アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
絶交ルールのウワサとの戦いから約一週間が経過した。
早朝。みかづき荘の一室。今まで椅子と机、寝台とクローゼット。その四つの家具しか無かった部屋の一角には、小さなアトリエが出来ていた。床を汚さない一面の布。その上にはカンバスと木製の丸椅子。五日掛けて描いた作品は「幼稚部のクレヨンレベルだヨネ」と言われること請け合いな素人の絵画。絵の具の使い方に四苦八苦する悪魔は、真っ白な風景に巨大ロボを描いていた。
「……」
絵を描いていると、時折自分は何を為しているのかと考える時間が生まれる。それは逆転勝利の為だと刷り込まれる。それが呪いによる行動原理だと超直感で気付きつつも、それに逆らうことは運命的に難しい。因果の糸が見えるようになれば、インキュベーターのように、ある程度は運命を操ることも可能なのだが。
「…………」
階段を登る足音。七海やちよだと直感する。衣擦れの音から察するに、先日勝手に出された服のクリーニングが終わり、それを持って来てくれたのだろう。コンコンとノックされて返答を待たず開かれる扉。
「悪魔。クリーニングに出していた物が戻ってきたわ。いつまでもその黒スーツじゃ疲れるでしょう。ほかの服は持ってないの?」
「あいにくこの二着だけだ」
悪魔はカンバスから離れてふわふわなパーカーやスッキリしたズボンを受け取り、保存用匣兵器に収納する。
そこで七海やちよが目を細めた。
「あなた、ちょっと顔が赤くない? 熱でもあるの?」
「……? いや、そんなことはないが……」
特に体調は悪くない。だが紅潮の原因は見当がつく。
そのため悪魔は苦虫を噛み潰すような心地で、すぐに魔法少女から離れたいと思った。
ふと七海やちよの関心がカンバスに向いていることを直感。
「あなた絵を描くの?」
「あぁ……まだ初めて五日だが」
「……まぁ、あなたの趣味はどうでもいいわ。それより、そろそろハッキリさせたいことがあるんだけど」
七海やちよとの質疑応答が始まる。
「あなた、この一週間で一度も食卓に顔を出さなかったけど……」
「ある程度は既に、なぎさから聞いているだろ。オレは物を食べない」
「……その理由よ」
「長生きしたい。そうなぎさから聞いていなかったか?」
七海やちよは「それは矛盾だ」と疑問を呈する。
「水分は毎日摂るけど、きちんとした食事は月に一回。その間の空腹と栄養は
つまり
七海やちよは鋭い。大体の人がごまかされる所を的確に突いてくる。
しかし悪魔の言い分は、細胞分裂速度の低下による死の先延ばし、という意味では間違っていない。そうやって引き延ばした寿命は一回の魔法行使で消し飛んでしまうが、だからこそ寿命を延ばすことに意味がある。もし悪魔が三食魔力の生活をしていなければ、今までの魔法行使の回数を省みるに、とっくに残りの寿命が十年を切っていたに違いない。しかしこの生活のおかげで、悪魔の寿命はまだ八十年以上ある。なるべく魔法を使わず、寿命を延ばし続ければ、百年、二百年と生きることは可能だ。
だが七海やちよの質問の意図を直感するに、それでは答えにならない。彼女の疑問は“なぜ”だ。なぜそこまでして長生きするのか。悪魔は信頼を得るため、正直に上記の理由を告げたあと、その“なぜ”を答えた。
「そういう生き方を望んだから」
「…………」
七海やちよは口に出さなかったが、内心では「ふざけないで」という声が聞こえた。警戒するべき相手でも心根の優しさを以て接するのは変わらない。意地を張って孤立を選ぶのは、仲間を失う恐怖の裏返しか。ともあれ七海やちよは孤立の道を選び続ける以上、悪魔に対して強く言える言葉はない。故に彼女は押し黙った。それを言ってしまえば、悪魔と七海やちよの関係性が“仲間”に近い存在になってしまうからだ。
「質問は終わりか? クリーニング、ありがとな」
「……」
七海やちよは不機嫌そうに目を閉じると腕を組み指を叩き、静かに扉を閉めて階段を下りていった。
悪魔はカンバスの手前に座って絵画を再開する。
その時、青色のハーフソウルリングが明滅し、緑色のハーフソウルリングが元気そうに瞬いた。
「やっほー! ランボさんが地球征服しに来たんだもんねー!」
「……」
「お、あくま! あ! なになに? 絵ーかいてんの? へったっくそー! へったっクソー! これロボ? 武器ないの? ランボさんバズーカかく! ピストルも! 爆発もかけ! ボーンと!」
「おいコラ。人が描いてるモノに手を出すな……」
《助太刀魔法》で悪魔の頭上に降り立ったランボは、スルスルと顔を掴んで肩に降り、服を掴んで膝の上に座った。そして悪魔の絵筆をひったくると、好きな色で落書きを始める。ここで無理やり取り上げたら泣くだろう。怒っても言うことは聞かない。しかし叱ることは大事だから叱る。止めようとすることも大事だから止める。その上で超直感が発動し数秒後の未来が読める。もはや巨大ロボは五歳児の落書きに滅茶苦茶にされてしまうだろうと。
「あひゃひゃえひゃひゃ! くすぐったい!」
「ランボがイタズラするからだろ。悪い子はくすぐり攻撃だ」
「うひゃひゃ! ぎゃー! はなせー!」
悪魔は、巨大ロボの上にカラフルな色で塗りたくられてしまった落書きの絵画を目にして、これも芸術かと納得する。
(オレが成し遂げたいこと。オレが描きたいもの。それが表現されているなら、これでいい。むしろこっちの方が……)
五日掛けた大作を、ランボの落書きによってぶち壊された。
さるプロアーティストは言った。絵が下手でも人間模様が良いと。ならば悪魔は“ありのまま”を求める。幼稚部レベルで絵が下手でも、五歳児の落書きが加わることで
「それバズーカか? どう見ても横に倒れてる木にしか見えないんだが」
「ハァ~……これだからセンスのない奴はダメだよねぇ~」
「お前に言われたくない。爆発だって、ただ赤い絵の具でグルグル渦巻きを描いただけじゃないか」
「メンドウだからこれでよし! はい完成! ランボさんの巨大ロボ!」
「お前のじゃない。オレたちのだろ?」
「……! まぁあぁ~……あくまも乗りたいって言うならぁ~乗せてやってもいいかなぁ~って?」
「不服そうなのか喜んでるのかどっちなんだ」
「ここ乗るトコね! えーっと、えーっと……」
「コックピットって言いたいのか?」
「そうそれ!」
ひとしきり落書きを楽しんだランボは満足げに一息つく。
そこで悪魔は立ち上がり、絵の具で汚れたランボの服を拭って肩に乗せた。
「絵は終わりだ。オレは外に出る」
「ならランボさんは明日香とささらのトコに行くぅ~!」
「あれから仲良くなったのか?」
「ちがうもんね! ランボさんが大王でぇ、明日香とささらを従えてるんだもんね!」
「鼻をほじった指をオレの顔につけたら投げ飛ばすぞ」
鼻をほじるランボは三秒後にしようと思っていたイタズラを見抜かれてビクッと反応する。
「へぇ~ん? ランボさんそんな幼稚なことしないもんねぇ~」
「オレの絵に落書きしたくせに」
「元からラクガキだった」
「この……」
ランボの背中を支える手をワシャワシャと掻き乱す。バカみたいに大笑いを始めたランボは肩の上で暴れる。
「あひゃひゃえひゃひゃうひゃひゃ!!?」
「ちょっと。誰の声……?」
一階に降りると七海やちよが出てくる。悪魔の肩の上で笑い泣くランボを見て怪訝そうに首をかしげた。
「紹介する。こいつはランボだ。遊びに来たみたいで、瞬間移動の魔法で飛んできた」
「……っ! まさか、魔法少女? そんなに幼いのに……?」
「まだ五歳児だ。でも気をつけろ。これでもマフィア出身だからな。当たり前のようにバズーカをぶっぱなす五歳児だ。才能もあるから魔力係数も高い。言っとくが、そこらへんの魔法少女より強いぞ。泣き虫だから怖い戦闘は無理だけどな」
リビングに出ると、環いろはと暁美ほむらの二人がカウンター席に座っていた。台所では百江なぎさがカクテルをシェイクしており、何やら香ばしいチーズの香りが部屋に充満する。
『おはようございます、悪魔さん』
「クマ吉遅いのです! 今なぎさがチーズワインを作っているのです! “ラクレット”なのです!」
「だからってチーズをワインにするのは無理があるだろ……マリアージュならまだしも……」
「魔力を使えばなんとかなるのです! これぞ一年かけてなぎさが開発した“魔法料理”なのですっ!!」
シェイカーからチーズ色の液体がグラスに注がれる。その上にさくらんぼとレモンを乗せた百江なぎさだが、カクテルっぽいから乗せただけで、あまり取り合わせは考えていなさそうだった。
「ヘイおまちっ! これが“なぎさオリジナルブレンドカクテル”なのです!」
「い、いただきます……」
「…………」
ただ魔力でチーズを溶かして発酵させただけに過ぎないチーズワイン(謎)を、環いろはと暁美ほむらは戦々恐々としつつ飲み込む。
「……うん。味は、なんというか……ぶどうチーズだね……」
「なぎさちゃんは、本当にチーズが好きなんだね……?」
「当たり前なのです! チーズに勝る食べ物なんてこの世にあるわけないのです!」
そこでランボが鼻をくんくんと嗅ぐ。チーズの匂いにつられて悪魔の肩から飛び降りたランボは、暁美ほむらが飲むチーズワインをヨダレを垂らしながら物欲しそうに見つめていた。
「あ、ランボちゃん。もしかして飲みたいの……?」
「! くれる?」
「うん。いいよ」
「おいまて。アルコールは入ってないよな?」
「そんなの知らないのです。成分についてはなぎさの管轄外なのです」
そこで七海やちよが言った。
「ワインはアルコール発酵させて作るのよ。魔力でアルコール発酵なんて出来るかどうか分からないけど……まぁそれを言うなら、そもそもそれがワインなのかどうかも怪しいけどね」
「やちよ。これはワインではないのです。広義で言えばチーズワイン。狭義で言えばチーズなのです」
「なぎさ。私は時々あなたが分からなくなるわ……」
「おいしい! ねぇほむら、パンにつけて食べたい!」
「あ、そうだね。そっちの方が美味しそう!」
「それじゃあただのラクレットなのです! ワインとしてチーズを飲んでほしいのです! というかクソガキなんでこんなところに!?」
「あ、チーズ怪人だ」
百江なぎさとランボは面識があるのか、かたやクソガキ、かたやチーズ怪人と呼び合う。
「ランボ。オレは行くぞ」
「おさんぽ? いいよー! ランボさんはひとりで“みずな”に行けるもんねー! ばいばーい!」
ならば大丈夫だろうと悪魔は玄関に進む。
そこで暁美ほむらが席を立ち、去りゆく背中を呼び止めた。
「あ、あの! 悪魔さん……少しお話があるんですけど……」
「……?」
さらに環いろはも席を立ち、暁美ほむらと肩を並べる。
「その……厚かましいお願いかもしれませんが……私たちを、弟子にしてほしいんです!」
「お願いします、悪魔さん!」
突然の申し出。驚いた悪魔は一瞬悩む。
────自己の力不足の痛感。直近では絶交ルールのウワサとの戦いで足でまといにしかならなかった苦い思い出。鹿目まどかや七海やちよと比べて余りにも弱すぎる現状の自分から、なんとか這い上がりたいという強い意志を直感する。
「……それは七海やちよの仕事だろう」
悪魔は七海やちよに目をやる。しかし彼女は避けるように、否、逃げるように背中を見せて台所に入り、百江なぎさとランボの煽り合いを止めに入った。
(────)
その意を汲んだ悪魔は、屋根を貸してもらっている身でもあるしと、押し付けられた仕事を果たすことに決めた。
「その……絶交ルールの後から、私はやちよさんに何度か師事をお願いしていたんですけど、ずっと断られ続けてしまっていて……“一人で魔女を倒せ”って課題は与えられたんですけど、なかなか達成できなくて……あ、ほむらちゃんは達成できたんですけど……」
環いろはの話を聞くに、七海やちよは“一人で魔女を倒せるようになったら神浜市の出入りを許す”と言われたらしい。暁美ほむらは初日でそれを達成したが、環いろはは約一週間が経っても達成できていないという。
では現在の環いろはは、なぜ神浜市への出入りを許されているのか。それは絶交ルールのウワサ戦の時に、一人でスタンド相手にしぶとく生き残った功績が認められて、ひとまず“みかづき荘への通い”は許されたのだとか。
しかし自由な行動は制限されており、チームももこが迎えに来るまでは、宝崎市から神浜市に入ってはならず、みかづき荘から勝手に外に出てはいけない。という約束を交わしたという。
「それからずっと、ももこさんたちが見守る中で、魔女討伐に出掛けていたんですけど……やっぱり一人では倒せなくて……砂場の魔女なら、一度悪魔さんと戦ったことがあるので倒せそうなんですが、それ以外の魔女ばかりと出会ってしまって……」
「まぁ砂場の魔女を倒せたとしても、それ以外の魔女に負けるようでは意味がないからな」
そこで悪魔は、暁美ほむらの顔を見る。
「だがほむらは試練を達成したんだろ? その上でまだ力を求めるのか?」
「はい。悪魔さんは、マミさんと同じレベルの強さを持つんですよね? だから、その……私も、マミさんを守れるくらい強くなりたいんです。だってマミさんは、私の目標だから……!」
「────だから銃なのか?」
「へ? あ、これは……爆弾以外の武器がないかと言われた時に、ふとマミさんのマスケット銃を思い出して……」
悪魔は溜め息をひとつ。環いろはと暁美ほむらは、もしかしたら断られるのではないかと戦々恐々とする。
「……まさか、オレが誰かに物を教える立場に立つとはな……」
あのダメダメな頃の自分を思い出せば、考えもつかない成長ぶりである。とはいえ、あまり褒められた成長ではないのが何とも言えない。哀愁が胸の内をよじらせる。
「……あの、悪魔さん……やっぱり、ダメですか……?」
「そ、そうですよね……これからどこかに出掛けるんですもんね……その、空いている日で良いので……!」
「────付いてこい」
悪魔は背を向けて扉を開き、青空の下、晴れやかな風を切って外に出る。
「え? あ、ちょ……!」
「ま、待ってください!」
バトルグローブを開匣。死炎の逆噴射で飛行を開始。廃墟街に向かう。
環いろはと暁美ほむらは変身。建物の屋上を伝って悪魔を追い掛けた。
†