アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
夕刻の大東区。魔法衣装に身を包む和泉十七夜は、町並みを一望できる高所に立ってパトロールをしていた。
「近頃、この大東区に良くないものが集まり始めている……」
たとえば、よその魔法少女たち。もっぱら二木市の勢力を名乗る魔法少女が厄介だ。東側の魔法少女とグリーフシードの争奪戦こそ避けているが、このまま放置しておけばいつどんな問題になるか分からない。彼女たちの目的を探りたいが、近付けば逃げられるばかり。無理に接近すれば戦闘は避けられない。困った滞在者だと溜め息をつく。
「いや、大東区だけではなかったな。この神浜市全体で、良くないものが渦巻き始めているようだ」
たとえば、定期的に連絡を取る仇敵・七海やちよからは、西側でマギウスの翼、ウワサ、スタンドなるものが頻繁に出没していると聞く。東側ではそのような気配はないが、依然として警戒は怠らない。
「────ん?」
不意に和泉十七夜は手のひらに違和感を覚える。いつの間にソレを握っていたのか。深紅の卵が左手に握られていた。
「……なんだ、これは……? こんなもの手にした覚えはないぞ……いつの間に握っていたんだ……?」
遥か先のゴミ箱に向かって投擲。深紅の卵は見事ゴミ箱の中に入る。
「さて、パトロールを続け────」
いつもの癖で右手に持つ鞭を左手に叩く。が、それを何かに邪魔された。
「────」
手のひらを開くと、深紅の卵はこぼれ落ちて地を跳ねる。それはコロコロと転がっていく。自然と目で追いかけるが、特に深紅の卵に変化はない。しかし和泉十七夜の警戒心は、この一瞬でマックスに高まっていた。
何かがおかしい。明らかに何かが起きている。だが身に危険を感じない。それは安全というわけではなく、まだ危険ではないという意味だ。
「……。一度拾えば捨てても捨てても戻ってくるとかいう、呪いの人形のたぐいか?」
そんな冗談を吐いて前に向き直り、卵から目を離した瞬間、
「────っ!?」
が、深紅の卵は左手にピッタリとくっついて離れない。右手で取り除こうとしても
「な、なんだこれは……! 何が起きている……魔女の攻撃か何かか!?」
それも可能性としては十分にありえる。だが今回ばかりは魔女の仕業ではない。魔女は一切関係がない。
(どこにも魔女反応を感じない────いや待て、魔法少女反応は……っ!!)
周囲を取り囲むように五つの魔力パターンを感知。和泉十七夜は住宅街を巻き込まないよう森林地帯に跳躍。戦闘に適した地形に移動する。
(付いてくる……やはり敵か……二木市の連中ではないな……初めて感じる魔力パターンだ……しかし誰かに似ているような……)
和泉十七夜は周囲を木々に囲まれた森の中に着地する。
(考えられるとすれば────例のスタンド使い。噂をすればなんとやらだが……こうも折りよく現れるものか)
和泉十七夜は深紅の卵を握り潰すつもりで力を込める。
「ア゛ア゛ァアァ゛アッァア゛アア゛ア────ッ゛ッ゛!!!!」
「────ッ!?」
よくよく見れば深紅の卵には、人間の顔のパーツがバラバラに付けられていた。それを見て気味の悪さを感じた和泉十七夜は、そういう芸術品としてはありそうだと呟く。
深紅の卵の唇から断末魔のような絶叫があげられる。それでも握り壊そうとするがビクともしない。
(物理的な破壊は不可能……読心も不可。つまり生物ではない。危険物である憶測は間違いないだろうが、手元から手放す方法が分からない……)
一定の距離を置いて五人の魔法少女が着地する。
「貴様ら……私に何をした」
和泉十七夜が振り返った先には、白いフードで顔を隠す魔法少女が五人いた。マギウスの翼に属する白羽根とやらだろう。
咄嗟に固有魔法《読心》を行使。それは集中力に比例して三つのフェーズに到達する時間が変動し、フェーズごとに読心の効果が変化する。
第一フェーズは対象の浅層意識まで読める。曖昧ながら“いま考えている事”を読める。
第二フェーズは対象の中層意識まで読める。戦闘の癖や性格まで読める。
第三フェーズは対象の深層意識まで読める。これは過去まで読める。
そして平時の集中力であれば、第一は数十秒、第二は数分、第三は数十分を要する。しかし活性魔力で脳の集中力を向上させれば、これを短縮。第一は数秒、第二は数十秒、第三は数分で済ます事が可能。ただし戦時となれば、第一は数秒と変わらないが、第二から対象によってまばらとなり一分程度、第三は五分前後と長くなる。
(敵は五人。それ以上はない。多対一の場合、第一フェーズの読心を連発して無駄に魔力を消費するより、じっくり集中観察して第二フェーズに突入し、戦略を見抜いてから行動を開始した方が魔力効率がいい。そこまで持ち込めれば持ち前の戦闘経験と戦闘考察力で、もはや心を読むまでもなく全ての手を予想して捌ける。だが今回は────そう易易と時間を与えてはくれないようだ)
なぜなら敵は和泉十七夜の固有魔法を知っている。第一フェーズで読んだ魔法少女の一人は、とにかく読心を警戒していた。
(だがそれにしては余裕が有る……一定の距離を置いてすぐに攻撃してこないのは、遠隔で仕留める秘策があるからか……?)
かといってむやみに飛び込むのは憚られる。囲まれて袋叩きに遭うがオチだ。まずは分散させる。
活性魔力で身体能力をブースト。反動で筋肉にダメージを受けるが活性魔力を重ねがけすれば持続回復できる。さらに魔法武器のムチの先端を魔力で伸ばして活性魔力を付与し、高速で振ることで、あらゆるものを切り飛ばす切断力の高い斬撃を飛ばすことも可能だ。
「
空を切るムチの先端速度は音速に至り、無数の光刃が飛ばされる。
これに五人の魔法少女は飛び退いて躱し────直後、和泉十七夜はスタンド攻撃を受けた。
「っ……!?」
のどが渇く。極端にのどが渇く。息を吸うと喉が熱くなるようで、息を吐くとせっかくの水分が放出されてもったいなく感じる。渇きに飢えるあまり指先が喉を抑え、どうしても引っ掻くのがやめられなくなる。水。水はどこだ。思考が“喉の渇きを癒せる方法”でいっぱいになる。
四方から攻撃意識を読心。最小限の回避行動で鞭のしなり、剣の斬撃、飛来する矢、突き刺すような魔力光弾を躱す。が、和泉十七夜の想定より体は動かず、わずかに掠って損傷。即座に活性魔力で肉体を再生。冷や汗をかく。
(まずい。喉の渇きで思考が掻き乱される。加えて渇きの苦しみで思ったより体が動かない。まさか体内水分が枯渇されているのか……? 渇きに関しては痛覚遮断しても無視できない。どうにかして水を……いや、この能力者を先に倒さねば────!)
四方から休むことのない攻撃が続く。その中でひときわ攻撃力が高い者がいた。弓矢の使い手である。中距離支援役によって敵を追跡しても近距離戦闘に持ち込めない。であれば中衛を狙えば前衛は守りのため出てこざるを得ない。和泉十七夜は標的を変更。音速でしなる鞭を奮って魔矢を弾く。そして敵、木の枝の上に膝をつき弓を引く魔法少女に肉薄する。
(前衛が守りに来ない……?)
違和感を抱きつつ攻撃。回避反応は無し。一瞬で四肢を切断して行動不可とし、魔力による高速再生が始まる前に鞭で縛り上げて絞め落とす。────はずだった。眼前の弓兵は四肢を切り落とされたが、同時に和泉十七夜の四肢も跳ね飛ばされていた。敵の攻撃を受けたわけではない。ここまでの流れで第二フェーズに突入していた読心は、眼前の弓兵がほくそ笑む意味を読んだ。
(────本体のダメージが対象者と共有される能力────)
瞬時に活性魔力で肉体再生。四肢を生やして、隙とばかりに向かってくる剣士と鞭の使い手を捌く。
「厄介だな」
喉の渇きをこらえて発声。四肢回復により魔力を使いすぎた。一度に五人の読心も魔力を大きく使う。片手は深紅の卵で塞がれているためグリーフシードを取り出せない。武器を手放してグリーフシードを使う暇も与えてはくれない。
(これは……確実に、
対和泉十七夜に備えた用意周到さが読心で窺える。和泉十七夜は木の枝から木の枝を飛び越え場所を移動。そこで視界端に池が映った。
(────水────)
知らず知らず体は池の方へ。無意識の行動に和泉十七夜は
「派生魔法《
和泉十七夜が池の水に口を付けようとした瞬間。池の水は地形ごと一メートル先に転移した。それは水を任意の場所に転移させる魔法か。あと一息で飲めそうだった水。それを遠ざけられた絶望と怒りは計り知れない。
「キサマぁっ!!」
振り返りざまにムチを振るう。
「派生魔法《悪心連結》」
弓兵の魔法少女が呟き、和泉十七夜の前に立っていたジャマダハルの魔法少女が鞭で切り裂かれる。宙を舞う白いフードの布切れ。その奥にあらわとなった顔は、見覚えのある年下の友人。突き刺すような魔力光弾を使う魔法少女の正体は、なぜ君だったのかと……和泉十七夜は動揺を隠せない。
「どうして……かなたん……」
眼前で八雲みかげの肉体が見るも無残に崩壊していく。切り裂かれた頬から眼球がこぼれ落ちて皮膚は溶け赤い筋肉があらわとなり骨がとろけて水のように草地に伏せる。そして和泉十七夜の悪心は、
「っ……! みかげ────いや、違う!」
読心で看破。眼前の八雲みかげに瓜二つの魔法少女は偽物だ。姿も声もそっくりだが偽物だ。加えてこちらを騙す意図がある。崩れ去る肉体は八雲みかげに似た魔法少女の派生魔法《肉体崩壊》によるものだ。悪い感情も弓兵の魔法のせいだ。どうやら向こうはこちらを絶望させようとしている。そうと分かって絶望する奴がいるだろうか。渇きに負けず、友の姿をした惨たらしい死体にも耐えて、気を強く持ち、義憤に駆られることで渇きと絶望を克服する。
「派生魔法《瘴気の炎》────」
和泉十七夜と似た
「ぐっ……!」
穢れは蓄積した分だけ魔法少女の性能を低下させる。鞭を振るって手を絡め取る敵の鞭を切り裂き自由となるが、その間隙を突かれて肩に矢を、胸に剣を、脇腹にジャマダハルを突き入れられる。
(私のソウルジェムは狙ってこない……殺しが目的ではない。だが誰かを死に貶めようとは画策している。深紅の卵が発動する時を狙っている……? ウワサ……この卵は、降魔の儀のウワサというものなのか……?)
絶体絶命の状況でも至極冷静に読心分析を済まして敵の狙いを知った和泉十七夜は、されど敗北を確信する。
(まったく、これが初見殺しというやつか……初手で逃げるのが正解だったとはな……ここまで万全に対策された上でハメ技を喰らえば、いかな魔法少女とて、どうしようもなくなる……)
潮時か。覚悟した死はソウルジェムの穢れを増していく。人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。ここで死ぬ運命ならば、それに従おう。だが死すべき
急接近する魔力反応が二者。それは最も親しい友とその妹。どうやら和泉十七夜の危険を察知して駆けつけてくれたようだ。
「……それが狙いか。では、助けが来る前に────貴様らを殲滅せねばならんな」
『────っッ!!?』
和泉十七夜は瘴気に邪魔されながらも精密さを失わない魔力操作で自身の鞭を伸ばし、腕を絡め取る敵のムチを切り裂き、自らの体を貫く剣士と偽みかげを巻きついて捕らえる。そして震脚。雷鳴のように地を打ち鳴らし、双掌の発勁を流れるように撃ち込む。爆発。したかのような衝撃音が轟き、剣士と偽みかげの体は吹っ飛んで木立に背中を強打した。それは護身術というのにはあまりにも殺傷力に秀でた戦闘術。
「あらゆる格闘術を学び、魔法戦闘用に改造した我流の武術だ。サブウェポンくらい切り札として備えておくのが魔法戦闘の定石だろう。あまり舐めてくれるなよ」
極大魔力の一射が放たれる。その矢を拳で打ち下ろして相殺した和泉十七夜は亜音速跳躍。左腕のラリアットで二つの木を薙ぎ倒し、その先の三本目の木の枝に立つ弓兵の腹部にラリアットを決めた。
「ガハッ!?」
「────!」
眼下に細い水流を発見。思わず着地して右手に水をすくい取り飲み干す。だが喉の渇きは癒えない。
(……なるほど。水を飲んでも渇きは癒えない。そういう拷問の能力か……)
一縷の希望は儚く消えた。ソウルジェムが明滅する。そろそろ限界が近い。懐からグリーフシードを取り出して浄化する。
「十七夜」
「……! その声、みたまか! ようやく来てくれたか、遅いぞ────」
否、それは八雲みたまではない。五人目の魔法少女だ。振り返れば八雲みたまと瓜二つの姿をしているが、それは今までずっと姿を現さなかった五人目の魔法少女の魔力パターンと一致している。偽みかげに続いて偽みたまとは、つくづく馬鹿にされたものだと和泉十七夜は内心激憤した。
「その黄金の精神を待ちかねていたわ」
「……なに?」
「深い絶望と渇望を感じた時、覇王の卵は降魔の儀を執り行う。それが、その深紅の卵のウワサらしいから」
「────」
戦闘時間、五分に到達。第三フェーズに突入。偽みたまの過去を読む。
和泉十七夜は絶句した。それはどういう神経をしていれば閃く物凄い
救援に駆けつけてくる二人の魔法少女が、和泉十七夜の背後に到着する。
「十七夜っ!」
「かなたん!」
ダメだ。来てはならない。だがもう遅い。この戦いが自分に向けられたものであればどれだけ良かったか。ハメ殺しの戦法は、確かに和泉十七夜に向けて考案された能力の集まりだった。しかし最後の狙いは和泉十七夜自身ではなく、和泉十七夜の周辺人物にあった。
「ダメだ……来るな! 二人とも────ッ!!」
喉の渇きが癒えない。来てはならない。このあとの絶望に、きっと私は耐え切れない。
和泉十七夜の左手に握られた深紅の卵が顔のパーツを正しく戻す。そして瞼を開き血の涙を流し、喘ぐように慟哭する。
「アァ゛ア゛アア゛ア゛ア゛ア゛アアア゛アア゛アア゛ア゛ア────!!」
忽然と姿を現すウワサさん。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 降魔の儀のそのウワサ
深紅の卵は覇王の証 欲しがる者に流れ着く
深き絶望 渇望を味わい 願えばたちまち日蝕血界
宴が始まる 生贄を捧げよ 犠牲なくして成果なし
生贄の烙印を刻まれし供物 バケモノ宴の晩餐に並ぶ
対価は適宜 覇王の因果 馴染むように千変万化
またのお越しを楽しみにしてイマース!》
世界が暗転する。太陽は陰り、神なる天体に蝕まれた。覇王の卵……否、ベヘリットが所有者に問いかける。
「汝、最も大切な者と引き換えに、力を欲するか?」
和泉十七夜は絶望した。ソウルジェムの穢れが九割に達する。だが諦めてはならない。まだ突破口はあるはずだ。最後まで諦めない。死ぬ気で守る。死ぬ気で守り通す。この命を賭けても守りぬく。
偽みたまのスタンドは《対象者は質問されたら必ず答えなければならず、かつ必ず反対のことを答えてしまう》という能力だ。故に降魔の儀は避けられない。
世界は鮮血のように眩く照らされる。来客は五名。和泉十七夜にとって最も大切な者たち。母親・父親・弟の和泉壮月・東西軋轢において同じ辛さを共有する親友の八雲みたま・そしてたまたま居合わせてしまった八雲みかげ。
まず和泉十七夜の家族がウワサ空間に強制転移される。仕事と家事の最中だった父親と母親は、突然の赤い世界におっかなびっくり。学校から下校していた和泉壮月もまた何が起きているのか分からず立ち尽くす。駆けつけてきた八雲姉妹もまた、変わり果てた風景・日蝕血界に驚愕し、これから何が起きてしまうのかと想像を働かせていた。
周囲には異形の怪物の群れが無数に舌なめずりしている。その怪物は生贄にされた者たちの成れの果てだ。今までマギウスは、どれだけこのウワサを使って実験してきたのか。人間を供物とし、使い魔とする計画だと? 魔法少女至上主義────それは行き過ぎた思想。必ず潰さなければならない計画。我が道を阻む大敵だと、和泉十七夜は認識した。
「……ヅ……ギッ……ガッ……ッッ!!」
和泉十七夜は舌を噛みちぎる。それを目にした偽みたまはほくそ笑んだ。
「無駄よ。無意味。私の派生魔法は《新生》……二度と舌を噛みちぎれないように調整してあげる」
偽みたまが和泉十七夜に近付く。それを大剣の払いで制したのは八雲みたまだった。
「十七夜……! これはいったい……!」
(八雲。すまない……今すぐここから逃げてくれ。私は家族を守るので精一杯となる。今すぐ妹を連れて逃げろッ!!)
「────っ!?」
和泉十七夜は鬼のような形相となっていた。噛みちぎって吐き捨てた舌は、一瞬にして新たな舌が生え伸びてくる。直後、自らの頬に手刀を入れて口を裂く。発声器官さえ潰せば《必ず質問に答えてしまう》能力は働かない。だが急速的に裂けた口は修復される。すかさず喉を突き刺すが、それも次の瞬間には治っていた。和泉十七夜は自傷と瞬間回復を繰り返す。その間、異形極まるバケモノたちは、まだかまだかと宴の時を待ち兼ねていた。
「な、なんだここは……あれ、母さん?」
「お、お父さん……? ねぇ、ここなんなの? 怖いわ……」
「────姉ちゃん? おい、何してんだ、姉ちゃん!?」
呆然と顔を見合わせる和泉十七夜の両親。対する壮月は姉の姿を見つけて思わず駆けつける。自らの口を喉を裂いているのだ。理由は知らないが止めるのが普通だろう。
「ガァアアアアアアアアアアッ!!」
和泉十七夜は絶叫を上げて質問に答えようとする自分の体を傷つけて律する。組み付いてきた弟を突き飛ばし、なぜ瞬間治癒されてしまうのか考察する。
「固有魔法《浄化の炎》」
「────っ!?」
「作戦ってキレイに決まらないものね。まさかここまで抵抗されるなんて思わなかったわ」
剣士と偽みかげ、弓兵は倒した。だが鞭使いはまだ倒していなかった。スタンドの対処に精一杯で見逃していた。その魔法は浄化の炎によって対象を治癒する。偽みたまの肉薄。八雲姉妹は大剣とジャマダハルを振るって和泉十七夜を守る。
「姉ちゃと同じ顔してる!! なんで!?」
「っ……! これはミラーズの複製魔法少女……!」
やはりそうか、と和泉十七夜は納得する。接敵する鞭使い。それと格闘するも、穢れの蓄積で体は思うように動かず、とうとう両手を鞭で絡め取られて、口の中に拳を突っ込まれてしまう。
「これで発声器官を潰すことはできない。さっさとゲロって死ね」
「────」
和泉十七夜は目を見開き、意思の力で喋るまいと堪えるが────ベヘリットは泣きながら哂う。
「再び問おう。汝、最も大切な者を犠牲にして、その対価を得るか? であれば“捧げる”と口にせよ」
「────────────────、……さ、さ、げ、 る」
ソウルジェムが激しく明滅する。穢れは99%に到達した。
日蝕血界が震撼する。それはバケモノどもの大歓声による地響き。
「ショクジダ……」「スイタ……」「ハライッパイ……」「クウゾォ……」「ヤツザキダ……」「オカセ……」
天上に大渦が現れる。亡者の呻き声が終焉を合唱し、五つの呪いが来客の首筋に焼きごてのごとく刻まれる。
「ぐあぁっ! 痛い……! なんだ、これは……!?」
「い、いやぁあ! 熱いわ……首の後ろが痛い……っ!!」
「ぐっ……!?」
「────っ!」
「痛っ! 姉ちゃ、なんか首に変なの付いた!」
それは生贄の烙印。魔の者共に“喰って良し”と明記した許可証のようなもの。
かくして号令のような音もなく、地獄の宴は始まった。
蠢き出す巨魁の怪物たち。桃色の肉塊と肉塊がぶつかって、その狭間に立っていた矮小な怪物は磨り潰されて血肉と涙を撒き散らす。みんな笑顔。ヨダレを垂らし、大きな口を開けて逃げ惑う獲物を追いかけ始めた。
(────魔力出力120%を超過ッ────)
閃光のように飛び上がった和泉十七夜は巨大怪物を一体、殴り飛ばす。続けて空を蹴り周囲の怪物を鞭で切り刻み周回。怒涛の攻撃で家族の下に寄せ付けない。だが巨大怪物を押しとどめることはできても、それより小さい怪物は隙間を縫って襲撃する。
八雲姉妹は偽みたまと鞭使いと戦闘しており、和泉家を助けられない。
子鬼のような怪物の棍棒に打ち据えられた父親は頭蓋を割られて脳漿が弾け飛ぶ。
猟犬のような人面犬に首を噛みちぎられた母親は絶望の表情で怪人たちに連れて行かれる。
「……は?」
これはきっと悪夢かなにかだろうと瞳を揺らす壮月の背後からは、見るも醜い笑顔の巨人。奇異な動きで地を響かせ、大きく開いた口が血の海の上を滑るように跳躍。カクカクと首を鳴らして振り返った壮月は、白く歯並びのよい口腔を目にして死を悟る。
「壮月ぅうううううううう────!!」
巨人の首を蹴り砕いて止めた和泉十七夜は、今までにない感情を爆発させて、その目から大粒の涙を雨のようにたなびかせていた。奥歯は砕け、食いしばる歯茎は出血し、返り血に全身が濡れる。
四面楚歌。どこを見てもバケモノだらけ。千を超す怪物の宴から逃げ切るのは不可能だ。故に選ぶしかなかった。選択するしかなかった。誰かは黄金と言ったが、今は漆黒でなければ誰も救えない。気高い志だけでは人は救えない。力が足りなかった。それだけのことだとあざけるように、複製魔法少女たちは高笑いを上げる。
吐き気がする思いを義憤と殺意に塗り替えて和泉十七夜は奔る。殺す。異形の群れを
「ウォオオァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
怪物の群れの奥に、喰われる死体を 目にする。
怪物の群れの奥に、犯される死体を 目にする。
助けに行きたい。だが壮月から一瞬でも離れれば、それと同じ目に壮月が遭う。見捨てるしかない。諦めるしかない。強震するソウルジェムは破裂寸前までに光り輝き、絶望を克己する和泉十七夜は瘴気さえも力に変える。
「アァアア゛アアアアアアアアァアア゛アアアア゛アッッッ!!!」
いつしか和泉十七夜の総身には、光属性の黄色い魔力ではなく、黒い魔力が渦巻いていた。闇属性の紫色の魔力とも異なる。これは極限状態において発揮される何かの到達点なのか。新たな力の兆候を手にした和泉十七夜は最期のブーストを掛ける。
「
中空に閃いた和泉十七夜の頭上から降り注ぐは、怨念混じる魔弾の流星群。
四方八方より迫り来るバケモノの群れを一掃し、百を殺す。だがその手前には九百のバケモノが自分の番が来たと喜々として大口を開きに来る。
ジリ貧だ。穢れに蝕まれる魂は一瞬の身体硬直を起こす。
刹那、壮月に向かって致命の一撃が迫った。奇形の巨人が跳び上がる。
和泉十七夜は涙を天に流し、それを見ていることしかできない。
(頼む動け私の体、せめてあいつだけでも────)
「う、うわぁッ!!」
壮月は恐怖のあまり身が竦み、庇うように腕をかざして目を瞑る。一秒後の死。今度こそ殺される。そんなことがあっていいのか? 訳も分からず殺されて、喰われて、そんな理不尽があっていいのか? どうせ死ぬなら、そういう理不尽に立ち向かって死にたい。それでも怯える体は言うことを全く聞かない。リングに大空の炎が灯る。直後、まぶたを透き通る青い閃光がまたたいた。
分厚い肉を斬り裂く斬撃音。真っ二つに両断された奇形巨人は二つに分かれた胴体を滑らせて血の海を波立たせる。恐怖をこらえて勇気を振り絞り地獄の世界を網膜に映す。壮月の眼前には、雨の炎を宿す刀を構える悪魔が立っていた。
「────地獄か、ここは」
超直感で事態を把握した悪魔は即時離脱を考案。八雲姉妹の方に壮月の体を容赦なく蹴り飛ばす。
「ガハッ!?」
再びの青い閃光。みかげの前に助太刀した悪魔は鞭使いの複製魔法少女の素首を落とさんと刀を振るう。が、それをスタンドの腕でガードされた。
「ペルソナ────
直後、両腕のガードの隙間を突いて顔面にラッシュを決めて鞭使いを殴り飛ばす。
(ここはウワサ空間か。しかし瞬間移動を阻むほどの強度はない。おそらく強制転移を許す概念が設けられている。遠隔から入れるのなら、その逆もまた然り。内側から出ることも同様に容易だろう。──そして、すまないな十七夜……お前に死の気配はない。だからここに残していくぞ……)
悪魔は死ぬ気の炎を噴き上げる。魔法の連続使用となるが、命懸けの状況で消耗を気にしている場合ではない。
「たぁ!」
「ぐっ!?」
同時に傍らでは、ペルソナカードを使用してスタンドを発現させた八雲みたまが、偽みたまをスタンドもろとも殴り飛ばしていた。
「《
霧の炎の構築により練り上げた炎の渦の紐を伸ばし、八雲姉妹と壮月を縛る。
そして四方八方から襲い来る怪物に掴まれる前に────悪魔たちは青い閃光と共に忽然と姿を消した。
「────悪魔よ、感謝する……」
血の海に降り立った和泉十七夜は、これで心置きなく復讐に身を焦がせると小さく笑う。
「────魔女となるか。私の悪運も尽きたようだな……」
否、神浜市では魔女化しない。その代わりドッペル化する。
多数の剣を携える獅子の半魔女。それは解体のドッペル。その姿は竈獅子。冷静にして苛烈。敵対する者は全て噛み砕き寸断する。一切の不当を許さず、人智の不合理を余すところなく解体する。
「────殺戮ショーは楽しんだか? では役回りを交代する。今度はこちらが楽しませてもらう番だ……!」
圧倒的な膂力は、左手の中で泣き叫び続ける覇王の卵を粉々に砕いた。黒混じりの黄色い閃光が血の海を駆け抜ける。光の速さで通り過ぎた場所に存在する物体は、光速鞭の斬撃によって粉微塵となり、活性魔力に焼かれることでサイコロステーキのように炙られた。
ふと左手に覇王の卵。またも復活していた。ベヘリットは語る。
「贄が足りない……」
それは八雲姉妹と和泉壮月の分の事を言っているのか。
「贄が足りない……これでは対価を払えない……」
ウワサはルールに厳格だ。
「払えない対価は……
「なッ!?」
和泉十七夜のソウルジェムは右目にて
「対価は払い終えた……蝕が終わる……受け取るがいい……」
なぜ生きているのか定かではないが、和泉十七夜は自身の性能が半分に低下したことを実感した。ソウルジェムは魂の具現物。それを半分失ったということは、魔力係数が半分に減少したということ。
怪物たちの嘆きがこだまする。
「モウオワリ?」「モットタベタカッタ」「イヤダイヤダ……」「ツギヲマトウ」「チクショウ……」
やがて日蝕血界は風に浚われるように消え去り、元の大東区の森の中に空間位相が戻された。
「────ッ! ハァ、ハァ、ハァ……!」
和泉十七夜の頭上に出現したドッペルも、ソウルジェムが半分になったことに影響しているのか、いつの間にかソウルジェムの中に引き戻っていた。
左手を見やる。
ふと五つの魔力パターンを感知。殺意が湧く。とめどない憎悪がこみ上げる。
────カランコロン、と何かが落ちて転がった。音の方向に目を見やれば、そこには石造りの仮面があった。
「…………」
それが、対価というやつなのか。
(私の両親を奪った対価として、それを
どこまでも。どこまでも舐められたものだ。つくづくおかしくなる。本当に。本当に。ほんとうに。
和泉十七夜の目から
見た目は人間とさして変わらない。だが中身が別物になった。大別して言えば魔法少女も魂が人間とは別の在り方になったが、和泉十七夜の場合はさらにひどい。体内構造が規格外の領域へと押し上げられた。
人間性が喪失する。己が望む事を行なえと囁かれる。犬歯が狼のような牙と化す。爪が鋭く伸びる。木漏れ日に触れた爪先が熱く燃え上がって消失した。どうやら日光に触れると細胞が壊死して自然治癒もできず死ぬらしい。だが魔法少女であることが功を奏した。活性魔力でつま先を再生しつつ、木陰に転がり込むように移動する。
和泉十七夜は確信する。不老長寿を得た。超常膂力を得た。超再生力を得た。体内に蓄えられた魔力を放出すれば、放魔による異形化で更なる強大化が可能となる。修行すれば、この異常な生体を活かした「
「ウゥ゛ゥ……アァ゛……ッ!」
右目がうずく。左目がかゆい。
片目の黒瞳が赤く光って変色し、勾玉紋様が浮かび上がると回転する。
片目の黒瞳に不死鳥のようなシンボルが浮かび上がり、いつ羽ばたけるかと待ち望んでいる。
あとは夜を待つだけ。陽の光を浴びて前に進むことができなくなった今、もはや和泉十七夜は夜に生きる存在となった。故に今の姿は吸血鬼と呼ぶに相応しい。和泉十七夜は吸血鬼と化した。
「フッ……フフフ……常闇にて生ける屍となると思うなよ……神浜を焼き尽くす前に、まず
宵闇の森林に、渇いた
†