※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【今は、私に身を委ねてくれますか……?】黒江〔泥のボス〕

 

 完全崩壊した黒曜ランドの地下深くにある大空洞にて。

 

 多くの建物の残骸と倒木が積み重なる中、大空洞の中心だけは巨大な魔女が飛び上がった所為か、丸く切り取られたように何もない更地のような場所になっていた。その更地の中央には、人間大の壺が置いてあり、呪符のような札が何枚も貼り付けられた注連縄(しめなわ)が巻かれていた。しかし注連縄壺の蓋は外されており、その蓋は何か途轍もない力で粉砕されて木っ端微塵となっていた。

 

「……時女一族……凍季集落……注連縄壺……尾獣……七尾……超大型魔女……これらキーワードから憶測で語るなら、大昔に時女一族の英雄が尾獣を壺の中に封じ込めたんだ。倒せないほど強い魔女を……それが最低七体いる」

 

「あの……悪魔さん。そもそも時女(ときめ)一族って……」

 

「黒江。時女一族とは、魔法界の立場から日本を守るために創設された組織だ。暗部……つまりマフィアと変わらない。法に縛られず日本を魔女から救う集団だ。……歩き巫女って聞いたことないか? 時女一族は魔法少女を《巫(かんなぎ)》と呼ぶ。やがて死炎技術が流入すると、時女一族は魔力と死炎を混ぜ合わせた新エネルギー・チャクラを発明した。そしてチャクラを使う巫を《忍》と称するようになり、チャクラによる技術を《忍術》と称するようになった。これが魔法界における忍者の発祥だとされている」

 

 そして悪魔は呟く。

 

「時女一族は昔、いくつかの集落があった。現代では廃れて宗家の時女集落のほか、二つくらいしか集落が存続していないようだが……それで少し気になることがある。それぞれの分家集落は宗家たる時女一族に敬意を払い、時女の《時(とき)》から名前を取って、必ず集落の名前を《とき》《とうき》といった読み方で名付けるよう統一したそうだ。土岐(とき)集落・朱鷺(とき)集落といった具合にな……」

 

「……そういえば、あのくノ一たちは凍季(とき)集落って言ってましたよね……でもここ、黒曜町ですよ?」

「つまり凍季集落はいつしか滅び、そこに黒曜町が出来上がった。そういった土地の変遷、歴史の移り変わりがあったんだろう」

 

 その時、十年後イーピンの体がボフンと音を立てて白い煙に紛れ、それが晴れると赤ん坊のイーピンが姿を現した。

 

「? 黒江、みっけ!」

「イーピン!? じゃあホントに、さっきの女の子は十年後のイーピンなの?」

 

 思い返せばイーピンに渡したモノクルと全く同じものを持っていた気がする。それも古ぼけていた。まるで十年の月日が経ったかのように。

 

「うぅん……」

「フゥ太! どこか痛いところない?」

「黒江姉……僕はなんともないよ。助けてくれてありがとう」

「……よかった……」

 

 黒江は安堵したのか足の力が抜けてしまう。

 

「まぁなんだ。みんな無事なら結果オーライだろ!」

 

 指を咥えるランボを肩に乗せたむくは満面の笑みで全員の無事を喜ぶ。

 そこにシトピ隼人、笹川了子が降り立った。

 

「十代目! いえ悪魔様、ご無事ですか!」

「笹川了子、推参! とんでもない地震だったな! 外はパトカーと救急車で大騒ぎだぞ! まぁ特にけが人は居ないそうだが!」

「隼人。お兄さん。さっきは助けてくれてありがとう」

「なんの! 右腕として当然のことをしたまでです!」

「それより沢田。帰ってきたのなら知らせんか! ボクシング部総出で歓迎するというに!」

「すみませんが遠慮させてもらいます。すぐに神浜市に帰らなきゃいけないもので」

 

 そこで悪魔はジュリー凪を見つめた。

 

「凪。どうする?」

「……え?」

「黒曜ランドは見ての通り、大崩落で完全に跡形もなくなった。もう人が住める場所じゃない」

「……!」

 

 凪の瞳が揺らぐ。それでも悪魔は言葉を続けた。

 

「おそらく大量の魔女が集まっていたのは、封印が弱まって注連縄壺から漏れている瘴気に引き寄せられていたのが原因だろう。その原因も解放されて飛び去ってしまった以上、もう魔女が集まることはない」

 

 そこで隼人とむくが言う。

 

「そもそも魔女は人を襲う生き物ですし、廃墟に集まることが異常だったっすもんね。おかしいとは思ってたんすよ」

「それにここまで地形が陥没したら、もう普通の人じゃ近寄れねぇよな。ってことは魔女も、人が来ないこんなところには用がねぇってことだし」

 

 凪は徐々に俯いていく。彼らの言うことは正しい。それでも黒曜の思い出を大切にしている凪にとって、それは許されない提案だった。

 

「……凪。ここが凪にとって大切な場所であるのは重々承知している。城島犬や柿本千種、M・M(エムエム)……そして六道骸との思い出の場所だ。けれどオレは、もう少し外の世界に出てみてもいいんじゃないかと思ってる。骸だってそう思っているはずだ」

「……! 骸、様が……?」

「嘘だと思うなら聞いてみればいい。あいつも直接言えばいいのに、カッコつけて遠まわしなやり方をするからな。たとえば最近、お前の現状を説教する者が現れるとか……なかったか?」

「────!」

 

 そこで凪は思い付く。先日、世界を周る調整屋・ピュエラケアが現れたことを。

 

「……あった。リヴィア・メディロスという人が……合成屋を勧めてきた……」

「……そうか。オレもピュエラケアとは数ヶ月前、湯国市で面識があるけど……凪について語ったことは、たぶんなかったと記憶している」

「…………」

「ともあれ凪。自分で決めるんだ。これからどうする? せめて今日の宿くらいは決めておこう」

 

 凪は問われる。これからの行き先を。

 

「俺の寿司屋にでも来るか? ほかんとこもねぇだろ」

「……! 雨の人……」

「そうだな。こいつの家が一番いい。俺も湿ったとこに通うのはヤなんだよ。そろそろまともな場所に身を置けっつーの」

「嵐の人……」

「極限、俺の家でもいいぞ! あぁだが恭弥の家もいいな! あいつは名家に住んでいるから豪勢な料理が振る舞われるはずだ! ガリガリの体は見ていて我慢ならん! もっと栄養つけて極限ボクシングだぁ!」

「晴の人……」

「あのねー。あのねーランボさんはねー。みんなの家もいいけど、むくの刀であっち行ったりこっち行ったりして遊びまわってるんだー」

「雷の子……」

 

 沈黙が流れる。みんなは視線を逸らし、急かすことなく、ゆっくりと凪の決断を待っている。

 一方、黒江はどこか他人事とは思えない気分で、迷う凪を見つめていた。

 

(凪さん……思い出の場所がこんなことになってツライだろうな……凪さんなら、無理にでもここに住みそうな感じがするけど……さすがにそれは放っておけない……でも部外者の私が口出しするのは……なんか気まずいし……)

 

 悪魔は直感する。凪と黒江の苦悩を。

 そこで考える時間を作らせようと話題を変えた。

 

「……ところで黒江。お前、合成屋になったのか?」

「へ?」

「背中と腰に提げている杖と短剣。どう見ても魔法武具だ。リングも付けているし、死ぬ気の炎で稼動するのか? どうやってそんなことができるように────って、あぁ、そうか。ピュエラケアが来たんだったか。リヴィア・メディロス……とんでもない道に引きずり込んでくれたな……」

「あぁ……はい。なりゆきで……その……」

 

 黒江は頬をかいて苦々しく笑う。生きるために仕方なく、といった感じである。

 

「それじゃあ、黒江はどうするんだ?」

「……はい?」

「凪も問題だが、黒江も心配だ。二人とも数日間は一緒に過ごしたんだろう? オレにはいいコンビに見えるんだが」

「え……!?」

 

 そこでフゥ太がここぞとばかりにジャンプして手を挙げた。

 

「はいはいツナ兄! 僕もそう思うよ!」

「……悪い。お前だれだ?」

「僕はフゥ太! 色々あってツナ兄に匿ってほしかったんだ! 僕はツナ兄と行きたい!」

「え、フゥ太!?」

「でも僕、黒江姉とも凪姉とも離れたくない! イーピンとも! だってせっかく友達ができたんだ!」

 

 フゥ太は振り返ると、上目遣いで黒江を見上げる。

 

「ねぇ黒江姉! 僕と一緒にツナ兄の所に行こうよ!」

「えぇ……?」

 

 そこで隼人が驚いたように口を開けてフゥ太を指さした。

 

「あぁ! ってことはお前は、マフィア界でうわさのランキングフゥ太!! 情報屋としては最高峰の戦力になるっすよ、悪魔様!」

「隼人……」

 

 悪魔は呆れたように溜め息をつく。

 

「何度も言うが、オレはファミリーを作る気はない」

「さすがツナ兄! 野望のないボスランキングで堂々の1位なだけあるね!」

「そもそもボスじゃないからな」

「あと頼まれたら断れないランキングでも1位!」

「…………そうか?」

 

 悪魔は納得がいかないようで周りに振ると、隼人はウインクしてサムズアップし、むくは笑顔で応えた。

 

「……そうなのか……」

 

(私は2位だったけど……やっぱり悪魔さんが1位だったんだ……)

 

「でもツナ兄、頼りにならないランキングでは最下位なんだ!」

「なにぃー!? テメェ! 悪魔様を愚弄する気か!」

「まーまー隼人、落ち着けって!」

 

 隼人の暴走をむくが止める。

 そこで黒江が言った。

 

「でもそれって……悪魔さんが“ダメツナ”だった頃の情報ですよね……?」

「……だろうな」

「え、どういうこと!? ちなみにツナ兄の総合的な戦闘力も知力も、マフィアのボスの中では最下位なんだ!」

「まぁ、だろうな」

「テンメェー!」

「どーどー隼人。どーどー」

 

 フゥ太はランキングブックをしまうと、両手を合わせて上目遣いしてくる。

 

「それでも僕にはツナ兄しか頼れないんだ! お願いだよ! 助けて……!」

「…………断る」

 

 次の瞬間、フゥ太、黒江、隼人、むく、良子が驚いた。

 

「えっ!」

「!」

「なっ!」

「あり?」

「む!」

 

「……今のオレは荷物が多すぎる。フゥ太を守りきれない」

「……そんな……ツナ兄が断るなんて……僕のランキングが、初めて外れた……」

 

 フゥ太は震える。それが泣き出す前兆だと思った黒江は慌てて慰めにかかった。

 

「ふ、フゥ太、泣かないで! 大丈夫だよ、私も一緒に頼むから────」

「す────すごいよツナ兄! 僕のランキングを覆すなんて! やっぱりツナ兄しかいないや!」

「……あれ?」

 

 フゥ太は悪魔の体に飛びつく。その光景に一抹の寂しさを感じた黒江は、でもこれで良いのだと考える。

 

(私じゃフゥ太を守りきれない……私のせいで何度危険な目に遭わせたか……)

 

 しかし悪魔はフゥ太の体をそっと引き離した

 

「ダメだ。言っただろ。今のオレには守るものが多すぎると。肝心な時にオレが駆け付けてこれなかったら、フゥ太はどうするつもりなんだ?」

「えっ……それは……」

「保険はいくつもあった方がいい。違うか?」

「────!」

 

 賢いフゥ太は察しが良い。悪魔の言わんとすることを見抜いたフゥ太は、さっそく黒江に駆け寄った。

 

「黒江姉! 僕ツナ兄の所に行きたい!」

「う、うん……私も、それがいいと思うな……だから、ここでお別れ……」

「え! なに言ってるの!? 黒江姉も一緒に来てよ! みんなで行けばきっと楽しいよ! それに今の僕は感動してるんだ! ツナ兄は僕のランキングブックに全く当てはまらない! 性格も何もかも! まるで魔法みたいだ! だから僕、もっとツナ兄のそばで感動したい! それに黒江姉の合成もお手伝いするの楽しいんだ! 魔法の産物だからランキングブックでも何ができるのか分からなくて感動するんだよ! だから一緒にいこーよー! ねぇーおねがいー!」

「えぇ!? ちょ、そんなこと、いきなり言われても……だってそれって悪魔さんと一緒に旅するってことでしょ? なんか大変そうだし、絶対邪魔になるし……」

「くぅ~ん……黒江姉ぇ~……」

「また小動物みたく!」

 

 フゥ太は黒江の腕を引っ張って悪魔のそばに意地でも連れて行こうとする。

 

「オレは構わないぞ。というか、オレは今“みかづき荘”という場所で世話になっている。そこなら黒江やフゥ太も受け入れてくれるんじゃないかな」

 

 また七海やちよに小言を言われそうだが……と思いつつ、悪魔は面倒事をみかづき荘に押し付ける気でいる。

 

「────ボス」

 

 その時、初めて凪が口を開いた。意思を決めたのだろうか。みんなが固唾を飲んで見守る。

 

「……ボスが決めて。私、ボスの命令なら従う」

「ダメだ。自分で決めろ」

 

 既にヒントはばら撒いたが、自らに自信がなく、かつ視野が狭くなっていると、なかなか押し込むような行動は取れないものだと直感する。

 

「……お願い、ボス」

「…………はぁ。なら凪。オ(・)レ(・)は(・)ボ(・)ス(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。誰かの上に立つ人間ではない。だが一個人としては提案できる」

「……!」

「凪。ここ数日、黒江と過ごしてどうだった?」

「?」

「年の近い子とは……まぁ、隼人やむくもいることだし、去年と比べたら随分と他人の優しさに触れて慣れてきただろうが……今回ほど密着したことは無かったんじゃないか?」

 

 凪は頷く。それはそうだと。

 

「ところで黒江。お前、凪が必要と思うか?」

「えっ」

 

 なぜこちらに振ってくるのかと黒江は動揺する。

 

「路頭に迷う少女が二人。オレには、一人じゃ出来ないことも、二人いればなんとかなると思うんだが……」

 

 そこで隼人はピンと来た。むくも「なるほどな」と察する。対する良子は疑問符を浮かべており、ランボは指を咥えてじっと観察していた。

 

「新しい黒曜とまでは言わない。黒曜はひとつしかないわけだしな」

「……」

「フゥ太はオレの所に来たいらしい。でも黒江とも一緒に居たいらしい。なら君は?」

「イーピンのこと? イーピン、ともだち、いっしょ、いたい!」

「イーピンも黒江に付いていくつもりなのか。そしてフゥ太とも一緒にいたい。離れ離れは嫌だ。そう思っている」

 

 悪魔は溜め息をつく。

 

「まったく子供はワガママだな。フゥ太もイーピンも正直だ。それなら凪も、昔は一度も許されなかったワガママを、ひとつくらい、言ってみてもいいんじゃないか?」

「────…………」

「凪。なぜオレが凪のことを“クローム髑髏”と呼ばないか知ってるか?」

 

 凪は首を横に振る。

 

「別にそう呼んでもいいんだが……オレなりに、もう黒曜には縛られないでいて欲しいと思っているんだ。縛られるんじゃなく、自ら選んで黒曜にいるべきだと思っている」

「……縛られる。自分で選んで……?」

「何も黒曜ランドにいることが、骸たちと一緒にいることになるわけでもない。場所も大事だが、思い出ってのは覚えていてこそだ。こんな大空洞ができても、凪にとって大切な黒曜ランドであることには変わりない。なら遠く離れた所にいたって、別に凪の大切な思い出が無くなるわけじゃないだろ?」

 

 ────羽ばたこうぜ。

 

 最後にそう言った悪魔は、困ったように首をかしげて微笑みかけた。

 

「……っ」

 

 凪は苦しんでいる。その考え方に至るのは、今から数年後になってのことだ。急激な成長を促すと、人は必ず葛藤する。それを直感していても、悪魔は心を鬼にして選択を迫った。色々と説得したが、物は言いようだ。結局はこの場所から凪を安全なところに連れ出したいだけのワガママなのだから。

 

(……凪さん。屈んでうずくまっちゃった……どうしよう……見ていられない……)

 

 黒江は少しずつ凪に歩み寄り、そのそばに屈んで背中をさする。

 

(震えてる……きっと死んじゃった黒曜の人たちを思い出してるんだ……体がとても冷たい……こんなの放っておけないよ……)

 

 その時、地上から一人の凶暴が降り立った。

 

「────なに? いつの間にそんなに群れてるわけ? 咬み殺されたいの?」

「恭弥……」

「テメ、おせーんだよ! 守護者の自覚あんのか!」

「げっ……おい隼人やめようぜ。逃げないと殺られる……」

「おう恭弥! 何をしていたのだ! 友がピンチなのだぞ!」

「友? あぁ……彼女のことかい? 彼女はただの取引相手だ。友達だと思ったことはないね」

 

 それに隼人は「なんだとテメェ!」と突っ走りかかるが、むくが焦って抑え込む。

 

「それより……悪魔。ここであったがなんとやらだ……ちょっと遊んでいこうよ」

「その遊び、死人が出るぞ?」

「君の……ね」

 

 恭弥は紫色の匣兵器を取り出す。悪魔も同様の匣兵器を取り出しつつ指示を飛ばした。

 

「全員退却。戦闘に巻き込まれる前に大空洞から離脱しろ。ただしオレと一緒に来たい奴はホバーシールドに乗っかれ」

『了解っ!!!』

 

 隼人、むく、ランボ、良子は跳躍し、地上に出て逃げおおせる。

 一方の凪はうずくまったままで、黒江、フゥ太、イーピンが取り残された。

 

「なんだ……つまらない。一網打尽にできると楽しみにして来たんだけどね……」

「そうならないよう逃げたんだ。戦闘狂(恭弥)」

 

 開匣。雲ハリネズミがきりもみ回転して突撃し、雲の火花を散らして激突する。

 

「ワオ。よく鍛えてるね。この短期間で相当な修羅場を潜ってる」

 

 恭弥の雲系リングが三個、パリンと砕ける。

 

「そっちは炎圧七桁とか規格外過ぎるだろ。匣兵器を破裂させたいのか?」

「七桁が規格外? こっちのリングは精製度がEランクでね……これでも一割の力しか出せていないのさ」

「さすがは化け物だ」

「君のお姉さんを除いて、僕は君たちとは生き物としての性能が違うのさ」

 

 ギュルギュルと激しい金属音を立てて火花を散らす雲ハリネズミの激突は続く。

 そこで恭弥アーデルハイトは妙なセリフを呟いた。

 

「ロール。《裏・球針態》」

「────っ!? 絶対的遮断力の内幕……!?」

 

 悪魔が直感した時には全てが遅かった。恭弥の雲ハリネズミ・ロールの体が光り輝いて膨張する。その膨張膜に飲み込まれた瞬間、悪魔と恭弥の武装が──ソウルジェムを残して──全て、膨張膜の外に弾き出された。膨張膜の内側には無数のトゲが突き出しており、空気中の酸素が急速的に燃焼していく。

 

「!?」

「!」

 

 そこで悪魔はパンツ一丁のまま立っていた。それを見た恭弥は舌なめずりする。

 

「……裏・球針態とは、対決する者を除き、あらゆる武装を外界に排除する代物だ。さすがにソウルジェムまで弾き出すと僕も死ぬ恐れがあるから残してあるけど、匣兵器などは全て遮断される」

「……それでオレの服も外に弾き出されたというわけか。アレは隼人と凪が戦闘用に作ったバトルパーカーの匣兵器だからな」

「滑稽だね。慙死(ざんし)するかい?」

「いいや。初心を思い出せた」

 

 四方を無数のトゲで囲まれ、酸欠状態でのデスマッチ。

 

「こちらはソウルハーフリングが一つ。君はソウルハーフリングが六つ。と、右目にソウルジェムが一つ、左目にグリーフシードが一つ。本来はグリーフシードも弾き出すんだが、叛逆効果で阻害されたか。そっちの方が武器の数は多いけど……君は魔力を使えない。宝の持ち腐れ……いや、魂の持ち腐れだね」

「魔法なんて使わなくても、死ぬ気だけで勝ってみせるさ」

 

 両者駆け出す。悪魔の拳と恭弥の拳が交差する。かたや険しい表情で、かたや喜々とした表情で。

 

          †

 

 裏・球針態の外では。黒江が心配そうに雲の炎の膜を見つめており、凪、フゥ太、イーピンを庇っていた。

 

「悪魔さん……どうして恭弥さんは、こんな戦いを……」

 

 黒江は知らない。悪魔と恭弥の出会いが、人に言うには憚られるものであることを。そしてそれを差し引いても、単純に恭弥は悪魔と戦いたいだけであることを。

 

「……乗って」

「──え? 凪さん……?」

「ここにいたら、雲の人に噛み殺される。雲の人は、群れる人が嫌いだから……あなたたちも例外なく、一発は殴られる」

「えぇ!? あの人……そんな危険な人だったんですか……?」

「女の人には、少し優しい……でも群れてたら、関係ない……確実に首を狙ってくる……」

「まさかの殺すレベルで!? って……それなら凪さんも逃げないと!」

 

 たしか悪魔は、行動を共にしたいならホバーシールドに乗れと言っていた。

 黒江はフゥ太とイーピンの手をつなぐと、二人を持ち上げてホバーシールドに乗せる。

 

「ほら、凪さんも早く!」

「…………」

「……凪さん?」

「私はいい……ここに残る……」

 

 しゃがみこむ凪は両腕の中に顔をうずめている。

 

「そんな……ダメだよ。せめてさっきの人たちの家にでも行かなきゃ……」

「ボスは……悪魔様は、自(・)分(・)で(・)決(・)め(・)ろ(・)と言った……だから私は、ここに残る……」

「……っ!」

 

 凪のソウルジェムが濁りを増している。それを目にした黒江は思わず叫びそうになったが、すぐに思いとどまった。それでは八つ当たりだ。古い鏡を見て苛立つのは、自分への苛立ちだ。凪に向けるべき感情ではない。良くない感情は自分だけのもの。だから冷静に現実を見て、逃避している自分が何を言っているのかという話だけれども……逃(・)げ(・)る(・)な(・)と窘める。

 

「それは────違うよ。悪魔さんは、ここ以外のどこに行くのか自分で選べって言ったんだよ?」

「……」

「だからそれは、答えにならない……」

「…………」

 

 それでも逃(・)げ(・)る(・)な(・)というのは、あまりにも酷な言い方だ。そんな言い方されたら二度と立ち直れない。前向きで勇気づけるような言葉も逆効果なことが多いだろう。だって自分がそうだから。ならば何を言えばいいのか。難しいことだが、問題は根元から解決しなければならない。でなければ解決とは言えないのだから。

 

(今、凪さんにとって一番の問題は……やっぱり、感情的に黒曜ランドから離れたくない……ってことだと思う。それなら居させても全然いいと思う。でもダメなんだ。なぜならこのままじゃ死んでしまうから……)

 

 凪のソウルジェムの穢れは、黒曜ランドの崩壊を目にした時から急速的に高まっていた。つまり黒曜ランドに残ろうがどこかに行こうが、ク(・)ロ(・)ー(・)ム(・)髑(・)髏(・)の(・)絶(・)望(・)は(・)変(・)わ(・)ら(・)な(・)い(・)。どのみち絶望して魔女化する。それを避けるためには────どうすればいいのか────黒江は────逡巡する。

 

「────ねぇ、凪さん……」

 

 黒江は膝をついて凪の手を取る。地面を見つめて言葉を選ぶが、そもそもどんな言葉を掛ければいいのか全く思いつかない。

 

(精神が滅入って限界に近い人は……どんな言葉を掛けても効果が薄いと思う……だから私に出来ることはない……私と凪さんは似ているけど、でも完全に同じじゃない……黒曜の人たちは仲間で家族のような存在だったとしたら……私は仲間なんていないし、家族も失っていないから……その苦しみは完璧には分かるわけがない。それでも……これくらいなら、私にだって……できる……)

 

 黒江は手を離すと、凪の背中に手を回して抱き締める。

 

「……!」

「ごめんね……凪さん……こんなことしか、できなくて……」

 

 凪は愕然と目を見開く。誰(・)か(・)に(・)抱(・)き(・)締(・)め(・)ら(・)れ(・)た(・)。それは生まれてから一度でもあったことだろうか。両親は自分のことなんかどうでもよくて、事故に遭って内蔵提供が必要となっても、両親は「あの子のために自分の体にメスを入れろと? そんなの嫌よ」と助けてくれなかった。それでも安心した。これでようやく苦しみから解放されると。そこにキュゥべえが現れた。そして六道骸と、悪魔が現れた。

 

「ここから逃げてもいいの。いつかは向き合わなくちゃならなくなることもあるけど……だからってつらいものはつらいんだから。でも、そのつらさからは逃げ続(・)け(・)ちゃいけない……そう私は思うの」

「……」

「だって、逃げ続けた果ては絶望ばかり……希望が欲しいなら、どうしても……逃げた場所で勝ち取らなきゃいけない……魔法少女になる前も、人に戻ってからも、ずっと、そうだったから……」

 

 今の言葉は、すんなりと口にできた。それはなぜだろうと黒江は自問する。願望のような祈りだから? よくわからなかった。それより凪の体があと少しでも温まるように、もっと多く触れるようにかき抱く。

 

「……ボスと、おんなじ……」

「……え?」

「────ボスも……同じことを言って、私を……抱き締めてくれた……」

「……っ!」

 

(私が……悪魔さんと同じことを……?)

 

 黒江の肩が点々と熱くなる。その熱さの正体がなんであるかに勘付くと、無性に目頭が熱くなった。

 

「……今は、私に身を委ねてくれますか……?」

 

 凪は嗚咽しながら静かに頷く。

 その手を取った黒江は凪を持ち上げ、ホバーシールドに乗り込ませた。

 

「あ、そうだ」

 

 地面に転がる悪魔の持ち物。それを回収していると、空気と地面に激震が走った。裏・球針態が輝きながら縮小を始める。内部の酸素量が限りなく低くなったため、主を死なすわけには行かないと自発的に展開を取りやめたのだ。やがて裏球針態は一匹の雲ハリネズミに戻る。その近くではパンツ一丁の悪魔が、服にひとつの汚れもない恭弥とステゴロで殴り合っていた。

 

「ぷはぁ……っ!! 黒江っ! オレの持ち物を全部回収して、ホバーシールドに乗せてくれ!」

「は、はい! もう乗せました! 今から私も乗ります!」

 

 息も絶え絶えの悪魔は大きく酸素を吸い込み、炎拳を打ち込む。

 

「《天を遮る噴煙(フレイムプルーム)》ッ!!」

 

 それは雲の炎の増殖で噴煙を生み出す打撃に見せかけた死炎放射。が、その拳はしっかりと恭弥の頬を捉えていた。恭弥は反撃にトンファーを振るうが、バックステップで煙幕の中に紛れた悪魔の位置を見失い空振りする。すぐに恭弥はトンファーを振り回して煙幕を払うが、ホバーシールドがあった場所には誰もいない。空を見上げれば一面の青とまだらの白に一点、UFOのように回転して飛行する物体が垣間見えた。が、それも霧の炎を纏い、迷彩効果で姿を隠してしまう。

 

「……この一年で随分と強くなったね。また勝負は持ち越しか」

 

 恭弥アーデルハイトは不敵な笑みを浮かべると、学ランを靡かせて帰路に就いた。

 

          †

 

 

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