※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【│いろは成分を感知……どうしよう……│】万年桜のウワサ(※)

 

 悪魔は凶弾を受けて片膝をつく。

 

「────ゴフッ(なにっ)……!?」

「ガオ!?」

 

 音のない銃弾。目に見えない音速。明滅する超直感。この気配は身に覚えがある。吐き気を催す醜悪さ。

 魔法少女のスタンド使いが、近くにいる。

 

「────悪魔さん……?」

「……ッ!!」

 

 弾丸の貫通衝撃により遅れて心臓が破裂した。大量の血が体内に溜まり、左胸の衣服を真っ赤に汚して血が滴る。吐血。冷える体。頭が撃ち抜かれなくて良かった。即死は避けられる。

 

 悪魔は息ができない。喋れない。環いろはに危機的状況を伝えるため、霧の炎を灯して空中に字を描く。

 

《スタンド使いだ。心臓を撃たれた。五分以内に本体を倒せ。任せたぞ》

 

「────! スタンドって……そんな、まさか……!?」

 

 悪魔は懐からペルソナカードを取り出す。それは冬樹ヒュウガの持ち物。いま彼女がどこにいるのかは分からない。このカードを使えば、また炎の首なしライダーが出るのかも分からない。だが悪魔は今までのスタンドバトルで知っている。

 

 スタンドはスタンドでしか倒せない。

 そしてスタンドはスタンド使いにしか見えない。

 

 水波レナは大量に魔力を消費するスタンドを発現して魔女化した。一般人なら何が取られるのか。魔力なら即死だ。だが生命力なら即死は免れる。おそらくスタンドは精神エネルギーの塊であるため、一般人の場合は精神力が代償となることは予想できる。それでも確証がない中での切り札としては一か八かに過ぎる。だがやるしかない。やらなければ無慈悲に殺される状況に、いま自分たちは居るのだから。

 

「────ペル……ソナ────ァッ!!」

 

 悪魔は血を吐きながら呪文を唱える。

 次の瞬間、ペルソナカードは光り輝いて悪魔の体内に沈み込んでいった。

 

 そして発現する。選ばれし者が手にする超常的な能力を。

 魂に響くは幽波紋(スタンド)の真名。傍らに立ち、共に戦う精神世界の住民。

 

 ────スタンド・ミュージコロジー(共感覚)。

 それは姿を持たぬ存在。範囲内の任意対象を共感覚状態に陥らせる能力を持つ。

 

 スタンドの能力が魂に響いた瞬間、悪魔は咄嗟に環いろはを対象に能力を発動。音を目に見せ、心を目に見せ耳に聴かせることで、スタンド使いではない者にも精神生命体(スタンド)の輪郭が捉えられるようにした。

 

 悪魔はスィステーマC.A.I.を開匣。完全武装で敵に臨む。心臓を破られても五分は戦える。それ以上は瀕死状態に陥って激しい行動はできなくなる。おそらく瀕死状態から更に五分も経てば息絶えるだろう。だがそれまでに破れた心臓をなんとかすれば助かる。その手立ては既にある。

 

(舐めるなよ……心臓を貫かれた程度で死んでいたら、ここまで生き残っていないんだ……!)

 

 急所を狙うのは戦闘の王道。今まで心臓が破られた事なぞ何度もあった。

 悪魔は右腕にドクロの火炎放射器。左腕に雨刀を携えて立ち上がる。呼吸は停止(やめ)た。無駄に血を流すだけだ。あとは死ぬ気で堪えて戦うのみ。

 

 次の瞬間、悪魔の目に確と映ったスタンド製の弾丸。それは音速飛行で環いろはに差し迫っていた。刹那、ミュージコロジーの力を借りて音速弾丸を斬り飛ばした悪魔は、血を流しすぎたせいかふらりとよろめいて環いろはの体を押す。

 

「っ……! 悪魔さん! 血が……! いま治癒魔法を……!」

「ゴボッ……!!」

 

 悪魔は“やめろ”と言うように環いろはを押しのけると、霧の炎で字を描く。

 

《オレに治癒魔法を掛けるな。うろたえるな。あと五分は生きられる。五分以内に戻ってこい。……任(・)せ(・)た(・)ぞ(・)》

 

「────っ!」

 

 既に環いろはは一端の魔法少女だと七海やちよに認められた。実際は初心者卒業おめでとう程度の意味合いだろうが、それでも悪魔が修行をつけたのだ。役に立ってもらわなければ悪魔と七海やちよの沽券に係わる。

 

「────はいっ! 本体は私に任せてください!」

 

 どうしてそこまで治癒魔法を嫌がるのか。それを聞いている暇はない。

 環いろはは周囲を見やる。植物園の屋内は縦に長けれど横にはそれほど広くない。植物の影にスタンド使いが隠れているのか。目を凝らせど見つからない。ならば魔力パターンを探る。直後、大扉の近くに二つの魔力パターンを感知した。

 

「っ!? そんな……魔法少女が二人います!」

 

 ちょうど悪魔もス(・)タ(・)ン(・)ド(・)使(・)い(・)は(・)二(・)人(・)であることを察する。なぜなら、ふと目にした樹木の幹に違和感を覚え、ジッと見つめていたら、そこには一匹のカブトムシが引っ付いていた。それが徐々に……徐々に大きくなっていくように見えた。やがてそれは大樹に掴まるには大きくなりすぎてゴロンと転がりバタバタと羽ばたく。爆風。人間サイズとなったカブトムシの羽ばたきは強烈な風を生み出す。やがて身を翻したカブトムシは床を歩き、前方の悪魔と環いろはの存在に勘付いた。

 

「────うそ……」

「……っ」

 

 このスタンドは、おそらく虫を巨大化する能力か。カブトムシは本物だ。環いろはにもハッキリと見えている。スタンドではない。問題は、昆虫の肉体性能がそのまま引き継がれた状態で全長三メートル程度に巨大化し、まともに動けていることだ。故に訂正。

 

(このスタンドは、虫を巨大化させて操(・)る(・)能力か……)

 

 不意にカブトムシの体内から衝撃音が鳴り響く。自重に耐え切れず内部構造が潰れたのだろうか。ならば身動きが取れないはず。しかしカブトムシは次の瞬間、高速で突っ込んでツノを突き上げてきた。

 

「──っ!!」

「ガオッ!?」

 

 動物とは、大きいからこそサイズに頼り、小さいからこそ工夫に頼る進化を遂げるように思われる。

 こと戦闘において、ゾウなら質量の暴力でカタがつく。一応、大きな耳と敏感な足元から感じられる地面の微細な振動から得られる情報は、危険感知や戦略上のコミュニケーションにも役に立つ。

 一方で、自然界の最小を争う昆虫は、常に一撃必殺の生存戦略を模索してきた。カブトムシなら、それは角だ。てこの原理を利用し、長くカーブした角を上下させることで先端に力が溜まりやすいよう工夫してある。角が長ければ長いほど破壊力が出るためカブトムシは体の大きさが勝敗を分ける。そこは質量世界と同じ理屈だ。しかし小型の個体も技術を用いて貪欲に勝ちを狙う。てこの原理により、自分より大きい相手を軽々とすくい上げる角を使って投げ飛ばすのだ。それはまるで柔術のように。懐に潜り込んで、より下を取った方が勝利する。

 

 質量世界においては質量こそが戦闘の絶対正義だとするならば、その非情なる世界を生き抜くために物理法則を解明して生き残ってきたカブトムシが、もしゾウと同じくらい大きくなればどうなるのか。

 

(こんなのまるで、戦闘機の特攻だ……ッ!!)

 

 重爆の角が迫る。守勢と構えた雨刀は爆音と共に容易く弾かれ、悪魔とナッツは凄まじい勢いで突き飛ばされた。

 そして奮われる重機のような猛々しい角は、悪魔の傍らに立つ環いろはにも襲いかかる。が────

 

「このっ……!」

 

 《賦活》魔法を行使。心身性能を向上。恐怖を消し飛ばし肉弾戦を可能とする。左手にナイフ。奮われた巨大カブトムシの角を力づくで止める。砕かれる足場の床。思いっきり右足を前に出し、カブトムシのアゴを右手のクロスボウで殴る。直後────

 

「喰らえ────!!」

 

 それは杭打ち機(パイルバンカー)のように。瞬間解放された爆発的な光矢が閃光のように、カブトムシのアゴを魔力爆発で突き上げてその体を宙に浮かせた。

 

 

 

 ────残り四分。

 

 

 

 カイコガのような魔女の腹に激突していた悪魔は、背面のそれがクッションとなって衝撃を吸収。ダメージは微量。すぐに起き上がるが、激しい運動は血流の循環を招く。吐血。霧の炎の構築で胸元の傷口を縫い止血、雨の炎で血の流れを停滞。雷の炎で全身硬化。嵐の炎を刀身に纏わせる。そして張り切るナッツは咆哮。魔力放射による高速突貫でカブトムシに体当たり。

 

(思ったよりいろはが動けて驚いた。逆にオレが足でまといなくらいだ。こうなったらいろはの望み通り、分解刀で宝石を削り取り、半魔女からういを摘出、助太刀魔法で逃げるしかない────だが、それを敵が許すかどうかだ……!)

 

 音速弾丸が環いろはの胸元に差し迫る。その気配を聴いた環いろはは回避。だが弾丸は自由な軌道を描いて舞い戻ってくる。

 

「自動追尾弾……!」

 

(能力は────対象を自動的に追尾する弾丸か? だが違和感が残る……)

 

 再び音速弾丸は環いろはの左胸に飛来する。クロスボウの光矢で迎撃するが、弾丸にダメージはなく、速度が若干低下した程度。やはりスタンドは魔力では倒せない。そこで悪魔が突撃。スタンド製の弾丸をスタンドのエネルギーを纏わせた刀で斬り飛ばす。

 

(────心(・)臓(・)を(・)追(・)尾(・)す(・)る(・)弾(・)丸(・)────)

 

 悪魔は霧の炎で空中に警告。

 

《弾丸は心臓を狙う。心臓を引き抜け!》

 

「────!?」

 

 そのくらい魔法少女なら可能なはずだ。悪魔と環いろはの視線がぶつかる。

 直後、硬い殻でナッツの攻撃を物ともしないカブトムシが再び突撃。飛び退いた悪魔とナッツと環いろはは、ようやくそれぞれの目標に向かって戦闘を始める。

 

 

 

 ────残り三分半。

 

 

 

 悪魔と巨大カブトムシの激突。閃く刃と無骨な角の豪快剣戟。ナッツは力尽くでは勝てないことを悟り、動きが鈍い悪魔の援護に回る。

 その一方で環いろはは痛覚を遮断。賦活魔法のおかげで恐怖心が薄いのも助かった。自らの心臓をナイフで突き刺し、豪快に引き抜く。飛び散る鮮血。心臓がなくとも魔力で血流を操作し、無理やり心臓部分の血液を循環させる。直後、飛来してきた弾丸はナイフに突き刺さる心臓に着弾。その衝撃で破裂した心臓は床に散らばる。続く弾丸も心臓の破片に命中するのみで、一向に環いろはを狙う葉数はなかった。

 

「やっぱり……そういうことだったんだ!」

 

 敵スタンド一体の弱点は見抜いた。悪魔も環いろはも心臓がない。つまり心臓を追尾する弾丸に狙われる事はない。ならばその本体は後回しにして、虫を操るスタンド使いを狙うべきか。────無論、行動は迅速に。この戦闘音で新手が駆けつけるかも知れない。故に一気呵成に畳み掛けて終わらせる。つまり狙うは弱点を見つけた方から。

 

 活性魔力をクロスボウに注入。射出。着弾地点の周囲を爆破。植物が吹き飛び視界が広がる。そこで一人の魔法少女が舌打ちをしながら飛び出てきた。

 

「チッ────喰らえ!」

 

 白いフードで顔を隠す魔法少女は二丁拳銃を構えて乱射。

 対する環いろはは光矢で全弾迎撃。爆煙が広がる。その煙を突っ切ってナイフを一閃。

 

「なにィッ……!?」

 

 しかし相手を傷付けたくない思いが一瞬の躊躇を招き、ナイフは空振りに終わる。銃声。それは黄金の盾に阻まれて全弾はじかれた。

 

「──《輝ける黄金の盾(ブライトガード)》──」

 

 それは修得魔法(スキル)のひとつ。活性魔力による黄金の盾を作成し、対象者を自動的に守護する魔法。被守護者には小回復や魔力増強などの副次効果が付く。

 

「ハァ!? 《行動予測》しても為す術ないとかレベチすぎんだろ! それにフッツー魔法は一人につき一つだろうがァ!? スタンドだってそうだろぉがよぉ~!!」

「そんなことない! 修行すれば魔法なんて、いくらでも覚えられるっ!」

 

 格闘戦に持ち込む。乱射される二丁拳銃の銃弾を黄金の盾で弾きながら急接近。腕を手繰って床に倒し、一気に活性魔力を流し込む。

 

「ごめん!」

「アガァッ……!?」

 

 脳髄を活性化させる魔力を一気に注ぎ込む。するとどうなるか。景色が遅延して見える。ハイパースローモーションの光景。誰よりも早く動けているような敏感な感覚に陥るが、実際は誰よりも遅く動いている。それは感覚の超敏感化により行動不能に陥らせる方法。

 

 背後からガサガサと物音。

 

「────っ!?」

 

 振り返ってクロスボウを構えるが誰もいない。故に危機はない────となるはずがない。

 

「ガハッ!?」

 

 突として木の枝がムチのようにしなって環いろはの頭と背中を打擲(ちょうちゃく)した。

 

(まさか……植物を操る魔法……!?)

 

 賦活魔法の効果で心身のダメージ感覚は低い。

 

(──《急速的持続再生(リジェネレイト)》──!)

 

 それは活性魔力の体内循環により、持続的にダメージが回復する魔法。賦活魔法は心身を活性化させて強化するが、負傷や疲弊に気付きにくいのが弱点だ。それを持続的なダメージ回復により欠点を埋める。

 

(さらに《消毒的耐性付与(ソーラーレジスト)》! 日光消毒のイメージで、活性魔力による状態異常耐性を付与する!)

 

 ただし多くの魔力を消費するのが難点だ。賦活に持続再生に状態異常耐性。しかしそれも必要経費。強くなったぶん魔女を倒しやすくなり、戦闘すれば確実にグリーフシードが手に入るようになった。もはや少ない魔力で弱い敵を逃してしまう初心者ではない。多い魔力で敵を倒す中級者になっている。

 

「っ!?」

 

 近くの植物がいきなり爆発。毒々しい紫色の胞子が環いろはを覆う。植物を操ると見抜いて状態異常耐性を掛けていて助かった。いかな毒かは知らないが、環いろはは無傷で突っ切る。

 

(《病魔を払う白き光(レストアヘルス)》を使うまでもない……そこだ!)

 

 木陰に隠れる魔法少女を光矢で撃ち抜く。すると肩口を負傷した魔法少女が転がって回避。

 

「おいおい扱いがおかしいよなぁ!? 魔法少女も魔女も同(・)じ(・)だろ! なんで魔女は殺して俺たち魔法少女は殺さない?」

「────!」

「そこがテメェの飴玉みてぇに甘いトコなんだよガキがッ!!」

 

 精神攻撃を加えて油断を誘ったつもりだろうか。魔法少女は杖を振るって植物を動かしムチ打つが、その攻撃圏内へ自ら果敢に飛びかかった環いろはのナイフにより切り刻まれる。

 

「なっ────」

「同じじゃない……同じだけど、同じじゃないよ!」

 

 格闘。床に押さえ付けて活性魔力を脳髄に注入。激しい脳震盪を起こさせて気絶させる。

 

「魔女になった人たちは好きで悪さをしているわけじゃない……でも私たちは違う。魔法少女には善悪の行動を選び取る自由がある!」

 

 

 

 ────残り二分。

 

 

 

「おい! 何事だ!?」

「……!?」

 

 大扉の向こうから魔法少女の大声。続々と集まっているようで、いつ植物園の中に入ってくるか分からない。

 

「必殺魔法(マギア)────」

 

 カイコガのような魔女を見やると、その麓では悪魔と巨大カブトムシが戦っていた。スタンド使いは倒したが、能力が解かれるまでは時間が掛かるらしい。カブトムシは徐々に小さくなり始めており、バキボキと骨が折れるような音が体内から響く。

 

「────《切り拓く未来への道(ストラーダ・フトゥーロ)》────ッ!!」

 

 活性魔力収束による極大光矢を射出。途中で無数に分裂し変則的な軌道を描きながら対象を追尾する光矢は、環ういの棺となっている赤い宝石を削り取る。魔力の爆発は植物園を震撼させ、ダメージを受けたカイコガのような魔女が鳴動する。地響き。天井から落ちる砂埃。その衝撃音に驚いて大扉が開かれると、奥からぞろぞろと白や黒のローブを着た魔法少女が十数名、入ってくる。

 

「悪魔さん!!」

「────ッ!」

 

 元の大きさに戻って死に絶えそうだったカブトムシに《治癒》魔法を掛けつつ音速でカッ飛んだ環いろはは、飛び上がって環ういを抱き留めた悪魔の体に触れる。ナッツとリリスも跳び上がり、置いていくなと必死に悪魔の足元に飛びつく。

 

 刹那、青い閃光がまたたいて────数枚の桜が花散る草原の樹の下に不時着した。

 

「モキュ!?」

「ガオ!?」

「グッ……!」

「悪魔さん……!」

 

 叛逆と助太刀の魔法行使により、万年桜のウワサの下に帰還した。

 環ういに吐血が掛かるのを避けた悪魔は背中から倒れる。地面に落下する環うい。環いろははソウルジェムを閃かせる。治癒魔法を掛けるつもりだ。それを悪魔は睨みで制する。

 

「どうして……! どうしてそこまで治癒魔法を嫌がるんですか……!?」

 

 無論、延命のためだ。しかしそれを説明する余裕はない。悪魔は霧の炎で字を描く。

 

《これより心臓移植を執り行う。いろはの心臓が欲しい》

 

「……っ!?」

 

 

 

 ────残り一分。

 

 

 

 環いろはは魔力を流して肉体再生。心臓を復元。賦活魔法が切れかかる。自らの内臓をナイフで抉り出すというのは痛みがなくても中々に堪える行為だ。しかし今は人命がかかっている。となれば環いろはに躊躇はなかった。

 

《胸を切■して心臓を■れろ。■術■法で■げる》

 

「ゴボッ……!?」

「悪魔さん! しっかり……っ!」

 

 悪魔の意識が遠のく。正しく字を描けない。

 しかし環いろはに迷いはない。とにかく自らの胸を切り開いて鮮やかな心臓を取り出す。続いて悪魔の服を切って胸元を露出させ、ナイフで切開。

 

「うっ……」

 

 

 

 ────残り10秒を切った。

 

 

 

 環いろはは自らの心臓を、悪魔の左胸の中に押し込む。

 次の瞬間《施術》魔法が発動。心臓が血管と繋がって、切開された胸元も縫い止められていく。

 

「────っ! ちょっと待ってください! 血液型は……!?」

 

 異なる血液型が輸血されると大変なことになる。しかし悪魔は問題ないと血を吐きつつ笑う。血液型が一致しているかどうかに関わらず、そもそもきちんと消毒されていない人間の手のひらに掴まれた心臓だ。どんなバイキンが付いているか分からない。よって鎮静効果で洗い流し、分解効果で殺菌、調和効果で環いろはの不明血液型を悪魔のA型血液に馴染ませ、ごく少量の活性効果で血流の循環率を高め、施術魔法の結合部分は硬化性質により補強。

 

 

 

 ────残り0秒を切った。ギリギリの死の淵で悪魔は呼吸を再開する。

 

 

 

「っ────助かった……礼を言う。本当にありがとう……構築効果で心臓を作っていた時期もあるが、他の部位と異なり常にポンプのように動かさなくてはならないから、どうにも効率が悪くてな……多くの死ぬ気の炎を消費してしまう。長い目で見れば施術魔法を使った心臓移植の方がコストが低いと判明してからは、心臓がやられるたび魔(・)法(・)少(・)女(・)の(・)心(・)臓(・)を(・)借(・)り(・)て(・)い(・)た(・)んだ……」

 

「────っ! はぁ……よかったぁ……」

 

 環いろはは両膝を突き合わせて深々と溜め息。血まみれの体のことなど忘れて、悪魔が無事生還したことに安堵して脱力する。

 

「……それはまだ早いんじゃないか?」

「──! そうだ、うい……! うい、起きて! ういっ!!」

 

 環いろはは妹の体を揺さぶる。しかし一向に起きる気配がない。

 

「そんな……! そうだ、心臓……っ!」

 

 胸元に耳を当てる。────“トクトク”と鼓動する音色。生きている。

 

「あ────悪魔さん! 生きています! ういは、生きてます!」

「……そうか。ひとまず、良かったなと言うべきか……戻れ、ナッツ。サンキューな」

「ガオ!」

 

 悪魔はナッツを匣に収納。

 続いてスタンドを解除する。体内から摘出されるペルソナカード。それを懐にしまい、悪魔はめまいがする。心身ともに疲弊した。文字通り満身創痍だ。何度も巨大カブトムシの暴力的な猛角と鍔迫り合ったせいで全身の骨が軋んでいる。数百に及ぶ戦闘機の神風特攻を喰らい続けたようなものだ。その上、叛逆と助太刀と施術、多くの魔法を行使した。これでは割に合わない。明らかに寿命が縮んだ。しかしそれは容易に予想できたこと。それでも環いろはに手を貸したいと思ったのは、悪魔の変えられぬお人好しな性分だ。常にそれで損をしている。だが後悔はない。それもまた悪癖かもしれないと、悪魔は思った。

 

「────ッ!?」

 

 悪魔は胸を掻き毟るように抑える。一瞬、他人の心臓を無理やり移植したことで拒絶反応や心臓発作を起こしたかと思ったが、発作は発作でも別の発作だった。

 

(肌が内側の筋肉に吸着するような感覚……これは……魔力発作……っ!)

 

 一度魔力供給を行い魔力発作が落ち着いても、短期間で魔法を過剰行使すると再び魔力発作が起こる確率は非常に高くなる。故にしばらくの安静が必要なのだが、昨日の今日で反省せず、また誰かの為に魔法を多用した。その代償はすぐにやってくる。

 

「っ……!」

 

 悪魔はその場を離れるため立ち上がり、ふらふらと草原を歩む。

 

「────! 悪魔さん? どこに行くんですか……?」

「……しばらくここで眠る。いろはは、ういを連れて調整屋にでも行け……」

「えっ……でも……」

「いいから……!」

 

 悪魔の絞り出すような声に驚いた環いろはは、若干の疑問を感じながらも環ういを抱き上げる。

 そこで様子を窺っていた万年桜のウワサが言った。

 

「│驚いた。いきなり目の前に現れたと思ったら、まさか心臓を取り出すなんて……│」

「あ……万年桜さん。そうですよね、ごめんなさい……必死だったもので……」

「│……うい。起きるといいね。起きたら、また来てくれる?│」

「はい。もちろんです! ……それじゃあ、ういの看病をしなければならないので、また……」

「│分かった。待ってる│」

 

 環いろはは頭を下げて、悪魔の方に振り返る。

 

「では悪魔さん……先に戻りますけど……」

「あぁ。心配するな。ちょっと動けないだけだ」

「…………帰りが遅かったら、迎えに来るので!」

「あぁ……」

 

 そして環いろはは颯爽と立ち去った。環ういをカイコガのような魔女から無理やり引き剥がしたのだ。異常がない方がおかしい。すぐに調整屋に診てもらった方がいいだろう。

 

「……っ」

 

 悪魔は苦痛に顔を歪めて草原に倒れ伏す。環いろはが去るまで根性で立っていたがそれも限界。

 

(……くそっ。こんな姿をみんなに見られたら、また怒られるんだろうな……)

 

 シトピ隼人や水野むく、笹川良子や恭弥アーデルハイトの顔を想起する。

 

(いつも魔力発作が起きると自罰の念に駆られる……風邪を引くといつもより弱気になるけど、あれに近いのかな……)

 

 どうでもいいことを考えながら、悪魔は激痛に悶絶する。

 否、順序が逆だ。痛みから逃れるため、せめて頭の中だけは必死に別のことを考えている。

 

「│……大丈夫?│」

 

 そこに万年桜のウワサが声をかける。一定の距離を置いて観察している。

 

「│……病気? ういや灯花やねむのように? でもごめんなさい。私には治せる術がない……│」

 

 万年桜は悲しそうな声色で気持ちが沈む。

 

「│……何か出来ることはある?│」

「────…………ちかよる、な……」

 

 万年桜のウワサ。ウワサといえど魔力の塊であることに変わりはない。接触すれば無限に魔力を吸収してしまう。もしそうなれば、はたしてウワサは、それを“攻撃”と判断するのか否か。万年桜のウワサは人間のような感情と知能があるため、環いろはと環ういを助けた功績を秤にかけて考えてくれるだろうが、どのみち信頼を損なうような真似は避けたい。いま敵対すれば抵抗できないため確実に殺される。そのため悪魔は“近寄るな”と念を押す。

 

「│……分析開始、探査(サーチ)、深刻な鈍性(どんせい)魔力痙攣(けいれん)を確認、治療不可……│」

 

 しかし人間に近い好奇心を有していることがアダとなった。

 

「│対症療法は一定量の魔力付与。ただしそれは同時に大量の毒素の付与に匹敵する。ジレンマ│」

 

 人体に魔力は有毒である。だがそれより猛毒の瘴気を悪魔は身に帯びている。それで無事なのは叛逆魔法による所が大きい。

 

「│……瘴気の体表放射率1,002%を観測……普通なら100%を超過した時点で即死している……あなたはなぜ生きているの?│」

 

 そこで悪魔は気絶した。しばらく眠っていれば空気中の魔力を吸収し、なんとか起き上がれる程度には回復する。

 

「│…………? ウワサ空間からいろはが出たのに、まだいろはの気配が残っている……│」

 

 万年桜は周囲を見渡す。しかし環いろははどこにもいない。

 そこで悪魔を目にし、なるほどと内心で頷いた。

 

「│そういえば、さっきいろはの心臓を移植していた。その気配を感じているんだ│」

 

 ならばと万年桜の中に突として庇護欲が芽生える。それはイレギュラーな感情であると計測。すぐにバグの修正に当たる。

 

「│……いろは成分を感知……いろは成分を感知……どうしよう……│

 │触れれば魔力を吸われる……だから放置安定と思っていたのに……│」

 

 助けなければと万年桜の特性(ルール)が叫ぶ。

 

「│……仕方ない。少しだけ魔力を譲渡する。これはいろはとういを助けてくれた感謝の印……│

 │あなたたちの言葉で言う、恩義というものかもしれない│」

 

 かくして万年桜は、意識を失っている悪魔の髪に触れた。

 それがどういう結果(後遺症)を生むのか、全く演算できずに────

 

          †

 

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