アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
朝方。黒曜ランドの地下施設にて。コンビニから帰ってきた黒江とフゥ太は、凪と共にパンを食べる。
「ごめんねフゥ太。昨日、お金を置いていっちゃって」
「ううん。黒江姉には何か考えがあったんだよね? 僕のことは気にしないで。そもそも匿ってもらってる立場なんだし、僕が文句を言う筋合いはないよ」
「……ありがとう、フゥ太……」
あのお金は貰ってはいけない気がした。その勘を信じて行動したが、そのせいでフゥ太にはひもじい思いをさせてしまった。ここ連日、最小限の食費だけで食事を済ませている。そろそろ帰りどきを見つけないと飯抜きの時間が出来てしまう。だが黒江はまだ何も見つけていない。黒江自身が“将来の答え”を見つけなければ、まだ家に帰ることはできない。少なくとも帰る意欲がない。そう黒江は感じていた。
「それより……合成は、もうしないの?」
「……まだ考え中。合成屋は危険が付き物って話で脅されたけど……考えてみれば、私は家の周りに護石で結界を張ろうとしていたし……それが気になった魔法少女に目を付けられたら、いい人だったらいいけど……ヤバイ人だったらやばくなるし……用心棒とか全然考えていなかった。そう考えると家族に護石を持ち歩かせるのもマズイのかもしれない……」
「でも護石がないと魔女の口付けをうけちゃうかも知れないよ?」
「……だよね。なんかほんと、ジレンマだよね……」
どちらを選んでも不利益は被らなければならない。ならばどちらの不利益に、より良い対策が立てられているか。それで判断して不利益を被る覚悟を決めなければならない。だが半人前の黒江には、未だ一つの対策も思い付いていなかった。
(用心棒……できれば強い魔法少女がいいけど……先人の合成屋って、奴隷みたいに扱われていた人もいたのかな……そういうのは、ちょっとヤダな……でも腕っ節が強いだけの一般人じゃ、魔法少女には勝てないし……魔法少女に勝てるほど強いアーティファクトを作ればいいと言っても、そんなのどうやって作ればいいのか分かんないし……そもそも私は────)
戦いが嫌で魔法少女を辞めたのに、なぜ戦いに備えなければならないのか。
黒江は堂々巡りの懊悩を繰り返す。
†
それから時間は流れに流れて昼頃。
「……ねぇ、フゥ太。お昼ご飯、買いに行こっか?」
「うん!」
スマホをいじって現実逃避するように時間を潰していた黒江は、フゥ太を連れて黒曜町に向かう。
「なに食べよっか?」
「僕カップラーメン食べたい!」
「えっ……そんなのでいいの?」
「だって黒江姉、いつも違うの買ってくれるけど、全部ヘルシーなんだもん!」
(一応、フゥ太がいるから栄養に気を使ってるんだけど……まぁいっか)
「分かった。じゃあお昼はカップラーメンにしよう」
「わーい!」
ふと前方にカーキ色の制服を着た中学生が数人、立ちはだかる。
驚いた黒江は悪い予感がして一気に背筋が凍り、フゥ太の手を強く掴んだ。
「よぉ嬢ちゃん。俺ら黒曜中のモンなんだけど……ここらじゃ見ない顔だな?」
「これからコンビニでお昼? 俺らもなんだよねー。ちょっと一緒にお茶しない?」
黒江はジリジリと後退するが、黒曜中の生徒は取り囲もうとしてくる。
(っ────この典型的な台詞……まさか、不良……!?)
「逃げんなよ。悪いようにはしないからさ」
「やっ……離して!」
フゥ太を背中に庇う黒江は片腕を掴まれる。
(痛っ……! やばい……霧の炎を使うべき? それとも雲の炎で────!)
覚悟より恐怖心が勝るせいか、リングにうまく炎が灯らない。
その時、餃子饅を食べながら塀の上を歩いていた赤ん坊が、不良生徒に絡まれる少年少女を目撃し、その身を翻して割って入った。
「なっ!?」「なんだお前は!」「ガキはあっち行ってろ!」
不良の怒気に気圧されない赤ん坊はキッと睨み、拳法の構えを取る。
「よわいものいじめ、ゆるさない! イーピン、よわいものたすける!」
次の瞬間、イーピンが手のひらで空を打った直後、透明な何かが不良Aに直撃。すると不良Aの拳が不良Bの顔面にクリーンヒットする。「ボガァ!?」
「な、何やってんだテメー!」「い、いや……俺にもなにがなんだが……!?」
「くらえ! 餃子拳!」
今度は両手で空を打つ。直後、それに命中した不良AとCは、互いに互いの顔面を全力でぶん殴り、吹き飛ばされて気絶した。イーピンは両手を合わせて会釈する。
「……い、いったいなんなの……」
黒江は事態の把握ができず動揺を隠せない。
一方、黒江の背中からひょっこり顔を出したフゥ太は「あっ」と声を上げる。
「
「え……フゥ太、知り合いなの?」
「ううん違うよ。でもマフィア界なら将来有望な殺し屋として有名なんだ。人間爆弾と言われる香港の殺し屋だよ!」
「いや、殺し屋って何!? どう見ても赤ん坊だよ!?」
イーピンは振り返る。黒江の顔を見つめてキッと睨む。
「えっ……」
もしかして赤ん坊だからと侮ったことで怒らせてしまったのか。思えば餃子拳とやらで自分の体の何倍もの大きさの不良を三人ともやっつけたのだ。その実力は本物だろう。それにまだお礼もしていなかった。
「あの……助けてくれて、ありがとう……」
「!」
イーピンはペコリとお辞儀するとダダッと走り去る。
「あっ……」
「忙しい子だね」
なにはともあれ助かった。黒江はフゥ太を連れて素早く買い物を済ませ、コンビニを後にする。
「この黒曜町も治安が悪いね……合成屋とか関係なしに用心棒が欲しいくらいだよ……」
「そういう時は逃げればいいんだよ。僕、追われ慣れてるから逃げるのうまいよ!」
「それはフゥ太が子供で元気があるからだよ……私だってそこまで足は遅くないけど、緊張して息が詰まって身動き取れなくなるし……」
「じゃあ練習しようよ! 僕、鬼になるから黒江姉が逃げてね!」
「フゥ太……それ鬼ごっこしたいだけでしょ?」
ここ数日、フゥ太は凪を誘って鬼ごっこやかくれんぼに興じていた。そんな気分になれない黒江が断ったため、フゥ太の遊び相手の矛先が凪に向いてしまったのだ。
(……まぁでも、ずっと考え込んでても仕方ないし……気分転換に少しくらいは遊びに付き合ってもいいかな……)
そんなことを考えていると黒曜ランドに到着。背後からタタタッという足音。不意に頭上を影が通り過ぎ、前方にくるくると回ってイーピンが着地した。焦るように餃子饅を食べながら黒江にまくし立てる。
「はみゃふみゃはみゃふみゃ!」
「えっ……なんて? 食べながら話されると、何を言ってるのか分からないよ……」
「違うよ黒江姉。今のは香港の言葉だ。────お前、そういえばさっき“黒江”と呼ばれていたな。暗殺すべきターゲットとは知らずに助けてしまったが、今度はお前を殺す────だってさ」
「はみゃふみゃ!」
「────はい?」
餃子饅を食べ終えたイーピンは身構える。餃子拳の構えだ。
対する黒江は状況が分からずうろたえる。
「な、なんで? もしかしてさっきのことで怒ってるの?」
「ちがう! イーピン、おまえあての“てがみ”もってる! だからおまえ、くびりころす!」
「なんでそんな物騒なこと言うの!? ねぇフゥ太、どういうこと!」
「僕にもさっぱりだよ」
ならばとイーピンは懐から手紙を取り出す。それを見たフゥ太はなるほどと頷いた。
「そうか……“死の手紙”か!」
「死の手紙?」
「それは今から殺す相手に送りつける暗殺の声明文だよ。でも、ただの暗殺依頼の文書じゃない。魔法界関連の暗殺依頼文書だ」
「えっ……」
「つまり魔法少女の誰かが、正規の手続きで裏社会のマフィアに暗殺を依頼したい場合、その死の手紙を魔法省に提出するんだ」
「いや暗殺に正規の手続きとか言われてもさっぱり意味が分からないんだけど!?」
「とにかく魔法少女の誰かが黒江姉を始末しろって依頼を出したんだ。それを香港のマフィアが受理したんだよ」
「いやなんで……まったく身に覚えがないんだけど……」
どうして殺されなければならないのか。それはあの世で知るがいいとイーピンは空を打った。
「きゃあ!」
直後、見えない塊が黒江の頬に当たり吹き飛ばされる。尻餅を搗くどころか背中を強打。すると体が勝手に起き上がり、黒江は自分の首を自分で締め始めた。
「うっ……な、なに……これ……!?」
「それは餃子拳だ! イーピンは食べた餃子饅のクサイ吐息を拳法で圧縮し、相手の鼻に送り込むことで脳を麻痺させるんだ。そして麻痺した脳は体を勝手に動かすから、相手は行動不能に陥り、おかしな体の動き方で自滅してしまう!」
そして気体は圧縮されているため透明に見える。それがイーピンの餃子拳の正体だった。
「うぐっ……!!」
自らの両手で首が締め上げられる。なんとかしようともがくが体の言うことがきかない。死ぬ気の炎を灯しての打開も試みるが、今の黒江は覚悟が不安定なのか死ぬ気の炎が灯らない。
「待ってイーピン! 黒江姉を殺さないで!」
「……」
フゥ太の懇願に応じず、イーピンは無言で構えを取り続け、対象の命が終わる瞬間まで見守り続ける。
「だってそれ、
「!?」
そしてフゥ太の言葉に驚いたイーピンは、そんなはずはないと手紙を取り出す。
「死の手紙には魔法省の印字が入ってるはずだ。でもその手紙には別の印字が入ってる!」
「!」
「イーピン……その手紙、見せてくれないかな?」
「……」
イーピンは手紙を渡す。その間も黒江の首は締まっている。
「────やっぱり。これ、ピュエラケアの印字だよ! 死の手紙じゃなくて、ただのお手紙だ!」
「!?」
「あっ! そういえばイーピンはド近眼ってうわさを聞いたことがあるけど……もしかして……」
「…………」
イーピンは滝のような汗を流す。
「やっぱり赤ん坊に殺し屋をさせるのはちょっと難しかったんだよ。修行不足だね、イーピン」
「……!!」
青ざめてショックを受けたイーピンはその場で膝と両手をつく。
「ま……まって……それなら、はやく……これ……どうにか、して……っ!!」
「そうだイーピン! 黒江姉を餃子拳から解放して!」
「!」
イーピンは空を打つ。それが黒江の体に優しく命中すると、不意に身動きが取れるようになった。
「かはっ……! げほ、げほっ!」
「黒江姉! よかった……間一髪だったね!」
「……」
大量の汗を流すイーピンは申し訳なさそうに俯いている。
やがて喉をさすって起き上がった黒江は、フゥ太から手紙を渡される。
「い、いったい何がどうなって、こんなことに……」
「さぁ。手紙を読んでみたら?」
黒江は封を切って中身を検める。すると手紙の中から、明らかに平らな封の中には入りそうにない小道具が三点、突然と空中に弾き出された。それは見透かすランタン、開けるゴマの実、羽撃く目玉。リヴィア・メディロスに譲ったはずの合成品だった。
黒江は手紙の内容を読み上げる。
【さいなら 親愛なる黒江はん。
金を置いていった代わりに必要になるかもしれへんものを返品しとくわ。
それと、無力な合成屋の処世術が魔法界でどこまで通用するのか期待しとるで。
────どうか、黒江はんの人との巡り合わせが良いものでありますように。
凡人の合成屋は運の善し悪しが生死に直結するからな。まぁ悪魔が居るなら大丈夫やろうけど。
ほんなら達者でなー!
追伸。この手紙を持ってきた奴は将来有望な殺し屋のイーピンっちゅー赤ん坊や。
でも赤ん坊だからってなめたらあかんで。本気を出せば餃子拳で波動すら麻痺させる手練やからな。
つまりや。そいつを用心棒として雇ったらええんとちゃう?
イーピンはド近眼やから間違って黒江はんを殺そうとしたやろ。
ならそれダシに使って雇えばいい。まぁ本当にそうするかは……あんさん次第やけどな?
リヴィア・メディロス】
「……リヴィアさん……もっとほかに、穏便な返品の仕方は無かったんですか……」
余計なお世話と言いたい気持ちもあるが、同時にそれだけリヴィアに期待されている事を察した黒江は溜め息をつく。
「危うく殺されかかった……もう嫌だよ……命の危険を感じるのは……」
「黒江姉? どうしたの?」
黒江は全てに絶望したかのように落ち込んでしまう。
それを目にしたイーピンは自分のせいだとショックを受けて汗が止まり、引き絞る喉を勇気を出して開き、震えるような声を発した。
「────ご、ごめんなさい……」
「……?」
「イーピン、どきんがん。もじ、ほんとはよめなかった。しのてがみ、かんちがいした。でもそれ、いいわけならない。ごめんなさい……」
「……。……別にいいよ。ほら、私も無事だったし……誤解が解けて良かった」
黒江は(いやほんと、危うく殺されるところだったけど……)と汗をたらして口に出したかったが、本当に反省して落ち込んでいる赤ん坊を前にして、これ以上追い詰めるような言葉は口にしたくなかった。
「イーピン、まだまだ。みじゅくなじぶん、きたえなおす! にほんでしゅぎょう!」
「そ、そう……私としては、そもそも殺しを辞めてもらいたいんだけど……」
「だめ! イーピン、いちにんまえなって、ししょーにみとめてもらう! ……」
「……?」
ふとイーピンは汗を流してモジモジとする。
「どうしたの?」
「! ……黒江、フゥ太、イーピンのまちがい、ただしてくれた。
「友達? それは……まぁ……断る理由もないから、別に構わないけど……」
「……! 謝謝! あと、そのてがみ、イーピンようじんぼう、やとう、かいてあった? ならイーピン、それうけおう! おかねはいらない! これ、しゃざいのきもち!」
そこで黒江は思った。
(ぶっちゃけ雇うかどうかは迷っていたけど、勝手に買って出てくれた……まさかとは思うけど、リヴィアさん……この展開を見越して、イーピンって子を寄越したのかな……? 私、優柔不断だからなぁ……)
「そっか! 黒江姉、仲間が増えたね! イーピンよろしく! 僕フゥ太!」
「イーピン!」
「かけっこする? おにごっこ? それともかくれんぼの方が好き?」
「イーピンかけっこだいすき!」
「やった! 黒曜ランドは広いんだ。あ、でも瘴気が多いから走っていいのは外周だけね」
「わかった!」
「それじゃあ、よーいドン!」
「イーピン負けない!」
フゥ太とイーピンは一秒で友達になって走り出す。
「あ、ちょっと! お昼ご飯はどうするの!?」
「もっとお腹減ったら食べるー!」
「イーピン、ギョーザまんじゅうある!
「いや……そういうことじゃないんだけど……子供は元気だなぁ……」
かくしてイーピンは黒江たちの友達となり、黒江の用心棒を買って出たのだった。
†