アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
水名区・文化劇場。そこは巨大な映画館。全七階ある膨大な客席。浅葱色の建築は寒色ゆえ居るだけで寒く感じられるが、巨大な暖房によって内部は暖められている。また、浅葱色は水名を象徴する色であり、水名城の姫様が好んだ色でもあるとされている。
「────と、掲示板に書いてあるわけだが……」
「ランボさんスタンプ押すー! あかーいだるまさんの“ん”ー!」
「スタンプも押した。次に行く」
悪魔が文化劇場を出ようとすると、その腕を全力で掴んで離さない竜城明日香が目に涙を浮かべていた。
「それはあんまりです! せめてもう少し見て回ってください!」
「流れで観光案内は頼んだが、オレの目的はスタンプラリーだ。加えて“控えめに”とも言っていただろう」
「ですがっ! せめて、せめて一つくらいは映画をば……!!」
悪魔はため息一つ。仕方なしと踵を返す。
「キョーコ、広いね!」
「あぁ。でも映画の内容はどれもつまんなそうだ。水名の文化なんて興味ねーよ」
「チーズの文化はないのですか? であればさっさと次に行きたいのです」
「そこを! どうか! 何卒っ!!」
竜城明日香のスライディング土下座。
美凪ささらは「見苦しいからやめなさい」と立たせる。
「────あっ! 悪魔!?」
その時、聞き覚えのある声が響いた。振り返ると十咎ももこと水波レナがいる。秋野かえでは居ないようだ。
「……ももこ、レナ。奇遇だな。調整は終わったのか。しかしなんでここに?」
「あぁ。でもそれはこっちのセリフだ。アタシらはさゆさゆのライブを見に来たんだよ」
「今日は文化劇場会館を借りたさゆさゆの晴れ舞台なのよ」
「……さゆさゆ?」
「地元のアイドルさ!」
「知らないの? ほら、そこの等身大パネルの可愛い女の子がさゆさゆよ」
桃髪赤眼の可愛らしい少女。リボンとレース、白い衣装に身を包んだ愛らしい見た目は、たしかに人気がありそうだ。
「アイドルねぇ……歌舞伎、雅楽、落語、漫才、狂言、オペラ、バレエ……とかよりはマシかな。ワイワイやっていいんだろう? 静かに見なきゃいけないのは硬っ苦しいからねぇ。まぁ漫才は笑えるなら少し見てみたい気もするけど」
「アイドル……ゆま、本物のアイドル見てみたい! サインもらえる?」
「スケジュールには、ライブのあとにサイン会があるみたいなのですよ」
十咎ももこと水波レナは、そのサイン会も狙っているようだ。
「ならライブを見るか。明日香、それでいいか?」
「はいっ! ありがたき幸せ!」
「水名の文化とはあまり関係ない特別イベントだけど……ま、明日香がそれでいいならいいよ。アイドルだって大切な文化だし」
「よし! そうと決まればペンライトの用意だな!」
「うちわも買わなきゃダメよ!」
「あたしら金ないんだけど?」
「あ、それなら私がみなさんの分を買いますっ!」
ポケットの内側を見せて金欠をアピールする佐倉杏子。
そこで竜城明日香が垂直に手を挙げた。
「いいのか? 言っとくが返さないぞ」
「気にしないでください! これは家臣として当然の働きなれば!」
売店に行ってペンライトやうちわを購入。悪魔はオレンジ、百江なぎさはチーズ色、佐倉杏子は赤色、千歳ゆまは緑色、ランボはポップコーン、竜城明日香は青色、美凪ささらは白色、十咎ももこは朱色、水波レナは水色のペンライトを持ち、それぞれアイドルさゆさゆの顔写真や応援する文章がが貼り付けられたうちわを持って会場に入る。
「いよいよ始まるぞ……!」
興奮して力む十咎ももこと水波レナ。悪魔は大衆の意識を直感して耳を塞ぐ。
暗転。開演のブザー。幕が上がり、特殊効果のライトが乱舞する。ステージの上に立つは可憐な美少女。瞬間、大地が湧き上がるような歓声が轟き渡った。
「みんなー! 今日も来てくれてありがとーう!」
『さーゆーさーゆ! さーゆーさーゆっ!!』
「みんな聞いてー! いつもの名乗り口上を聞いて驚けぇー!」
『はーい!!』
「────あなたのハートをたたっ斬る! “恋の辻斬り姫”こと~
『きゃ~! さゆさゆ!! 斬って~!! 袈裟から斬って~!!』
「今日はデビュー曲の『辻斬りプリンセス』から『国宝ハイエンド』も歌うよぉ~!」
『わーい!』
凄まじい熱気に超直感が明滅する。
(……これも修行か。超直感が激しく暴れて苦しい……こうなったら瞑想するしかない。明日香には悪いが、意識を鎮ませてもらう……)
観客全員立ち上がる中、悪魔だけが席に座り、腕と足を組んで姿勢を楽にする。
それを目にした周囲のオタク集団が、何を勘違いしたか丸メガネを直しながら感心の羅列を始めた。
「むむっ! あれは後輩彼氏ヅラポーズ!! ですとぉ!?」
「座っては前が見えない……つまりさゆさゆの姿が拝めない! ということは頭の中でさゆさゆの動きを完全トレース済みということ!」
「まさか! 文化劇場でのライブはこれが記念すべき初のことなのですぞぅ!?」
「ということは、そのまさかなのですぞぉ! 彼はさゆさゆが文化劇場でライブする日を誰よりも夢見て確信していたということ!」
「Oh……これはストロングボーイ。猛者ですぞ! 否、益荒男が現れた!」
「眉間にシワを寄せて苦しんでいる表情は、すなわち徹夜イメトレの証左なれば!」
「その若さでこの貫禄とは! さゆさゆのファンとしては期待のダークホースかもしれませんぞ! 拙者嬉しさのあまりデュフフコポォフォヌカポゥ!」
(────、……なんか滅茶苦茶罪悪感が湧いてきた……)
まるで気分は、子供が行きたいと言うので連れてきたはいいものの興味がなく眠っていたら逆に周りから感心されて居心地が悪くなってしまった父親のそれである。こうなったら感心された姿で押し通すしかない。妙な使命感に駆られて焦る悪魔は、ライブが終わるまで狸寝入りを決め込んだ。
†
二曲目が終了し、合計十分のライブが終了する。あとは三十分ほどのサイン会。一番前の席から順々に行くようアナウンスされる。ファンたちは礼儀正しく列を作り、等間隔のスペースを空けて向かう。その整然とした行進は軍隊のそれを思わせた。
(ライブ会場ってもっと揉み合ったりするもんだと思ってたが……ここはマナーがしっかり周知されているんだな。みんな心の中で他者を気遣っていることを義務付けている。────さゆさゆの願い? なるほど……みんなこうも純真だったらいいんだがな……)
次々と席を立つ中、悪魔たちの番が回ってくる。ゆっくりと列が流れ、サイン会が近付いてくる。
「ももこ……レナ緊張してきたかも……」
「えぇ!? 今まで何度か握手会やサイン会には参加したろ……?」
「それでも緊張するのは緊張するの!」
「ならアタシの手を握ってろ」
「……ありがと……」
十咎ももこと水波レナの手つなぎ。
その背後では佐倉杏子と千歳ゆまが並んでいる。
「ま、けっこー面白かったな」
「キョーコ、イェーイ! ってジャンプしてた!」
「ばっ……! それは……あれだ。ただの勢いってやつで……」
「ゆま、すっごくすっごく楽しかった! ゆまもアイドルなれるかなぁ?」
「────! おう、そりゃいい! ゆまのアイドル姿、あたしも見てみたいかもしれねぇな!」
「ホント!? でも……」
「?」
「魔法少女とアイドル、二足のわらじ、履けるかな……?」
「いや兼業かい!?」
佐倉杏子の手が虚空にツッコミを入れる。
その背後では竜城明日香と美凪ささら──に抱っこされるランボ──が並んでいる。彼女たちは後ろに振り返り、悪魔と百江なぎさに問いかけた。
「悪魔殿! さゆさゆのライブはどうでしたか!?」
「楽しかったです?」
「ランボさんは楽しかった!」
「……そうだな。みんな目がキラキラしてた」
「なぎさもそれなりに楽しんだのです。こういうイベントは初めてなので良い体験をしたのです! 今度マミも連れてくるのですよ!」
そして悪魔と百江なぎさの背後に並ぶオタクたちは涙を流していた。
「うぅ……ひっく……か、感涙、なのです……」
「文化、劇場……よくぞ、ここまで……」
「お゛う゛え゛ん゛じでで、よがっだ……!」
「それなのに期待のダークホース少年は余裕の澄ました笑みとは……しかも己の感動より、皆の目がキラキラしていることを優先的に察知してさゆさゆのポテンシャルを間接的に褒めるとは、やはり剛の者……! もしや事故で頭を打ったショックで感情を失ってしまったがアイドルさゆさゆを見た時はじめてトクンと心臓が高鳴り徐々に感情を取り戻していくストーリーを絶賛展開中なのではこれには全俺が泣いた……!!」
「オタク特有の早口ブツブツ想像力はやめて差し上げろなのですぞ! ナマモノ厳禁!!」
(早く帰りたい……)
死んだ目をする悪魔。やがて佐倉杏子と千歳ゆまの順番が回ってくる。
「あっキョーコ! サイン書くものない!」
「おっとしまったな……服にでも書いてもらうか? いやでも洗濯で消えるか……」
「────、……そうだ、ゆま」
悪魔は懐からスタンプラリーのシートを取り出す。
「これを使え」
「……いいの?」
「ほかに持ち合わせがないんでな」
「────! ありがとう!」
にこっと微笑んだ千歳ゆまは、元気よくハイとシートを手渡す。その上にさゆさゆはサインを書いた。
「やったー! キョーコ! アイドルのサイン!」
「あぁ。失くすなよ? まだ悪魔のスタンプラリーが残ってんだからな」
そして竜城明日香と美凪ささらもノートにサインを書いてもらい喜ぶ。
次は悪魔たちの番。百江なぎさは懐からメモ帳を取り出す。それにサインを書く間、さゆさゆが口を開いた。
「優しいんですね」
「?」
「さっきの子。紙を渡して上げたでしょ?」
「あぁ……あれは身内みたいなものだから」
「ふふっ。それでも優しいのは変わりません! はい、サイン。また来てね!」
「今度はマミと来るのです! 首を洗って待っているのですよ!」
「それどういう宣言だ」
そうして文化劇場を後にした悪魔は、日光降り注ぐ外に出てうんと背筋を伸ばす。
「っ……肩が凝った」
「クマ吉はずっと寝てたのです。当然の報いなのです」
「楽しまなかったことを怒ってんのか? 別に楽しくなかったわけじゃない。お前らが楽しかったのならそれでいい。オレも嬉しい気持ちになる。……だが、それじゃあダメそうな顔してんな」
「……なぎさは……クマ吉にも楽しんでもらいたいのです」
「そもそも今回の目的は観光じゃないだろ。それに興味関心の薄いことされて同じように楽しめと言われても困る」
「……チッ。理屈屋が。やっぱり歌謡曲にすれば良かったのです……目先の輝かしさに釣られたのです……」
どうやら百江なぎさは、悪魔にひと時でも安らぎを与えたかったようだ。
「しかし急にどうして?」
「なぎさだけ楽しんでもつまらんのです!」
「────そうか。それじゃあこれから楽しもう」
屈伸体操を済ませた悪魔は、前方から手を振る魔法少女たちの下に向かう。
かくして一行は神浜美術館へ赴いた。
†
朝と昼の間。水名区・神浜現代美術館。大理石の大広間。そこは様々な分野の芸術が展示される場所。中には“稀代の若き芸術家”アリナ・グレイ展という特別ベースも設けられている。入口コーナー近くにスタンプラリーの台座を発見。
「ゆま押すー! ペタン! 赤い“じ”でトンボさん!」
「よくできました。ほい!」
台座が高く千歳ゆまの身長では届かなかったため、佐倉杏子が抱き上げてスタンプを押し、ゆっくりと下ろす。
「あとは……水名氏庭園!」
「明日香、それはどこにある?」
「水名城の近くです。このスタンプラリー、水名区の中央をぐるりと回るようになっているので。あ、もちろん美術館も見ていきますよね!?」
「……どうせ帰ろうとしたら止めてくるんだろ」
悪魔は出口に向かう。背中の服を鷲掴んで絶対に帰らせないと抵抗する竜城明日香。
「ハァ……こんなでかい美術館、ぐるりと回るだけでも昼になるぞ……」
「別にいいじゃねぇか。いい暇つぶしになる。どうせ夕方にならなきゃウワサに会えないんだろ?」
「……それもそうだな。ゆっくりしていくか……」
「それなら外側にフードコートもありますよ! 美術館を回り終えたら行きましょう!」
『おー!』
元気の良い団体が先に進む。その中には十咎ももこと水波レナがいた。
「で、なんでお前らも?」
「いやぁ~終わったら家に帰ろうと思っていたんだけど、なんかみんな集まって楽しそうだったからさ!」
「別にレナは帰っても良かったんだけど、ももこがいなきゃ感想戦ができないから……仕方なくよ! 仕方なく!」
「そうか」
いつの間にか大所帯。
そこに一人の女性店員が駆けつける。黒髪青目の美少女。どこか魅力を感じる雰囲気を漂わせる。
「あ、あの! 団体でのお越しですか?」
「……?」悪魔は目をしばたたかせる。
「ありゃ。もしかして予約とかしてなきゃダメな感じだった?」
「まぁ……確かにちょっと人数多いし……普通に考えて迷惑よね」
「あ、いえ、そうではなく! もし団体様なら、私が案内人として展示品をご紹介してまわろうかと……いかがなさいますか?」
「いいのか?」
悪魔は直感する。女性店員の後方から視線。この美術館の店長だろうか。若者の団体は一応の監視が必要と考えたのだろう。その上で普通の観賞者であれば失礼があってはいけないから案内人としてもてなす用意があるようだ。そのことを案内人を買って出た店員は知らないが、店長から指示を受けて駆けつけてきたことが分かる。断ることもできるが、その場合は店長の心労が膨らんでしまう。
「分かった。よろしく頼む」
「はい! 承りました! 私は梢麻友と申します! バイトですがきちんと案内できるよう頑張ります! あ、それと────魔法少女ですっ!」
「────!?」
中指にキラリとシルバーリングが光る。
「あ、そういえば調整屋で見たような!」
「レナは分かってたわよ」
なお竜城明日香と梢麻友は同じ学校に通うことから既知の間柄で魔法少女のことも互いに知っていた。美凪ささらも共闘したことがあり、各々自己紹介を済ませる。
「それではご案内いたします! まずはコレクションルームです!」
展示室を見て回る。洋画・日本画・版画・彫刻・工芸と様々。
「お次はアリナ・グレイさんの展覧会です!」
アリナ・グレイの創作品を観賞できる特別空間。普段なら特に感想は抱かない。悪魔はあまり芸術は分からないタイプだ。しかしその作品に“常軌を逸した熱量が注がれているかどうか”は判断できる。だが悪魔が見たそれらは、どれも非凡にして
「次は市民コーナーです! 子供の遊び場でもあり、好きに創作に励めるんですよ!」
「ランボさん粘土で遊ぶー!」
「ゆまもねんどー! アイドルのキョーコ作るー!」
「市民コーナー。子供コーナーではないのですね? ならばなぎさも遊びに行くのです!」
「……ふぅ。しゃあねぇ。あたしはここでゆまたちを見てるよ。昼食には絶対に誘えよな」
悪魔は頷く。
「お次はぁ……えぇっと……たしか……看板看板……あ、刀剣コーナーです!」
「────っ」
数々の刀。その中の一刀を目にした途端、悪魔に頭痛が走る。超直感が明滅するように激しく反応している。
一方、竜城明日香は薙刀などを見て興奮していた。
「おぉ! この切れ味が鋭そうな得物! 一度手に取って奮ってみたい!」
「明日香は普通の薙刀より、もう充分鋭利な武器を持ってるでしょ……」
そうして一行は次のコーナーへ流れていく。
しかし悪魔だけは足を止めて、じっと一本の刀を見つめていた。
やがて先行く者たちの中で、ふと十咎ももこと水波レナが、悪魔の姿が見えないことに気付く。
「あれ? 悪魔の奴どこ行った?」
「……たしかに。いつの間にかいなくなってる……」
「ハッ! まさか迷子!? この竜城明日香、一生分の不覚ッ! 自害しますぅ~!」
「だからそれやめろ!」
「えっと……もしかしたら前のコーナーにまだいるかもしれません。一旦戻ってみましょう!」
梢麻友の予想は当たっており、悪魔はまじまじと刀剣を見つめていた。
「なんだ、ここにいたのか。随分と足を止めてるじゃないか。刀には興味あるのか?」
「やっぱり男子は日本刀とかそういうのが好きなのよ。悪魔も変わらないわ」
「悪魔殿! 無事で良かったです! まさか悪魔殿を見失うとは右腕失格! 自害して謝罪致しますっ!」
「明日香。悪魔さん刀に夢中で気付いてないよ。たぶん止めてくれないからね。私も止めないよ?」
「……あの、悪魔さん。この刀が気になりますか……?」
悪魔は見据える。死ぬ気の炎の揺らめきを。それは目に見えないオーラ。本物の死ぬ気の炎ではない。だが確かに死ぬ気の炎を灯すレベルの覚悟が刀から伝わってくる。
(……超直感が反応している……)
基本的に超直感は生物にしか反応しない。有機物の心を読み、有機物が欲しがる答えを言い当てることができる。しかしごくまれに無機物にも反応することがある。それは悪魔が各地を旅する中で不意に気付いた一つの仮説。
────おそらく超直感は、その無機物に込められた思念を読むことができる。
例えば芸術作品が最たる例だ。自らの魂を文字通り注ぎ込んで作り上げた情熱の一品は、それを見ただけで超直感が強制的に発動する。魂あらばその想いを読み取るため、悪魔は度々その作品に込められた
「……これはとんでもない最上大業物のなりそこないだ。純粋な刀剣としての完成度は大業物か業物まで劣化しているのかもしれないが、死炎用の武器としては……ありえない熟練具合を見せている。おそらく死ぬ気の炎を灯すのに最適な構造をしている……そのために最上大業物になれるほどの器を自ら壊し、改造したんだ……」
この刀工は明らかに死ぬ気の炎の存在を知っている。そう悪魔は直感した。でなければ死ぬ気の炎が宿っているように見えるわけがない。最高純度・最高炎圧・最高推進力の透き通るような橙色の炎……その属性は大空、性質は調和。さらに不思議なことに、その死炎は悪魔の死炎と似通っていた。同一人物とまではいかないが、どこかで自分がその炎を継承しているような気配を感じてならない。
「────御目が高い! よく分からない
「いや違うが」
「ガビーン!? あんなに熱く語っていたのに!? そんなぁ……ようやく同志が見つかると思っていたのにぃ~!」
突然そばに現れた少女はへにゃへにゃと座り込む。顔を隠すように眼鏡を掛けているのが印象的だ。
ふと悪魔は、どこかで彼女と会ったことがあると直感。しかも直近で。
「おい、マジか……」
「え……うそ……!」
十咎ももこと水波レナは、彼女の正体にすぐ勘付いたようだ。悪魔の超直感より早く気付くとは、それほど見慣れた相手なのだろうか。そこで梢麻友と竜城明日香が少女の腕を持って起き上がらせた。
「大丈夫? 沙優希ちゃん」
「しっかりしてください、沙優希先輩!」
「……沙優希? さゆき……さゆさゆ……あっ!」
美凪ささらが声を上げる。と同時に悪魔も気付いた。
「さゆさゆか。こんなところで何をしているんだ?」
手を差し伸べる。それを取った“さゆさゆ”こと
「えっと……実は沙優希、アイドルである前に刀剣ファンでして……故に刀剣アイドルと名乗らせてもらっているんですぅ……」
「なるほど。仕事が終わったら
「はいっ! 沙優希は刀剣、大好きなんですぅ!」
史乃沙優希は目を輝かせる。
それはライブ会場で“さゆさゆ”を見ていたファンたちと同じ輝きをしていた。
「それじゃあ解説を頼めるか? まぁそこの説明版を読めばいいんだろうが……それより詳しいんだろう?」
「はい! お任せ下さい! あ、でも、麻友ちゃん……お仕事とってごめんね……?」
「ううん! 沙優希ちゃんの方が刀剣に詳しいんだから、私からもお願いするよ!」
ならばと史乃沙優希は語りだす。
「こちら“
「家光……島原の乱が起きた頃か?」
「あ、はい! 歴史にもお詳しいのですね!」
「いや、からっきしだ。ピンポイントで知っていたに過ぎない。島原の乱は何年だ?」
「えっとぉ……たしか1637年か38年だったかとぉ……」
(1630年代……当時の
「なぁ……こんな伝説はないか? 当時の上桐に“家康”を名乗る男が現れたとか……」
「────っ!? そんなマイナーな逸話を知っているとはぁ! 確かにそういう逸話もありますけど、あくまで伝説と言われていますぅ! なぜなら徳川家康はその時代、既に亡くなられているので……」
「当然だ。上桐の前に現れた家康は、
神切。文字通り神すら斬り殺す可能性を秘めた伝説の妖刀。いつかこれを手に取る日は来るのだろうか。
「……? あのぉ……今のはどういう……」
「それより、この上桐一族とやら。説明版を見るに子孫がいるようだが……」
「あ、そうなんですぅ……! 沙優希が敬愛してやまない刀匠上桐氏は、今も一族の看板を背負って刀を鍛ち続けているのですぅ! こちらは江戸期の“神切”で、こちらが現代の“神切”ですぅ!」
正直悪魔の目には、どれもただの刀にしか映らない。
そして現代の“神切”とやらには、少しも超直感が働かなかった。
「…………これ、すごいのか?」
「はいぃ!」
史乃沙優希は煌く瞳で現代版“神切”に見とれる。
「やっぱり何度見ても素晴らしいですぅ……! 一見して細身で繊細そうですが、その実、堅牢でどっしりとした存在感を放つ様は、まさに名刀……! 波紋は直刃! 沙優希は乱れ刃も好きですが、直刃が一番好きですぅ……はぅわぁ……堪りませんンッ!! 嗚呼、知っておられるでしょうか……上桐氏の処女作は代々、先祖を超えんとするため神切を鍛つと決まっているのです……つまり処女作にして名刀! 神をも切れるほどの美しい切れ味! それを上桐様の名を掛けて、通称“神切”……ッ!! と、呼ばれるようになったとか、なってないとか!」
(そこはハッキリしないんかい……)
(まぁ上桐で神切とかオヤジギャグ臭くてカッコつかないし……)
十咎ももこと水波レナの意外と辛辣なツッコミ。
「…………」
史乃沙優希の反応を見るに現代版“神切”は、まさしく日本刀としては極上の逸品なのだろう。現代の刀工でも当時の刀工に負けず劣らずの刀を作れるというのは、本当にすごいことなのかもしれない。だが悪魔にとって今、最も重要なのは────名刀を作る技術力ではなく、妖刀を作る能力である。
「……なぁ、その上桐はどこに住んでるんだ?」
「はわわ!? 上桐氏は誰とも会わないのですぅ! 面会謝絶! メディアにも出ない! 独り黙々と剣を打つお方と聞き及んでいるのですぅ!」
「そうか。それほどの情熱があるなら……」
(────オレの死ぬ気の炎を見せれば、もしかしたら……)
悪魔は戦力強化の目処を立たせる。刀なら既にシトピ隼人とジュリー凪が開発してくれた《雨刀・獄寺》があるが、これを死炎系武器の刀剣ジャンルとしてランキングした場合、それはCランクに至るか否かだろう。しかし眼前の江戸版“神切”は、明らかにAランクオーバーだ。もし“神切”に死ぬ気の炎を灯して戦闘すれば、それだけで破格の戦闘力向上と相成ることは想像に難くない。
そして現代の上桐氏が、江戸期の上桐氏には及ばないものの、もし高ランクの死炎系刀剣を鍛造できるなら────
「────ところで“神切”は
「もちろんですぅ! 特に江戸版“神切”の号はとてもかっこよく、それは“
史乃沙優希が言いかけた時、周囲がザワザワとする。
「おい、あれさゆさゆじゃね……?」
「うわマジか。熱心に刀剣展示コーナーで語るから誰かと思ったら……」
「納得! さゆさゆは正真正銘の刀剣アイドルですぞぅ!」
「しかし邪魔してはいけません。偶然出会ってしまったとは言え今はプライベート。ここはファンとしてクールに立ち去るべし! 半径五十メートルまで!」
ローカルアイドルとはいえ有名人たる史乃沙優希の存在に気付き始めるファンが多数続々。
これに慌てて眼鏡をかけ直し、バッグから取り出した帽子を深々と被った史乃沙優希は撤退する。
「ごめんなさいですぅ! 今日はここまでなのですぅ~!」
「沙優希ちゃーん! もし行く場所がなかったら従業員の休憩所を使ってもいいからねー!」
「麻友ちゃん~! ありがとうですぅ~!」
早歩きで立ち去った史乃沙優希。悪魔は仕方なしと神切に見切りをつける。
「すまない。長居したな。先に進もう」
「まったくだ。いつになく真剣だったぞ」十咎ももこが腰に手を当てて言う。
「そんなに刀が好きなんて物騒ね」水波レナが腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「いえ! 今の悪魔殿の目には、より高みを目指す気概が感じられました! 私も神切ほどの業物を奮えば、もっと技に磨きが掛かるかと思いますので!」
「それなら私も少し分かるかな……いい武器ってなんだか自分の強さを底上げしてくれそうだよね」美凪ささらがうなずく。
「それでは次のコーナーへ参りまーす!」
梢麻友の案内で一行は続きを見て回る。
美術図書室。音楽朗読室。郷土資料館。ショップまであり、やがて神浜現代美術館の内部を一周する。
現在時刻が正午を回る頃。
市民コーナーのアトリエに戻り、佐倉杏子が引率する子供組と合流。フードコートに向かう。
「佐倉。金はもうないんだよな。どうやって食べるつもりだ」
「そりゃあ誰かが奢ってくれるしかないだろ」
「ゆま……おなかすいたー……」
千歳ゆまの腹がぐーぐーと鳴る。
そこで百江なぎさが深く深く溜め息をついた。
「はぁ……仕方ないのです。なぎさは大人ですからマミから給料を貰っているのです。それを開封してやるのですよ」
「いやそれただのお小遣いだろ」
「うるせぇのですクマ吉。──これは貸しなのですよ、佐倉杏子!」
「おう、ありがとな。この借りはグリーフシードで返すさ」
一同はフードコートで各々のメニューを注文し、昼食をとる。
悪魔は無料の冷水を飲み干し、窓越しに晴れる青空を見上げた。
はたして今頃、環いろはや暁美ほむらはどこで何をしているのかと。
†