アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
朝方。黒江とフゥ太は好奇心が赴くままに行動し、黒曜ランドの一区画を歩き回る。至る所に魔女の血肉が散乱しており、それから瘴気が放たれている。
「えっと……たしかリヴィアさんによると、瘴気を含有する魔女素材に触れると皮膚がかぶれたり病気になる恐れがあるから、まずは合成による無毒化が必要ってことだけど……」
黒江は地面に落ちている魔女の内臓にツボの口を向ける。すると自動的にツボは魔女の内臓を吸い込み、ほかの魔女の肉片や血液、散乱するガラスまでもを掃除機のように吸い込んでいく。
「あとは頭の中で、瘴気を取り除くようなイメージを浮かべれば……」
「わぁ。たくさん小瓶が出てきたけど……どれも透明に見えるよ? 中身が空っぽだ」
「フゥ太にはそう見えるんだ。私にはちょっとグロテスクに見えるよ……こっちの瓶には肉が詰められている。ソーセージみたいに。こっちの瓶は赤や青、緑や黄色の液体が入ってる。魔女の属性によって血液の色が異なるみたいだね。それでこっちの瓶は黒いオーラが渦巻いている。瘴気が詰められているんだ」
「へぇ~! やっぱり魔法少女の素質がないと、こういうのは見えないんだね。それなら僕は素材の回収が手伝えそうにないや……」
「危ないからいいよ。直に手で触れたら危険だってリヴィアさん言ってたでしょ? フゥ太は凪さんと一緒に居て」
「僕は黒江姉と居た~い!」
再びフゥ太は潤む瞳で上目遣いしてくる。
「そ、それじゃあ……私のそばから離れないでね。絶対に動き回らないこと。もし魔女の肉を踏んじゃったりしたら、瘴気に侵食されて足が大変なことになるから。フゥ太はどこに魔女素材が転がってるか見えないんだから、きちんと言うこと聞いてね」
「は~い!」
そうして黒江とフゥ太は探索と回収、合成による無毒化を続ける。
「────あっ。黒江姉!」
「?」
「あそこ見て! 何かキラキラ光ってる!」
フゥ太が指差す場所。そこにはソウルジェムのカケラが散乱していた。
「……きっと、ここで魔法少女が死んだんだ。いつの頃かは分からないけど……」
「……! そうなんだ……じゃあアレが、噂に聞くソウルジェムなんだね……。お墓……作る?」
「……そうだね。あとで凪さんに聞いてみよう。勝手にお墓を建てても悪いし」
「うん!」
黒江は様々な色のソウルジェムのカケラを拾う。フゥ太もそれを手伝い、ポケットに詰め込んで、さらに探索と回収を続けた。
†
昼頃。地下施設に戻った黒江とフゥ太は大量の荷物を抱えていた。今までの買い物で余っていたコンビニ袋。それを魔女の肉用・血液用・瘴気用・ソウルジェム用と素材ごとに分けて袋詰めし、「よいしょ、よいしょ」と運んできた。
食卓の近くに袋の束を置いて溜め息。重いものを運んで疲れた黒江とフゥ太はソファに座って一息つく。
「はぁ……つかれた……」
「ちょっと集めすぎたね……でもこれから合成するんでしょ? 楽しみだね! ねぇねぇ黒江姉! 図鑑見せて!」
「はい……」
「えーっと……魔女の肉と血を合成したら何になるのかな? 図鑑さん答えて!」
羊皮紙の上に魔法文字が渦巻く。やがてそれは読み手の言語に合わせて文字を変換し記述される。
「えーっと……《火魔女の肉塊》×《火魔女の血液》=《分解性発火薬》か……僕が適当に取り出した透明な小瓶は、どれも火属性の魔女だったのか。発火薬って何に使えるの? 黒江姉」
「えぇ……たぶん、爆弾とか、そういうの……? でも危ないからそんなもの作らないよ……」
「でも高く売れるかも知れないよ? 合成屋って作ったものを魔法少女に売るんでしょ? それなら作らなきゃ損だよ! 宝の持ち腐れ!」
「……でも、私は《死炎系リング》や《魔女避けアイテム》を作ることが出来るならそれでいいから……合成屋として開業するかどうかは、正直まだ悩んでるし……」
黒江は或るジレンマに突き当たり俯いてしまう。彼女が何に悩んでいるのか分からないフゥ太は、無理に強要する必要もないため「そうかぁ」と呟く。そこに凪が現れた。
「あ、凪さん……おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「……見回り。侵入者がいたら追い払わないといけないから……」
そこで黒江は聞いた。
「あの、ところで……良かったんでしょうか? 黒曜ランドは魔女素材が散らばっているから魔女が来なくなったのに……私たちが拾い集めて綺麗にしたら、また魔女が群がってくるんじゃ……」
「……構わない。魔女が現れない分、なかなかグリーフシードを手に入れる機会が少なくて……そのたび悪魔様が穢れを吸収してくれていたから……。私は悪魔様に負担を掛けたくない。一年かけて魔法戦闘も出来るようになってきたし、そろそろ自分の力で生きていかないと……
「……自分の力で……」
無属性の魔法少女は往々にして戦闘能力を持たない。しかし一年かけて修行した凪は、ようやく一人で魔女を倒す実力を身につけた。黒曜ランドに魔女が集まるというのなら、これからは自分がグリーフシードを集めまくり、それをファミリーのみんなに分けることで恩返しをしていく。そう凪は口にする。どうやら今までグリーフシードの調達は恭弥や隼人、むくたちに任せていたようだ。
「……でも、黒曜ランドはほかと比べて沢山の魔女が集まるんだよね? 流石に凪さんでも、そんなに多くの魔女と戦うのは危ないだろうし……グリーフシードも必要個数あればいいんだから……つまりその、せめて魔女が集まる要因は取り除きたいよね? じゃないと凪さん一人じゃ大変だよ……」
「……」
「あ、もちろん、お節介だったら言ってね!?」
「……そんなことない。心配してくれて、ありがとう……」
凪は俯きながらほのかに赤らむ。そこで今度は凪が問いかけた。コンビニ袋の山に興味を持っている。
「……それ、合成に必要な素材?」
「あ、うん……あとは図鑑とにらめっこして、欲しいものができる組み合わせを探すんだ」
「はいはい! 僕が探したい!」
フゥ太は元気よく手を挙げる。
「でもフゥ太は小瓶の中に何が入っているのか見えないでしょ?」
「そうだけど……でも黒江姉、ずっと念じて魔女素材を無毒化してて疲れたでしょ? だから僕が代わりにやっておきたい!」
「まぁ……そういうことなら。図鑑にかざせば小瓶の中身も分かるし……コンビニでペンとテープも買ったから、それで中身の名前を書いておきなよ」
「うん! 仕分け作業だね! まっかせて!」
フゥ太は助手として作業を開始。
黒江は一息つくだけのつもりが、
†
夕方。仕分け作業を終えたフゥ太に起こされた黒江は目を覚ます。
「……あれ、私、寝ちゃってた……?」
「黒江姉おはよう! ねぇ見て見て! 凪姉に手伝ってもらって表を作ったんだ! これが素材の一覧だよ!」
拾い集めた魔女素材のデータを羅列したメモ。それを見せられた黒江は目が滑る。
「す、すごいね……これだけあれば、なんでも作れそう……でもこれ、書いてて疲れなかった?」
「いつもランキングブックに書き込んでるから、書くのは得意なんだ。全然へっちゃらだよ!」
黒江は情報が網羅されたメモの中で、特に目に留まった素材の詳細を見る。
────素材一覧。
《砂場の巻貝》†砂場の魔女の手下が落とす。その性質は電車ごっこ。その属性は火/無(嵐/砂漠)。その性質は分解・分析/幻覚・枯渇。
《屋上の鍵》†屋上の魔女の手下が落とす。その役割は施錠。その属性は水(雨)。その性質は鎮静・発散。
《立ち耳の包装紙》†立ち耳の魔女の手下が落とす。その役割は彩。その属性は木(雷)。その性質は硬化・誘導。
《羊の眼球》†羊の魔女が落とす。その特性は不眠。その属性は闇(雲)。その性質は増殖・遮断。
《燕尾の羽》†幸福の魔女の手下が落とす。その役割は回収。その属性は光(晴)。その性質は活性・転換。
「…………」
「ねぇ黒江姉! これで何を作るの?」
「ちょっと待って。図鑑を見るから……」
図鑑を開くと、ざーっと合成品のデータが羅列される。フゥ太が全ての素材を図鑑に見せたため、黒江の手持ちを把握した図鑑が“合成品一覧”を見せてくれているのだ。
「うわ便利……フゥ太と凪さんが作ってくれた素材一覧のメモと合わせれば、素材の切れ目も計算した上で合成できるよ。ありがとう」
「褒められた! やったー!」
フゥ太は万歳して喜び、いつ合成が始まるのかと座して待つ。
それから黒江は
「……フゥ太。《無魂石の欠片》を……そうだね。九個ちょうだい」
「はいっ!」
アルケミーポッドにソレとガラスを入れて粉末をイメージ。
数十秒後《無魂石の粉末》×7がポッドから飛び出てきた。
「あれ? てっきり凝晶を作るもんだと思ってたけど……」
「それより大事なものがあるの。次は《無魔女の肉塊》と同属性の《血液》を九個ずつちょうだい」
「はい!」
それらをポッドに入れて死炎性発火薬をイメージ。
数分後《構築性発火薬》が飛び出てくる。
「あとは《無魂石の粉末》と《構築性発火薬》で……」
ポッドに投入して結界をイメージ。
十数分後《魔女避けの護石》が九個、飛び出てきた。
「────ふぅ。初めてにしては上出来……なのかな?」
フゥ太は図鑑を覗いて、今まで使った素材と作った合成品の説明文を読む。
《無魂石の欠片》†無属性のソウルジェムの欠片。
【無魂石の粉末】†無属性のソウルジェムの欠片を磨り潰したもの。
《無魔女の肉塊》†無属性の魔女の肉塊。
《無魔女の血液》†無属性の魔女の血液。
【構築性発火薬】†幻覚力の高い発火薬。
《無魂石の粉末》†同上
《構築性発火薬》†同上。
【魔女避けの護石】†等間隔に配置して死ぬ気の炎を灯せば、魔女の感知を逸らす結界が形成される。また、護石自体に魔女避けの効果があるため、死炎注入をせずとも護石一個をお守りとして持ち歩くだけで魔女の口付けを回避できる。
「九個の護石のうち、四個は家の四隅に配置して、霧の炎を注入すれば結界が生成される。その結界がどのくらいの時間展開されるのかは注入した炎の量次第だから、こればかりは試してみないと分からないけど……。残る五個のうち三個はお母さんとお父さんとお兄ちゃんの分。お守りとしてプレゼントすれば受け取ってもらえるはずだから、職場や学校で魔女の口付けを受けても大丈夫……なはず。残る二個のうち一個は予備で、もう一個は……フゥ太にあげる」
「え……僕?」
「フゥ太も魔女の口付けを受けたら大変だからね。適当なお守りに入れて常に持ち歩いてて」
「……! ありがとう、黒江姉! ────あ、でも黒江姉は?」
「私は悪魔さんから魔女避けの加護を受けているから要らないの」
それから黒江はリングの合成を始める。
「フゥ太《水魂石の欠片》を四個ちょうだい。なるべく材質が揃ってるものを」
「ごめん。全部バラバラだ。一つのソウルジェムから砕けたモノでも、カケラによって材質がバラバラになるみたい」
「そうなんだ……じゃあレア材質の“ごつい”“爽やか”は残して、それ以外を」
「はいっ!」
数分後《水魂石の凝晶》が二個、ポッドから飛び出る。材質は“
今度はその二個を合成し、数分後《水魂石の聖核》が完成した。
「次は《闇魂石の欠片》をちょうだい。材質は?」
「“
「いいね。それちょうだい」
「はいっ!」
《かっこいい闇魂石の欠片》を二個合成し《豪快な闇魂石の凝晶》を作る。同様に《固い闇魂石の欠片》を二個合成し《温厚な闇魂石の凝晶》を作る。そして《豪快な闇魂石の凝晶》と《温厚な闇魂石の凝晶》を合成すれば《荒々しい闇魂石の聖核》が完成した。
その完成品を手に持った時、黒江は確かに手のひらの上で渦巻く“力”のようなものを感じる。それは宝石が放つ
「あとは適当な金属片があれば、そこから指輪を作ることができるんだけど……」
「僕、そう思って剥がれて落ちてた鉄板を拾っといたんだ。はいっ!」
「フゥ太ありがとう……それじゃあ正念場だね。気合を入れて作らないと。これだけ材料を費やして失敗するのは嫌だから……」
黒江は深呼吸して集中する。《ただの鉄板》を入れて《ただの指輪》を二個合成。そのままの流れで《水魂石の聖核》と《ただの指輪》を投入。十数分後《雨系リング(精製度C)》が完成した。
「────ふぁ……」
「黒江姉、額が汗だらけだね。僕のハンカチいる?」
「私のがあるからいいよ。でも汗が頬を伝ってくると気が散るから、次からはフゥ太に拭くのを任せたいかな」
「分かった!」
五分休憩を取った黒江は、合成前に脳内で完成品のイメージを明確にして深呼吸。
《荒々しい闇魂石の聖核》と《ただの指輪》を合成することで十数分後《雲系リング(精製度C・攻守両性)》が完成した。
「────ぷはっ……! つかれたぁ……気を抜くと壺の中でぐにゃりと曲がる感覚がするから焦るね……これ」
「黒江姉すごいや! 一度も失敗なしで行けたね!」
「うん……でもBランクはかなり失敗しそうな気配がある……なんだかそんな感覚がするの」
今の黒江の実力ではCランク級の合成が限界なのか。不思議とアルケミーキットからそう言われているように黒江は感じた。
その時、いつの間にか地下施設に訪れていたリヴィア・メディロスの声が響く。
「いや~! 流石やわぁ黒江はん」
「リヴィアさん……」
「やっぱり才能あると思うとうたんや。なんせ無属性の魔法少女は想像力に優れる傾向にある。大抵の奴なら合成に挑戦しても失敗続きで素材を無駄にするだけ。それなのに黒江はんは一度も失敗することがなかった。これは普通ならありえへんことや」
「え……でも私、元は闇属性の魔法少女で……」
「キュゥべえと契約した時点で霧の波動は一段階強まるんや。だがそれだけで想像力が良くなるわけやない。元々黒江はんには霧の術士の才能があったっちゅーことや。さらに悪魔契約で波動はもう一段階上がっている。そりゃあ最良の構築ができるわけや。もちろんいくら波動が強くても想像力が下手だとロクなもんできん。想像力と波動、どっちの才能もあってこその天職なんや、合成屋は」
「…………」
「とにかく巧い合成を見せられて大満足や。そこで唐突やけど依頼がある。あるものを三つ作ってほしいんやが、頼まれてくれるか?」
「……?」
リヴィア・メディロスはメモを渡す。それには《見透かすランタン》《開けるゴマの実》《羽撃く目玉》という言葉が記されていた。
「今ある素材で事足りるはずや。合計33万円の札束用意したるから、ちゃちゃっとよろしくな~」
「────え。33万って……!?」
「親切心で言っとくが、これでも安い方なんやで。
「……いや、そう言われても……そもそもの相場がよくわからないので……」
「ははは。まぁ自分が
それだけ言ってリヴィア・メディロスは去っていった。
「……黒江姉どうする? 黒江姉なら簡単に合成できるよ、きっと! そして沢山お金を稼げば今夜はパーティーできるね!」
「…………。……そうだね。そろそろ金欠だし……フゥ太もお腹減ってるよね。うん。もうちょっと頑張ってみる」
黒江は思考を切り上げる。合成屋とは儲かる仕事なのだと思う反面、同時に危険な仕事でもあると漠然と思ったからだ。
(言い値で商売できる……それで相手の不興を買ったらどうなるんだろう……大抵の商売相手は魔法少女なわけだし……あまりこういうこと考えたくないけど、もし悪い人が客で来たら、当たり前のようにカツアゲ強盗とかされるんじゃ……?)
黒江は一般人なので抵抗できない。合成屋として商売するなら、それなりの防衛策がないと安全とは言い難い。そんなことを考えつつ黒江は図鑑を開いて完成品の絵を見る。それで脳内イメージを確保し、その間にフゥ太が必要素材を取り揃える。そして深呼吸し集中力を高め、黒江は依頼内容の合成に取り掛かった。
「まずは《火魂石の欠片》を磨り潰して……それから────」
《火魂石の粉末》†火属性のソウルジェムの欠片を磨り潰したもの。
《砂場の巻貝》†砂場の魔女の手下が落とす。その性質は電車ごっこ。その属性は火/無(嵐/砂漠)。その性質は分解・分析/幻覚・枯渇。
その二つを合成して《見透かすランタン》が完成する。
【見透かすランタン】†その赫々とした灯りは凡ゆる幻影を分解する。そして凡ゆる秘密を分析し、煌々と真実を照らし出す。
「フゥ太。次」
「はい!」
《屋上の鍵》†屋上の魔女の手下が落とす。その役割は施錠。その属性は水(雨)。その性質は鎮静・発散。
《立ち耳の包装紙》†立ち耳の魔女の手下が落とす。その役割は彩。その属性は木(雷)。その性質は硬化・誘導。
その二つを合成し、完成。
【開けるゴマの実】†ゴマの実の折り紙。それは凡ゆる鍵穴に合わせて変形し、凡ゆる扉を開いてしまう。
「最後は……ちょっと気持ち悪いね……」
「でも便利そうだよ? 黒江姉、頑張って! これが終わったら好きなもの食べられるよ!」
《羊の眼球》†羊の魔女が落とす。その特性は不眠。その属性は闇(雲)。その性質は増殖・遮断。
《燕尾の羽》†幸福の魔女の手下が落とす。その役割は??。その属性は光(晴)。その性質は活性・転換。
その二つを合成し、完成。
【羽撃く目玉】†五分しか覚えられない目玉。死炎注入で飛翔と録画を開始。強く握ると記録された映像が投影される。
約一時間に及ぶ作業が終了し、黒江は一息ついた。
「はぁ……頭使って疲れた。糖分が欲しい……でも、霧の炎の構築効果で何かを作る時みたいに、想像力と素材だけで何かしら効果のあるアーティファクトを作れるって、本当にすごいね。リヴィアさんはこの三つで何をするんだろう?」
「ランタンは幻術を破る力があるし、開けるゴマの実はいろんな扉を開けちゃうし、目玉は録画できるから……隠された魔法の扉を開けて、その中にあるものを記録したいとか? そう考えるとなんだかワクワクするね!」
休憩を終えた黒江とフゥ太は依頼品を持ってリヴィアのキャンピングカーに赴く。
「おぉ。早かったやないか。ほい、封筒の中に33万。確認してくれ」
「は、はい……ありがたく受け取らせていただきます……」
中学生にはやや大きすぎる荷物。確かに金額を確認した黒江は生々しい取引を終えて封筒を懐にしまう。
「────さて、黒江はん。ちょっと話をしようや」
「?」
「フゥ太くんも座ってええで。ヨヅル、茶を出しや」
黒江とフゥ太は言われるがままにテーブルに着き、紅茶を出される。
「まぁあれや。合成屋のいろはを教える言うたやろ。あんさんにやる気があろうがなかろうが知った方がいい知識やから話しとく。それだけや」
「……」
リヴィア・メディロスは紅茶を飲み、カランと置く音が響く。同時に黒江の瞳を見据えて、真剣だがどこか脅かすように語り始めた。
「端的に言うと合成屋っちゅーんはな。私利を独占できるためか、よそに狙われやすいんや」
「……私利?」
「個人的な利益の独占。この場合の利益はアルケミーキットを指すわなそりゃ。大抵の奴はまともにアルケミーキットを使えない。だが無属性の魔法少女または霧の術士はアルケミーキットを使いこなせる。生まれついての才能に左右される職業なんや。そしてアルケミーキットでしか作成できない合成品はたんまりとある。今は科学でもリング程度は作れるようになっとるが、まぁアルケミーキットは規格外やからな。作ろうと思えばなんでも作れる。素材さえあればなんでも作れる。それゆえに厄介な奴に目をつけられると一巻の終わり……そんなことが珍しくない」
「……、一巻の、終わり……?」
黒江は怯えるような目つきで眉をひそめる。
「わかりやすくカジノで例えよう。黒江はんは客や。そんで合成屋は必ずカジノで大勝ちできる。カジノの中は暴力禁止。盗みも禁止。やから
「────…………金っていうのは、私が今まで作り続けた合成品や、いま私が貰った33万円のことですか?」
「ほう。理解が早いな。──まぁつまりや。だからこそカジノで大勝ちする金持ちの隣には、必ずボディガードが付いてんのや。いわゆる用心棒。映画でよく見るやろ? ──合成屋は宝物を作る職業や。それを売るとなれば儲かりやすい。合成屋はカジノや宝石店なんや。強盗が狙う場所っちゅーたら基本カジノや宝石店やろ」
儲かりやすいからこそ狙われる。故に合成屋は強盗されまくって────今や絶滅危惧種。
そうリヴィア・メディロスはあっけらかんと語る。
「やから近代以降、
「…………」
「おっとすまん。やや脱線したな。まぁ何が言いたいかというと、財を持つなら知と暴を兼ね備えなあかん。これは全てに言えることやと思うけどな。要するに黒江はんは用心棒を雇うべきや。でなければ合成屋として生きていけん。仮に合成屋をやるつもりがなくても、どこかから
リヴィア・メディロスの忠告。
それは黒江も薄々は考えていたことだ。ソウルジェムのカケラを巡って魔法少女と戦闘に発展した出来事を振り返れば、想像は難しくない。
「……あの。リヴィアさんも、そうなんでしょうか?」
「なに?」
「えっと……アルケミーキットを持っていましたし、狙われた事とか……もしかして車の中にいるお二人が、その用心棒だったり?」
「……ハッハッハッ! それはナイナイ! あいつらも無属性の魔法少女や。それに私らは調整屋や。合成屋としては活動してへん。確かにアルケミーキットは持っとったが、それは商品としてや。道具として使ったことは一度もない」
「……それでも」
「せやな。それでもアルケミーキットを持っているだけで狙われることもあるやろう。しかしな。私らはそれでも調整屋なんや。せやから他の魔法少女に襲われるなんてことありえへん」
調整屋は魔法少女に襲われない。それが当たり前かのように言うリヴィアの発言が気になった黒江は目を点にする。
「わからんか? だってよー考えてみ? 私ら調整屋は──こういう言い方は語弊を生むが──恩を売る仕事や。世界中を飛び回って魔法少女のソウルジェムを強化しとる。そのおかげで生き延びとる魔法少女は数多い。もちろん魔法少女同士の争いがあった場合、それを煽る遠因になるんは覚悟の上やけど……だからこそ私らは
リヴィア・メディロスは頬杖をつく。紅茶の中をスプーンで掻き混ぜながら。
「この資源世界で身を守るすべは最終的に暴力しかない。知を持とうが財を成そうが隕石ひとつで人間様はお陀仏や。その隕石を跳ね返せるほどの暴がないと、いかに知と財を蓄えようと意味がない。
からからと笑ったリヴィアはキャンピングカーに戻る。
そこで黒江はずっと考えていた。
合成屋は狙われて、調整屋は狙われない。それは少し変ではないかと。
調整屋は、魔法少女を調整することで恩を売っているから狙われない。
では合成屋は、魔法少女と取引することで恩を売っていることにはならないのだろうか?
(調整屋だってグリーフシードを代金として取引し、調整の依頼に応じている。合成屋と何が違うんだろう?)
黒江は思う。調整屋と合成屋。その違いは何か。相違点を探す。
魔法少女と一般人。その隔たり。
グリーフシードと実際の貨幣。そこには魔法界と一般界のギリギリの境界線を感じてならない。
妥当な対価と法外な対価。魔法少女は比較的容易に魔女を倒して素材を集めようと思えば集められる。だがそれを合成できる技術が合成屋にしかなく、合成品を手に入れたければ実際のお金が必要。合成屋にグリーフシードは不要なのだから。そこから生じる予想もできない軋轢が想像できる。
魂の潜在能力解放と合成品。内的な成長と外的な強化。調整屋は調整の際、魔法少女の記憶を読んでしまうため客に対する振る舞い方に気をつけることができるが、合成屋はそんなことできないためどうしても客の変化に気づけないことがある。
強盗の難易度。調整屋は相手が魔法少女なので難しいが、合成品は一般人なので簡単。
そうして幾つかの相違点は思いついた。この少しの違いが合成屋を絶滅に追い込んだのだろうか。であれば、なぜリヴィア・メディロスは黒江に合成屋を勧めたのか。気をつけろと口では言うが、ではどうやって危険に備えれば良いのか。
「……黒江姉?」
黒江は大金の入った封筒をテーブルに置いて席を立つ。そのままフゥ太の手を取って黒曜ランドに戻った。
それをキャンピングカーの窓から覗いていたリヴィア・メディロスは口の端が緩む。
「へぇ……その手で来たか」
「……先生。この場合、私はお役御免ですか?」
「せやな。お金を持ち帰る場合、ヨヅルに金を奪ってもらう予定やったが……もちろん演技やで? 脅かしたあとは、ちゃんと適正な代金を改めて渡す予定やった。さもなくばピュエラケアの名折れやからな。ただまぁ……少し予想外やった。あの子、意外と危機回避能力は高そうやな。なんで金を置いていったのか聞いてみたいわ」
「単に先生の視線を感じたのでは? それに金を置いていった所で、敵が見逃してくれるわけでもないでしょう」
「それは理屈が通じん狂人が相手の場合や。今回はあくまで“一般人と魔法少女の仲を取り持つ折衷案”を考えてもらいたかったんや」
「……と、言いますと?」
「合成屋は絶滅危惧種や。従来のやり方では黒江はんも
「……無償の奉仕、ですか?」
「さてな。それは取引相手次第やろ。要は何をすれば
リヴィア・メディロスは目を細める。
「性悪な魔法少女に捕まり拷問されて合成やらされた少女なんてごまんといる。だが隣の村では善良な魔法少女から神のように崇められて幸福な生活ができた合成屋もおる。つまりピンキリや。全ては相手の善意次第。そして相手の納得次第。それを見抜ける眼を持たねば合成屋は生き残れない。魔法少女の合成屋なら、調整屋と同じように取引して恩を売ることになるんやが……どうしても
「……凡人と魔法少女。必然的な力の差がある限り、同じ人間でも搾取する者と搾取される者とに分かれてしまう、ということでしょうか」
「せやろなぁ……魔法少女の合成屋なら、客として来た魔法少女は
「それはさすがに露悪的では? 客がそんな悪人ばかりではないと思いますが」
「悪人に見つかればそう見られるっちゅー話や。ヨヅルが今ゆーた通り客が善人なら何の問題もない。────要は猫が宝石店を開いたとする。そこに人間様が現れて強盗を働いても
「……聞いたことがあります。魔法少女至上主義という思想ですね。魔法界の歴史を知れば、その思想が珍しいことではないことが分かります」
「故に黒江はんは、その思想の持ち主と出会った時、どう対処するのか」
いわゆる合成屋の処世術。はたして黒江は現代の合成屋として、どういった環境に身を置き、危険をくぐり抜けるのか。
それが気になってしょうがないリヴィア・メディロスは祈るように見守る。
「無力な合成屋が安心してアトリエを開ける場所……黒江はんを守ってくれる魔法少女が多い場所……そこに身を置くことができることを祈るばかりやで……」
「さもなくば近代以前の合成屋と同じく搾取され、場合によっては死、あるのみ……というわけですか」
「心配しすぎ・考えすぎな気もするがな。しかし絶滅危惧種になっとるんは事実や。このくらいの杞憂はして当然やろ。当時は倫理観が破綻していたから合成屋はうまくいかんかったと私は睨んどる。もちろん現代のモラルが発達しているかと言われたら……うんまぁやっぱピンキリやと思うけど……ほぼ確実に生存率は向上しとるやろ。せやから現代ならうまくいくはずや。たぶんな!」
「……猫の宝石店、人間に潰されなければ良いのですが」
かくしてピュエラケアは黒曜ランドを発った。
そして黒江は悩み耽る。これからの自分は何を成せば良いのかと。
†