アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
並盛町の上空にて回転するホバーシールドの上には、悪魔、黒江、フゥ太、イーピン、凪がいる。
悪魔はズボンを履いてシャツを着てパーカーを羽織って着替える。その間、黒江は視線を逸らしていた。が、下は怖くて見えない。よって首を直角に曲げて青空を見上げる。
「あの……悪魔さん。どうしてパンツ一丁に……」
「聞くな。最初はあいつの趣味かと思ってビビったが……単なる事故だと分かった」
「趣味?」
「忘れてくれ……とにかく恭弥は苦手なんだ」
着替え終わった悪魔は神浜市の方面を見つめつつ、背後の凪に問いかける。
「凪。答えは……またいつか聞かせてくれ」
「!」
「恭弥の邪魔が入ったせいで言えなかったことが多いけど……大抵のことは黒江が
「……。────あ……」
凪のソウルジェムから穢れのオーラが放出されている。それは悪魔の左目に吸収されていた。
「ダメ、ボス!」
「気にするな。いつものことだろ」
「でも……私……これからはボスにばかり頼らず、一人で頑張ろうと……」
「そうだな。期待してるよ。応援する。でもちょっとくらいは手を
あまりの寛大さに凪は縮こまる。
対する黒江は、それが少し眩しく見えた。
それを直感した悪魔は頭を掻き、難しいなと懊悩する。
「凪。黒曜ランドから離れて平気か?」
「……」
凪は首を横にブンブンと振る。
「凪。オレたちと一緒に来るか?」
「…………」
凪は首を何度も縦に振る。
「私はボスを信じる」
「正直ボス離れしてほしいんだけどな」
「じゃあ悪魔様を信じる」
「……たぶらかされても知らないぜ?」
悪魔は冗談めかして言った。凪の顔に薄く笑みがこぼれる。
「さて、次は黒江だ。これからどうするのか決めたのか?」
「え? それは……」
「絶対ツナ兄に付いていく! 黒江姉も凪姉もイーピンも!」
「それならそれで構わないが、決定権は黒江にある。もし黒江が家に帰るなら、フゥ太もイーピンもそこで居候生活だな。ただし二人の存在が肯定されるかどうか……その呪いは、黒江にしか掛かっていないからな」
「────え」
黒江は目を見張る。なぜ、その呪いのことを知っているのかと。
「悪魔契約の時、オレの記憶を覗いたろ? 実はあの時オレも、少しだけ黒江の過去を見たんだ」
「……! ……それで、昔の私はどうだったんですか……?」
「別に。今と変わらないよ。ただ魔法少女になってから、ちょっと精神が摩耗した程度だ。特別なことは何もない」
「…………」
「まぁ本人からしたら、それは充分特別で重大なことなんだが……今はあえてこういう言い回しをさせてもらう」
都心から宝崎市まで小一時間の距離がある。それまで悪魔は話し合うことにした。
「なぁ黒江。聞いてもいいか? ……なんで家出したんだ?」
「────。……超直感で心が読めるなら、もう分かっているんじゃないですか?」
黒江は自らを刺すような暗鬱とした言葉を返す。
その雰囲気の変化に驚いたフゥ太やイーピン、凪は黙って見守る。それもまた黒江の在り方だと。
「黒江は自分勝手な人間だ。死ぬ気の炎は覚悟がないと灯らない。家族を守りたいと思っても灯らなかったのに、自分が生きたいと思ったら灯った。自分はそんなひどい人間なんだ……どうしようもない奴なんだ────って?」
「そんな……黒江姉は何度も僕を守ってくれたじゃないか! ひどい奴なわけがあるか!」
「それは私の命も危なかったからだよ」
「精神的に不安定で炎が灯らないことは何度かあったけど、総じて黒江は自分の命の危険が差し迫ると炎が灯った。そもそも死ぬ気の炎が灯るかどうかも然したる材料にはならない。かつて、自分と同じような弱い魔法少女にグリーフシードを譲らなかったり、人の魂を弄ってリングにしたり、どうしようもないことは今までいくらでもしてきた。どんな庇い立てをされても、その事実は変わらない」
「黒江姉……」
「●●●●●」
「それが“存在肯定の作用”か。何を言っているのかは分かるが、それに対する理解は必ず得られない。なんせ何を言っているのか全く分からないんだからな。
「そんなことないよ、黒江姉!」
「●●●●●」
「ノイジーだ。
「黒江姉……それでも僕にとって、黒江姉は命の恩人なんだ」
────
そんな言葉を呑み込んで、黒江は面を上げる。
「……やっぱり悪魔さんは、私が何を言っているのか
「叛逆魔法を使えば多少は読める程度だ。おかげで
「……ごめんなさい」
黒江はしゅんと落ち込んでしまう。だが悪魔なら分かってくれるかもしれないと思ったのだ。黒江の言葉が
「……でもさ。別に自分勝手でもいいんじゃないか?」
「っ!」
悪魔は黒江の存在を肯定するようなことを言う。それはなぜか。叛逆魔法はもう使ってないはず。それでも呪いの正体が分かっているなら、安易に肯定するような言葉は使わないはず。黒江の心が曇ってしまうからだ。ということは、まさか叛逆魔法を使っているのか。
「悪魔さん。もういいです。もう私のことなんか理解しなくても……!」
「それはなぜだ。黒江には命を賭してまで理解するだけの価値がないからか? それは自分に自信がなさすぎる」
「……っ」
「そもそも相互理解はそこまで必要じゃない。要は自分に自信が持てるかどうかだ。自信がない奴は
「……」
「言っただろ? 譲れないものを持てと。誰になんと言われようとこれだけは譲れないものを一つだけでもいい……それさえあればブレることがなくなる。それが自信だ。そして自信とは誇りでもある。誇りとは譲れないものだ。譲れないものは人ぞれぞれだ」
「……それじゃあ、悪魔さんにとって、譲れないものって?」
「《身近な人を守りたい》。だからオレは、たとえば“世界の危機”とか言われてもピンと来ない。小さい人間が大きなこと考えたってしょうがないんだ。つまるところ身の丈に合った
それで行くなら、黒江は《自分を守りたい》となる。やっぱり自分はどうしようもない奴なんだと、悪魔の話で再認識した。
「でもさ。こんなのたぶん、言ったもん勝ちなんだよ」
「?」
「考え方次第ってことさ。どれだけ御託を並べたところで、黒江が必死こいて家族を守ろうとして、友達を守ろうとした
「……!」
どれだけひどいことをしても、たくさんの良いことをしたのも事実だ。それを忘れてはならない。一面的に捉えてはならない。人はひとつのものに固執しがちだ。視野を狭めるなと言われて視野が狭まらない人間はいないため、多角的に物事を捉えるというのは難しい。精神訓練が必要なレベルで、感情の動きに惑わされるからだ。それが思春期の少年少女であれば尚更である。
「オレはさ。ある時から何事もポジティブに考えるようにしてるから……黒江の心の声を聴いていたら、こうも考えられるんじゃないか……って思ったんだ」
悪魔は語る。別に自分勝手でも良いことを。
「黒江は自分勝手な人間だ。つまり黒江は自分のことしか考えていない人間だ。──でもさ。それって言い換えれば……黒江は家族のことを自分のことのように考えていた。ってことにはならないか?」
そんなの詭弁だと黒江は思う。しかしそれなら悪魔の誇りの話も詭弁ということになる。ならないかもしれないが、なるかもしれない。結局のところ一番大切なのは、黒江が落ち込む凪に対して行ったことのように、根本の問題を解決することが先決だ。言葉とは、その問題を解決するためのランタンに過ぎない。────強い言葉に酔わされて騙されるな。言葉は単なる標識に過ぎない。
「だから黒江は家出したんだ。キュゥべえに狙われる自分が家族に迷惑を掛けないように。フゥ太の時だってそうだ。黒江はフゥ太を自分のことのように考えていたから、リングに炎が灯ったんじゃないか?
────たしかに
────だからオレは、黒江の弱さを否定しないよ。
その悪魔の言葉は、黒江の心臓をナイフで抉るように傷つけた。そうなることを分かっていながら、どうして悪魔は突き刺してくるのか。恐ろしいまでの自己肯定感の低さを持つ黒江に対して、そういった喜ばしい言葉は全て自己嫌悪に圧し潰されてしまうと知っていながら、なぜ。
「だって別に否定してほしいわけじゃないんだろ? 否定されたところで《そうだよね……私なんか……なんか生きててごめんなさい……》って落ち込むだけだし。いやぁ本当に面倒くさい女だ」
「なっ……! そ、そんなの……私だって……自覚はあります……けど……っ」
悪魔は面白そうに笑う。まさかからかわれたのか。黒江は肩身が狭くなった思いでモジモジと縮こまる。
「それにさ。恭弥の言葉を借りれば、結局ここは弱肉強食の世界だし」
「……っ!」
「強くなくちゃ生きられない。そんなことは端から分かっていたことだが、世の中には才能だとかなんだとかどうしようもないことが山積みにある。それは言い訳でもあるが、どうにもやるせない事実でもある。その問題を突破できるのは
「…………」
「その覚悟のおかげで、黒江の家族もフゥ太も、イーピンも凪も、現に助かってるじゃないか。どれだけ自分の存在を否定しても、他者の生存までは否定することはできない。だろ?」
「っ……」
自己嫌悪。それは筋違いの生理的嫌悪と憎悪が綯い交ぜとなったドス黒い嫌悪感。だがそれすらも理解不理解を問わず包容するような悪魔の仕草と声色は、黒江にとって余りにも眩しすぎた。
「オレの過去を見たなら、オレがそんな殊勝な人間じゃないってことも知ってるだろ。なんせあのダメツナが、さらにダメダメになって醜く足掻いているんだぜ? 自分のためにすずと京子とハルを生き返らせようとしている」
黒江は首を横に振る。それは違うと。悪魔は自分のために三人の蘇生を願っているだけじゃない。もっと大きなもののために闘っているのだと。
「それに比べれば、黒江もよく頑張ってるよ。醜く足掻いて生き抜いて。オレと同じさ。まぁオレなんかと同じって言われたら迷惑だろうけど」
黒江はそんなことないと必死に首を否と振る。
そうしていつの間にか、黒江の目からはポロポロと、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「傷の舐め合いとか……最悪すぎるのでやめてください」
「なら舐められるような言動をするな。そして舐めてくるな。舌を出すくらいなら牙を剥け。窮鼠だって猫を噛むんだぜ? 黒江も獅子くらいは噛みちぎってもらわないとな」
†
まだ朝方の宝崎市。学校では二時限目のチャイムが鳴る。黒江家の前に降り立った悪魔は霧の炎を解除し、ホバーシールドを格納する。
「……あの、悪魔さん……本当にいいんでしょうか?」
「何がだ?」
「悪魔さんは神浜市の“みかづき荘”ってところに、現在は身を置いているんですよね? そこにこんな大勢で行っても……」
「うーん……たしかにオレがやちよにどやされるかもしれないが、もうここまで来たら四人くらい変わらないだろ」
今の発言を七海やちよが聞いたら、悪魔はいったいみかづき荘をどう思っているのか問いただすに違いない。
「やちよの間違った認識にも気付かせたいし……
「……?」
「とにかく行ってこい。“存在肯定の呪い”を十全に活用しろ。それが“強さ”ってやつだ」
「……わかりました。じゃあ、行ってきます」
黒江はインターホンを鳴らす。悪魔は少し歩いて電柱に腰掛ける。それに凪がトコトコと付いていき、フゥ太とイーピンも付いていくが塀の上に顔を出して黒江家の玄関を覗き込む。
「はい。どちら様ですか?」
「えっと……私です。黒江です。いきなり家出してごめんなさい……」
家の中でドタドタと音がする。インターホンの向こうからもドタドタと音がする。解錠音。玄関扉が開かれると、慌てた母親と涙目の父親が駆け寄って門扉を開き、黒江の肩を逃がさないように掴んだ。
「わ、わ、なに!? 怖いよ……!」
「大丈夫? ちゃんとご飯食べてた? ちゃんとした場所で寝てた?」
「ケガとかしてないか? あ、お兄ちゃんは今、学校だぞ……!」
「お、落ち着いて……それより、怒って、ないの……?」
「そりゃあ最初は怒り心頭よ。でも……」
「黒江も一人で外を出歩けるほど成長したんだなって……でも心配だから、次からはちゃんと報告してから行くんだぞ!」
「あ、はは……だよね……
誰も彼もが黒江の成長を認める。それは傍から見ていてなんらおかしいことではないだろう。だが奇妙な違和感を黒江は感じている。昔ならもっと叱ってきたはず。昔というのは数ヶ月前のことだ。魔法少女になる前のこと。自分の安易な
もう昔のままのフリをして生きるのはつらい。だから────黒江は覚悟を決めた。
「ねぇ、お母さんお父さん。私、行きたい場所があるんだ。みかづき荘っていう……私が、私らしく在れるかもしれない場所が……」
「え、急にそんなこと言われても……」
「学校はどうするんだい? 転校するってこと?」
「そこらへんは……おいおいと」
「やだわ。なんか黒江が不良になっちゃったみたい」
「ともかく家に入りなさい。黒江がいつ帰ってくるか分からなかったから、朝ごはん用意してあるんだ」
そこで黒江は悪魔のいる方を見やる。悪魔は好きにしろと言いたげに目配せするが、黒江は今こうしている間も罪が増えているかもしれないと思い行動を急いだ。
「えっと……ごめんなさい。今すぐ神浜市に行きたくて……」
「……そうなの……でも、そこまで考えて決めたことなら……」
「……いや、お父さんは許さないぞ。家族なんだから、ちゃんと黒江が今、何を思っているのか知りたい」
「
「黒江。急なことでびっくりしたけど、何かあったらすぐに連絡するのよ?」
「一応“みかづき荘”という所は調べて連絡しておくが……それでもお父さんは断固反対だからな……」
「ありがとう。あ、それと……」
黒江は《魔女避けの護石》を取り出す。それは改良版であり、空気中の余剰魔料を回収し、周囲に魔女が接近してきた時のみ結界が形成される省エネ仕様。その護石にありったけの霧の炎を込めた黒江は、体力を空っぽになるまで使いすぎたせいで虚脱感が生まれ、息も絶え絶えになる。それを家の庭の四隅に置いた黒江は、玄関の所に戻って家族分の護石を手渡した。
「これ、家族の分のお守り。肌身離さず持っていてね。あと庭に置いたのは家を守ってくれるものだから触らないでね。──もう誰も、喪いたくないから……」
「黒江……そうね。分かったわ。ありがとう」
「手作りのお守りか。小さい頃も作ってもらったことがあったな。すり切れるまで持ち歩いたせいで母さんに怒られたから、今は外してあるが、ちゃんと机の引き出しにしまってあるんだぞ」
「そうなんだ。そんなことがあったなんて、もう覚えてなかった」
もう普通の世界には戻れない。魔法少女の世界を知ってしまい、多くの罪を重ねてしまった。元の人間に戻ったところで、その罪が帳消しになるわけじゃない。
「
「うん。またね」
「待ってるぞ!」
黒江は家を後にして悪魔のそばを通り過ぎる。電柱から背を離した悪魔は黙って後に続く。
「……魔法少女だった頃、私が自分が弱いせいで、魔女に襲われた人を助けられないことが沢山ありました」
「……」
「私が学校に通っている間、私が好きな人とデートしている間、私が好きな小説を読んでいる間、私がテレビを見ている間、どこかで誰かが死んでいる。その重さに耐え切れない。こんな気持ちになるなら、こんな世界、知らなきゃよかった」
「黒江は純粋無垢が過ぎたんだ。無垢で真面目な奴ほど、残酷な世界を知った時の衝撃は計り知れない。子供の目の前でスプラッタにされる人間を見せつけるようなものだ」
「そんなものよりもっとひどいものを見てきた。皮膚の裏側の色、撒き散らされた臓物の食いかけ、切り裂かれた女の子の死体……」
「だが問題はそこじゃない。心的外傷を負ったのは事実だが、それよりも────……罪の濯ぎ方を知りたいのか?」
「よく、わからない」
「ならそれを見つけに行こう。正直、オレは
悪魔は立ち止まり、黒江の背中に語りかける。
「いいか。ここから先は誰も助けてはくれない。黒江ひとりの力で歩まなければならない戦場だ。お前は誰かの犠牲を見て見ぬフリする平和な世界から
要するに依然として問題は山積み。
このあとの展開は、全て黒江の成長しだい。
黒江はトボトボと
その小さな背中を見守る悪魔は、傍らのフゥ太の頭に手を置いた。
「……フゥ太。イーピン。凪。オレの代わりに黒江をよろしく頼む」
「……! うん! 黒江姉はすぐ落ち込んじゃうからね! 僕がいっぱい慰めて励ますよ!」
「イーピンも!」
「…………私も」
フゥ太は走り出す。それに気付いたイーピンも走りだし、遅れて凪も走り出そうとするが悪魔に振り返る。
「どうした? 別に居場所はひとつじゃなくてもいい。凪のしたいようにすればいい」
「……。ありがとう、悪魔様」
凪は駆け出す。黒江の隣には並ばず、数歩後ろで見守る。
黒江の肩にはイーピンが飛び乗り、フゥ太が腕を引っ張っている。
それを遠巻きに見守る悪魔は、腰の保存用匣兵器に向かって語りかけた。
「つくづく惜しいと思ってるんだろ?」
「まぁね。再契約すれば、彼女が望む強力な存在になれるんだけど……どうしてああも人間は魂の在り方にこだわって非効率な行動をするのだろう」
「
そうして悪魔は、地平線に旅立つ黒江の背中を見て思う。それは弱さを克服しようとし、己と向き合おうとし、いじらしくも自分の道を見つけ出そうとする少女の決意であると。
「……」
その行方を見守ろうと改めて決意した悪魔は歩き出す。
一行が向かう場所は駅だ。
神浜市行きの列車に乗車。黒江は座席に着いている間、姿勢よく無表情だった。彼女は何も語ってはいないのに、フゥ太とイーピンが
(黒江の固有魔法が《存在肯定》だということは今回の件で分かった。しかし悪魔契約で魔法少女を辞めたのに、固有魔法の効果が発動・持続している。こんなことは初めてだ。ゲーム風に憶測を立てるなら、悪魔契約で魔法少女を辞めた場合、固有魔法が
悪魔は悩む。黒江は“なんでもっと完璧に魔法少女を辞めさせてくれなかったのか”と訴えてもいいはずだ。それが高望みであり、恩を仇で返すような言動であり、言ってもどうしようもないことを理解しているから、黒江はそのようなことを思っても決して口に出さない。
(もう少し文句を言ってもいいんだがな……ストレス発散の仕方が分からない上に真面目すぎるというのは考えものだ……爆発した時に歯止めが効かなくなる。誰の声も届かなくなる。黒江の場合の解決策は……黒江が黒江らしく在れる場所を提供することくらいか……)
ため息をついた悪魔は腕を組んで眠りにつく。“存在肯定の呪い”に対抗するため叛逆魔法を使いすぎた。それで消費した生命力を少しでも回復するため、ほんの十数分でも睡眠をとる。
†
昼前の神浜市・新西区。一行はみかづき荘の門扉手前で立ち止まる。
「ここだ。たぶんもう人数が限界だろうから、裏庭の倉庫でもあてがわれるんじゃないか?」
「えっ。なんですかそれ。初耳なんですけど……」
「万能のアルケミーキットがあるんだ。材料さえあれば住みやすい場所に作り変えることなんて、いくらでもできるだろう」
「それはそうですけど……合成だって大変なんですからね」
悪魔はインターホンを押して門扉を開ける。そのまま玄関扉に向かい、門扉手前のインターホンから『はい。どちら様でしょうか』という七海やちよの声が出ても無視して、勝手知ったる人の家のように扉を開けた。
「ただいま。やちよ、もう魔力パターンで分かっているだろうが……」
「うそでしょ? またここに得体の知れない魔法少女を住まわせる気? あなた本当に……うちをなんだと思ってるの?」
「困ってる人を見捨てない寄り合い所」
「……それを監督するこっちの立場にもなってもらいたいものだわね……」
七海やちよはワナワナと震えて文句を言いたそうにする。
「それならオレとなぎさを追い出せばいいじゃないか」
「西側を取り持つ者として、そんな無責任なことはできないわ」
「……まぁなんだ。そう面倒な奴らじゃない。受け入れてやってくれ」
「断る気はないわ。まぁ一人程度なら……」
「いや、四人だ」
七海やちよは目を丸くする。
次の瞬間、扉を開いてフゥ太とイーピンが部屋の中を走り回った。
「わぁ! すごい広いや!」
「ごうてい! きれい!」
「ちょっとフゥ太、イーピン! ダメだって!」
「……お邪魔、します……」
七海やちよは硬直する。まさかの来客に目を疑っているようだ。
「どいつもこいつも家なし子だ。よろしく頼むよ」
「────、……ここは孤児院じゃないんだけどね……」
「似たようなもんだろ。魔法少女なんて全員、魂のみなしごさ」
「わけわかんないこと言って煙に巻かないで。それより暴れまわる子供たちを何とかしてちょうだい」
悪魔は「集合!」と号令をかける。するとフゥ太とイーピンはピタリと止まり駆け寄ってきた。
「いいか。これからはあのお姉さん・七海やちよの言うことを第一に聞くんだ。ここのボスだからな」
「ボス? ボンゴレのツナ兄より偉いの?」
「そうだな。オレも居候させてもらっている身だから。……あとボンゴレに関することは口外禁止だフゥ太。オレはマフィアの世界に関わりたくない」
「そうなの? わかった! ツナ兄がそう言うなら!」
イーピンも頷き、七海やちよに両手を合わせてお辞儀する。
「謝謝!」
「……何かおかしいわね。赤ん坊にしては、やけに成長してない? 背丈とかそういうんじゃなくて、なんというか……身のこなしとか……」
そこで黒江が何を思ったのかはぐらかしにかかる。
「あ、はは……この子はその、なんというか中国拳法が好きで……ほかの赤ん坊に比べて体が鍛えられているんです」
「そうなの? ところであなた、前に会ったことあるわよね? たしか……」
「あっ……覚えていらっしゃいましたか……はい、黒江と言います……ずいぶん前に神浜市に来た時、助けてもらいましたけど追い出された……」
「その時は魔法少女だったのに、今は魔力反応が微塵も感じられない……いえ、腰の匣からは幾ばくかの魔力が感じられるけど……それは魔法武器のような反応ね。ともかくあなた、悪魔契約を受けたのね? それで魔法少女を辞めたと……」
七海やちよは鋭い。ひと目で黒江の素性を言い当てる。
「つまり元・魔法少女というわけ」
黒江は内心怖かった。自分だけ戦いから逃げたと羨まれたり蔑まれたりしても仕方がないと覚悟していた。
しかし予想に反して、七海やちよの反応は厳しくも優しかった。
「まぁ弱い部類の魔法少女だったから無理もない話ね。賢明な判断よ。ただし、その悪魔契約が本当に安全かどうかで賢明かどうかは分からなくなるけど。──ともあれ大変だったでしょう? みかづき荘は困っている魔法少女を見捨てないわ。もちろん、元・魔法少女もね?」
「…………」
「ただ普通の子供を連れてくるのは想定外だったけど」
七海やちよは悪魔を睨む。
「ただの子供じゃない。これでもマフィアに追われたり殺し屋だったり、とにかく愉快な奴らなんだ。保護してやってくれ」
「……マフィア……殺し屋?」
「詳しい話は本人たちに聞くといい。オレも知りたい。だがもう疲れた。寝る」
悪魔は二階の階段に登ろうとする。そこで百江なぎさとすれ違った。
「? 見ない顔なのです。クマ吉、もしかして魔力発作の抑制剤を見つけたのですか?」
「なんて言い草だ。そろそろ怒るぞ?」
「冗談なのです。でも魔法少女と元・魔法少女が居るとなれば、そう考えてもおかしくないのです」
「どうしてお前の頭はそうピンク色なんだ……いやそうか、オレのせいか……」
悪魔は頭痛がすると言って寝室に去る。
「あなたが凪なのです? クマ吉から話には聞いているのです。見滝原市の魔法少女・百江なぎさなのです。よろしくなのです」
「あ……よろしく……小さいのに魔法少女やってるなんて、すごいね……」
「これでもなぎさは大人なのです。すごくて当然なのです! そうだ。近所に引っ越してきた人にはおすそ分けにチーズそばをあげるとマミから教わったのです。どうぞ受け取ってほしいのです」
「なぎさあなた、またそんなもの作って……」
七海やちよのツッコミをよそに、百江なぎさはチーズそばを凪たちに手渡す。
その時ちょうど学校から環いろはと環ういが帰ってきた。
「ただいま帰りました……って、あれ? お客さんですか……?」
「────えっ」
環いろはと黒江の視線がぶつかる。お互いに素っ頓狂な顔をして佇み、沈黙が流れる。
「ふん? 知り合いだったのです?」
「そういえば環さんと黒江さんは、同じ宝崎市出身だったわね」
「環さん……どうして、ここに……?」
「黒江さん……! それはこっちのセリフだよ!」
環いろはは黒江の手を取って喜びの笑顔を照らす。
「はいはい。旧交を温めるのは落ち着いてからでいいでしょ。全員、うがい手洗いしてリビングに正座。色々と話を聞かせてもらうわよ。────っと、電話が……」
おそらくその電話は黒江家からの連絡だろう。七海やちよは受話器を取って話し始める。
「あ、洗面所まで案内するね。黒江さん、こっち!」
「え、あ……うん……」
戸惑う黒江は、このあとに告げなければならないことがある。自分ひとりだけ魔法少女を辞めたことを。それで環いろはにどう思われるのだろうかと気が気でならない。
(宝崎市で少しの間、一緒に活動した仲間……でも私は魔法少女を辞めたから、もう仲間じゃない……もしかして悪魔さんは、私が環さんと知り合いだってことを直感した上で、みかづき荘に来ることを提案してきたのかな……? いや、それはさすがに考え過ぎか……それより、これからここに住むことになるんだから、魔法少女のみんなの役に立てるよう、本当の本当に頑張らないと……!)
黒江は決めたのだ。誰かのために合成屋として頑張ることを。普通の世界に身を置くだけでは精神が摩耗する。ならばいっそのこと普通じゃない世界に飛び込んでしまえばいい。怖いけど、恐ろしいけど、それ以外に道がないと分かったから。並盛町で鍛えられた所為か、黒江は空元気ではありつつも、やる気には満ちていた。
(私だって、環さんや悪魔さんみたいに、誰かを守れる人になりたいから……)
かくして黒江の
†