶としては悪くない……。
『先生!少し待ってください!!』
頭の横から突然、お兄ちゃんの叫び声が聞こえた。
『ヒナ、“強制出産”は使えないのか?』
「ッ!!コンソール!」
私は急いでコンソールを起動して習得可能スキルをチェックする……。
(“強制出産”、“強制出産”、“強制出産”……)
……“強制出産”は……あった!選択して習得した!
「先生!ヒナは“強制出産”を使ってお兄ちゃんを産みます!」
「ッ!!わかりました。急いで出産の準備をします!
あなた達、手術は中止です。急いで出産の準備をしてください!
ヒナさん、今すぐスキルを使ってください!」
私は股を開いて膝を立てた。
「使います!……強制出産!」
その瞬間……激痛が私を襲った……。
───
「痛い!お腹が……痛いよ!!ユキちゃん!お兄ちゃん!!」
「ヒナちゃん、しっかり!!」
ユキちゃんが私の手を握って励ます。
「陣痛です。カオルさん!子宮口が開いたら急いで出てください。
もうあまり時間はないです!ギリギリですよ!」
『わかりました。ヒナ、俺のためにすまない!頑張ってくれ!』
「ヒナ……がんばってお兄ちゃんを産む!あああぁぁぁぁぁ!」
痛みがどんどん大きくなってくる。
「ヒナさん、子宮口が開ききるまではイキんではいけませんよ!
痛みは逃がしてください」
(無事、お兄ちゃんを産んでみせる!)
私は必死に痛みに耐えた……。
───
「ああああああぁぁぁぁ!痛いっ!痛いぃぃぃぃぃっ!!」
私のお腹の上にはカーテンが引かれてもう下半身の状態は見えない。
カーテンの向こうにはリース先生がいる。
「ヒナちゃん!頑張って!!」
ユキちゃんは私の手を握って励ましていた。
「カオルさん!どうですか!?」
『頭は出ました……もう息が……これが最後です……。
ヒナ……よく頑張った……愛してる……。ユキ……ヒナを頼む……愛して……る……』
お兄ちゃんが手短に私達へ愛を伝えて……静かになった。
「カオルッ!!」
ユキちゃんが叫ぶ!
「ヒナさん!イキんでください!」
「ンンン~~~~ッ!!」
お兄ちゃんの半身が子宮から出た!
「ヒナちゃん!頑張って!」
「ッ!!イキむのをやめてください!全身の力を抜いて!短く呼吸するのです!
ハッハッハッこのリズムです!」
「ハッハッハッハッハッハッ……」
「イキんでください!」
「ンンンンン~~ッ!!」
子宮からお兄ちゃんが出て私の膣内をゆっくりゆっくり膣口に近づいていく……。
お兄ちゃんはピクリとも動いていない……。
(お兄ちゃん……無事でいて!)
「見えてきました!あと少しです!ヒナさん、イキんで!」
「ンンンンンンン~~~~~~ッ!!!」
私のオマンコから……お兄ちゃんが……出た!!
「生まれました!ヒナさん!カオルさんが生まれましたよ!
あなた達!彼の口内から魔道具を取り除いて、急いで酸素吸入を!
そのまま集中治療室へ運んでください!
ヒナさん……よく頑張りましたね……」
カーテンの向こうは見えないが、物々しい雰囲気だった。
私は起き上がってお兄ちゃんの様子を見ようとするが……。
「ヒナさん!いけません!出産直後なので安静にしてください。
あなた達はヒナさんを妊婦用の病室へ!アナタはヒナさんに付き添ってあげててください」
ユキちゃんは泣きながら私の顔を見ていたが、先生の言葉に強く頷いた。
……
私はストレッチャーに乗せられて病室へ運ばれ、ベッドに寝かされた。
ユキちゃんはベッド横の椅子に座り私の手を握っていた。
「ヒナちゃん、よく頑張ったわ……。ゆっくり休んでちょうだい」
ユキちゃんは泣きながら微笑んでいた。
私も微笑み返し……目を閉じて……意識を手放した……。
───
目を覚ますと見覚えのない天井で一瞬混乱するが、徐々に記憶を辿り落ち着く。
私はお兄ちゃんを産んで病室に寝ていた。
室内はもう明るい。窓からは日差しがさしている。
左腕を見ると点滴の針が刺さっている。私は点滴も苦手なので、意識のないうちに処置されて助かった。
右を見るとユキちゃんがベッドの傍らの椅子に座ったまま、自分の腕を枕にしてベッドに突っ伏して寝ている。
相当疲れているのだろう……ぐっすり眠っている。
ゆっくり寝かせてあげたいけど、お兄ちゃんの事が気になってしょうがなかった……。
申し訳ないけど……ユキちゃんを起こした……。
……
ユキちゃんは起きると私に労いの言葉を掛け、ベッドの枕元にある紐を引っ張った。
ナースコールのようなものなのだろう……。
私がお兄ちゃんを産んでから1日が経過していた。
リース先生が来るまでの間にお兄ちゃんの事を聞くが、ユキちゃんも知らないらしい。
ユキちゃんは私にずっと付き添ってくれていたので、その事を深く感謝した。
しばらくして、リース先生が病室に入ってきた。
……
「ヒナさん、気分はどうですか?」
「問題ありません。先生、お兄ちゃんは?」
「カオルさんの命に別状はありません」
良かった……正直ほっとする。
「ただ、残念ながらまだ意識を取り戻していません。現在の状態では面会させる事もできません」
先生の顔が曇る。
「そんな!見る事もできないんですか?」
ユキちゃんが泣きそうになりながら先生に詰め寄る。
「はい。集中治療室には様子を見るための窓もありません。
今回は私の力が至らず申し訳ありません……」
先生が頭を下げるので私達は慌てて頭を上げるよう訴える。
先生に責任なんか無い……それどころか、よくやってくれたと私は思っている。
今回の事態の原因は……私の身体と子宮だ……。
……
私は簡単な検査を受けた。
先生によると私はもう退院してよいとの事だった。
本当の赤ちゃんを産んだ訳ではないのでもう体調も問題ないそうだ。
お兄ちゃんに面会できない以上、病院にいる意味はない。
明日、またお兄ちゃんの様子を聞きに来る旨を伝えてユキちゃんと恋人たちのコテージに帰った。
───
部屋に入った私は、まずユキちゃんに謝った。今回の件について私が悪かったと。
ユキちゃんは……私を責めなかった。今回の件はしょうがない。誰も悪くないと言う。
逆の立場だったら……私はどうしていただろう……。
ボットンベリーに居た頃、ボロボロになったお兄ちゃんを背負って帰ってきた傷だらけのユキちゃん。
私は思いきり怒りをぶつけてしまった……。すぐ謝ったが。
逆の立場なら私はユキちゃんを責めていただろう……自己嫌悪に陥る。
私は最低な女だ……。ユキちゃんみたいになりたい……。
……
1人でお風呂に浸かって思考に耽っている。
直近の問題は明日だ。ユキちゃんも気付いているはずだ……。
明日になってもお兄ちゃんが元気にならなかったら……お兄ちゃんに抱かれる事が出来なかったら……。
明日、私とユキちゃんは……。
ポチャン……
天井から湯舟に落ちる湯気の音が静かな浴室に響く……。