ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
ある日のこと。ジジ・ヴァイオレットは食堂で御船真瀬と居合わせた。彼を見るとハンバーグのことが脳裏によぎるようになったジジは、すっかり御船真瀬=ハンバーグの図式が完成しており、もはや御船ハンバーグ真瀬中毒症状を起こしていた。そんな彼女は御船真瀬から悪魔の囁きを受ける。
「俺のハンバーグが食べたいなら総提督室に来るといい。ぜひ招待するよ。ただし夜の間食はヴィエナに怒られそうだから秘密だよ。もちろん味は薄くして量も減らして、健康には気を遣うから」
「…………」
さすがのジジ・ヴァイオレットも女の勘で直感する。この男、自分を食べ物で釣ろうとしている。だがなぜ釣ろうとしているのかまでは分からない。考えられる可能性としては選民派と仲良くなって何か情報を引き出そうとしているとか、そんなあたりだろうと考える。そこがステラ・パレットとは違い、まだまだ子供である証拠だった。ステラとは違って耳年増ではないとも言う。
その後、深夜に小腹が空いたジジは食堂ではなく総提督室に向かった。その際ジジは眠気のせいでノックを忘れてしまう。部屋に入ると中には誰もおらず、もしかしたら来るのが遅すぎて御船真瀬は就寝してしまったのかと思い残念がる。そしてきびすを返そうとしたところ、部屋の奥から物音がした。なんだろうと好奇心に駆られるが、部屋の奥はベッドルームだ。人の寝室に勝手に立ち入るべきではない。しかし何かあったのなら大変だ。様子くらいは確認するべきだろう。そう思い直して部屋の奥に進んでみることにした。近付くたび物音は激しくなる。何かを叩くような音がしているので、何かを作っているのだろうか。ふと御船真瀬のものではない女性の声が聞こえた。次の瞬間まさかと思いジジは硬直した。もしかしたら自分は余計なお世話でとんでもないところを覗き込むところだったのでは? いやだがまだそうと決まったわけではない。しかし今すぐ去るが吉と判断した。好奇心のドキドキは複雑怪奇のドキドキへ変わり、くるりと方向転換する。目の前には白いお化け。きゃっと小さく声を抑えて叫んだジジは、目の前に立っていた人がファルファラであることに気付く。そんなファルファラは首をかしげて質問した。「……キャット。それは猫。猫がどうしたの?」「……違います。私が言ったのは“きゃっ”っていう驚きの声です……」この掛け合いは珍しいことではない。ファルファラは時折世間知らずなことを言う。そのたびジジがツッコミを入れて学習させる。だが教えるジジにも言葉遣いを間違うことが多いので、そのたびステラやヴィエナがジジとファルファラともども再学習させるのも恒例だ。ともかくジジはこの場を去りたい一心でスタスタと立ち去る。そんなときファルファラはそれなりの声量で呼びかけた。「マスター。お客様が来ている」「ちょ、ファルファラさん!?」
……数秒待ったが返事はなく、寝室から誰かが出てくる気配はない。だが軋むような物音は止まった。ファルファラは言う。「ジジ、ごめんなさい。どうやら今は取り込み中みたい」「で、でしょうね……!?」とにかく今はファルファラに構っている暇はないと言いたげにジジは立ち去る。それに付いていくファルファラは提案した。「ジジ。マスターを待つなら紅茶を出すけど」「今はいいです! あと! 静かに! して! ください!」すたすたと歩き総提督室のソファルームに戻る。そのまま退出しようと扉の前に立つと、開かれた扉の先にはステラがいた。「え、ステラ!?」「わぁ! なに!? びっくりした……」それからジジは焦ったように何用で来たのかと問いかける。するとステラは視線を逸らしつつ「ぐ、グラタン……」と口にした。どういう意味か理解できないジジは、ともかく今の御船真瀬は取り込み中なので帰った方が良いと話す。それになぜ? と問われても、とにかく帰った方が良いとしか言い様がない。あわあわと焦るジジは、ステラの腕を掴んで廊下に出る。
かくして微妙なホラー体験を終えたジジ・ヴァイオレットは、はたして御船真瀬の寝室には“どの女性”が居たのか考えてしまうのであった。
§
総提督室のソファルームでジジ・ヴァイオレットが独り慌てていた頃。寝室ではモニカ・ランドールが製作したタコ型マッサージ機アルファが御船真瀬を実験台にして執り行われていた。ツボに入るのが好きなタコはその足で体のツボを押す。そんな冗談じみたコンセプトで作り出されたマッサージ機は意外と高性能で、騒音がせずツボ押しも的確で触手の先が温かいため冷え性の人にも満足いただける一品だった。ベッドでうつ伏せになる御船真瀬は極楽気分でマッサージに浸る。それを見ていたモニカ・ランドールもマッサージされたくなって、御船真瀬の横にうつ伏せとなってタコ型マッサージ機ベータを使用。男女がひとつ屋根の下、心地よい喘ぎ声を出しつつ、ベッドの上でマッサージを受けている。至って健全な光景である。ただ風紀を乱す光景があるとすれば、それはモニカ・ランドールの露出狂にも似た布面積の少なさであろう。常に熱して真夏のように暑い機関部での作業が多いとはいえ胸は開けており生脚も出ている。それに慣れる男は御船真瀬くらいだろう。
「いやぁ……真瀬は危機感を感じないからいいよねぇ~」
「……突然なんの話だ?」
「いやぁだってさぁ……やっぱなんでもない」
「……?」
「私は恋愛よりメカをいじる方が生きがいを感じるからねぇ。でもたまに、普通の女の子らしく恋愛をしてみたいと思うことは、そりゃあありますよ……でもやっぱり……メカなんだよなぁ……メカを犠牲にしてでもやりたいことじゃあないのだよ……真瀬……」
「……よく分からないが、何かに夢中になって打ち込めるのはイイことだと思うぞ。俺もモニカの整備技術にはいつも助けられている。それは御船艦隊に配属しているアドミラルなら全員が思っていることだ」
「やめてよ照れるじゃん……。まぁあれだよね。言ってしまえば私と真瀬は戦友ってやつだよね!」
「あぁ。モニカは頼れる仲間だよ」
「真瀬ぇ。その発言さぁ……他意はないのは長い付き合いで分かっているけど、あんまりその表情で言いふらすもんじゃないよ?」
「表情? 単に褒めただけなんだが……褒める際にダメな表情なんてあるのか?」
「そりゃああるよ。特に真瀬は顔がいいんだから気を付けないと。誤解されちゃうよ?」
「誤解? そういえば新にも似たような助言を受けたけど……モニカもなのか? それってどういう意味なんだ」
「はぁ……多くの食べ物で釣り上げた魚を平らげておきながら自らの顔面には無自覚のイケメン……少女漫画じゃ嫌われるキャラだね」
「……俺、嫌われてるのか……?」
「うちの真瀬は悪い子じゃないのよ? ただ据え膳食わぬは男の恥を体現しまくるだけで」
「モニカ。正直に答えてくれ。総提督が嫌われてしまうのは全体の士気に関わる。俺に悪い点があるなら全部言ってくれ」
「じゃあ昔馴染みで遠慮なく言わせてもらうけど……まず、据え膳食わぬは男の恥をやめてほしいな」
「それは無理だ。理性的にも」
「断言するな。本能的に」
「……なぜ無理かと言われれば、交渉は互いの理解を強く深める。それで連携も上がるし、指揮系統の統一も図れ────」
「あぁそれそれ! 結局は海戦の効率に繋がるそれ! 私たち乙女は恋愛がしたいの! 戦略のために結ばれるのはノーセンキュー! いつか殺されるぞ真瀬ぇ……! まったく真瀬はいつの時代の戦国時代をやってるの……!?」
「…………」
御船真瀬は殺されると言われて、不意にルナ・ティンデルや辰宮乙姫が脳裏によぎる。
「ぶっちゃけさぁ。真瀬にとって今のこの状況って、ルチアやさちと同じ感じ?」
「あぁ。ひとつ屋根の下で深夜から朝まで語らう。それで心が通じ合うからこそ絆が深まり連携が高ま……」
「“語らう”かぁ……そもそもマッサージとチョメチョメを同列に語るかぁ……そうかぁ……それはさすがのモニカさんも驚きだよぉ……真瀬ぇ……」
「…………」何に驚いているのか理解したいがマッサージが気持ちよくて頭が回らない御船真瀬。
「それでも下心は絶対あるわけでしょ?」
「……いや、下心って……なんで突然そんな話を始めるんだ。モニカ」
「いや、ずっとそんな感じの話をしてたんだけど。とにかく答えてみろよぉ。私と真瀬の仲だろぉ?」
「……まぁ、俺も男だから、そりゃあ下心くらいはあるさ……」
「ノアを見て困ったり?」
「なっ……こ、この話にノアは関係ないだろ!」
「へへへ、ごめんごめん。真瀬はいい意味でも悪い意味でも常日頃から純情だよねぇ……ちなみに真瀬。下心の意味って分かってる?」
「……つい女の子の胸元を見てしまったり、薄着を見てよからぬ肌着の姿を想像してしまったり……だろ?」
「う~ん……微妙。この感じは微妙かなぁ? あのねぇ。この場合の下心は悪巧みって意味でねぇ……私はいくら純情な真瀬でも、実は故意に食い散らかしてんじゃないかとちょ~~~~っとだけ疑っているんだよねぇ~」
「食い散らかすって……なにを?」
「おいおいそろそろモニカさんキレちゃうよ? ぶっちゃけた話、女の子から誘われて受ける理由はなんで? ────ってか基本的に誘ってんの真瀬の方なんだけどね。自覚ないだろうけど」
「受ける理由は……そんなの、かわいい女の子から上目遣いで近寄られたら……さすがに理性が保たなくなる……」
「あぁはいはい……つまり真瀬は────“ロールキャベツ男子、カッコ、中の肉は調理されておらず生のケダモノのまま”ってトコロかぁ」
御船真瀬は、そもそも“据え膳食わぬは男の恥”とは思っておらず、どちらかといえば据え膳をついつい食べてしまう代わりに、それを利用して絆を深めようとしている。そうモニカ・ランドールは解釈する。恋させた上に食い散らかした責任を取るつもりはあるのかと問いただしたいところである。
「ロールキャベツ男子……それってどういう意味なんだ?」
「見た目は大人しいけど中身は積極的って意味だよ。ただし真瀬の場合はちょっと違って、積極的ではなくそのままケダモノって意味になる。つまりキャベツを被って野菜に扮装したイノシシさんだ。誰だって野菜が襲いかかってくるとは思わないでしょ? そんで中は肉食どころかマジのオオカミさんなわけだ。……それに真瀬、積極的に女の子を落としているつもり、ないんだもんね?」
「女の子を落とす……そうだな。今は継承戦で忙しいし、恋愛をしている余裕はないかもしれない……」
「おぉっと今のセリフ、わたし以外には言わない方がいいよ。たぶん刺されるから」
「えっ」
「えっ。じゃないんだよ真瀬ぇ。これがヤンデレの出てくる少女漫画だったらルチアは笑顔で包丁を持って、さちは真瀬の恥ずかしい写真をばらまくと言って泣いて脅しにくるよ?」
「二人はそんなことしないだろう……」
「しないけど、私が言いたいのはいつか痛い目を見るということであって……」
その後も御船真瀬とモニカ・ランドールは語り合い、気付けば眠って朝になるまで同じベッドの上でぐーすかと寝息を立てていた。
§
早朝。ジジ・ヴァイオレットは総提督室の扉が見える廊下の死角に隠れていた。こんな朝早くから総提督室を見張っている理由は、中から誰が出てくるのか知るためだった。なぜそんな出歯亀みたいな真似をしているのか彼女自身わからない。強いて言えば気になったから。だが気になった理由はうまく言語化できない。ともあれ好奇心がうずくのだ。「……!」そして総提督室の扉が開かれた。中からモニカ・ランドールがあくびをしつつ伸びをしながら出てくる。男女が夜から朝まで同じ部屋に居て、しかも寝室にいて、男の部屋から女が出てくるということは、つまりそういうことだ。しかし気にかかる。モニカの背後にはタコ型ロボットが二体、追随している。あれはなんだろうと考えるが、まったく分からない。さてこれからどうする。何をしていたのか質問してみるか? いやそれは自殺行為だ。御船真瀬とはどういう関係なのか? なぜそんなことを知る必要がある。あれこれ考えているあいだにモニカは去っていった。ジジはなぜだか意気消沈と自室に戻るのであった。
§
その後、深夜の薄明かり。総提督室のベッドルームにて。御船真瀬とステラ・パレットの濡れ場。日中ステラの様子がおかしくて気になり後をつけたがゆえに、その現場を目撃してしまったジジは、ステラが御船真瀬のことを好きだということが分かり、同時に自らの恋心も自覚する。そこにファルファラが現れる。彼女に恋について質問したが、それはファルファラにも分からないという。しかし会話の中で不意にジジが口にした「だって御船総提督には、もうステラがいるから……私なんて……」という言葉にファルファラは疑問を呈する。「なぜ? みんなマスターのことが好きなら、好きでいいと思う。私もマスターのことは好き」そんな単純な話ではないのだとジジは言って、相談を受けてくれてありがとうございますと礼を言って立ち去る。
§
後日。皆が寝静まった頃。総提督室に訪れたジジは御船真瀬に直球の質問を投げかける。ずばり御船真瀬に好きな人はいるのか。それを恋愛の意味として受け取った御船真瀬は「難しい」とハッキリ口にした。それはどういう意味か。御船真瀬は答えない。ただ隣にいたファルファラはマスターの気持ちを推理する。「マスター……真瀬は、八方美人。好きな人の名前を挙げれば、挙げなかった人が傷つくと考えて答えられない。かといって全員の名前を挙げるのも違うと思っている。つまり真瀬は恋愛というものに関しては意外と臆病ということが判明している」……冷静な分析である。特に八方美人という言葉には御船真瀬も自覚しており反省する心があるのかグサリと刺さったらしい。しかし、なんでそんなことを聞いてくるのか。御船真瀬は問いかけると、ジジはその理由を頭の中で考えただけで赤面してしまう。ファルファラは理由を知っているが言わない。それが礼儀であることは学習済み。そしてジジは────
「御船総提督……いえ、真瀬さんのことが────い、異性として、気になってしまったから」
そう言われた瞬間の御船真瀬は、いかなる草食女子でも肉食に変貌してしまうような、ずるい表情をした。視線を逸らし、絶対に目の前の女の子には合わせず、耳を真っ赤にして、鼻先も徐々に赤くなっている。こちらを見ろと命令すれば、目元を腕で隠してなぜか潤む瞳を見せないよう小細工をしてくる。接近すればそのぶん後退するし、追いかければそれだけ逃げる。まず話し合おうと御船真瀬は説得を始めるが、もはやジジ・ヴァイオレットの心には嗜虐の悦びしかなかった。まさに魔性の男である。この男、攻めれば確実に勝てる。喰える。討ち取れる。そう思ったが最後、その女子は勇気の告白すら忘れ超えて圧倒的なまでに勇猛だ。強引だ。一直線だ。迷いはない。恐れはなく、ただ襲うのみ。しかしひとたび押し倒せば形勢逆転。理性を失ったケダモノは恋する乙女に抱擁の悦びを与える。押しつぶされる海の乙女は、ただただ愛される嬉しさの高鳴りを感じた。
御船真瀬とジジ・ヴァイオレットの濡れ場。
§
それはある日のこと。エルシェ・リオハスはファルファラとお友達になりたくて声を掛けた。呼びかけるまで随分と時間が掛かったが、それもこれもファルファラの「いつもこちらを見てくるから」という理由で近付いてくれたおかげである。つまり実際はファルファラが声を掛けたも同然であるが、友達になりたい旨を語ったのはエルシェである。ファルファラは相手と仲良くなる場合、相手の趣味を知るといいと聞いていた。ゆえにエルシェの好みを聞く。すると釣りが好きだという。釣りが何かは知っているが見たことはない。実践して見せてほしい。そう言うとエルシェは喜んだ。二人は海に出て釣りをする。そこにステラ・パレットがやってきた。彼女もエルシェと知り合って釣りに興味が出て以降、釣り仲間になっていた。釣り仲間という単語に興味が出たファルファラは、自分も釣り仲間になりたいという。それに喜んだ二人は釣竿を用意し、釣りの仕方を教える。釣った魚を御船真瀬に渡せば料理してくれるかも知れない。そんなことを話しながら釣ったり釣れなかったり、釣りあるあるの時間が過ぎていく。
そこで話題は御船真瀬の方向へ。それはファルファラの質問にも原因はあった。直球で「二人はマスター・御船真瀬のことをどう思っているの?」と聞いたからだった。その質問をした理由は御船真瀬の副官として、御船真瀬に対する意見調査をするためである。だがどういうわけか総提督としての御船真瀬の評価より、個人としての御船真瀬の評価が多い。特に男性としての意見が多かった。本当に聞きたいのは総提督としての御船真瀬なのだが、あえて話を遮る必要もないので、ファルファラは黙って情報収集に入る。しかしてエルシェはその質問に答えた。
「み、御船さんをどう思っている……ですか? えっと……御船さんは、お兄さんみたいに優しいので、胸がきゅうってなっちゃいます……はわわ……」
それは他意なき一言だった。だがファルファラは勘違いした。今までそういった意見は往々にして「好意」という感情に置換できることを学習したからである。特に最近はジジとの相談も相まり、異性間の動悸に近い現象は恋であると学んだばかり。ルチアと藤本とモニカが勧めてきた少女漫画でも同様のことが書いてあった。故にファルファラは断定する。
「好きなの?」
「ファルファラさん直球!?」
ステラは驚きつつも、エルシェの反応をうかがう。するとエルシェは赤ら顔になるでもなく、意外と冷静に、若干の気恥ずかしさはあらわにしつつも、冷静に真面目に考えていた。
「す、すきなのかな……?」
「ちがうの? 御船艦隊の中でも三割の女性アドミラルはそう答えている」
「いやファルファラさん。その情報はどこから出てきたんですか?」
無論、一人ひとりに聞いて回ったからである。ちなみにステラはファルファラの質問に対して常日頃から煙に巻いているため答えていない。自分の意見が御船真瀬の耳に届くことを想定しているが故の黙秘権である。鷹揚よ、慧眼にして策士かな。かの娘は鷹揚にして慧眼ゆえ策士なり。いたずらに自らの手札は晒さない。処世術においては充分に達人レベルである。
「わたしはマスターのこと、もっとみんなに好きになってもらいたい。エルシェ、今度総提督室に来る?」
「え、え? い、いいのかな……?」
「いいと思う。そこでエルシェの好きなことをするといい。きっとマスターも喜ぶ。好きな食べ物とか、好きなこととか」
「好きな食べ物は……生ハムメロンです。それで趣味は……はわわ……」
「どうしたの?」
「えっと……御船さんは、怖いの大丈夫でしょうか……?」
「たぶん大丈夫」
無責任なファルファラであった。
「えっと、じゃあ……実はわたし……ホラー映画が好きで……」
「そうなんだ。でもホラーって怖いもの。エルシェは怖いものが好き?」
「どちらかというと、スプラッタもいいですけど……ドキドキするのが大好きです。刺激的で……」
「ワイルドだね」
「そ、そうですか……? でもわたし、釣りもしてるし……確かに言われてみれば、そうなのかも……?」
「マスターもワイルドだよ」
「そうなんですか……それじゃあ気が合うかもしれませんね……!」
そこでステラが突っ込んだ。
「いや、たぶんワイルドの意味が違うけど……とにかくエルシェ、気をつけてね。本当にアレだったら仕方ないけど、そうでもないなら誤解されないように気をつけてね? ────真瀬さんに限ってそれはないだろうけど。あの人こっちから誘わない限り絶対に何もしてこない人だから……」
「……? えっと……もしかして御船さんって、気を付けないといけないほど、実は怖い人なんです……? 普段はすごく優しそうなのに……」
「大丈夫。マスターは怖くないよ。不安なら私が一緒にいる」
それならとエルシェは承諾する。釣りが終わり、取った魚を食堂に渡して、魚料理を作ってもらう。それを食べて美味しさを味わい、時を経て夜が訪れる。エルシェはお気に入りのホラー映画を何本か持って総提督室の前に到着したが、勇気が出ず戸を叩けない。そこに突然ドアが開いてファルファラが応接する。「時間通り。いらっしゃいませ、エルシェ・リオハス」「あ、ありがとう……ファルファラ……ちゃん」総提督室に入ると、そこにはエプロン姿の御船真瀬がいた。彼はエルシェに挨拶する。「ようこそ。今夜はファルファラが友達を連れてくるって言ったから驚いたよ。急いで飲み物やお菓子を用意したんだ。ゆっくりくつろいでくれ」「え?」驚くエルシェと、首をかしげるファルファラ。
「マスター。意思疎通の齟齬を検知。エルシェはマスターと遊ぶために来た」
「えっ……そうなのか?」
「え、えっと……はい……わたしの総提督になる人は、どんな人なんだろうと思って……ご、ご迷惑だったら、すぐに帰りますので……!」
御船真瀬はそんなことはないと言って、仲良くなりに来てくれてありがとうと礼を言い、一同はソファに座る。歓談。御船真瀬は見本となるくつろぎ方をするが、ファルファラは相変わらず不動の姿勢で、エルシェは二人の中間くらいのモジモジと硬直で座っていた。しかしおいしい紅茶とお菓子を食べて話しているうちに段々と打ち解けて、ようやくホラー映画の話を出せたところで鑑賞開始。御船真瀬の両側にはファルファラとエルシェが座っており、まさに両手に花。時折ショッキングなシーンでエルシェが御船真瀬の腕に飛びつき、御船真瀬は困惑する。ファルファラは不動。そうやって何本も映画を見ているうちにファルファラはショッキングなシーンがどのタイミングで登場するか的中率九割を超えて予測できるようになった。どうやらパターンを発見したらしい。しかしそれを言えば怖さが半減するという。怖いものを楽しむことが理解できないファルファラだが、邪魔をするのは悪いので予測できても言わないようにした。
そして全てのホラー映画を見終わる頃には夜も更けて寝る時間。怖がりながらも刺激を堪能して満喫したエルシェは、ふと自分がソファではなく御船真瀬の片膝の上に乗っていることに気が付いた。腕も胸元に抱き寄せて体は密着状態。御船真瀬は目を閉じてひたすら瞑想しており懸命に平常心を保っているようだった。エルシェは赤面しつつ謝罪しながらそっと下りる。そこで御船真瀬は冷静になるため料理がしたいと思った。エルシェの好物は生ハムメロンと聞く。ちょうど材料も冷蔵庫にあるからそれを作ろうと思いキッチンに逃げ込んだ。
一方その頃ソファルームではエルシェが落ち込んでいた。気付かず膝の上に乗っていたなんて恥ずかしい。馴れ馴れしいと思われたかな。怒っちゃったかなと不安がる。しかしファルファラは「そんなことでマスターは怒らない」と言って安心させる。たしかに怒っていたら生ハムメロンをご馳走してくれるはずもない。ファルファラに元気づけられたエルシェは調子を取り戻し、ファルファラとホラー映画に関する感想を交換する。やがて御船真瀬が生ハムメロンを持ってきて二人に振る舞う。美味しそうに食べるエルシェを見て御船真瀬は満足そうに笑った。対するエルシェもそんな御船真瀬の笑顔から目が離せないでいた。ふと見つめられていることに気付いた御船真瀬は顔に何か付いているのかと問いかける。それにエルシェはなんでもないと誤魔化し、話を変えるため勇気を振り絞った。
「その……また、遊びに来てもいいですか……?」
もちろんと答えた御船真瀬は、今度エルシェと釣りをすることに決まる。そこでファルファラが覚えたての言葉を一言。「デートだね」……周りが少女漫画を読ませたばっかりに、ここぞという所で御船真瀬の野性味を後押ししてしまうファルファラであった。
§
朝方。御船真瀬とエルシェの海岸デート。二人はもしものため私服の下に水着を着ている。惑星ノアの海辺は危険だ。最近は海面上昇もあって海難事故が多く、海岸沿いでも高波が襲ってくる場合がある。よって釣りはドックの高台でするべきだ。普段もエルシェはそうしているが、今回はどうしても海を望める砂浜を歩いてみたかった。しかし一人では危険であるため、総提督である御船真瀬の許可を得たいと思い、ついでなのでこの前約束した釣りを一緒にしようという流れで、二人は海岸沿いを連れ立って歩いていた。やがて二人は自然に作られた砂州の防波堤を見つける。こういった自然堤防なら地盤が安定しているので安全に釣りを楽しめると御船真瀬は言い、エルシェも色々な魚が釣れそうだと喜ぶ。
そうしてしばらく釣りを楽しんでいた御船真瀬とエルシェ・リオハスだが、前方から差し迫る高波を発見。目視する限り自然堤防を超えることはないため大丈夫だが、もしものために後退する。堤防と高波の衝突、轟音を立てて波濤が押し寄せ巻き返し白泡を立てて波が引く。それを刮目していたエルシェは知らず御船真瀬の服の裾を引き寄せていた。やはり海は怖い。たしかに海は美しく壮大だが、一人の人間が太刀打ちできる相手ではないことを知識だけでなく身を持って経験しておく必要がある。そう思った御船真瀬は一度に家族を失った海難事故のことを思い出した。エルシェは放心する御船真瀬にどうしたのかと問いかける。そのとき第二波が襲い堤防と激突、大きな水しぶきを立ち上げて、それが雨のように降り注いだ。水に濡れた御船真瀬はハッとして、エルシェも冷たいと叫ぶ。そうして服が濡れてしまった二人は、私服を乾かすため近くの木の枝に吊るして干し、水着となった。ふとエルシェは服を脱いで水着になる姿を見られていたことに気付き、赤面。御船真瀬もつい見つめてしまっていたことに気付いて謝罪しつつ目を逸らす。
若干の気恥ずかしさが残りつつ、波が引いて海の荒さも落ち着いてきた所で、釣りの続きをすることに。エルシェは得意の釣りさばきで魚をどんどん釣っていく。一方の御船真瀬は魚が引っかかることは何度かあっても、なかなか釣り上げることができずにいた。そこでエルシェがコツを教えるため御船真瀬の手を取り、やり方を教える。しかし自分の胸や体が密着していることに気付いたエルシェはハッとして手を離した。おそるおそる見上げると、そこには海を見つめているが耳を赤くしている御船真瀬の顔がある。しかしそれを見たエルシェは、相手は真剣に海を見て釣りに集中しているのだから自分も釣りに集中しなくてはと思った。天然である。
そこで御船真瀬の釣竿に大きな反応あり。引きが強いので大物の気配。海面を見れば大きな影が蠢いており、足腰をしっかり立たせなければ海に引きずり込まれると悟る。エルシェはまず落ち着くように言って一緒に釣竿を引き、自分の動きに合わせるよう指示。釣りのコツを知っているエルシェは魚との駆け引きに成功し、弱ったところを合図に合わせて一気に引き上げた。「いっせーの!」────思いっきり引き上げた釣竿、その糸に繋がる針を喰らう獲物は、あまりにも大きかった。二人が尻餅を搗いたあと、ドスンと音を立てて目の前に巨大魚が降ってくる。最初はバタバタと跳ねていたが地面の上と悟り観念したのかすぐに静かになる。御船真瀬とエルシェは釣りの成功に驚きつつも喜ぶ。そして興奮した様子で互いの顔を見合うと、その距離が異様に近いことに気付いて両者ハッとした。
御船真瀬の体の上には、エルシェの頭と腕、背中と脚がすっぽり収まっている。御船真瀬の首にエルシェの髪がさわり、その状態で互いの顔を見ようとすれば吐息が顔にかかるほど距離が近くなるのは明白。真っ白な脳内。釣りの興奮も乗っかった至近距離の胸のドキドキ。そこで御船真瀬は小さな体を抱き締めた。理性の半分は我慢が効いた。しかし残り半分が不可能だった。エルシェは抱き締められたことに驚き、脳内が蒸発するほど赤面したが、抵抗できる余地はあった。それでも抵抗しなかった。海岸の寒風は水着にとって少々肌寒い。冷えた体を暖めてくれる抱擁は、嫌な気がしなかった。が、そのあたりの駆け引きはまだ子供ゆえ未熟だったエルシェ・リオハス。彼女は抵抗しなかったが故に、御船真瀬の残る理性が焼き切れてしまった。
御船真瀬とエルシェ・リオハスの濡れ場。正午のために用意していたピクニック用のサンドイッチは食わずじまい。その代わり互いの体を貪る時間が夕方まで続き、ふたりの肌を夕焼けが焦がすまで愛の食事は続いた。そして日が落ちきる前にドックへ帰還した二人は、みんなから帰りが遅いことで心配したと怒られる。それに謝罪するが許されず今夜は謹慎を命じられる。総提督室に押し込められた御船真瀬と、彼から離れたがらなかったがゆえに総提督室に入り込めたエルシェ・リオハス。二人は海の潮風でべったりとした肌を洗い流すため露天風呂に入る。
御船真瀬とエルシェ・リオハスの濡れ場。互いの背中を洗い流し、共に湯船に浸かって貪り合う。その後、御船真瀬は釣り上げた巨大魚を捌いてムニエルを作る。そして夜食を済ませたあと、すぐにふたりは寝室へ。
御船真瀬とエルシェ・リオハスの濡れ場(三度目)。硬い地面の上で土や木に手をついてやるのも悪くはなかったが、やはり温かく柔らかいベッドの上が楽に全身を預けられる。かくして二人の同衾は朝日が昇るまで続いたのであった。
§
後日。御船真瀬に試練が迫る。痴情のもつれは艦隊崩壊の危機。ルチアと藤本は彼をよく知るゆえ半ば諦めている所もあるが、彼をまだ知らないジジやステラ、エルシェは違った。彼女たちは互いが互いに以前と御船真瀬に対する接し方が違うと気付いて乙女の勘が切れ味鋭く発動する。その駆け引きに巻き込まれたファルファラは、三人が御船真瀬とどこまで行ったのか探る戦いを見つめつつ、爆弾発言を落とす。「? みんなマスターの寝室に入ったことがある。みんなでお休みは仲がいい証拠」────その発言がみんなの仲を引き裂く可能性があることを、まだファルファラは知らなかった。
御船真瀬を巡る乙女の戦いが勃発する。誰が一番なのか迫られた御船真瀬は決めきれず、ならば戦いで決めればいいとモニカが気軽に提案。全員アドミラルゆえバトルアークで決着をつけることになり、御船真瀬をフラッグとして扱うレースゲームが開催される。それはかなり危険な行為。下手をすればフラッグとして演習場の海の上に立つ御船真瀬に流れ弾が飛んでくる。たとえサークル状の結界が身を守るとはいえ、迎撃の用意もない中で多くのバトルアークが徐々に迫ってくる恐怖は筆舌に尽くしがたい。
ジジ艦隊vsステラ艦隊vsエルシェ艦隊。そしていつも御船真瀬のそばにいるという理由で巻き込まれたファルファラも戦うことに。ファルファラは戦う理由がないと思っていたが、今回の話の内容を勘違いしていた茅森漣が従者の座を譲る事態になるかもしれないと言ったことで、衝撃を受けたファルファラはいそいそと戦う準備を始める。ファルファラにとってマスターに仕えることが使命で役目。御船真瀬のために作られたアンドロイドとして、ここは絶対に負けられない。
ジジ艦隊はヴィエナとカトリーナを率いる。ステラ艦隊はエドガーとクレーメンスを率いる。エルシェ艦隊はビビアナとアレックスを率いる。ファルファラは茅森漣とニコラを率いる。一方、ルチアと藤本とモニカは水着を着てサングラスを掛けてパラソル傘の下、ビーチチェアに寝そべり「炒り豆と小娘はそばにあると手が出るとは言うけど……」「前回の継承戦もこんなことあったね~」「本当の痛い目に遭う前に、そろそろ真瀬はほどほどの痛い目に遭うべきと思っていたから、ちょうどいい機会なんじゃないかなぁ」などと駄弁りつつ高みの見物。
そして御船艦隊全体を巻き込んだこの御船フラッグ真瀬レースの勝敗は怒涛の展開の後、決着の折を迎えた。勝者はエルシェ艦隊。ステラは惜しいところまで行き、ジジも後一歩のところ、ファルファラは練度が低いぶん気迫で補ったが、どれもエルシェ艦隊の連携能力の高さには敵わなかった。いつもは気弱な振る舞いだが、いざ戦いになると冷静沈着に詰めてくるエルシェはこわいものがある。
かくして御船真瀬を勝ち取ったエルシェ・リオハスだが、そこで涙を流すファルファラを見て全員硬直する。アンドロイドにとってマスターに仕えることが命といっても過言ではない。そんな自分が従者の役割を奪われたら、これからは何のために生きていけばいいのか。主を無くしたアンドロイドはそれだけで死を連想する。無表情ながらも止めどなく滔々と流れてゆく大粒の涙。それを見たエルシェは御船真瀬の従者を辞める必要はないと言って、慌てて駆けつけたモニカも、茅森漣が言ったことは悪気のない冗談だったと代わりにフォローして謝罪する。周りもファルファラの涙を見て我に返り、御船真瀬に執着して争っていた自分たちは周りが見えていなかったことを悟る。そこでファルファラは従者が続けられると知って安堵するも、決着は決着だから、これからは御船真瀬だけではなくエルシェにも仕えるということで良いのかと質問する。それについての議論は長くなりそうなのでまた後日。モニカの空気を読む能力に長ける弁舌で一時的に心が調和した一同は、そもそもの話、今回の騒動を招いた総提督に一番の責任があると話題を転換。というより責任の所在を明確化する。正直この展開について行けなかったアドミラルたちも賛同を示し、最後は茅森漣がみっともない総提督を諌めるのも部下の仕事だと言って砲撃を浴びせる。それによりフラッグ替わりの中型旗艦が撃破され、御船真瀬はきりもみ回転しつつ海に没した。
「前回の継承戦は空を舞ったけど、今回の継承戦は海に落ちたか~」
そんなモニカ・ランドールの一言で、御船艦隊崩壊の危機編は一旦の解決と相成った。