倒れて苦しんでいるクロちゃんを前に、私はどうすればいいのかわからず、オロオロするばかりだ……。
「クロ! 大丈夫!?」
ユキちゃんが駆けつけ、クロちゃんをお姫様抱っこする。
「クロ!!」
お兄ちゃんも心配そうだ。
「カオル、ヒナ、あとは任せていい? 私はクロを連れて先にコテージに戻るわ!」
私とお兄ちゃんが頷くと、ユキちゃんは解放された扉めがけて駆ける。
その後ろ姿を見ながら、ユキちゃんはイケメンだなぁとぼんやり考えていた。
久々に、ユキちゃんに抱かれたくなってしまった。
今夜、クロちゃんが落ち着いたら、ユキちゃんにおねだりしてみよう……。
お兄ちゃんは明らかに動揺していた。クロちゃんが心配なのだろう。
暗い顔をしながら、ぼーっと立ち尽くしている。
上の空、心ここにあらずといった感じだ。
「お兄ちゃん、心配だったら先に戻っていていいよ? ペロはヒナが回収しておくから……」
「ヒナ、すまん。大丈夫だ。お前を一人にする訳にはいかないからな」
そう言うと、お兄ちゃんは散らばるペロを拾い始めた。
てっきり、お兄ちゃんは行ってしまうと思っていた私は、お兄ちゃんの言葉が嬉しかった……。
───
「お兄ちゃん、ダメそう?」
「ああ、ヒナ、すまない」
「ううん、謝らなくていいよ」
私は行為をやめて、お兄ちゃんの隣に横になった。
お兄ちゃんは暗い顔をしている。クロちゃんのせいだ。
私はお兄ちゃんを元気にしたくて、お口やおっぱい、手を使ってオチンチンを愛撫したけど、ダメだ。全然元気にならない……フニャフニャだ。
私には、お兄ちゃんを癒せそうにない。
今、お兄ちゃんに必要なのは、クロちゃんだ。
「ちょっと、飲み物飲んでくる」
私は立ち上がり、寝室を出た。目指すは、ユキちゃんとクロちゃんの居る寝室だ。
扉を軽くノックして、返事を待つ。
「誰?」
おそらく、ユキちゃんの声……。
「ヒナだよ。ユキちゃん、クロちゃんは大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。今は会わせる事はできないけど……」
「そっか……」
コテージに戻った時、お兄ちゃんと私は真っ先にクロちゃんに会いに行った。
でも、ユキちゃんは会わせてくれなかった。クロちゃんからも拒否された。
どうしてなのだろう?
私は床に座り、扉に背を預ける。
「ユキちゃん、クロちゃん、そのままでいいから、聞いてくれないかな?」
返事はない。私は言葉を続ける。
「お兄ちゃん、すごく落ち込んでいるの……ヒナ、可哀そうで見てられないよ。ねぇ、クロちゃん、顔だけでも見せてあげられないかな? ヒナもクロちゃんの元気な顔を見たいけど、我慢する。お兄ちゃんにだけでいいから、見せてあげてほしいの。お願い!」
返事がない。
「ダメ……かな?」
「……ごめんなさい。カオルには、会えない」
たぶん、クロちゃんの声。
それを聞いて私は絶望と共に怒りが沸いてきた。涙で視界が歪む……。
「クロちゃんのバカ! わからず屋! お兄ちゃんを悲しませるなんて、いくらクロちゃんでも、ヒナは許さないよ! クロちゃんなんか大嫌い!!」
しまった! と思った時にはもう遅かった。
「…………ごめんなさい」
クロちゃんの声は震えていた。そして、鼻をすする音……泣いているようだ。
私はクロちゃんを泣かせてしまった。すぐ謝りたかったけど、どう謝ればいいのかわからなくなっていた。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
私は無言で立ち上がり、逃げ帰るようにお兄ちゃんの居る寝室へと戻った。
お兄ちゃんを心配させないように、涙を拭いて、顔を整えて……。
寝室に戻ると、お兄ちゃんは目を閉じ、寝息を立てていた。
私はお兄ちゃんの隣で仰向けになり、瞳を腕で塞ぐ。
私は、最低だ……。
先ほど、クロちゃんに言ってしまった言葉を思い出して、自己嫌悪に陥る。
自然と涙が出てきて、私は泣いていた。
隣にお兄ちゃんがいるから、泣いちゃダメだってわかっているのに、涙が止まらない。
本当はクロちゃんの事、大好きなのに。何故、あんなヒドイ事を言ってしまったのだろう……。
鼻をすすっていると、隣のお兄ちゃんが動く気配がした。
お兄ちゃんに泣いているのがバレた。最悪だ……。
お兄ちゃんは無言のまま、私の頭を撫でてくれる。
もうこのまま、お兄ちゃんに抱きついて思いっきり泣いてしまおうか……そう思っていた時……。
寝室内にノックの音が響く。
私は急いで立ち上がり、扉を開けた。
チャイナドレスを着た、クロちゃんが立っていた。
「クロちゃん! さっきはごめん! ごめんなさい!!」
私はクロちゃんに抱きついて、思い切り、泣いた。
怒ったクロちゃんにビンタされるかと思ったけど、クロちゃんは私を抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。
……
「ヒナ、落ち着いた?」
「うん、クロちゃん、ごめんなさい」
「いいよ。私も悪かったよ」
顔を上げると、クロちゃんは微笑んでいた。
「ヒナ、ユキが呼んでいるから、行ってあげて」
「ユキちゃん? ……うん、わかった」
もう少し、クロちゃんと一緒に居たかったけど、お兄ちゃんに独占させてあげよう。
私は寝室を出ようとして、クロちゃんに止められた。
「ヒナ、行く前に綺麗にしてくれない?」
「えっ!?」
クロちゃんのチャイナドレスの胸元は、私の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
恥ずかしくなって、私は急いで清掃をかけて、急いでユキちゃんの待つ寝室に向かう。
どうせお兄ちゃんとクロちゃんはエッチするだろうから、今夜はユキちゃんに思いっきり甘えよう。
ユキちゃんを想って、私のオマンコは濡れていた……。
───
目の前には私の最愛の人、カオルが立っている。
「クロ、大丈夫なのか?」
「もう、大丈夫だよ」
私が微笑むと彼の顔がみるみる明るくなる。
私はそっと、彼の胸に飛び込んだ。彼が私を抱きしめる。
「クロ、よかった……本当に、よかった」
彼の声は震えていた。
しばらく抱きしめ合っていると、彼の熱いモノが私のお腹に当たっていた。
「カオル、当たっているよ♡」
「……ごめん」
「エッチ……したい?」
「正直……したい……」
「いいよ、カオルがしたいなら、エッチしよ♡」
本当に正直だなと思いながら私は顔を上げる。
彼の顔は真っ赤で鼻息も荒い。それが可愛かった。
身体を気遣ってくれているようだけど、私の身体は問題無い。
何より、私は彼に抱かれたかった……。
さっそく、キスしようとするけど……。
「カオル、脱がせて……汚したくないの……」
このチャイナドレスを汚す訳にはいかない。
(ヒナちゃんに綺麗にしてもらえばいいけど、人として……ね)
私は彼に身体を預ける。
彼に服を脱がせてもらう事なんてあまり無いので新鮮だ。服の上から触れる指の感触が、少しくすぐったい。
チャイナドレスは驚くほど簡単に脱げた。
足元にストンと落ちたドレスを拾い上げ、私は丁寧に畳み、ソファーにそっと置く。
今の私は、全裸だ。身に着けているのは、頭のリボンと左手薬指の指輪だけ。
胸は……隠した方がよさそうだ。急いで左腕で乳首を隠す。
彼の下半身を見ると、ソレはぴくんぴくんと脈打っている。早く、繋がりたい……。
太腿を液体が伝う。服を脱いでおいて正解だったようだ。
私は彼に抱きつき、見上げて目を閉じる。
彼の身体の熱が、私の冷たい身体に伝わり、心地いい。
背中に彼の腕が回される、唇に熱いものが触れる。
あったかい舌が私の唇をこじ開けて入って来た。
私は彼の舌に舌を絡めたい衝動に駆られるけど、今はぎこちなく、おっかなびっくり舌に舌を触れさせるだけだ。
我ながら、稚拙なキスだけど、これでいい。
少しだけ、身体に力を込めて誘導する。彼に優しく、ベッドの上に押し倒された。
いつもは情熱的な彼が、繊細なガラス細工を触るかのように、私の身体を求める。
それが新鮮で嬉しいと同時に、少し、嫉妬した。
私は遠慮がちに、小さく声を上げる。
……
左手は、彼の右手と繋がっている。
彼は私の弱点を知り尽くしているから、私に抗う術はない。
何度目かの、軽い絶頂の前兆を私は彼の右手をギュッと握って伝えた。
瞬間、身体は硬直して、心地よい快感に包まれる。それはじわりと身体中に広がり、広がり切った後、脱力する。
早く、彼と繋がりたい。溶けあって、一つになりたい……
私は涙を流しながら、彼を見つめる。
「カオル、ほしいの……」
耳元で囁いたあと、彼を誘導する。彼は無言で頷く。
私の隙間がゆっくり、優しく、彼の熱で埋められる。
やっと、彼と一つになれて、私は小さく叫ぶ。
天国への扉が開かれた……。
幸せ過ぎて、怖い。
彼を失うのが、怖い。
ずっと繋がっていたい。
自然と涙が溢れた……。
やがて、私の頭の上で漆黒のリボンが優しくゆっくり揺れ始めた…………。
───
私は、ユキちゃんの待つ寝室の扉の前で立ち尽くしていた。
どれくらい経っただろう?
お兄ちゃんたちはお愉しみ中だろうから、引き返す気にはならない。
何より、ユキちゃんが私を呼んでいるのだから、引き返す選択肢は無いも同然だ。
あとは、ノックするだけなのに、勇気が出ない。
理由は、わかっている。
最初はユキちゃんとエッチが出来るとルンルン気分でいたけど……。
私は、ユキちゃんが私を呼ぶ理由に、ある可能性に気付いてしまったからだ。
(クロちゃんは、私を許してくれた。でも、ユキちゃんは?)
扉の向こうで瞳を真っ赤に輝かせるユキちゃんが脳裏に浮かぶ。
身体の震えが止まらない。
でも、ここに立っていてもしょうがない。最悪、泣いて謝れば、きっとユキちゃんは許してくれるだろう。
勇気を振り絞って、扉を叩いた。
「ヒナ?」
室内からユキちゃんの声が聴こえる。
“ちゃん”が付いていない。お姉ちゃんモードか、それとも、恋人モード?
私にはわからないけど、もう覚悟は決まっていた。
「うん、ヒナだよ」
「鍵は開いているから入ってきて」
私は恐る恐る扉を開けた。
部屋の中は薄暗い。
「鍵は閉めてね」
ユキちゃんの言葉に従い、扉を閉めて鍵をかけた。
ユキちゃんはベッドの上でシーツを顔まで被って横になっている。
「遅かったね」
「……ごめんなさい」
ユキちゃんの言葉に、咄嗟に謝ってしまう。
ベッドに近付くと、シーツの膨らみに違和感を抱いたけど、そんな事は些末な事だった。
ベッド横のテーブルを見て、私は絶望した。目の前が真っ暗になる……。
テーブルの上には淡い光に輝くピアスが置いてあった。その光は、黄金。
私が選んだピアスだ。
それは私とユキちゃんが結ばれた証拠と、私の所有物である証のピアスだ。
それが、テーブルに置いてある。
つまり、ユキちゃんは今、ピアスをしていない。
私は自分の耳のピアスをそっと撫でる。
このピアスは、私がユキちゃんの所有物の証。
ユキちゃんは、もう、私の手を離れてしまった……。
「ユキちゃん、ごめんなさい。ヒナの事、嫌いになっちゃった? でも、ヒナはユキちゃんの事が好き、ううん、愛しているの! 何でも言う事聞くから、やり直せないかな?」
私はユキちゃんに震える声で懇願した。
ユキちゃんに愛想を尽かされたのが悲しくて、自然と涙が溢れる。
しばらく、沈黙が流れたあと、ユキちゃんが静かに言葉を発した。
「すごいね。本当に、愛し合っているんだね。私、半信半疑だったけど、ここまでヒナの言動が聞かされていた通りでびっくりしたよ」
ユキちゃんが何を言っているのか、わからなかった。
「ユキちゃん?」
私がベッドに近付くと、ユキちゃんがシーツから顔を出す。
「ユキちゃん、お願い! もう一度やり直して! ヒナ、クロちゃんにきちんと謝ったよ? 許して貰えたよ! だから、許して!」
「私は許した覚えはないけどね」
(えっ!?)
ユキちゃんの言葉に、私は驚き、ユキちゃんの顔を見る。優しく微笑むユキちゃんが私を見つめていた。
「ヒナ、傍に来て」
「う、うん……」
私はユキちゃんに一歩一歩近づく。
近づくにつれ、シーツの違和感が強まるけど、それよりも、ユキちゃんの顔から目が離せない。
今すぐ、抱きつきたい衝動に駆られるが、必死に抑えた。
やがて、ユキちゃんの顔が目の前にある距離までになる。
あと半歩で、キスできる距離だ。
「まだ、気付かない?」
「?」
ユキちゃんの言葉を聞いて、私は混乱する。
気付かない? もう、手遅れだという事に気付かないという事?
私はユキちゃんの顔をじっと見つめて、はっと息を呑んだ。
ユキちゃんの耳に、ピアスの穴が、無い……。
「もしかして……」
目の前のユキちゃんが悪戯っぽく微笑む。
「ヒナ、ごめんね。私はユキじゃないよ。クロだよ」
「え?」
じゃあ、さっき会ったのはクロちゃんに扮したユキちゃん?
という事は……。
私は、ユキちゃんに愛想を尽かされた訳じゃない事を知り、その安堵からベッドに突っ伏して泣いた。
クロちゃんは泣いている私の頭を優しく撫でてくれる……。
……
「ユキは最後まで悩んでいたよ。ピアスを外すと、ヒナが悲しむって。ユキの事、許してあげて」
私が漸く落ち着いてきたところで、クロちゃんはそっと私に伝える。
ユキちゃんが悩んでいた、ちゃんと私の事を想ってくれている。その事が私は嬉しかった。
クロちゃんの指に光る指輪が目に入る。
「その指輪」
「うん、カオルから贈られたユキの指輪だよ。あのね……」
クロちゃんに成りすますためにクロちゃんの指輪を借りるけど、お兄ちゃんから贈られた指輪に他人が指を通すのは嫌だろう。
ユキちゃんはクロちゃんに自分の指輪を付けさせた。これで平等……という事らしい。
「ユキらしいよね」とクロちゃんは微笑む。
まぁ、ユキちゃんならそこまで徹底しそうだなと私は納得した。
「クロちゃん、ユキちゃんがどうしてクロちゃんに成りすましたのか聞く前に、謝らせて。クロちゃんにヒドイ事を言ってしまってごめんなさい。ヒナ、本当はクロちゃんの事、大好きなの!」
「わかっているよ。ユキが言っていたよ。ヒナはカオルの事を愛しすぎて、カオルの事になると周りが見えなくなる、冷静でいられなくなるって……。言われた時は悲しかったけど、もう大丈夫。ヒナの事、許すよ」
クロちゃんがそっと手を差し伸べる。私はクロちゃんの手をしっかり握って仲直りの握手をした。
「それで……」
私は切り出した。
「どうして、こんな事をしたの?」
「カオルを安心させるためだよ。ヒナ、本当はヒナには内緒にするつもりだったの……」
そう言ってクロちゃんは語り出す。
ユキちゃんがクロちゃんに成りすまして、お兄ちゃんと私を安心させる。それが当初の計画だったようだ。
「ヒナを呼んだのは、どうして?」
「ユキは最後まで反対したよ? でも、私は折れなかったの。最終的には、ヒナをここに呼ぶかどうかはユキの判断に任せた。ヒナはここに居る。つまり、ユキは伝えたんだね。きっとユキも納得していると思う」
クロちゃんは真剣な表情で私を見つめて、言葉を続ける。
「同じカオルの妻として、ヒナとも共有しておきたいし、私はヒナに嘘をつきたくなかったの……。ヒナは悲しむかもしれないけど……」
クロちゃんの言葉を聞いて、私は少し怖くなった。
私が悲しむ? クロちゃんが内緒にしていた事って何? それに……。
クロちゃんの足元のシーツの不自然な膨らみが気になり、自然と目が行く……。
私の視線に気付いたのか、クロちゃんは微笑む。それは諦めにも似た表情だった。
「気付いた? ヒナ、教えるね。私の秘密……」
クロちゃんはそっとシーツをめくった。
そこには、もう一人、全裸のクロちゃんが居た。
クロちゃんの足元、膝を抱えて丸まっているクロちゃん。その顔は無表情だ。
「これって……」
「私の赤ちゃん。カオルと私の愛の結晶だよ……」
クロちゃんは起き上がり、愛おしそうにもう一人のクロちゃんの髪を撫でる。
撫でられたもう一人のクロちゃんは相変わらず無表情のままだ。
私は、理解した。もう一人のクロちゃんはクロちゃんの肉分身だった。
「クロちゃん、もしかして……」
「……うん。私、カオルと愛し合うと、カオルの赤ちゃんが出来ちゃうの」
それからクロちゃんは自分の秘密を語り出した。
お兄ちゃんとエッチすると、クロちゃんの疑似卵子とお兄ちゃんの精子で受肉した肉分身が生まれてしまう事。
クロちゃん自身はそれが制御できない事。
肉分身は数時間したら消えてしまう事。
話を聞いて、私の中での疑問が解決していく。
お兄ちゃんとエッチしたあと、ユキちゃんと2人きりで寝ていた事。
試練の間でお兄ちゃんとのエッチを拒否していた事。
最近、お兄ちゃんの精子を身体に掛けてもらったり飲んだりしていたのも、お兄ちゃんと出来るだけ長い時間エッチしたかったからなのだろう。
そして、お兄ちゃんの精子を貰ったクロちゃんは、お兄ちゃんと私に内緒で、赤ちゃんを産んでいた。数時間で命が消えてしまう、自らの肉分身を……。
「この子で7人目だよ。私の愛しい赤ちゃん」
分身を撫で続けるクロちゃんからは母性がにじみ出ている。
「今まで産んだ赤ちゃんは?」
「いるよ、ここに」
クロちゃんはガラス瓶を取り出す。しっかり蓋がされたその瓶の中には、粉のような
ものが3分の1ほど入っている。
「消えて灰になった、カオルとの間に出来た、私の可愛い赤ちゃん」
クロちゃんは愛おしそうに瓶に頬ずりする。
「名前は……」
「付けない方がいいって、ユキに言われた。余計悲しくなるからって。でも、今はよかったと思っているよ。何人も赤ちゃんの名前を考えるのは、大変だよ」
クロちゃんは小さく笑った。
私はそっと、クロちゃんの肉分身に手を伸ばそうとして……「触っちゃダメ!!」
物凄い剣幕で叫ぶクロちゃんに驚き、手を止めた。
自分の子どもを他人に触らせたくないのだろうか?
「大きな声を出してごめん、ヒナ。お願い、触らないでほしいの」
「どうして?」
「消えなくなったら困るでしょ? ヒナ、私がどうしてここに居るのか、知っているよね?」
お兄ちゃんとユキちゃんの話では確か、元々クロちゃんも目の前にいる肉分身のように無表情だったという。
それをお兄ちゃんがおっぱいに触ったせいで、自我が芽生え、お兄ちゃんと結ばれて、お兄ちゃんの事が好きになって、消えるはずが、消えなくなったはずだ。
「この子には、このまま消えてもらうのが一番いいの。カオルにとっても、私たちにとっても……」
クロちゃんは分身の頬をそっと撫でた。分身は微動だにしない。
ふと、疑問に思った事を聞いてみる。
「ねぇ、クロちゃん。どうしてユキちゃんがクロちゃんに成りすましているの? クロちゃんがお兄ちゃんに会いに行くのはダメなの?」
私の言葉を聞いたクロちゃんは手をゆっくり頭の上に持って行って、少し瞳が大きくなる。
そして、力なく手を降ろした。悲しそうだ。
「今は、ユキに預けていた事、忘れていたよ。カオルのリボン……会いたいなぁ、カオル……」
クロちゃんはそう言うと、両手で顔を覆って泣き始めた。
私はクロちゃんをそっと抱擁して、頭を撫でる。
……
私はベッドの上でクロちゃんと抱き合って横になっていた。
クロちゃんの分身は誤って触らないようにベッド横のソファーに座らせている。
クロちゃんはお兄ちゃんが恋しくて泣いていたけど、今は落ち着いたようだ。
「ヒナ、泣いちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。それでクロちゃん、さっきの質問だけど……」
「私が会いに行かない理由は、私がカオルを愛しすぎているから……だよ」
私はクロちゃんが言っている意味がわからなかった。
「えっと、どういう事?」
「私は、カオルの事を本当に愛している。彼に求められたら拒否できないし、拒否するつもりもないよ。私、性欲が異常なの。いつでもどこでも、カオルが欲しくてしょうがないの」
私はユキちゃんを思い出して、ユキちゃんの分身であるクロちゃんなら、異常な性欲にも納得した。
だけど、それとお兄ちゃんに会えない理由が結びつかない……。
クロちゃんは言葉を続ける。
「私、何がきっかけで消えずに済んだのか、わからないでしょ? それは同時に、何がきっかけで消えるのか、わからないって事だよ」
私は驚いてクロちゃんを見つめる。
クロちゃんが、消える!?
「ユキが言っていたけど、ユキのスキル、“肉分身”は1日1回しか使えないみたいなの。私には制御できない “肉分身”を2回使った時、どうなるのかわからない。何も起こらず無事かもしれないし、最悪、私は消えてしまうんじゃないかってユキは心配しているの……」
「クロちゃん、ヒナ、クロちゃんに消えてほしくないよ!」
私がギュッとクロちゃんを抱きしめると、クロちゃんは微笑みながら、私の頭を撫でる。
「ユキは私には何も言わないけど、怖いんだと思う」
「怖い? ユキちゃんが消えちゃうのが?」
「ううん、違うよ。ユキが怖いのは……」
クロちゃんは一旦言葉を切ると、目を閉じた。
その頬は赤く染まっている……。
「私が消えて、カオルが悲しむ事……カオルの心が壊れてしまうこと……だよ」
私はクロちゃんの言葉を聞いてぞっとした。
お兄ちゃんは、クロちゃんに会えないだけであの落ち込みようだった。
クロちゃんが消えてしまったら……その時、お兄ちゃんがどうなってしまうのか……想像しただけでも恐ろしい。
「ユキはすごいよ。ユキはね、カオルのためなら鬼にも悪魔にもなるよ。今日もそう。ヒナちゃんがカオルに顔を見せてあげてと言った瞬間から、成りすますつもりだったみたい。完璧に成りすますために、私の身体の隅々まで調べ上げてね」
私はクロちゃんの下半身に目を移す。
クロちゃんは無言で頷き私の耳元に口を近づける。
「お尻の穴もだよ……」
その言葉に息を呑む。
「普通、あそこまではしないと思う。ユキは、カオルを愛するモンスター。異常だよ。ユキと比べたら、私もヒナもまだマシかな?」
そう囁くと、耳元から口を離してクロちゃんは微笑む。
私は無言のままクロちゃんの言葉を聞いていた。
「私も喜んで協力したから、ユキの事、言えないかもしれないけどね」
そう言うと、クロちゃんは力なく笑った……。
喜んでお尻の穴をユキちゃんに見せつけるクロちゃんを想像して、私からすると、クロちゃんもお化けだよ……そう思った。
「クロちゃんがヒナに秘密を打ち明けたかったのは、どうして?」
「それはね……」
クロちゃん曰く、ユキちゃんの負担を減らしたいとの事だった。
クロちゃんが赤ちゃんを産む時は、クロちゃんをお兄ちゃんに近づけないために、監視するためにユキちゃんはクロちゃんと2人きりで寝ている。
でも、本当は……。
ユキちゃんはお兄ちゃんや私と愛し合いたいし、一緒に寝たい。
その気持ちを押し殺して、お兄ちゃんのためにクロちゃんと2人で寝ているとの事だ。
「ヒナが私の秘密を知れば、ヒナには隠す必要がなくなるでしょ? 3人で一緒に寝る事もできるし、私の隣で愛し合ってくれても構わないよ。ヒナが私を監視してくれるなら、ユキはカオルと一緒に寝られる。私は、ユキにもっと自由になってほしいの……」
私はクロちゃんの話を聞いて、悲しくなった。
ユキちゃんとクロちゃんは今までどれだけ自分を犠牲にしてきたのだろう?
そして、その2人が犠牲を払っているときに私は……。
そして決意した。2人のために私に出来る事ならなんでも協力しよう。
何より、私はユキちゃんの事を愛しているし、多少の無理は何てことはない。
「クロちゃん、わかった! ヒナに出来る事があれば、何でも言って!」
「ありがとう……あっ!」
クロちゃんの瞳が私の後ろに向けられて、涙が溜まる。
私が振り向くと、ソファーに座っていたクロちゃんの分身がゆっくり崩れていくところだった。
やがて、ソファーの上には一握りの灰が残った。
クロちゃんは慎重にその灰をガラス瓶へと移す。
「おやすみなさい……私の赤ちゃん」
ガラス瓶を胸に抱きながらクロちゃんは泣き崩れる。
私はクロちゃんを背後から抱きしめて、頭を撫でた。
いつまでも、いつまでも……。