※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【千の道を切り拓く未来への道(ストラーダ・フトゥーロ)】環いろは〔キモチ形態(フォルム)〕

 

 同時期。環姉妹とリリスは下層の朱い橋に降り立ち頭上を仰ぐ。追ってくる敵が一名。黒黄羽根。その傍らに姦しい音色を奏でる黄色い三角形の輪郭を捉える。それは人型をしているようでもあり、毒々しい臭いも放っていた。

 

「うい、リリス、下がって! まずはお姉ちゃんが戦って様子を見る!」

「……分かった。気をつけて」

「モキュ!」

 

 後退する環ういとリリス。直後、発射された環いろはの光矢が黒黄羽根の胴体に命中する。「え!?」一切の回避行動を取らなかった敵に驚いたのも束の間、黒黄羽根の視界に入る空間すべてが“起爆”した。

 

 広大な爆破。

 豪快な爆音。

 倒壊する朱橋と朱柱のガレキが豪雨のように振り撒かれる。

 

「きゃあああああ────!?」

 

 突然の爆発に吹き飛ばされた環いろはは更に下層の朱橋に背中から強打。ゴロゴロと転がってうつ伏せに倒れる。

 

「っ……ぐっ……」

 

 痛覚は遮断している。突然の出来事に驚いただけ。それより妹(うい)と分断されてしまった。急いで守らなければ。そう思って環いろはは起き上がろうとする。だが不思議なことに足が地に付かない。立ち上がれない。「……?」どういうことかと自らの体を見下ろす。

 

「────っ!?」

 

 ドロドロに溶けた服。焼けただれた皮膚。ジュクジュクと腐り落ちていたつま先。見るに堪えないグロテスクな体を見た環いろはは何が起きているのか分からず絶句する。

 

「な……なに、こ────ゴボッ!!」

 

 言葉を発しようとしたら吐血。それは赤色ではなく緑色をしていた。思考が驚愕の連続に支配される。それを自覚した環いろはは周囲を見渡す。右の視界が暗転。左目で見た最後の景色は────黄色いガスに包まれた毒霧の空間だった。視界を潰される。体の痙攣が止まらない。何かがまずい……肉体の痙攣はより激しくなる。

 

(────《治癒》……そして《消毒的耐性付与(ソーラーレジスト)》っ!)

 

 治癒魔法により一瞬で負傷を回復した環いろはは、自らの体に活性魔力を張り巡らせて状態異常耐性を付与する。視界も痙攣も回復し起床。立ち上がって警戒態勢を取る。

 

(これは……毒ガス……? まるで硫酸のような霧……まさか、さ(・)っ(・)き(・)の(・)爆(・)発(・)で広がったの……?)

 

 新たに黄色い毒ガスを吸い込んでも環いろはの体に影響はない。あらゆる異常性概念に耐性を得る魔法の効果はハッキリと現れている。

 

(やっぱりこれは毒ガス! となるとこれが敵のスタンド能力……!?)

 

 駆け出した環いろはは毒霧の範囲から離脱する。直後、頭上から黒黄羽根が飛びかかってきた。予想していた待ち伏せを迎撃。鎖付きの双剣をナイフとクロスボウの矢で弾き払う。が、手数が足りなかった。左脇腹にめり込む騒々しい腕。「カハッ!!」殴り飛ばされた環いろはだが、足に力を入れて身をとどめ、たたらを踏んだ。

 

「────《ヴォアナ・フォルトゥーナ(眼前に幸あれ)》……」

「……っ。それがあなたのスタンド?」

「降伏しろ。そうすればひどい目には遭わせない」

「……!」

 

 環いろはは察する。敵も戦闘意思が希薄なのだと。それもそうだ。誰だって戦いたくない。だが、それならどうしてこんなことをするのかと強く疑問に思う。

 

「……ねぇ。どうしてあなたたちはウワサを守るの? 絶交ルールのウワサの時も、あなたたちのような黒いローブに身を包んだ魔法少女がウワサを警備していた……それはなぜ?」

「あなたには関係のないこと……だが降伏して我らの組織に服従するなら教えてやる」

「────……それはできない」

 

 初めて環いろはは敵意を見せた。

 

「……!」

「ウワサ。まだ私は少ししか知らないけど、絶交ルールや口寄せ神社は、明らかに人の気持ちを弄ぶウワサだった。どうしてそんなひどいことをするの? 絶交ルールに囚われた生徒は餓死や衰弱死で亡くなっていた。この口寄せ神社にも同じように人が囚われているの? それなら私は絶対に降伏しない。人を殺すような組織になんか、絶対に入らない!」

「────! 何を言って……我らは人殺しなどしていない! 勝手な事を言うな!」

「……!?」

 

 環いろはは目を見張る。眼前の黒黄羽根は真剣に怒っている。殺人を忌避し、濡れ衣を着せるなと怒っている。

 

「まさか……知らないの? 本当に? ウワサの警備を任されているのに……ウ(・)ワ(・)サ(・)の(・)中(・)で(・)何(・)が(・)起(・)き(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)の(・)?」

「────?!」

 

 黒黄羽根もまた、眼前の侵入者(環いろは)が本気で驚いていることを察した。それはどちらも純真だからこそ通じる裏表のない感情のぶつけ合い。双方に疑問が生じる。────はたして自分たちは、本当に争うべき間柄なのだろうかと。

 

「……っ。ふ……ふざけたことを抜かすな! マギウスの翼は人殺しなんてしない! 確かに一般人からエネルギーは貰っている……だが命までは取らない!」

 

 黒黄羽根の吶喊。スタンドのラッシュが迫る。

 

「それなら────あの白骨死体の山はなんなの!?」

 

 環いろはは後退。自ら毒霧の中に戻る。クロスボウを構えて照準合わせ。「チッ!」敵の舌打ち。毒霧の手前で緊急停止。どうやら毒ガスは、それを生み出した黒黄羽根にも効果があるようだ。治癒魔法を持たない限り、毒ガスの中にいる環いろはを追跡することはできない。

 

(やっぱり予想通り。私が毒ガスを吸って驚いている間にアクションが何もなかったのは、彼女も毒に侵されてしまうことを危惧して毒ガスの中に入れなかったから……!)

 

「逃がすか!」

 

 黒黄羽根は双剣の鎖を投擲。環いろはの腹に巻きついて絡まる。綱引き開始。互いに魔力を込めて腕力を引き上げる。互角……のはずだが、いきなり黒黄羽根のパワーが二倍に跳ね上がる。よく見れば鎖を引く手が四本。うち二本は黒黄羽根の腕だが、もう二本は黄色い輪郭を奏でていた。

 

(スタンドの力を借りて……!)

 

 環いろはの体が毒霧の中から引っ張り出される。そして環いろはの顔面にスタンドの拳がお見舞いされた。“ガキンッ!”と硬い音が鳴る。

 

「……!?」

「──《輝ける黄金の盾(ブライトガード)》……」

 

 

 活性魔力を凝縮して作り出した黄金の盾。それはスタンドの拳を受け止めていた。環いろはのクロスボウが速射される。それは黒黄羽根の脚を射抜いた。直後、黒黄羽根の瞳が発光────彼女の視界に入る空間すべてが“起爆”した。

 

「きゃああ────!?」

 

 衝撃波を受けて破壊された建造物が轟々と音を立てて崩れる。さらに下層に落ちて橋の上に激突した環いろはは地を転がった。

 

(っ……! どういうこと……!?)

 

 黄金の盾のおかげで爆発の衝撃力は軽減された。頭上を仰げば、爆発した範囲に毒ガスが充満し、衝撃波によってさらに広範囲に広がりつつあった。

 

(────まさか……まさか……!)

 

 後方に黒黄羽根が着地。接近してくる。振り返った環いろはは飛び退きつつ射撃。黄金の盾に乗って急上昇。光矢が黒黄羽根の体に命中。直後、ふわりと浮かんだフード。その中で光る黒黄羽根の瞳を、確かに環いろはは目撃した────“起爆”する。

 

「ぐっ……!!」

 

 環いろはの全方位の空間すべてが、全く同時に爆発する。ただし盾の裏に隠れていた環いろはは無事だった。もっと厳密に言えば、黒黄羽根の死角となっていた場所は“起爆”から逃れていた。が、別の場所で起きた爆発の衝撃波は受けてしまう。天地左右と前方から迫り来る音速の爆風。対角線に位置する背中に爆発は起きないが、遥か後方で起爆した衝撃波がぶつかってくる。

 

(っ────!)

 

 全方位から吹き付ける爆風にもみくちゃにされながら、環いろはは懸命に思考を回転させる。

 

(まずは爆発が起きる理由を考えた方がいい……! 爆発は攻撃した瞬間に起きている。──体にダメージが入ると爆発が起きる? それと爆発はとても遠い所でも起きていた。敵の目が光っていたのも何か理由があるはず。私の攻撃を避けないのも……)

 

 そこで環いろははハッとする。

 

(────まさか……自分の体に傷が付くと、目に入っている空間が爆発する? もしそうなら強力すぎる……! どうやって攻撃すればいいの……!?)

 

 下手に攻撃を加えても、そのたびに爆発が発生する。さらに魔法少女は魔力により肉体を高速再生できる。一撃で倒す手段がなければすぐに回復される。二回の攻撃で倒すとしても、一度目の攻撃で爆発が発生するため連撃は強制的に中断される。爆発を逆手に取る攻撃方法が必要だ。あるいは敵の行動を封じるような手段も最適だろう。

 

(でも私、そんな魔法は持っていない……!)

 

 治癒と活性。状態異常の解除や耐性の付与。盾の生成。どれもサポート用の魔法だ。

 一撃で倒すとなれば必殺魔法のマギアがある。しかしそれを容易に使わせてくれるかが問題だ。なにより魔法少女を相手に必殺魔法を使えば殺してしまう可能性もある。それを考えると怖くて使えたものじゃない。

 

(最善なのは傷付けずに無力化すること……! この土壇場で新しい魔法を開発するしかない……!?)

 

 爆風が収まる。すっかり四方八方が毒ガスの霧に包まれる。黒黄羽根の姿がどこにも見えない。毒霧に巻き込まれまいと距離を取ったのか。見失うわけには行かないため魔力パターンを探る。直後、背後に気配。

 

「貰った!」

「っ……!!」

 

 投擲された剣をナイフで弾くが、腕に鎖が絡まる。黒黄羽根のローブは硫酸のような毒霧によりジュージューと音を立てて溶けて、全身の皮膚も焼けただれていくが、ただの高速再生で肉体の負傷を治癒していく。そこで環いろはは勘付いた。

 

(────ちょっとまって。体にダメージを受けたら爆発が発生するはず……毒ガスは違うの? それともスタンドをしまっただけ……?)

 

「おらぁ!」

「きゃあ!」

 

 黒黄羽根は強引に鎖を引っ張り、環いろはは朱橋に叩きつけられる。

 

(っ────考えろ……スタンドの輪郭は聴こえている……もしかして爆発で生み出した毒ガスは対象外?)

 

「チッ……この状況、固有魔法を使えればすぐに勝てるのに……」

「────!」

 

 環いろははハッとする。

 

(そうだ……スタンドの考察に気を取られすぎて、初歩的なコトをすっかり忘れていた……! 私たちは魔法少女。彼女も魔法を持っている! それが何かは分からないけど、今の口ぶりから固有魔法は使っていない……じゃあ毒ガスを受けてもスタンドが発動しないのは魔法の効果じゃない? いや、違う……彼女は魔法を固(・)有(・)魔(・)法(・)と言った。その区分は修(・)得(・)魔(・)法(・)を知らなければできない使い方のはず! たぶん……)

 

 つまり黒黄羽根は修得魔法を使って、毒ガスのダメージを受けてもスタンドが暴発しないよう抑制している。そう考えることも可能だ。

 

(でも……それが分かったからって……どうすれば……!)

 

 剣戟。猪突猛進と迫り来る黒黄羽根の双剣とスタンドの双拳。毎秒四回の連続攻撃をナイフと光矢で捌ききる。

 

「なっ……! お前、そのナリで格闘術を使えるのか……!?」

「使えません! ただ悪魔さんにみっちりしごかれただけです!」

 

 型にハマった攻撃なら、ある程度は見切れる程度には体捌きが上達した。

 

「あなたの体術は……たぶん中華由来のものですね……!」

「っ!?」

「世界各国の体術をこの身に叩き込まれたんです。見覚えがあるし、打たれれば体が思い出す……我流じゃなければ、なんとか凌げます!」

 

 ダメージは与えず敵の攻撃を受け流す。だがそれではいつまで経っても戦いが終わらない。

 

(────?)

 

 ふと環いろはは、ドロドロに溶けていくローブの下に黒黄羽根のソウルジェムを見つけた。毒ガスに侵されるストレスと、スタンド使用による精神的負荷によって、急速的に穢れが溜まっている。

 

「っ……! 待ってください! このままじゃ魔女化してしまいます……!」

「それが狙いだ!」

「え……!?」

 

 環いろはの脳裏によぎるは半魔女化。黒黄羽根が自ら死を選ぶはずがない。ならば彼女は、まさか半魔女化を狙っているのかと予想する。

 

「そういうお前もソウルジェムの穢れが溜まっているぞ……! やはり最初の爆発で浴びた毒ガス……それで醜くなった自分の体にショックを受けていたんだな……!」

「────!」

「この調子だとドッペル同士の戦いになりそうだ。私は負けない……!」

「────ドッペル……?」

 

 しかし黒黄羽根の予言は外れた。環いろはのソウルジェムは穢れの蓄積と同時にどこかへ吸収されている。黒い粒子のようなオーラが空中を漂い、魔力パターンで感知すれば悪魔の方角に向かっている。

 

(悪魔さん……! まさか、私たちが半魔女化しないように……でもそんなことしたら……!)

 

 半魔人化。悪夢のような強さと恐ろしさを持つ怪物の姿が脳裏をよぎる。

 

「どこを見ている! よそ見するとは随分と舐められたもんだな!」

「くっ……!」

 

 いよいよ黒黄羽根のソウルジェムが穢れで満ちる。

 

(まずい……もしここが最下層近くなら……彼女は半魔女化どころか魔女化してしまう……!)

 

 しかし環いろはの腕には鎖。跳躍して上層に引き付けようとしても、引っ張られて下層に戻されてしまう。

 

「────ッッ!! ガァアアアアアアアア────!!」

 

 そして黒黄羽根の悲鳴。魔力圧によって変形しかかるソウルジェムは、しかしその形を保っておどろおどろしい魔女のような姿を見せる。

 

「半魔女……!」

「いいや、それはドッペルだ」

 

 不意に柊ねむの声がこだまする。どこかで環いろはの戦闘を観察していたのか語りかけてきた。が、眼前の半魔女(ドッペル)は大人しく会話なんてさせてくれない。巨大な体躯、敏腕な触覚、鋭利な武器を用い、暴走するように環いろはに怒涛の攻撃を仕掛ける。

 

「《賦活》────《輝ける黄金の盾(ブライトガード)》っ!!」

 

 身体能力を飛躍的に向上させ、黄金の盾を作成。ドッペルの攻撃を回避し、避けきれない一撃は盾でガードする。

 

「やはりドッペル化すると、高確率でペルソナカードが剥がれてしまうようだね」

 

 柊ねむの言葉通り《ヴォアナ・フォルトゥーナ(眼前に幸あれ)》は消滅していた。あれだけ広大な空間を侵食していた毒ガスも今や全て消え去っている。

 

 ひらひらと宙を舞う“太陽”のペルソナカード。黄金の絵柄には輝かしい太陽が描かれている。

 

(────っ!)

 

 咄嗟にカードをキャッチした環いろはは逡巡。スタンドは穢れが溜まりやすい。それに今は、おそらく悪魔が全魔法少女の穢れを吸収しているため、さらに悪魔に負担が掛かってしまう。だがこのままでは環いろはが、ドッペルの脅威的な攻撃力の前に成す術なく殺されてしまう。

 

 一撃で砕かれる黄金の盾。

 

 黒黄羽根が魔女化ではなく半魔女(ドッペル)化したということは、ここはまだ最下層ではないということ。ならばドッペル化しても問題はない。……が、水波レナの話によればドッペル状態は意識を保つのが難しいと聞く。もし暴走状態で最下層に降りるようなことがあれば、その時点で即魔女化してしまう。それはあまりにも危険な賭けだ。

 

 賦活した肉体でも回避が間に合わず、片腕と片脚が潰される。治癒魔法で瞬間再生。が、直後に再び脇腹を抉られる。

 

(────考えている暇はない。使わなければ殺られる! 目標はスタンドだけで倒すこと……スタンドの使いすぎでドッペル化する前に決着をつける!)

 

 環いろはは太陽のペルソナカードを掲げて叫ぶ。

 

「ペルソナァアアア────!」

 

 光属性のペルソナカード。象徴するは“太陽”……命育む光熱のシンボル。

 スタンドの名称は不明。ただ力だけが溢れるように漲ってくる。

 

 環いろはのマントが鏡のような材質に変化。

 それは光だけでなく、あらゆるものを跳ね返すエネルギーを秘めている。そう環いろはは悟った。

 

(これが、スタンド……! 私のスタンドが、使い方を教えてくれている……!

 私のスタンドは────鏡のマント……! その能力は────絶対反射(カウンター)っ!!)

 

 環いろはは鏡のマントを羽織る。自らの全身を包み込むことで、全方位の攻撃に対応した防御形態を形成。それに対してドッペルは必殺の攻撃を繰り返す。次の瞬間、鏡のマントに直撃した衝撃は、そっくりそのまま跳ね返されて黒黄羽根のドッペルの胴体に幾つもの風穴を開けた。

 

「■■■■■■■■■■AAAAAAAAAA────!!!!??」

 

 黒黄羽根のドッペルがボロボロに崩れ去る。ドッペル化が解除された黒黄羽根はまだ意識があり、満身創痍といった様子で着地。武器を構える。環いろはも着地し、すぐに体内に入り込んだペルソナカードを魔力を流すことで排出。懐にしまって武器を構える。

 

「ぐぅっ……負け、るか……ウワサは、我らが希望……全ての魔法少女が救われる道を、なぜ拒む……」

「────! それって……自動浄化システムのこと……?」

「……なんだと?」

 

 環いろはは察する。自動浄化システムという単語を知らない。ならばこの黒羽根は末端の末端。どうやって自分たちが魔女化せずに済んでいるのか何も知らない。

 

「……何も知らないのは私も同じだけど、あなたも同じ……ねぇ、ねむちゃん。なんでこんなことを……」

 

 環いろはは、どこかで見ているであろう柊ねむに語りかける。

 

「────僕が答える義理はない。なぜ君が僕たちを知っているのかは知らないが、君たちが全魔法少女の敵であることは確かだ。自動浄化システムのことを知って、僕らに歯向かうというのだからね」

「……ウワサは、やっぱりねむちゃんが作ったの? どうして人を殺めるの?」

「それも答える必要はない。君(・)は(・)こ(・)こ(・)で(・)死(・)ぬ(・)。計画の妨げになるものは排除するまでさ」

 

 そこで黒黄羽根がぴくりと反応した。

 

「……お待ちください、ねむ様。ウワサの襲撃者は捕らえるという話では……」

「それが君に可能なら、という話だ。君のスタンドは殺傷能力が高すぎる。そもそも生け捕りは難しい。それに彼女はウワサを潰して魔女化のない世界を壊そうとしている。これは立派な大量殺戮者だ。殺しても問題ない。むしろ英雄視されるよ?」

「────ねむちゃん……」

 

 環いろはは瞳を揺らす。目の前の柊ねむは、本当にあの柊ねむなのか。複製体ということは分かっている。だが精巧な複製体という割には、環いろはの知る柊ねむとはあまりにも倫理観が成っていない。

 

「……ウワサを使って、より多くの一般人を殺して……大量殺戮者はどっちなの……?」

「────っ! 貴様、まだ言うか! 我らの組織は人殺しなんて……!」

「必要な犠牲さ」

 

 不意の一言。柊ねむの言葉に、環いろはと黒黄羽根は呆然と目を見張る。

 

「困ったな。答える義理はないと言ったばかりだけど、どうしてか君に質問されると答えざるを得ないと感じる」

 

 柊ねむは淡々と語る。

 

「なぜ僕を知っているのか。なぜ僕がウワサを作ったと知っているのか。なぜ、どこで自動浄化システムのことを知ったのか。気になることが山ほどある。そんな不思議な君に明確な回答を授けよう。これ以上質問されてもウザったいだけだ。次の回答で完璧に理解してくれよ。そして二度とくだらない質問をしないでほしい」

 

 上空に影。浮遊する車椅子に座る柊ねむは毅然と言い放つ。

 

「人類は火を使って文明を作り上げた。ではその火の燃料はどこから来た? 無論、それは魔法少女の魂だ。人類は魔法少女という生贄をくべてきたからこそ、ここまでの文明を築き上げることができた。しかし人類はそれを知らない。僕たち魔法少女の命を賭けた貢献を知らない。これは非常に悔しいことだ。

 人類は末端に至るまで誰もが英雄? 働き蟻の努力家だって? そんな綺麗事で世界を語って欲しくない。片腹痛いとはこのことさ。世界は犠牲の上に成り立っている。人類の努力は、魔法少女の殺害によって成り立っている。知らぬ存ぜぬの澄まし顔で日々魔法少女を殺し、殺し、殺し続け、魔法少女が生み出した願いによって新たな技術を開発し、概念を獲得し、進化していく人類……これはあんまりにも理不尽が過ぎないか?

 故に僕らは対等な取引をしているだけだ。これからは人類が魔法少女を殺して文明を発展させるんじゃない。魔法少女が人類を殺して文明を発展させる。灯花によれば、それが“魔法少女至上主義”という事らしいけど……僕は単に、今までの対価を……約三百万年に及ぶ負債を……人類に支払ってほしいだけなんだ。

 ────これが僕の回答だ。……なぜ・どうして・そんなことを……そんな愚問、歴史書を一度でも読んだことがあるなら出てくるはずがない発言なんだけどね、無知なるお嬢さん?」

 

 柊ねむは笑顔で首をかしげると、片腕を掲げた。「行け、僕の物語」その一言で口寄せ絵馬の大群が一斉に羽ばたく。環いろはを狙って飛んでくる。

 

「っ!」

 

 巻き込まれる。そう判断した黒黄羽根は撤退。

 一方の環いろはは茫然自失としていた。

 

「────やっぱり、わからないよ……ねむちゃん……」

『夷劉棟蚊項款絲吩螺壞嗤坡薇穢────!!』

「たしかに私は、ねむちゃんと比べたら何も知らない……歴史や世界とか何も知らない……それは世界のどこかで困っている人からしたら、とてものんきな人に見えると思う……でも、今の私は誰かを気にする余裕がない……今の私は、それよりも────」

 

 遠方で爆発。環ういとリリスの悲鳴が聞こえた気がした。激しい戦闘音が響いてくる。

 直後、環いろはは俯いていた面を上げた。そして何があっても譲れない思いを押し通す。

 

「────まずは妹を守る。次にねむちゃんと灯花ちゃんの目を覚まさせる。魔法少女や人類のことを考えるのはそのあと! どんくさい私は一度に複数のことができないから……だから、そうやって順々に……目の前の大切なものを、少しずつ死んでも守りぬく!」

 

 環いろはの体が口寄せ絵馬の大群に飲み込まれる。

 

「……愚者の捨て台詞にしては、恐ろしく気概だけが卓越した終わり方だったね」

 

 そう柊ねむが言い捨てた直後。

 ウワサ空間に激震が走る。

 

「なに!?」

 

 ウワサ空間の天井が崩壊。桜色の流星が一条の軌跡を描いて天から地へと移動する。それは死ぬ気の炎にも似た力で口寄せ絵馬の大群を焼き払う。そして口寄せ絵馬のついばみによってボロボロになっていた環いろはの眼前に浮遊して留まった。

 

「────え? な、なに、これ……」

 

 環いろはは動揺するが、眼前の浮遊する光輝に敵意は感じない。

 一方、柊ねむはただただ驚愕していた。

 

「なんだ、アレは……! 待て、この魔力パターン……覚えがある……魔女反応に近い! だが半魔女やドッペルにしては瘴気が希薄すぎる……しかし、この反応は確かに────幸(・)福(・)の(・)魔(・)女(・)だと!?」

 

 幸福の魔女。八つに分けられたカケラのひとつ。

 環いろはは光輝を手に取る。瞬間、それがどういう存在なのか一瞬で理解した。

 

 ────幸福の魔女。それは環ういが半魔女になった姿。魔女の宝石の中に眠っていた環ういは救出されたが、幸福の魔女はそれを憂いだ。これよりマギウスに狙われるであろう本体(環うい)を守護し、奪還するため、幸福の魔女は“幸福の八宝石”を生み出した。

 

 これはそのひ(・)と(・)か(・)け(・)ら(・)。幸福の魔女の宝石のカケラから生まれた存在(キモチ)。

 それは環ういの守護者に適した八人を探しており、特定の感情の昂ぶりに呼応して力を発揮する。

 

「キモチ────“昂ぶるモルガナイト(桃色宝石)の髪飾り(バレッタ)”……それが、あなたの名前なの……?」

 

 第一のキモチは、自ら環いろはの髪留めとして収まる。

 昂ぶるモルガナイトの髪飾り。その特性は束縛。属性は闇と木。すなわち性質は増殖と硬化、遮断と誘導。

 

「馬鹿な……幸福の魔女のカケラが、環いろはに手を貸した……? いったいどういうことなんだ……!」

 

 柊ねむは不確定な存在は即刻排除するべきと判断したのか、マチビト馬のウワサを呼び出す。

 そして忽然と現れては消えるウワサさん。

 

《アラもう聞いた? 誰から聞いた? マチビト馬のそのウワサ

 それは口寄せ神社のウワサの続き、知る人ぞ知る神様の正体

 神社を支えるその神は、ファンシーでナイスなジェントル馬ン!

 みんなの願いを叶えるために、出会いを助ける粋なヤツ!

 だけど残念、それは幻覚! 会えたアノ人は偽物だった!

 それに気付いてバイバイしたら、ジェントル馬ンが怒り狂って

 鬼のようなギャング・スターに変わっちゃうって話は

 水名の女の子の間じゃもっぱらのウワサ

 ペテーンシー!》

 

 黄金に光り輝くマチビト馬のウワサは、上半身が馬のようだが下半身は龍のよう。さらに柊ねむは《具現》魔法を行使。マチビト馬のウワサに《生命創造》という新たな能力を授ける。

 

「伽脚茄────!!」

 

 マチビト馬のウワサは朱橋や朱柱に頭突きする。するとマチビト馬のウワサが攻撃した無機物が有機物に変身し、無数の龍を創造した。

 

「────うん。わかった……やるしか、ないんだね…………」

 

 モルガナイトから何を言われたのか、環いろはは必殺魔法(マギア)の準備を始める。しかしマギアを撃つには時間が足りない。マチビト馬のウワサとそれが率いる龍の軍団がすぐそこまで迫ってきている。

 

(増殖魔力……硬化魔力……束縛能力……モルガナイトのキモチが能力の使い方を教えてくれる……これなら、まとめてなぎ倒せる!)

 

 環いろはは自らの髪を増殖し、山のような蓬髪を作る。束縛能力で蓬髪を操作。マチビト馬のウワサの全身を桃色の髪が締め上げる。無数の龍も髪で捕まえる。さらに硬化魔力を流し込んで髪の繊維を強化。まるで鉄の紐となった蓬髪に雁字搦めにされたウワサたちは身動きが取れなくなる。

 

「そんな……こんな、ことが……っ!」

「ねむちゃん────ごめんね……!」

 

 偽物とは言え、殺すのは忍びない。だが倒さなければ先に進めない。本物の柊ねむに会うために。里見灯花に会うために。こんなところで手こずってはいられない。

 

(活性魔力・収束! 極大光矢・作成! 硬化魔力で極大光矢を表面補強(コーティング)!)

 

「行きます! ────《千の道を切り拓く未来への道(ストラーダ・フトゥーロ)》────ッ!!」

 

 さらに射出後、増殖魔力により極大光矢の性能──形状・威力・速度など──を損なうことなく無数に分裂させる。変則的な軌道を描きながら対象を追尾する今(・)は(・)千(・)の(・)極大光矢は、マチビト馬のウワサを含む龍の軍団に全矢命中。広範囲・高威力・高速度の必殺魔法は、たったの一射で敵軍を一網打尽、まさしく灰燼(かいじん)と帰(かえ)さしめた。

 

「ぎゃあああああああああ────!!!!」

 

 極大光矢の閃光熱線に包まれた柊ねむの断末魔が脳内に残響し、環いろはの表情が歪む。それは自己嫌悪の表れ。偽物とは言え友の姿をしたモノを殺した罪悪感は簡単に拭えるものではない。ソウルジェムの穢れがみるみると蓄積していく。

 

「────《ヴォアナ・フォルトゥーナ(眼前に幸あれ)》────ッ!」

 

 不意に背後から黒黄羽根とそのスタンドが差し迫る。が、髪飾りから生え伸びた環いろはの髪が黒黄羽根の全身を束縛。傷付けずに捕獲した。

 

「ぐっ……!?」

 

 環いろはの髪がするすると音を立てて黒黄羽根の目元を目隠しするように覆う。そして環いろはは懐を確認。ペルソナカードがどこにもない。いつの間に抜き取られていたのか。どうやら黒黄羽根は遠隔の対象から道具を盗む、あるいは道具を引き寄せるような魔法を持っていたようだ。

 

「……攻撃を受けた時、視界内の空間を爆発し、毒ガスを発生させる……なら目を閉じている時に攻撃を受けるとどうなるのか……試してみたことはありますか?」

「っ……! や、やめろ! たぶん、目の中で爆発する……! だからやめてくれ!」

「それならカードを返してください」

「……っ! ……わ、分かった……」

 

 黒黄羽根の体内からペルソナカードが排出される。それを髪の一部が回収し、環いろはの懐にしまう。

 次の瞬間、黒黄羽根の全身を縛る桃色の蓬髪がキツくキツく締め上げられた。

 

「アガッ……!?」

 

 痛みは最小限だったはず。瞬間的な体内圧迫によって一瞬のうちに気絶させた。

 ゆっくりと黒黄羽根を橋の上に下ろした環いろはは、息せき切ってその場に座り込む。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ! っ……キモチの魔力消費が思ったより大きい……もっと調整で魔力出力を拡大しないと長時間の戦闘はできない……っ……どうしよう、体が動かない……すぐに、ういのところに、駆けつけなきゃ、いけないのに────」

 

 ふらりと環いろはの体が横合いに倒れる。

 

「とぁー!?」

 

 その時、上空から中華服に身を包む赤色の魔法少女が参上し、環いろはを抱き留めた。

 

「大丈夫!? えっと……たしか……環いろはちゃん!」

「────! あ、はい……そうです……」

「よく頑張ったね! あとはこの最強魔法少女・由比鶴乃に任せて!」

「……それなら、ういのところに……連れてって、くれませんか……?」

「もちろんだよ!」

 

 由比鶴乃は環いろはをおぶさると、環ういの魔力パターンを感知して走り出す。

 

「でもすごいね、いろはちゃん! さっきの閃光と大爆発、必殺魔法(マギア)でしょ!? 私のマギアよりすごかったよー! これは最強の座が危ない! もっと修行しないと! ふんふん!」

「────」

「……あれ? お疲れで寝ちゃった? ……あ、その髪飾り、可愛いね! ────よーし、由比鶴乃、遅れた分がんばるぞー! ういちゃんはどこだー!」

 

 激戦を制した環いろはは、由比鶴乃におんぶされて妹のもとへ向かう。

 

          †

 

 

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