※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【もうちょっと自分に素直に生きてもいいのにさ……】佐倉杏子

 

 正午のアラームが鳴る。無限怒涛の弾丸と光矢の射撃訓練が終了し、雷鳴のごとし廃墟街に静謐が訪れる。

 キーンと鳴り続ける耳の中。魔力を流せば鼓膜が再生して聴覚は元に戻る。

 

 反対方向の廃ビルで休んでいた悪魔が帰還。

 ヘッドフォンを匣に収納して生徒ふたりのソウルジェムから穢れを吸収する。

 

「よくやった。休憩タイムだ」

『ふはぁ~……!!』

 

 暁美ほむらと環いろはは背中を合わせて座り込む。

 その時、七海やちよが廃ビルに降り立った。

 

「……服が汚れているのを見る限り、かなりやってるようね」

「え……やちよさん!」

「……? あの、その手にあるものは……?」

「お弁当よ。お腹が空いてると思って。レジャーシートも持ってきたわ」

「そんな……ありがとうございます!」

「お腹ペコペコだったんです……恩に着ます……!」

 

 七海やちよは二つの弁当箱と丸めたレジャーシートを置くと、すぐに帰ろうとする。

 

「待て、やちよ。もういろはは魔女を単騎で狩れる。昼食が終わったら魔女退治に連れて行け」

「……何を言ってるの? まだ修行を始めて六時間も過ぎていないじゃない。そんな急に強くなるわけ……」

 

 超直感によるコーチングは最適最良な教育法だ。生徒に合った育成プログラムで短期的な急成長を促せる。

 

「既にいろはは修得魔法を一つ手に入れている」

「……っ!? そんなバカな……いったいどうやって……!」

「あぁだが、最後に近接銃撃戦(CQB)を教えるんだった。なに、今までの総復習だから数分で終わる。それまで見ていてくれ」

「…………」

 

 七海やちよは信じられないと言いたげに悪魔を睨む。まさか魔法少女を倍に強くさせる悪魔契約とやらを使ったのではないか。そんな疑惑の目が向けられる。

 

「それはない。至ってまともなやり方だ。それに役割を放棄した奴に責められる謂われはない」

「────…………」

 

 環いろはと暁美ほむらは弁当箱を開いて顔を明るくする。

 タコさんウインナーにハンバーグ。とにかく今は精のつくものを食べたい。

 

 そして昼食が終わり、スポーツドリンクを飲み干して休憩。

 しばらくして立ち上がった環いろはは最後の指導をお願いした。

 

「ではこれより、いろはの体に近接銃撃戦(CQB)を教え(たたき)込む。要は今までの復習だ。右腕にクロスボウ、左手にナイフ。攻守一体の動き。治癒魔法に賦活魔法。活性の魔力も駆使して肉体にブーストでも掛けろ。遠慮は無しだ。こちらも本気(3割)で行く────」

 

 刹那、悪魔は残像を作って環いろはの背後に回った。七海やちよの目は追いついている。

 激突。グローブのパンチを防いだナイフの刀身。活性魔力を眼球に浸透させて動体視力を底上げしていた環いろはは、悪魔の高速戦闘に追いすがる。

 射撃。二本の矢が軌道を曲げて素早い悪魔を追い掛ける。だが追尾性能はないため限界軌道は越えられず不発。

 賦活。あらゆる性能が向上した環いろはは距離を取って速射。その全てを高速移動で躱される。

 殴打。悪魔の攻撃を受けた環いろはは魔力で再生。右腕のクロスボウを守りつつナイフで牽制して後退。

 掃射。賦活の力で一度に四本もの同時射撃を可能にする。その全てを躱して突貫した悪魔は、容赦なく環いろはの頭を押さえて床に叩きつけた。

 

「ぐっ!?」

「なっ……! ちょっと、やりすぎよ!」

「どこがだ。確実に仕留めないとこっちが殺られる」

 

 悪魔は環いろはのソウルジェムを吸収して背中を向ける。

 

「さて、いろは……及第点だ。とっとと魔女を倒してこい。今の模擬戦でオレが回避した攻撃は全て、魔女と使い魔に命中して必ずや撃砕するだろう。自信を持って行ってこい」

「っ……! はいっ! ご指導ありがとうございましたっ!!」

 

 涙目の環いろはは深々とお辞儀する。それは悲しみの涙ではない。恐怖とツラさを乗り越えた果てに掴んだ達成感と充実感と感謝の涙である。なにより地獄のトレーニングから解放された嬉しみが透明でキレイな雫を落とす。

 

「あとの細かいところは頼んだぞ、やちよ」

「……えぇ。礼を言うわ」

「ほむらちゃん……頑張ってね!」

「いろはちゃん……うんっ!」

 

 環いろはと七海やちよは街に繰り出す。魔女狩りである。

 そうして廃ビルに残された悪魔は、周回遅れの暁美ほむらに魔法講座を開いた。

 

「それでは、ほむら。これより修得魔法の開発を始める。準備はいいな?」

「はい……」

 

 苦難を共にする仲間が去ってしまったことに、暁美ほむらは見るからに落ち込む。

 だが気分が下がっているのはそれだけではないことを悪魔は直感した。

 

「あの……悪魔さん。実は修得魔法の開発は、マミさんから教えてもらって、今までまどかと一緒に作ろうとしていたんですけど……なぜか私だけ、なかなか新しい魔法が開発できなくて……」

「…………」

 

 新しい魔法が開発できない。そんなことは“ありえない”と口に出そうとした悪魔だが、既に“ありえない”魔法を持っている暁美ほむらの事情を思い出し、まさかと可能性を述べる。

 

「もしや……リソースが足りないのか?」

「────え?」

「時間遡行と時間停止。既にこの二つだけで強力無比な魔法だ。つまり暁美ほむらの魔力係数を考えると、現時点で“完成形”であるため、これより更にほかの魔法を修得することは難しいのかもしれない……」

「……完成形……リソースというのは、たとえば私に“空き容量がない”ってことですか……?」

「そう考えていい。無論、あくまで憶測だが……」

 

 暁美ほむらは俯く。

 

「もう新しい魔法を覚えられない可能性……それじゃあ私は、どうやって強くなれば……」

 

 悪魔は語る。

 

「ほむら。そう悲観することはない。オレは今まで少なくない“魔法を使えない魔法少女”と出会ってきた。彼女たちはグリーフシードを求めなければいけないのに戦えない現状に絶望し、魔女化しやすかったが……少なくともオレの師事を受けた“無属性の魔法少女”は、今もまだ生きている奴が多い」

「……! それって……!」

「そうだ。彼女たちは一つだけ、誰(・)も(・)が(・)使(・)え(・)る(・)魔(・)法(・)を(・)修(・)得(・)し(・)て(・)戦(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)……その魔法は基礎中の基礎だが、全ての魔法の基本であるからこそ“汎用性の極み”にある。故にソレを極めた魔法少女は、どんな魔法にも負けない最高の技術を手に入れることになる。────だからある意味でソレを暁美ほむらが修得してしまったら……《時間操作》と《ソレ》か……割と大真面目に、無敵の魔法少女になってしまうかもな?」

 

 では、その魔法とはいったいなんなのか。

 暁美ほむらは答えを待ちかねる。

 

「────《魔力操作》魔法だ。それは厳密には魔法とは言えず、あくまで魔力運用法の範疇であるかもしれない。だが極めれば調整屋が使う《魔力調整》のように、合成屋が使う《魔力融合》のように、一つの魔法として完成させることができる」

「……魔力操作、魔法……?」

「思えば神経矯正治療の際、比較的ほむらは魔力を操るのが上手かったな。なぜあそこまで魔力を的確に操ることができたんだ?」

「それは……元々戦闘で《時間停止》以外の魔法が使えなかったので……肉体や道具に魔力を込めたりしていたから……それで少し得意になっていたんだと思います……」

「それに加えて知識の豊富さだ。神経系の見取り図を見ただけでは、あれほどすぐには理解できない。あらかじめ構造が分かっていたからこその理解度の速さだ。つまり、ほむらは内部構造さえ理解していれば、それに対する魔力操作が容易というわけだ」

 

 悪魔は思索する。

 

「なぁほむら。拳銃の構造も理解しているのか?」

「? はい……一応は……ジャムを起こしてピンチになったことがあるので、それから初めて使う銃器は必ず、一旦解体(バラ)して組み立てなおすようにしています……」

「つまり銃器に魔力を込めようと思えば込められるってことか。精密機器に魔力を流し込むと壊れやすいんだが、ほむらの操作技術なら可能だろう。銃器に魔力を流し込んでも耐久力が上がる程度だが……例えばの話、銃座に固定した銃器に魔力を込めれば任意のタイミングで射撃させることも可能だろう。魔力を込めた爆弾を設置すれば、タイマーを待たず一斉に起爆させることも容易なはずだ。なんなら自動車の構造も把握していれば、魔力を浸透させるだけで遠隔操縦可能だ」

「────…………」

 

 暁美ほむらは電撃を受けたかのように固まっていた。

 高速回転する脳内は、全く新しい戦法が巡っている。

 

 ────《魔力操作》……思えば巴マミは、魔力で編んだリボンを操って、さらにリボンを束ねてマスケット銃に変形させている。あれも魔力操作の極みなのだろう。たしか巴マミの願い事は、事故で死にそうな自分を《たすけて》というもの。つまり固有魔法は《治癒》なのだが、なぜあれほどの多彩な魔法戦闘ができるのか、ずっと気になっていた。

 

 それが《魔力操作》にあるのなら全て説明がつく。シンプルゆえに奥深い。ただ魔力を操る技術だと侮るなかれ。それは究極の一を創るための工程。血の滲むような努力があって花開く無限の可能性。自分が目指すべき境地はそこにある。そう暁美ほむらは確信を抱いた。

 

「……悪魔さん! それ、私にもできますか……!?」

「魔力操作に才能は要らない。どれだけ努力できるかだ」

「根比べなら負けません! 私、やりたいです……!」

「よく言った。では地上に廃車があったな。アレを魔力操作で動かしてみろ。タイヤが動くなら操縦できるはずだ」

「はいっ!」

 

 暁美ほむらは立ち上がって走り出す。だが悪魔は動かない。

 なぜと振り返った暁美ほむらは、悪魔の背中を見つめていた。

 

「ほかにも色々と試せ。もうオレに教えることはない。なんせ基本だからな。赤子に歩き方を教える親がいるか? 親はただ転ばぬよう見守るのみだ。しかしほむらはもう赤子ではない。既に歩き方を知っている。ちょっと違う体の動かし方を学びに行く学生だ。故に……あとはほむら、お前自身の問題だ」

 

 家庭教師は終了した。そう告げる悪魔は最後に「よくやった」と褒める。

 

「……! あの……本当に色々と、ありがとうございました! 悪魔さん!」

「分からないことがあったら気軽に質問してくれ。オレはしばらくここにいる」

「……はいっ!」

 

 暁美ほむらは廃ビルから飛び降りる。悲鳴はなく、静かに風が吹く。

 

「────ふぅ……疲れたな……」

 

 一段落した悪魔は深い深い溜め息をついて柱を背に座り込んだ。

 

(心を鬼にするのはかなり辛(つら)くて疲れる。人に物を教えるのがこんなに大変だとは思わなかった……)

 

 悪魔は眠いのかまぶたが重くなる。伏せた目。赤らむ額。火照った頬。息が熱く、まるで喉が焼けるようだ。なにより飢えている。朦朧とする意識。飢え。曖昧になる理性。飢え。視界が霞んで暗くなる。激しい飢餓感。天地左右が不明となり、冷たく硬い感触が顔の右を冷却していく。やがて本能は餓死への危機に警鐘を鳴らす。しかして脳内を蹂躙するは、とある欲望。

 

 ────魔力。魔力。魔力……魔力魔力魔力魔力。

 

(っ……まずいな……ただの熱、だったら良かったんだが……久々に“魔力発作”か……苦しいな……)

 

 魔力発作とは、今のところ悪魔にのみ見られる症状である。それは魔法生物ではない存在が魔力を多用することで突然発生したり、生命力の枯渇により発生するとも言われている。症例が少ないため未だハッキリしていない部分が多い発作症状だ。しかし魔力発作が起きると具体的に何が起きるのか。それだけはハッキリと分かっている。

 ────とにかく魔力を欲しがるのだ。手当たり次第に、人目をはばからず。

 

(ほむらは……近くに居ないな……それなら良かった……このまま発作が治まるのを待とう……ちょうど独りで良かった……)

 

 否、悪魔はここ数日、ずっと耐えていたのである。悪魔契約を交わせば、その際に魔力を受け取る関係上、自動的に魔力発作の発生確率は低下するが……前回の悪魔契約から一週間が経過している今、徐々に魔力発作の発生確率は上昇していた。

 

(なぎさから少し魔力を貰っておけば良かったか……いや、ダメだ……絶対に歯止めが利かなくなる……そしたら理性が飛ぶ……そうなったら周りの目なんてお構いなしだ……まったく厄介な病気だぜ……こんな発作が起きるくらいなら死んだ方がマシだ……)

 

 悪魔は自己嫌悪する。彼は悪魔契約の儀式内容を最も忌み嫌っている。それと同じくらい魔力発作は我慢ならない。日夜プライドが疵(きず)付く所業だ。

 

 暗転。明滅する意識。夢か現(うつつ)かも明瞭としない世界の中、誰かの声が聞こえた。

 

「────見つけた。ホントに水晶娘の言う通りだ……」

 

 近付いてくる足音。カリッと噛み砕いたような音。咀嚼音。ため息。

 

「……ったく。また魔力発作かよ。ゾンビみてぇに呻いてら。食べるのを我慢してるからそうなるんだ。もうちょっと自分に素直に生きてもいいのにさ……まっ、それができないから“悪魔”なんて名乗ってるんだったか。見てらんないねぇ……」

 

 赤い、紅い気配。チョコかリンゴか、食べ物の匂いがする。

 

「だがこの状況、こっちとしては都合がいいや。アンタにガチのタイマンで勝てたことは一度もないからね。だが弱っているところを狩っちゃ寝覚めが悪いのもたしかだ……」

 

 藍色を隠す真紅の気配は困ったように立ち往生。

 

「…………チッ。だがまぁ、このくらいは許されるだろ。目的は“暁美ほむら”っていう魔法少女を誘拐することなんだから。悪魔を殺せとは言われてない。助けてはならないとも……言われてない」

 

 おもむろに寝そべった真紅の気配は、視線を狭め、頬に柔らかな吐息が当たる。接吻。

 

「んっ────! っ……!? ぷはっ!! っと……危ない危ない……やっぱとんでもない吸引力だ。ほっぺたにキスしただけでゴッソリ魔力が持ってかれちまった。それでもまだ足らないのかよ……底なしか? いや、底なしだったわ。……はぁ。また滅茶苦茶にされたらたまったもんじゃないから、あたしはもう行くよ。────カエルの王子さま?」

 

 首だけ振り返ってかしげたらしき真紅の気配が飛び立つ。

 そこで悪魔の意識は完全に途切れた────

 

          ……

 

 ────闇に煙る藍色の霧。悪魔の意識は虚空を漂う。

 その傍らに人影が灯る。赤い炎として揺らめく“彼女”は自堕落に座っており、膝の上に乗せた腕をぶら下げて常に何かを口にしていた。

 

「なぁ、助けてくれよ」

 

 彼女は祈るように懇願する。

 悪魔は直感した。これは夢ではない。誰(・)か(・)の(・)願(・)い(・)と(・)記(・)憶(・)だと。

 

「アンタのこと、これでも信じてんだからさ」

 

 赤く揺らめく炎の影は、悪魔に記憶を見せるため用意された仮想人格。

 悪魔に拒否権はない。故に黙って成り行きを見守る。

 

「昔話だ。少し遠回りさせてもらうぜ」

 

 いつかの風見野市。赤い魔法少女は、魔女に襲われている少女を助けた。

 彼女の名は千歳ゆま。緑髪翠眼に古式ゆかしい(クラシカルな)ワンピースを着た女の子。

 

「そいつ、親に虐待されていたみたいでさ」

 

 毎日母親から理不尽な虐待を受けていた千歳ゆまは、日常的な苦しさから逃れるため日々“死にたい”と思っていた。そんな勇気もなく恐怖で怯える人生は、さぞ平坦で退屈で窮屈だったろう。平和を知らない少女は虐待を平凡なことだと受け取っていた。しかし千歳ゆまもバカではない。学校に上がれば自他を比較し、自らが不幸な境遇にあると気付く。

 

「そこで折れちまうとどうしようもないが……アイツは折れなかったみたいだ」

 

 虐待には逆らえない。家の中はツライ。だから外に希望を見出した。子は親を裏切れないのか、タバコの火を体に押し付けられようが父親の浮気を自分のせいにされようが、千歳ゆまは外出を願った。両親と揃って散歩したい。家族で一緒に買い物したい。それは親を愛する子供らしい純粋なお願い事だ。そして幸か不幸か、その願いはある日、両親の気まぐれで叶った。

 

「しかし間が悪かった。出掛けた先に魔女がいた」

 

 目の前で父と母を惨殺され、次は自分だと本能で気付く。その時はじめて千歳ゆまは“生きたい”と願った。しかし死の恐怖のあまり体は震えて竦み上がり、走って逃げることもできない。その間、彼女はさぞ“自分が生きていた意味”を何度も何度も問い直しただろう。

 

 そこに赤い魔法少女が現れた。ソイツは魔女を瞬殺し、親を亡くした娘を放置してその場を去ろうとする。だが親を殺された娘の反応としては少し違和感があったため留まった。そこで一つ二つ言葉を交わせば、すぐに虚しい家庭環境が娘の涙から透けて見える。

 

「そんで拾っちまった。道端に踏んづけられて咲いてる花なんか、いつもは気にせず通り過ぎるだけなのにね」

 

 家族に裏切られ、家族を失った境遇が似ていたからだろうか。赤い魔法少女は少しだけ、千歳ゆまの様子を見守った。

 

 法律は千歳ゆまを守ってはくれなかった。親戚の家をたらい回しにされて、その年齢でどうしてこんなに出来が悪いのだろうと罵られて捨てられる。それの繰り返し。まだ孤児院に行った方が幸せだったかもしれない。

 

「むしろ家族や親戚が居ることで不幸になるなんて、アタシには耐えられなかった」

 

 誰も千歳ゆまを見つけず、助けず、放置。仕方ないと重い腰を上げた赤い魔法少女は、帰る家も居場所もない娘に一本のうんまい棒を渡した。それを受け取った千歳ゆまは必死に食べ始めた。相当空腹だったのだろう。

 

「食べるのは生きることだ。アイツは何かの意地を張って、母親以外の飯を食わなかったんだよ。アンタに似てバカなことしてんなって何度思ったことか」

 

 それから赤い魔法少女と千歳ゆまは一緒に暮らし始めた。赤い魔法少女は一人で生きる術を教えるため、万引きや無賃銭湯といったアウトローな生き方を教え込む。

 

「店に行く時は食べ物を“貰う”……銭湯に行く時は風呂に“入れてもらう”……バカみたいに奥ゆかしい奴で笑っちまったよ」

 

 そこそこ楽しい生活だった。しかしいつも平和的とはいかない。赤い魔法少女が“魔法少女”である以上、魔女との戦いは常に付きまとう。その戦いを見守る千歳ゆまは、だんだん“魔法少女”という存在に強い憧れを抱くようになっていった。しかし魔法少女は殺し合いの世界だ。好きで成るものではない。そう説教すると千歳ゆまは泣き出した。

 

「トラウマってやつか? まったく厄介なワガママ娘を育ててくれたもんだよ」

 

 千歳ゆまは強迫観念に襲われるように「役に立ちたい」「強くなりたい」「捨てないで」「頑張るから」と言い続ける。どれだけ魔法少女が危険な世界に身を落とし、いかに大変な人生を強いられるのか説いても、千歳ゆまは聞く耳を持たなかった。

 

「そんでヘマをした。アタシのせいだ」

 

 千歳ゆまを魔法少女の世界から切り離した方が良いと判断した赤い魔法少女は、千歳ゆまを置いて魔女狩りに出掛けた。だがそれが裏目に出た。

 

「グリーフシードを手に入れてホテルに戻ったら誰も居ない。机の上にあった手紙にはこう書かれていた」

 

【千歳ゆまは預かった。返してほしければ言うことを聞け。

 まずは正午過ぎの神浜市新西区廃墟街に赴いて“暁美ほむら”を誘拐しろ】

 

 悪魔の意識が輪郭を伴う。明晰となりつつある頭脳は夢から醒めかかっていた。

 

「無駄だ。目が覚めれば全て忘れる」

 

 ならばなぜこんな夢幻(きおく)を見せたのか。

 

「ゆまをさらった奴の目をすり抜けるためさ。それにアンタは忘れていても、きっと何とかしてくれる。たとえ無意識でも顔(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)れ(・)ば(・)飛(・)べ(・)る(・)から」

 

 ────闇に煙る藍色の霧が晴れていく。悪魔の意識は虚無に眠る。

 その傍らに揺らめく人影は、風に吹かれたように“フッ”と笑って消え去った。

 

          ……

 

 夜の鳥が慟哭する。雨水が黒く染み付いたコンクリートの天井。繁茂する植物のツタ先から一滴の雫が伝って落ちる。滴る水滴が頬に弾けて、悪魔は意識を取り戻した。

 

「────っ……うぅっ……くそっ……何日寝た……?」

 

 何日。それほど過ぎてはいないが、今までの魔力発作は魔力供給が叶わないと数日寝込むことがあった。しかし今回は六時間程度の睡眠で覚醒。それは誰かが魔力を分けてくれたからだが、倒れた直後から悪魔の記憶は曖昧になっているため、現在がどういう状況か把握できない。

 

「キュゥべえ……は、首に巻いてたんだな……そろそろ匣に戻すか……」

 

 悪魔の印が背中に付いたキュゥべえ。通称D(デビル)キュゥべえを保存用匣に収納。

 スマホを開いて時刻を確認。現在は夜の七時を回った頃。今頃みかづき荘では夕飯の支度だ。

 

「────おや。半日も機能を停止していたのか。あれから暁美ほむらは強くなったかい?」

「さてな。血の色をした自分の目で確かめろ」

 

 悪魔は周囲に人影がない事を確認して飛び出つ。おそらく暁美ほむらは魔力操作を極めるため、あのままどこかに行き、今頃みかづき荘に帰っているのだろう。

 

 みかづき荘に帰宅。玄関を開けて居間に入ると、そこには少し打ち解けたらしき環いろはと七海やちよがカウンターの椅子に座っていた。百江なぎさはテレビのそばにあるソファでリリスとじゃれあっている。

 

「あ、おかえりなさい、悪魔さん!」

「おかえり。……? 暁美さんは一緒じゃないの?」

 

 悪魔は直感する。暁美ほむらが帰ってない? まさか今もまだどこかで修行しているのだろうか。とりあえず命の危機は直感していないため無事だと判断する。

 

「……? ねぇ、ちょっとあなた、やっぱりおかしいわ。朝も言ったけど顔が赤いわよ。実は熱があるんじゃない?」

「え? そ、そうなんですか? 悪魔さん……」

 

 環いろはは席を立って悪魔に駆け寄る。額に伸ばされる手のひら。それを反射的に避けた悪魔は急ぎ足で寝室に向かう。

 

「あっ……」

「心配するな。ちょっと休む」

 

 魔力の塊である少女たちを避けて、悪魔は二階に上がり自室に避難。

 その様子をソファからジッと見つめていた百江なぎさは、おそらく魔力発作だろうと大体の事情を察していた。

 

「なぎさ、ちょっと見てくるのです。今のクマ吉には近付かない方が身の為なのですよ」

「? なぎさ、それはどういう意味?」

「言葉通りなのです。クマ吉の名誉のために詳細はお伝えできないのです。ご勘弁なのですよ」

 

 たたたっと階段を登った百江なぎさは、悪魔の部屋の扉をノックする。

 

「クマ吉~? 魔力供給が必要なら、なぎさが────」

「いい……構うな……」

 

 部屋の奥からくぐもった声。布団に入って悶絶しているのだろうか。

 

「……ハァ。まったく困った奴なのです。別になぎさは毎日しても良いのですが、当のクマ吉は下世話な話が大嫌いなのです。しかしなぎさは相手が嫌がることはしない良い子なのです。クールに去るのですよ」

 

 やれやれこれだから思春期の男の子は、と大人ぶってため息をつき失笑した百江なぎさは階段をとたとたと下り、居間に戻ってリリスとの遊びを再開した。

 

 ────。

 ……………………。

 

 それからどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 

「────ッ!?」

 

 突如として悪魔は、何者かの絶体絶命を直感した。

 

          †

 

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