ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡 作:形のない者
サブタイトル【希望に満ちた
そこはとある諸島の中央海域。
「全人派代表カイン=ローゼンクランツが命じる! 惑星ラメクへの移民を希望する者は、我がアーク・タウラスに乗り込め! 乗艦は丁寧に迅速に! 和を乱す者はスキルを使わせてもらう! さぁ、まずは女子供を持つ家族が先だ! 次に女性、男性と続け! 悩める者はとりあえず乗るといい! 一度乗員はアイリスで降りてもらう! セカンドクレイドルに乗り換える必要があるからだ! 途中で惑星ノアに残ると決めた者はアイリスで降りるといい! 繰り返す! 惑星ラメクへの移民を希望する者は────」
拡声器を使って全島に響く声明を発し、それを聞いた人々は船に乗って方舟に集まる。
一方その頃。とある小島にて。
人々が港に向かって走る中、ひとりの終末派の女の子が必死に説得を尽くしていた。
「そんな……っ! みんな、ダメよ! わたしたちは緩やかに生きることを終えて、ニライカナイに……!」
しかし彼女の声は届かない。仕方なく隣を走り抜こうとした人の腕を手に取るが、乱暴に振り払われてしまう。
「うるさい、どけ!」
「きゃあっ! お、お願いします! ニライカナイに行かないと、あなたは救われないんですよ!?」
「っ……うぜぇなぁ!? お前らはそればっかだ! ただ死ぬのを待つなんてゴメンだ! 見苦しかろうと、醜かろうと、足掻いてこその人生だろ! 俺は“こんなところ”で死にたくない! ニライカナイ? そんなものどうでもいい! 俺は生きたいんだ! 生きたいんだよ! 生きているのが救いなんだ! 死にたいなら勝手に死ね! そんで勝手に救われてろ! 救いってのは自分で見つけて決めるもんだ! 俺たちは先に進む! 惑星ラメクに行って、たとえ惑星ノアより苦しくて厳しい環境で、やっぱり終末派の言う通り安らかに生を終えていれば良かったと後悔する日が来ても、そう思う時が来ても! それでも俺は生きるのを諦めたくないんだよ! 少なくとも俺はそうやって生きていくって決めたんだ! 自分の生き方を決めてんだよ! だからそれをお前らの平和の押し付けで誤魔化すなよ! ふざけるな! ふざけんなよっ!」
人生とは、決意とは、救いとは、生きるとは……終末派に対する思いの丈をぶちまけた男性は方舟に向かって走り去る。
「……っ! ────あぁ……ぁ……っ!!」
終末派の女の子は泣き崩れた。その理由は彼女自身にも分からない。そこに一人の少年が現れた。
「おい! 大丈夫か? 歩けないならおぶっていく! さっきこの海域で海面上昇の気配があるとニュースで報じていた! 急がないとここは沈むぞ!」
「っ……! い、いいんです……私は、終末派、だから……」
「……! そうか……じゃあ、君は、ここで死にたいのか……?」
「…………」
「答えろ。じゃないと今すぐ君を、無理矢理にでも連れて行く!」
「────え?」
少年は少女の腕を取る。
「俺は全人類移民派だ! もちろん終末派の主張も少しは分かる……だけど! もし、まだ生きる希望を失っていないなら、俺たちと一緒に来い! 助けた責任は必ず取る! それが全人派の総意だ! 決して誰も見捨てない! だから答えろ! 君はここで死にたいのか、それとも本当は生きたいのか!?」
「…………!」
「っ……時間だ、走るぞ! みんなで乗り込むんだ! こんなところで死んでたまるかってんだ! 死んだら全部終わりなんだぞ!」
「あっ……!!?」
少年少女は走っていく。坂道を駆け下りて港に向かう。
「生きろ! 無理なら一緒に生きてやる! 俺たちは独りじゃないんだ! 俺は家族を守れなかった……だからこそ今度は絶対に守りぬく! アドミラルにはなれなかった俺だけど、そんな俺でも出来ることはあるはずだ! 一人でもいいから、誰かを助けたい! 自分の心を誤魔化して、何かに逃げるしか生きられない人がいたら、俺はそんな人の助けになりたい! だって俺がそうだったから! 俺は元終末派だ! 君はどうなんだ!? 君は、そんな身勝手な俺を助けてくれるのか……!?」
「……っ!」
「これは俺の独りよがりだ! 嫌なら今すぐ俺の手を振り払え!」
終末派の少女は手を振り払う。次の瞬間、少年は離れた手を取り直して強く強く握り締めた。
「え、なんで……!」
「嫌ならもう一回振り払え! そしたらまたその手を取る! 本当に死にたいんなら、全力で死にに行けよ! 今この星にいる大半の人間は、みんなあの方舟に向かって全力で走っている! 全力で生きようとしているんだ! 終末派は、それをずっと否定してきたんだぞ!? なら、その否定する強さを見せてくれよ! じゃなかったら、なんでお前らはそんなに自殺したいんだって話になるだろうが……っ! お前らが今までやってきたことはなんだったんだって話になるだろうが……っ!!」
「────っ!」
「人生ってのは必死に生きるか、必死に死ぬかだ! 全人派と選民派は必死に生きようとしている! なら終末派はどうなんだ!? そんな甘い覚悟で中途半端にやっていたことなのか!? どうせやるなら必死になって死んでみろよ! 死が救いなんだろ!? なら俺たちを殺してでも救ってみろよ! 言葉だけで「死ね」と言うなんて誰にでも出来る簡単なひどい暴言だ! それこそ綺麗事だろ! 理想論だ! 死ねって言葉だけで人が救われると本気で思ってる甘っちょろい連中だ!」
「ちがう……わたしたちは、そんなつもりで言っているんじゃ……」
「なら、人を傷付けていることに気付かない最低最悪な奴らってことになる! ……俺はさ、思うんだよ。必死に何かを頑張るのが、人間の在り方だって。だからお前も頑張れよ。生きるのか、死ぬのか……考える時間はたくさんあったはずだぞ!」
青年は細い腕を引っ張る。
……嗚呼。なんという愚かな人だろう。彼女の手を強く握る手は熱かった。それは生きることに奔走する熱量を宿していた。それは終末派には有りそうで無かったもの。肉体を駆け巡る血液の体温が、少女の冷たい手を非情にも解かしていく。
「振り払わないってことは、まだ生きていたいってことなんだな!? それで本当にいいんだな!? あとで後悔するんじゃねぇぞ!」
「……っ────ない……」
「え?」
「わから、ない……わからないんです……私以外の人は、みんな死ぬって言い切っている……でも、私は……生きたいのか、死にたいのか……まだ……!」
「……なら、一緒になって考えよう。だから、まずは生きるんだ! 死んだらそこで終わりなんだから……! 悩むことだってできなくなっちまう! 悩んで答えを見つけてから、生きるか死ぬか選べ!」
────少女は、目の前の希望に惑わされている。
「おーい! 俺たちも乗せてくれー!」
轟々とした海鳴りの中、全人派の中型艦バトルアークが速やかな乗船を促す。そのとき高波が襲った。なんとか船に乗り込めた少年だが、遅れてしまった少女は波に攫われかかる。
「ぐっ……! 耐えろ、耐えるんだ……!」
必死に船のヘリを掴む少年は、掴んだ腕を離すまいと歯を食い縛る。しかし無駄だ。無理だ。彼は押し寄せる波には耐えられても、次の引き寄せる波には耐えられない。それに少女も耐えられない。惑星ラメクに行ったところで、もう、耐えられない。だから彼女は終末派に入ったのだ。いまさら希望を魅せられたところで……少年には悪いと思う少女だが、もう全てが遅かったのだ。
「……っ……あり、が、とう……」
「────え?」
少女は今までより強く、強く、一番強く、少年の手を振り払った。
「そんな……!?」
────少女は波に流されて海底に沈む中で想った。
これでいい。これでいいんだ。私は、必死に死んだんだ。
これで彼は助かり、私は理想郷に行ける。
ニライカナイ。
私を待っている、みんなに会いに行ける。
……あぁ、でも。
ちょっとだけ、考えてしまった。
もし、あの人と、一緒に、これから……
もし、楽しげな、明日が、あったら……
それは、なんて……
あまりにも遅すぎた、希望に満ちた後悔だったのだろう……
────諦めるな!
え……?
溺れても、泳げ! 泳げないなら、俺が持ち上げて連れて行く!
どうして、そこまで?
あれで俺を助けたつもりか!? 必死に死んだつもりか!? 足りねぇなぁ!! 泳ぎ続ければ死ぬことはない! 泳ぎ続ければいつか陸地に辿り着く! だけど人間には限界がある! だから人間は寄り集まって助け合ってなんとか生きている!
なんで……?
仏の顔も三度までだ! 次は助けないからな! さぁ、俺の手を握っちまったってことは、そういうことなんだな!?
……あぁっ……!
────海面に浮上する。二人は久しぶりの息を吸い、水が増えて体が持ち上がる感覚を覚える。そして二人は同時に思う。今のはいったいなんだったのだろう。まるで二人の心が通じ合ったかのような、そんな不思議な感覚だった。
────そんな夢を見ちゃったかもしれない
さようなら
ありがとう
そのとき全人派代表カイン=ローゼンクランツが救済宣言の“声”を使って惑星ノア全体に向けた演説を始めた。
「聴こえるか! 我が名はカイン=ローゼンクランツ! 全人派代表のマスターアドミラルである! ここで全人類に任務を与える! このままでは惑星ノアは死の星となる! そうなる前に全員が協力して港に辿り着くのだ! 惑星ラメクまでの航行時間は約一年! そのために必要な物資は既に取り揃えてあるため、物資を巡り争う必要はない! よって移民を望む全民間人は共に生きたいと思う者と手を結び、ひとつの怪我なく方舟に乗り込め! 今、全人派のアドミラルが多くのバトルアークを率いて世界中に散らばり、あなたたちを迎えに行っている! 惑星ノアが水没するまで、まだ時間はある! 必ず、生きたいと願う人間たちを惑星ラメクに移民させる! 故に諦めるな! 転ぶ者がいたら我先にと助け起こせ! 泣いている者がいたら我先にと理由を聞け! それがひとつとしてできぬのなら、我々は惑星ノアで滅びを迎えるだろう! なぜなら全ての救済願望を抱く者が方舟に乗り切るまで方舟は発進しないからだ! 万能のAIエムザラが、この惑星の全土を監視している! 誰かを見捨てる者がいれば、その時点で方舟はより起動を遅らせる! これは私の決断だ! 今こそ人類は自らの善性を信じて勇気をたたき起こし、人類生存の機会を勝ち取る時だ! 俺を信じろ! 自分を信じろ! 人間を信じろ! 他者を信じろ! そして全力で生き抜き、ここまで来い! その先に希望の未来が待っている! 聴いているか、生きたいと思う同志たちよ! 聴いているか、全人類移民派よ! 今こそ責務を果たす時だ! 数百億を超える隣人を救え! さもなくば我々はここで全滅する! ……そして、たとえ終末派であっても、もし生きたいと願う者がいたら、その手を取り、決して離すな! 滅ぶ覚悟を決めたのなら仕方がない……だが迷うようなら、その迷い子を見捨てない────それが全人類移民派の総意であると知れッ!」
再び惑星が震憾した。それは雄叫びのような、カイン=ローゼンクランツの演説に応えたかのような、殆どの人間が叫び、吼えた、希望に打ち克つ大合唱だった。彼の一言で殆どの人間は心を一つにして動き始める。それは醜い人間ばかりの中でも、とりわけ輝く信念の人たちだった。
水の中のほうがが、声はよく聴こえてくる。
────少女は想う。
誰かが犠牲になるのは見過ごせない。誰かが死ぬのは嫌だ。それはなんて身勝手な願いだろう。そんなふうに思ってくれていたって。既に失くしてしまった人はどうすればいいのか。
「────諦めるな!」
夢ではなかった。夢であったら、それがどんなにつらくて、うれしくて、いやで、いたくて、あたたかくて、くるしくて────!
「俺の手を握ったな!? それでいいんだな!! 引っ張り上げるぞ……!」
それでも彼の手を離すことは、できなかった。
「ぷはぁっ!」
息をする。生命を通す。
やがて私たちを救出するためのヘリが飛んできた。惑星ノアの人間の77%がアイリスに集まりつつある。それ以外は終末派だ。人類は救われるのか? ニライカナイに行くことが人類の救いだと信じる終末派は、ただ滅ぶのか?
「そうだ、いいぞ、その調子だ! 誰も見捨てず、全員で協力するんだ! この調子なら必ず間に合う! 焦るな! 持ち得る力を全て発揮しろ! ひとり残らず方舟に行き届くまで、決して方舟は発進させない! 救える者を救えぬのならここで滅ぶ! それが! 全人類移民派代表! カイン=ローゼンクランツの《覚悟》であると知れ!」
少年少女は救助される。そして二人の体はアイリスへ運ばれる。たびたび少年は聞いた。本当に生きたいのか。たびたび少女は返した。分からない。それを聞いて少年は決意した。彼女の口から「わからない」以外の言葉を出させるため、ずっと彼女の傍らに寄り添っていようと。たとえそれ以外の言葉が出ずとも、彼女が幸福であればそれでよいと。
少年は知っていた。世の中には覚悟のできない人間がいる。それは決して悪いことではないとも思う。彼女はまだ子供だ。たとえ大人でも決意が希薄な者は確実にいる。それに寄り添うのも全人派の役目である。
なんとも潰れてしまいそうな覚悟だ。このままでは人類は自滅の一途を辿るのではないか。そう思った少女は、ふと、ほんの少しだけ、惑星ラメクで生きている明日を夢見た。それは希望と絶望、両方のモノクロで彩られていた。実際のところは分からない。明日が楽しいのか悲しいのかなんて、その日が来るまで分からないのだから。