アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
青空に黄色い太陽が照る朝。工匠区の武家屋敷にて。表札には《上桐》とあるが、インターホンを鳴らしても応答がない。
「やはり郷土資料やパンフレットにあった通り、一見さんはお断りか」
門前払い。であれば周囲を確認。人の目がない今のうちに塀の上を飛び越えて敷地に侵入する。
「あぁ! ツナ兄まってよー!」
「わたしが運ぶよ。ほいっ!」
「ガフ!」
フゥ太を抱えた鼓星かずみ、ナッツが跳躍し、悪魔に追随する。
「キュワ……ゥ」「ピィー!」悪魔の頭の上であくびするチーズと、屋敷の上空を旋回する武蔵。
「すみませーん! 刀匠・上桐に依頼があるんですがー!」
悪魔は大声で呼びかける。すると目前の古ぼけた小屋の戸が開かれて、中から屈強な筋肉をみなぎらせる和服の老人が出てきた。手にはむき出しのなまくら刀。おっとり刀で駆けつけるように、悪魔の顔に刀を向ける。
「────強盗のたぐいか? 殺されたくなければ疾く去ね」
一触即発の雰囲気。されど悪魔は泰然と手をかざし、額とリングから死ぬ気の炎を灯した。
「────!!」
「その反応。やはり死ぬ気の炎を知っているのか」
「お前さん……まさか……」
老人は呆気に取られたように佇んでいる。
「勝手に足を踏み入れて申し訳ない。こうでもしなければ会ってくれないと思ったもので」
「…………文献にそっくりだ。爆発したようなトゲトゲの茶色い髪。額に死ぬ気の炎を灯す時だけ瞳がオレンジ色になる……物腰のやわらかな部分……眉間のシワまで……なにより、その透き通るような炎……世界中どの炉を探してもありはしない、極上の灯火だ……」
「家康のことか? ……どうやらオレのご先祖様は、一度神浜市に来たことがあるようだ。といっても神君徳川家康とは同名の別人だが」
「それは承知している……徳川家光の治世に家康が現れるのはおかしい。老齢とは言え明らかな時代的矛盾だ。よって文献にはこう書かれていたよ。まさか征夷大将軍の名を借りる外国人がいるとは、なんとも恐れ多い……とな。────ところでおまえ、名は」
「悪魔だ」
「────……ハッ! 先祖末代そろって、ふざけた名を抜かしやがる……!」
刀を落として呵呵大笑と豪快に笑う老人・上桐氏。
「……で、用件は?」
「死ぬ気の炎と相性のいい刀剣を
「……いちおう聞くが、それを使って何をする」
「字義通り、
悪魔と上桐氏の視線が交差する。
「…………本気なのか。いいだろう。だが……職人がこういう
「! やはり……造れないのか?」
「…………そうだな……まぁ上がれや。ちと昔話をしてやろう。まずい茶だが体にいい。良薬は口に苦しでなんとやらだ」
「忠告だと?」
「くればわかる」
上桐氏はサンダルを脱いで縁側に上がる。それに悪魔たちも付いていき、客室に通された。
和室。香り立つ畳。座布団しかない部屋。壁には片長一本立て掛けてある。
上桐氏は慣れた手つきで急須から茶を注ぎ、良いお点前で出す。
悪魔、鼓星かずみ、フゥ太、ランボは差し出された茶を嗜む。
「……」
「苦い! でもパワーが湧いてくる!」
「うっ! 苦いよぉ……僕これ飲めない」
「ぶはっ!? ランボさん苦いのやだ! おいお前、これやる」
フゥ太とランボの茶を、ナッツとチーズ、武蔵がちろりと舐める。三匹とも苦すぎてダウン。
その間に上桐氏は、倉庫から古い書物を持ってきていた。
「これだ。読んでくれ」
手渡された書物を開く。それは江戸時代の文字。かろうじて読めた一文は【死炎刀】という単語のみ。
「まったく読めない」
「ならおれの話を聞いていけ。その本は単に、おれがこれから話すことの証拠みたいなものだ」
上桐氏は語り始める。
「徳川家光の治世において、そう、ちょうど島原の乱があった頃か……沢田家康と名乗るふざけた外国人に貸しが出来て、その礼がしたいと言うもんだから炉の番を任せたそうだ。そいつは透き通るようなオレンジ色の炎を額と両手に灯し、炉の番をした。その炎はあまりにも綺麗すぎて、どこか雪の結晶にも見えた。なんとも神懸かり的な炎だった。その炎で刀を打てば、今度こそ村正を超えられる刀を造れるかもしれねぇと挑んだ先代上桐は、しかし。名刀というより妖刀を造っちまった。それが例の“神切”さ。ちなみに妖刀の悪しき部分は、その沢田家康が死ぬ気の炎で調和して鎮めた。だから今も神浜現代美術館に飾られている“妖刀・神切”は、誰も魅入らず、誰にも魅入られず、ただの刀として鳴りを潜めているんだとさ」
上桐氏と沢田家康の邂逅譚。
お次は上桐氏の歴史を語る。
「次はおれらの話をしようか。沢田家康と会うより前の話だ。────代々上桐一派は、村正と呼ばれる刀匠一派に焦がれてきた。先代の中には村正を神と称えるプライドのカケラもねぇ大馬鹿野郎もいた。しかし神と言わざるを得ないほど、その剣の完成度は極まっていた。それゆえに
「……?」悪魔は直感した。眼前の上桐氏の中で、話の時系列が進んだことに。
「────だがな。村正に届かなかったとは言え、“それ”が上桐一派にとって至高の逸品であることに違いはあるめぇ。無論その後も多くの“上桐”が至宝を超えんと挑んだが、やはり誰も“それ”は超えられなんだ。それはおれも同じことよ。んで、そんなモン後生大事に一族継承と二百年倉庫に死蔵しててもツマンネェし上桐の名折れだ」
「────っ!」
上桐氏は背中に隠した刀を放り投げる。それを受け取った悪魔は、刀袋の紐を解いて開封。起立し、鞘から抜き放つ。金剛の光を放つ美麗なる刀身。
「もってけ。代金は要らん。あぁただ下手な奴には見せるなよ。そいつ一本で国が買える」
「────これが、あんたの“それ”か」
「あぁ。人に見せるのも恥ずかしい、
“それ”は────いわんや現代版“神切”のことである。
「要するに。上桐一派は二つの世界で頂点を極めんと挑んだ。最初は“名刀”の世界で打倒・村正を掲げて。とにかく村正を超えんと刀を鍛ち続けた。……しかし沢田家康と出会って上桐一派の世界は一変した。そっからは二つ目の目標に“妖刀”の世界で打倒・初代神切を掲げた。……しかし初代神切以降、一度も“妖刀”は現れなんだ。するといつの日か、
「つまり、神浜現代美術館に飾られている神切は……妖刀・初代神切を除いて、全て────
「おう。そんで、うちの倉庫に死蔵されている神切の山が────
悪魔は、現当主・上桐氏が鍛った“妖刀・神切のなりそこない”を仕舞う。
「返す。オレが欲しいのは“妖刀・神切”だ。倉庫に三千本ある中の一本だという“こんな名刀”は要らない。この名刀に神切の名を付けるのもおこがましいくらいだ。……何も妖刀・初代神切を超えなくてもいい。それに近いものを鍛ってほしいんだ。難しいことを言っているのは分かっている。だがあんたも期待しているんじゃないか? なぜ初代上桐以降、二度と妖刀は造れなくなったのか……それは────」
炉の中に死ぬ気の炎が無かったからだ。
「……………………」
「オレの死ぬ気の炎を炉に篭める。それで一本だけでいい。刀を鍛ってくれないか。頼む。神を超えんと挑んだ刀匠・上桐一派だからこそ頼める仕事なんだ。オレも神を超えなきゃいけない。その目標のためには必要なモノかもしれないんだ。頼む……」
悪魔は正座して頭を下げる。それは土下座というものだった。鼓星かずみとフゥ太は目を見張る。ランボは鼻水を垂らしながら「あ、土下座だ」と鼻をほじる。
「…………、────」
上桐氏は溜息を鼻から吐いて膝に手を乗せる。
「面を上げろ。代々上桐は依頼を受けない。ただ造りたい刀を造っているだけだ」
「────!」
「炉の場所まで連れてってやる。駄作ができて文句言われても受け付けねぇからな。なんせこれはただの
「……ありがとうございます」
上桐氏はサンダルを履いて庭に出る。悪魔も同行するが、鍛冶場は危ないからと鼓星かずみにフゥ太やランボを任せた。
「しっかし……坊主も物好きだな。おれの
「ほかに頼める相手がいない」
「ハッ! つまりは
職人魂に火が点いたのか。鍛冶場に上がった上桐氏は、さっそく材料を用意する。
悪魔は燃え盛る炉の前に立ち、ありったけの死ぬ気の炎を投入した。赤い炎がオレンジ色に変わって燃え上がる。
「────っ……」
限界まで死ぬ気の炎を放出した悪魔は、全身が脱力したのかわずかによろめく。
「もう結構だ。今までにない炎の昂ぶりだぜ、こりゃあ……こんな透明な炎で刀を鍛てるとは僥倖だね。坊主、帰っていいぞ。後日、“
「……分かった。あとは任せたぞ」
「ヘッ……えばった坊主だぜ……」
悪魔は庭に出る。そこで土をいじって遊んでいた三人と合流。塀を飛び越えて上桐邸を後にした。
†
午前中の工匠区。閑散とした住宅街の小道を走る少女がいた。
「マメジー! マメジ、どこー?」
今にも泣きそうな表情で愛犬の名を呼ぶ少女は、焦ったように自販機の下や草葉の陰を覗き、必死に首を振り回す。
「マメジ────きゃっ!」
路地を曲がった瞬間、何かとおでこがぶつかって衝撃のあまり尻餅を搗く。目を開けば誰かのスニーカー。どうやら人とぶつかってしまったようだ。謝らなければと思い顔を上げれば、そこには悪魔の顔。……無論、怒っていることの比喩ではない。
「大丈夫か?」
「あ……
悪魔の周囲には、頭の上に乗ってあくびする可愛らしいハリネズミ、空を飛ぶツバメ、足元には猫のような動物、そして知らないお姉さんと同い年くらいの男の子、アフロに角をつけた牛柄の五歳児がいる。
悪魔の手を取って立ち上がった千秋理子は、丁寧にお辞儀して謝罪と感謝を述べた。
「ありがとうございます」
「あぁ。久しぶりだな」
悪魔はひと月前のことを思い出す。彼女の名は千秋理子。小学生の魔法少女である。いつも明るく素直で純粋だが、今日の心中は穏やかではない。
「何かあったのか?」
「……! あの……マメジが、マメジが……!」
†
「……行方不明?」詳しい話を聞きたい悪魔は問い返す。
「はい……気付いたら犬小屋に居なくて……紐が切れてて……」
「逃げちゃったのかな?」首をかしげる鼓星かずみ。
「……でも、紐がなくてもマメジは大人しいから……どこか行く時はちゃんと吠えて教えてくれるし……」
「へぇ! そのマメジって犬、すっごく賢いんだね!」フゥ太が言う。
千秋理子の愛犬・マメジが行方不明になった。
その話を聞いた悪魔は助太刀魔法による捜索を考案する。
「かずみ。魔力を分けてくれるか?」
「うん! いいよ!」
悪魔は手のひらをかざす。それに合わせた鼓星かずみは、手と手が合わさった瞬間、なんともゾクゾクするくすぐったい感覚を得る────かと思われたが、単に吸着する感覚にとどまり困惑した。
「うぅ……! ……って、あれ? 悪魔の看病してた時と魔力が吸われる感じが違うね? あの時はなんか気持ちよかったけど、今は単に魔力の受け渡しをしているだけだ。なんか身構えて損しちゃったよ~!」
「……っ!?」
純朴に笑って後頭部を掻く鼓星かずみ。
悪魔は今のセリフに驚いて赤面するも、ポーカーフェイスでそれを隠す。
ソウルセルゲームの後、倒れた悪魔を鼓星かずみが看病してくれた、という話は周りから聞いているが……その時の悪魔は魔力発作を起こしていたはずだ。その状態で魔力を持つ存在・鼓星かずみが接触してきたということは、おそらく魔力を吸われている時に性的快楽を感じたはず。その心の純粋さと知識の無さのおかげで快楽の正体には気付いてないが……知らないあいだに自分の体で女の子が絶頂しているというのは、やはり考えものだと悪魔は思う。これも魔力発作の症状に、水泳の魔女の性質“恋愛”が干渉している影響だとは思うが……なんともはやままならぬ能力である。
「理子。オレの《助太刀》魔法で、今からマメジのところに瞬間移動する。ちょっと待ってろ」
「! 一緒に探してくれるんですか?」
「あぁ。マメジが心配だからな」
悪魔は微笑むと刀剣を作成。《助太刀》魔法を行使する。────が、悪魔の体は消え去らず、青い刀は魔力を弾けるように散らせて消え去った。
「────ッ!? 妨害……だと……!?」
助太刀魔法が不発に終わった。想定できる理由は二つ。この世に対象が存在しないか、魔法干渉を弾く結界の中に居るか。そして悪魔は巴マミの捜索と絶交ルールのウワサの時に、この青い魔力が弾かれる感覚を何度も得てきた。故に確信できる。これはウワサだ。ウワサによって助太刀魔法が弾かれた。
「……? 悪魔お兄さん……?」
「────理子。悪い知らせだ。おそらくマメジは、なんらかの結界の中に閉じ込められている」
「え……」
「助太刀魔法が発動したという事は生きている事を示すが……発動直後に妨害されて弾かれたという事は、外部から手出しできない空間に居ることを意味している。つまり助太刀対象がウワサ空間の中に居るため魔法干渉が拒絶されたんだ」
「……ウワサ? 魔女結界ではなくて、ですか……?」
「そこが不幸中の幸いと言ったところか。……ちなみに魔女結界なら助太刀魔法が弾かれることはない。なんせ元々は魔女結界の中に飛び込むための魔法だからな、この《助太刀》魔法は」
故に悪魔はウワサと断定した。こうなればウワサについて説明するしかない。
その時、大きな声が路地の奥から響いてきた。
「理子ー! マメジはいましたカー?」
「あ、アシュお姉さん!」
千秋理子から連絡を受けて一緒に捜索していたアシュリー・テイラーが合流する。
「ワオ! 悪魔です! お久しぶりデスネー!」
「アシュリーか。ちょうどいい。マメジの危機も直感していないことだし……そこの公園で事情を説明しよう」
†
遊具が点在する小さな公園。ベンチに座る一同は、悪魔からウワサの説明を受ける。
「ウワサとは、魔女とは似て非なる存在だ。魔女結界のようにウワサ結界を作成し、その中に手下を従えている。ウワサの特徴も魔女同様、千差万別であり、おそらく一つとして同じウワサは存在しない。問題なのは、そのウワサが有害か無害かに関わらず、人々から生命力を搾取する存在であることか……。
そして最大の特徴は、ウワサはその名の通り、自分の能力を象徴する“うわさを流す”ことだろう。理子、アシュリー。なんでもいいから“うわさ”を聞いたことはないか?」
「うわさ……あ! わたしは“ダンシング・ダディーのうわさ”を学校で聞いたことがあります!」
「私は“こんがら廃墟のうわさ”デスネー! 肝試し的なものでして、今度行ってみようと思っていマシタ!」
「なるほど。その二つのうわさは、本当にただの噂かもしれないし、ウワサが獲物をおびき寄せるために流した危険なうわさかもしれない」
そこで悪魔は目付きを細めて事態の深刻さを訴える。
「そしてマメジは今、その危険なうわさに巻き込まれている可能性が高い。なぜかウワサ空間の中に居ると、オレは判断している」
「!」
「でも……私たちは今までウワサなんて知りませんでした。疑っているわけではありませんが、ちょっと信じがたいデース……」
「ウワサは神浜市の西側に偏って発生している。中央区から東側の魔法少女は知らなくても無理はない。西側の代表者である七海やちよも、東側に出没するウワサに関しては、東側の代表者である和泉十七夜に問い合わせたと聞いている。しかしそのような存在は確認できないと言われたそうだ。これは数ヶ月前の情報だから少し古いが。よって今は東側でもウワサが発生し始めている可能性が高い。実際、半月ほど前に十七夜もウワサに巻き込まれた」
「えっ……十七夜お姉さんが?」
「そういえば十七夜は最近見ませんネ……」
悪魔は深追いさせないため話を切り替える。
「そういえばかずみも広義で言えばウワサなのか?」
「うーん。一応
アレとは、
「人造人間……!?」
「ワオ! ほかの魔法少女と比べて魔力パターンが少し個性的とは思っていましたが、まさかの出自に驚きマシタ!」
千秋理子とアシュリー・テイラーは驚きの連続で混乱している。そこで悪魔が言った。
「オレの推測では、ウワサはとある強力な魔法少女が創り出した使い魔のような存在だと認識している。……ともあれマメジを捜そう。工匠区に流れるうわさを集めていけば、どこかでマメジが囚われているウワサに辿り着けるかもしれない。それに、うわさを流す“ウワサさん”とも遭遇できるかもしれないからな。それを願おう」
ウワサさん。それはウワサのうわさを流す使い魔のような魔法存在。
そうと決まれば行動あるのみ。さっそく悪魔たちは足を使う。
街を探索して聞き込みし、豆柴マメジの行方と、最近流行っているうわさについて調べていった。
†