アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
「…………」
車窓のスライドショーは、街の山肌から緑の山肌へと移行する。
ぼーっと頬杖を突く悪魔は、虚ろな瞳で明日のことに恐怖した。
(……これで自殺でもされたら、いよいよ敵わないな……)
ふと悪魔の脳裏によぎったのは、小雨の中、歓楽街から立ち去る黒江の後ろ姿。
(……ハァ……)
悪魔契約によって魔法少女を辞めることができても、今まで積み重ねた生存競争の罪を感じて、今まで積み重ねた
そして泣きたくなるほど辛くなった時、悪魔は無意識の防衛本能から、
────ボクらは合意の上で契約を交わしたんだ。それなのに後で文句を言うのは筋違いだよ。
(……ッ)
歯ぎしり。
「……なぁキュゥべえ。黒江の様子は?」
「いま家に帰ったところだよ」
キュゥべえは再契約を期待しているため、悪魔契約を交わした女の子のことは当然、追跡や監視を怠らない。そのついでとして、悪魔はこまめな生存報告と心理状態のレポートを要求している。ちなみに《こまめな》というのは、いちいちこうやって質問しなければ、キュゥべえはその子の生死や安否について教えてくれないからだ。
キュゥべえにとって再契約は望むところで、その機会を失うのは惜しいはず。しかし代わりはいくらでもいると思っているためか、わざわざ自殺を止めるような真似はしない。それどころか自殺を止める労力を“無駄”と判断した上で無視している可能性が高い。そして彼女たちが死んでいくさまを見下ろして、きっと次のようなことを呟いてその場から立ち去るのだろう。
────まったく、わけがわからないよ。
それは今まで悪魔が見てきた光景でもある。そのたび殺意と憎悪が噴き出して、無念と悲観に襲われて、心がどうにかなってしまいそうな絶望感と虚無感に苛まれた。そのたび涙は枯れ果てて、そのたび彼は奮起する。
そして悪魔は懊悩し、分かりきった解決策を棚上げして、その上でどうにかできないかと考える。愚かな思考を繰り返す。
(そもそも自殺してほしくないなら、その子の背後関係を全て洗うべきなんだ。そしてしっかりとアフターケアを取る。これさえできれば未然に悲劇を防げるはず。けどそんなこと一人ひとりしていたら月日がいくらあっても足りない……
────でも、それは怠惰じゃないのか……? いや、疑問符を付けるまでもない。これはどう考えても明らかな怠慢だろ。オレがもっと一人ひとり、きちんと最後まで寄り添って向き合えば、どれも避けられた結果だったはず。きっとそうだ。いやそうなんだよ。……
悪魔が目的を急ぐ理由。それは強いて言うなら寿命だろうか。大切な女の子を三人とも生き返らせる。そしてインキュベーターに復讐する。そのためには何年、何十年、何百年かかるか分からない。最悪、何千年、何万年と掛かるかもしれない。その上、悪魔は普通の人間だ。ただの人間が魔法を行使するためには、魔力を生成するために生命力すなわち寿命を削る必要がある。計画自体が長い年月を要するものなのに、それに加えて寿命の問題があるときた。よって悪魔は延命のため、週に一度の食事で細胞の分裂回数を抑制し、大雑把に見積もって寿命を五百年先まで伸ばした。これでも計画の壮大さを思えば、五百年の寿命はかなり短い方で、なんとも焦る気の遠い道のりである。
そして悪魔の優先順位。それは赤の他人の心配より、自分自身の目的を優先している。それは悪魔と名乗る前の彼ならば絶対に有り得ない信条である。それゆえに彼は名を改めた。あの日あの時、病院の屋上で覚悟した。自らの目的のためには、時に非情な決断を要すると見越して、その決意を固めたのだ。自らの目的のためには、時に他人を思い遣る優しさを減らし捨てる必要があると見越して、その決意を固めたのだ。それは誰よりも鈍臭いからこそ、自分と似たような人の気持ちが分かる■■■■の
────オレは悪魔だ。ひどい悪魔だ。だからもう、あのダメダメな■■■■じゃない。
自身の罪を“悪魔”に被せるため。自身の罰を“悪魔”に与えるため。普通の人間だった■■■■の名前を捨てることで、これから行なう全ての非道を“悪魔”という別人格に押し込めようとした。そうして自分の罪を誤魔化そうとしている。そのことに気付きたくなくても、
自らの
(オレは急ぐ。死ぬ気で急ぐ。でも死ぬ気で困っている人も助けたい。傲慢なのは分かってる。強欲なのは分かってる。でもオレは、それでも最善を尽くしたいんだ。この決意と覚悟が最悪であることなんてわかりきってる。愚かでも馬鹿でも、それでもオレは、オレ自身を救った上で、誰かも救わなくちゃいけないんだ────)
敢えて最悪を選んだ上で最善を選ぶ傲慢さは醜悪だ。これを偽善と言わずなんと言う。
しかして廻り巡る思考の果ては絶望の坩堝と化すのが道理。それでも悪魔の思索は止まることがない。
(急ぐ上で助ける。そのためには、もっとほかに方法があるはずだ。けどこれ以上なにを……やはりこちらから連絡するべきか。でもそれで着信拒否された例もある。そもそも、こんな肉体関係を結んだ時点で嫌われるのは当然だ。誰も相談なんかしてこない。相談してくるはずがない……)
そして人知れず死なれた時、悪魔は“偽善”という言葉を痛感する。それは分かりきった結果であり、備えなかったが故の顛末であり、なにより当然の帰結なのである。最悪の中の最善こそ偽善。それに気付いていながら、悪魔はどうしようもない現実に打ちのめされて、なお歩き続ける。
しかしてキュゥべえは、そういう結果になった時、いつも決まりきった皮肉交じりの文句を述べるのだ。
────あのまま
(……そんなクソみたいな台詞を、また聞かされるのかな……)
そうはならないよう、悪魔は今までの失敗を思い返し、昨日何回も考えたことを今日び何回も考え直す。
(世の中には、努力したくても努力できなかった人がいる。嫉妬や劣等感に苛まれて友情を結べなかった人がいる。いつだって全てに勝利できるわけじゃない。リベンジのために立ち上がる気力も普通は続かない。頑張ればいつかは報われると言うが、じゃあいつまで頑張ればいいんだ……? 人の心には限界がある。その限界を支えてくれるのが家族や友達、なにより仲間だ。けど、その支えを受け入れる
そこで悪魔は、とある先輩の言葉を思い出す。
────この世に強者なんていないさ。在るのは弱者のみ。故に生き物は群れを成す。ボクは違うけどね。君たちとは生き物としての性能が違うから、そもそも群れる必要がないんだ。だってボクは
(……なら、群れを成せない生き物は……? どうすればそういう子を助けられる。どうすればそういう子を救える? いや、そもそも助けるとか救うとか、そういうおこがましいのは、上から目線なんじゃないのか……? 何もかもが弱い人に寄り添える精神性……オレは、きちんとそれを持っているんだろうか……いや、仮に持っていたとしても、こうして黒江を放っといて次の町に行く電車に乗っている時点で……)
悪魔の思考が悲観的に近付く。すると悪魔の思考は
悪魔の思考は別の話題に移る。
(……たしかに以前のオレは、勉強も運動もダメダメだった。けどオレは友達に恵まれた。だけど世の中にはそれにすら恵まれない人だっているはずだ。もしそういう人と出会った時……オレはその人から“強い人”として見られてしまうのだろうか? 相手と感情を分かり合いたい。希望と絶望を分かち合いたい。けど、いくらこっちが歩み寄っても……)
悪魔は思い出す。
────ごめんなさい。悪魔さん。せっかく助けてもらったのに……私、もう全てがイヤになっちゃって────
────最初から再契約して願い事を叶え直したら死ぬつもりだったんだ。だから止めないでね、悪魔くん────
────もう関わらないで! アンタみたいなイイ奴がいるから、余計にアタシは惨めになる!!────
────独りがいいの。独りじゃないとダメなの。もう誰も恨みたくないし妬みたくない。だから────
────感謝します。私の暗い人生の最後に、とっても暖かくて楽しいひと時をくれて、ありがとう────
そう言って死んでいった名前のない魔法少女たちの遺言を脳裏に反芻する。そして悪魔の右手中指に光る指輪。それは彼女たち魔法少女の砕けたソウルジェムの欠片を混ぜ合わせて造った特別なリング。その色は黒く濁った橙色。光の加減によっては黒紫色にも見える。それは彼女たちの希望と絶望を全て包み込んだ夜空の色。
(……弱者には段階がある。弱さを自覚して強きを目指す底意地が残っている場合と、それが何一つ残っていない場合だ。彼女たちは圧倒的に後者だった。オレは圧倒的に前者だった。その差が彼女たちを死に追い込んだ。もうどうしようもないタイミングだったとしても、全てが手遅れだったとしても……みんなが死んでしまったのはオレの
「────っ!」
悪魔は突然の頭痛に眉をしかめる。加えて左目の奥がジンジンと熱くなり痛みが増す。それは頭の使いすぎ、考えすぎの痛みであった。それを見て取ったキュゥべえが問いかける。一応、悪魔は保護対象であるため、その体調を観察しているのだろう。
「どうして君は悪魔契約をしたあと、決まって暗い顔をするんだい?」
「……危惧しているからさ」
「何を? まさか、また魔法少女の自殺の話かい? それなら君はよくやっているよ。百人中、六人以下が自殺を選ぶ程度じゃないか。随分と辛そうだけど、それの何が不満なんだい? 君はそこまで完璧主義だったかな」
「人の命が掛かってるんだ。完璧を目指して何が悪い……それより、もし黒江に何かあればすぐに報告しろよ」
「また助太刀魔法で何かあれば飛ぶつもりかい? まったく……わかったよ」
窓の外の景色が緑の山肌から大都市の山肌に移り変わる。
その時、悪魔の右目の奥に光る藍色のソウルジェムが反応を示した。
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