アクエリアンは肩の震えが止まる。そして、ゆっくりと顔をあげてシップーを見上げた。
「す……す…………」
やっと、アクエリアンの口から言葉が出るが、意味がわからない。
俺たちは全員、固唾を飲んで、アクエリアンの言葉に耳を傾けた。
「す……す……す、素晴らしい!! よ、4万歳を超えている! な、何て老女を……何て老女を私に紹介してくれたのですか!? 今日が私の人生で最良の日と断言します! 同志よ! ウタマロ殿よ! か、感謝! 感謝しますぞぉぉぉ!!!」
アクエリアンが早口で叫ぶ!
俺たち全員は呆気にとられた。
「お、おう……よ、よかったな……」
ウタマロがやっとの思いで言葉を発する。完全にドン引きしていた。
シップーは黙って冷たい視線をアクエリアンに向けている。
俺は、泣き叫びたい気分だった……。
『キミの立場が悪くなるような事にはならないから安心したまえ。それに、キミにかけられた呪いを解く手掛かりになるかもしれないよ』
『大丈夫さ。悪いようにはしないよ』
『その通り。私はキミたちともその上に立つ人とも争う気はないんだ。これは……同志の雇い主に対するちょっとした興味? だね』
あのアクエリアンの言葉を信じた俺がバカだった……。
どう考えても、悪い方向に転がる気しかしなかった……。
周りは完全にドン引きしている中、アクエリアンだけは興奮冷めやらぬ様子で言葉を続けた。
「それにしても……惜しい! 見た目が……私の好みではないね。熟成が足りない……いや、未成熟というべきかな? ま、まさか!」
アクエリアンの言葉に背筋が寒くなる。
シップーを見ると、目尻がピクピクヒクついている……もう、俺たちはおしまいだ……。
ユキとヒナにアイコンタクトを送る。
(ユキ……ヒナ……)
(ええ、逃げましょう!)
(お、お兄ちゃん……怖いよぅ……)
ヒナは涙目でガタガタ震えている。
あの様子では、自力で走れるのか不安だった。
(ヒナはユキに抱えてもらって、俺は自力で駆けるしかないか? ユキ……)
(ヒナちゃんは私に任せて!)
ユキが静かに頷く……通じたハズだ……たぶん。
「伝説のロリババアとは貴女だったのですね!! 素晴らしい!! 素晴らしすぎる!!!」
アクエリアンが叫びながら立ち上がる。
その股間にはテントが張っていた。
それを合図に俺たちは逃げ出す準備をした!
「……お主、見どころがあるのう……♡」
「「「えっ!?」」」
シップーの口から思いもよらない言葉が出て、俺たちは思わず声を出してしまった。
シップーは目を細めてアクエリアンを見つめていた。
正確には、アクエリアンの股間だ……。
「こんな規格外の老女を放っておく事など、私にはできない! 出来るはずがない!! 是非! 私の妻に迎えたい……いや、妻になってもらおう!!」
「わ、我にこんなに積極的に迫ってきた殿方はおらんかったぞ……♡」
シップーの顔が心なしか赤い。
まんざらでもなさそうだった。
(もしかして、老女特効が効いているのか?)
シップーを見る。
見た目は、10歳にも満たない少女にしか見えないが、4万歳を超えているという。
これは老女と言えるのだろうか…………。
考えてみたが、答えはわからなかった。
「さぁ、ハニー……。2人で将来の事についてゆっくり語り合おうじゃないか……。キミのベッドで……」
アクエリアンがシップーを抱きかかえる。
ウタマロたちが一瞬殺気立つが……。
「ひゃ、ひゃい♡……お、お主たちはもう下がってよいぞ」
お姫様抱っこされたシップーが扇で口元を隠しながら、ウタマロたちに命じた。
そのまま、シップーはもう片方の手をアクエリアンの首に回す。
アクエリアンが腕の中のシップーを見つめる。
「さぁ、ハニー、私を天に連れて行ってくれ……」
「は、はい♡」
そのまま、2人は天に昇っていく。
シップーが昇っていくにつれ、周りから光が失われ、残されたのは暗闇とそこに呆然と跪く俺たちだけだった……。
ドチャッ……
安堵のあまりかヒナはその場で崩れ落ちた……。
……
「た、助かったのか?」
ヒナを介抱するユキを横目に、思わず呟いてしまった。
「ボウズ……絶対、お前と奴さんを
見上げるとウタマロが傍に立っていた。
口元に笑みを浮かべながら、俺に向かって手を差し伸べる。
「正直、俺も死を覚悟してたよ……」
その手に掴まり、立ち上がった。
「たは~! 俺の寿命、3年は縮んだわ!」
「しょ、小便チビりそ……いや、チビったっスよ!」
マリーGとヤダマンも集まってくる。
キュウは……白目を剥いて気絶していた……。
「それにしても……姫さんがあんな女の顔をするとはな……初めて見たぜ」
「親方~、今日はもう飲もうぜ!」
マリーGの言葉にウタマロは頷く。
「そうだな……飲まなきゃやってられん! ボウズたちも来いよ」
「ああ、他にも話したい事があるしな。先に行っててくれ」
ウタマロたちは降りて行った。
「ユキ、ヒナの様子は?」
「気絶しているだけね。とりあえず、部屋に戻って寝かせる?」
「そうだな。俺たちも降りよう」
ユキがヒナを背負い、俺たちは下り階段に向かった。
その場に残されたのは、白目を剥いて気絶しているキュウだけだった…………。
───
「なんで酒を買ってこなかったんだ!? 土産に買って来いと言ったじゃねぇか! デカ乳よぅ~!」
「お兄ちゃんとユキちゃんが大変でそれどころじゃなかったんだよ! だいたいそんなベロベロになってたらどんなお酒でも一緒でしょうが!」
「んだとぉ~!」
「これだからアル中はイヤだよ!! ベ~~だ!」
マリーGとヒナの掛け合いを聞きながら、俺はユキの膝の上でヒナがルアーニャから受け取った紙の束に目を通していた。
紙の束にはルアーニャが自身の父である大神官から聞き取ったと思われる、様々な情報が記されていた。
「カオル……どう?」
頭の上から聴こえる声に顔をあげる。
サラシの下のユキの胸の感触が頭に伝わり、心地いい……。
「う~ん……たくさん書いてあるのはありがたいが、胡散臭い話も多いな。例えば、これを読んでくれ。どう思う?」
ユキに紙を1枚手渡す。
そこには2人の妻を持つ男が呪いにより不能になったが、3人目の妻を娶ると呪いが解けて不能が治ったと記されていた。
「……その後、1人目の妻とは1人、2人目の妻とは2人、3人目の妻とは10人の子に恵まれ幸せに暮らしましたとさ。……ってこれは確かに信ぴょう性に欠けているわね……。呪いのせいでその……元気にならなくなったのかもわからないし、元気になったのも新しい奥さんのおかげじゃないかしら?」
まさにユキの言う通りだ。
この事例については呪いよりも心理的な要因によるものだろう。
他の事例についても、本当に呪いなのか? それとも別なのか? 精査した方が良さそうだ。
ヒナが目に入り、ふと想像がよぎる。
「ユキ、仮に……仮にだぞ? 呪いを解くために3人目の妻を迎えたのに、呪いが解けなかったら……どうなると思う?」
俺はチラリとヒナを見る。
「……修羅場ね」
ユキも同じ事を思ったのかヒナを横目で見ながら答えた。
ユキは読んでいた紙を俺に返すと、ぎゅっと抱きしめてきた。
「カオル……3人目のお嫁さん、欲しい?」
「要らない…………。ユキとヒナが居れば、俺は十分だよ」
「……そっか」
俺を抱きしめる力が、少し強くなった気がした。
ユキの手を解いて、ユキと正面で向かい合う。
そっと、ユキの背中に手を回して抱きしめた……。
「ユキ、不安か?」
「カオルの事、信じているけど……」
ユキは躊躇いがちに俺の背中に手を添える。
「不安じゃないと言ったら噓になるわ……。アクエリアンさんを見たでしょ? あんなに奥さんを愛していると言ってたのに……」
アクエリアンには2人の愛する妻とその子供がいる。
でも、先ほどあっさりとシップーを新しい妻として迎えたいと言い、2人で天に昇っていった……。
今頃、お愉しみ中だろうか?
「俺は彼とは違うよ。それに……彼の性癖はちょっと特殊だからな。奥さんたちへの愛が無くなったわけじゃないと思う……たぶん」
ユキは不安そうに俺を見つめる。
「ユキやヒナを悲しませるような事はしないよ」
「うん……」
ぎゅっと2人で抱き合っていると……。
「ちょっと!? お兄ちゃん! ユキちゃん! そんなところでイチャイチャしないでよ!?」
「あっしも恋人が欲しいっスよ~」
「おうおう! デカ乳、妬いてんのか? このままじゃ捨てられるのも時間の問題だな~! ギャハハ!」
ヒナとヤダマンの声が聞こえ、それにマリーGが参戦する。
マリーGは完全にデキあがっているようだ。
「なっ!? そんな訳ないでしょ!! それにアンタ! なんてヒドイ事を言うのよ~!! このアル中!!」
「……デカ乳、顔が真っ赤だぞ?」
「お、親方まで!! もういい! グレてやる~~!!」
ヒナがテーブルの上のジョッキを手に持ち、一口飲む。
「ヒナ! バカッ!?」
急いで止めようとすると……。
ヒナはブ────ッ! と口に含んだ酒を噴き出す。
「ニガ~イ!! 何これ!? こんなの飲めないよ!!」
ヒナは涙目でジュースを飲み干した。
ウタマロたちはそんなヒナの様子を見て笑っている……。
俺とユキも思わず噴き出してしまう……。
ヒナが顔を真っ赤にして叫ぶ!
「みんなして……え~い! もう~~~!!!」
「デカ乳、おめぇにはまだジュースがお似合いだよ。どうせすぐ成長するんだ。そん時は一緒に飲もうや……」
ウタマロが笑みを浮かべながら酒をあおった。
ヒナの怒鳴り声と皆の笑い声が響く中、夜は更けていった……。
───
「では、ウタマロ殿、キュウ君を借りていくよ」
「おう! 頼んだぜ! キュウ、行儀よくしてんだぞ!」
「親方……嫁と……セックスが……フ~~……フ~~……」
「おいおい! 大丈夫か!?」
「心配っスね~」
翌朝、塔の入り口で、俺たちはアクエリアンと完璧に発情しているキュウを見送っていた。
シップーとマリーGの姿は見えない。
アクエリアン曰く、シップーとは今朝、熱い別れを済ませたとの事だった。
マリーGは……酔い潰れてまだ寝ているのだろう。
アクエリアンは……塔の建設に協力してくれる事になった。
塔が高くなればなるほど、シップーが成長する事を知ったアクエリアンは無償での協力を約束したらしい。
『早く年相応に熟成したハニーを見たい! 触れたい! 抱きたい! 孕ませたい!!』
先ほどまで、腰の前にテントを作って熱弁するアクエリアンに、俺たちはドン引きしていた……。
ちなみに、まだ行為はしておらず、シップーとは婚約者という関係に収まっている。
『あんな未成熟な状態のハニーの操を奪うなんて、私にそんな事が出来る訳ないじゃないか!? 私の手で最高の熟成老女に仕上げた時……私たちは結ばれるんだ!!!』
興奮して叫ぶアクエリアンを皆は「大丈夫か……この人?」という目で見ていた……。俺もだ。
「同志よ! しばしの別れになるが、なに、今後は顔を合わせる機会が多くなるだろうし、次に会った時にはゆっくり語り合おうではないか!」
「は、はい、アクエリアンさんも達者で……」
(何を語り合う気なんだ……?)
皆と別れを済ませ、アクエリアンはキュウを連れて塔を出て行った……。
「行っちまったな……。無事、キュウが嫁さんを連れて帰ってきてくれりゃいいが……」
「大丈夫さ。それよりも親方、ビチクエルで名刺を渡してスカウトした人がいるんだが、俺たちが留守にしてた間に来たか?」
「おう! 来たぜ。今頃、仲間を連れてこの街に向かっているんじゃねぇかな?」
ビチクエルでスカウトしたシフのパーティーが来るなら、動ける人材も増えるだろう。
あとは、無事にキュウが戻ってくれば、塔の建設も進むはずだ。
「親方、今日はどうするんだ? 俺たちは何をすればいい?」
「ああ……今日は休みにしようと思ってる。キュウは居ねぇし、マリーGは二日酔いだろうし、俺はコルガとヤリてぇからな!」
「そうか。じゃあ俺たちは自由に過ごしてていいか?」
「おう! ボウズたちも好き勝手過ごしてくれ! ほんじゃ、また明日な!」
手を振りながら、ウタマロとヤダマンは階段に向かっていった。
「お兄ちゃん、どうしよっか?」
「そうだな……ヒナ、何かやりたい事はあるか?」
俺の言葉にヒナは頬を赤く染める。
「お兄ちゃん……それ、ヒナの口から言わせる気?」
何がしたいかは何となくわかった……。
(ヒナに聞いた俺がバカだった……。ユキに聞くか……)
俺はユキに聞こうとユキの方に向くと、ユキは瞳を潤ませている。
聞くまでもなかった……。
(ユキ……お前もか…………)
2人がヤリたい事はわかった。
とはいえ、こんな朝からそんな行為をするのも憚られる。
(困ったな……)
本音を言うと、トラブルのせいでロクに散策できなかったボットンベリーに行きたい。
だが、アクエリアンと鉢合わせると面倒事に巻き込まれそうなので諦める。
ビチクエルの街は入るだけで時間が掛かるのでこれも却下。
塔にある部屋に戻れば、ヒナとユキに襲われるだろう……。
街の外でモンスターなどを狩ってレベル上げをしたいところだが、今の幼児化している俺ではユキに負担を掛けてしまう……。
となると……。
「ビチクアルの街でデートでもするか?」
俺がポツリと呟くと、2人は目を輝かせた……。
───
「お兄ちゃんとデートするのも久しぶりだね! 楽しみだよ~!」
「ええ、本当ね!」
「最近、バタバタしてて、あまり余裕が無かったからな」
3人並んでビチクアルの大通りを歩く。
デートという事で、ヒナはいつものウエディングドレス姿、ユキは忍び装束に着替えていた。
俺は、幼児勇者の恰好だ。
「ユキ、念のため金は預けておくのでいつものを頼む」
「ええ、任せて!」
ユキは全財産が入った革袋を受け取ると、スキルを使用する。
スリにあったらスリ返す“倍返し”スキルだ。
この街でスリにあった事は1度しかないが、念には念を入れておいた方がいいだろう。
……
「お兄ちゃん、ありがとう……。大切にするね!」
「ヒナ、別に俺が買ってあげたわけじゃないぞ。金は俺たち3人の共有財産なんだからな」
「それでも……嬉しいよ!」
ヒナは親指の爪と同じ大きさの金色に輝く宝石が着いたネックレスをうっとりと眺めていた。
俺の首にもヒナとお揃いのネックレスがかけられている。
なんでも、この宝石には呪いを防ぐ効果があるらしく、俺はいずれ戦う事になるであろう、オコメ対策にこのネックレスの購入を決めた。
ユキはネックレスだと戦闘の邪魔になると考え、同じ宝石が着いた腕輪を購入していた。
オコメの呪いにどこまで有効かは疑問だが、何も対策しないよりはマシだろう……。
本来であれば、強力な武具を購入するために金をとっておきたかったが……。
嬉しそうに腕輪をさするユキと、ネックレスを眺めながら瞳を輝かせているヒナを見ると、買ってよかったなと思う……。
2人の幸せそうな表情を見ると、その価値はあっただろう……。
その後、市場で食材を見て歩いたり、武具屋に冷やかしで入ってみたりと俺たちは街の散策を楽しんだ。
……
ビチクアルの東側にある歓楽街前の大通りを歩いていると、酒場が目に入る。
ふと喉が渇いている事に気が付いた。
ヒナもユキも少し疲れているように見えた。
「ヒナ、疲れてないか? 少し休んでいくか?」
「えっ!? 恋人たちの宿で休憩?」
「…………違うぞ? 酒場で何か飲み物でも飲もう」
「えぇ~~! まぁいいよ……」
俺の言葉でヒナはあからさまに残念そうにしている。
「いいじゃない。ヒナちゃん。何か飲んでいきましょうよ」
ユキが微笑みながらヒナを慰めた。
ヒナの性欲にも困ったものだ……少しはユキを見習ってほしい。
「何か飲んでから休憩するんでしょ? カオルったら♡」
ユキは瞳を潤ませている。ヒナと大して変わらなかった…………。
「だから、違うって!」
(……前言撤回)
獲物を狙う獣のような目をした2人を連れて、俺はできるだけ治安の良さそうな酒場に入った……。
───
酒場の中はモンスターたちで賑わっていた。
入って来た俺たちに視線が集まるが、それは一瞬ですぐ仲間たちとの歓談へと戻っていった。
オークやゴブリンといった馴染みのモンスターから見たこともないモンスターまで、様々なモンスターたちが店内にひしめき合っている。
ただ、どのテーブルも穏やかな雰囲気で平和そのものだ。
「初めて来た店だけど、結構混んでるな。席は空いているか?」
空席を求めて店内を見まわしていると……。
「お兄ちゃん! こっちこっち!」
いつの間にか店内の奥の空いてるテーブルの横に立ち、手を振っていた。
ユキと共にヒナが確保したテーブルに向かい、席に着いた。
「何を頼む?」
「私はトマトジュースでいいわ」
「ヒナはオレンジジュース!」
「俺はミルクでいい」
「お、お兄ちゃん……ミルクって? もう! 早く言ってよ! おっぱいならいつでも飲ませてあげるのに♡」
「いや、そういうつもりじゃなくて、単純にミルクが飲みたい気分なんだ! ユキからも何とか言ってやってくれ」
今にも襲い掛かってきそうなヒナから少し席を遠ざけ、ユキの席に近づく。
「ダメよ? ヒナちゃん……こんなところで胸を出す訳にはいかないのだから……あとでゆっくり飲ませてあげましょう♡」
「……」
(ダメだこりゃ)
今日は朝から2人とも脳内がピンクで染まっている。
……俺はもう諦める事にした。
注文を取りに来た店員にそれぞれ飲み物を頼む。
しばらくして飲み物が運ばれてくると、それを手に取り、軽く乾杯をする事にした。
「お兄ちゃん、何に乾杯するの?」
「そうだな……今日は久々にのんびり穏やかに過ごせたし、俺たちの平和に乾杯でどうだ?」
「いいね! お兄ちゃんと一緒に過ごせる時間と、燃え上がる今夜に乾杯っ!」
「ふふっ。ヒナちゃんは相変わらずね!」
俺たちは互いのグラスを合わせた。
口の中にミルクのほのかな甘さが広がる……。
最近、濃厚なヒナとユキの母乳を飲んでいたので、たまにはこういう普通のミルクの味が新鮮だった。
「せっかくだし、何かつまみも頼むか?」
「いいわね。カオル、メニューを」
俺はメニューを取ってユキに渡す。
ユキとヒナは楽しそうにメニューを見ながら、料理を選んでいた。
……
料理が決まったのか、ヒナが店員を呼ぶ。
「おい、ヒナ、メニューをくれ。俺はまだ決めてないぞ?」
「お兄ちゃんの料理はヒナが選んでおいたから安心して♪」
ヒナはそう言って微笑むと、店員の耳元で俺に聞こえないように注文を伝えた。
嫌な予感しかしない……。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
ユキの前には血が滴りそうなレアのステーキ。
ヒナの前にはミートソースパスタ。
俺の前には……お子様ランチが置かれた。
(まじかよ……)
俺は目の前に置いてあるお子様ランチを眺める。
プレートの上にはオムライス、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、ソーセージ、ポテトフライがこじんまりとまとまっている。
オムライスにはケチャップでおっぱいの絵が書かれていて、ご丁寧に小さな旗まで立っている……ヒナが注文時にお願いしたのだろう……。
「お兄ちゃん、よく似合ってるよ! それが今朝の罰ゲーム♪ 写真に残せないのが残念~~!」
ヒナは俺を見ながら、意地悪そうに笑う。
今朝も俺はオネショをしたが、変な格好をさせられなかったし、今日は罰ゲームなど無いと安心していたところにコレだ……。
カメラに撮られなくて本当によかったと思った。
「さぁ、温かいうちに食べましょう」
「いただきまーす!」
ユキの声で食事が始まった。
俺は子供用のスプーンを手に取り、オムライスの一番端を掬い、一口食べる。
(……久々に食べたが、意外とイケルな……)
もう一口食べようとすると……。
「あん♡お兄ちゃんのえっち……」
ヒナが変な声を出すので、手を止める。
頬を染めたヒナの視線の先……オムライスにケチャップで書かれたおっぱいにちょうどスプーンがめり込んでいた。
「…………」
そのまま食べようとしてヒナに嬌声をあげられても困るため、一旦スプーンを置く。
そんな俺の様子をヒナは残念そうに見ていた。
(お前の考えなんて、お見通しだ……)
続いてフォークを握ってエビフライを食べようとするが……。
子供用のフォークで先が丸まっているため、なかなかうまく刺さらない。
フォークで刺そうと四苦八苦していると、隣からフォークが伸びてきて、エビフライを刺す。
「お兄ちゃんったら、何してるの? はい! あ~~ん♡」
ヒナが自分のフォークにエビフライを刺して、俺の口の前に差し出していた。
周りのテーブルから苦笑いが聞こえ、視線が俺に刺さる。
(くそ!)
自分の顔が火照るのがわかった。今の俺はきっと顔が真っ赤だろう……。
ヒナは満足そうに微笑みながら、一切引く様子はない。
「さぁ、早く食べて♡あ~~~ん♡」
俺は意を決して、差し出されたエビフライを頬張る。
「おぉ~~!」
周りがざわめきだし、何故か俺たちに向かって拍手が起きた。
拍手の中、俺は俯き、エビフライを咀嚼した。
エビフライは……とても美味しかった…………。
……
食事が終わり、ヒナとユキは談笑している。
軽くつまみを食べるつもりが、結構ガッツリ食べて満腹だ。
「もう一杯頼もうと思うんだが、何がいい?」
「私はさっきと同じでいいわ」
「ヒナも同じでいいよ!」
俺はミルク以外を頼もうと思い、ドリンクメニューを手に取り眺めた。
(こ、これは!?)
ドリンクメニューのとある部分で俺の目は止まった。
・吸血鬼のワイン
・処女の生き血
・童貞の生き血
・10代の生き血
・20代の生き血
・30代の生き血
……
※種族と性別は店員にお問い合わせください
※アルコール抜きにもできます
(これ、ユキが大喜びするんじゃないか!?)
ユキの喜ぶ顔を想像してワクワクしながら、会話が盛り上がるユキに声を掛けるタイミングをうかがっていた……。
「そこに目を付けるとは、お客さん、お目が高いですねっ!」
突然、背後から声を掛けられ振り向く。
ウェイトレスが立っていて、俺の手の中にあるメニューを三つの目で凝視していた。
大胆に空いた胸元は3つの胸と2つの谷間を強調している。
「この店のワインの取り揃えはこの街イチバン……いえ、この国イチバンなんですよっ!」
ウェイトレスはにこやかに、そして得意げに2つの目でウインクした。
「あっ! 話が逸れてしまいましたっ! これっ、あちらのお客様からですっ!」
そう言うと、ユキの前にワイングラスを置く。
中は真っ赤な液体で満たされていた。
おそらく……吸血鬼のワインだろう……。
(……あちらのお客様?)
ウェイトレスの手の先はカウンターに座る1人の女性客の背中に向けられていた。
(女性か……俺たちが来た時に居たか……?)
長いストレートの金髪に、上下真っ黒のスーツ、背筋はぴんと伸びている。
隣の席に置いてある大きな漆黒のシルクハット……。
そして立て掛けられている黒光りするステッキ…………。
「ッ!!」
その女の正体に気付いた瞬間、全身が粟立った。
俺の様子にユキとヒナも気付く。
「カオル? どうかした? このワインは?」
「お兄ちゃん?」
2人の視線が、俺の視線の先に向けられる。
カウンターの女性はグラスを傾け、赤い液体を口に含む。
俺たちの視線にまるで気づいていないかのように……。
「お兄ちゃん、あの人知り合い?」
ヒナが低い声で俺に問い掛ける。
隣のユキは肩をブルブルと震わせ、瞳の色は白銀から深紅に変わる……。
「ユ、ユキちゃん!?」
明らかに尋常ではないユキの様子に、ヒナは怯えていた。
(マズイ!!)
普段は冷静なユキだが、今は怒りで我を忘れている。
「ユキ! やめろ!」
俺はユキの肩に手を置いて声を掛けるが、ユキは微動だにせず、その女の背中を睨み続けていた。
俺の声が聞こえているのかも怪しい。
グラスの中身を飲み干した女は、カウンター内のバーテンダーと二言三言交わすと、静かに席を立ち、ゆっくり振り向く…………。
忘れようがない顔がそこにあった……。