アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕方が近付く頃。水名区から歩きに歩いて、道中で九体の魔女と遭遇。
その全てを佐倉杏子が瞬殺し、がっぽりとグリーフシードを稼ぐ。
「チッ。これで四個目かよ。魔女の姿してんのに“まだ成長途中の使い魔だった”とか反則だろ! きっと魔女が多すぎて獲物の取り合いになってんだ。魔女がひしめくからには瘴気は多分にあるんだろう。だから図体はでかくなるが、人間を食ってねぇからグリーフシードを孕んでねぇ。多すぎるのも困りものだな……」
「なるほど。そうなると魔女を誘引するウワサもありそうだ。魔女は存在するだけで瘴気を放出する。負のエネルギーが欲しいから魔女を集めよう……そう考えていても不思議ではない。だから神浜市には異常に魔女が多く、瘴気も濃いため強いのかもしれない」
「その推理が当たっているなら、いよいよきな臭くなってきたのです」
「ま、でもあたしからしたら天国に近いけどね。本気を出せば一日でグリーフシード百個も夢じゃない」
「キョーコすごい! 大きな化物すぐに倒す! ゆまもキョーコみたいになりたいな……!」
千歳ゆまは目を輝かせる。それを困ったようにたしなめる佐倉杏子。
そこで百江なぎさは【参京区】と書かれた看板を目にした。
「とうとう隣の区に入ったのです。そろそろ歩き疲れたのです……」
「なら魔力で足を……いや、精神的な話か」
「クマ吉は疲れないのです?」
「旅慣れているからな。たぶんこの一年で地球一周分は歩いたんじゃないか?」
「意外と健脚なのですね……」
百江なぎさは大きくあくびする。目尻の涙を拭って一回ふらつく。
(これは帰り、おぶることになりそうだな……)
百江なぎさはなんだかんだ言ってまだ子供である。
せめて夜の戦闘までは起きていてくれと願う悪魔だった。
────それから歩き続けてしばらく。
「おっ、なんかイイ匂いがしてきた!」
「えーと、えーと……これはチャーハン! ラーメン! 中華!」
看板には《中華飯店
佐倉杏子はガラガラと引き戸を開けて中に入る。直後、快活な大声が響き渡った。
「ヘイらっしゃーい! 《中華飯店 万々歳》にようこそー!」
「おっ看板娘か。いいねぇ」
「四名様ですね! カウンター席にどうぞ!」
奥から佐倉杏子、千歳ゆま、百江なぎさ、悪魔が並んで座る。
「ご注文は何にしますか!?」
身を乗り出してグイグイ来る看板娘。
佐倉杏子はメニューを見上げて、あーでもないこーでないとヨダレを垂らしつつ選び取る。
「ゆま、チャーハンもラーメンも食べたい!」
「じゃあどっちも頼んで半分こするか? ──あ、なぎさ、勘定はよろしくなー!」
「どうせそうなることは分かっていたのです。しかしなぎさは大人ですから貧乏人には優しく施してやるのです。そんな大人ななぎさは当然、メニューの頼み方は決まっているのです! ────へい店長、この店のオススメを頼むのですっ!!」
「店長じゃないけど承ったよー! それで君は!? 何を頼む!?」
「…………」
カウンターから身を乗り出して悪魔の顔にグイグイ接近する看板娘。距離感が近い。そして悪魔は直感していた。これから看板娘が料理をふるまうようだが、そこに少しの不安感があることに。
(……
なにげに最初から不味い料理を出されると決めつけている失礼な悪魔であった。
そんな悪魔は(諦めたように)目を細め、(諦めたように)にこやかに微笑む。
「じゃあオレは……君の自信作で」
「────っ!? そ……そんなこと言われたら、この由比鶴乃は超頑張っちゃうよー!! 超絶張り切っちゃうよぉお!? いいね? いいんだね!? うぉおおおおおお────っ!! ふんふんっ!!」
「相変わらず女たらしだな」
「これはそういうんじゃないだろう」
頬杖をついて薄く笑う佐倉杏子のからかい。それを悪魔は軽く流す。
由比鶴乃と名乗った看板娘は、さっそくフライパンを返して料理を始めた。
「────あ、ところで。君たち魔法少女だよね?」
「……! ────なっ、魔力パターン……アンタ……!」
由比鶴乃の唐突なフリに驚く佐倉杏子。
「いやぁ。実は私も今しがた気付いたんだけどね! あ、この話は内緒の方がいーい?」
由比鶴乃は千歳ゆまをチラリと見て言う。
「────! ううん! ゆまも魔法少女知ってる! どんどん話して!」
「あ、そうなんだ! いやぁ魔法少女がお店に来てくれるなんて、仲間が増えたみたいでなんだか嬉しいよー! だから今日は由比鶴乃お姉さんが出血大サービスで大盛りを提供しちゃいます!」
「お、マジか!」
「おおもりー!」
「魔法少女サービスだよ! いっぱい食べて幸せ気分でお店を出てほしいからね!」
それからしばらく。魔法少女特有の体捌きで高速料理した由比鶴乃は、続々とカウンターに四人分の食事を並べていく。
「特盛とんこつラーメン! 特盛かに玉チャーハン! 特盛メニュー全部乗せ! 特盛由比鶴乃スペシャル!」
「うおお! ラーメンが山のようだぜ!」
「チャーハンにカニさんがぶっ刺さってる!」
「ちょっと待つのです! メニュー全部乗せとはどういうことなのです!? エビマヨ中華クラゲ焼き餃子に真っ黒い卵そして冷やし中華エビチリソースと全てがカオスすぎるのです!! こんなの料理の宝船ではあっても沈没待ったなしなのです!?」
「
「さぁさぁご賞味あれ! ふんふんっ!」
佐倉杏子と千歳ゆまは笑みを浮かべて豪快に食べ始める。
百江なぎさは青ざめつつ、チーズを叫ぶことも忘れて、混ざりまくった料理の中で食べられそうな部分を食べていく。
悪魔は経験上、特に忌避することなく口に運ぶ。やはり空腹のためか美味しか感じない。今回は人体の不思議に助けられる形となった。
「────ごちそうさま!」
「ごちそうさまー!」
「うっぷ……なぎさはもう無理なのです……」
「オレも量が多い。食いたきゃ食え」
「じゃああたしは肉もーらい!」
「ゆまはエビさんたべたーい!」
一つの椅子を半分こして、悪魔と佐倉杏子、百江なぎさと千歳ゆまが座って食べる。
「いいねぇ! いい食べっぷりだねぇ!」
満足げに見守る由比鶴乃には、百江なぎさの表情が見えていないのだろうか。
やがて佐倉杏子と千歳ゆまの協力もあり完食。お代を支払うと、由比鶴乃はカウンターに身を乗り出して問いかける。
「ねぇねぇ! 何点!? 私の料理何点だった!? 素直なご感想をどうぞ!」
「んなもん百点だろ!」
「ひゃくてーん!」
「○点」
「取り合わせを考えて○点」
「なっ……!? 足して割ればちょうど五十点……だと……!?」
由比鶴乃は四つん這いとなってうなだれる。
「あうぅ……全部乗せなら
「それはさすがに幼稚な発想なのです。ハンバーグにオムレツにチャーハンというお子様ランチではないのですから」
「美味かった。大盛りでふるまう癖をやめれば冷めたり伸びたりしないから、それで三十点台は回避できるぞ」
「ほんと!? ────ってそれ三十点ってことだよね!? ○点から上がった! ということは少し点数が上がって……でも、あれ? これ喜んでいいの!? 喜んじゃダメなやつ!?」
「どう考えても喜んじゃダメなやつなのです」
「ごちそうさまでした」
(というか、なぜここまで美味くもなく不味くもない料理ができるのか不思議でならない……改善方法を直感できないのは相当だぞ。何かの呪いか?)
悪魔は訝しみながら席を立ち、のれんをくぐって夕暮れの街に出る。
「なぁ、次来ても魔法少女サービスで無料なのか?」
「うん! ラーメン一杯程度なら全然無料で出すよ!」
「マジか! おいゆま、いい店見つけたぞ!」
「やったー!」
その時、悪魔のスマホに通話が掛かってきた。
「────もしもし? やちよ?」
「────!」
その名前を聞いた途端、万々歳から飛び出した由比鶴乃は悪魔のスマホを奪い取って耳に当てた。
「あ、おい」
「もしもし師匠!?」
『────は? 鶴乃? ……今あなたどこ?』
「万々歳にいるよ!」
『……どこに居るのかと思ったら……悪魔に代わってちょうだい』
「ねぇねぇ師匠! もしかしてウワサを調べてるの? 私も行っていい? 行くね! 行くよ!」
『……はぁ。どうせ言っても聞かないんだから好きにすれば……? いいから悪魔に代わって』
「はい! 悪魔さん!」
スマホを返してもらう。
「知り合いなのか?」
「うん! やちよは私の師匠なんだ!」
「“元仲間”ってわけか」
「む! 今も仲間だよ! ふんふんっ!」
悪魔はスマホを耳に当てる。
「今から水名神社に行く。五分も掛からず着くだろう」
『もうみんな揃ってるわ。急いでね』
通話を切ってスマホをしまった悪魔はバトルグローブを開匣。死炎噴射で空を飛ぶ。
「おぉー! 炎の勢いで空を飛ぶんだー! 私もできるかなー!?」
「あたしは身入りのない仕事はゴメンだ。ここでお別れだね」
「あぁ。佐倉、ありがとな」
「別に礼を言われるようなことはしてないさ」
手を振った佐倉杏子は千歳ゆまを連れてどこへなりと立ち去る。
水名神社に向かう悪魔。それに追随して屋根から屋根へと飛び移る由比鶴乃と百江なぎさ。
「わー! 待ってー! 早いよー! ビュンビュン飛ぶねー!」
「鶴乃、構築魔力で姿を隠さなくて良いのですか? 誰かに見られたらニュースなのです。既になぎさが代わりに掛けていますが」
「あ、そっか! 普通の人間がこんな移動してたらびっくりだもんね! ありがと! でも私、構築魔力はあまり使ったことがないから……頼めるかな? ごめんね!」
「今度グリーフシードを都合してくれたら許すのです」
†
夕暮れの水名神社。杉の木の影が大きく伸びる。ギーギーと鳴く小鳥。
そこに集まるは七海やちよ、環姉妹とリリス、万年桜、鹿目まどかと暁美ほむら。
上空から悪魔が降り立ち、遠く屋根の上から由比鶴乃と百江なぎさが飛び降りる。
「最強魔法少女、由比鶴乃参上! 師匠ぅ~! 久しぶり~!」
「やっぱり来たのね……はいはい、くっつかないで……邪魔よ」
「やちよ。“鉄火塚のウワサ”に遭遇した。しかし倒し方が分からず放置してある」
「あ、それなら悪魔さん。私とういで倒しました」
「│いろはがびっくりして魔力を流したら、それだけで壊れた│
│鉄火塚のウワサは繊細だから……│」
大量の魔力を流して破壊する。その解決法は悪魔では難しい。
「そうか。助かった。ほか“覗き見城下町のうわさ”についても少し調べたが収穫はなしだ」
「口寄せ神社以外にも調べていたのね。それだけ確信があるってこと?」
「あぁ。口寄せ神社は十中八九ウワサだろう。誰かに会いたいという想いが裏切られた時ほど落胆し絶望する代物もない」
由比鶴乃は初対面の魔法少女と自己紹介を済ます。
それから悪魔は先頭に立って水名神社に乗り込み、石造りの鳥居を三つ潜り、朱い門を上がって境内に立ち入る。
そして前方に白と黒、二人の魔法少女を目にした。
「そこで止まりなさい」
純白の衣装。特徴的な帽子。白い
パールのような光沢を放つソウルジェムは楕円形をしており、胸元で光り輝いている。
「──っ! あなたは……!」
暁美ほむらは臨戦態勢を取る。鹿目まどかも驚いたようで立ち竦む。
それを目にした七海やちよは、先日《白と黒の魔法少女に鹿目まどかが命を狙われた》という話を思い出し、眼前の二人を即敵と判断。いつでも槍を出現させて戦えるよう、鋭い視線で敵を射抜く。
そこで悪魔が足を進め、両者に待ったを掛けた。
「やめろ。……彼女は美国織莉子。隣の奴は呉キリカ。いつオレたちを殺すともしれない────
美国織莉子の眉間がピクリと反応する。
対する七海やちよや暁美ほむらたちは、悪魔の言っていることが分からず戸惑いの表情を見せていた。
「……不本意ですね。どうしてわたしたちが味方だと言い切れるのですか?」
「警戒心はあれど敵意も殺意もない。少なくとも敵ではない。その上“忠告”までしてくれる。となれば、これは立派な協力者と言っても差し支えはないだろう」
美国織莉子の目的は、鹿目まどかの魔女化阻止。この神浜市では半魔女化という現象があり、鹿目まどかの魔女化を心配する必要はないかに思えるが、未来を予知できる美国織莉子からすれば、まったくそんなことはないらしい。しかし彼女はやり方を変えてきた。鹿目まどかの魔女化を防ぐために殺すのではなく、別のアプローチで悪魔たちの旅路を見守ろうとしている。
「……これだから読心者は嫌いです。────忠告は単純なこと。この先に進むのはおやめなさい。全員そこで死ぬわよ」
『────!?』
「それは
「悪魔。あなたも分かっているでしょう。今から行なおうとしていることは決して懸命な判断ではない」
美国織莉子は理解を促すが、それに悪魔は頷きつつ反論する。
「確かに絶交ルールのウワサの時のことを考えるに……また魔法少女がウワサに操られて敵に周り混戦になることは想像に難くない。さらに今回のウワサは“口寄せ”だ。その名称から予想できるように、絵馬で呼び出す人間は少数であるべきだと思う」
「では、そこまで警戒しておきながら、なぜ……」
「単純な話だ。
環いろは、七海やちよ、由比鶴乃、暁美ほむら。彼女たちを忌々しそうに一瞥した美国織莉子は、ならばと武器たる水晶を周囲に浮かばせる。敵意を感じて一斉に変身する魔法少女たち。その間に割って入る悪魔は、平然と朱い橋を渡って美国織莉子の傍らを通り過ぎた。
「待機組は、しばらく織莉子たちと遊んだら仲良く助けに来い。いろは、うい、やちよ、ほむらは絵馬に書きたい名前があるんだろ? さっさと行くぞ」
「えっ……悪魔さん!?」
「……」
不可解な状況に驚く環いろはをよそに環ういは歩き出す。当然のように美国織莉子の傍らを通り過ぎた環ういは悪魔について行く。それはリリスも同様。
「え……!? ちょっとまって! うい!」
追い掛ける環いろは。彼女は美国織莉子を警戒しつつ傍らを通るが、特に何事もなく見逃される。それに万年桜のウワサも付いていこうとするが、不意に美国織莉子の水晶が魔力を溜めた。
「あなたはダメよ。行かせない」
「│……なぜ?│」
「ほかに入場を許すのは七海やちよと暁美ほむらのみ。ほかはここに残ってもらうわ。それが一番いい未来だから」
「……それに“はいそうですか”と言って従うと思う?」
「七海やちよ。あなたには会いたい人がいるはず。だから先に進みなさい。そして絶望するがいいわ。……由比鶴乃は会いたい人が
『────!』
七海やちよ、由比鶴乃、暁美ほむらの三人は、さてどう動くべきかと迷う。
そこで鹿目まどかが勇気を振り絞って言った。
「あ……あの! あの人の言う通り、ここは二人で先に言ってください……!」
「なっ……何を言っているの? 鹿目さん。あなた、彼女たちに命を狙われたんでしょう?」
「そ、そうだよ、まどか……! 一緒に行くならまだしも、ここにまどかを残して行くなんて出来ない……!」
「でも……やちよさんもほむらちゃんも、私のことを気にしてくれて、ここに留まっているんでしょう? 私は足でまといになりたくない……それに大丈夫。あの人たちが相手なら、たとえ二対一でも負けないから……!」
鹿目まどかは美国織莉子と呉キリカを見据える。確かに鹿目まどかの実力なら、その二人に負けることは万に一つも有り得ない。
「……鶴乃。頭の回転が早いあなたのことよ。今の会話で大体の事情は察せたわよね」
「うん! やちよ師匠の言いたいことも分かるよ!
「暁美さん、行くわよ」
「で、でも……」
「大丈夫だよ、ほむらちゃん。私を信じて! その代わり、マミさんのこと……よろしく頼むね! もし会えたらこう言って! 一緒に戦うって約束はどうしたんだーって!」
「……!」
暁美ほむらは
「……分かった。でも無理はしないで」
「もちろん!」
七海やちよは駆け出し、暁美ほむらは何度も振り返りながら朱い橋を渡る。美国織莉子と呉キリカは手出ししない。そうして橋の頂点と麓には、六名の魔法少女とウワサが残った。
美国織莉子と呉キリカに対するは、鹿目まどか、百江なぎさ、由比鶴乃、万年桜のウワサの四名。互いに膠着状態で睨み合う。
「今のうちに英気を養っておきなさい。これからわたしたちは一時共闘して“邪魔者”を叩くわ」
『────っ!?』
美国織莉子の唐突な一言に、一同は思い惑う。
「悪魔が言っていたでしょう?
未来予知者。彼女はどこまで先を見据えて
その真意が分かるのは、いつも全ての出来事が終わってからである。
†
水名神社の境内に設けられた朱い橋を越えると、広い池の上に造られた広間に入る。そこには膨大な絵馬が飾られており、合格祈願や恋愛祈願など、様々な“願い”が絵馬掛けに吊るされていた。
そこで悪魔が言う。
「水名現代美術館の郷土資料で学んだ。かつて絵馬というのは人に見られない時間帯を選んで行われたらしい」
「……だから口寄せ神社の出現時刻が、人が少ない夕方や夜なんですね。昔のやり方に沿っているんだ……」
「────モキュ?」
ふと何もない上空から数枚の絵馬が落ちてくる。それを避けて躱すリリス。
悪魔、環いろは、環ういが新品の絵馬を手に取ると、七海やちよと暁美ほむらが合流した。
「やちよさん! ほむらちゃん! あの、みんなは……」
「こっちが大人しくしているなら何もないようだから置いてきたわ。仮に戦闘になっても鶴乃がいるから大丈夫なはず」
「それでも心配だから、すぐに終わらせましょう……!」
「────いや、むしろゆっくりでいい」
ふとした悪魔のセリフ。どういうことかと視線が集まる。
「オレは超直感で人の心が読める。織莉子は未来予知で“オレたちと織莉子が一時共闘する未来”を予知していた。その未来に誘導するため、ウワサ空間に入る人数を絞ったんだ。さらに、より安全な未来に誘導するため、とにかく時間を稼ぎたい様子だった。よって焦らず慎重に行こう。そうすれば絶交ルールのウワサの時とは異なり、一人も死人を出さずにウワサを倒せるはずだ」
つまり、ここは美国織莉子の作戦に従おう。そう悪魔は言ってのける。だが七海やちよと暁美ほむらは半信半疑だった。特に暁美ほむらは、たとえ悪魔が言うことでも信じきれなかった。一度は自らを誘拐し、鹿目まどかを殺害しようとした得体の知れない二人組。それを悪魔の言葉だけで信頼しろという方が難しい。
「ほむらの懸念は尤もだ。故にそのままでいい。オレは織莉子の予知内容を完全には当てにしてない。なぜなら未来とは常に変動するものだからだ。──気を抜くなよ。誰が敵で味方となるかを絶対に読み違えるな。……おそらくこの先の戦いは、
悪魔は絵馬に名前を書く。そこで環ういが言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。私は灯花ちゃんの名前を書くよ。私の精神が柊ねむの模擬人格なら、たぶん灯花ちゃんの話に付いていけると思うから」
「え────あ、う、うん……確かに灯花ちゃんの話は難しいもんね……反対にねむちゃんは、私たちにも分かりやすく噛み砕いて話してくれるし……それならお姉ちゃんは、ねむちゃんの名前を書こうかな……」
環姉妹はそれぞれの名前を書く。七海やちよと暁美ほむらも名前の記入を終えて、全員は絵馬掛けに願いを飾る。
その時、忽然とウワサさんが姿を現す。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 口寄せ神社のそのウワサ
家族? 恋人? 赤の他人? それとも友人? はたまた親友?
アナタが落とした思い出を、アナタが捨てたアノ人を
心の底から取り戻したいなら、心の底から会いたいなら
口寄せの神様にお任せあれ! 逢魔が時に出会いが叶う!
会いたい名前を絵馬に書き、お作法通りにお参りすれば
想いの人と逢わせてくれる! だけどだけどもゴヨージン!
幸せすぎて帰られないって、水名の地域じゃもっぱらのウワサ
ゴタイザーイ!》
いつの間に水面に群がっていたのか。
ウワサの手下らしき羽根の生えた絵馬が、広い池の水面からバサバサと無数に飛び立つ。
「……ところで、参拝の方法ってどうやるんだ?」
「二礼二拍手一礼よ」
悪魔、環いろは、環うい、リリス、七海やちよ、暁美ほむらの六名は水名神社の社殿に赴き、鈴を鳴らして参拝する。
二礼二拍手。
(お願いします。どうかねむちゃんに会わせてください……)
(口寄せ神社のウワサさん。もし本当に里見灯花が居るなら会わせてください)
(────梓みふゆ。私の友人。どうか、彼女を……)
(マミさん……もしウワサに囚われているなら、私が助け出します……!)
一礼。面を上げて目を開く。
刹那、世界は朱い景色に彩られていた。狐色の夕暮れより真っ赤な空。振り返れば一本だったはずの朱い橋は五本に分かれており、それぞれの橋の先に
悪魔の視線の先には、黒髪茶目の女の子────三浦ハルが立っていた。
「ツナさん!」
「────、……」
いつもの快活な声に呼ばれた瞬間、悪魔の目が据わる。それは懐かしむ瞳でもなく、慈しむような瞳でもない。ただただ外敵を排除するための戦闘意志を示す沈んだ瞳をしていた。
(────心が読めない。やはり偽物か……)
超直感が働かない。つまり目の前で手を振り駆け寄ってくる笑顔の三浦ハルは
「オレの記憶を読み取ったのか? 絵馬に名前を書いた時、オレたちはその名前の人物像を頭に思い浮かべたはずだ。その時ウワサがオレたちの記憶を表層意識まで読み取り、すぐに人格を模造した」
「はひ? いったい何を言っているのですか、ツナさん? ハルは正真正銘の本物ですよ!」
「中身が空っぽのくせによく言うよ。────それで? やちよによれば
「何を言うんですか! ハルはいつでもツナさんの味方です! たとえ天と地がひっくり返ろうとも地獄までお供しますっ!」
「そうか。なら信じるよ。……やはりハルを選んで良かった。本当は三人のうち誰にするか、あるいは全く別人にするかで、最後まで迷っていたんだ。しかし織莉子の忠告でハルに決めた。おそらくこれでウワサのルールを逆手に取った形となり、偽物の三浦ハルはオレたちの味方になったはずだ」
「はひ?」
「ハルは破天荒だからな。たとえウワサの複製体といえど、オレの記憶通りのハルを再現してくれたのなら、きっとウワサのルールにも抗ってくれる。一か八かだが、そう判断したんだ」
「……つまり、ハルを信じてくれたってことですか? ツナさん……ハルは感激ですぅ……!」
悪魔は踵を返す。環いろは、環うい、七海やちよ、暁美ほむら。彼女たちは橋を駆け上がって会いたい人と会話していた。だがその全てが偽物だ。それを伝えるため、まず悪魔は七海やちよの下に向かう。
「みふゆ……本当にあなたなの? 記憶に関しては“みふゆ”そのものだけど、やっぱりそう簡単には信じられないわ……」
「もう……十二歳からの友達がここまで思い出を話したのに、それでも信じてくれないなんて……まったく、やっちゃんは疑り深いですね……」
銀髪藍目の魔法少女・梓みふゆ。
彼女は七海やちよの友人のようだが、やはり超直感で心が読めない。
「やちよ。こいつらは偽物だ」
「……! 悪魔……その子は……」
「私は三浦ハルと言います! うちの綱吉さんが、いつもお世話になってます……!」
もじもじとしつつ照れっと微笑んだ三浦ハルは、悪魔の腕を取って恋人あるいは夫婦のように抱き着く。
「無視してくれ。……偽物と言ったが、それには理由がある。なぜなら三浦ハルは一年前に死んでいるからだ」
「っ!? ────あなた……死人の名前を絵馬に書いたの……?」
「悪いか? この噂に巻き込まれた人々は、死人を絵馬に書いた人も珍しくないとは思うが。それに証拠もあるぞ。これがハルのソウルジェムのカケラだ」
悪魔は眼球内部の結界に収納していた緑色のソウルジェムの破片を取り出して見せる。
「ハル。ソウルジェムを見せてくれ」
「はいっ!」
「ほら、色味も材質もそっくりだろ?」
偽物の三浦ハルのソウルジェムは綺麗なタマゴ型をしている。どこにも破片がこぼれ落ちたような損傷はない。
「もっと言えばオレの超直感が働かない。オレの超直感は生物に反応する。このハルに反応しないってことは、こいつは生き物じゃないってことだ。あるいは心を持たない。だがオレの超直感は、他人に対する証拠にならない。そこで最後にもうひと押し。────やちよ、なぜソウルジェムのまたたきを読まない?」
「……っ!」
「ソウルジェムのまたたき具合で心理状態を把握する。そんな軽い読心術を習得しているんだろう? ならばもう気付いているはずだ。そこに立ってる
七海やちよのソウルジェムが明滅する。本当の梓みふゆに会えなかったショックだろうか。ジワジワと穢れが蓄積していく。
「やちよ。お前、以前いろはに対して
「っ……そうね。私としたことが、無意識にみふゆのソウルジェムから目を逸らしていた……まさかあなたに説教垂らされるとはね」
「説教したつもりはないんだが……まぁいい。目が覚めたのなら何よりだ。オレはいろはとういの所に行く。しばらくみふゆと会話して足止めしていてくれ」
「分かったわ」
ウワサを見破って偽物と断ずれば、おそらくウワサが怒って戦闘が勃発する。
事実、梓みふゆは明確な殺意を持って悪魔を睨んでいた。それは本当の梓みふゆなら取らないであろう行動である。
「あなた……さっきから偽物贋作と失礼ですね。私とやっちゃんの間に割って入らないでください」
「それは悪かった。あとで相手してやるから、今はやちよの記憶通りに振る舞ってろ」
悪魔は橋を降りて、環いろはの橋に向かう。
「……ねむちゃん! 思い出して! 私だよ、環いろは! どうして忘れちゃったの……?」
「……これはどういうことかな。僕の知らない魔法少女が、僕のことを詳しく知っている……非常に不愉快で不可思議な現象だ。環いろは、環うい? そんな魔法少女は知らないよ。僕の記憶が間違っているとでも言いたいのかい? ここまでデタラメなことを並べられると煩わしいね。まさか口寄せされた僕が困惑する側に回るとは、さすがに想定外だよ」
どうやら環いろはは、いつもの四人組の思い出を話したようだが、複製体の柊ねむは“知らない”と断言したらしい。
環いろはのソウルジェムが明滅する。記憶を取り戻させる方法が分からず苦心しているようだ。
「いろは────」
悪魔が声を掛けようとした直後、隣の橋から環ういが呼び掛けた。
「お姉ちゃん。絵馬で呼び出された人たちは偽物だよ」
「え────うい?」
「だってこの灯花ちゃん。
悪魔はなるほどと感心した。七海やちよも環いろはは、会いたくても会えなかった人と再会した喜びで周りが見えていなかった。ソウルジェムのまたたき具合で心理状態を推し量る、ソウルジェムの魔力パターンを感知する。そんな初歩的なことで相手が魔法少女か否かを判断することができたというのに、身内のことになって取り乱していた。
しかし環ういは何事にも動じない模造精神を手に入れた
「はぁ? わたくしが偽物ぉ? 寝言は休み休み言ってよね! というか……ぶっちゃけ今それはどうでもいいわ。それより
「僕に言われても困る。こっちだって困惑中だ」
複製体の里見灯花と柊ねむが会話する。その光景を見て悪魔は違和感を抱いた。
(……おかしい。参拝客の記憶を読み取って行動する複製体にしては、やけに
「……いろは、うい。合図したら戦闘を始める。それまで適当な会話で場を繋げ」
「え?」
「わかった。ウワサに従っていれば襲われない……ってことだよね?」
「ういは理解が早いな」
悪魔は暁美ほむらの下へ向かう。そこには見覚えのある人物────巴マミが立っていた。
「マミさん! ずっと探したんですよ! どうしてこんなところに……」
「────ごめんなさい、暁美さん。心配掛けちゃったわよね。でもごめん……今あなたと会話している暇はないの」
「え……マミさん?」
巴マミは歩き出す。それは他の複製体とは明らかに異なる行動を取っていた。口寄せ神社のウワサの性質上、それは希望と絶望の相転移エネルギーを利用してエネルギーを回収する機構のはず。
まず会いたい人に会わせて喜ばせてウワサ空間に留まることを推奨。それを受け入れた人は会話を重ねていくうちに相手が偽物だと徐々に気付いてしまい苦悩する。顔は同じでも中身は異なる。自分にとって理想の相手だが偽物。それでもウワサ空間に留まって偽物を相手に心を癒そうとした者は、真偽の狭間の矛盾によって苦しみ絶望エネルギーが吸い取られて衰弱する。反対に偽物と判断してウワサ空間から脱出しようとした者は────おそらくウワサの怒りを買って殺される。
しかし死体が見えない。悪魔は辺りを見渡す。そこで目を見張った。先程はなんてことなかった賽銭箱から大量の赤い液体が溢れるように流れている。おそらく犠牲者は、その賽銭箱の中に詰められているのかもしれない。
(……っ。犠牲者の追悼は後回しだ。思考を切り替えろ……)
彼女たち複製体の会話を全て聞いたわけではないが、梓みふゆは七海やちよに「ずっとここで暮らしましょう」と勧誘していた。それが本来の在り方なのだろう。しかし青音すずから気に入られている三浦ハルは、叛逆の性質が作用しているのか通常の複製体とは異なる行動を見せた。それは宇宙から履歴が消されている環ういに関する環姉妹によって呼び出された柊ねむと里見灯花も同様で、どこか機械的とは異なるイレギュラーな行動を見せた。そして巴マミ。本来なら梓みふゆと同じように、暁美ほむらに対してウワサ空間に留まるよう推奨するはず。なぜならそれが口寄せ神社のウワサの目的なのだから。
しかしその仕事を放棄した巴マミは、暁美ほむらの傍らを通り過ぎ、悪魔の額に向かってマスケット銃の銃口を向けた。
「────悪魔。あなたならきっと、この口寄せ神社のウワサを見つけ出すと思ってた」
「……どういうことだ。随分とウワサのルールから逸脱した行動を取るんだな」
「私たちは複製体だから超直感で心が読めなくて随分と戸惑っていることでしょうね。いい気味だわ。そちらのお嬢さんは話に聞いていた三浦ハルさん? あなたの妹さんとは仲が良かったらしいから、彼女にも叛逆の性質が掛かっているのね。だから通常のウワサのルールに囚われず行動できている。まったく、イレギュラーだらけで参っちゃうわ」
悪魔と巴マミの視線が交差する。
「……本当はオリジナルの私の口から言いたかったけど……できれば今の私は、あなたとは会いたくないから、複製体の口から言わせてもらうとするわ。────よくも騙したわね、このペテン師」
「…………もしかして、魔女化を黙っていたことを怒っているのか?」
次の瞬間、巴マミの顔が苦痛に歪む。
「
これで確定した。どうしてかは知らないが、里見灯花・柊ねむ・巴マミの複製体は、明らかに参拝客の記憶以外の要素が含まれている。
柊ねむの場合は、彼女自身がウワサの製作者である可能性が高いため、環ういに自らの模擬人格を挿入したように……口寄せ神社で召喚される自らの複製体に、柊ねむの模擬人格を挿入した事も考えられる。要は本人監修の複製体というわけだ。よって環いろはの記憶には左右されず、独自の思考回路を持っている。それは里見灯花も同様である。
そしてどういうわけか、それは巴マミも同様だった。となれば考えれる理由は────
(巴マミは……柊ねむと里見灯花に大きく関係しているのか……?)
ともあれ悪魔は、巴マミの複製体の叫びに答える。
「……当時の精神状態では、その真実に耐え切れないと判断した。マミは強気に見せて意外と脆いからな。それにマミはキュゥべえのことを本当の友人のように思っていた。仮に打ち明けて説得し、マミが信じてくれたところで────キュゥべえに裏切られた思いに耐え切れず、魔女化する可能性は高かった」
「だから教えてくれなかったってわけ?」
「後々真実を知ったら、こうやって恨まれるだろうことも想定済みでな。……しかし不思議に思うことがある。もしマミが魔女化を知ったら、オレはすぐに助太刀魔法で飛べるよう常に超直感を働かせていたはずだ。だがその予兆は一切なかった。考えられるとすれば、魔女化の真実を知った瞬間に
当てずっぽうだが、巴マミの反応を見るに間違ってはいないらしい。
なぜなら巴マミの顔色の変化から察した。それは超直感に頼らない、長年の付き合いの賜物であった。
「……私は責任を執らなければならない」
「具体的に何をするつもりだ?」
巴マミは引き金に力を込める。
「────っ!? マミさん!?」
「危ないです、ツナさん!」
発砲。開匣。悪魔を庇って前に出た三浦ハルの脳天が撃ち抜かれる。貫通した弾丸は悪魔の頬を掠った。
「────《
完全武装形態に移行した悪魔は劣勢を覚悟する。
対する三浦ハルは破壊された脳漿の治癒を完了し、なんとか立ち上がる。通常、脳部を破壊された場合、意識が断絶して魔力を回すことができなくなる。しかしウワサであることが功を奏したのか、脳天を撃ち抜かれても意識を保てていた三浦ハルは普通に魔力を使って完全治癒を済ませた。
ベテラン魔法少女なら予め治癒魔法を掛けておくことで、意識が断絶しても自動的に肉体が蘇生するよう手を回すことができる。だが三浦ハルはそこまで器用な魔法少女ではない。これだけで彼女たち複製体が
そして悪魔は歯噛みする。
(……まずいな。目の前の
予期してはいたことだ。美国織莉子の忠告は、まさに
悪魔は冷や汗を流す。が、意外なことに巴マミは銃口を下げた。悲しげな面持ちで俯いている。
「それでも分かっているわ。これがただの八つ当たりであることは……」
「……マミ……」
「あなたは私のことを思って秘密にしていた。それが分からないほど馬鹿じゃない。それでもあなたは判断を間違えた。友達なら、戦友なら、ちゃんと話してほしかった……私はそこまで頼りにならない存在なのかって裏切られた気持ちで……本当に辛かった」
「…………」
「だから手を下すのは
「……敵ながら心配してくれるのか」
「かつて仲間だった者への温情よ。それに言っておくけど、私が与する組織は一切容赦しないから、そのつもりで」
冷め切った瞳で悪魔を睨んだ巴マミは跳躍し、神社の屋根に飛び降りる。そのまま二丁のマスケット銃を杖のように置いて体を支え、境内を一望するように仁王立つ。さらに梓みふゆ・里見灯花・柊ねむも跳躍し、巴マミの両側に降り立つ。
「────複製体とはいえ、これでも権限はあるわ。マギウスの翼の幹部として命じます。ウワサを潰して回る邪魔者を排除なさい、我が
次の瞬間、神社の裏手から跳躍し、月夜をバックに宙を舞って各橋の上に降り立ったローブ集団が八名。
各色に光り輝くペルソナカードをソウルジェムと同化させた彼女たちは、スタンド名で名乗りを上げる。
「我は口寄せ神社のウワサの守護者。その
────スタンド名は《
「同じく守護者・
「同じく守護者・
「同じく守護者・
「同じく守護者・
「同じく守護者・
「同じく守護者・
「そして七人の黒羽根を率いし
そこで里見灯花・柊ねむ・梓みふゆが嗤うように言った。
「はたして八人のスタンド使いに勝てるかしら?」
「しかも口寄せ神社のウワサは外敵を殲滅するためアップデートしてある。最近ウワサを潰して回る勢力が現れたから急遽用意したんだ」
「しかも私たち複製体が奇襲をかけて確実に殺しに行きます。多勢に無勢ですね。今のうちに降伏すれば酷い目には合わせません。なっちゃん……殺されたくなかったら、私の言う通りにしてください」
八人のスタンド使い。四人の複製体。さらに口寄せ神社のウワサが稼働を開始する。
まさに多勢に無勢。四面楚歌。されど降伏する気などさらさらない。
『────敵性存在出現。対脅威排除システム起動。近隣のウワサに応援要請……成功。ウワサ接合開始────《覗き見城下町のウワサ》その傘下《見返り太夫のウワサ》《捨てずアネマサのウワサ》吸収────《鉄火塚のウワサ》消滅済み。しかしその傘下存命ゆえ《鉄火姫のウワサ》《鉄火塚の火の手のウワサ》吸収────全ウワサ接続完了。回収機構、
ウワサ空間が轟音を上げる。
「……まさか、周辺地域のウワサと融合している……? こんなの今までのウワサには見られなかった現象よ……!」
「それだけ向こうもウワサを潰されないよう手を打ってきたという事だろう。これは骨が折れるぞ……」
悪魔や七海やちよは互いに背中合わせで戦闘態勢を取る。そこで悪魔は自らの頭をトントンと叩いて魔法少女たちに目配せした。念話なら口頭と比べて瞬時に会話が完了する。
(────やちよ、みふゆを殺せるか? いろはとういも、灯花とねむは? ほむらもマミはどうだ)
(っ……)
(それは……)
(私は灯花ちゃんを相手する)
(────私も行けます。マミさんは私が……!)
(では、みふゆとねむはオレが殺す。いろはとやちよは────)
悪魔の非情な言葉。それに環いろはは動揺し、悪い汗を流して苦しむ七海やちよを見やる。
そこで七海やちよが待ったを掛けた。
(ダメよ。環さんから聞いてるわ。あなたはペルソナカードを持っている。唯一スタンド相手に互角に戦えるのだから、スタンド戦に集中するべきよ。だから……環さん。互いに恨みっこなし。私は柊ねむを倒す。だからあなたは、私に代わってみふゆを倒してちょうだい……)
(やちよさん……)
(それと環さん。みふゆは幻惑魔法を使うから気をつけて……)
(……っ。はい……分かりました。恨みっこなし……だからやちよさんも、遠慮なしでお願いします!)
(……環さん……)
環いろはは覚悟を決めた。顔は同じでも中身は別物。それでも自ら手を下すのは心苦しい。よって最も信頼できる人に偽物を倒してもらう。そう約束した。ならばと七海やちよも決意を秘める。
(────そうは言っても、これから混戦となる。誰が誰と戦う事になるかは分からない。最悪、自らが手を下すことも視野に入れておけよ)
そう忠告した悪魔は全員のソウルジェムを一瞥する。穢れの蓄積が重大な魔法少女は七海やちよと環いろは。やはり本物と会えることを期待していた分ショックが大きかったのか。対する軽微な魔法少女は暁美ほむらと環うい。かたや真偽はともかく巴マミと戦う覚悟は既に出来ていたようで、かたや何も感じていないためか覚悟も何もない。端から里見灯花の息の根を止めるつもりでいる。
そして穢れが蓄積した状態では魔力効率が低下するため、悪魔は穢れの吸収を開始。呪印形態での戦闘を視野に入れる。
(あ、あの、ツナさん! ハルはいったいどうしたら……!)
(まずはオレに付いてこい。そして全体を見て援護を頼む。猫の手も借りたい奴がいたら駆けつけてやってくれ)
(……!! ツナさん、なんだかとっても逞しくなりましたね! 了解しました! ハルは頑張りますよー!)
悪魔は戦場を見渡す。現在の地形は無数の橋が設けられた天上空間。橋の上で戦えば挟撃されやすく流れ弾を喰らいやすい。乱戦するなら絶対に避けるべき地形だ。
しかし下の階層に降りれば、そこは無数の橋が乱雑に織り合う空間。立体戦闘に向いている地形だ。柱が破壊されて橋が倒壊すると周囲に甚大な地形変化の被害をもたらすため多人数戦闘には適さないが、現在の地形と比べれば比較的、個別に戦いやすい空間と言える。障害物も多いため邪魔も入りにくい。
(────場所を移す。ウワサの本体は社殿に居るはずだ。複製体からも距離を取りたい。下層に見える
(待って。まとまって戦うべきよ。スタンドは目に見えない。せめて二人組で互いをフォローできるようにした方が……)
(その辺りは個人の判断に任せる)
悪魔はペルソナカードを取り出す。瞬間、柊ねむの眉間がピクリと動いた。
「そうか────君が────」
「頼む……また力を貸してくれ。オレのスタンド・
円環を象徴するペルソナカードが光輝を発し、悪魔の体内に同化する。
次の瞬間、悪魔のスタンドが発現した。 環いろは、環うい、リリス、七海やちよ、暁美ほむら、三浦ハル、各自の感覚が混ざり合う。
(スタンド・
共感覚とは、一つの刺激に対して複数の知覚現象をもたらす特殊な感覚のことを言う。
それは十万人に一人の才能と言われているが、現在はもっと多くの共感覚者が隠れているとも言われている。
共感覚者は、文字に色を感じたり、音に味を感じたり、匂いに形を感じたりする。
人間の五感。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚。それらから感じる刺激を、複数の感覚で感じるのだ。
例えばの話。誰が見ても黒く書かれた文字があるとする。しかし共感覚者が見れば、それが赤文字や青文字に見えたりする。おかげで「なんで赤い文字で書かれているのですか?」と質問すると、周囲は「君は何を言っているんだ? どう見ても黒く書かれているだろう」とコミュニケーションに支障が生じる。
また、自分が共感覚者だと分かり、そういった共感覚の特徴に慣れてくると、今度は「赤文字で書かれているように見えるけど、きっと本当は黒文字で書かれているんだろうな」とタカをくくって赤文字の内容を無視していると、後日「ちゃんと注意書きとして赤ペンで書いたのに、なんで無視したんだ!」と怒られてしまうなどのハプニングが発生しやすい。
これは共感覚者特有の日常的な悩みである。いちいち「これは黒く書かれていますか?」と質問しなければならないのは、やや面倒だ。────無論、これはあくまで一例である。共感覚のタイプは150種類以上あるとされているからだ。
さらにこれは眉唾だが、中には文字を見ただけで執筆者の感情を読み取る共感覚者もいるという。初対面だろうが知り合いだろうが関係なく、パソコンで書いた無機質な文字であっても、そこから執筆者の感情を読み取ってしまうのだとか。
反対に、相手を見るだけで感情が
つまるところ共感覚とは、悪魔の超直感とは似て非なる能力である。
(スタンドとは精神すなわち感情。感情を視覚や聴覚で捉えることで、非スタンド使いでも
悪魔を含む魔法少女たちが一斉に下層に飛び降りる。それに追随してスタンド使い八名も飛び降りた。さらに複製体やウワサたちも侵入者を追い掛ける。
刹那、悪魔は頼もしい増援を直感。スタンドの対象範囲を拡大。
かくして超常死闘の幕が上がった。
†