「天国と繋がるのに、手足は不要です。性器、肛門、口以外は要らないのです」
目の前にいる黒鬼は静かにそう答えた。一際大きな悲鳴が聞こえる。
(繋がる?)
俺が黒鬼を見つめていると、黒鬼も俺を見つめ返す。
無言のまま、時が流れた。
「……左手を、ご覧ください」
左手後方から四肢の無い女が運ばれ、装置内に入り、出る。
腹には魔法陣が描かれ、その身体全体は白色に妖しく光っていた。
「全身脱毛した後、お腹に魔法陣が刻まれ、結界を張ります。これで達磨の完成です」
白い光に包まれた女は身じろぎすらしない。意識は無いようだ。
そのまま、窓の外、俺の隣を通り過ぎ、左手前方の闇へと消えていった。
「繋がる」──黒鬼が言ったその言葉の意味は完全に理解していないが、天国で観た光景と関係があるのだろう。
「では、進みましょう」
黒鬼は俺たちに向かって静かに言うと、踵を返し、通路の奥へと進み始める。
俺とユキは黙って黒鬼に着いていった……。
───
扉の先には先ほどまでと同じような通路が奥へと続いていた。
通路の窓の外には、視界いっぱいに達磨が並べられている。何千……いや、何万居るのかわからない。
窓に近付き見上げた先にも達磨が並べられている。下方にも。おそらく、背後の窓の外も同じだろう。
「ここは、いつ来てもたまりませんねぇ」
黒鬼はうっとりした表情で窓の外の達磨たちを眺めながら、俺たちを窓横のパネル前に案内する。
パネルには“達磨保管庫 兼
「結界を張られた達磨はここで厳重に保管されます。そして……」
黒鬼とパネルの説明を要約すると、天国の人間が望む姿で達磨たちは天国内に
「繋がる、とは?」
「あの方を観てください」
目の前に居る緑色の光に包まれた女が嬌声を上げながら小刻みに揺れていた。
その左腕の付け根にはチューブが繋がっている。
「あの方の
女が一際大きな声を上げ、腰を震わせた。その股間からは大量の白濁液が垂れている。
その表情は幸せそのものだった。
「
黒鬼は瞳を妖しく輝かせながら、達磨の股間を見ている。
「あ! ああ……」
再度、女の身体が揺れ始める。
「あらあら、あの方の相手は元気ですね。射精したばかりというのに、また
黒鬼は下卑た笑みを浮かべながら女を見つめていた。股間からは収まりきらなくなったのか、太腿に透明な液を滴らせている。
「あの、チューブは?」
「あれは達磨たちへの栄養補給するためのものです。何を補給しているかは……言わなくてもわかりますね?」
黒鬼の微笑みに、俺は再生工場での光景を思い出していた。
「色が違うのはどうして?」
「それはパネルに書いてあるように……あら? 書いてありませんね。アカ先輩に伝えておかなきゃ」
ユキの質問に黒鬼はパネルを一瞥すると、力なく首を振った。
俺もパネルを見るが、色についての記載は無かった。
俺はユキの視線の先の達磨を見る。その達磨は目を見開いて怯えており、赤い光に包まれていた。そのお腹は臨月かと思うほど大きい。妊婦なのだろう。
「白はまだ
達磨の腹に赤い筋が現れ、血が噴き出す。赤い光が徐々に薄くなり、やがて、消えた。
「
黒鬼は嗜虐的な笑みを浮かべながら、淡々と語った。
光が消えた女はそのまま、解放されたのか、見えない底に落ちていった。
女が居なくなった空間には新たな達磨が補充され、左腕の付け根にチューブが刺さる。
達磨の身体が赤い光に包まれる。
俺は光に注意しながらもう一度達磨たちを見た。
殆どが、赤い光に包まれていた。
「見ればわかると思いますが、ここには人間の欲望の全てが詰まっています。天国の方たちは素晴らしいです」
ポタ……ポタ……
恍惚の表情を浮かべる黒鬼の足元の床に液体が垂れていた。
俺は無言のまま、目の前に広がる地獄を観ていた。
ユキが俺の右手を強く握る……。
───
俺とユキが入った部屋はピンク色の照明、2人掛けのソファーとテーブル、ガラス張りで外から丸見えの浴室、真ん中には大きなベッドがあり、その天井は鏡張りだ。
いわゆる、ラブホテルを模しているようだ。入った事が無いので確証は無いが……。
『もう我慢……いえ、少し疲れたでしょうから休憩していきましょう』
達磨たちが陳列された通路の先で、黒鬼はそう提案し、何も言わない俺たちを無視して一人で勝手に“1”と書かれた扉を開けた。
『終わったら、1号室まで連絡ください。ゆっくり楽しみましょう……』
そう言って黒鬼は扉を閉め、通路には俺とユキだけが残された。
通路の奥には扉、通路の両側には1から13まで数字が振ってある扉が見える。
尚、4号室は無いようで、3号室の次は5号室だった。
俺とユキは顔を見合わせ、3号室の扉を開く。その扉の先が、今居る部屋だった。
(これ、ラブホテルだよな……)
ベッドの枕元にある2つの避妊具に目をやりながら俺は思案していた。
隣にはユキが居て、俺の右手をしっかり握っている。
「ラブホテル……よね?」
ユキの小さな呟きを聞いて、急に気恥ずかしくなる。
「カオルは、来た事ある?」
「……無いよ」
「……私も」
隣のユキを見ると、顔が真っ赤だ。おそらく、俺も……。
このまま立ち尽くしていてもしょうがないので、俺はユキの手を引いて、ソファーに座った。
しばし無言のまま、時が流れる。恥ずかしくて、ユキの顔を見る事ができない。
俺の右手が、ユキにギュッと握られ、ユキが、俺の唇に唇を重ねた。
ユキの冷たい舌が俺の口内に入り込み、俺も応える。
空いた方の手でユキの髪を撫でながら、しばらく、接吻を交わした。
唇が離れる……。
「シャワー、浴びてくるわ」
「あ、ああ……」
「恥ずかしいから、見ないでね」
ユキは俯きながら、手を離し、立ち上がるとガラス張りの浴室へと消えていく。
やがて、シャワーの音が聞こえ始めた。
俺はちらりと浴室を見るが、湯気に包まれて中に居るユキの肢体は見えない。
喉が渇いていたため、出来るだけ浴室を観ないようにして、俺は小さな冷蔵庫を開けた。
まず目に飛び込んできたのは、瓶に入った透明の液体だった。2本あるうちの1本を手に取る。
(これ、水か?)
手の中の瓶を見る。ラベルも何もない。脳裏に、再生工場が浮かぶ……。
俺は瓶を戻し、別の瓶を取る。瓶のラベルには“老女の聖水”と書かれていた。中の液体は若干黄色い。
確信を持って、ラベルに記載されている製造者を確認すると、“老女愛好会”と書かれていた。
アクエリアンが製造したものなのだろう。
シップーから受け取った秘薬を思い出し、気分が悪くなった。
結局、ビチクアルで見かけた酒屋が製造した茶色い瓶を取り出し、飲んだ。
口の中に苦い味が広がり、喉と胃が熱くなる。
「お酒なんか飲んじゃって……もう、すっかり不良ね」
振り向くとバスタオルを巻いたユキが立っていた。
身体中から湯気が立ち上っており、頬は紅潮している。
口元には笑みが浮かんでいた。
「ソフトドリンクがあればよかったけど、ロクなモノが無くてな」
今すぐ、目の前のユキを抱きしめたい欲求を必死に抑えて俺は立ち上がる。
「シャワー、浴びてくる」
「早く、来てね」
ユキは俯きながら、静かに呟いた。
その言葉と、これから始まる行為に期待してか、股間がぴくんと反応した……。
───
シャワーを浴び、浴室を出ると、部屋は先ほどより薄暗くなっていた。
ベッドの上のシーツには人型の膨らみがある。
ソファーにユキが巻いていたバスタオルが置いてある。シーツの下のユキは全裸だろう。
股間が熱くなる。
ベッドに近寄ると、ユキはこちらに背を向けていた。
「ユキ……」
呼びかけると、ユキは顔だけ振り向いた。
瞳は潤み、顔は真っ赤だった。
「早く……きて……」
俺は腰に巻いたバスタオルを床に落とし、シーツをめくってユキを背後から抱きしめた。
ひんやり冷たいユキの身体を、掌と腕、胸、腹、股間で感じていた。
「こういう所でするの、初めてだね。少し、恥ずかしいな」
ユキの言葉に、クロの面影が浮かぶ。身体は小刻みに震えていた。
「寒い?」
「バカ……緊張しているのよ」
何度も身体を重ねて来たのに、今さら緊張しているユキがたまらなく愛おしい。
抱擁を解いて、俺は上体を起こした。
仰向けにしようとすると、ユキはほんの少しだけ抵抗したあと、身体から力を抜く。
俺の目の前に、全裸のユキが横たわっている。
左腕で胸を隠していた。
右手をユキの左手と恋人繋ぎして、力を込める。
ユキの左腕が力なく退けられ、ユキの胸が露わになった。
「ユキ、綺麗だよ」
「……何処を見て言っていr……」
ユキに覆いかぶさって、キスをした。ユキは一瞬身体を硬直させるが、やがて俺を受け入れるように硬直を解き、舌を絡ませる。
俺たちは抱擁しながら、お互いの身体を求めあった……。
……
「カオル……そろそろ……」
頭の上からユキの声が聞こえたので、胸から顔を離し、ユキを見つめた。
ユキの顔は蕩けきっている。息をしていないのに、荒々しい息遣いが聴こえそうな気がした。
「私、ずっとカオルとこうなりたかったよ……私の初めてをあげるから、カオル、繋がろう……」
ユキの中では何かのシチュエーションが構築されているようだ。
おそらく、ラブホテルで初めて結ばれるカップルあたりか……。であれば、全力で応えよう。
俺はユキの言葉に頷くと、枕元にある避妊具に手を伸ばす。
その手をユキの手が止める。
「今日、大丈夫な日だから……」
ユキは俺を受け入れるために股を広げた。
俺はユキの左手をしっかり握る。
「優しく……して」
目尻に涙を溜めるユキの頭をそっと撫でて、俺はユキの体内に侵入していった。
ユキのギュッと閉じた目から、涙が一粒、零れたのが見えた……。
───
「ここは、私の天国よ……」
俺の胸に顔を埋めながら、ユキが呟く。
右手と左手、そして下半身同士はまだ、繋がっていた。
ユキの頭を優しく撫でると、ユキは顔を上げ、俺を見つめる。
「素敵な思い出をありがとう。この事は……」
「ああ、ヒナとクロには内緒にしておくよ」
「……ありがとう」
ユキは微笑むと俺に軽くキスをして、離れた。
俺を優しく包み込む感触と掌の中にあった感触が無くなり、少し寂しい。
「カオル……そろそろ、行こう」
ユキが立ち上がったので、俺も立ち上がる。
軽くシャワーを浴び、身支度を整えた後、枕元の受話器で1号室に連絡してから俺たちは部屋を後にした……。
通路には既に黒鬼が立っていた。
休憩前より、肌艶がよくなったように見える。
「しっかりお愉しみされたようですね。天国へは行けましたか?」
黒鬼はそう言うと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
ユキは恥ずかしいのか、俺の右手を強く握る。
「地獄見学ツアーもそろそろおしまいです」
黒鬼と共に俺たちは通路を進む……。
───
「また、いつでも来てくださいね!」
鬼たちの声を聴きながら俺たちは地獄の扉を閉めた。
扉の先の開けた部屋の真ん中に、ミカが静かに立っていた。
「天国は、見えましたか?」
相変わらず不気味な笑みを浮かべながら、意味深な事を言っている。
深く考える意味は無いだろう、そう思い、無視して恋人たちのコテージに歩みを進めると……。
「カオル様が天国で、ユキ様が地獄でしょうか? それとも、逆?」
ユキが足を止め、俺の腕に抱きつくと、ミカを真っすぐ見据えた。
「どちらでもないわ。彼が居ればそこが天国よ。居なければ地獄ね」
「そうですか♪ それは結構な事です♪ さぁ、進みましょう……そうすれば……」
言葉を続けるミカを無視して、俺たちは恋人たちのコテージへと向かった。
───
ヒナを寝かしつけた寝室の扉をそっと開けると、ヒナと添い寝するクロの姿が見える。
「んんっ! カオル?」
クロは上体を起こし、眠たそうに目を擦っている。
「クロ、すまない、起こしたか?」
「ううん、大丈夫だよ? 遅かったね」
「ヒナは?」
「ぐっすり眠っているよ?」
「そうか。ありがとう」
「感謝のしるしに、ハグして欲しいなぁ♡」
クロが俺に飛びついてきたため、俺はバランスを崩す。
俺の懐から、ひらひらと床に落ちたものにクロが気付き、拾い上げた。
「なに? これ……」
クロはそれを一目見て、固まった。
クロの手に握られた記念写真には、ユキが天国に行った瞬間が俺と供に収められていた……。