アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
「────ハッ!!?」
朝の陽射しが射し込む窓際。電線に留まる小鳥がちゅんちゅんと鳴いて羽ばたく。ほのかに薄暗い寝室。ベッドの上で目を覚ました黒江は冷や汗を流して過呼吸を繰り返す。ふと素肌に感じる新品のシーツ。隣には悪魔が寝ており、片腕を伸ばして黒江の頭を守っている。弾力があって温かい腕枕。顔の距離が近い。寝息が掛かる。本来なら黒江は距離を取るだろう。しかし今の彼女にそんな余裕はなかった。
室内にすすり泣きが響く。
(……何か、とても怖い夢を見た……でも、よく思い出せない……だけど、あのシーンだけは覚えてる……)
黒江は無性に胸が苦しくなる。怖くて寂しくて虚しい感情。それは悲恋のような混沌とした激情。悪魔の胸の中でうずくまるように体を丸める。祈るように両手を結ぶ。そして黒江は、はたと気付く。自分の指に付けているはずの
(あれ、どこに……まさか、失くした……? ……いや、違う……私、本当に……魔法少女じゃ、なくなったんだ……)
魔力を感じない。変身もできない。武器を出せない。自分のソウルジェムがどこにあるのか分からない。
(わ、わたし……わたし……ようやく……ようやく……っ!)
すすり泣きがひどくなる。そこで悪魔は危険を察知したように飛び起きた。女の子の泣き声に敏感なのか、焦ったように目を覚ます。そして忍び泣く黒江を見つけると、思いやるように声を掛けた。
「……どうした、黒江。もしかして、怖い夢でも見たか?」
「……っ!」
「オレたちの過去を見たんだな? すまない。たまにあるんだ。悪魔契約の際、思いや因果などが強く絡まりすぎると、こうなる時がある。原因は分からない。ただ仮説を立てるなら、おそらく契約する際に互いの魂が干渉して、相手の記憶を意図せず覗いてしまう状態になるんだと思う。だから……ごめんな……?」
「…………」
黒江は面を上げて、悪魔の顔をジッと見つめる。
「────悪魔さん。教えてください。魔法少女は……ソウルジェムの穢れが溜まり切ると、どうなるんですか……?」
「魔女になる」
「ッ!?」
「それが魔法少女の宿命だ」
「…………! ……そ、そんな……そんな、ことって……」
黒江の目の焦点が合わなくなる。動揺と狼狽。失望と絶望。受け入れられない現実を前にした時、人間は混乱を極める。そこで悪魔は力強く、ただの少女の肩を抱き寄せた。
「大丈夫。もう君は魔法少女じゃないんだから」
「っ……!」
「思っていることは全部、今ここで吐き出すといい。オレが全て受け止めてやる」
「っ────!!」
押し殺すような嗚咽。もし魔法少女を続けていたらというもしもの恐れと、もう魔法少女ではないんだという安堵の涙。やがて堰を切ったように擦り切れるような泣き声が止まらなくなる。未知を知った時、それは恐怖に変わる。悪魔の体やシーツを掻き毟るように小さく力なく暴れた黒江は、悪魔の胸の中で窒息するように呼吸を押し殺す。
「……怖かったな。今までよくがんばった。お前は生き残ったんだ。今はただ、それを噛み締めていればいい」
「…………ッッ!!」
それからどれほどの時が経っただろうか。赤く腫れた目で悪魔の抱擁から起き上がった黒江は、バスルームに逃げ込んでシャワーを浴び、歯を食いしばって壁を殴った。やがて制服に着替えた状態で寝室に戻ってくる。その顔は暗い。元気もない。
「やぁ黒江。そろそろ落ち着いてくれたかな? もし願い事が決まったなら言ってくれ。いつでもその願いを叶えてあげるよ」
「……っ!」
しかしキュゥべえを目にした時、その全身はわなわなと震えて総毛立った。そして目は据わり、怒りと恨みでいっぱいになる。
「キュゥべえ……魔法少女はいずれ魔女になるってこと、どうして教えてくれなかったの?」
「どうしてって……聞かれなかったからさ」
「……なにそれ。そんな重要なこと、聞かれなくても教えてよ」
「重要だって? 魔法少女が魔女になることがそんなに重要なことなのかい?」
「──!? あなた、何を言って……」
「ともあれ黒江。君はなぜかボクに文句があるようだけど、ボクと君は互いに合意の上で契約を交わした。だからそれについて咎められる謂われはないよ」
「……!!?」
黒江は絶句した。そして漠然と悟った。目の前の白い悪魔は、まず人間と価値観が違う。決して人類とは相容れない思考回路を持っている。その不気味さが黒江の反論を抑制した。
「……黒江。キュゥべえの正体と目的を知りたいか」
「……キュゥべえの……?」
「あぁ。────キュゥべえ。もといインキュベーターは地球外生命体である。その価値基準は
「────────」
「そしてインキュベーターの目的とは、すなわち宇宙の延命。そのために魔法少女を魔女にしている。理由は魔女化の際に得られる莫大な感情エネルギーを求めてのことだ。そのエネルギーを使って宇宙の寿命を伸ばしている。……これがインキュベーターの目的だ。そして先に言ったように、彼らは宇宙全体の公益を重要問題としているため、単一個体の損害は一切問題としていない。────いや、問題視していないというより、
悪魔はキュゥべえに振り返る。
「そうだね。おおむね悪魔の言う通りだ」
そして悪魔は黒江に振り返る。
「しかし納得はできないよな? なぜならインキュベーターは
「どうしてと言われても、改める必要がないからね」
「それはなぜだ」
「なぜと言われても……何か理由を用意してほしいのかい?」
「つまり理由はないのか。となると、それがインキュベーターの他者との付き合い方となるわけだ」
悪魔はキュゥべえの頭を撫でる。
「というのもインキュベーターは、宇宙の延命という目的を円滑に進めるため、人類との長きにわたる契約の中で、ある交渉術を確立した。それは
「詐術だって? 心外だな。いつも言っているけど、ボクらは君たちを騙していないよ。そもそも騙すという行為自体わからない」
「そうだな。感情がないインキュベーターからすれば、俺たちを騙すつもりは本当に無かったんだ。しかし、だからこそ罪深い。感情がある人類からすれば、それは悪魔よりタチが悪い、無垢なる悪事なんだよ。インキュベーター」
「それは……どういう意味だい?」
「感情がないからこそタチが悪いと言っているんだ。悪を悪と思わぬ真性の邪悪。人類からすれば、お前らはそのように映る。そしてインキュベーターは、オレたちからそう見られていることをなんとなく理解しつつも改める気はない。それはなぜか?」
「それは君たちの問題だからだ」
「感情エネルギーを回収するノルマさえ達成できれば、そのあと
「────っッ!!?」
悪魔とキュゥべえの問答。それを黙って聞いていた黒江は、二人の間で徐々に会話にズレが生じ始めていることを察していた。それはお互いに何を論題としているのか理解しきれていないからこそ生じる認識のズレだと黒江は思った。そして最後の悪魔の発言に対して、キュゥべえが何も返答しなかったことから────それが真実であることを察し、ただただ言い知れぬ恐怖に身を震わせて愕然としていた。
「否定はしないよ。人類が栄えるか滅びるかは君たちの問題だからね」
「つまり
「そりゃそうさ。なんたって自己責任だからね。それに優先順位が異なる。ボクらは宇宙の公益のために仕事をしている。それなのに、なぜ一つの惑星の生存競争に首を突っ込まなければならないんだい?」
「そうだな。その通りだよ。────その通りすぎて吐き気がしてくる」
一通りの問答を終えた悪魔は疲れたように立ち上がる。
「さて、黒江。そろそろお別れだ。もっと聞きたいことがあるだろうし、色々と文句を言い足りないだろうが、それは別のキュゥべえに言ってくれ。こいつらはゴキブリ並みにいるからな。きっとまた再契約を迫ってくるはずだ。そのときはドンと胸を張って断れ」
「さすがに昆虫の数ほどはいないよ。それじゃあ黒江、またね」
悪魔の肩にキュゥべえが飛び乗る。
そして一人と一匹は黒江の脇を通り、出入り口のドアに向かって歩いていく。
「……っ。────あ、あの!」
そこで黒江は振り返り、焦ったように呼び止めた。
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