ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
深夜の食堂。御船真瀬はステラ・パレットにグラタンを振る舞う。それはステラの大好物であり、大好きなママが作ってくれる思い出の品でもある。ステラは「やっぱりママのグラタンが一番だけど、真瀬さんのグラタンも最高!」とほくほく顔で食べる。美味しそうに食べてくれる姿を見て満足気な御船真瀬は、そこである一言を告げてみた。
「もし、これからも俺のグラタンを食べたいなら、俺の部屋に来るといい」
「え?」
食堂のリクエストは夜食限定で一日一人。みんなで同じ料理を食べるのが御船艦隊のルールである。故にみんな今日は私の大好物を、今日は俺の大好物を、今日は自分の大好物をとリクエストする。そのため自分の順番が回ってくるのを日々待たなければならない。しかし御船真瀬が個人的に振る舞ってくれる料理なら話は別である。今回ステラは小腹満たしのため食堂に赴いたが、深夜の間食は体に悪いのではないかと思い迷っていた。そこで御船真瀬と出会い、訳を話したら、深夜に食べても健康が損なわれない調理法でグラタンを作ってくれた。彼の下に行けば好きなものが食べられる。思えばジジも勉強とお祝いの報酬としてハンバーグをたくさん作ってもらっていた。正直うらやましいと思っていたが、その恩恵に自分も預かれるのではないかと悪魔の囁きが脳裏によぎる。
「嫌ならいいんだ」
「あ……」
そのセリフ
「え、えっと……それじゃあ……お、お言葉に甘えて……?」
おそるおそる様子をうかがいながら若干の曖昧さを残しつつお願いしたステラ・パレットは、御船真瀬の反応を探る。
「そうか。ありがとう。俺もステラに料理が振る舞えて嬉しいよ」
御船真瀬は人に物を食べさせるのが大好きだ。自分の料理を美味しそうに食べている人を見る時の彼の顔は、率直に言ってとても嬉しそうで、幸せそうで、爽やかな微笑みを食堂に添えていた。ぶっちゃけイケメンである。今まで見た御船真瀬の顔の中でも、料理を振る舞っている時の顔が一番純粋で本心が顔に出ている。それは過言ではなく、事実として皆が同意するところだろう。
「……真瀬さんのお嫁さんになる人って、なんだかブクブクと太っちゃいそうだなぁ……」
「えっ? 急に、何の話を? お嫁さん……?」
「あ、えっと、すみません。なんでもないです……あはは……」
ステラは思い過ごしだったかと少々残念がる。────残念がる? 少々とはいえそんな感想が出た時点で、ステラ・パレットが御船真瀬のことをどう思っているかについては答えが出ているも同然だった。しかしステラは選民派で、御船真瀬は全人派。男女の仲に派閥は関係ない……そんな大人なことが言えたら良いのだけど、あいにくステラは子供である。だが、きっと御船真瀬ならそんな大人なことを平然と、さも当然のように言い切ることができるのだろう。ステラの顔色が見るからに気落ちする。それを見た御船真瀬は何かグラタンに不手際があったかと動揺した。ステラはそんなことないと誤魔化すが、御船真瀬は真面目な顔でなんでも言ってほしいと言う。聞けば御船真瀬は未だ料理の師匠であるルチア・オリーヴェには敵わないという。上には上があるとは言うが、それは御船真瀬も同様であり、故に精進したい気持ちがあるようだ。しかし本当にグラタンは美味しいし、直すべきところなどない。ここは正直に別のことを考えてしまっていたことを打ち明けるべきか……それでも何について悩んでいたのかその内容を少しでも話さない限り、先ほど誤魔化しに失敗した手前、また料理に問題があったのかと誤解されてしまうかもしれない。御船真瀬を安心させたい気持ちと、こんなこと打ち明けられないと悩んだステラは、なんとか良い言い回しを考える。
「……その、こんなに美味しいグラタンを食べていたのに、ちょっと違うことを考えちゃって……グラタンはママとの思い出だから、家族を思い出したというか……。あの……せっかくのグラタンがまずくなっちゃうかもしれないんですが……少しだけ話を聞いてくれますか?」
ステラ・パレットは語る。なぜ自分は選民派に所属したのか。それは端的に言えば生き残るため。大切な人だけでも助けられるように、家族だけでも惑星ラメクに連れていけるように、誰かに言われたのではなく自ら考えた上で決断したことであると。しかし最近、それでよかったのかと思うようになってきている。選民派に所属してから周りの人と話し合ううちに、いずれ選民派の辿る未来がぼやけた輪郭だけでも段々と見えてきたことを。子供ながらに書物を読み、幼い頭で思ったことは、ある単語。独裁政権。そしてステラ・パレットはあまり地球時代のゲームを知らないし個人的な興味もないが、ふと選民思想が辿る未来はどうなるのかと気になって地球時代の情報を検索したところ、荒唐無稽な架空の話ではあるが参考になりそうなデータが見つかった。
その名も【
つまり何が言いたいのかというと、ステラ・パレットは“惑星ラメクに移民する”という当面の目標に向けて選民派を選んだが、徐々に“選民派が勝利して惑星ラメクに移民したあと世界はどうなるのか、社会はどう変わるのか”を考えた結果、ふと漠然とした不安が襲いかかった。という話である。
「……その年でそこまで考えを巡らせることができるなんて、すごいな。俺はそこまで考えたことはなかったよ」
御船真瀬は感心する。それが見当違いの返答だと分かっていても、申し訳ないが今の自分の将来設計や歴史知識ではステラ・パレットほどの考えは持っていないため議論を交わすこともできない。その旨を伝える。
「いえ、これは私の、ただの個人的な考えですので。他人に打ち明けたら馬鹿にされるに決まってますし、子供の戯言として片付けられます。だから同じ選民派のみんなには内緒にしておいてくださいね。絶対ですよ?」
「分かった。絶対に約束する。でもそんな話、俺にして良かったのか?」
「そうですね……本当は誰にも話すつもりはなかったんですけど、やっぱり誰かに話したかったのかも。それに真瀬さんは、なんだか私の全部を受け止めてくれそうだったから。つい甘えちゃいましたっ」
かくしてステラ・パレットはグラタンを食べ終えてご馳走様と会釈する。そのまま御船真瀬と別れて静かな廊下を歩きつつ、ステラは無意識に続きを考えてしまう。
はたして選民の行く先にはどんな未来が待っているのか。まさかひどい世界じゃなかろうか。たとえシェーラ・カーマインが良い時代を築いたところで、彼女が年老いて後任に譲りトップの座がすげかわれば、それだけでまた社会は容易に変容する側面を残している。それが実力主義にして独裁政権というものだ。実力主義を歌うのであればシェーラ・カーマインが存命中に革命されるのもルールの上でのこと。公平な暗殺となる。自らが上に立つと豪語する者ひとりあらばレジスタンスが発生する。人類のモラルは地球時代に逆戻りするのではないか……そんな恐怖の将来を思い描く。しかし全ては空想。全ては妄想。根拠は薄く論拠は無い。されどステラ・パレットは可能性を捨てきれない。今まで惑星ノアが地球時代より平和で居られた理由はなぜか。地球と惑星ノアの違いはなんなのか。それは
そこでステラ・パレットは考えるのを中断した。これ以上なにを思ってもキリがない。選民派に危機感を抱くのであれば全人派に鞍替えすればいい。だがその点こそが彼女の悩みであった。継承戦の規約上、派閥の鞍替えは継承戦の前までが期限である。既に第十二回継承戦は始まっており、しかもこれが最後の継承戦。といっても思想上の派閥変更は継承戦の中でも可能だ。だが既に全人派の艦隊に吸収されており、そもそも総提督としてマスターアドミラルになる権限さえ有していないステラが悩んだところで、特に現状の何かを最善に導けるわけでもない。そのため思考を切り替える。もしステラ・パレットが全人派に鞍替えするのであれば、やることは単純だ。御船真瀬をマスターアドミラルにするため、彼を必ず今回の継承戦で勝たせる。しかし本当に全人派に鞍替えするかどうかは依然として悩み中。とにかく継承戦の規約上、御船真瀬のために全力を尽くすことに変わりはない。ステラ・パレットは「なんだか今日は余計なことばかり考えちゃうなぁ」とため息をついて寝室に戻った。