ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
第二十話/愚行
《第二部・第一章》
全人類統一議会本部アイリスより、継承戦の運営管理者たる最高AIエムザラの声明によって、惑星ノア全土に第十二回継承戦の終了が告知される。勝利者は終末派の辰宮乙姫。さらに急激な海面上昇を検知。当初の予定通り最終継承戦は繰り上げて、
(……こんな簡単に終わるのか……?)
目の前で自らの旗艦を破壊された御船真瀬は、その
「あぁ真瀬くん。そんな顔しないで。私も一緒にニライカナイへ行くから、寂しくないよ?」
御船真瀬と辰宮乙姫は二年前、雨が降る慰霊碑の前で会ったことがある。当時の辰宮乙姫は大切な家族を一度に失って絶望していた。「みんないなくなっちゃった」ずぶ濡れの体でへたりと座っていた彼女は哀しみに暮れていた。彼女と同じように大切な家族と親友を一度に失っていた御船真瀬は、自分の思いを口にした。「今の自分にとって一番大切なものは何か。ゆっくり考えたらいいと思う」その言葉を受けるまで悩んでいた辰宮乙姫は、その言葉を聴いたからこそ絶望から吹っ切れて、今まで迷わず進み続け、ここまでやって来ることができた。
「私は
……ニライカナイへの信仰は否定しない。そんなもの存在しないとは思っているが、存在しないことを証明する証拠がない。まさに悪魔の証明。ニライカナイの存在についての議論は無意味だ。だからそれについては何も言わず、御船真瀬は本質を捉えて語りだす。
「今の俺が一番大切なのは、今を一緒に生きている人たちだ。今を一緒に生きる人たちと、これからを生きていきたいんだ。それが俺の守りたいもの……だから俺は死んでいったみんなの想いを背負って、アドミラルとして生きていくと決めた」
「……二年前と同じことを言うんだね。やっぱり真瀬くんは芯の強い人だなぁ。でもごめんね。私には私の一番大切なものがあるの。そのためには、真瀬くんにとって一番大切なことを蔑ろにしちゃうかもしれないけど……でも、それもまた人生。そう教えてくれたのは、真瀬くん自身なんだよ?」
「……そうだな。その通りだ」
所詮、人と人がぶつかる時は意地の張り合いに過ぎない。戦いの中に存在する善悪はただの大義名分に過ぎず、それ以上の意味を持たない。結局は自分の信念をどこまで貫き通せるか、押し通せるかだ。継承戦だってそうだ。どんなに足掻いてもゴールテープはただひとりのためにしか用意されていない。だったら────
「だけど……」
「?」
「辰宮乙姫。君は過去が大事と言って、俺は現在が大事と言った。けれど俺は決して過去を捨てたわけじゃない。過去を背負って未来に向かって生きるんだ。その未来に君がいてくれると嬉しい。でも、それは君の一番大切なことに反することなんだよな?」
「……うん。そうだね。でも……未来かぁ。そう言ってくれるのは私も嬉しいけど、でもやっぱり……ごめん。────あぁ、どうしてかなぁ。いっつもこうなんだ。私の大切な人は、必ず私の下から離れていく。考え方の違いって深刻だよね。でもそれもニライカナイへ行けば全部解決する!」
後半の発言に対する言及はさておき、前半の謝罪について御船真瀬は返答する。
「いや、いいんだ。それが君にとって、一番大切なことなら……」
「────やっぱり優しいね、真瀬くんは」
優しい。やさしい? 否、そんなことはない。
なぜなら御船真瀬の両目にはまだ、
「……俺は優しくなんてない。こんなことを言いながら、まだ勝機を探っているんだから。これを偽善と言わずしてなんというんだ」
「え? 急にどうしたの、真瀬くん?」
「俺は……まだ諦めていない。諦めるわけにはいかないんだ。まだ勝機がある。俺の戦術眼がそれに気付いてしまった以上、やっぱり俺は諦めきれない!」
「────!? 待って、真瀬くん……いったい何をするつもりなの……!?」
絶望する全人派、意気消沈する選民派、歓喜していた終末派。その全てが御船真瀬の雄叫びに驚き、終わったはずの闘志が勝手に疼きだす。
「────御船真瀬よ。この海の翁が問おう。……汝は、まだ足掻きたいと思うのか」
「────足掻きたい。足掻いた末に、俺の守りたいものが守れるのなら────!」
「しかし
「正直、言い切れるかどうかは分からない。だけど言い切らなければ俺の守りたいものが守れないのなら何度だって言い切ってやる。誰かを守る行動を愚かと呼ぶなら、俺は愚かでいい!」
それが小動物の威嚇じみた虚勢だとしても。
御船真瀬は振り返り、辰宮乙姫を見据える。
「君は死に向かって一生懸命に生きている。それなら俺は生に向かって一生懸命に生きていく。だったら、どちらの
「……いいよ。真瀬くんの誘いなら、わたし、全人派や未来以外なら、なんでも乗っちゃうから……」
「はは。意外と
御船真瀬は振り返り、海の翁の下に向かう。対する海の翁は、御船真瀬の青い戦の両瞳を見据えて深々と頷いた。
「────これもまた運命か。まさかわしと同じ瞳を持つ愚かな青年が現れるとは……」
「《歴史は繰り返さないために用意されている》。そのモラルが生まれたのは一千年前の地球時代。なのに俺は、また《それ》を繰り返してしまうようです」
「……だが、それでも。たとえ
「はい。約束します」
海の翁もといノア=ブルーフィールドもとい、ただのジェラルドに戻った男は立ち上がる。そして彼の瞳に映る赤い紋様。既に効力を失っているはずの絶対救済のギアスは、この一千年間の旅路で救済宣言のギアスへと能力が変質していた。
「
救済宣言のギアス。その効果は“多くの人に思考を送る力”である。どれだけの人数に思考を送ることが可能なのかは、ギアス所有者の救済願望に比例する。そしてジェラルドの救済願望は底知れぬほど強く、ギアスの効力は惑星ノア全土に轟きわたり、全人類の思考にひとりの男の“声”が届く。
「惑星ノアに住まう全人類よ。終末を言祝ぎ、終末に嘆く我が子らよ。我が名はノア=ブルーフィールド。英雄と呼ばれるほど大した男じゃあないが……かつて人類を惑星ノアに移民させた艦長として、ここに────っ!」
しかし土壇場でギアスの効力が揺らぐ。既に一千年の時を生きて肉体はボロボロ、不老不死とはいえ弱っていたジェラルドの力では名乗りを挙げるまでが限界だった。そこで御船真瀬がジェラルドの肩に手を置く。貴方の声の代わりを努めると言いたげな目をしているが、生半可な救済願望を抱く程度では全人類に声は届かない。だがその心配は無用。全人類を救いたいと思う気持ちは、御船真瀬だって負けてはいないのだから。
「────ノア=ブルーフィールドに代わり、“ノアの代弁者”御船真瀬が代わりに告げる。我々はここに────」
御船真瀬は地獄の顕現を覚悟した。たとえ終末のラッパを吹き鳴らす天使か悪魔、そのどちらかに成り果てようとも、これは
「────第十三隻目の方舟を巡る《アーク・ブルーアース継承戦》、すなわち《第十三回継承戦》の開催を宣言する!」
§
御船真瀬は宣戦を布告した。
「────このことは全人類統一議会本部アイリスさえ関知していない
その言葉が届いてから────七秒の時が過ぎただろうか。
「────全人派よ! 我らが使命を思い出せ! 我々は全人類の命を背負っている! それは継承戦が終わっても変わらない事実である! 全人派に所属したのなら、最後まで周りの人を助けるために動くんだ! 倒れている人がいたら助け起こせ! 悩んでいる者がいたら話を聞け! 人類の先導を切って、正しき航路へと人々を導くんだ! 世界各地に散らばる全人類移民派よ! たとえアドミラルではない者であっても、全人派の思想に感じ入る者は、今こそ我らが使命を体現せよ!」
そして御船真瀬は、今度はマスターアドミラルに向かって指示を飛ばす。
「────全人派のマスターアドミラルたちよ! 自らの方舟を操艦して指定したポイントに向かってほしい! 全人類統一議会本部アイリスより東西南北の方角! エリア1、エリア12、エリア24、エリア46! それぞれ時計回りの航路を描いて全ての島々を巡り、方舟に乗りたい者は乗せ、本当に乗りたくない者は乗せず、最終的にアイリスに合流する航路を《人類救出作戦》と名付ける! そして、途中まで悩める者、方舟に乗らなかったが後から考え直した者は、方舟が飛び立つ期限までにアイリスに到着すればよしとする!」
そう言って御船真瀬の宣戦布告演説は幕を引いた。そして最後にジェラルドが人類賛歌を告げる。
「我はノア=ブルーフィールド。第十三隻目の方舟であるアーク・ブルーアースと共に、一千年のあいだ海底に沈んでいた。それゆえ継承戦の規約などは知らないが、戦場となる舞台だけは知っている。それは惑星ノア全土である。だが戦争とは言っても誰かを蹴落とし殺すような戦いではない。これは、生きたい者は走り、死にたい者は止まる、ただそれだけの航海である。これが惑星ノアにおける最初で最後の戦争となるであろう。気張っていけよ、我が孫たちよ────」
今頃、世界は大混乱に陥っているだろう。ノア=ブルーフィールドの実在を信じられない者、御船真瀬の宣戦布告に戦々恐々とする者。それについてジェラルドは、改めて口にすることで事態の深刻さの理解を促す。
「第十三回継承戦。それはまさにテロ行為だ。それは決して推奨されるべき行いではなく、人類の歴史に汚点を残す愚行である。その罪深い行いは、されど人類の生存のために。ここに戦争が始まる。継承戦とは名ばかりの、ルール無用、下手を打てば命を命で洗う最終決戦が遂行される」
「はい。理解しています。その上で決めたことです。……だけど、人類救出作戦には、まだ勝利に必要な条件が揃っていない」
「それはいくつあり、何が必要なのじゃ」
「三つあります。一つ目は“世界の目”。二つ目は“方舟の修理”。三つ目は勝利に必要ではありませんが、人類救済には絶対に必要なものです。それは“調和の光”」
「……委細承知した。では、その役割を担えるアドミラルを見つけねばな」
御船真瀬はモニカ・ランドールと藤本さちに目を向ける。二人は御船真瀬のしでかしたことに理解が追いついていない様子だが、彼の目を見て「御船真瀬が私たちを必要としている」ことだけはすぐに理解した。
「わかったよ真瀬。私たちは何をすればいいの?」
「全力でやるよ! だってこれはみんなと一緒に生きるための戦いなんだもんね!? いやぁ~……なんか声が震えてきた!? なんてことしたの真瀬ぇ!」
「ははは。ごめん……なんて謝っても仕方ないよな。……ジェラルドさん。ひとつお願いがあります。俺たちにギアスを授けてください」
それにジェラルドは驚いた。
「……正気か? コードギアスを与えられた者は不老不死となり、対価に似合わぬ願いを叶えた業を一生永遠に背負うことになる。しかもコードギアスを所有した者は何かしらの欠陥を抱えるのが常だ。それでも望むのか?
「俺は望みます」
「真瀬が望まなくても、私はやるつもりだったよ! だって方舟の修理なんて私にしかできないからね!」
「私は何もできないけど、だからこそ自分を犠牲にしても誰かの役に立ちたい……ずっとそう思ってきた。だから望むよ。たとえ死ぬことになっても」
それは若さゆえの無謀な覚悟か。されど、そうまでしなければ人類は救えない。だが、まだ十六にも満たぬ子供たちが世界の命運を背負うくらいなら、いっそのこと人類なぞ滅んでしまえばいい……そう考えるジェラルドは、この一千年間、自分のしでかしたことについて懊悩していた。しかし彼に選択権はない。コードギアスを所有した以上、いずれは誰かに“継承する”のが、人類が今まで歩んできた遺伝子という名の航路の足跡なのだから。
「……わかった。では、わしの目を見ろ」
次の瞬間、御船真瀬、モニカ・ランドール、藤本さちの両目に“海の力”が宿る。それぞれのギアスの効果はまだ分からない。おそらく使用して初めて分かり、そして使用して初めて欠陥が生じるのだろう。
かくして御船真瀬の暴挙を見届けた辰宮乙姫は、呆れたような、しかしそれでこそと言いたげな表情で終戦を告げる。
「……はぁ。やっぱり真瀬くんにはかなわないなぁ。まさかこんなことを考えていたなんて。でもね……それも無駄だよ。だって周りをよく見てごらん。私は正式にマスターアドミラルになった者で、その背後には大艦隊が率いてある。そんな私には、継承戦の規約を破った罪人を捕らえる義務がある。この辰宮乙姫とその艦隊から逃げ切る策でもあるの?」
御船真瀬は押し黙る。なぜならそんな都合の良い策は存在しないからだ。ただ御船真瀬は無責任にも、人類に対して“諦めるな”と叫びたかっただけなのだ。たとえ戦争を引き起こしてでも生存を掴み取る。その生存戦略の第一歩を踏み出す勇気をもたらすために、御船真瀬は人類を鼓舞するような宣戦布告をぶち上げた。それはいわば地獄を引き起こす“戦の引き金”の役割。それを達成した以上、もはや御船真瀬にできることは、これ以上ない────
「否、そのような無様で滑稽で無責任な愚行は、このわしが
────ジェラルドは敬礼したのち、正面に立つ御船真瀬の左肩に手を置いた。それは“総提督”が副提督の権限をアドミラルに託す際に行う儀式だった。
「……これで“継承”は成った。青い戦の瞳を持つ青年よ、今から貴様が、わしの
海底が震撼する。海中が切り裂かれる。海面が隆起する。海上が動揺する。白泡混じる海水の塊を貫いて姿を現すは、天を突く
「して、第十二人目のマスターアドミラル、辰宮乙姫よ。これで戦力差はひっくり返ったな。路傍に転がる石ころの群れが、ひとつの山を倒すことなど不可能。この方舟を打ち壊したくば、貴様の方舟を引っ張ってこい」
「……へぇ。ふぅん。こんな隠し球を持っていたなんて……たしかにこれじゃあ、かないっこない。仕方ないなぁ……それじゃあ真瀬くん。決戦の地で会おう」
辰宮乙姫のバトルアークはアイリス方面に舵を切る。彼女を信頼する終末派の艦隊も追随。かくしてひとまずの脅威は去った。辰宮艦隊は継承戦の規約にある「継承戦が終了した際はアイリス本部に帰港すること」に従って帰路に就いたのだ。しかし御船真瀬たちはまだ帰る気はない。これからやらなければいけないことが山積みだからだ。そこで槐新が上を向き目を覆って豪快に笑い始めた。
「────っ! あっははははは! やっぱ真瀬はスゲェや! こんなとんでもないことしちまうなんて! せっかく終末派が勝ったと思ったのに……」
「新……」
次の瞬間、槐新は御船真瀬を殴り飛ばした。
「お前、マジで自分が何をしたか分かってんのか?」
「……あぁ。分かっている」
「マジで死人が出るかも知れないんだぞ」
「……あぁ。それでも生きたいと叫ぶ者がいる。それを新が聞かないフリをすることができても、俺にはできない」
「っ……! ……分かってんならいいさ。じゃ、俺とお前はまた敵同士だ。いや、最初からそうだったか。俺は初めから妹のために終末派に行くつもりだったからな……」
「……そのことなんだけどさ」
「?」
「新は、新のために
「────」
「妹のために一生懸命になるのも大事だけど、やっぱり俺は、新のためになることをしてほしい」
「…………うるせぇ。じゃあな。暴徒化した終末派の連中に殺されるんじゃねぇぞ。お前はそれだけのことをしたんだ。モニカやさち、ルチアや漣のみんなを見殺しにしたら……今度は俺が殺しに行く」
「大丈夫。そんなことにはならないよ」
槐新はバトルアークを飛ばしてアイリス方面に向かった。それとは入れ違いでファルファラ率いる御船艦隊の艦影が見えてくる。
「ファルファラたちが迎えに来てくれた。よし、こっから逆転するぞ。まずは全員の無事を確認して、人類救出作戦に乗ってくれるアドミラルを集めて、それから作戦会議だ」