アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
日を跨いだ深夜。新西区の総合病院の一室。清潔な寝台の上では、悪夢にうなされる和泉壮月が眠っていた。
医者の診断によれば、外傷はないが精神的な強いショックで昏睡状態にあるとのこと。目覚めるかどうかは精神力しだいと語っていた。
病室のソファに座る八雲みたまは、傍らで涙の跡を残しつつ眠るみかげを抱きながら、沈痛な面持ちで夜を過ごす。そんな二人を横目にする悪魔は丸椅子に座っていた。彼らがどういうウワサに襲われたのか分からない以上、また襲われる危険性がある。故に悪魔は何も言わず護衛していた。
「……十七夜から連絡は?」
「…………ないわ」
悪魔は直感する。八雲みたまは本当に何も知らない。だが和泉十七夜が誰に狙われたのかは察しが付いている。マギウスだ。しかしなぜそうも確信に近い感情が抱けるのかと不思議でならない。
「壮月が起きたらなんと説明するつもりだ」
「……そんなの、わからないわ。だってこんなの……あんまりよ……」
悪魔の右目に痛みが走る。魔女反応だ。が、それも百江なぎさが容易く倒す。使い魔の群れも一掃すると、悪魔のヘッドフォンに念話を繋いできた。
(クマ吉! キリがないのです! 倒しても倒しても魔女が現れるのです!)
(グリーフシードが大量に手に入るんだからいいじゃないか)
(だとしても使い魔の数が尋常じゃないのです! それにこの使い魔たち、どう考えてもクマ吉たちの所に向かっているのです!)
(……いや、オレじゃない。おそらく……)
八雲姉妹と和泉壮月の三人だ。生贄の烙印とやらを受けたこの三人が、悪霊──魔女や使い魔──を引き寄せている。言うなれば魔女寄せの呪い。永遠に魔女に付け狙われる烙印を、三人は付けられてしまった。
「……今の念話、聞いたか? これからどうするつもりだ。その烙印がある限り、眠れない夜が続くぞ」
「…………なんとかするわ」
「調整屋の名声を使えば、毎晩かわりばんこで護衛してくれる魔法少女も多いだろう。それにマギウスが調整屋に攻撃を仕掛けたと言えば、全員マギウスに危機感を抱いてくれる。警鐘を鳴らすには充分だ。なのになぜそれをしたくないと思う」
「……あなたには、関係ないわ……それにどうせ、全部お見通しのくせに……」
悪魔は直感する。八雲みたまは自分のせいで和泉家の夫婦を殺してしまったと罪悪感に苛まれている。それはなぜか。深く読もうとは思わない。だが悪魔の超直感はコントロールが効かない。それでもなんとか直感しかかる血を抑え頭を振り勘付きつつあることを振り払いながら、悪魔は対話を試みる。
「オレは緊急時でない限り対話を重視する。同じ読心者である和泉十七夜とおんなじだ。常に心を読んでいるわけではない。家族や友人の心を常に覗き見するようなプライバシーのない奴じゃない。────みたま、お前の口から聞きたいんだ」
「……………………」
八雲みたまは黙り込む。
そこで悪魔は直感した。霧の炎で姿を隠す。
「ッ────うわぁあああああああああっ!!?」
和泉壮月が目を覚ました。絶叫しつつ飛び起きる。驚いた八雲みかげはびくんと肩をはね上げて重たいまぶたを開かせる。
「お、落ち着いて! 壮月君……!」
「────み、みたまさん……あれ、オレ、なんで……ここ、病院……? ずっ……!?」
和泉壮月は頭痛がするのか額を抑える。激しく揺れ動く眼球。そこで悪夢を思い返した。
見渡す限りの異形の怪物たち。それが一斉に自分たち家族を食べようと襲いかかってきた。あれは夢か? 夢に違いない。あんな現実あるわけがない。
「……と、父さんと母さんは……? 姉ちゃんは……!?」
「────っ! …………」
嘘は付けない。付いたところですぐにバレる。結果だけを伝えるしかない。だが
「……壮月君。よく聞いてね? 記憶が混乱しているようだから、結果だけ話すわ」
「…………」
「────壮月君のご両親は、その……」
どう言い繕っても苦しい言い訳になる。壮月もそこまで馬鹿ではない。小さい頃から一緒だったのだ。自分の嘘もすぐに見抜かれる。ならばいったいどうすればいいのか。八雲みたまは分からない。分からない以上、無理をして策を講じても空回りするだけだ。故に黙ることにした。どんなに恨まれようと、その恨みは正しいのだから。
「……話してくれよ、みたまさん」
「────」
ふとバイブレーションの音が鳴る。和泉壮月の持ち物をまとめたカゴからスマホの音が鳴る。咄嗟に手にとった壮月は、相手が十七夜だと分かるとすぐに通話を繋げた。
「姉ちゃん!?」
『────壮月。父さんと母さんは死んだ。私はもう家に帰らない。だがお前は家で大人しくしていろ。これが私の、最期の頼みだ』
ブツリと通話が切られる。
「────…………ふざけんなよ……」
あの悪夢は現実なのか。いったい何が起きたのか。
(みたまさんは口を閉ざしてる。あんな顔してるみかげに無理に聞くわけにも行かない……)
そこで壮月は閃いた。そういえばあそこには悪魔がいた。
「なぁ、みたまさん。あいつは……?」
「え?」
「みたまさんが話してくれないなら、オレがあいつに聞く! 悪魔って奴を知ってるか!?」
「!」
「知ってんだな!? お願いだ、どこにいるのか教えてくれ!」
「ま、待って! あなたを……あなたを巻き込むわけにはいかないわ……それに十七夜は? あの子はなんて言ってたの?」
「っ……姉ちゃんは、もう家には帰らないって……それじゃあオレ、もう行くから……」
「壮月君! 待って! まだ安静にしていないと────」
じっとなんてできない。夜の病院を抜け出した壮月は走る。
(父さんが死んだ? 母さんが死んだ? そんなこといきなり言われて信じられっかよ……それじゃあ、あの地獄みてぇな場所はなんなんだよ……オレの頭、おかしくなっちまったのか……? そりゃこの世界には死ぬ気の炎だとか魔法だとか、なんか不思議な力があるってことは、最近わかってきた……でも、ありゃ次元が違う……単なる新エネルギーとか発展しすぎた技術とかでもねぇ……あれはきっと、悪意の権化だ)
壮月は両親に電話をかける。だが繋がらない。繋がらない。
『おかけになった電話番号は、すべてたべられてしまいました────』
「……っッ!?」
堪えていた涙が目からこぼれ落ちる。両足から力が抜けて、走る気力も体力も無くしてしまった。
川のせせらぎ。ここは河川敷。這いつくばった壮月は、脳裏によぎる地獄の晩餐を振り払いながら絶望に吼える。
「壮月くん……」
それを遠巻きに見守る八雲みたま。たまらず駆け出した八雲みかげは壮月のそばに寄り添う。
(────私のせいだ)
八雲みたまは罪を悔いる。
(私が
少なくとも八雲みたまには、その遠因がある。
(十七夜……ごめんなさい、十七夜……今、あなたはどこにいるの……? 私に出来ることならなんでもするわ……)
上空に使い魔が乱舞する。河から使い魔が浮上する。
それを構築魔力で姿を隠しつつ百江なぎさが倒していく。
「みたま……お前、このままでいいのか?」
「っ……」
「今回の出来事はマギウスの独断だ。みたまに原因はない。あるとしたら和泉十七夜に危険を知らせるのが遅すぎた程度だ。罪悪感を持つ必要はない。それでも罪の意識に苛まれているなら、そもそもの発端が違う。お前が苛まれているのは和泉家を殺したことよりも、自分のやるべきことが曖昧になっているからだ」
「……!」
「中立を装ってスパイでもやっていれば良かったのに。お前はどっちにも付いているんじゃない。どっちつかずなんだ」
悪魔は促す。堕ちるならとことん堕ちきれと。堕ちれないなら歯を食いしばって立ち上がれと。それはまさに悪魔の囁き。
「……そんなこと言っていいの? もし私が、完全に堕ちたら……」
「その時は叩き潰す。そして助ける」
「……なら、なぜそれは今じゃないの?」
「いま叩き潰しても、助けようとしても、みたま自身が納得しないだろう。お前は自力で立ち上がれる奴だと信じている」
悪魔は頭上から襲い来る使い魔を炎で打ち払う。
「今夜はオレたちが護衛を引き受ける。明日からは自分たちでなんとかしろ」
魔女や使い魔と戦闘する悪魔と百江なぎさ。
その只中では、嗚咽する和泉壮月と八雲みかげ。それを見守る八雲みたまが佇立していた。
†
日の出の大東区。遊園地跡の草原。
威風堂々と立ち尽くす仮面の騎士の前には、大量の黒羽根が倒れていた。
「……ぬるい」
ソウルジェムが半分欠けた影響か、ソウルジェムが黒混じりに変色した影響か……和泉十七夜の魔法衣装は、完全に日光を遮る黒装束に変化している。
「名付けよう。この魔眼を。あらゆる
それは、あらゆる概念を見抜き跳ね返す瞳力。動体視力の圧倒的精密性。見切りによる解析力とコピー能力。分身看破など、多彩な技が可能となる。その代わり膨大な魔力を消費し、視力低下、眼球に瘴気の蓄積といったデメリットが見受けられる。失明すると瞳力が使えなくなるが、特に問題なし。魔法少女なので魔力再生かつグリーフシードで穢れを吸収すれば、視力は元に戻る。
「試してみよう。二つ目の魔眼を。名付けるのは、それからでいい」
仮面の騎士を見上げる黒羽根たちは、異常な強さを誇る魔法少女に畏敬の念を抱きつつ見上げ、開かれたバイザーからこちらを射抜く不死鳥の瞳を見てしまった。
「────《戦士よ、私に従え》────」
瞳に映る不死鳥が羽ばたき、赤いレーザーのように飛ぶと、視線を合わせた黒羽根の瞳に入り込む。
『────イエス、マイロード!』
「……なるほど。私の命令を必ず聞く魔眼か……ならば、絶対遵守のギアス、というのはどうかな?」
黒羽根たちは規律正しく整列し、和泉十七夜に対して軍隊式の敬礼を取る。
どうやら不死鳥の魔眼もとい絶対遵守のギアスは、目を合わせた相手に命令を与え、永遠に命令の遂行を強制する能力のようだ。また、同じ相手には一度しか使えない。目視の飛距離は300m弱。
「これにて
常闇は
────己が望む事を行え。
耳元で囁かれる渇望の怨嗟。人間性は消失して良心は失った。壮月と八雲姉妹は別だが、それ以外は取るに足らない虫けらも同然である。
「────ナニコレ。灯火とねむが様子を見に行けってうるさいから来たんデスケド。東の代表がやってることは騎士ごっこ?」
「……お前は……」
「名乗る必要ないヨネ。もう偵察は済んだからリターンするし。姿を見せてやったのは、あなたの目がドス黒かったカラ……わかる? あなた、もう人間がしていい目じゃないワケ。アリナのアート作品に適してる……悪魔は目的の割に、まだ眼がそんなにイカれてなかったカラ……」
「……そういう貴様も、なかなかクレイジーな胸の内をしているようだが」
「アハッ! それはお互い様。まぁマギウスを潰したいなら好きにヤレバ? アリナは最高のアートを描ければそれで満足ダカラ」
「逃がさん」
アリナ・グレイはキューブ状の結界を無数に放出してエッダを捕らえ、その隙に逃げようとする。だがエッダは万華鏡写輪眼で全ての結界を回避すると、爆速の一撃でアリナ・グレイの腹部を貫いた。
「ハ? そこまで力があるとか聞いていないんデスケドッ!」
「これで怖気付かないとは大した精神力だ。いや、狂ってるのか」
エッダはバイザーを開いてギアスを発動する。が、アリナは結界の膜を重ねて太陽光を収束・反射。
「っ!?」
危うく太陽光のレーザーを目に浴びるところだったエッダは見切りの力で緊急回避。その間にアリナは素早く撤退する。
「逃がさないと言っている」
マッハ10の水平跳躍。辺り一帯の森が吹っ飛び、衝撃波に巻き込まれて木の葉を木立をまき散らしながら、エッダの右腕はちぎれかかるアリナの首を捕まえていた。
「ぐっ……! チョット……これはさすがにバケモノすぎるんデスケド……ペルソナ────」
「遅い────《アリナ・グレイ、私を敬え》────」
開け放たれたバイザー。不死鳥の瞳がアリナ・グレイの瞳と呼応する。ここに誓約は結ばれた。エッダは首から手を離し自由にする。アリナ・グレイは立ち上がると、真顔で軍隊式の敬礼を取った。
「イエス・マイロード。……で、何かミッションはないワケ?」
「それが敬っている態度か? まぁいい……では、今はマギウスに潜入していろ。効果的なタイミングで寝返りを命じる」
「イエッサー」
アリナ・グレイは敬礼後、マギウスの本拠地に帰還する。
その時、入れ違いで寸胴の戦闘機械が飛来してきた。轟々と蒸気を噴射して飛行してきた人型機械は、霧のカモフラリングを装着しており、エッダの前に舞い降りる。
「なんだ、お前は」
それは一枚の手紙を差し出した。送り主は八雲みたま。
「っ! 八雲……」
手紙の内容は次の通り。
以前から八雲みたまは、調整屋ネットワークを使ってイタリアの調整屋と連絡を取り合っていた。最近マフィア界のゴタゴタで旧イタリア軍の地下基地から人型軍事兵器・モスカが発掘されたようで、その何機かが手に入ったという。そこで八雲みたまは魔法戦闘に役立てようと思い、高値を払って買い取ったが……今このような事態となり、この兵器を一番必要としているのは十七夜ではないかと判断し、これを贈り物とする、という旨が記されていた。同時に今回の件は八雲みたまにも責任の一端があると謝罪文が記されている。
「何を……八雲が謝る必要はない。なんせ昔馴染みだ。心を読むまでもなく、八雲が何かを隠している事は知っていた。おそらく中立を破り、この神浜を変えるためにも、何かしらの行動を取っていたことも……故に、お前を恨むことはない。悪いのは、全てこの土地と……マギウスの主義主張そして劣悪な手段だ」
モスカには幾つかのシリーズが存在し、八雲みたまが買い取った代物は“ナイトメア・モスカ”という機体。蓄炎システムが搭載されており、大空の七属性の死ぬ気の炎を使用可能。三千層からなるナノコンポジットアーマーは、多少の魔法戦闘にも耐える代物。
なにより従来のモスカとは、かなり異なる設計思想のもと改造されたのがナイトメア・モスカらしく、人型自在戦闘装甲騎と名称まで変わっている。脚部に搭載されているローラーは悪路に強く、小回りが効いて高い機動性を誇る。水中にも適応しているため、陸戦兵器としても空戦兵器としても海戦兵器としても汎用性に長けた優れた戦闘機械としての活躍が期待できる。
「……八雲、礼を言うぞ。この黒装束で日光を遮ってはいるが、昼間の戦闘で破れたりすれば致命的だからな。基本はナイトメア・モスカの中で操縦していれば、私が出張るまでもない。大抵の敵は潰せるだろう」
エッダはナイトメア・モスカに乗り込む。計器には晴と霧の波動を計測。蓄炎システムを使えば二つの死炎を搭乗者から吸い取り、活用することができる。
そこで計器が熱源を感知。上空に死炎戦士を発見する。
「……悪魔か」
ナイトメア・モスカの前に悪魔が降り立つ。
悪魔は周囲の黒羽根を見て、モスカの中にいるエッダを見透かし、大体の事情を直感する。
「──……二つだけ問う。オレは悪魔契約という契約解除魔法を持っている。願い事を無かったことにする代わり、元の人間に戻ることができる。つまりキュゥべえと再契約すれば、願い事をやり直すことも可能だ。どうする?」
「もう契約事は懲り懲りだ。お帰り願おう。私は条理をねじ曲げてまで両親を生き返らせたいとは思わない」
「だろうな。──話は変わるが、マギウスと事を構えるつもりなら共同戦線を張れる」
「これは私ひとりで片付ける問題だ。神浜市外の者がこちらの問題に口を挟んでくるな」
「しかし十七夜、お前の計画は無視できない」
「ならばギアスで従えるまでだ」
悪魔は《助太刀魔法》で瞬間撤退した。
「……自らに暗示を掛けることで、私の読心魔法を誤魔化したか……ギアスを掛けるのが一秒遅れた。ここに来たとき私のギアスを直感し、あらかじめ助太刀魔法が会話終了時に発動するようセットしておいたんだな……もはや未来予知の領域だ。どうやら読心者との駆け引きには相当慣れているようだ。やはり悪魔は最大の強敵となるな……マギウスより厄介と言える……おそらくやろうと思えば、一人で世界を救えもするし滅ぼせもする影の実力者だ。敵はマギウスだが、もし障害として悪魔が立ちはだかることになれば、マギウスにばかりかかずらっている余裕はなくなるかもな……」
悪魔の強さを脅威に感じるエッダは、それでも最後に笑うのは自分だと驕るようにほくそ笑む。
かくして和泉十七夜、もとい仮面の騎士エッダは、常闇騎士団の構成員を引き連れて大東区の山奥に消えた。
やがて悪魔の報告を受けた七海やちよが連絡を取ってくる。エッダはスマホの電源を切った。
「古き友よ。罪をかぶるのは私だけで充分だ。私は紅蓮の道をゆく。灼熱のいばらは我が
第2.3章 十七夜編 了