※この作品はR-18です。

ノア×コード 叛逆のジェラルド 星舟や海兵どもが夢の跡   作:形のない者

6 / 30
第三話/萌芽

 細波立つ海面に映るは紫雲漂う黄金の月夜。エリア23・セクター47・中西部海岸沿いの御船艦隊専用船渠(ドック)にて。白亜の大理石が目立つ食堂の調理室では、御船真瀬とルチア・オリーヴェが大量の料理を作り上げ、それを食卓に振る舞い、皆を集めて祝勝会を催した。料理の味は評判で、ジジ艦隊・エドガー艦隊ともに好評を博す。特に御船真瀬のクリームシチューが絶品であり、今は派閥に関係なく美味いメシに舌鼓を打つ。そうして真紅のテーブルクロスの上に並ぶ豪華なご馳走があらかた食べ尽くされた頃。皆が継承戦のことを忘れて一息つき、しかし腹が膨らめば今後の継承戦のことをどうしても考えるであろう折を見て、御船真瀬はグラスを掲げて“褒める時間”を用意した。御船真瀬は各戦闘におけるMVPを発表するため、吸収されて始めの頃の戦いを知らない者のためにも戦闘の概要を滔々と語り、今日の出来事を振り返る。

 

 まずは御船艦隊の緒戦。即ちジジ艦隊・包囲戦。そのMVPは────“伏兵の整備士”モニカ・ランドール。彼女という保険がなければ、旗艦ジジ・ヴァイオレットの激しい猛攻により、旗艦・御船真瀬は討ち取られていたことだろう。伏兵として見事な仕事をしてくれた。その褒め言葉にモニカ・ランドールは照れて、御船艦隊の戦いに聞き惚れたエドガー・フェザーストンは拍手喝采を送る。

 

 次いで御船艦隊の第二戦。即ちビビアナ艦隊・撤退戦。そのMVPは────全員だ。煙幕に乗じた逃亡劇は味方の信頼からなる連携があってこその戦果である。次の戦いのため被害を最小限に抑える。必死に敵の攻撃に耐えて耐えて耐え切って、つらい戦場から全員で逃げおおせることができたのは、みんなのおかげと言っていい。それにも聞き惚れたエドガー・フェザーストンは拍手喝采を送る。もしや彼はこういう話が好きなのだろうかと一同は思う。

 

 そして御船艦隊の第三戦。即ちエドガー艦隊・地形戦。そのMVPは────“青い閃光”ジジ・ヴァイオレット。彼女の登場がなければ要塞のごとしフルンベルを落としきれず負けていたかもしれない。御船艦隊の火力不足を補ってあまりある活躍に今後とも期待すると同時、御船艦隊の窮地を救ってくれたことに感謝したい。その褒め言葉に満更でもないジジ・ヴァイオレットは、しかし全人派が選民派を褒めるなんておかしいと派閥争いを持ち込み赤い耳を誤魔化した。が、それをステラ・パレットに見抜かれていじられる。そしてかわいらしい少女たちの喧嘩が勃発。それを二人の世話係ヴィエナ・アウッティは微笑みながら仲裁に入った。

 

 最後に御船艦隊の第四戦。即ち古謝艦隊との共闘がありながら最も苦しい戦いとなったビビアナ艦隊・防衛戦。そのMVPは────やはり全員だ。なぜならみんなが死力を尽くして頑張った。MVPとは最優秀選手のことを言い、最もチームに貢献した者に与えられる賞である。その定義に当てはめるなら皆がMVPであることに異論の余地はない。それでも強いてスペシャルなMVPを挙げるなら“最後の一瞬の勝負”について取り上げたい。さて、MVPの中でも特に優れた戦果を挙げたMVPは────“守護の乙女”ファルファラと“青い閃光”ジジ・ヴァイオレットである。この二人がいなければ最後の最後でビビアナ・サリニャーナに追い詰められて旗艦が討ち取られていた。その旨を伝えた御船真瀬は、個人的な感謝を述べる。それにファルファラは当たり前のことだと返し、ジジ・ヴァイオレットは褒められるのも慣れてきたのかMVPに選ばれるのは当然のことだと鼻に掛けた。そして「相手との実力差を測れず、おまけに命令違反を犯して防衛ラインを崩壊させたどっかの誰かさんとは違い、自分はきちんと実力があるからこそのMVPです」と声を大にして事実を言った。そんなジジの一言をステラは注意するが、当の茅森漣はそう言われても仕方のないことをしたと返して静かに押し黙っていた。

 

 御船真瀬はアドミラルひとりひとりの顔をよく観察する。最後にジジのせいで若干空気が怪しくなったが、ステラをはじめとする周囲のフォローで換気し、最後に御船真瀬が全員に感謝したあと、今夜はぐっすりと寝て明日からの演習などに備えることを告げて、祝勝会は一旦の幕を下ろした。

 

          §

 

 ドックには夜の海を遠望できる屋上がある。そこで茅森漣は悩んでいた。自分が命令違反を犯したせいで、仲間である御船艦隊を危機に晒し、危うく負けるところだった。継承戦の再開時は、きっと自分は小隊長の座から降格している。その前に迷惑をかけた仲間たちの下(もと)に回って謝罪し、きちんと“総提督”御船真瀬から処分を受けようと覚悟した。そこにエドガー・フェザーストンが現れる。御船艦隊との戦闘に負けてドックでバトルアークを修理していた間でも、同じ艦隊であれば戦闘データが送信されてくる。それで茅森漣の失態を知っていたエドガーは、茅森漣に対し、御船真瀬のことをどう思っているのか問いかける。茅森漣は答えた。「御船真瀬は弱い。あいつは後ろで偉そうに命令しているだけだ」……だが「それは本当にそうか?」とエドガーは返す。たしかに御船真瀬はバトルアークの操艦能力は低く、アドミラルなら誰もが持ち得るスキルを一つも有していない。そういったアドミラルは落ちこぼれとして蔑まれる。だがそれならばどうして、御船真瀬は総提督の座を任せられて、御船艦隊はジジ艦隊を下し、強敵ビビアナ艦隊からの撤退に成功し、エドガー艦隊を倒し、祝勝会では語られなかったが古謝艦隊との無謀に思える交渉を奇跡的な成功に導き、再びビビアナ艦隊と砲塔を交えて生(・)き(・)残(・)っ(・)て(・)い(・)ら(・)れ(・)る(・)の(・)か(・)────

 

 それに対し茅森漣は運が良かっただけだと言う。だが運を語るならセクター47に配置された段階で、周囲は選民派だらけの四面楚歌だった。既に運は悪く、ならばどうやってそれを盛り返した? まさか運だけで勝ち上がったと? た(・)し(・)か(・)に(・)そ(・)れ(・)も(・)あ(・)る(・)だ(・)ろ(・)う(・)。それを聞いた茅森漣はがくりとこけた。エドガーの話はまるで“御船真瀬は強い”と言わんばかりの口調だったのだから、それを否定したくて身構えていたら、あっさり運の良さを肯定された。

 

 エドガーは話を続ける。彼は先の戦いで御船真瀬の“本当の強さ”を知った。そして、かつて目にした本多正信という強力なアドミラルの強さについて考えた結果、アドミラルの強さには二つの種類があることに気付いたことを語る。今まで継承戦における戦闘とは質と量が全てだった。しかしそれを知略で覆すアドミラルが最近ぽつぽつと現れ始めた。その理由は分からない。だが継承戦は数年前に始まったばかり。時の流れに合わせて新たな戦い方が模索され、発見されるのは世の常である。その上でエドガーは自分が気付いたことを茅森漣に語り聞かせた。たしかに御船真瀬は力がなければ技もない。心のほどは分からないが、古謝艦隊との交渉で見せた毅然さを思えばわざわざ口にするまでもない。たしかに真っ向勝負では底辺のアドミラルにも苦戦する男だろう。しかし、こと指揮に関してはたぐいまれなる才能を持つ。その名も“戦術眼”だ。権謀術数、智謀において他の追随を許さない。思えばエドガー艦隊が御船艦隊を攻撃した時、実は御船真瀬はそれを知っていたのかもしれない。

 

 茅森漣はその言葉にひどく驚く。そんなことはない。あの時は御船真瀬もびっくりしていた。それを聞いたエドガーは「ありえそうだと思ったが、そうか。ならばこれは過大評価だったか」と笑う。そこで茅森漣は、どことなくエドガーの発言が気になり、どうしてあ(・)り(・)え(・)そ(・)う(・)と思ったのか質問した。するとエドガーは懐から電子端末を取り出す。青いホログラムに投影される情報量は膨大で、その書籍のタイトルには“古代兵法書・断章(その弐)”と書いてあった。それはフェザーストン家が発掘した地球時代の書物。内容は“空城の計”であり、あえて自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘う計略について記されている。

 

 エドガーはこの計略を応用した視点で語る。あの時の御船艦隊の哨戒班は必要最低限だった。そうニコラが報告している。いくら艦隊の姿を隠せる岩礁地帯の裏に潜んでいたとは言え、既にジジ艦隊とビビアナ艦隊との戦いで多く消耗している時、のんきに昼食を食べながら、哨戒班を最低限で済ませる愚かな総提督がいるだろうか。そして、これは後になって分かったことだが、御船艦隊には優秀な諜報員兼観測手(藤本さち)がいるようじゃないか。フェザーストン家は界隈でも有名であり、その名を知らないアドミラルは存在しないとエドガーは自負する。つまり何が言いたいのかというと、御船真瀬はエ(・)ド(・)ガ(・)ー(・)・(・)フ(・)ェ(・)ザ(・)ー(・)ス(・)ト(・)ン(・)が(・)奇(・)襲(・)を(・)仕(・)掛(・)け(・)る(・)性(・)格(・)で(・)は(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)のではないか、さらに言えばエ(・)ド(・)ガ(・)ー(・)・(・)フ(・)ェ(・)ザ(・)ー(・)ス(・)ト(・)ン(・)は(・)敵(・)の(・)陣(・)地(・)に(・)の(・)こ(・)の(・)こ(・)と(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)っ(・)て(・)も(・)警(・)戒(・)心(・)を(・)抱(・)か(・)な(・)い(・)性(・)格(・)で(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)のではないか。空城の計の応用で哨戒班を最低限にし、通常なら警戒するところを警戒しないエドガー艦隊を岩礁地帯に招き入れた。火力こそ正義、耐久力こそ誉れ、地形など火力で粉砕し、小賢しい計略など耐久力で凌いでみせる。まさにその誇り高い精神が利用されたのではないか……負けてからエドガーは、ずっとそんなことを考えていた。

 

 茅森漣は断言する。それは過剰な評価だと。エドガーも同意する。この考えは単なる憶測に過ぎないと。ただエドガーは、これだけは間違いないことを断言する。「御船真瀬は強い。こと戦術においては、この中の誰よりも優れている」……その言葉を素直に受け止められない茅森漣は、その場から逃げるように立ち去った。そして廊下を歩いていると、ばったり御船真瀬と出会ってしまう。気まずい空気。しかし御船真瀬はいつもと変わらぬ雰囲気で茅森漣の名を呼んだ。「漣。ちょっと話をしないか」

 

 総提督室にて、御船真瀬は茶を振る舞う。それを飲む気が起きない茅森漣は身を硬直させていた。降格処分を喰らうと思い込み緊張しているのだ。そんな漣の気持ちを察して御船真瀬は質問する。「漣の本音を聞かせてくれ。今日の戦い、どう思った?」……その一言は茅森漣にとって衝撃的だった。そして不思議なことに今まで溜まりに溜まった不満が爆発するかのように、思いの丈をぶちまけた。

 

 茅森漣には大切な友人がいる。フレッド・パーカーというその少年は、彼を除く一家全員が終末派のロタス教に傾倒している。つまり選民派が勝利すれば、フレッドは家族のせいで否応なく惑星ノアに取り残される。言ってしまえば無理心中のようなものだ。よって全人派が勝たない限りフレッドは生き残れない。アドミラルになれないということは、それだけで生(・)存(・)選(・)択(・)権(・)を(・)無(・)く(・)す(・)ということなのだ。そしてフレッドは、そういった事情から茅森漣に「選民派に入ってほしい」とお願いした。

 

 そこまで聞いて御船真瀬は思う。三つの派閥の中で最も強い勢力は選民派だ。その理由の一つに生存戦力が大きく関係している。大抵の人間は「死にたくない」と思う。それゆえ「全人派が勝てばそれでよし、だが選民派が勝てば能力の低い自分は取り残されるかもしれない」……そう考える。そこで選民派のプロパガンダが効いてくる。選民派代表シェーラ・カーマインの言い分によれば「たとえ身内に落ちこぼれがいても優秀なアドミラルが“連れて行きたい”と願えばそれを受け入れる。何も家族や友人を切り捨てて惑星ラメクに移民するわけではない。生き残りたいならば実力で勝ち取れ! 実力がなければ大切な人を守り抜けないぞ!」────この宣伝効果によって、大抵のアドミラルは「せめて自分の家族や友人だけでも確実に助かるように」と思い、心は全人派に近くとも選民派に入る者が続出した。

 

 これが三派閥の中で選民派が最も母数が多い理由の一つである。誰も彼もが全人類より自分とその周囲の人が大切だ。それを責めることはできない。全人類を救うなんていう壮大な話は綺麗事として容易に片付けられてしまうし、それは真の実力が伴って初めて可能になることだ。大抵のアドミラルは惑星ラメクに行くため、つまり生き残るため、そして身内を守るため「全人派が勝てばそれでよし、選民派としてのし上がれば選民派が勝ったとき自分とその大事な人を連れて行けるかもしれない」と考える。こういった生存戦略と全く同じことをフレッド・パーカーは幼いながらに考えていたのだろう。つまり茅森漣が選民派に入り、選民派として勝利すれば、フレッド・パーカーだけは、あるいはその家族も惑星ラメクに連れて行けるかもしれない。もちろん全人派が勝てばそれでよし。ただ終末派にだけは絶対に負けてはならない。その旨を茅森漣に伝えて、フレッドは懇願した。しかし茅森漣はそれを断った。自分はカイン=ローゼンクランツに憧れて全人派に入った。かといってフレッドを見捨てる気はない。絶対に全人派が勝ってフレッドとその家族を惑星ラメクに連れて行く約束を交わした。男と男の約束だ。だからこそ茅森漣は、初の継承戦となる今回、かなりの気負いを感じていた。

 

 その心中を語ってくれた件について御船真瀬は感謝する。だが茅森漣の話はまだ終わっていない。御船真瀬の質問は「今日の戦いについてどう思ったか」である。それについて茅森漣は忌憚無き意見を口にする。御船真瀬は消極的だ。初めから負ける前提で作戦を立てており、ビビアナ艦隊との戦いでは煙に乗じて倒せるチャンスを棒に振って撤退した。でも今なら分かる。自分の実力では到底ビビアナには敵わない。でも煙に乗じた不意打ちなら倒せたかもしれない。それでも過ぎたことは分からない。茅森漣は、もう想像だけで語りたくないと言う。そして、たしかな真実が欲しいと口にした。御船真瀬は強いのか弱いのか。信じていいのかどうなのか。自分の考えだけでは決められない。全ての戦いにおいて茅森漣は積極的な攻撃ばかり考えていた。しかしビビアナの圧倒的な強さを実感して、それだけでは勝てないことを嫌というほど思い知った。フレッドを助けるために、全人類が勝つために、継承戦を勝ち抜くために、ど(・)う(・)す(・)れ(・)ば(・)い(・)い(・)の(・)か(・)分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)……それが茅森漣の本心だった。絨毯にぽつぽつと淡いシミが広がる。

 

 御船真瀬は言った。「漣の言う通り、俺は弱いよ。漣からしたら、かなり頼りない総提督に見えるだろう。でもだからこそ、漣には俺を助けてほしい。俺たちは決して一人じゃ勝てない。だからみんなで力を合わせる。そうすれば一人ひとりが弱くても勝てるんだ。俺はそう信じている。俺たちならそれができると信じている。だって俺たちは一緒に戦う仲間なんだから」……“信じる”“仲間”……その言葉を聞いた茅森漣は、不意に槐新との会話を思い出した。

 

 数ヶ月前。茅森漣が御船艦隊に配属されてからしばらく経ち、演習で御船艦隊の負けが込んでいた時、茅森漣はボソリと口にしてしまったことがある。それは「御船真瀬ではなく槐新が総提督なら勝てるかも知れないのに」という言葉だった。それは単なる独り言だったが、実は近くに槐新がいて耳に届いていた。槐新が声を掛けると、茅森漣は聞かれていたことに驚くが、何も怒るわけじゃないと槐新は言い聞かせて、どうしてそう思ったのか質問する。茅森漣は真剣な表情で訴えた。「負けが込んでいるのは御船真瀬の指揮が良くないからだ。何より弱い。自分でも一対一なら勝ててしまう。でも攻撃の主力である槐新が指揮すれば勝てるかも知れない。強い奴が上に就くことは正しいことのはずだ。なんで槐新は強いのに、自分より弱い御船真瀬の言うことを聞いているのか」……それに槐新はなるほどと言ってニヤリと笑い言葉を返す。「やっぱ漣は子供だなぁ!」「なっ!?」そんな冗談はさておき、槐新が言うには「俺は真瀬の指揮で動けることが何より嬉しい。あいつはすごいよ。あいつの指揮は、まるで自分が以前より強くなったと錯覚しちまうほどすごいんだ。あいつの強さは操艦能力じゃない。俺や漣、ほかの仲間を最後まで信じる気持ちにあるんだよ」────茅森漣は、最初はその言葉の意味が分からなかった。しかし今は漠然とだが言語化できる気がする。

 

 茅森漣は赤裸々に自分のことを話した代わりに、今度は御船真瀬のことを聞かせてほしいと言う。それに応えた御船真瀬は、ただ一言。ただ一言の弱音を口にした。「みんなが俺の指揮を信じて動いてくれる分、読みが外れた時のことを思うと、かなり重圧を感じるかな」────指揮は、それを聞いて動いてくれる仲間がいるから意味がある。だが、もしその指揮を無視する奴がいたら、指揮は何の役にも立たなくなる。そういえば槐新は言っていた。「真瀬は手駒が増えれば増えるほど強くなる。だがそれはほかのアドミラルでも同じことだ。戦いは数と言うように、数が多ければそれだけで強い。でも真瀬の場合は全く違う。大抵は手駒を持て余す総提督が多い中、真瀬は常に手駒を的確な位置に配置できる。それで負けることがあるとしたら、それはシンプルに“手駒が足りなかったから”だ。手(・)駒(・)の(・)強(・)さ(・)は(・)関(・)係(・)な(・)い(・)んだよ。たとえどんなに無能な奴でも、そんな無能な手駒が一個あれば、それを最大限に活かして戦いに貢献させることができる。それが真瀬のスゲェところなんだ」さらに槐新は助言した。「漣はもっと周りを見ろ。あと戦いに慣れてきたら、よく仲間と話し合え。人を見る目も大事だな。誰かを参考にするだけじゃなく、ちゃんと自分を持つことだ」────

 

 茅森漣は今ようやく、数々の助言が今の自分に足りない所の全てを突いていたことを理解する。良き先輩として慕っていた槐新の言葉は、よく周りを見ていたからこそ出てくる言葉であるし、よく仲間と話し合ったからこそ断言できる自信の有り様であったし、人を見る目もあった。それで言えば茅森漣は、自分とフレッドのことばかりで周りが見えていなかった。御船真瀬の消極的な作戦に疑問を抱いて指摘することはあれ、それ以上の深い考えが思い浮かばないから反論はそこ止まりだった。それは御船真瀬の考えていることが分からなかったからだ。そして人を見る目が足りなかったからこそ、先ほどの自分は「どうすればいいのか分からない」と口にし、加えて御船真瀬の実力を見誤っていた。そんな自分の反省点に気付いたが、だからといってすぐ具体的な改善策が思い浮かぶものではない。ただヒントは既に出ていた。茅森漣は袖口で目元を拭い、改めて御船真瀬に信念を告げる。「俺、もっと信じるよ。真瀬の指揮を、信じてみる。新が信じる真瀬のことを信じるんじゃない。今まではそうだったけど、これからは違う。俺は命令違反の罰を受けて降格処分を受けるだろうけど、できればこれからも真瀬の考えていることを知りたい」その言葉に礼を言った御船真瀬は、加えてこう助言した。「疑うことは悪いことじゃない。信じたいから疑う時もある。盲信は諫言を損ねる。その点、漣には期待しているよ」────しかして茅森漣は、誰よりも御船真瀬の真価を疑うからこそ、御船真瀬の真価を発揮させるため、御船真瀬のことをどこまで行っても信じることにした。その誓いを胸に秘めて、茅森漣は総提督室を後にする。

 

 すると入れ違いで藤本さちが総提督室に入ってきた。彼女は茅森漣の赤く腫れた目尻を見て心配したが、御船真瀬から「漣はもう大丈夫だよ」という一言をもらって、その言葉に信頼を寄せ安堵する。そして藤本さちは総提督室に来た本題を思い出し、今日のことで気になっていることを問いかけた。

「ねぇ真瀬ぇ。もう終わったことだから別にとやかく言うつもりはないんだけどさ。私がエドガー艦隊の艦影を発見しても、みんなには内緒にしておくってやつ……あれ、本当にやって良かったの?」

「あぁ。みんなには奇襲に対する訓練を積ませたかったからね。演習では正面対決ばかりだから、どうしても奇襲に対する訓練は疎かになりがちだった。今回の経験で奇襲の怖さを知ってもらえたことで、みんなの気も引き締まったことだろう。エドガー艦隊の奇襲を受けてもさほど混乱せず対応できた経験は、絶対に後々自信となって役に立つはずだ」

「でもさぁ。でもさぁ。もしエドガー艦隊が正々堂々を謳わず奇襲してきたら、大変なことになってたよぉ~?」

「エドガー・フェザーストンは騎士道精神を持っているから奇襲は絶対にない。そう言ったのはさちじゃないか」

「そうだけどぉ~……でもエドガーの周りの人が意見していたら、もしかしたら奇襲は有り得ていたかもしれないんだし……」

「ニコラ・ハドソンとフロラ・パッソーニはエドガー・フェザーストンのメイドなんだろう? それならエドガーに対してそこまで強く意見することはできない……三人の関係性からそう見て間違いなしと言ったのも、さちじゃないか」

「う~ん……でも怖かったよぉ~! 敵を見つけても知らんぷりしてわざと見逃すなんて正気の沙汰じゃない……!」

「ははは。ごめんごめん。お詫びに紅茶を淹れるから」

「わーい! やったー! 真瀬の紅茶は格別なんだよねぇ~!」

「というか、それ目当てで来たんじゃないのか?」

「えへへぇ! バレたかぁ。実はそうでしたぁ~」

 それは語られなかった作戦。自らが間者となり敵を欺く計略。古代兵法書に記される名は苦(・)肉(・)之(・)計(・)。御船真瀬と藤本さちは香り好い紅茶を嗜みつつ、藤本さちが提出する膨大な情報から御船真瀬は取捨選択し、今後の方針について語り合うのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。