76 お兄ちゃんがヘタレです
ビチクエルの街の中央にそびえ立つ巨大な塔、左ビチクの塔。
別名、帰らずの塔……。
俺たちは塔内1階にある扉の前に立っている。
この扉の先に足を踏み入れ、帰ってきた者はいないという……。
「遂に、この時が来たわね……」
ユキの言葉に皆頷く。
ユキは目深くフードを被っているため、表情は見えない。
同じ顔のクロとの混乱を避けるため、ビチクエルの街に来てからユキはずっとフードを被っていた。
俺は正直、ユキの顔が見えなくて少し寂しい。
『クロの顔を見ればいいのよ……でも、そう言ってもらえて嬉しいわ。ありがとう、カオル』
ユキの言葉を思い出す。
「本当に……戻って来られる、よね?」
「ああ、シップーの情報によると、この塔に居るのはオコメ……アイツとはビチクアルの街で会ったのだから、出られないという事は無いはずだ」
不安そうなヒナの肩にそっと手を乗せる。
「ここに、カオルの赤ちゃんたちが……いるの?」
「ああ、そう……信じている」
クロの言葉にヒナは身体を一瞬硬直させた。
ユキも表情は見えないが、怒りで瞳を真っ赤にしているかもしれない……。
「皆、準備はいいか?」
「ええ」
「うん」
「いいよ! お兄ちゃん!」
扉を開き、俺たちは一歩を踏み出す……。
──帰らずの塔へ。
───
扉の先に広がっていたのは巨大な空間だった。
天井は高く、正方形に広がる大広間。
その中心はステージのように一段高くなっており、床に描かれた巨大な魔法陣が妖しい光を放っている。
ステージへと続く小さな階段の傍らには一脚の椅子とティーテーブルがぽつんと置かれていて、その椅子に座る人影があった。
椅子に掛けるその人物は、優雅に飲み物を口にする。
見覚えのあるその姿に俺たちは身構えた。
ヒナを守るように俺、ユキ、クロが一歩前に出る。
(ッ!!)
隣のユキは殺気を隠そうともせずに放つ。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ♪」
カチャリ
カップをソーサーに置く音が静寂な空間に響く。
その人物はゆっくりと立ち上がり、テーブルの上に置かれた大きなシルクハット手に取り、被る。
(オコメか?)
シップーの情報ではこの塔の最上階に居るとの事だったので、このタイミングで対峙するとは予想外だった。
だが、これはチャンスだ。
ここでアイツを倒す事ができれば、俺たちは登らなくて済む。この、帰らずの塔を……。
今の俺たちは、ユキと同等の能力を持つクロに、シップーから入手した武具もある。
以前のように手も足も出ない、なんてことは無い……そう、信じたい。
武具をいつでも取り出せるよう、ユキとクロに目線を送る。
2人は無言でゆっくり頷き、戦闘の準備を整える。
椅子に立て掛けた漆黒のステッキを握ると、その人物は背筋をぴんと伸ばし、俺たちに顔を向けた……。
(オコメじゃ……ない!?)
その顔は幼さが残る、オコメとは似ても似つかぬ女性の顔だった。歳はヒナと同じくらいだろうか?
服装と雰囲気はオコメを彷彿とさせるものの、決定的に違うところがある……。
「新しい塔士の方たちですね? お待ちしておりました♪」
女は胸元に手を当て、軽く頭を下げる。その姿はどこか優雅な雰囲気が漂っている。
だが、頭を上げたその手の下、圧倒的な存在感を放つオコメの爆乳は存在しなかった。
「あなたは?」
「私の名前はミカ、この塔の案内人です♪」
ミカと名乗る女性は凛とした声で答えるとユキとクロに目を向ける。
「敵対する気はありませんので、ご安心ください♪」
ニッコリ微笑むその顔に、ユキとクロは毒気を抜かれたのか、ゆっくり警戒を解き始めた。
……
「カオル様、ヒナ様、ユキ様、クロ様、以上の4人パーティーという事でよろしいですね?」
ミカと名乗る女性の言葉に俺たちはしっかり頷いた。
彼女は満足そうに微笑むと、手に持つコンソールを操作し、手早く何かを入力している。
彼女の手が止まる。入力が終わったのだろうか?
コンソールを閉じると俺たちをまっすぐ見つめた。
「では、説明させて頂きます♪」
その言葉と共に、彼女はこの塔のシステムについて説明を始めた。
説明中の彼女の笑みに俺はどこか不気味さを感じていた……。
……
「つまり、10階ごとに封印を解かないと、次の階には進めないと?」
「はい、その通りです♪」
「封印を解く方法は?」
「階によって異なる、とだけお答えいたします♪」
「塔の外に戻る方法は?」
「あります。詳細はお答えできません♪」
彼女の説明が一通り終わり、俺は質問するが、殆どが答える事ができないようだ。
俺は一番気になる事を聞く。
「オコメという女を知っているか?」
「その情報は開示できません……」
それまでの口調とは異なり、彼女は冷たく答える。
「この塔の頂上には何がある?」
「その情報は開示できません……」
「魔王を知っているか?」
「その情報は開示できません……」
「この塔内で死亡したら、どうなる? 死体となって外に出られるのか?」
「出られません。この塔内で朽ちていくだけです♪」
口調が戻る。
(まるでNPCだな……)
ミカの最後の言葉を聞いて、クロは不安そうに俺に目を向ける。
俺はクロを見つめ、静かに頷く。クロは少し安堵した表情を見せる。
(誰一人、死なせやしない……)
3人の愛する妻を見て、俺は決意を固める。
「他に質問はありますか? 無ければ、早速2階へと案内します♪」
「断ったら、どうなる?」
「この部屋に入った瞬間から、あなた方はもう戻る事はできません。拒否するのであれば、排除させて頂きます……」
ミカは笑みを崩さない。
どうやら、選択肢は1つしかないようだ。
「では、皆様、魔法陣の上にお立ちください♪」
俺たちは階段を登り、魔法陣の上に立つ。
ミカは椅子の傍らに立ったままだ。手にはコンソールが握られている。
「あなたは行かないの? 案内人でしょ?」
「すぐに会えますよ♪」
ユキに答えるミカの言葉が合図だったのか、魔法陣の放つ光が強くなる。
「あなた達のご活躍をお祈りしています♪ では、しばしの別れを……」
魔法陣の放つ光りはどんどん強くなり、やがて視界が真っ白に染まる。
「カオル!」
「お兄ちゃん!」
左右の腕をクロとヒナが掴んだ瞬間、床が無くなり、落下するような感覚が俺を襲った……。
───
「カオル!」
目を開けると、ユキが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
フードはもう被っていない。
ユキの瞳を見て、安らぎを覚える。
「どれくらい寝ていた?」
「先ほど転移してきたばかりだから、一瞬よ」
身体を起こすと、傍らでヒナを介抱するクロがいた。
先ほどまでの魔法陣があった床とは異なり、ただの石造りの床は冷たく、容赦なく体温を奪っていく。
目の前にそびえる古びた石造りの階段。
その段差は低く、先ほどとは打って変わって天井も低い。
階段の両側は石の壁で阻まれており、大人2人がようやく並んで通れる程度の幅しかない。
光源は一定間隔ごとに壁に埋め込まれた魔石の明かりのみで、薄暗く、やっと数歩先が見通せる程度だ。
「これを……登るの?」
ヒナの声は恐怖に震えている。
もしも1人でこの場に居たら、発狂してもおかしくない不気味さだった……。
「ユキ、クロ、見えるか?」
「ええ、私たちは吸血
「よし、常備光!」
ヒナの胸に手を当て、スキルを使うと、ヒナの胸が輝き出し、あたりは淡い光に包まれる。
「何も無いよりマシだろう。ヒナ、どうだ?」
「……うん、少し怖くなくなったよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「よかった……じゃあヒナ、先頭は任せた!」
「はぁ!? ふざけないでよ!!」
ヒナが物凄い剣幕で俺を怒鳴りつける。胸の常備光が眩しい……。
「お兄ちゃんが先頭になってよ! いつも怖い映画観てたじゃん!」
「あれは映画だからな。俺、こういうシチュエーションには弱いんだよ……」
「お兄ちゃん! 怖いからって、妹であり、愛する妻でもあるヒナに自分の前を歩かせるつもり?」
ヒナは今にも泣きそうな顔だ。
その顔を見て、俺は決心する。
「わかった……ヒナ、俺も男だ!」
「ん、わかればよろしい!」
「……ジャンケンで決めよう」
俺を見つめる3人の目は冷たく、体感温度が5℃ほど下がった気がした。
(負けない! 絶対!)
俺は拳を握り締める……。
……
ジャンケンに負けた俺は、交渉に交渉を重ね、何とかクロと並んで先頭を歩く事で合意した。
俺は今、クロにしがみ付きながら階段を登っている。
額からは輝く常備光で前方を照らすが、光はすぐ先の闇に吸い込まれる……怖い。
後方にはヒナとユキが並んで歩いているはずだ。
「カオル、ちょっと!? くっつき過ぎで歩きにくいよ?」
「すまん! クロ、愛しているからくっつきたいんだ!」
「えっ!? カオル……嬉しい♡」
「クロちゃん、騙されたらダメだよ? お兄ちゃんは怖くてくっついてるだけだよ」
(余計なことを……)
クロは顔色を変え、俺を見つめる。
「カオル、私の事、愛しているって嘘だったの?」
悲しそうな声に俺は申し訳なくなった。
「嘘じゃない。ただ、怖くてくっついていたのも事実だ。クロ、すまない」
クロの瞳は輝き、微笑みながら、そっと俺の腕に自分の腕を絡める。
「怖いなら、こうして歩こう? 私がカオルを守るよ」
(クロ、マジで天使だ……)
クロの言葉に感動し、クロを見つめた次の瞬間、クロは俺の耳元で囁く。
「……もっとくっついてもいいんだよ? カオル、怖いならエッチな事をして気を紛らわせる?」
クロは自分の胸を、俺の腕に押し付ける。
腕に伝わるチャイナドレス越しのクロの胸の柔らかさと、微かに感じる突起は乳首だろう。
俺の鼓動が跳ね上がり、股間に血が集まり硬くなる。クロも気付いたようだ。
「オチンチン、元気になっちゃったね♡私が触っていてあげる♡どう?」
クロが俺の股間をズボンの上から握ると、快感に一瞬、身体が硬直する。
「どう? 気持ちいい?」
「クロ、凄く気持ちいいよ」
「そう、よかった。もう怖くないよ♡ヒナたちには内緒ね♡」
クロは嬉しそうに囁くと、俺の耳元から顔を離した。
そして後ろを振り返る。
「ごめんね。さぁ、行こう!」
クロは前を向くと、腕を組んだまま歩き出す。
もう一方の手は、ヒナたちにバレないように、俺の股間を鷲掴みにしている。
「なんか、お兄ちゃん、落ち着いたみたい。クロちゃん、どんな魔法を使ったの?」
「秘密♡」
不思議がるヒナにクロは振り向き、微笑む。
ヒナは不思議そうに首を傾げていた……。
……
30分程、登っただろうか?
階段を登り切ると少し開けた場所に出た。
進む方向が変わっているので、踊り場なのだろう。
クロはそっと股間から手を離す。少し名残惜しそうだ。
「結構進んだ気がするけど、今は何階かな?」
「そうだな……」
追い付いたヒナの言葉に、俺は壁を照らす。照らされた壁には5F/4Fと記されていた。
「次が5階みたいだ」
「5階に着いたら少し休もうよ。疲れちゃった」
「そうだな」
小休止した後、再度階段を登り始めた。
(ッ!!)
股間をまさぐられた。腕を組んでいるクロだろう。
ズボンの上から股間を優しく撫でたその手は、遠慮なく亀頭周辺を愛撫する。
そして今度はズボンの中に入ってくる。
(クロ、大胆だな……)
ひんやりした指が俺のチンポを握り、しごく。
俺の股間はどんどん熱く、硬くなっていく……。
先端からは先走り汁が溢れ、その汁を時おり指に擦り付けて、またしごく。
俺はたまらず、荒い息でクロの耳元で囁く。
「クロ、ダメだって! 2人にバレる!」
「え? カオル何のこと?」
クロはキョトンとしている。
チンポをしごくスピードがだんだん速くなる。
目の前でこんな顔をしながら、俺の尿道口を親指で押さえつけていやらしくしごくクロのギャップに、徐々に射精感が高まってきた。
「うっ! クロ、手で気持ちよくしてくれるのはありがたいが、流石にマズイ、もう、出そうだ!」
「手? 私の手がどうかしたの? 出るって何が?」
クロは俺の右腕に絡ませた左腕を解き、俺の右手を両手で握る。
そして不思議そうに俺を見つめていた。
(えっ!?)
クロの両手は俺の右手を握っている。では、この股間の手は……。
鳥肌が立つのがわかった。俺のチンポを握っているのは明らかに人の指だ。
だが、クロの手ではない。
俺はゆっくり下を向き、ズボンをずらしてパンツを見る。
パンツの中では何かが激しく動き、俺のチンポをしごいている。
汗が額を伝う。心臓の鼓動が早まる。
おそるおそる……パンツの中を見た瞬間、理性が吹き飛んだ。
「う、うわあああああぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に、俺はその場で転げまわった……。
───
気が付くと、俺は床に寝ていた。
目の前には心配そうなクロの顔がある。
頭の下は柔らかく、どうやら、膝枕されているようだ。
「カオル、よかった……。2人を呼んでくるね」
クロはそっと膝をどけ、床に優しく俺の頭を降ろす。
頭に伝わる感触は柔らかく、石ではないようだ。絨毯だろうか?
クロは俺に背を向け、どこかへと消えていった。
(……ここは、どこだ?)
俺が寝ている部屋は先ほどまでの階段とは違い、広い空間だった。
天井は高く、そこから吊り下がるシャンデリアの光が石造りの壁を優しく照らしている。
(俺は、いったいどうしたんだ?)
何が起きたのか、記憶を辿って……。
(ッ!?)
俺は急いで股間をまさぐった。
パンツもズボンも履いている。
あの、イヤな感触を思い出し、背筋が寒くなる。
と同時に、静寂に包まれたどこともわからぬ部屋に、一人だけでいる事が急に恐ろしく思えてきた。
遠くで物音が聞こえる。それは足音だった。
だんだん、俺の方に近付いてくる。
恐怖のため、身体が硬直し、顔を動かすこともできない。
足音は、いよいよ、俺の頭の傍まで来て、止まる。
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
俺を覗き込むその顔はヒナだった。
安堵のため、一瞬で身体が脱力する
「……ああ」
差し出されたヒナの手を取り、俺は立ち上がった。
ヒナの後ろにはユキとクロもいた。
「お兄ちゃん、あまりヒナを驚かせないでよね。ヒナ、寿命が3年は縮んだよ」
ヒナの話では俺は突然、下半身丸出しになって絶叫しながら転げまわっていたらしい。
落ち着かせようとしてもどうしようもなく、ユキが俺を気絶させ、クロが俺をおぶってここまで運んだとの事だった。
「ヒナ、ユキ、俺の股間を見たか?」
「見たよ。その……すごく元気になってた♡」
「カオル、そんなにエッチしたかったの?」
俺の言葉にヒナとユキは頬を染める。
(見ていないのか!?)
俺の記憶では、思い出すのもイヤだが、パンツの中に俺のチンポを握っている手首がいたはずだ。
クロをまっすぐ見る。
「クロは何か見なかったか?」
「私、暴れるカオルを抑えるのに必死で、何も見てないよ? ごめんね」
「いや、謝らなくていい。あと、運んでくれてありがとう」
「ううん、おんぶしたカオルはあったかくて、気持ち良かったよ」
クロは嬉しそうに目を輝かせる。
そんなクロをユキは羨ましそうに見ていた。
結局、俺以外はあの手首を見ていなかった。
(まさか……幻覚だったのか? いや、しかし……)
あの手の感触を思い出し、俺は身震いした。
「お兄ちゃん、ちょっと見てほしいものがあるんだけど……」
ヒナの胸は常備光により輝いていて、眩しい。
「ん? 胸を見ればいいのか?」
「違うよ! ちょっとこっちに来て! ……お兄ちゃんの、エッチ」
ヒナは俺の手を引いて、部屋の奥へと歩み出す。
後ろからはユキとクロも着いてきた。
部屋の奥には先ほどまでの石造りとは異なる、赤い絨毯が敷かれた立派な階段が長く続き、その先に大きな扉が見えた。
そして階段下、傍らの壁にも扉がある。
「ヒナたちが来たのは後ろの扉。この部屋には登り階段の先にある扉ともう一つ、この扉があるの」
階段下、壁の扉の前でヒナは立ち止まる。
「入ったのか?」
「うん。ユキちゃんと一緒にね。……お兄ちゃんにも見てほしいの」
そう言うと、ヒナはその扉を開けた……。
───
扉の先の部屋は驚くほど明るい。
部屋の中心にはカウンターがあり、その向こうには見覚えのある女が立っていた。
「また、会いましたね。5階への到達、おめでとうございます。ようこそ、冒険者の宿へ♪」
満面の笑みを浮かべるその女は、この塔の1階で出会ったミカだった……。
(……どういうことだ?)
呆然と立ち尽くす俺たちを見るミカの瞳が、一瞬輝いたような気がした……。