ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
一方その頃。これは名も無き一般人たちの喧騒録。
惑星ノアの最高AIエムザラは、人類による地上の動乱を見下ろして独り呟く。
「地球時代でも最後は同様のことが起きたらしい。所詮、人間はルールに従わない。自分の都合のいい時だけルールを守り、自分の都合が悪くなるとルールに逆らってそれを周りは“黙認”する。でも、そうしなければ生き残れない時は? 潔さの対極。なりふり構わない人間は何を成し、どう未来を紡ぐのか。一千年の平和が築き上げた人類のモラルは、はたして地球時代からどんな風に変わったのか……見させてもらおうじゃないか……!」
とある島、何の変哲もない山道の坂道にて。数千人に及ぶ島民は惑星ラメクに移民するための荷物をまとめて背負い、行列をなして船舶が揃う港に向かっていた。それら移民集団の傍らには終末派の老若男女がぽつぽつとおり、どうか思い直すよう説いてるが、誰もその言葉に耳を貸さないでいた。
やがて海の向こうに方舟の影が見えると、人々は「本当に惑星ラメクに行けるんだ!」と歓喜し、わっと湧いて我先にと走り出す。そこで一人の終末派の少女が叫んだ。一人の男性の腕を掴み、引き止めるように説得する。
「ま、待ちなさい! ニライカナイに行けば人類の魂は救済され、新しい命として転生するのよ! それを拒否して惑星ラメクに向かうなんて愚かなことだわ!」
「うるさい! ニライカナイなんて嘘っぱちだ! 死にたいなら勝手に死んで勝手に救われてろ! 結局お前ら終末派は一人で死ぬのが怖いだけなんだろ!」
「……っ!」
「ひとりぼっちが寂しいだけなんだろ! 離せ! 俺はお前らと違ってひとりでも強く生きていく!」
そこで一人の青年が間に入った。終末派の少女に対して恫喝的な態度を取る男性の胸ぐらをつかむ。
「アンタ、なんてことを言うんだ!」
「なんだ、お前も終末派か!?」
「違う! 俺は全人派だ!」
無派閥または選民派と思われる男性は舌打ちをしたあと一人で方舟に走る。対する全人派の青年は終末派の少女に手を差し伸べた。
「もし、さっきの人が言っていたことが本当なら、もう怖がる心配はない。寂しがる必要もない。もう君はひとりじゃない。少なくとも俺が見つけた。考え直してほしいのはこっちも同じなんだ。もしよければ一緒に行かないか? みんなが行ってしまったニライカナイではなく、みんなが行こうとしている惑星ラメクに。でも君とは違って無理強いはしないよ。君はどっちがいい?」
少女は俯いたあと、静かに首を横に振って滅びを選んだ。
「そうか……それならいい場所がある。案内するよ。そこには君のような滅びを待つ人が集まっている。ここにいてさっきみたいなことを言っていると危険だ。人には選ぶ自由がある。救いを必要としない人を愚かだと思うなら、勝手に愚かだと思って見下していればいい。なにはともあれ押し付けはいけないよ」
少女は押しつけのつもりなんてなかった。なぜなら終末こそが救済であると本気で信じていたからだ。そして大人の男性に怒鳴られて萎縮していた少女は、青年の手に引かれて山道を登り、頂上にある教会に案内される。そこにはシスター服の人たちが祈りに来ており、その全てが終末派で構成されていた。青年が教会の扉をたたくと老婆が出てくる。老婆は青年の祖母であるらしい。
「愚かなことだよ、あんた」
「ごめん、ばあちゃん。でも、ばあちゃんは言ったよね。主義主張は違えど、僕の意思は尊重するって」
「あぁ。あんたを止めるなんて誰にもできないからね。もしあんたがアドミラルになっていたら、継承戦では全人派が勝っていたかもね」
「それは買いかぶりすぎだよ。でも、だとしても、ばあちゃんは連れて行かないよ。僕もばあちゃんの意思は尊重したいから……。正直、ばあちゃんを置いていくのは見殺しにするようで辛いし、なにより寂しいけど……」
「見殺しじゃない。あたしゃ救われるのさ」
「そうだね。何がその人の救いになるかは分からない。これは僕自身が見つけた、僕の答えだ。そしてばあちゃんの答えも、ばあちゃんが見つけた、ばあちゃんだけの
そこで終末派の少女は問い掛ける。全人派が勝てば、無理やり終末派を連れて行くのではなかったのか。生きることを押し付けるつもりだったのではないか、と。
「たしかに多くの全人派は生きることを押し付けるつもりだったろうさ。でも少なくない人は、きっと僕と同じことを考えていたはずだ。たとえば、さっきの“声”。御船真瀬のように……。もし僕がマスターアドミラルになったら、終末派の中でも本気でニライカナイに行きたがっている人は惑星ノアに置いていってもいいんじゃないかと、カイン様に進言するつもりだった。すべての人を救うというのなら、死だって救いになる人がいるはずだ。その人を無理に生かしても、それはただの
少女がどういうことかと聞くと老婆が答える。青年の母親は海難事故に遭い植物人間になってしまった。青年の父親は終末派であり、意識のない妻を指して「彼女は終末派だ」と主張した。しかし実際のところ、母親は無所属であり、そのことを青年はハッキリ記憶していた。しかしまだ子供だった少年の発言は証拠にならず、父親の意見が優先されてしまい、母親は終末派にされてしまった。その理不尽を打開しようと、青年は母を救うため全人派になった。そして今もまだ青年は答えを探している。何が正しいのか悩み、戦い続けている。
「……じゃあね。そろそろ戦いに行かないと」
「……ほんとうに愚かなことだよ。わしの孫と倅が……嗚呼……」
「ごめん、ばあちゃん。でも父さんとはそろそろ“おはなし”しないと。僕も覚悟を決めたんだ。じゃあ、ばいばい。今日こそは
全人派の青年は走り出した。無所属の母を救うため、母と共に滅ぼうとしている父と決着を付けに行く。それが母にとってどういう意味をもたらすのか。その答えは一生わからないかもしれない。母を救いたいという気持ちは、終末派の少女と同様の押し付けであるのは痛いほど理解している。だが、それでも────無視することができないんだ。見殺しには、できないんだ。
「何が
青年の背中を見届けた老婆は泣くように嘆息する。その傍らに立つ終末派の少女は、今の話を聞いてはじめて、何が正しくて何が間違いなのか、本当の意味で考えたかもしれない。