『マスター、3時と11時の方向から冷属性、火属性の魔法が。5時の方向から2名による物理攻撃が来ます! 距離3メートル』
「わかった! おりゃぁぁぁぁぁ!!」
私は金棒を振りかぶって、右後方に向かって思いっきり振り切る。
鈍い衝撃と共に、2人の敵が吹き飛び、1人は壁に激突して動かなくなった。
目の前に迫る火炎を、盾を構えたクロちゃんが立ちはだかり、受け止める。
「ヒナ! こっちはまかせて! あっちの方を!」
「クロちゃん! ありがとう!」
咄嗟に足元に転がる敵の身体を盾にして、冷気魔法を防ぐ。
凍り付いた死体から手を放し、魔法が飛んできた方向に駆ける。
『5メートル先です! 4、3、2……』
エリの『1』の声に合わせて、金棒を振り下ろす。
何かが潰れる音と共に、敵は倒れ、ピクリとも動かなくなった。
(お兄ちゃんは大丈夫!?)
『お姉様の安全は私が最優先で見張っていますのでご安心を。マスターは戦闘に集中してください』
(頼むよ! お兄ちゃんと、赤ちゃんだけは絶対に守ってみせる!)
試練の間、私たちは敵と死闘を繰り広げていた。
試練クリアのファンファーレと共に現れたのは、ミカだった。
それも1人じゃない。20人以上いる。下手すると、30人以上?
ユキちゃんが対話を試みようとしたけど、ミカたちは何も言わず私たちに襲い掛かってきた。
ミカたちの攻撃は、ステッキを使った打撃に足技主体の体術、火炎・冷気・雷といった複数属性の魔法にまで及んでいた。
個々の戦闘力はそれほど高くないものの、その動きは統率されており、必ず1対多となるように私たちを責めるため、厄介だ。
クロちゃんに向かって魔法を放とうと構えるミカ。その一瞬の隙を見逃さず、私は突進して金棒を突き出す。
ドスッっという鈍い音と共に、金棒はあっさりミカの腹を貫いた。
崩れ落ちるように倒れたミカは、血を流すことも、苦悶の表情を浮かべることもなかった。うつろな瞳のまま、ただ静かに天井を見上げている。
──まるで、糸の切れた人形のようだ。
その無表情さが、どうにも気味悪かった。
「ヒナ! ありがとう」
私に短く礼を告げると、クロちゃんは倒れているミカに容赦なく盾を振り下ろす。
ぐしゃりと骨の砕けるような音が響く。
クロちゃんは顔を上げ、次の敵に視線を向けている。
「キリが無いね……ユキがあれだけ倒しているのに、全然減らない!」
言葉の通り、周囲にはまだミカがたくさん残っている。
こちらが1体倒している間に、別の2体が増えている。
そんな印象すら受ける。
クロちゃんの言葉に、私は視線をユキちゃんに向ける。
──そこには、まるで蝶のように部屋を舞うユキちゃんの姿があった。
正面に立つ2人を刀で一閃、斬り捨て、すぐさま後方に足を振り上げる。
放たれた蹴りは寸分の狂いもなく、背後から迫っていたミカの顔面をとらえ、その体を壁へと叩きつけた。
飛んできた火の玉を軽やかに跳躍してかわすと、空中から魔法を放ったミカに向かいクナイを二本、投擲する。
二本のクナイはミカの片目と喉元に突き刺さり、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
着地したユキちゃんは腰を落とし、刀の柄に手を添えた。
ユキちゃんに向かって、3人のミカが一斉に突進してくる。
チンッ♪
刀を鞘におさめる音だけが響いた。
迫っていた3人のミカはその場で停止し、一拍遅れて、ズルリ、と3つの身体が上半身と下半身に分かれて崩れ落ちた。
私には、ユキちゃんが刀を抜いた瞬間すら見えなかった。
一瞬にして七人のミカを倒したユキちゃんは、ふっと小さく息をつくと、静かに背筋を正し、自らの髪をかき上げた。
息ひとつ乱れず、汗ひとつかいていない。
まるで、殺し合いの最中とは思えない。
その姿は──美しい、とさえ思えた。
気付けば私は、息を呑んで見惚れていた……。
私の視線に気付いたのか、ユキちゃんは深紅の瞳を私に向けると、微かに微笑む。
(ユキちゃん……あいし──)
『奥様……美しいです! これは、推せますぞぉぉぉぉ!』
(……)
……台無しだ。
今の気持ち、返してほしい……。
(エリ! いくら倒しても敵がいなくならないよ!? どうなっているの!?)
腹が立った私は頭の中でエリに怒鳴りつける。
『服を着ていない敵が増えたのも気になりますね。スキャンします。……12時、9時、3時の方向に新たな生命活動を確認。おそらく、不可知化して敵を産み出すナニカがいると推測します』
そういう事か。
最初のミカたちは服を着ていたけど、どんどん裸のミカが増えてきたのは私も気付いていた。
「ユキちゃんとクロちゃんは敵をお願い! ヒナは元を叩くよ!」
2人は私を見つめ、頷く。
私はエリが教えてくれた壁際目掛けて駆ける!
その先には、今まさに全裸のミカが赤子のように四肢を突いて立ち上がろうとしていた……。
───
(コイツで最後だ!!)
私は渾身の力を込めて、金棒を振り下ろす。
何か柔らかいものが潰れる音がして、いやな感触が金棒を握る手に伝わる。
そして、何も見えない空間に、徐々に姿をあらわす。
そこにいたのは、腹部をぺしゃんこに潰されたミカ。全裸のまま、血も涙も流さず、無表情で横たわっていた。
──ぶりゅりゅ……
肉塊を生み出す音が足元から聞こえた。
その瞬間だった。
部屋に残っていたミカたちの動きがぴたりと止まる。
今まさに生み出されたばかりの肉塊は徐々にミカの身体を形作る。
胎児のように丸まり、うずくまりながらピクリとも動かない。
その光景に私は、クロちゃんが産んだ肉分身を思い出していた。
クロちゃんは自らが産んだ肉分身が消えゆくまで抱き締め、消えると涙していた……。
私は足元でうずくまる、無抵抗なミカに向かって…………。
ぐしゃっ!
「試練をクリアしました」
機械的な音声が、部屋に響く。
金棒が振り下ろされた先を見ると、そこには一握りの灰があるだけだった……。
「やっと終わったわね」
肩に手を置かれ振り向くと、ユキちゃんが立っていた。その隣にはクロちゃんの姿もある。
私はぽつりと呟く。
「ミカたちの正体は、肉分身だったよ……」
「そう……何となく、そんな気はしていたわ」
ユキちゃんは静かに答えた。その表情はどこか悲しそうだ。
「ヒナ、ペロの回収は私とユキでやっておくから、早くカオルの元へ──赤ちゃんの元へ行ってあげて」
クロちゃんの言葉にハッと我に返る。
「そうだった!?」
心の中にどっと焦りが押し寄せる。
あの小さな命が、お兄ちゃんと一緒に今も隣の部屋で私を待っている。
「もうお父さんになったんだから、しっかりしなよ」
クロちゃんはそう言って、私の顔を見て苦笑いを浮かべる。
その微笑みに、どこか安心させられて──
「ありがとう、クロちゃん!」
私は踵を返し、赤ちゃんとお兄ちゃんがいる隣の部屋へと駆け出した。
私は、お兄ちゃんと赤ちゃんをちゃんと守り切った。
それが、とても誇らしい……。
……
「お兄ちゃん! 無事だった!? 遅くなってごめん! 結構な死闘だったけど、ヒナたちの怪我は大したことないから安心して」
ベッドの上でお兄ちゃんの裸の背中が見える。腰から下はシーツの下に隠れていた。
お兄ちゃんたちが無事で私はほっとする。
「ユキちゃんがね、すごかったんだよ! 敵をバッタバッタ切り捨ててね、格好良くてね! お兄ちゃんにも見せたかった……」
……でも、お兄ちゃんの返事が無い。
機嫌が悪いのかな? どうして?
少し考えて、思い出した。ゆっくりとベッドに近寄る。
「もう! お兄ちゃんもママになったんだから、怒らないでよ? ボス戦の記録はエリがバッチリしているから、ちゃんと後で話すよ? エリの能力があれば正確に写生もできるから、そんなに怒らないで?」
過去に、お兄ちゃんがボスを見る事ができなくて怒っていた事がある。
その時はお兄ちゃんも案外子供っぽい所があるんだなと微笑ましかった。
「戦闘が終わったら、その子の名前を付けようって言ったよね。戦闘が忙しくてそれどころじゃなかったけど、今から2人で考えよう? 男の子だからカッコイイ名前がいいな?」
相変わらず、返事が無い。私は少し不安になった。
「……お兄ちゃん?」
お兄ちゃんの華奢な肩に手を置くと、お兄ちゃんはゆっくりと振り返った。
「お兄ちゃん!?」
お兄ちゃんの顔を見て、私は思わず叫んでしまった。
お兄ちゃんの瞳に光は無く、頬には涙の跡がある。
そして──お兄ちゃんの腕の中に赤ちゃんはいなかった。
お兄ちゃんの胸から母乳が滴り、お腹を伝い、シーツを濡らしている。
「お兄ちゃん!? 何があったの!? 赤ちゃんは? 赤ちゃんはどこ!?」
私はお兄ちゃんの両肩を掴んで身体を揺らす。
お兄ちゃんの口がわずかに開いて……。
「……あっ」
お兄ちゃんは腕をゆっくり上げて、ベッドの縁を指差した。
そこには、何も無い。
私は少し安心した。
ベッドの横の床に、赤ちゃんがいるのだろう。
お兄ちゃん、ちゃんと抱いてなきゃダメだよ?
私はあとでお兄ちゃんに説教しないと……そう思いながら、ベッドの縁に移動して床を見た。
──床に、赤ちゃんの姿は無かった。
代わりにそこにあるのは骨。
成人男性──いや、それより少し小さい人骨だった。
心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
「お兄ちゃん……これ……」
視界の隅でお兄ちゃんが震える。口を開くけど、言葉が出る事は無かった。
「お兄ちゃん!? 赤ちゃんをどこにやったの!? この骨は何!? わかるように説明してよ!?」
もう一度お兄ちゃんを揺さぶると、お兄ちゃんは口を開く。
「……あ」
蚊の鳴くような、声でそのまま続ける。
「……か……ちゃ……」
お兄ちゃんの瞳から、涙がひとしずく零れた……。
私はもう一度、床を見る。
足の骨はもう、原型を留めておらず、灰か土かわからない、粉末状になっている。
一気に血の気が引くけど、まだ、確定したわけじゃない。
一縷の望みを賭け、私はエリに尋ねる。
(エリ! 嘘だよね? これはお兄ちゃんの──私たちの赤ちゃんじゃないよね!? そうだよ! ミカ! ミカの骨だよね!?)
しばしの沈黙の後……。
『残念ですが、このご遺体はお姉様とマスターのお子様です』
私は目の前が真っ暗になって、絶叫した……。
……
ユキちゃんにしがみついてひとしきり泣いた後、私の心は憎悪で埋め尽くされた。
顔を上げ、お兄ちゃんを睨みつける。
(どうして、死んじゃったの? なぜ、守ってあげられなかったの? お兄ちゃんのせいだ! お兄ちゃんが全部悪い!!)
そんな私の想いを知ってか知らずか、お兄ちゃんは相変わらずぼうっと宙を見ている。
隣で肩を抱くクロちゃんの方が泣いている。
骨はもう、完全に原型を留めておらず、粉末に変わっていた。
「お兄ちゃん! よくも──」
拳を握り締め、私が叫んだ瞬間──部屋の入り口から突風が吹きつける。
「あっ!?」
今はもう粉末に変わってしまった私たちの赤ちゃんだったものが舞い上がる。
舞い上がった粒子はシャンデリアの光に照らされ、キラキラと光る。
(きれい……)
不覚にも、そう思ってしまった。
「あっ……あ~!!」
お兄ちゃんは涙を流しながら、光る粒子に向かって両手を伸ばす。何かを掴むように……。
その様子を見たユキちゃんとクロちゃんは泣き崩れた。
「あっ……あ…………」
お兄ちゃんはいつまでも宙に手を伸ばしながら、声にならない声をあげていた……。
私は振り上げた拳を……力なくベッドに落とした。涙が止まらない……。
「あっ…………あぁ……」
涙でもう、何も見えないけど、お兄ちゃんの声だけは聞こえた……。
───
その後の記憶は私には無い。
気付くと恋人たちのコテージの寝室で目を覚ました。
部屋には誰もいない。私一人きりだ。
試練の間での出来事を嫌でも思い出す。
──私は、許せなかった。
私は最初に見たのは、産声をあげる赤ちゃんだった。
お兄ちゃんは愛おしそうにその子を抱き抱えて、授乳した。
私と、お兄ちゃんの子供だ。
その後、ファンファーレが鳴って、私は戦闘準備に入る。
お兄ちゃんと、赤ちゃん……今はまだ名前が無い。
戦闘が無事終わったら、名前を付けようねとお兄ちゃんに言って、赤ちゃんのほっぺにキスすると泣き出してしまった。
私は慌てるが、でも、この後の戦闘に備えてお兄ちゃんたちから離れた。
お兄ちゃんは赤ちゃんをあやしながら、笑顔で私たちを送り出した。
──早く、帰ってきてね……。
次に会った時はもう、赤ちゃんは死んでいて、白骨になっていた……。
私とお兄ちゃんの赤ちゃんは、そのまま、風に舞い上がって、消えた。
──絶対に、許せない!
この試練を作った人。
赤ちゃんを守れなかったお兄ちゃん。
──そして、私……。
私は、これからどう私が動くべきか考える……。