ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
早朝。戦闘禁止期間の解除刻限が迫る中、御船艦隊の全アドミラルは作戦会議室に集まっていた。
御船真瀬は作戦を告げる前に、ビビアナ艦隊の勢力図を示す。
“総提督”ビビアナ・サリニャーナ
“参謀”カトリーナ・オーケルフェルト
“工作参謀”クレーメンス・オーケルフェルト
“戦闘員”アレックス・ベーレンズ
“戦闘員”エルシェ・リオハス
“戦闘員”古謝椎奈
“戦闘員”桃原咲亜矢
この中で最も戦闘力が高いのはビビアナである。しかし艦隊同士の戦いで最も注意しなければならない相手こそ参謀である。よって戦いの勝敗を分けるのは、いかに素早く敵の参謀を討ち取るか。ビビアナ艦隊の参謀は二名。カトリーナとクレーメンスの姉弟。情報によればカトリーナの知略は並以上で、クレーメンスには特殊なスキルがあるという。加えてビビアナ艦隊の小型艦三小隊と当たる上で気を付けなければならないのがエルシェの存在である。彼女自身の実力は高くないが、継承戦初挑戦のビビアナとアレックスを冷静に諌めて引っ張っている。いわばエルシェはビビアナとアレックスの精神的支柱である。つまりビビアナ艦隊には縁の下の力持ちが四人もいることになる。力の柱ビビアナ、知恵の柱カトリーナとクレーメンス、
まず敵の位置と地形の把握。情報によればビビアナ艦隊は既にドックを出て戦闘配置に就いている。場所は北部の浅瀬。そこは小型艦にとって有利な地形だ。つまり御船艦隊は先手を取られたことになる。だがそれは決してピンチを意味する情報ではない。この浅瀬で戦えばビビアナ艦隊の小型艦三小隊はさらに強くなってしまうが、その代わり御船艦隊が勝利するチャンスもこの浅瀬にある。そのチャンスとはクレーメンス小隊を引き離せることにある。
御船艦隊の動きとしては、これから発艦し、あえてビビアナ艦隊が待つ浅瀬に向かう。だがその手前で“工作参謀”クレーメンスが立ちはだかるはずだ。彼のスキルは特殊型で海面地形を変化させることができるという。それほど強力なスキルを持っているとなるとクレーメンス小隊と当たるだけで御船艦隊は大きく戦力を削がれる。たとえクレーメンス小隊を倒したとしても御船艦隊の消耗は激しく、その状態で浅瀬に待つビビアナ艦隊と戦えば敗北は必至。つまり御船艦隊はクレーメンス小隊と戦闘してはならない。五体満足の状態でビビアナ艦隊と激突する必要がある。
そこでステラが名乗りを上げた。御船真瀬は笑みを見せて頷く。“総提督”御船真瀬が率いる艦隊がクレーメンスとの戦いを避けるのであれば、いったい誰がクレーメンスを引きつけておくのか。それは“副提督”ステラ・パレット率いる副艦隊である。ただし今回の戦いでは副提督の権限を与えるメリットはゼロに等しいため、ビビアナ艦隊に勝利するまでステラの役割は“副官”に変更しておく。だからといってステラ艦隊が敗北していいわけではない。もしステラ艦隊がクレーメンス小隊に敗北すれば、御船艦隊の後を追ってきたクレーメンス小隊に背後を突かれてしまう。よってステラ艦隊はクレーメンス小隊を絶対に倒さなければならない。
そしてステラ艦隊とクレーメンス小隊が戦闘している間、その横を抜けて浅瀬に向かう御船艦隊はビビアナ艦隊と激突する。しかしそこにビビアナ艦隊の小型艦三小隊の姿は見えないはずだ。おそらくカトリーナは包囲を図ってくる。浅瀬の遠方には身を隠せる岩礁地帯があり、そこに身を潜ませていたビビアナ艦隊の小型艦三小隊がその機動力を活かして御船艦隊を挟み込むように向かってくるはずだ。その包囲網を避けるために、こちらも伏兵を忍ばせておく。
御船真瀬はエドガー・フェザーストンの青く光る瞳をまっすぐと見据える。「なるほど、俺のフルンベルだな」御船真瀬は頷いた。おそらくカトリーナ小隊は古謝か桃原いずれかの艦隊を盾にして接近してくる。参謀の自分が討ち取られればビビアナ艦隊の勝ち目が薄くなると知ってのことだ。そこで御船艦隊はカトリーナ小隊と交戦しつつ後退。無論カトリーナは伏兵の存在に気付いているだろう。だがこちらを包囲するためには、あえて伏兵に狙われる位置まで追いかけるしかない。「こちらを包囲したいカトリーナの心理を突いて、カトリーナの動きを制限し、逆にこちらがカトリーナを包囲するわけだな」エドガーの言葉に対し御船真瀬はその通りだと頷く。そしてビビアナ艦隊の包囲網が完成すると同時、エドガー小隊のフルンベルが出撃。カトリーナ小隊に攻撃を加える。
そこで俯き腕を組んでいたジジ・ヴァイオレットが初めて面を上げ目を開いた。「そうだ。背後から包囲してくるビビアナ小隊にはジジ小隊を当てる」その言葉を聞いてステラとヴィエナはホッと胸を撫で下ろす。「ただしビビアナ艦隊の小型艦三小隊にはジジ小隊だけを当てる」その言葉に一同は驚く。さすがのジジでもビビアナ、アレックス、エルシェを含む三小隊に勝てる道理がない。しかしステラだけは御船真瀬の意図を見抜いていた。「そうか……ビビアナはジジと一対一で戦いたがっている……その心理を突くんですね?」もちろんそれは賭けだ。作戦の一切を仕切るカトリーナの指示によって、ビビアナがジジとの対決を我慢し、三小隊でジジを倒す展開も当然ゼロではない。しかし、そうなった場合の作戦も考えてある。それも特に難しい作戦ではないから、今ここで説明して頭に入れる必要はない。そう言って御船真瀬は話を続ける。ジジ小隊の単独攻撃に気付いたビビアナは、きっとアレックスとエルシェの二小隊を置いて一対一の勝負に応えるはず。そこでジジはビビアナを引き連れて遠い海域に誘い込んでほしい。とにかく戦場となる場所から遠く離れるんだ。そしてエドガー小隊を除く御船艦隊は百八十度旋回し、カトリーナ小隊に背を向けてアレックスとエルシェの二小隊を一気に討ち取りに行く。
最後にまとめると、これは四面的な局地戦になる。御船艦隊vsエルシェ小隊。ジジ小隊vsビビアナ小隊。エドガー小隊vsカトリーナ小隊。ステラ艦隊vsクレーメンス小隊。開戦時間はステラ艦隊が早い分、もしクレーメンス小隊を早くに倒せた場合は、すぐ御船艦隊に合流してほしい。エドガー小隊も旗色が悪いと判断すれば即座に引き返して御船艦隊と合流すること。これは包囲されることを前提にした作戦だ。御船艦隊とエドガー小隊は互いの背後を守り合う戦いになる。もちろんステラ艦隊もクレーメンス小隊と戦うことで御船艦隊全体の背後を守ることになる。つまり、これは仲間を信じて背中を預ける戦いだ。各自それをしっかりと意識して戦いに臨むように。
御船真瀬の忠告を最後に作戦会議は終わり、全アドミラルはドックに整列。愛機たるバトルアークに乗艦して出撃する。が、そこでエドガーのフルンベルが定期メンテナンスを怠っていたせいで砲塔が動かず故障していたことが判明。全員ズッコケる。それからしばらく漫才を繰り広げたあと、気を取り直してどうしようと慌てる中でモニカ・ランドールは修理用ロボットを引き連れて修理開始。すぐに故障の原因を突き止めるが、修理完了まで少々時間が掛かるという。ならば修理が完了次第、伏兵として潜伏する地点に向かってくれと伝えて御船艦隊は出撃した。
中西部海岸沿いから発艦し、中北部の海域に入った頃。北部の浅瀬まで
北部の浅瀬に入った頃。後方・中北部の海域では徐々に暗雲が集いぽつぽつと小雨が降り始め、いずれ嵐になりそうな雲行きの怪しさを呈していた。もしやクレーメンスは地形変化だけではなく天候変化のスキルまで有しているのかと不安になる。だがそんな情報は無かったため、嵐に関しては単なる自然の成り行きであると御船真瀬は判断した。しかして前方の浅瀬に艦影を発見。そこには数えて五つの小隊が見えた。ビビアナ小隊、アレックス小隊、エルシェ小隊、カトリーナ小隊、古謝小隊が勢揃いしている。御船真瀬の予想では小型艦三小隊は伏兵として潜んでいたはずだった。まさか予想が外れたのか、またはこちらの別働隊に対して作戦を変更し、奇襲を取りやめたのか。もっとよく確認したいと言って藤本さちから望遠鏡を借りた御船真瀬は、浅瀬に集うビビアナ艦隊を目視。すると御船真瀬は不敵に微笑んだ。「兵は詭道なり」御船真瀬は力強く断言する。「あれは
「カトリーナ小隊と古謝小隊以外のバトルアークは誰も乗っていない。継承戦の規約では、ドックに用意してある“演習用のAIロボットが搭乗するバトルアークを継承戦の戦力としてはならない”というものがある。だが継承戦の規約にはどこにも“ドックにある余りのバトルアークを継承戦に持ち出してはならない”とは書いていない。つまりルール上、カカシを用意することはルール違反ではない。故にあれは、こちらを動揺させるための陽動だ。カカシに驚いて後退しようものなら、瞬時に小型艦三小隊の機動力であっという間に包囲される」いくら包囲されることが前提の作戦とは言え、驚くあまり準備に手間取っていれば、それは奇襲を受けるも同然だ。包囲と奇襲の合わせ技は、それだけで一撃必殺の威力を持つ。そのため焦ることだけはしないように御船真瀬は言い含めて、全艦隊を作戦取り配置した。
そこでカトリーナ小隊は前進を開始。するとカカシであるはずのバトルアークも一拍遅れて前進を始めた。あれはカカシではなかったのかとジジは指摘。御船真瀬は「おそらく縄で繋いで牽引しているだけだ」と言い、とにかく作戦通り展開するよう命令する。だがジジ・ヴァイオレットは依然として動揺が消えておらず、御船真瀬の言葉を信じられないでいた。それを察したルチアが声を掛ける。続いて藤本の言葉も届き、最後にファルファラが念を押す。その言葉はどれもが御船真瀬を信頼するものだった。ジジ・ヴァイオレットは不思議がる。どうして彼らは盲目的に仲間を信じるのか。そのせいで先日は茅森漣の暴走を許し、手痛い被害を被ったというのに。その指摘を受けた御船真瀬は微笑みを以て答える。「以前、なんの保証もないのに全幅の信頼を寄せられたことがある。そのとき不思議と思ったんだ。
かくして全艦戦闘配置に就き、いざ作戦行動を開始。御船艦隊は後退を開始。するとカトリーナ小隊が全速前進。そこで後方から謎の艦影を発見。それがビビアナ小隊・アレックス小隊・エルシェ小隊の小型艦三小隊であることが発覚する。御船真瀬の読み通り、カトリーナの大艦隊に見せかけたバトルアークの数は全てカカシだった。御船真瀬はジジの名前を叫ぶ。言われるまでもないと作戦通り単艦で突出したジジ・ヴァイオレットは、ビビアナ・サリニャーナとの決着を付けに行こうとする。
そんなジジの行動にビビアナは驚いた。彼女は先刻の作戦会議で「ジジと一対一で勝負したい」と発言したところ、カトリーナから「これは継承戦だからジジは仲間を引き連れてくる。だから一対一の勝負にはならない。よってビビアナもアレックスとエルシェを引き連れてジジと戦って」と指示を受けていた。しかしカトリーナの予想が外れたことで、ビビアナはどうすればいいのか分からず動揺する。そこでカトリーナから緊急の通信が飛んできた。
「ビビアナ、チャンスよ! ジジを倒しなさい!」
「えっ……でもでも! ジジは一人でこっちに来てるよ!?」
「これは継承戦よ。子供のわがままは後回しにしなさい! それにさっき約束したでしょ。三人でジジを倒すって……」
「でもそれは、ジジが仲間を引き連れていたらの話で……」
そのときジジの指向性チャンネルによる通信が飛んでくる。それを受け取ったビビアナはジジとの通信に応じた。
「ビビ! 今日こそ決着を付けるわよ! まさかとは思うけど、アレックスやエルシェを連れて袋叩きにしてくるなんてことはないわよね?」
「そ、そんな卑怯なことしないよ!」
「じゃあなに? 私との約束は破るわけ?」
「や、破らない! でもでも……三人で戦うってカトリーナとも約束しちゃったし……うぅ、どうしよう……」
そこでジジは進路を変えて戦場から遠く離れた場所に向かい出す。そこでビビアナを待っていると通信を入れて切断。ビビアナは懊悩する。そんなビビアナの心中を察して不安げに見守っていたアレックスとエルシェは、それぞれ一緒に悩んであげた。
「び、ビビちゃん……まずは落ち着いて。一緒にどうすればいいのか考えよう……?」
「うーん……どっちの約束を優先するか……こりゃ難しいな。ビビはジジもカトリーナも裏切りたくないだろうし……」
「……ねぇビビちゃん。ビビちゃんはビビちゃんの好きな方を選んでいいよ。約束を破っちゃった方には、あとで私も一緒に謝るから……」
そんなエルシェの言葉に感動したビビアナは一息で決断する。
「エルシェ……よし! じゃあジジと一対一だね!」
「────っておい! ビビおまえ、今ぜんぜん迷わなかったな?!」
「だってジジとの約束の方が大事だもん! カトリーナに怒られるのは怖いし、悪いとも思ってるけど……でもエルシェとアレックスが一緒に謝ってくれるなら怖くない!」
「え、おれも一緒に謝るのかよ!?」
かくしてビビアナは単艦で独断専行。包囲網を仕掛けて後方奇襲を仕掛けるはずのエルシェ小隊とアレックス小隊は取り残される。この展開にカトリーナはため息をついた。正直どう足掻いてもこの展開は避けられないことは分かっていた。ここで叱りつけて無理に小型艦三小隊を作戦通り行動させてもビビアナとアレックスの士気は極めて低下する。こればかりはエルシェの励ましがあってもすぐの士気回復は不可能。それに幼気な小学生どもに友情か勝利かなんて説得、余計に苦しませるだけに決まっている。「御船真瀬……とことん大胆にやってくれたわね……」それでもビビアナがジジに負けるなんてことは有り得ない。すぐにビビアナは決着をつけて戻ってくる。そう信じてカトリーナは、いま自分の艦隊にできることを命令した。
御船真瀬は旗艦ビビアナが単艦でジジを追跡していった光景を見届けて、次なる指示を出す。前門の虎たるカトリーナ小隊と古謝小隊、後門の狼たるアレックス小隊とエルシェ小隊。御船艦隊は一斉旋回を開始、エルシェ小隊に向かって全速前進の攻勢を仕掛ける。
これもまたカトリーナにとって予想外の行動だった。定石通りなら先に参謀を討ち取ることで指揮系統を混乱させるはず。そのために古謝小隊を盾として配置したのに、このままでは御船艦隊によって小型艦二小隊が大打撃を被ってしまう。それを防ぐため御船艦隊の背後に攻撃を加えていくが、不意にカトリーナは嫌な予感が脳裏をよぎった。姿が見えないエドガー小隊。それが伏兵であることは分かりきっている。だが
かくして御船真瀬の作戦通り、四面的な局地戦が勃発した。
時は遡り。ステラ艦隊vsクレーメンス小隊。“副官”ステラは中型艦のヴィエナ小隊が護衛し、残る小型艦の茅森小隊は攻撃スキルで怒涛の攻撃を加え、ニコラ小隊は補助スキルで、フロラ小隊は妨害スキルで援護する。しかしステラ艦隊の連携をあざ笑うかのように大波がバトルアークを攫い、海面に漂う岩礁が行く手を邪魔し、それに激突すれば少量のダメージとなって蓄積、雨が降り視界不良、暗雲は太陽を遮り岩礁地帯は暗礁地帯に様相を変える。吹き荒れる嵐はとことんステラ艦隊の攻勢を阻害し、遠方からは射程ギリギリの中型艦機関砲が撃ち込まれる。中型艦から構成されるクレーメンス小隊と桃原小隊は、ステラ艦隊の殆どを地形効果によって寄せ付けず、一方的な攻撃を加えていた。なかなか突破口を切り開けない中、不意にステラ小隊が突出。クレーメンスの作り出す地形効果の大波を見切って波に乗り、暗礁の漂流タイミングを計算して回避、突破に成功して敵艦隊に速射砲を浴びせる。しかし十隻の中型艦を相手に小型艦一小隊で太刀打ちできるはずがない。確実に頭を潰すためクレーメンス小隊と桃原小隊の砲撃がステラ・パレットに迫る。次の瞬間、波に乗って暗礁を飛び越えた茅森漣が飛び出し、かつて“青い閃光”がやったように、ステラのバトルアークにぶつかって位置をずらした。砲撃は海面に着弾。「副提督はこのオレ、茅森漣が守る! 漣隊、オレに続け!」茅森漣は見逃さなかった。先ほどステラが波に乗って暗礁を抜けた道筋と抜け方を目に焼き付けて記憶し、それを真似たやり方でクレーメンスの作り出した地形を突破してきたのだ。急激な茅森小隊の成長にステラは驚くが、それでも火力が足りない。地形を抜けることができた小隊はステラと茅森のみ。しかしここでステラと茅森の二小隊が敵の艦隊の砲撃を受け持つことができれば、その間に砲撃を気にせず後続部隊が暗礁地帯を抜けてくれるかもしれない。いや、抜けなければならない。ステラは敵の意識を引き付けるため指向性チャンネルを送り、クレーメンスと通信する。
「────あなたの石兵八陣。突破させてもらいました」
「……へぇ。ただの庶民の娘と思っていたけど、意外や意外、貴重な古代兵法書を知っているんだ?」
石兵八陣。それは古代兵法書に記されていた地形効果と天候予測による天然自然の不壊の要塞。まさかそれの使い手と当たるとは思ってもいなかったが、地形変化スキルを使うと分かっていれば似たような戦術を使用してくることは容易に想像できた。それでも目の前で見たクレーメンスのスキルは強力すぎて驚いた。しかしステラ・パレットは沈着冷静な観察眼で石兵八陣を攻略、それの突破に成功した。
「君……ステラ・パレットだっけ? データベースでは幼い頃に成績優秀で神童と呼ばれていたけど、そのあとすぐ平々凡々な女の子として普通に暮らしていた。得てして神童とは歳を取ればただの人と言うが……君の場合は違うようだ。あれかな? 能ある鷹は爪を隠していた……ってわけかい?」
「いえ、どちらかというと……
ステラ艦隊、暗礁地帯を抜けて全艦合流。そこでクレーメンスは、カトリーナからの緊急通信を受け取る。
「クレーメンス。すぐに戻ってきなさい。ステラ艦隊は後回しよ。ビビの独断専行で作戦が崩れた。あなたの地形変化スキルがあればまだどうにでもなる。急いで振り切ってきなさい」
「あぁ姉さん。その件なんだけど、ちょっとボク負けそうだ」
「…………は? 何を言って……今あなたが戦っているのは御船艦隊の二軍よ? 何をミスしたの!?」
「僕はミスなんてしてないよ。それは姉さんが一番わかっているはずだろう。ただ相手の知略の方が上だっただけだよ。せめて古謝小隊と桃原小隊を取り替えていればね……」
「もしもの話はしても仕方がないわ。いいからすぐ戻ってきて!」
「その焦り具合だと、かなり後手に回ってるようだね。となると御船真瀬は本多正信に匹敵する策士だったわけだ。でも御船真瀬は、そんな自分に匹敵する副官を育て上げていた。戦闘禁止期間という、この短期間でね……」
ステラ艦隊は妨害スキルを得意とするフロラ小隊を桃原小隊に当てて足止め、その間にクレーメンス小隊に全艦突撃を仕掛ける。ステラの妨害スキル、茅森の攻撃スキル、ニコラの補助スキル、ヴィエナの回復スキルをフル活用して追い詰める。やがてクレーメンスのバトルアークが大破。返す刀で桃原小隊に切り込み桃原咲亜矢のバトルアークも撃破。
「やった!」
「よしっ!」
思わずガッツポーズを取ったステラと茅森は、勝利の余韻に浸るにはまだ早いと、そのまま御船艦隊に合流するため全速前進を開始する。それを見送るクレーメンスはスキルの使用を停止、すると波は落ち着き渦は解け、暗雲は立ち去り雨は止み、周辺海域に凪の時が訪れる。
「うわぁ……鼻血が止まらないよ。この姿みっともないからホント嫌なんだよなぁ……」
難敵という言葉が似合うクレーメンス・オーケルフェルト。彼は甲板の上で仰向けに倒れ伸びをする。そうして雲の上から顔を出した太陽の陽射しを浴び、青空を見上げて目を閉じた。その寝顔はぐっすりとしており、スキル使用による沸騰しそうだった脳髄を休ませた。
時は戻り。エドガー小隊vsカトリーナ小隊。バカみたいな火力を持つフルンベルの一撃が古謝小隊を次々と撃破していく中、カトリーナは弟クレーメンスの敗北を知って悔しさを噛み締める。全てが後手に回っている。集中攻撃を受けているせいで指示を出す余裕もない。なぜそんなことになっているのか。考えられる理由はただ一つ。カトリーナの作戦が全て読まれていたからに違いない。その証拠に御船艦隊は誰ひとりとして動揺していない。というのもカトリーナは、オーケルフェルト家が発掘した古代兵法書・断章(その参)を所有しており、それに記されていた石兵八陣はクレーメンスに授け、もう一つの奇策・玄襄之陣を今回実行に移していた。玄襄之陣とは即ち大軍に見せかける布陣を敷くことであり、敵を惑わせることを目的とする。わざわざドックで空っぽのバトルアークを大量に紐で繋ぎ止め、あたかもビビアナ艦隊が勢揃いしているかのように見せかけた奇策のことである。これによる狙いは御船艦隊の動揺を誘い、御船真瀬への不信感を募らせることにあった。総提督は全人派だが、その配下の殆どは選民派。短期間の戦闘禁止期間で派閥を抜きにした友好関係を築くことは難しい。いくら御船真瀬が知将であり、カトリーナのこの玄襄之陣を見抜いたとしても、はたしてカトリーナの背後に並ぶ空っぽの艦隊が本当に
────「御船真瀬は本多正信に匹敵する策士だ」「戦闘禁止期間という短期間で、彼は自分に匹敵する副官を育て上げていた」
副官とはステラ・パレットのことだろう。つまり御船真瀬は知略だけでなく、敵の戦術や相手の素質を見抜く眼力も持ち合わせていると? いや、まさか、それを含めての“戦術眼”なのか。
「ったく……まさか玄襄之陣を見破られるなんてね……強者がわざわざ虚勢を張る必要はない……その心理を逆手に取ったつもりなんだけど……どいつもこいつも御船真瀬を信じて背中を預けている……」
エドガー小隊は御船真瀬の作戦を信じきっており、一切の不信なく果敢に任務を遂行している。やがて古謝艦隊は打ち破られ、次はカトリーナ小隊が狙われる。ビビアナは未だ戻ってこない。きっと楽しくジジと交戦中だ。彼女が勝って戻ってくるまで時間を稼ぐしかない。ここから“参謀”カトリーナの知略と根性が試される。
「はぁ……久しぶりにキレたわ。こうなったら恥を晒してでも取り返さないと……気は進まないけど、全スキル発動────
一方その頃。御船艦隊vsエルシェ小隊。御船真瀬は号令一下、アレックスとエルシェの小型艦二小隊の高度な連携を防ぐため、とにかくエルシェ小隊を執拗に狙っていく。その攻撃を庇うアレックス小隊だが、彼らの強みはその攻撃力にある。エルシェ小隊を守るため防戦一方に徹していれば強みの攻撃力は活かせない。ファルファラ小隊は旗艦・御船真瀬の護衛に務め、ルチア小隊は中型艦による支援砲撃、モニカ小隊と藤本小隊は小型艦による連携的速射砲で標的エルシェを狙撃する。演習通りの戦果を挙げてエルシェ小隊は大破。残るアレックス小隊は守るものがなくなって怒涛の攻勢に転じる。やはり一小隊となっても連度が高いアレックス小隊は強く、茅森小隊クラスの実力がなければ抑えられない。一度攻勢に転じたアレックス小隊は瞬く間にモニカ小隊と藤本小隊にダメージを与えて旗艦・御船真瀬に差し迫る。どうやら相撃ち覚悟で一発逆転を狙いに来たようだ。そこに“守護者”ファルファラ小隊が前に出てアレックス小隊を牽制。いよいよ追い込まれたアレックス小隊は援軍さえあればと奥歯を噛み締める。
そこに一発の砲撃が轟いた。撃ち手は“切れた斧”カトリーナ・オーケルフェルト。彼女は超々遠距離からの砲撃をファルファラの中型艦に必中させる。その間隙を突いてアレックス小隊が旗艦・御船真瀬を討ち取りに行くが、素早くカバーに入ったルチア小隊によって邪魔される。そうして思わぬ方向からの攻撃に驚いた御船艦隊は、何かが変わったカトリーナ小隊に目を向けて、彼女と交戦中のエドガー小隊に報告を求む。エドガーによれば突然カトリーナの雰囲気が急変し、今まで耐えるばかりだった状態から急に攻勢を仕掛けてきたという。加えてフルンベルの攻撃が全くと言っていいほど当たらなくなり、対するカトリーナ小隊の攻撃が全弾命中するようになった。しかもカトリーナ小隊全体の攻撃力が急上昇しており、今やエドガー小隊は全滅寸前だという。いったい何が起こっているのか。藤本さちもこれはデータにない状況だと動揺を見せる。そこにカトリーナから指向性チャンネルが届き、御船真瀬は耳を傾ける。
「アッハハハ! どうかしらドブネズミども! 驚いたかしら!? 私は複数のスキルを持っている! 自身のバトルアークを修復する回復スキルでフルンベルの一撃を受けても大破せず! 自身の火力を上げる攻撃スキルでフルンベルの耐久力を貫き! 自身の小隊の
豹変したカトリーナの性格。それを見たアレックスは恐れおののく。
「うわぁ……話には聞いていたけど、実際に見るのは初めてだ。カトリーナのスキルって数が多いから、それを一斉に使用すると頭がおかしくなって性格が変わっちゃうっていう……しかもどのスキルをいくつ使うかで微妙にキャラも異なるらしいし……今回は女王様系だから、もしかしたら全部のスキル使用したのかな……クレーメンスもスキルを使うと鼻血を出すみたいだし、
アレックスの言う通りスキルの使用には副作用がある。前回の継承戦では十五名のアドミラルが死亡した。その半数以上が勝利のためにスキルの過剰な使用を躊躇わなかった結果、脳漿が破裂したり、廃人も同然になってしまったアドミラルが存在する。
カトリーナ小隊に押されるエドガー小隊。そして突進を続けるカトリーナの中型艦とエドガーの中型艦フルンベルが激突。そのままカトリーナ小隊は強引にエドガー小隊を正面突破して御船艦隊の背後を突いた。しかして矢の雨のように飛来するカトリーナ小隊の砲撃は抜群の精密性でモニカ小隊と藤本小隊を吹き飛ばし同時に撃破する。一転して窮地に陥った御船艦隊。その間隙を逃さずアレックス小隊が旗艦・御船真瀬を狙い、それを守るファルファラ小隊とルチア小隊が着実に装甲を削られていく。やがて旋回したエドガー小隊はフルンベルの一撃をカトリーナ小隊の背後に一斉掃射で浴びせるが、カトリーナの補助スキルにより強化された小隊の回避力で難なく躱されてしまう。女王カトリーナはあざ笑う。「どれだけ智謀策謀を尽くそうが、たった一つの巨大な力で沈没する。それが継承戦よ!」たしかにそれは一理ある。だが常にそうとは限らない。それもまた継承戦である。御船艦隊は高速旋回。目標は強者たるカトリーナ。その後方からは一つの艦隊が高速接近していた。
「ステラ艦隊、到着しました!」
難敵クレーメンスをくだして見事、御船艦隊との合流を果たした“慧眼の鷹”ステラ・パレット率いる艦隊は、常なる情報共有により事態は把握している。覚醒したカトリーナを倒すためにはどうすればよいのか。ステラ艦隊は“総提督”御船真瀬に指示を仰ぐ。「カトリーナ小隊の背後にいるエドガー小隊と共に挟撃を仕掛ける! 今度はこちらが包囲するんだ! 敵小隊は全ての能力に秀でている! カトリーナの無敵にも思えるスキルにも突破口はある! それは全員の連携だ! みんなのスキルを合わせれば必ず勝機は見える!」そこで茅森漣が「アレックス小隊はどうすんだ」と指摘する。「漣、お前に頼めるか!」その一言を待っていた茅森漣は自身の小隊に命令を下し、アレックス小隊を引き付ける役目を負う。加えて御船真瀬は指示を飛ばした。「カトリーナのスキルの効果範囲は広い! アレックス小隊と合流すれば高性能の小隊がもう一隊増える事になる! それだけは阻止するんだ!」「了解!」そこでステラ・パレットは諌言する。いくら茅森小隊でもアレックス小隊にはあらゆる点で敵わない。ここはあと一小隊でも援軍を送るべきであると。しかしこれ以上戦力を割けばカトリーナ小隊に太刀打ちできなくなる。ジジとビビアナの件もある。ここは短期決戦で茅森小隊とジジ・ヴァイオレットが敗北した時のため、即座にカトリーナを討ち取る必要がある。
補助スキルによる小隊の速力で高速接近し、今の御船真瀬の発言を聞き取ることができたカトリーナは下策だと断ずる。
「最初から参謀である私を討ち取りに来ていれば、この展開は避けられたでしょうね! 貴方ほどの戦術眼なら、もっと利口な立ち回りができたんじゃないのかしら!?」
「たしかにその通りだ。真っ先にカトリーナを討つのが定石であることは承知していた。しかしそれでは御船艦隊の成長には繋がらないと判断したんだ」
「継承戦は負けないことが大事よ。敗走しても吸収されなければ次がある。それくらい分かっているでしょうに……確実に勝てる作戦を捨ててまで味方に試練を与えて自ら危機を招くなんて……こっちを舐めるのも大概にしてちょうだい!」
「舐めてはいない。ただ俺は今までの継承戦を通して学んだことがある。それは
「ほざきなさい! 今にビビアナがジジを倒して戻ってくるわ! アレックスなら、あんな調教のなっていないガキ、簡単に倒して戻ってくる! 負けるのは貴方よ、御船真瀬!」
「ご教授ありがとう。だが少々、頭に血がのぼりすぎているようだ。よく周りを見た方がいい」
御船艦隊の包囲完了。いかに回避力が上がったところで全方位からの集中砲火から逃れる術はない。ましてやカトリーナは中型艦を中心とした小隊だ。的が大きい。御船真瀬の号令一下で全アドミラルがスキルを発動、大波荒れる弾幕が一点に集中する。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」
爆発。カトリーナのバトルアークが大破する。そしてスキルを解いたカトリーナは気絶。大量のスキルを同時使用したことに意識が耐え切れなかったのだろう。安否確認をしたいところだが、それは既に撃破されているほかの小隊に任せる。
一方、茅森小隊は劣勢に追い込まれていた。アレックス小隊を追い詰めるどころか、逆に追い詰められている。しかしジジ・ヴァイオレットとの演習と比べればアレックス小隊は遅い。遅すぎる。勝てはしないが逃げに徹すれば負けはしない。以前は攻撃ばかり考え旗艦を討ち取ることばかり意識していたが、先の大失敗を経験してから茅森小隊は戦局の把握と苦しい時の大事な我慢を覚えた。今に御船真瀬がカトリーナ小隊を倒してくれる。そうしたら援護に来てくれるはずだ。自分はそれまで持ちこたえればいい。だがそうそう自分の思い通りに行かないのが戦いである。茅森小隊が弱いと判断したアレックス小隊はまともに相手せず、なんと旗艦ビビアナのいる方角へ向かい始めた。そこで茅森小隊は気付く。御船艦隊がカトリーナ小隊を撃破し、こちらに来ていることに。同時に自分の考えの甘さを悟って後悔する。てっきりアレックス小隊はカトリーナ小隊と合流したがると思い、そればかりに気を取られていた。ビビアナ小隊に合流することを全く考えていなかったのだ。茅森小隊は急いでアレックス小隊を追い掛ける。爪の甘さを嘆く暇はない。反省会は後でいくらでもする。ただ負けることは許されない。アレックス小隊とビビアナ小隊を合流させてはいけない。その強い思いがあっても互いの距離はどんどん開いていく。機体と操艦能力の差が如実に現れた。それでも御船艦隊の中でジジ・ヴァイオレットに次いで次に早いのが茅森小隊である。ここでジジを助けることができなければビビアナとアレックスが組んで次の脅威になってしまう。後方の御船艦隊も中型艦の中距離砲でアレックス小隊を狙い、その前進を妨げるが、巧みな操艦能力で的確に回避していく。それを見た茅森漣は、アレックス・ベーレンズという同い年くらいの少年が自分より圧倒的に強いことを知る。
一方その頃。青天の下に大海原が広がるエメラルドグリーンの海域は夕焼け一色に染まりつつあった。海面を弾き白い波を起こして鳥のように疾駆するは“青い閃光”ジジ・ヴァイオレット。対する“落葉の桜”ビビアナ・サリニャーナは、鳥のように早いバトルアークより早く海上を疾駆していた。機体の速度性能においてはジジの方が勝る。それでもビビアナの方が早い理由は彼女のスキルにあった。それは補助スキルによる回避能力の向上。即ち一時的な機動力の底上げである。舞い落ちる葉っぱを掴み取るのが容易ではないように、桜の花びらもまた捕まえるのが難しい。競争のように走ればビビアナが前に出て、ビビアナの背後を取って取り回しに優れるガトリングガンを撃ち込んでもかすり傷さえ与えられない。互いの実力は伯仲しているはず。継承戦前の戦歴は九勝九敗。ここで勝てば十勝の大台に乗る。その大台の決着を継承戦でつけようと約束した。負けるつもりはない。だが勝ち筋が見えない。ジジ・ヴァイオレットは焦っていた。攻撃スキルを使用しても当たらなければ意味がない。スキルの効果が切れるタイミングを狙うしかないが、ビビアナは巧みな操艦能力でいつスキルの効果が切れたのか悟らせない。そのため二人の勝負は長期化し、激しく動き回ってはいるが事実上の膠着状態に陥っていた。
「ジジの火力だと、ビビの小型艦じゃ一撃で致命傷だからね! そう簡単には喰らわないよ!」
「っ……だからって、そっちも攻撃しないと終わらないわよ」
「別にいいもん! ジジとの追いかけっこ楽しいし!」
ジジは思う。自分はすぐにビビアナを倒して御船艦隊と合流しなければならない。でなければ御船艦隊に勝ち目はない。仲間を信じても戦力差は覆らない。圧倒的な実力こそ最も勝利に貢献する。だから自分は絶対に勝たなければならない。絶対に。
「ジジ、動きが硬いよ!」
「ぐっ……!」
初めてビビアナの攻撃を受けた。その動揺は走りにも現れる。
「どうしたの? 本調子じゃないの? こんなんじゃつまんないよ! またビビが勝っちゃうからね!」
「いいえ、私が勝つ! 絶対にっ!」
燦々と燃える紅玉の海上に青い桜が乱舞する。そこに一隻の小型艦が現れて大きな声を上げた。アレックス・ベーレンズである。
「ビビー! がんばれぇー!」
「えっ! アレックス? なんで!?」
「っ……!」
ジジは新手の出現に動揺する。一対一の状況が崩れた。つまり遅かった。御船艦隊はやられたのだ。────でも待って。アラートが鳴っていないということは、旗艦・御船真瀬は討ち取られていないということ。それにエルシェ小隊の姿が見えない。ジジはビビアナとの戦いに集中していたため戦局の把握ができておらず困惑する。
「ビビアナ艦隊は殲滅された! もうおれとビビしか残ってねぇ! だから急いでジジを倒せ! そんでおれとビビでエルシェたちの仇を取るぞ!」
「うそ!? よーっし、分かった! ごめんジジ、遊んでる暇がなくなった! そろそろ決着を付けるよ!」
「……!」
ジジは信じられなかった。御船艦隊がビビアナとアレックスを除く艦隊を撃破したことを。加えてアレックスは観戦に徹している。自分を倒すなら絶好のチャンスであるはずだが、その気配はない。ただ後方を気にしている。それはなぜ?
「おりゃ!」
「くっ……!」
攻勢に転じたビビアナと対決するので精一杯で周りを見ている余裕がない。とにかくビビアナを倒すことに集中する。しかしジジの耳には、かすかに色々な人の声が聴こえてきていた。
「ジジ! 負けるなぁ! 頑張れぇ! いやもう頑張ってるか! とにかく勝って! お願い!」
「ジジ! 負けたら許さないぞ!」
それはステラ・パレットと茅森漣の声援。
「ジジ! ────全アドミラルは攻撃中止! アレックス・ベーレンズからの攻撃がない限り誰も手を出すな!」
「ジジちゃん!」
それは御船真瀬とヴィエナ・アウッティの呼び声。
「────────」
ジジ・ヴァイオレットは不思議と心の奥底で沸き立つものを感じた。たかが声援。たかが傍観者。ビビアナとの対決を邪魔しないでくれるのはありがたいけど、継承戦の本質を考えれば旗艦ビビアナを討ち取るチャンスであるはずなのに、誰も横槍を入れてこない。これは異常だ。変だ。おかしい。合理的ではない。まったくもって不可解な状況だ。それでもジジはバトルアークの操舵を無意識に強く握り締めていた。他者からの信頼に意味はない。それが戦果に直結するわけではない。期待も無意味だ。所詮は自分が何を成せるか。それを他人にとやかく言われて勝手に期待されて勝手に落ち込まれて、勝手に信じて勝手に呆れられて、そんなのは愚かなことだ。でもジジは先ほど感じた心の奥底でふつふつと湧き上がる何かに興奮していた。それを言語化するのであれば、そう────まるで背中を押されたような感じがした。たかが無責任な声援。たかが傍観者の戯れ言。ジジ・ヴァイオレットの能力には何の意味もなさないはずの言葉であるそれは、実際にジジの背中を押してくる。後押しするかのように全身に鳥肌が立って響いてくる。理屈は分からない。だが不思議と思った。
今なら勝てる。
「ビビ!」
「……!」
ビビアナの回避スキルが途切れた瞬間を見逃さず、攻撃スキルを使用した高火力のガトリングガンを浴びせる。ずっとそのタイミングを掴み損ねていたのに、なぜ今になって急にそれを見破ることができたのか。理解できない。一方的に信頼を寄せられて、一方的に応援されて。正直邪魔だ。こうやって余計なことばかり考えてしまう。それなのに体は正直に、まっすぐとビビアナを倒すために動いていた。それはなぜ。応援のおかげ? 信頼に応えたいから? 機械的な動作。洗練された操舵。巧みな操艦能力は普段より切れ味鋭く発揮されて────遅延する世界。ふと気付けば知らぬ間に仲間たちと同じような咆哮を上げており、不意に目の前のバトルアークが爆発していた。旗艦ビビアナ・サリニャーナが討ち取られたことで戦闘終了のアラートが鳴り響く。次の瞬間、御船艦隊が密集している場所から多くの歓声が上がった。拍手喝采の中、ジジ・ヴァイオレットは悪くない気分で“総提督”御船真瀬の旗艦に近付く。
「御船総提督。正直、私抜きで勝てるとは思っていませんでした。いったい何をしたんですか?」
「俺は作戦を指示しただけだよ。そのあとはみんなが頑張ってくれたおかげだ。もちろんジジもね」
「……やっぱり理解できません。でも先ほど言っていた、あの話……」
「……?」
「全面的な信頼を根拠もなく寄せられたとき、不思議とそれに応えたくなったという意味不明な話についてです」
「あぁ、それか……なんだかかなり否定的な解釈で言い換えられているけど……それがどうかしたのか?」
「……いえ、なんでもないです。────まだ、ほんの少ししか分かった気になれていませんから……」
ぼそりと呟いたジジのところにステラがやってきて、通信機越しに抱きつかんばかりの勢いで喜んでくれる。
そして御船真瀬は“総提督”ビビアナ・サリニャーナとの吸収手続きを踏む。しかしビビアナは手続きの仕方が分からないという。そこにカトリーナの通信が入る。継承戦の最中に撃破されたアドミラルは、例外を除いてその戦闘が終了するまで生き残っているアドミラルと通信してはならないという規約が存在する。しかし旗艦を討ち取って戦闘が終了したことで継承戦の管理者たるエムザラにより通信機のロックが解除された。カトリーナは語る。ビビアナは
そうして御船艦隊はビビアナ艦隊を倒して吸収し、セクター47における激戦を勝ち抜いたことを実感する。それからセクター47に配置された全アドミラルは中西部海岸沿いの御船艦隊専用ドックに集合し、次なるセクターに配置される時を待つ。それまではいわゆる休戦日。ほかのセクターの戦いが終わるまで休むことができる。そして帰港中、ジジはステラから戦いの過程を聞かせられる。御船真瀬の先を読む戦術眼と、ステラ・パレットが見た石兵八陣、カトリーナの豹変ぶりと知勇兼ね備えた最後の抵抗の凄まじさと言ったら……などなど、それぞれが戦いの中で掴み取ったものを話し合う。
やがてドックに帰還した一行は倒れるように眠りに就く。しかし寝るにはまだ早い。夕飯が待っている。昼寝の後に起きれば満月の星空。食堂に向かえば御船真瀬とルチア・オリーヴェによる豪華な夜食が用意されており、勝った方も負けた方もお疲れ様と言わんばかりの宴会が催される。
かくしてセクター47での激闘は終わりを告げた。しかしそれは継承戦において序章でしかない。御船真瀬はこれからも勝ち残れるかと思案する。終末派に鞍替えした親友・槐新。同じ全人派だがライバルの海月結衣。ほかにも名立たるアドミラルが跋扈する海の上で、はたして今回のように御船真瀬の作戦は通用するのか。だが不安がっていても仕方がない。あらゆる状況に対処できるよう準備を整えておく。理想は万全之策。それでも茅森漣の突出やフルンベルの故障といった事故はある。何事にも絶対はない。故に今よりもっと周りを見ることが大切だと御船真瀬は改めて心に刻み込み、これからの継承戦を勝ち抜くことを惑星ラメクがほのかに見える夜空に誓った。
§
第一章・完