アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
環いろはが黒黄羽根に攻撃を加えた瞬間、突然の爆発が空間を蹂躙した。
「────!」
「モキュー!?」
環ういは爆風に大きく吹き飛ばされる。はぐれないよう空中でリリスを抱き締めて、朱い橋の柱に足を置き衝撃を緩和。眼下の朱橋に降り立つ。至極冷静なダメージ軽減のための動きは一切の無駄がない。
「ふぅん……幸福の魔女の赤い宝石の中に入っていた魔法少女って、こーんなに無口で無表情な子だったんだ……」
傘を差して空中を漂うように降りてくる里見灯花の複製体。
「その小さなキュゥべえも見たことがないし、あなたたちって不思議なことだらけ」
「……知らないフリをしているわけでもなさそうだね。本当に忘れているんだ」
「忘れるもなにも、わたくしはあなたのことなんて何も知りませんよーだ!」
「仮説も試さずに否定から入るのは科学者として致命的な欠点だよね」
環ういは特に考えなく発言した。煽っているつもりはない。ただ素直な感想を口にしただけだ。
「……なんか、ねむと話しているみたい。とてもムカつくわ」
「私も驚いた。灯花ちゃんを前にすると、ねむちゃんの思想が前面に押し出されてくるのかもしれない」
「はぁ? さっきから何を言っているわけ? あなた、ねむと知り合いなの? 本当にわけがわからない!」
「分からなくていいよ。科学者は未知を見つけると喜ぶ生き物だ。ムカつくのは未熟な証拠」
「……やっぱり喧嘩売ってるの? 常に真顔だからどういう感情で言っているのかさっぱりだわ!」
「灯花ちゃんはまだ子供なんだから、子供らしくていいなって言っただけだよ。可愛くていいなって思う」
里見灯花は紅潮してむすっとする。
「あーなんかイラついてきた! そういえば前々からやってみたいことがあったのよね!」
「……?」
「わたくしの魔法は《熱量変換》! 熱量とはエネルギーのこと。エネルギーとは万物万象のこと。つまりわたくしはあらゆるものをあらゆるものに変換できる。まさに無限の錬金術! この資源世界で不可能なことは何もない万能の魔法よ!」
「モキュ?」
里見灯花は、環ういとリリスを交互に見比べる。
「そんなわたくしが、もし────人間と動物の精神を変換して
「……!」
「モキュ!?」
「最初は人間とカエルの精神を入れ替えようと思ったの。でもねむに止められちゃった。“不必要な犠牲は好まない”んだって! でも今からやることは“必要な犠牲”だから大丈夫だよね? 神浜市の魔法少女を魔女化から救う自動浄化システムの稼働を止めようとしている抵抗勢力……そんな
「……リリス、下がって」
「────モ……モキュッ! モキュモキュ! キュー! プイッ!」
環ういはリリスを庇うように前に出る。が、それを制すようにリリスはまくし立てた。
「……リリス?」
「モキュ! モキュモキュ!」
────これはチャンスだ。
「……チャンスって……まさか、リリス……でもそんなことしたら、リリスがせっかく手に入れた心が……」
「モッキュ!」
────気にするな。
ドンと胸を張るように強がって言ったリリスは、自ら環ういの前に出る。
「モキュモキュ! モッキュー!」
────さぁ、やってみろ!
そう叫ぶように、リリスは人生で初めて威嚇した。
環ういはリリスの背中を見守り、里見灯花は目を丸くする。
「……驚いた。そのキュゥべえ、感情を持っているんだ。キュゥべえによれば、感情は
「モキュ!?」
「そうはさせない」
環ういは《熱量回収》魔法を行使。周辺魔力の残滓を回収して魔力光弾を手のひらの上に作成する。穢れの回収は幸福の魔女が請け負っているため暴走する可能性は低い。そのため、やろうと思えば瘴気を回収して瘴気光弾を作ることも可能だが、わずかでも暴走するリスクがあるなら行うべきではないだろう。
「なに? そんなヘナチョコな魔法でわたくしの相手が務まるとでも?」
「リリス。力を貸して。一緒に戦えばなんとかなるかも」
「モキュ!? モ……モキュー!」
自分も戦うのかと驚いたリリスだが、環ういを守るという本能が決意を抱かせる。
現在の環ういの精神には、柊ねむによる模擬人格が打ち込まれている。それには柊ねむの知識も混入しており、魔力属性の概念は把握済み。環ういは魔属性。インキュベーターは一律して無属性。調和と構築の魔力を使って何が出来るのか、環ういは考える。
(周辺の材質……橋や柱は木製、鳥居は石材。元々インキュベーターであるリリス……機構の一時返還は可能なはず……)
「先手必勝! 魔力を火に変換して放射よ!」
里見灯花の傘の先端から火炎が噴き出る。それを横跳びで躱した環ういは《回収》魔法をリリスに掛ける。
「回収機構、一時返還、装着。リリス、体当たり!」
「────、……モキュ!?」
突然の指示にびっくりしたリリスだが、言われた通り里見灯花に突撃する。
ふと尻尾が熱い。何事かと思い振り返ると、なぜか火球が追いかけて来ていた。
「モキューッ!!?」
「まさか、わたくしの火炎放射を回収している!?」
「リリスの中に調和魔力も詰めた。体当たりが命中すれば、灯花ちゃんは石化した直後、灯花ちゃん自身の分解魔力で木っ端微塵と破壊される!」
「モキュモキュー!?」
────つまり即死攻撃ってことですか!?
リリスは体当たりを中止するため緊急停止する。火球が背中に当たって痛みと熱さが襲うが、すぐに体内機構に回収される。だが熱量を分解して保管したわけではないため、リリスは体内から発火。
「リリス……!」
すぐに調和魔力を使い、リリスの皮膚と火球を馴染ませる。真っ赤な毛色に変色してしまったリリスだが、火傷の痛みはすっかり消えたため安堵の溜め息をつく。
「モキュ~……」
「リリス。なんで攻撃をやめたの?」
「モッキュ!」
「…………」
どうやらリリスは、まだ精神の交換を諦めてはいないらしい。
「……それでも向こうは殺しに来てるよ。リリス、構築魔力で体内に保存用の箱を作って。それならさっきみたいに発火しないから」
「モキュ!」
なるほどと頷いたリリスは、回収機構に蓄積する魔力を使って構築魔力を使用。回収した熱量を保管する容器を構築する。
「それなら許容量を超えるエネルギーをぶつければ内部から弾けて死ぬだけよ!」
「モキュ!?」
ありったけの魔力を変換した火炎放射が里見灯花の傘から放たれる。
内部から破裂────最悪の結末を予想したリリスは慌てて回避。だが回収機構が自動的に周囲のエネルギーを回収するため、空中に放たれて消えるはずの火炎放射は火球となってリリスに向かう。「モキュー!?」そのためリリスは焦った様子で、ちょこまかと走り回り火球を避け続けていた。
「このっ! すばしっこいわね!」
「モキュモキュ~ッ!?」
一撃でも攻撃を受けて回収したら大変だと焦るリリスは里見灯花の周囲を駆け回る。
その隙を突いて飛び込んでいた環ういが、手のひらの魔力光弾を投げつけた。
里見灯花は傘を開いて防御。炸裂するがダメージはない。直後、リリスが里見灯花の足に噛み付いた。すると体内に回収してあった調和魔力が流し込まれて朱橋の木材と調和し、里見灯花の足が木の根っこのように橋に根付いて張り付いた。
「なっ……!」
「リリス! 火炎を受けて!」
「モキュ!」
目を瞑ったリリスは追尾してくる火球を受け入れる。背中が焼ける痛い思いをするが、回収魔法の効果で火のエネルギーを即回収。構築魔力で口の中に牙を作成。回収した火炎を牙から噴き出し、里見灯花の根っこのような足に噛み付く。
「リリス、炎の牙!」
「モギュー!」
「ちょ、なにするの……!?」
里見灯花の足が燃え上がる。直後、遠方から爆風が及び、火の手が朱い橋の全体に広がった。
炎上する朱橋。環ういの下に戻ったリリスは、全身火傷で満身創痍。こんな無茶な作戦を実行させるとは、やはり模擬人格状態の環ういに人の心はないのかとリリスは戦慄する。一方、里見灯花は《熱量変換》魔法で火災を魔力に変換し、ダメージも高速再生するが、橋と同化して木の根っこになった足だけは、すぐの変換ができない状態にあった。
「っ……やっぱり固形物はすぐの変換が難しい……!」
「そのまま燃やしておけば炭になって変換しやすかったのに。焦って変換したのは失策だったね。これでしばらくは身動きが取れない。拷問しても吐くようなタマじゃないから、もう息の根を止めるけど……いいよね? リリス」
「モ……モキュ……」
淡々と手のひらに調和魔力の光球を作る環ういは、それをリリスの体内機構に回収させる。
「前から攻撃しても傘で防がれる。同時に挟み撃ちで攻撃すれば顔面を吹き飛ばせる。私の攻撃は傘で防がれて、リリスの攻撃は変換魔法で無力化されるだろうけど、あらかじめ魔力光弾を上空に放って灯花ちゃんの頭上に落下するよう設置しておく。だから灯花ちゃんは前後と頭上、私の攻撃かリリスの攻撃、いずれか好きな方法で死に方を選ぶといいよ」
「モキュ!?」
────ちょっと怖すぎませんか環ういさん!? とリリスはツッコミを入れる。
そう言っているうちに環ういは魔力光弾を上空に投擲。
「リリス。対角線上に着いて」
「モ……モキュ……」
これはもう精神変換は諦めるしかないと判断したリリスは言う通りに動く。
「くっ……これで勝ったと思わないことね! 血も涙もない奴は最後にひどい目に遭うと相場が決まっているのよ!」
「その言葉、ブーメランすぎて反応に困っちゃうよ」
「モキュ!」
リリスが位置に着いた。よーいドンで環ういとリリスは駆け出す。が、里見灯花は傘を折り畳み、両手を広げた。
「────わたくし、ただでは死なないわ! あべこべになって混乱しちゃえ!」
『────!?』
里見灯花の頭上と両頬に三つの魔力光弾が炸裂する。首だけになった里見灯花の複製体は、根っことなった足が支えとなって倒れない。その一方で、無残な死体を挟んで立つ環ういとリリスは茫然自失となっていた。
「────あれ、わたし……?」
「────モキュ……?」
環ういの瞳に光が宿る。今まで無機質だった表情は柔らかさを取り戻し、偽物とは言え友を殺した両手は凍えたように震えていた。それは感情を取り戻した証拠。魔法少女になる以前の環ういに戻ったことを意味していた。
「……っ! そうだ、リリスは……!?」
「……モキュ。モキュキュー!」
一方、リリスに目新しい変化はなかった。これはいったいどういうことなのかと環ういは驚き立ち尽くす。悪魔に聞けば分かるのだろうか。少なくとも憶測のひとつは述べてくれるはずだ。
「リリス……本当になんともないの? ねむちゃんの模擬人格は……とても冷たかった。せっかくお姉ちゃんが見つけてくれたのに、会えたのに、わたしは何も感じることができなくて……なんというか、目の前の事実を受け取るだけで完了する機械のような振る舞いしかできなくて……本当はずっと申し訳なかった。もちろん、その時は申し訳なさなんて感じていなくて……感情を取り戻して今までのことを振り返ったからこそ、そう思うだけなんだけど……」
「……モッキュ!」
リリスは問題ないと言う。
その時、由比鶴乃が下層から飛び上がってきた。その背には環いろはがいる。
「お姉ちゃん!」
「うおぉ!? なんか急に明るくなったね、ういちゃん! クールそうに見えて、やっぱりお姉ちゃんが心配だったんだね!」
「鶴乃さん……お姉ちゃんを守ってくれたんですか? ありがとうございます……!」
「いやいや、私は何もしてないよ! 応援に駆けつけるのが遅れちゃってね。いろはちゃん一人で敵を倒したんだ!」
「お姉ちゃんが……」
不意に遠方から爆発音が鳴り響く。激しい戦闘音は社殿の方から聞こえてきた。
「すごい戦いだね……気になるけど、いろはちゃんも倒れちゃって戦える状態じゃない。今はここで少しでも休もう!」
「はい! リリス……お姉ちゃんについてあげて」
「モキュ!」
由比鶴乃は環いろはを下ろすと、鉄扇に分解魔力からなる炎を灯す。そして彼女たちを発見して群がる口寄せ絵馬を薙ぎ払い始めた。
「お姉ちゃん……起きて! わたしのせいでリリスが全身に火傷しているの……! 治癒魔法を掛けて、お姉ちゃん!」
「……うっ……うい……? よかった……無事だったんだね……」
環いろはは起き上がるが、体に痛みが走るのか悶絶し、ソウルジェムが明滅する。どうやら穢れの
「やっぱりしばらく休んでいた方が良さそうだね! 雑魚は私に任せて!」
「モッキュ!」
リリスも治癒は後回しでいいと言う。
環ういは戦闘に勝利し、期せずして元の精神を手に入れたが────リリスはいつも通りの振る舞いで、環いろはを心配していた。
†