翌朝、買い物を終えた俺たちは、ビチクアルの街の大通りを歩いていた。
「クロ……」
「何?」
「……その服、よく似合っているよ」
「あ、ありがとう」
深紅のチャイナドレスを着たクロの顔は、ドレスと同じくらい赤い。
特殊な素材で出来たこのドレスは少々値が張ったが、高い防御力を誇るそうだ。
店主曰く、ジャーマン戦車と同じくらいらしい。
それに……。
『すぐ脱げて、すぐ着られるアルよ。これで何処でもサカれるネ』
店主の言葉を聞いたクロは恥ずかしがっていたが、ユキの強い勧めもあり、この服を選んだ。
尚、クロは下着を着けておらず、チャイナドレスの下は全裸だ。
『そういうものなのか?』
『そういうものネ』
『そういうものよ』
店主とユキが言うのだから、間違いないのだろう……たぶん。
むにゅっ♪
クロの柔らかい胸が俺の腕に押し付けられる。
「カオル、大丈夫?」
右腕に抱きつくクロが、俺の顔を心配そうに覗き込む。俺はそんなにひどい顔をしているのだろうか?
「俺、そんなにひどい顔か?」
「「うん」」
左腕に抱きつくヒナの声と、クロの声がハモる。
「カオルったら、昨夜は激しかったわ♡」
背後からはこの顔になった原因を作った女の声が聞こえる。
(ユキは吸血
昨夜はユキにこってりと搾り取られた……おかげで、クタクタだ。
振り返るとユキはお腹をさすっている。その顔は幸せに満ちている。
(ユキが幸せなら、まぁいいか……)
俺はフラつく身体をクロとヒナに支えてもらいながら、病院を目指す……。
……
「どうしてこんな状態になるまで放っておいたのですか!? アナタたち、カオルさんをクスリ漬けにする準備を!」
リースの言葉に看護師たちはせわしなく動く。
「先生、本当にお世話になりました。先生がいなければ、俺はもう死んでいたでしょう。明日、この街を発つつもりです」
俺たち3人はリースに頭を下げる。そんな俺たちにクロは戸惑いながらも、一緒に頭を下げた。
リースには本当に、世話になった。
「先生、無償でサポートして頂きましたが、何か俺たちに出来るお礼はないでしょうか?」
「えっ!? いや、私はヒナさんとユキさんを研究する目的もあったので、お礼なんてとんでもないです! でも……」
リースは右手の中指で眼鏡の位置を直し、真っ赤な瞳をユキとクロに向ける。
「ユキさんとクロさん? でよかったですか? 2人の身体を調べさせて貰えないでしょうか?」
「2人がよければ俺は構いませんが、どうして?」
「研究のためです。あと、ヒナさんの子宮内にある魔道具ですが、バージョンアップさせてください」
「バージョンアップ? まぁ、俺は構いませんけど、ヒナ、大丈夫か?」
ヒナは真剣な顔で頷く。
クロは不安そうだが、ユキに肩を抱かれて決意したようだ。
「では、ユキさんとクロさんはこちらへ……」
2人はリースに連れられ、奥へと引っ込んでいった……。
看護師に点滴の針を刺された俺は、ヒナと2人きりになる。
「バージョンアップって、何をするんだろうね?」
「……わからん。何も起きなきゃいいが」
「お兄ちゃん、そういう事を言うのやめない? ほら? 何だっけ? そういうの」
「フラグが立つ……か?」
「それそれ! ヒナ、不安になるよ」
「すまん。忘れてくれ」
奥から、なぜか、ユキの嬌声が聞こえた。
「何をしているんだろうね?」
「さぁな?」
しばらくすると、今度はクロの嬌声が聞こえる。クロの喘ぎ声はユキより大きかった……。
「気持ちよさそうだね?」
「そうだな……」
「ヒナ、エッチな気分になってきたよ……お兄ちゃん、ここでしちゃおうか?」
「こんな点滴を打っているそばからエッチなんかしていたら、先生に怒られるだろ? ダメだ」
「お兄ちゃんのケチ」
そんな会話をしながら、2人が戻ってくるのを待っていた……。
……
「はい、終わりましたよ。ヒナさん」
リースはヒナのお腹の上に置いた機械を持ち上げる。
この機械により子宮内の魔道具との通信を行い、魔道具のプログラムを書き換えたようだ。
事前にリースより説明があったが、難しすぎて1ミリも理解できなかった。
早口で語るリースを前に、俺とヒナは引きつりながら曖昧な相槌を打つ、相槌マシーンと化した。
「先生、何も感じないけど、何が変わったの?」
ヒナはお腹をさすりながら、リースを見る。
「前回、ヒナさんが妊娠した時の
「新機能?」
「ええ。楽しみにしていてください」
ニッコリと微笑むリースの顔に、ヒナの顔は不安そうだ。
「先生、1つ聞いてもいいですか?」
「ええ? どうぞ」
ヒナは真剣な顔でリースを見つめる。
「答えたくなかったら答えなくていいけど、赤目の半吸血姫の赤ちゃん……これ、先生の事ですか?」
ヒナの言葉にリースは驚愕の表情を浮かべる。
どうやら当たりのようだ。
リースは「他言無用ですよ」と前置きをした上で、自分の出自について語り始めた……。
───
病院を後にした俺たちは、ビチクアルの街の出口を目指して歩いている。
クスリにより、俺の体力はだいぶ回復した……気がする。
「ねぇカオル、この手の傷、治して貰わなくてよかったの?」
俺の右手を握るクロが傷を触りながら、俺を見つめる。
俺はクロと手を離して、右手の甲に残る古傷を眺めた。
3つあったはずの傷はこの世界に来て、いつの間にか2つ消え、残りは1つだけだ。
「先生は綺麗に消せると言っていたが、別にいいんだ。クロ、醜いか?」
左手に抱きつくヒナの力が強まる。俺の言葉のせいだろう。
「えっ! 醜いなんて全然思ってないよ? ちょっと気になっただけ……」
クロはそれ以上詮索してくる事は無かった。
「カオル、次はどこに行くの?」
「ボットンベリーだ」
背後のユキに答える。
「……お兄ちゃん、ボットンベリーに着いたら、別行動してもいい?」
ヒナが静かに聞いてくる。
「ん? ああ、構わないぞ?」
「……」
ヒナはあからさまに元気が無い。その瞳に光は無かった。
悪気が無かったとはいえ、リースとクロのせいだろう。
そんなヒナの様子にクロも気付いたらしく、不安げな表情を見せる。
(リースはともかく、クロには先に言っておけばよかったな……)
今さら後悔しても遅く、自分の浅慮さに腹が立つ……。
「ヒナ」
「……なに?」
「マリーGへのプレゼントでも買うのか?」
「えっ!?」
ヒナの顔が赤く染まる。
「前に酒を買わなかったから、やり合っていただろ?」
「え? あ……。そうだったね。そうだね、うん」
「ヒナ、顔が赤いよ?」
「ちょ!? クロちゃん? ヒナはお兄ちゃん一筋だよ? ……今のところは……」
「今のところ? 浮気する気満々なの?」
「そ、そうじゃないよ!? なんていうか、アイツとは……」
ヒナの調子が戻ったようで安心する。クロも嬉しそうにヒナをからかう。
そこからは和やかな雰囲気のまま、俺たちはビチクアルの街を出て、ボットンベリーへ転移した。
───
「じゃあ、お兄ちゃん、ここからは別行動で!」
「ああ、訓練場で落ち合おう」
「うん、わかった! あ! 不要なアイテムは勝手に売ってもいい?」
「いいぞ」
「ありがとう。じゃあまたあとでね、ユキちゃん、クロちゃん。転移!」
ヒナはカントン寺院のパネルに手を置き、転移していった。
その様子をクロは驚きの表情で見ていた。
「ヒナが!」
「転移したんだ。クロ、俺たちはこのパネルだ。手を触れたまま転移と言えば転移する」
「わかった。でも、不安だから手を繋いでいて」
クロは俺の右手をギュッと握ると、おずおずとあっちの訓練場のパネルに手を置く。
俺とユキもパネルに触れる。
「「「転移!」」」
一瞬にして景色が変わる。
訓練場の受付には見知った顔がある。俺たちが向かうと、向こうも気付いたようだ。
「久しぶりじゃない? 元気だった?」
受付嬢のレセプが満面の笑みで俺たちを迎える。
「カオル、知り合い?」
「ああ」
「あら? 新しい奥さん? って、あれ? 顔が……」
レセプはユキとクロの顔を見比べて混乱しているようだ。
ウタマロたちと過ごしていたせいで麻痺していたが、目の前に同じ人物が2人いたら混乱してもしょうがない。
服装が違い、ユキはマスクをしているとはいえ、中身は同一人物。
解決策を何か考えておこうと心の中でメモする。
「話せば長くなるから省くが、新しい妻のクロだ。クロ、こちらは受付嬢のレセプ」
「は、はじめまして」
「こ、こちらこそ……で、今日は何の用? あ! 私、結婚したからエッチは出来ないわよ?」
「えっ!? あなた、カオルとどういう関係?」
クロがレセプに食いつく。
また余計な事を言いやがったと思い、俺は天井を見上げた。
「どういう関係って……元カノ?」
「じゃあ、カオルとエッチは……」
「してない……。クロ、レセプの冗談だ。元カノも嘘だ」
「もうっ! そんなにすぐバラさないでよ!」
レセプは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「でも、結婚したのは本当……あなたにはお礼をしなくちゃね」
レセプは左薬指の指輪をそっと見せる。
「そうか、おめでとう」
「お礼は私の身体でいい?」
また、レセプの冗談が始まった。
「また今度な。それよりも、訓練メニューを見せてくれ」
「はい、どうぞ」
ニッコリ微笑むレセプから訓練メニューを受け取るとユキと覗き込む。
クロは文字が読めないため、手持ち無沙汰そうだ。
「まず、文字訓練が1つ。あとは……」
俺は必要な訓練を次々レセプに伝えていく。
「そんなに? 結構高いけど大丈夫?」
「ああ、金ならある!」
俺は全財産が詰まった革袋を机の上に置く……。
……
「ユキ、すまない。俺は情けないよ……」
レセプから聞いた金額は目玉が飛び出るほど高額で、俺はいくつかの訓練を諦める事になった。
以前、ユキが受けたがっていた“つよつよマンコ訓練”もその1つだ。
「カオル、いいのよ……気持ちだけ受け取っておくわ」
「カオル、元気だして?」
床に崩れている俺の頭をユキが撫でる。クロは俺の背中を撫でていた。
「イチャついているところ悪いけど、持ってきたよ」
レセプの声を聞いて俺は立ち上がる。
机の上には大量のポーションが並べられていた。
「えーと、文字訓練が1つ、塔士訓練が4つ、あとこれは……」
クロに文字訓練のポーションを飲ませ、俺とユキは片っ端からポーションを飲んでいった……。
……30分後
「飲み過ぎて気持ち悪いわね……」
「ああ……」
俺とユキは受付前の椅子に座り、吐き気をこらえていた。
もっと時間を置けばよかったと後悔したがもう遅い。
途中で気付き、クロを止められたのが幸いだった。
まだポーションを飲んでいないヒナにも警告してやろう。
「飲みながらオナニー禁止って……私、オナニーなんかしないもん……カオルのオチンチンがいいもん」
俺の隣では文字が読めるようになったクロが、手の中にあるポーションのラベルを見て呟く。
……
「お兄ちゃん! おまたせ!」
ヒナの声に振り向くと、一升瓶を抱えたヒナが嬉しそうに俺たちの方に向かってきた。
「あれ? 2人とも顔色が悪いような?」
「……ああ。ポーションの飲みすぎだ。もう少し休ませてくれ」
「ヒナちゃん、ごめんなさい。私も今すぐには動けないわ……あら?」
「うわぁ……ヒナ、大胆!」
ヒナの持つ一升瓶のラベルを見てクロが頬を染める。
「中途半端なのはヒナらしくないし、ハッキリしたほうがヒナは好きだからね!」
「ヒナちゃんらしいわね……」
満面の笑みを浮かべるヒナにポーションを渡すと、クロの隣に座り1本目を開ける。
「クロちゃん、かんぱ~い!」
チン♪ とポーション同士を合わせたあと、ヒナは一気に飲み干した。
「ゆっくり時間を置いて飲んだほうがいいぞ……」
「は~~い!」
一升瓶を大事そうに抱えながら、ヒナはゆっくりポーションを飲んでいく……。
ここで俺は閃いた。
ヒナは不要なアイテムを売り、いくらか金を持っているはずだ……。
俺はどうしても諦めきれない、あの訓練を受けるため、一縷の望みをかけてヒナに聞く。
「ヒナ、金を貸してくれ」
「お金? これ買うのに全財産使ったからもう無いよ? 足りなくてマケてもらったくらいだし」
「…………そうか」
俺は、“少林寺木人拳訓練”が叶わない事を知り、失意のどん底だった……。
───
右ビチクの塔で迎える最後の夜が明け、俺たちは普段の服装で朝礼に参加していた。
冒頭で俺から皆への簡単な挨拶が済むと、いつも通り朝礼が進む。
……
「本日も、よろしくお願いします!」
「「「お願いします!」」」
朝礼を終えたシフたちパーティーが俺たちのもとに来る。
「寂しくなりますね……。皆さん、お元気で……」
「はい、シフさんたちもお元気で……」
シフたちと握手を交わすと、階段へと向かうその背を見送る。
残ったのは俺たちとウタマロ、ヤダマン、マリーGだけ。
キュウはアールが産気付いたとの事でこの場にはいない。
「ボウズ、気を付けてな。必ず戻ってこい……」
「ああ、親方、世話になったな」
ウタマロと握手を交わす。ヤダマン、マリーGとも。
「アル中……これ……」
「俺に!?」
ヒナがラッピングされたプレゼントをマリーGに渡す。
開けてよいかと聞くマリーGに、ヒナは無言で頷く。
「こ、これは……」
「か、勘違いしないでよね! 前にお土産を買ってこられなかったから、その代わりだよ」
「そ、そうか……デカ乳、ありがとう! ……気を付けて行けよ」
「……うん」
ヒナはマリーGとハグをする……。
ユキとクロはヤダマンと握手しながら短い言葉を交わしていた。
……
「じゃあ、行くよ」
「ああ、行ってこい!」
別れを済ませた俺たちは、階段に向かう。
「ボウズ! 必ず帰って来いよ!」
「体に気を付けるっスよ!」
「デカ乳! 俺は待っているからな!!」
背後から元仲間たちの声が聞こえる。
俺たちは振り返らなかった……。
「……バカ」
隣で呟くヒナの声は震えている。
ヒナの腰にそっと手を回すと、ヒナは無言のまま、その手をギュッと握る。
俺たちはそのまま無言で階段を降りる。
用が済んだら、真っ先に戻ってこよう。
俺はそう決意し、右ビチクの塔を後にした……。
───
カオルたちの姿が見えなくなっても、ウタマロたち3人はその場に立ち尽くしていた。
「行っちまったな……」
「ああ、振り返りもしなかったな」
「振り返れなかったんじゃないスか? デカ乳はたぶん、泣いていたっスよ?」
「フン! アイツが泣く訳ないだろ? そんなヤワな女じゃあねーよ」
マリーGの表情は明るい。その目はヒナから贈られた一升瓶に向けられている。
そのラベルには……
“愛人”
と達筆で書かれていた。
「デカ乳のヤツ、よくこれを買えたな……」
「それ、そんな貴重なんスか?」
「ああ、値段も高いが、それよりも……入手困難な幻の酒だぜ、これは……」
天を仰ぐマリーGにウタマロが肩を叩く。
「おい、マリーG……今日は仕事する気にならないだろうから、てめぇはその酒でもかっ喰らって寝ていやがれ! ボーっとしてケガでもされちゃ、かなわねぇからな……」
ウタマロの言葉に、マリーGは首を振る。
「アニキ、俺、しばらく禁酒するわ」
「「は?」」
ウタマロとヤダマンは口をあんぐりと開けて驚く。
「俺は、デカ乳と再会する日まで酒は飲まねぇよ。さぁ、忙しくなるぞ! デカ乳を第34夫人として娶ると約束したからには、33人、嫁さんを作らないとな……そのためには金も必要だ。仕事も頑張らなきゃな!」
「おい!? マリーG? 何言っているんだ?」
「しょ、正気になるっスよ!?」
「俺は正気だ。アイツと約束したんだ。アイツに相応しい男になるため、突っ走るだけだ」
呆れたようにマリーGを見ていたウタマロが笑みを浮かべる。
「そうだな……真面目に仕事してくれるなら、大歓迎だ。だが、デカ乳はボウズに惚れているし、あのボウズが簡単に死ぬようなタマじゃねぇ事、お前も判っているだろ?」
「死ぬよ……」
「え!? どういう事っスか!?」
驚くヤダマンにマリーGは目を閉じ、静かに答える。
「ボウズは人間だ。あっという間に寿命が尽きて、死ぬ。その時、俺はデカ乳を娶るよ」
「なるほど、ボウズはその事まで考えていたのかもしれねぇな……まぁ頑張れよ!」
ウタマロがマリーGの背中をパンッと叩くと、マリーGは目を開く。
その瞳には彼の決意が宿っていた。
「その手があったっスか!? もうデカ乳ゲットも時間の問題じゃないスか! ちくしょ~、あっしは羨ましいっス。あっしも恋人を作るためには、まずは金っスね。こうなったら、今流行りのカジノで……イタッ!!」
「……やめとけ! お前なんざ、ケツの毛までむしり取られるのがオチだ」
ウタマロに小突かれるヤダマンを見て、マリーGは呆れた顔で笑う。
「さてと、俺達もそろそろ行こうや……ボウズたちが戻ってきた時、“俺達が去ってからこれしか進んでいないのか?”なんて言われたら、示しがつかねぇしな!」
「デカ乳をガッカリさせないためにも、ガンガン進めるぜ」
そう言うと、マリーGはヤダマンの肩に手を置く。
「行こうぜ、ヤダマン……」
「それじゃアニキも捕まって……って、アニキ! どこ握っているんスか!?」
「うるせぇ! いいから、さっさとイケ!」
ヤダマンの転移スキルにより3人の姿が消える。
それぞれの決意を胸に、別々の道を歩むカオルたちとウタマロたち。
彼らの未来はまだ見えないが、それぞれの信念が道を切り開いていくだろう。
今はただ、前を向き、歩みを進める……いつか再会できる事を信じて……。
この話で5章は終わりです。読んで頂きありがとうございました。
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