アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
「────ッ!」
悪魔の右目──の中にあるソウルジェム──は魔女反応を感知した。キュゥべえも上体を起き上がらせて何かに反応している。咄嗟に立ち上がった悪魔は車内の状況を観察しつつ、橙色のリングに炎を灯して腰の匣兵器を開匣。
「キュゥべえ。状況はどうなっている」
「まだ“魔女反応があった”というレベルのことしか分からないよ」
しかし車内の異常は一目瞭然だった。生気を失った乗客の顔。その首元や手足の素肌には魔女の口付けが確認できる。車窓から見える景色も現実感がなく、青い太陽に黄色い空、そして赤い雲が漂っていた。
「まさか……既に魔女結界の中か?」
「どうやらそのようだね。いつの間に引きずり込まれたのやら。……でも魔女結界にしては規模が小さいし層も薄い。外の景色が見えるということは、外界との遮断力も弱いということだ。つまり、これはおそらく使い魔の結界じゃないかな?」
「使い魔が結界を張るだと……? それほど本体が強敵というわけか……」
「気を引き締めていこう」
悪魔は外に出るため最後尾の車両に走り出す。それにキュゥべえも付いていこうと駆け出した。そこで悪魔は車両ドアの上部にある電子広告が目に入る。それには英語の文章が記されていた。悪魔は足を止めてキュゥべえに問い掛ける。
「キュゥべえ。あの広告にはなんと書いてある」
「広告? あぁ……『The only Good Witch is a Dead Witch』……と書いてあるね。直訳すると『唯一の良い魔女は死んだ魔女』となる」
「つまり
「そのようだね。しかし、ここから弱点に繋がりそうな情報は無さそうだ」
魔女結界には、こういった魔女に関する情報があちこちに存在している。それは魔女の長所や短所、得意なことや苦手なこと、好きなものや嫌いなもの、特技や弱点、生前の魔法少女だった頃の思い出や習慣など、多岐にわたる内容が記されている。そこから魔女の性質を見極めて対策を立てるのが、本来の魔女の倒し方と言える。その王道たる基本戦術に則って、悪魔は如何なる情報も見逃すまいと視野と発想を拡げていた。
(良い魔女がいるとしたら、それは死んだ魔女だけ……か。たしかに普通はそうかもな。だが全面的には些か同意しかねる。なぜなら物事には、時として例外というものが生じるからだ────)
悪魔の左目に封印されたグリーフシード。それは世界で一つしかない“水泳の魔女”の種である。悪魔の大切な妹が魔女化した姿であり、悪魔に常時叛逆魔法を掛けて魔女の口づけなどから守っている眠り姫でもある。
「────!? なんだ!?」
突如として列車全体に衝撃が走る。何事かと窓の外を見やれば、どんどんと地上の景観が遠くなっているように見えた。それからすぐに悪魔は、それが気のせいではなく、事実として
「まさか、列車を浮かしているのか!? どこに連れて行く気だ……!」
事は急を要すると判断した悪魔は走るスピードを上げる。その間も列車は激しく上下に揺れており、蛇のように身をくねらせて遊ぶように宙を舞う。悪魔は波のように千変万化する床の躍動に対応できず何度も転んでは、転倒さえ利用して転がりながらも前に進む。
やがて悪魔が車両の最後尾に到着したと同時、キュゥべえは跳躍して悪魔の肩に飛び乗った。それは悪魔の次の行動を予想しての先回りである。両手のグローブから炎を逆噴射させた悪魔は、その勢いで外へ通じるドアを蹴り破った。そのまま外に身を投げ出すと一回転しつつ急上昇。キュゥべえは目をギュッとつむり、体に掛かる
次の瞬間、列車の中央屋上付近から小規模の爆発と音が轟いた。それに驚いた悪魔は、左肩に乗るキュゥべえに目を逸らして無言で問い掛ける。
「あぁ。言わなかったけど、近くに一人だけ魔法少女がいたんだ。おそらく別の車両にいたんだね」
「っ……お前は!」
キュゥべえが悪魔に対して魔法少女の存在を隠す場合、それは往々にして“魔女化が近い魔法少女”であることが多い。例えばソウルジェムの大半が濁っていたり、今にも死にかかって絶望しそうな場合だったり。ほかには“悪魔契約に応じても再契約に応じる可能性が低い魔法少女”である場合もある。そして今回は悪魔の経験上、明らかに前者であると悟った。
「振り落とされるなよ!」
悪魔は両手から全力の炎を燃え上がらせると、その手のひらを後方に配置して逆噴射させた。猛烈な勢いで加速する体は一気に列車の中央付近に接近する。そこで一人の魔法少女を目視。上空には蟻のような姿をした使い魔の集団が高速で八の字を描くように蠢いており、魔法少女に向かって竜巻のごとし突撃を開始していた。対する魔法少女は矢のような光の武器で応戦していたが、使い魔には全く効いていない。このままでは使い魔の集団に押し負けてしまう。それは誰が見ても分かりきった力量差だった。
(
それゆえ悪魔は急発進。炎に燃え盛る右腕が唸りを上げ、魔法少女と使い魔の間に割って入る。
「────《
†
時は十数分ほど遡り。別の車両で悪魔とキュゥべえが絶え間のない会話をしていた頃。
未明。出勤ラッシュにはまだ早い時間帯。明け方出勤や朝帰りの職種の乗客が多い中、やや不釣合いな中学生くらいの少女が座席の隅に座っていた。彼女の名前は環いろは。桃色の長髪を後頭部で束ね、宝崎市の中学校の制服を着用している。朝部活には早すぎる時間帯の登校だが、そもそも彼女は学校に向かっていない。既に列車は宝崎市から神浜市へ入りつつあり、彼女は今か今かと新西中央第三次駅への到着を待ち侘びていた。
というのも彼女は、腕時計の歯車が因果の糸を絡め取るように、ある運命の導きからこの地に引き寄せられた魔法少女である。
それはつい先日のこと。環いろはは授業中に具合を悪くして早退を申し出た。どうも朝から頭がボーッとして、日常の中の気味の悪さが拭えなかったのだ。その気味の悪さが風邪によるものなのかどうか釈然としないまま帰路に就いた彼女は、ふと気付けば見知らぬ病院の廊下に立っていた。夢遊病のようにトボトボと歩いてきてしまった場所は、あとで神浜市新西区の里見メディカルセンターという総合病院であることが分かる。
ともあれ、その時の彼女はひどく混乱した。なぜ自分は
────モキュ!
そこで環いろはは、非常に愛くるしい生き物を見つけた。それは両の手のひらに乗せてしまえるくらい小さな白い小動物。まるでキュゥべえを小さく丸めたかのような可愛らしい見た目をしていた。
────モッキュー!
あえて名付けるなら“小さなキュゥべえ”だろうか。それは忽然と姿を消してしまったが、小さなキュゥべえを目にした時の環いろはの
それからである。環いろはは頻繁に同じ夢を見るようになった。見知らぬ病室。見知らぬ少女。笑い掛けられて話し掛けられるが、その声はいつも聴こえない。何を言っているのか分からない。普通なら気味が悪いと断じるだろう。しかし環いろはは、その見知らぬ少女に漠然とした胸の苦しさを感じていた。それがなんの感情なのかは分からないが、決して無視できない感情であるのは確実だった。
────あの夢の秘密は、あの女の子の正体は、この胸の苦しさの意味は、きっとあの小さなキュゥべえに会えば分かるはず……!
かくして環いろはは学業と魔法少女の二足のわらじを履く中、時間を作っては神浜市に通うようになった。平日は放課後から門限までの数時間。休日は未明から門限までの半日。時には仮病を使い学校をズル休みしてでも神浜市に赴いた。全ては小さなキュゥべえと再会するため。しかし手掛かりゼロの状況で探し回っては見つかるものも見つからず、さらには生来の機械音痴でスマホの地図アプリもろくに使えず迷子になってばかりだったのもあり、小さなキュゥべえの捜索は難航していた。なんなら一度は訪れたはずの里見メディカルセンターでさえ、あれから一度も辿り着けていない有様である。
(でも……今日こそは……!)
しかし環いろはは諦めない。極度の機械音痴による方向音痴が彼女の道行きをどこまでも邪魔して、貴重な時間がどれほど無駄になろうとも、彼女は状況を改善する策も閃かないままひたすら強引に突き進む。それはよく言えば芯の強さがあり、悪く言えば愚の骨頂である。このように環いろはとは、そんな一癖ある、ごくごく普通の魔法少女であった。
「────ッ!」
脳天へ電流のような痛み。魔女反応を感知した。ふいに背後の車窓から影を作り高速で通り過ぎた集団の物体。明らかに魔女の使い魔の群れである。そして瞬く間に様変わりする世界。魔女結界ほどではないが、独特な異空間に列車全体が閉じ込められたことを魔法少女なら実感する。乗客は全員、いつの間にか昏睡状態。即座に立ち上がった環いろはは指に嵌めた銀色の指輪を光らせて、それをピンク色のソウルジェムに変化させた。そして素早く魔法少女に変身し、修道女を思わせる魔法衣装を身にまとう。
それはピンク色のラインが走った
そんな環いろはは魔法少女特有の人並み外れた運動能力で颯爽と列車の最後尾に移動。ドアをこじ開けると強風が吹きおよびローブがはためく。跳躍して屋根の取っかかりを掴み、反転、身を旋回して屋上に着地し、今度は列車の先頭に向かって走り出す。周囲には使い魔の大群が大きく三つに分かれて結界内を飛び回っており、それぞれ列車に体当りしては車両の連結部分を破壊し、持ち上げては落とそうとするなどして遊んでいた。
「たいへん……このままじゃ列車がひどいことになる……!」
使い魔の外見は、五つの色違い脚付き団子が合体したアリのような体をしており、尻尾に当たる部分には棒の先端に丸い金具が付いている。頭部の団子から貝殻耳の花目マリモ、首のリボンブラウンチョコ、胴体の磨きぬかれた泥梅干、下半身の花柄
また、このような奇妙奇天烈な容姿は今に始まった話ではなく、魔女や使い魔の外見は“そうなる前の”精神状態の反映であるため、これは魔女の性質を探るヒントになり得る。しかし大抵の魔法少女はそのことを知らない。ただまっすぐ行って魔力の弾幕をぶつけるだけだ。
やがて環いろはは運良く列車の中央付近まで到達。列車の最後尾で群れを成す使い魔の一団は遊びに夢中で彼女の存在に気付かなかったようだ。しかし中央付近ともなると警戒している使い魔が多く、その辺りで遊んでいた使い魔の一団が
「どいて……!」
爆発。じきに煙が晴れる。そこで環いろはは、あっと驚いて目を見張った。
『□▽★※◎◆♯ポッポー!!!!』
「え……うそ……まさか、効いてない……!?」
今の攻撃は手こそ抜いていないが、宝崎市の使い魔を倒すには充分な火力であったはず。それなのに倒しきれず傷が付いた程度ということは、すなわち使い魔のレベルが違うということを如実に表していた。使い魔は反撃開始と言わんばかりに散開。群れが解散しただけではなく、五つの団子からなる体までもを分離させてスーパーボールのように跳ね飛び回る。その弾力とスピードは破壊的で、環いろははなんとか回避に専念するが、あまりの跳弾の多さに戸惑い足が釣られて尻餅を搗く。
「きゃっ……!」
その瞬間を狙ったように分離状態から集合して合体した使い魔の長蛇は八の字を描きつつ、竜巻のように回転しながら外敵に差し迫る。その怒涛の攻撃は、次の一撃で相手を戦闘不能に追い込む必殺技であった。
(はっ────まずい……っ!!)
立ち上がる余力がない。苦肉の策でありったけの魔力を込めた光の矢を連射するが、既に充分な勢いをつけた回転突撃を止められる火力にはならず、全ての光の矢が使い魔の突撃の前に散っていく。それでも諦めず光の矢を撃ち続けるが、もはや敗北=死亡は目の前だった。環いろはは一秒先の死を幻視する。そして後悔した。敵の必殺技を目にする。無理矢理にでも立ち上がっていれば、大きなダメージは避けられないものの、まだ反撃の糸口は掴めたはずなのに────と。
「────《
次の瞬間、後方から超高速の橙炎が環いろはの頭上を通り過ぎ、回転して突撃する使い魔の群れと激突した。
†