※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

109 / 260
【第一巻を読んでいたら、いきなり最終巻の最終話だけ無理やり読まされた】悪魔

 

 時は少し遡り。夕暮れの見滝原市。放課後のチャイムが鳴り、生徒は一斉に下校する。

 

「ほらー。まどかー。帰るよー」

「まって! さやかちゃ~ん!」

 

 それはいつもの日常。いつもの下校。昇降口から外靴を取り出した美樹さやかは上履きと履き替える。追いついた鹿目まどかも靴入れの蓋を開け、外靴を取り出そうとした時────ひらひらと一枚の手紙が舞い落ちた。

 

「えっ……?」

「おっ……!?」

 

 いつもとは違う日常。いつもとは異なる下校。

 驚く鹿目まどかとは対照的に、乙女心が満開で爆発寸前な美樹さやかは輝く目で手紙を拾い上げた。

 

「うおっとぉ! 危ないギリギリキャッチ! こんなキレイな手紙を汚い床に付けさせるわけにはいかないね!」

「さ、さやかちゃん! こんな狭いところで飛び込むのは危ないよ……」

「なーにを寝ぼけたこと言ってんの! まどかに春が来たかもしれないんだよ!? これ絶対にラブレターだって!」

「えぇ? ラブレターって……」

 

 よっこいしょと立ち上がった美樹さやかは、にひっと微笑んで手紙を手渡す。

 それを受け取った鹿目まどかは礼を言い、手紙を裏返すが、誰宛なのかは記されていなかった。

 

「なに? 名前書いてないの? もー男のくせに度胸がないなぁー!」

「ま、待ってよさやかちゃん! まだラブレターって決まったわけじゃ……」

「あ! そうだね。あたしが居たら読みづらいよね? じゃ、先に帰ってるから!」

「だ、だから~! そういうことじゃなくて……!」

 

 くるっと回って軽やかに去りゆく美樹さやかはスカートの翻りを気にせず嬉しそうに走り出す。友の恋路に喜ぶ乙女の脳内は既にピンクの花が咲き乱れるお花畑だ。

 それを追いかける鹿目まどかは、足を止めてと願う。

 

「なーにー? もしかして一人で読む度胸ないわけー?」

「もう、からかわないでよ、さやかちゃん!」

「へへー。めんごめんご……」

 

 頭をかく美樹さやかは舌を出して片手を切る。

 

「でもまどか。このあと神浜市に行くんでしょ?」

「あ……うん……その、ごめんね、さやかちゃん……ひとりで街を守らせて……」

「……! それは、まどかが謝ることじゃないよ。マミさんを見つけるためには仕方のないことだし……ってかそれより、あの暁美ほむらって子、学校にも来ないで神浜市に入り浸ってるんでしょ? あれ大丈夫なの? 出席日数足りなくならない?」

「それは……たぶん、ほむらちゃんは、学校よりマミさんが大事なんだと思う。だから……実は出席日数はあまり気にしてないんじゃないかな?」

「……あー。そういうこと言う? あたしだってマミさんのこと大事なんだけどなー」

「あ、ご、ごめん! そういう意味じゃなくて……!」

「────へへっ。だいじょーぶ。ちゃんと分かってるよ! それじゃあね。あたしパトロールあるから。まぁ最近、魔女がめっきり減ってるから、何事もないと思うけどねー!」

「……うん! ありがとー! さやかちゃーん!」

 

 手を振る美樹さやかは桜並木の道をまっすぐと駆け抜けて去っていく。

 鹿目まどかは手紙を開封。もしラブレターだったらどうしようと思う半分、妙に嫌な胸騒ぎがしていた。

 

 折り畳まれた高価そうな手紙を開く。そこで違和感。本来は左上から内容の書き出しがあるはず。しかしこの手紙の構成は、紙のど真ん中に二行の文字が記されているという、なんとも挑戦的な構成だった。そして最初の一文に目を通し、鹿目まどかの瞳が揺らいでソウルジェムが明滅する。

 

【────暁美ほむらは預かった。

 返してほしければ今日の夜、ひとりで新西区の廃墟街に来い】

 

「……なに? これ……」

 

 誰かのイタズラにしては度が過ぎる。そもそもこんなイタズラ誰がするのか。

 

「そうだ! 念話……!」

 

 暁美ほむらと念話を繋ごうとするが、何かに遮断されているのか一向に繋がらない。

 

(そんな……どうして……!? ほむらちゃん……!)

 

 居ても立っても居られなくなった鹿目まどかはキョロキョロと辺りを見渡し、どうすればいいのか考える。

 

(落ち着いて……きっとほむらちゃんは大丈夫……こういう時ドラマでは、“人質に取るってことは手紙を出した奴に用がある”ってセリフがよくある……だからきっとこの手紙を書いた人は、わたしに用があるはず……!)

 

 しかし決定的な証拠がない。依然として相手の思惑は不明のまま。

 漠然とした不安に襲われつつ、鹿目まどかは一旦帰宅。父親に「神浜市に行ってくる! また遅くなるかも! せっかくの夕御飯ごめんねパパ!」と告げて家を出て走る。駅に向かって列車に乗車。ドクンドクンと高鳴る心臓を必死に抑えつつ、鹿目まどかは指定の場所に向かった。

 

          †

 

 宵の月が青く照らす廃墟街。魔法少女の姿で屋上に降り立った鹿目まどかは周囲を見渡す。

 

「……隠しているけど、かすかに魔力パターンを感じる……でも細かい位置が掴めない……いったいどこに……ここで合ってるはずだけど……」

 

 次の瞬間、無数の斬撃がコンクリートを切り刻み、鹿目まどかの足元が陥落した。

 

「きゃあ!?」

 

 階下に落とされた鹿目まどかは尻餅を搗く。

 

「いてて……」

 

 尻をさすりながら立ち上がる鹿目まどかは、風に流されて晴れる砂塵の奥に人影を見つける。

 

「────っ! ほむらちゃん!」

「まどか……!」

 

 そこには椅子に手足を縛られている暁美ほむらと、見覚えのない魔法少女が三人いた。

 

 一人は白い魔法処女。椅子に座って腰を曲げ、両手を結んで貧乏ゆすり。その顔はひどく焦燥しており、床を見つめる目はギョロリと上向いて鹿目まどかを睨むように捉えた。彼女の名は美国織莉子(みくにおりこ)。未来予知能力者である。

 

 その傍らに立つは黒い魔法少女。美国織莉子に心酔する忠実なしもべ。袖に隠された両手から鉤爪を三本ずつ出しており、赤い魔力を纏わせている。彼女の名は呉(くれ)キリカ。白い歯が見える威嚇の笑顔で鹿目まどかを見据えている。

 

 その反対側に美国織莉子を挟んでそっぽを向くは赤い魔法少女。長い槍を携えて不服そうに付き従っている。彼女の名は佐倉杏子(さくらきょうこ)。風見野市に住む魔法少女である。

 

「あ、あなたたち……なんなの? なんでほむらちゃんをさらったりしたの……!? 私に何か用なの? 私は逃げない……だからほむらちゃんを解放して!」

 

 鹿目まどかの声が深夜の廃墟街に響く。

 対する美国織莉子は、どこか焦り、苛立つように口を開いた。

 

「ねぇ、キリカ。──未来予知能力者と読心術の使い手って、最(・)終(・)的(・)に(・)どっちが勝つと思う?」

「予知者と読心者の戦いか? ワクワクするな! だが織莉子が勝つに決まってる! 未来予知の方が強い!」

「……そうかしら?」

 

 美国織莉子は滔々と語る。

 

「例えばの話。予知者と読心者が、予知した未来の既定路線(レール)の上で対峙したとする。まず読心者は相手の心を読み、彼女が予知者であることに気付くでしょう。そして予知者は未来予知によって《読心者が右に行けば死ぬ》と知っているため、それを読んだ読心者はまず間違いなく《右以外に行って死を回避する》でしょう。……予知内容とは異なる動きを取ることで定められた死の運命を回避する。これを防ぐためにはどうしたらいいと思う?」

「うーん……難しいな……」

「わたしは思ったわ。心を読まれるのなら、心(・)を(・)読(・)ま(・)せ(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)い(・)い(・)と」

「……! なんと、それはたしかにそうだ! でもどうやって?」

「悪魔は環いろはという魔法少女に魔法開発のやり方を教えていたわ。そのビジョンを見たわたしは《閉心術》を開発した」

「おぉ! さすがは織莉子だ! 天才だな!」

「努力の賜物よ。……そのまま対峙するなら、予知者は読心者に対してすこぶる相性が悪い。けれど予知内容を秘匿できれば、一気に立場は逆転する」

「では織莉子の勝利だな!」

「……けれどそうは行かなかった。悪魔は《閉心術》を簡単に破った。どうやら覚えたての閉心術では歯が立たないみたいね。あまりにも簡単に破られたから、上級レベルの閉心術でも破られてしまうんじゃないかしら。これは完全に手を誤ったわ」

「なに!? ぐぬぬ……憎らしい奴だな! その悪魔という奴は!」

「このままではまず負けるわ。予知内容が崩された時点で、予知者にも先の展開が分からなくなる。完全勝利から五分の条件まで持っていかれるのよ」

「解決策はないのか?」

「一応あるわ。未来予知を重ねることで、《読まれることも予知すればいい》のよ」

「おぉ!」

「つまるところ読心者は、予知者の予知内容を読んで対策を立てる。ならば予知者は、その対策すら予知すればいい。けれどこれには大きな問題が立ちはだかる。まずわたしは数ヵ月後から数週間後の未来を予知するタイプだから、一回の予知に莫大な魔力を消費する。つまり予知を重ねるのは自殺行為に等しい。そもそも不可能なのよ」

「そうだな……心を読まれるたび予知を重ねていくのは効率が悪い、ということか……」

「ならばどうするか。新たな魔法を開発して解決する? でもわたしは既に《閉心術》を開発して、魔力係数の容量(メモリ)を使ってしまったから、新たに魔法を開発するのは骨が折れるし、仮に新しい読心への予防策を貼ったところで、それが容易く破られないとも言えない。そうなれば骨折り損の草臥れ儲け」

「む、むぅ……では、まさか、勝ち目がないのか……?」

「いいえ。未来予知を重ねるのは効率が悪い……なら、その効率の悪さを改善すればいいのよ」

「む?」

「読まれたら予知する。それを実現するためには、超(・)短(・)期(・)的(・)な(・)未(・)来(・)の(・)予(・)知(・)能(・)力(・)が必要になる。そこでわたしは《未来予知》の魔法を三つに分けて開発したわ。……《長期魔法》《短期魔法》《瞬間予知》というふうに」

 

 美国織莉子は未来予知の通りに滔々と語る。

 

「《長期予知》は、今までの《未来予知》と変わらない。数ヵ月後から数週間の未来を予知する。ビジョンを見る時間も長いわ。

 《短期予知》は、元々の《未来予知》からスケールを狭めて、数日後から数時間後の未来を予知できるようにした。ビジョンを見る時間はより短い。

 《瞬間予知》は、さらにスケールを狭めて縮めて、数分後から数秒後の未来を予知できるようにしたわ。ビジョンを見る時間は数瞬よ。

 そしてわたしは、これを用途ごとに使い分けた。長期予知は計画立案に使い、短期予知は戦術立案に使い、瞬間予知は戦闘用に用いた。それで分かったことは、どうやら未来予知のスケールが小さいほどコントロールが利くようで、長期予知に比べて短期予知は暴発が少なく、瞬間予知は一度も暴発したことがなかったわ」

 

「おぉ! 最初はコントロールが利かなかった《未来予知》の魔法をそんなに進化させたんだね! さすがは織莉子だ!」

 

 鹿目まどかの質問を無視し、佐倉杏子の舌打ちも意に介さず、美国織莉子は予知通りに語り続ける。

 

「わたしは《長期予知》で、既に“鹿目まどかが死ぬ未来”を視た。あとは《短期予知》で外堀を埋めていくだけ。千歳ゆまを拉致監禁して佐倉杏子を従わせ、暁美ほむらを誘拐し、鹿目まどかがこの時間帯に来るよう調整した。今のところは予知通り」

「……でも、あの憎き悪魔が来たら? 織莉子の予知を確実に裏切る、あのにっくき悪魔が来たら?」

「当然、予知内容は読まれているわけだから、すぐに予知通りには行かなくなる。だからわたしは“読心対策予知の方法”を考案した。それは長期予知の中に短期予知を織り交ぜていき、短期予知のレールに乗るよう瞬間予知で軌道修正する三段予知戦法。そして既に長期予知と短期予知は完了しているから、あとは悪魔が現れた瞬間、読(・)ま(・)れ(・)崩(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)く(・)予(・)知(・)内(・)容(・)を(・)、(・)そ(・)の(・)都(・)度(・)、(・)瞬(・)間(・)予(・)知(・)で(・)読(・)み(・)返(・)し(・)直(・)し(・)て(・)い(・)く(・)……そんな戦い方になるわ」

「おぉ……いったいどんな戦いになるのか全く想像がつかないぞ!」

「えぇ。だからこうして丁寧に教えているの。これからわたしと悪魔の“ハイパー読み合いバトル”を見た人は、きっと混乱するでしょうから。キリカまで混乱すると困るからね」

「どういうことだ?」

「高度の予知者と読心者が対決した場合、それは傍から見ていてとても不思議な戦闘展開になるの。予知者は一見無駄で無意味な言動を繰り返すけど、それは予知通りの未来に修正するため必要な行動。読心者はそれが分かっているからバタフライエフェクトを揺り起こすことでなんとか修正されていく予知内容を覆そうと躍起になる。だからキリカ、わたしや悪魔がどんなに変なことをしても混乱しないでね?」

「分かった! 混乱しない! どんなに変なことをしても、それは常人には理解できない高度な戦いだから、凡人が考えても仕方がないということでいいんだな!?」

 

 美国織莉子は微笑んで頷く。

 

「ただ一つ問題があるの。予知者は予知通りにするため奮戦する。それってつまり予知者は自分の予知内容に縛られているという見方も出来るでしょう? でもそれは読心者も同じこと。読心者が読める心の深さには限界があるから、その限界読心範囲に予知者の“ゴール”が入ってきた時が勝負の分かれ目となる。それまでは我慢比べ……根気の勝負よ。つまりこれから繰り広げられるのは、読心前提の未来予知。基本的に読心者は、常に予知者に先を行かれる。予知内容に逆らっても、それもすぐに予知される。そして予知者は無理やり長期予知と短期予知の中に流動する状況を組み込もうと誘導する。それに読心者が逆らってもすぐに読まれて組み込まれる。それの繰り返し。延々と延々と繰り返す。終わらない。定めを定めるための定まらない終わらない読み合い。となれば、先に疲れた方が負けるのは道理。これはそういう消耗戦。彼の体力が尽きるか、わたしの魔力が尽きるか」

「なら悪魔の体力が尽きるのが先だな! なぜなら織莉子は既に勝利の未来を予知しているのだから!」

「……それがそうでもないのよ。彼の体力は尽きないし、わたしの魔力も尽きない。なぜなら神浜市はそ(・)う(・)い(・)う(・)場(・)所(・)だから」

「……む?」

「彼は呪いのせいで死なない。わたしはドッペルにより実質的な魔力無限。まさに“終わらない逆転劇”……これ、どうすれば決着がつくと思う?」

 

 呉キリカは答えられない。そもそもドッペルとは何かと聞きたそうにしている。

 美国織莉子は返事を待たず答えた。

 

「詰みを作るしかないのよ。もう何をしても無理……どうしようもない……右に行っても左に行っても、上も下も、斜めも瞬間移動も、虚数も実数も、何もかもが八方塞がりの状況……そんな状況を先んじて作り上げるしか、予知者が読心者に勝つ方法はない」

「おぉ、たしかに! それが理想だな! そして織莉子は、既にその状況を作り上げているわけか!」

「そういうこと。孫子の兵法も言っていることよ。戦(・)う(・)前(・)か(・)ら(・)勝(・)て(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)し(・)て(・)お(・)け(・)……って」

 

 そこで佐倉杏子が苛立ちを爆発させるように叫んだ。

 

「はっ! くっだらねぇ! ダラダラダラダラくっちゃべりやがって……!」

「ほら怒った。予知通り」

「黙れ! もう我慢の限界だ! ゆまをどこにやった! そこの魔法少女を殺せば返してくれるって約束だろ! なのになんで命令が《黙って待機》なんだ! もう付き合いきれねぇぞ!」

「ならゆまは死ぬわ。それでもいいの?」

「っ……!」

「言ったでしょう。この無駄に長い無駄な会話が、既に因果の糸をわたし好みに絡めているの……あなたもそれに一役買ってくれているのよ? ありがとう……予知通りに動いてくれて礼を言うわ」

「……ッ! くそがっ……!!」

「ただ……長話に関しては千歳ゆまに文句を言ってね」

「あぁ!?」

「だって千歳ゆまが迷子になったせいで、ここに到着するまで余計に時間が掛かってしまったの。おかげで無駄話する羽目になったわ。だから今の時間は、千歳ゆまのせいってこと」

「……ゆまが……ここに来る? おい! それはどういう……!?」

 

 佐倉杏子の間隙。そこを突いてやおら立ち上がった美国織莉子は、暁美ほむらの盾から拝借した二丁拳銃を懐から取り出し、一丁を鹿目まどかの方に、一丁を誰も居ない場所に向けた。その誰も居ない場所から千歳ゆまがピョコっと出てくる。

 

「────あっ! キョーコ! ねぇ見て! ゆまね、織莉子が伝言してくれた通り、一人で買い物できたよ!」

「────っ!? ゆま!?」

 

 二丁拳銃の発砲音。空を唸って飛ぶ二発の弾丸は鹿目まどか・千歳ゆまの額に飛来する。

 次の瞬間、青い閃光がまたたいた。閃く刃は弾丸を切断。刹那、着弾の衝撃のあまり鹿目まどかの首と体が大きく仰け反った。

 

「なっ────!?」

「うそ────いやぁあああああっ!!!」

 

 驚愕する佐倉杏子と、爆発するように涙をこぼして叫ぶ暁美ほむら。

 千歳ゆまの正面に《助太刀魔法》で降り立った悪魔は、ただまっすぐと美国織莉子を見据えていた。

 

「佐倉杏子。もう一度わたしが悪魔を撃ったら、鹿目まどかを殺しなさい。鹿目まどかも……抵抗したら暁美ほむらを殺すわ。それが嫌なら予知(言う)通りにするのね」

「────え……まどか……?」

 

 美国織莉子のセリフに違和感を抱いた暁美ほむらは、まさかと鹿目まどかの倒れた姿を祈るような目で見つめる。

 不意に動いた鹿目まどかは床に手をつき、むくりと起き上がる。その額に傷はなく、浄化の魔力によって血も蒸発していく。

 

「まどか……!」

「昨日見たドラマの影響かしら。半信半疑ながら自分の命が狙われているかも知れないと思い、あらかじめ治癒魔法を掛けておくことで、負傷したショックで気絶してもオートで肉体が再生されるよう設定していた。可能な手は打っておきたいと思う気持ちはよく分かるわ。わたしもそうだから。でも残念。これでたった一つの切り札は潰された。死んだフリも無理ね? わたしのようにもっと用意しておけば良かったのに。まぁそれも順々に潰していくだけだから、手間が省けたけど」

「っ……」

 

 美国織莉子と悪魔の視線が激突する。

 

「それで悪魔さん? この詰み……どうする? 佐倉杏子がどうやってか知らないけど、千歳ゆまの顔をあなたに教えなければ、悪魔が助太刀する先は鹿目まどかになっていたのにね……」

「……!」

「この子を守れたのなら結果オーライだ。佐倉は気にするな。まどかもすまない。下手すれば死なせていた」

「いえ……」

 

 悪魔は千歳ゆまの買い物袋を奪い取って階段の下に投げ落とす。

 

「あっ! ゆまが貰ったもの! なんで! ひどい! 待ってー! おにぎりころころ止まってー!」

「それで、お前────問うまでもなく未来予知能力者か。随分な目的だな。オレも同感だ」

「それなら、なぜ阻むの?」

「殺す以外に解決策がある」

「悪魔契約でも交わすつもり?」

「不要な議論だ」

 

 発砲。刀で弾き返す。一瞬迷った佐倉杏子は駆け出し、鹿目まどかに槍を突き出す。呉キリカの鉤爪を目にした鹿目まどかは身動きが取れない。悪魔の高速移動。穂先と刀の激突。甲高い音を響かせて悪魔と佐倉杏子の戦闘が勃発する。

 

「キリカはそのまま。いつでも暁美ほむらを殺せるようにスタンバイして」

「もちろんだ!」

 

 美国織莉子は千歳ゆまが去った方向へ移動する。そのまま壁の向こうに行かれると視界から外れて超直感が作用しにくくなる。

 

「おい悪魔! どうすんだ!? なんとかしろ!」

「────ゆまを捨てる」

「────────」

 

 それは悪魔に似つかわしくないセリフだった。

 一瞬放心状態になった佐倉杏子は直後、奥歯を噛み砕いて全力超過のパワーを引き出す。

 

「────ザッけんなぁっ!!!!」

 

 多節棍による最大パワーの振り下ろし。穂先のしなりは音速を超えて悪魔を切り裂く。が、構築の分身を置き、鹿目まどかを背中で押していた悪魔は、叩き割られた床の下に落下。着地。階段側を見やると、そこには買い物袋を拾い上げる千歳ゆまの姿があった。

 

「────織莉子は────ッ! まどか、しゃがめ!」

「え────」

 

 鹿目まどかの首を斬らんと奮われた刀。避けること叶わず柄が首に激突する。横に振れた鹿目まどかの側頭部と、悪魔と佐倉杏子の頬を魔力光線が掠めて通過した。魔力光線は美国織莉子の周囲に浮遊する水晶から発射されている。佐倉杏子と美国織莉子に挟まれた悪魔は、首を打たれて神経系にダメージが入り身動きが取れなくなった鹿目まどかを守るため、美国織莉子の心理を読む。

 

「────ほむら、邪魔だ」

 

 刹那、忽然と現れて鹿目まどかを背負い建物の外に飛び込もうとしていた暁美ほむらの首筋に手刀を入れた悪魔は、二人を気絶させる。直前、鹿目まどかの胴体を貫くはずだった魔力光線は外れて壁に当たり爆発破砕していた。

 

「なっ────」

「あらひどい」

 

 佐倉杏子は、なぜ暁美ほむらが拘束を解いて突然そこに現れたのかが分からず困惑する。

 そして美国織莉子は仲間を攻撃する悪魔に微笑みかけていた。

 

「……神のつもりか? 今まで未来予知能力者とは何度か戦ったことがある。その中で最悪の奴がいた」

「聞き飽きた説教です」

「死に至る病に冒された病人だけを殺す殺人鬼だ。彼女はとある病人を狙い、それを阻んだ俺に対してこう言った」

 

 ────72日も病魔に苦しんで死ぬより、今ここで殺してあげた方が苦しみがなくてその人のためだ。

 

「未来予知で“どうせ死ぬ”ことは分かっている。助からない命なら早々に殺した方が良い。さらにそいつは言った」

 

 ────殺人で死ねば保険が降りて彼の息子は将来、金のかかる大きな大学に通えて順風満帆の生活を送れる。

 

「とてもいい話じゃないですか」

「ふざけろ。オレは彼の……父親の気持ちを知っている」

 

 ────たとえ一生病魔に苦しんで夜毎病院で孤独に泣き叫んでも、それでも死ぬ時まで愛する息子と一緒に居たかった。

 

「その想いを、あの殺人鬼は踏みにじったんだ」

「助けられなかったんですね」

「息子さんは殺人鬼の考えを知ってこう言ったよ」

 

 ────どんなに貧しかろうと、父親との最後の72日を一緒に過ごしていたかった。もし72日しか生きられないと教えてくれるだけなら、その人は天使だったのに。それまでの間に何ができるか一生懸命考えられるから。でも、彼女は死神だった……。

 

「そんな息子さんの想いも、その殺人鬼は踏みにじった」

「……」

「いいか。未(・)来(・)は(・)見(・)え(・)て(・)も(・)人(・)の(・)想(・)い(・)ま(・)で(・)は(・)見(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)な(・)い(・)。それに気付かない未来予知能力者の驕り高ぶるような言葉の羅列にはうんざりする……」

「凡人は感情論で語る。未来予知能力者は結果論で語る。ならばあなたは半端者ですね。稼げた日数はたった三日。殺人鬼の手により失われる72日の中で、あなたがその親子を守られたのはたったの三日だけだった」

「けどその三日に、彼らは感謝してくれた。だが悔いはある。あの殺人鬼は親子の想いを伝えても非協力的だった。ど(・)う(・)せ(・)殺(・)す(・)な(・)ら(・)7(・)2(・)日(・)後(・)の(・)最(・)後(・)に(・)す(・)れ(・)ば(・)よ(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)に(・)」

 

 悪魔の言葉に佐倉杏子は目を見張る。

 

「……今度は守る。絶対に守りきる。運命を操っていいのは、人の気持ちが分かる者だけだ」

「でなければ世界はこんなに理不尽なわけがない……ですか?」

「もし神がいるのなら、そいつは例の殺人鬼かお前のように、人のためではなく世のため戦える、とても慈(・)悲(・)深(・)い(・)性格なんだろうな」

 

 それは呉キリカに関する美国織莉子への皮肉を込めた煽り。

 

「取捨選択は時として非情さを要する。だがそれを言い訳に人の想いを踏みにじるのは違うだろう。世界を救うため一人の少女を殺す罪。それを“正しいこと”だからと罪と思わず片付けるのは卑怯者のすることだ」

「きちんとその罪を背負っていくのなら、まだ納得はできると?」

「どのみち別の方法を模索するがな。卑怯者」

「わたしは罪を背負って行きます」

「予知者は口だけ達者だな。どう返せばいいのかあらかじめ考えることができるから。──自分の言葉を使えよ、卑怯者」

「……っ」

 

 美国織莉子は苛立ちを見せる。悪魔は一向に予知内容を変えようとしてこない。それもそのはず。現状なんの危険も差し迫っていないのだから、むやみに掻き回して瞬間予知を使わせて数秒後の禍福に焦るより、話し合いのターンに持ち込んだ方が見かけだけは合理的だ。実際は時間の先延ばしであり、どちらも消耗せず、ただただ時間だけが過ぎていく、既読済みの無駄話だが。

 

「ハイパー読み合いバトルとやらの開始は会話の後か?」

「鹿目まどかの存在が地球を破滅させる」

「それが本当なら死んだ方が世のためだ。しかしオレの考えは変わらない。抗うこと一択。なぜなら運命とは蹴っ飛ばして変えていくものだ」

「では始めましょうか……ブラッド・ゲーム(超直感と未来予知の対決)を……」

 

 美国織莉子と悪魔は構える。

 

「具体(あす)を知りながら抽象(こころ)を知らぬ白痴(ふざ)けた偽神(かみ)の女よ」

「運命(さだめ)を知りなおも足掻(あが)く死ぬ気の男を殺してみせろ」

 

 悪魔の発言をいちいち取る美国織莉子。

 誰が発言しようと会話の流れさえ変わらなければ、予知内容に変化はない。

 そしてセリフを取るのは時間短縮のため。彼らにとっては“知っている映像記録を早送りする作業”とも言える。

 

 穴の空いた屋根から呉キリカが降ってくる。それを蹴飛ばした悪魔は回転の勢いで佐倉杏子に攻撃。槍で受け止めた佐倉杏子はたたらを踏む。魔力光線を死ぬ気の炎のパンチで消し飛ばす悪魔は、足元の鹿目まどかと暁美ほむらを守護する。

 

「予知者との戦いほど神経を使って退屈なモノはない」

「予知内容を読める時点で、あなたも予知者の仲間入りを果たしているも同然ですし、それはそうでしょう」

 

 悪魔は単身、美国織莉子の瞬間予知によって更新される予知内容の助けを得て、美国織莉子の魔力光線、呉キリカの鉤爪斬撃、佐倉杏子の槍といった攻撃を全て捌き、鹿目まどかの命を守り続ける。それを見つめる千歳ゆまは全く状況が分からないが、ふとこう思った。

 

「まるで演劇のダンスみたい……」

 

 あらかじめ決められた動きをしている悪魔と美国織莉子を見て、漠然とそう思ったのだろう。呉キリカや佐倉杏子はそうではない。自分の意志で行動している。それは悪魔と美国織莉子も同じはずだが、やはり既知と未知の境界は一目見れば違和感が浮き彫りになるようだ。

 

「また別の未来予知能力者がいた」

「その話はやめてください」

「何度も聞いたか?」

 

 悪魔は三人の怒涛の攻撃を完璧に跳ね返しつつ、まるで散歩しながら話すように穏やかな口調で語りだす。

 

「彼女は病に苦しむ娘を救(・)う(・)ために、本人の許可を得ず、安楽死させる薬物を注射した。はたしてそれは正しかったのか?」「……病魔に苦しむ娘は、毎日お見舞いに来る母親に対して“痛い”“苦しい”“たすけて”と泣き叫んでいた」

 

 美国織莉子は早く話を終わらせたくて悪魔のセリフを奪う。

 

「娘はただそばにいて欲しかったんだ。どれだけ苦しくても母親にそばにいてほしかった。その想いを彼女(母親)は踏みにじったんだ」

「……愛ある殺人は罪ではない?」

「ふざけるな。愛(・)と(・)は(・)相(・)手(・)の(・)気(・)持(・)ち(・)を(・)思(・)い(・)や(・)る(・)こ(・)と(・)だ。あの時の母親の行動は、もがき苦しむ娘の姿を見るのが嫌で一人で逃げ出しただけだ。闘病する娘を置いて我先にと逃げたんだ。娘を病の苦しみから救うつもりで……娘と共に病と闘わず、自分だけ苦しみから逃げ出して、娘を殺して、独り助かったんだ」

「……安楽死は本人の同意が必要です。しかし彼女は娘の同意を聞かず、勝手に薬剤を投与した」

「ならばそれは愛なき殺人と変わらない。あの殺人鬼と何も変わらないんだ。本当に娘を心から救いたければ、泣き叫ぶ娘のそばに居てやるべきだったんだ。なぜならその娘が、それを望んでいたのだから────」

「……っ」

「どうした。言葉を取らないのか? ────娘は注射の針を“痛い”と言ったのに、母親はやめなかった。娘の痛みを和らげるはずの母親は、最後の最後で娘に痛(・)み(・)を与えて殺したんだ。本当に何をやってんだって話だ。故に、そこにあると言い張る愛は矛盾の塊でしかない」

「……その後、娘さんの本心を知った母親は、後悔して悪魔契約を志願した……」

「オレは迷ったが、すぐに断(・)ら(・)れ(・)た(・)よ。生き返った娘は自分の想いを裏切った母親を憎んでおり、絶縁状を叩きつけて魔女化した。────そ(・)ん(・)な(・)未(・)来(・)を(・)予(・)知(・)し(・)た(・)そうだ。母親は迫られていたよ。娘の気持ちを裏切って殺した罪を背負ってこれからを生きるか……それとも娘を殺した罪を物理の上では帳消しにする代わり、娘が魔女化する未来を生きるか……。もし後者を選ぶようなら当然オレは断ったが、彼女は前者を選んだ。だから断(・)ら(・)れ(・)た(・)んだ」

 

 予知内容の中で、最も心を揺さぶられた言葉がそろそろ来る。

 

「なぁ、織莉子。お前はこの体験を聞いて、本当に自分の未来予知は正しいと思うか? 正しかったとして、今この行動は必ず報われると思うか? 決断しろ。敵になるなら半端な覚悟で向かってくるのは許さない。まどかを殺すことが世のためではなく、もし織(・)莉(・)子(・)自(・)身(・)の(・)た(・)め(・)であるのなら────オレは、軽蔑の念を以て貴様を射殺す」

「────」

「どうなんだ、“おりこ”……!」

「……っ! やめろ……その先を言うなっ!!」

 

 美国織莉子は必殺魔法(マギア)を使用。大水晶から極大の魔力刃が無数に飛び散り、廃墟ビルの一角を粉微塵に切り刻んだ。

 

「ゆま!」

「キョーコ!」

 

 マギアの兆候を感じた隙を突き、千歳ゆまを救出した佐倉杏子は戦線から離脱。

 まどかとほむら、二人を担いだ悪魔は安全地帯を予知内容から直感してそこに立つ。

 崩れ去る階層。砂礫の中、呉キリカの美国織莉子を呼ぶ悲鳴がこだまする。

 

「織莉子の願い事は《わたしが生きる意味を知りたい》……か」

「わたしのセリフを取るな!」

「つまり織莉子は、自(・)分(・)が(・)生(・)き(・)る(・)意(・)味(・)を(・)知(・)る(・)た(・)め(・)に(・)鹿(・)目(・)ま(・)ど(・)か(・)を(・)殺(・)す(・)と。まどかを殺すことが織莉子の生きていた意味……だとしたら、ま(・)ど(・)か(・)を(・)殺(・)し(・)た(・)あ(・)と(・)織(・)莉(・)子(・)は(・)な(・)ん(・)の(・)た(・)め(・)に(・)生(・)き(・)る(・)んだ?」

「────っ!!」

「織莉子。まどかを殺したあとの世界をなぜ予知しない? ……あ(・)の(・)母(・)親(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)逃(・)げ(・)る(・)な(・)」

「だ……黙れぇええええ!!」

 

 何度も見た掛け合い。されど激昂せざるを得ない美国織莉子に対し、悪魔は一言。

 

「未熟な予知者は学ばない」

「っ!!」

「予知しないんじゃない。予知できないんだ。それがなぜなのか考えても分からない」

「やめて……わたしの言葉を、勝手に奪(と)るな……」

「今のは予知内容にないぞ? 自分で崩すのか? ────それも計画のうちか。大変だな。傷(・)つ(・)い(・)た(・)フ(・)リ(・)を(・)し(・)て(・)、(・)再(・)び(・)傷(・)つ(・)く(・)の(・)は(・)」

 

 美国織莉子は瞬間予知し、短期的な予知内容の軌道修正を図る。

 

「……予知できないのは、わたしの生きる意味がなくなったからでは……?」

「それを奪るか。最も言われたくないセリフを自分で言わざるを得ないとは……自ら崩したことでターンがズレたんだ。嫌な手番が回ったな」

「……っ」

「まどかを殺したことで織莉子は生きる意味をなくす? それは皮肉なんてレベルじゃないな。自分が生きる意味を見出す為に、自分が生きる意味を殺す……正義と悪の矛盾構図だ。正義のヒーローになりたい者には悪役が必要だが、その悪役を殺せば正義のヒーローは正義のヒーローでは居られなくなる。だから悪役を殺せない。だが悪役を殺さなければ正義のヒーロー足りえない。ジレンマだ」

「そんな馬鹿な話があるわけ……」

「殺さなければ世界は滅ぶ。ならばせめて殺(・)し(・)た(・)後(・)の(・)世(・)界(・)を(・)視(・)て(・)く(・)れ(・)……話はそこからだ」

「うるさい……」

「殺した後の未来がどうなるのか分からないのに、どうして殺した後の未来が良くなると言える? その矛盾に気付かないのは予知者最大の謎だ。オレはつくづく疑問に思うよ。故に何度でも言う。────神にでもなったつもりでなんでもかんでも分かった気でいたか?」

「うるさい! わたしのことはどうでもいい……」

「どのみち殺すのが世界のためだ」

「だったら……!」

「オレはほむらのために、まどかを助ける」

 

 掛け合いの間、ずっと魔力光線を歩いて躱していた悪魔の後方は、ガラガラと轟音が鳴り響いて破壊された建物が崩れていく。

 

「────まどかが死ぬのは五分と九秒後か。“ゴール”が見えた。そこに着くまでに暴れまくって変えてやる」

「────やれるものならやってみなさい。人の心をデバガメして抉ることしかできない悪魔なんかに運命は変えられない!」

 

 両肩に担いだまどかとほむらを乱暴に地に叩き落とした悪魔は、それで二人を覚醒させて噴射直進。後退する美国織莉子の魔力光線を躱し、横から現れた呉キリカと格闘。彼女の固有魔法《速度低下》を掛けられるが、予知内容を直感して速度に頼らず攻撃を回避。そのあいだに鹿目まどかを支えた暁美ほむらは駆け出し、美国織莉子から距離を取る。

 

「ほむら。まどか。オレの見える位置にいろ。超直感で判断できなくなる。新技でキリカを払え。三秒後」

『────っ!?』

 

 瞬間予知によって秒読みはズレて二秒後。二体に増殖していた呉キリカが物陰から飛び出して二人を襲う。変身した鹿目まどかの光矢と暁美ほむらの魔力刃によって、増殖魔力で構成された呉キリカは消滅。悪魔は本体の呉キリカを蹴飛ばして美国織莉子を追随するが、どちらも攻撃が当たらず、悪魔は接近できないでいた。

 

「瞬間予知の方が先を行くわ」

「ドッペルと言うのか?」

「別にドMじゃないわ」

「どう考えても自殺行為だ」

「副作用が出る前に決着をつける」

「カラにこもるぞ」

「自殺の真相は知っている」

「六道翁? おいおい……」

 

 残り四分と七秒。

 

「直感した。このまま行けば全ての真相に辿り着ける」

「そのために鹿目まどかを殺す?」

「数秒後に突発予知……短期か」

「キリカ! わたしを守って!」

 

 悪魔と呉キリカの格闘。なおも美国織莉子は追い付けず。鹿目まどかと暁美ほむらは無事。遠巻きから佐倉杏子と千歳ゆまが傍観。

 

 残り三分と五秒。

 

「やはり劇的とは行かないな」

「二人だけの世界なんてロマンチックね」

「まどかの殺し方が分かるのは残り一分を切ればか」

「あなたに突破できるかしら?」

 

 残り二分と三秒。

 

「無駄な時間だ」 勝負は“ゴール”直前。そこまではどうあがいても出来レース。

「休ませない」 温存はさせない。

「安心してるのか?」 ドッペルになれば再び真相を突きつけられる。

「甘いわね」 悪魔が美国織莉子の魔力消費を極端に避けたことでドッペル化せずに済みそう。

「そりゃそうだ」 敵ではないからな。

 

 残り一分と一秒。

 

「二秒後に突発予知。長期」

「キリカ!」

 

 悪魔によってコテンパンにされていた呉キリカは、愛する美国織莉子の呼び声で立ち上がり、満身創痍の中、精神力だけで立ち向かう。格闘。悪魔は直感。予知内容によれば鹿目まどかの死因は────

 

 それは数ヵ月後のビジョン。

 相互理解は難しくとも同情は可能。

 宇宙空間に世界中の魔力が集まる。

 究極にして終局の一撃。

 信頼された奇跡の円環。

 極悪の魔女は消滅した。

 

 ────それが美国織莉子の視た、宇宙転覆の未来だった。

 

「────、……織莉子」

 

 悪魔は攻撃の手を止め、足を止めた。呉キリカはチャンスと思い攻撃を加えようとする。だが悪魔の慈しむような瞳に反射して映る美国織莉子は腰の力が抜けたように崩れ落ちた。いったい何を視たというのか。

 

「織莉子!?」

 

 呉キリカは戦闘を中断し、美国織莉子の下に駆けつける。

 

「ぁ……そんな……」

「…………────」

 

 悪魔と美国織莉子は考察する。

 

「……よかったじゃないか」 鹿目まどかを殺せば生きる意味が消える。

「……!?」

「とかく予知とは変わるもの。オレの逆転勝利の呪いが働いたな……正直、お前の予知を攻略できる可能性は低かった。まどかが死んでもオレの命には関係ないからな。だがまさかオレとまどかが、ここまで密接に関わっていたとは……」

「…………」

「もし今の予知が現実になるなら、織莉子は“救国”の英雄だ。“極悪の魔女”……“信頼された奇跡の円環(マギアレコード)”……いい夢を視た。もしこれがアニメや漫画なら、特大の最終回ネタバレだな」

「────あなた、神にでもなるつもり?」

「まさか。オレは悪(・)魔(・)だぜ」

 

 既にマイナス二秒。

 

 廃ビルの屋上から悪魔を見守る鹿目まどかと暁美ほむら。何も起こらない。鹿目まどかは死んでいない。

 しかし美国織莉子は納得できなかった。そもそもの大前提が覆ったのだ。

 

「鹿目まどかを殺さなければ世界は終わるのよ!? なのになんで────鹿(・)目(・)ま(・)ど(・)か(・)を(・)生(・)か(・)さ(・)な(・)い(・)と(・)世(・)界(・)は(・)救(・)え(・)な(・)い(・)の!?」

「そういう運命にあるからだろ。オレも意味が分からない。一(・)旦(・)滅(・)ん(・)で(・)、(・)滅(・)ん(・)で(・)な(・)い(・)。……どうする? 一度だって地球を滅ぼしたくないなら鹿目まどかを殺せばいい。だが鹿目まどかが居たから一旦地球は滅び、そして滅んでいないことになったようだ。もし鹿目まどかを殺せば地球は滅んだままかもしれない。それでもいいなら……続けるか?」

 

 意味の薄そうな戦いを。

 

「っ……!」

「────まったく退屈な話だ。予知者である織莉子は一刻を争うほど大変な事態なんだろうが、読心者のオレからしたらとんでもない人生のネタバレを喰らった気分だ。漫画の第一巻を読んでいたら、いきなり最終巻の最終話だけ無理やり読まされたような……そう考えると本当につまらない真似をしてくれたな」

 

 悪魔は愚痴のような文句を言う。

 

「例えばの話、まだ六歳の少年が“二十年後の自分はお葬式を挙げられている”と聞いたらどんな気持ちになると思う? 性格によっては、猛犬のように張り切って生き抜くか、どうせ早死するなら屍人のように好きに生きるかだ。オレは……さて、どっちだろうな? 織莉子はどっちだ?」

「…………」

「そうか。同感だ」 猛犬のように気高く生きる。

 

 悪魔は背中を見せる。

 

「しかし困ったものだ。理想の未来を見せられたはいいが、何がどうなってその展開に行き着いたのかがさっぱり分からない。下手すれば答えを知ったせいで大きく未来が変わるかもしれない。だがまぁ……今回の件で理解したろ。未来とは変わるものだ。予知した未来が絶対とは限らない。星に滅びをもたらす者が、場合によっては星を救うこともある。それも少し考えてみれば当然の話だ。壊す力があれば、救う力もあるに決まってる。たとえば食べるとは生きること。料理を作る包丁は生き方を教えてくれるが、同時に切ったり刺せば命は死ぬという死に方も教えてくれる。何事も表裏一体なんだよ、織莉子」

 

 悪魔は辟易するように溜め息をつき、去り際に一言。

 

「元から鹿目まどかとは運命の格が違った。そう考えればいいんじゃないのか?」

「……!」

 

 そして悪魔は問いかけた。それが最後の瞬間予知内容。

 

「……わたしは、これから……」

「“救国”のために身命を賭す……その点は依然として変わりない」

「……鹿目まどか暗殺計画は、白紙に戻ったわけではありませんよ」

「なら注文がある。キュゥべえをどうにかする未来を予知してくれ」

「……善処しましょう。根本的解決は、たしかに大事ですから」

「寝首をかかれないように」

「そちらこそ……本来はリリスも抹殺対象でした」

「なるほど。それも正しいかもな」 どのみちインキュベーターの仕業だ。リリスは悪くない。

 

 予知内容が終了する。美国織莉子がこれ以上《未来予知》を使わない限り、もうハイパー読み合いバトルは起こらない。

 

「まどか、ほむら、佐倉、ゆま。みかづき荘に帰るぞ。……じゃあな。織莉子、キリカ」

 

 悪魔は炎の噴射で飛び上がって四人と合流。共に連れ立って帰還する。

 それを見届けた美国織莉子は、一旦考えを整理するため、呉キリカと帰宅することにした。

 

          †

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。