アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO! 作:形のない者
昼前の工匠区。そろそろお腹が空いてくる頃。
悪魔たちは聞き込みを中断し、アーケード街の隅っこで一時休憩していた。
「水名区でウワサを探していた時もそうだったが、なかなか遭遇しないものだな」
「悪魔たちがウワサを潰して回っているから警戒されているんじゃないの?」
「僕のど渇いたー!」
「ランボさんもー!」
悪魔の顔をじっと見つめるフゥ太と、悪魔の口の端を「おらおら」とぐいぐい引っ張るランボ。
「……そこに公園があるな。かずみ、頼めるか?」
「いいよー。それじゃあフゥ太、ランボ、行こうか?」
「公園の水かー。でも日本の水道水は比較的きれいだよね!」
「ランボさんジュースがいいー」
「えー。そんなこと言うならわたしもメロンパフェとか飲みたいよー」
鼓星かずみはフゥ太とランボを連れて目の前の公園に向かう。
その時、悪魔の視界端に赤い髪の少女が映った。
「────佐倉」
「おっ悪魔。……ってオイ。ほんの数時間で別の女を連れてんじゃねぇよ」
「ニヤニヤとからかうな。──昼飯か?」
「あぁ。どこで食い逃げしようか迷っててね」
佐倉杏子は悪ぶって言う。千秋理子とアシュリーは冗談だと思ったようで深く追求しない。まさか堂々と目の前で犯罪宣言するとはつゆほども思っていなかったのだろう。それは彼女たちの真面目さを象徴する
「たしかに、どの店も品物がこれでもかと凝ってるな」
「おかげでやりにくいったらありゃしない。さすがは匠の街だね。前はパフェを頼んだんだけどさ────」
「すっごい細かいカラメルのお城が出てきたの! どうやって食べればいいのか分からなくてキョーコと悩んでたら溶けちゃった!」
「なるほど」
微笑ましい話だと悪魔ははにかむ。
「ところであんたら、これ食うかい?」
「えっ……わ、ありがとうございます!」
「ワオ! これはあそこのコンビニの限定チョコ! とてもいいチョイスデスネー!」
佐倉杏子はポケットから取り出したお菓子を配る。
それを快く受け取った千秋理子とアシュリーは落ちそうなほっぺを支えて食べる。
「そういや歩き通しで喉が渇いたな」
「キョーコ! 公園発見!」
「んじゃそこ行くか」
佐倉杏子と千歳ゆまも公園に向かう。まだ鼓星かずみたちは戻ってこない。
「…………マメジ、お腹空いてないかな……もうお昼になるから空いてるよね……」
「理子……」
俯く千秋理子。アシュリーがそばに寄り添って肩を抱き締める。
「理子。きっとマメジも理子を捜しているはずデス。休憩が終わったら張り切って捜しマショー! そして一緒にお昼ご飯デース!」
「アシュお姉ちゃん……」
千秋理子は目尻に浮かぶ涙を拭うと、泣いている暇はないと前を向く。
「よしっ。わたしも泣いちゃったぶん、お水を飲んできます!」
「私も同行しマス! 悪魔もどうデスカ?」
「……そうだな。飲みに行くか」
誘いを断れない悪魔は同行する。
そこで公園に向かったはずの鼓星かずみが手を振って呼びかけてきた。その片手にはカラになった小瓶がある。
「おーい! こっち来てー! なんかタダで水を売ってるんだってー!」
タダで水を売る。どういうことだろうと悪魔は思う。
呼び掛けた鼓星かずみは、背中に「23」と書かれたジャージを翻して、小走りで先に駆けていく。
悪魔、千秋理子、アシュリーは付いていくと、そこには《フクロウ印の幸運水》という緑の旗を掲げた原付バイクが停まっていた。荷台には冷水箱が置いてあり、壮年の男性が爽やかな笑顔で小瓶に入った水を客に配っている。
そこには鼓星かずみ、フゥ太、ランボ、金髪の少女がいた。さらに佐倉杏子と千歳ゆまも給水所を見つけて寄ってくる。その後ろに千秋理子とアシュリー・テイラーも並んだ。
「おじちゃん! もう一本!」鼓星かずみがおかわりを要求する。
「ごめんねぇ。一人につき一本なんだ。みんなの分がなくなると困るからねぇ。また明日来てねぇ」
「そっかー。分かったよ! またあしたね!」
一方、フゥ太とランボは小瓶のコルクを開けるのに手間取っていた。
「開かないよー!」
「ぬぬぬぅ……おいお前、ランボさんのために開けろ!」
「あ、ごめん! ちょっと固かったかな?」
鼓星かずみはフゥ太とランボから小瓶を預かり、一本一本開けていく。
「ぷはぁ! なんだこれチョー美味いぞ!? おじちゃんもう一本!」金髪少女は豪快に飲み干す。
「ごめんねぇ────」
「へぇ。そんなに美味いのか?」
「キョーコ! ゆま、これ飲みたい!」
「いいよぉ。タダだからねぇ。はいどうぞぉ」
佐倉杏子はコルクを開けるが、千歳ゆまは少し手間取る。力が足りなくてコルクが開かないのだ。
「貸しな」
佐倉杏子は自分の小瓶を預けて、千歳ゆまの小瓶のコルクを開けようとする。
「おじちゃん。わたしにもください!」
「私にもくださいデース!」
「いいよぉ。タダだからねぇ。はいどうぞぉ」
アシュリーは小瓶のコルクを開けるが、千秋理子は少し手こずる。そこで魔力を指先に流し、魔法少女特有の怪力でコルクを容易く開けた。
「オレにもください」
「いいよぉ。タダだからねぇ。はいどうぞぉ」
悪魔は給水所のおじさんから手渡しで小瓶を受け取る。
「────ッ゛ッ゛ッ゛!!?」
突として悪魔の脳内に究極的な頭痛が迸り、超直感が激しく明滅する。
それは悪魔の死を警告する呪的作用。
逆転勝利の呪いによる“超直感の暴走”だと即断する。
では何が死に直結するのか?
刹那の時間。間延びする思考。
悶絶激痛。視界明滅。思考瓦解。意識断続。────究極光景。全ての物質の動きを完全に把握する。
悪魔は眼前の“壮年の男性”が何者であるかを
否、恐ろしいことに
それが何を意味するのか。
悪魔は一年かけて磨き上げた思考の回転力を活用して即刻回答を叩き出す。
「────ランボ! 飲むなァアア!」
「────!!?」
突然の怒号。それに“ビビクゥッ!?”と全身が硬直したランボは、びっくりするあまり涙目となって、つい手が滑り、鼓星かずみから受け取った小瓶を落っことして割ってしまった。フゥ太も驚きのあまり目を丸くして、幸運水を口に付ける直前で硬直している。
そして頭の上に乗っていたチーズも「キュー!!?」と叫び声をあげて飛び上がり、肩に留まっていた武蔵も緊急的に飛び上がった。傍らを歩いていたナッツも最初は驚きこそしたが、悪魔の心に呼応して瞬時に警戒態勢に入り、眼前の壮年男性に対して「Grrr……」と威嚇する。
「理子! アシュリー! 佐倉! ゆま! その水を飲むな! 絶対にだッ!!」
「ガオッ!」
「────」
佐倉杏子は動揺する。悪魔の言葉の意図が分からない。だが悪魔とは半年の付き合いがある。だからと言ってその言葉をそのまま信じるわけではないが、せめて意図を聞いてからでも遅くはない。そう判断して、コルクを開けた小瓶を千歳ゆまには返さず、臨戦態勢で目付きを細めた。
「な、なんだ……?」金髪の少女はおっかなびっくりと硬直。
「全員、魔力感知しろ! この男から魔力を感じるか!?」
「────っ!!」
いち早く魔力探知を仕掛けた佐倉杏子が、悪魔の言動の意図に勘付く。
「どうなんだ、佐倉!」
「っ……あぁ。たしかに
ベテランと呼ばれるほど経験を積んだ魔法少女は、何かしらの出来事に相対した時、まず最初に魔力探知を行なうのが癖になっている。常から魔力を探知していれば、たとえば魔力を隠して魔法少女に接近する小賢しい魔女などを相手に遅れを取ることがないからだ。要は奇襲を防げるのである。ほかにも罠に掛かる確率が減るなど利点が多くある。
しかし佐倉杏子が気付かなかったのも無理はない。普通、魔法少女は魔女を相手取る存在だ。魔女とは異なる魔力までは、敢えて探知しようとは思わない。故に気付くのが遅れた。否、気付けなかったのだ。
それでも佐倉杏子は知っている。巴マミはあらゆる事態を想定して全ての魔力パターンを常時探知している奴だ。それは充分な魔力を持ち、充分なグリーフシードを確保できるからこそ可能な、魔力をふんだんに用いた常時警戒態勢である。故に巴マミならば悪魔より早く気付いただろうと、佐倉杏子は我が身の拙さを呪うように呟いた。
「フゥ太! 小瓶を置け! ランボを抱いて、かずみのそばから離れるな! 一応ランボがこぼした水にも触れるなよ!」
「……!」
フゥ太は小瓶をそっと地面に置くと、ランボを抱き上げて鼓星かずみの背後に回る。尋常ではないほど焦っている悪魔を見て恐れを抱いたのもそうだが、悪魔の言うことならそうするべきだという信頼もあった。
一方、千秋理子とアシュリーは驚きのあまり固まっていた。あと一秒遅れていれば飲んでいたとはいえ、突然の怒号は二人を放心状態に追い込んでしまっていた。悪魔は二人に近付いて小瓶を奪い取ると、原付バイクに向かって投擲。小瓶はパリンと割れて水がこぼれる。
「あぁ! 何すんだテメェ!」金髪の少女が叫ぶ。
「かずみ! お前はこれを飲んだんだな!?」
「う……うん……」
「ならフゥ太が置いた小瓶を回収しろ! 佐倉、分析を任せた!」
「あたしはゴメンだよ。こっちはゆまを守らなきゃいけないんでね。正体不明の敵を前にして迂闊な行動はできない」
ならば仕方がない。全員、悪魔の言動に混乱している。それを落ち着かせる為には説明が必要だ。死を直感して焦り急を要したとは言え、そろそろ適切な説明が必要だろう。
「あ、あの……悪魔お兄さん……」
「いったい、何がどうしたんデスカ……?」
「────理子、アシュリー。よく聞け。オレは生物の心を読む能力を持っている。そして目の前の男性からは
「……!」
「……つまり、そのおじさんは
「見かけに騙されるな。基本的にウワサは心を持たない個体が多い。おそらく製作者にとって心を持たせる必要がない場合が多いからだろう。そしてオレが知る限り、心を読める……つまり心を持つウワサは“万年桜のウワサ”のみだ。かずみは例外とする」
悪魔が怒号を発しても、小瓶を原付バイクに投げて割っても、壮年の男性は顔色ひとつ変えず佇んでいる。とても爽やかな笑顔だ。
「フクロウ印の幸運水だよぉ。君も一杯いかがかな?」
「どうやらウワサはこの状況を想定していなかったようだな……決められたパターンしか喋れないらしい。ゲームのNPCや人工知能を持つアンドロイドのようなものか……やはりウワサはどこか機械的だな……」
今すぐ戦闘に発展する気配はない。悪魔は誘いを掛ける意図も含んで臨戦態勢を解く。
「おいテメェ!」
「……!」
その時、金髪の少女が手持ちの小瓶を投げ捨てて、悪魔の服を掴んだ。最初は胸ぐらを掴もうと思ったようだが、身長差があって面倒だと思ったのか、最終的に服の裾を掴んだようだ。
「わっ!」
「なっ────!」
しかし悲劇が起きた。彼女が投げ捨てた小瓶が地面にぶつかって割れて、まだ中に残っていた水が跳ね散った。それは千歳ゆまの顔に掛かり、佐倉杏子は絶句する。
「っ……!」それは悪魔も同様だった。
「おい! よそ見すんな!」
悪魔の服を引っ張って揺さぶる少女は、誰かの為に怒っている。
「こんなに美味しい水を配っている優しいおっちゃんに変な難癖つけるなよ!」
「……そうだな。オレが悪かった」
驚くほど素直な謝罪。それに金髪少女は拍子抜けするが、分かれば良いと鼻息を鳴らして、どこか嬉しそうに腰に手を置く。
「バカはバカを庇う。それに気付けなかったオレの落ち度だ」
「──……あ?」
金髪少女は喧嘩を売られたと判断する。
そこで佐倉杏子は我に返り、悪魔の悪癖に対して目を覆った。
「ったく……なんでアンタはそうやってすぐ煽るんだか……」
無論、佐倉杏子と深月フェリシアの対決を避けるためである。悪魔が先に喧嘩を売ったことで、佐倉杏子は千歳ゆまに関することで溜飲が下がることは
「魔力感知をしろと言ったのが聞こえなかったか? 深月フェリシア」
「……っ!? お前、なんでオレの名前を……!」
「オレは生物の心を読めると言ったはずだが? ザルのような耳だな。まさか忘却魔法を自分に掛けているのか?」
「なっ────! やんのかテメェ! つかなんでオレの魔法を知ってんだよ!」
「話にならないな。だが水を飲んだなら運命共同体だ。これからウワサ退治と行く。付いてくるか?」
「はぁ? お前なに言ってんのかマジわっかんねぇーよ!」
金髪ツインテール紫眼の美少女は深月フェリシア。闇属性の魔法少女である。
「ナッツ。人間がウワサを着込んで操られている可能性もある。内部は破壊せず、外殻だけをアスファルトと調和させて風化させることはできるか? 調和魔力の応用だ」
「ガフッ!」
任せろと鳴いたナッツは、魔力を溜めて口腔から一気に放出した。その魔力放射は壮年男性の表面とアスファルトを調和させて風化させるが……直後、異変が起きた。
『────!?』
壮年男性の皮膚が風化して剥がれていく。人間ならば、その奥には筋肉があるはずだ。しかし一同が見たものは緑色の何か。さらに小さな歯車のようなものが幾つも回っており、ウワサの内部構造が暴露される。
「フ────フクロロロロ……ジ、ルシ────のコウウウウウウんスススススススイ────だヨォ……」
「ナッツ。中に人間は入っていない。周りに人もいない。消し飛ばせ」
「GAOOOOOOOOOOOOOOO────!!」
ナッツの咆哮により、壮年男性と原付バイクが風化してボロボロと崩壊した。
それを目にした深月フェリシアは震え上がって悪魔の腕を鷲掴む。
「テメェ! 人を殺しやがったな!?」
「アレは人間じゃない。魔女と似て非なる存在だ」
「────! 魔女……?」
「都合のいい単語しか耳に入らないようだな。────それほど追い詰められているとも言えるか……」
悪魔は直感する。深月フェリシアの人間性を。
「全員、緊急事態だ。オレはウワサから攻撃を受けたと判断する。幸運水を飲んだかずみとフェリシアは確定として、顔に掛かったゆまは不明だが……どうだ?」
「ゆま。水が口に触れたりしたか?」佐倉杏子は身を屈めて千歳ゆまの両肩に手を置く。
「う、うん……ちょっと甘かった……」
千歳ゆまは頷く。
それに佐倉杏子は目を見張り、ゆらりと立ち上がって首だけ深月フェリシアに振り返った。その眼光は鋭く煮えたぎっている。
「────テメェ……」
「は? なんでこっち睨むんだよ! ちょっと掛かっちゃっただけだろ!」
「佐倉。意見を求める。ここでフェリシアを相手にしてくれていればこっちも動きやすい。その場合、ゆまには同行してもらう。水を飲んだことで何が起きるのか調べたい」
「…………断る。このクソガキを叩き潰すのは後回しだ。まず、ゆまが
なんとか一触即発の雰囲気は避けられた。
しかし悪魔は焦りを隠せない。なぜなら手掛かりがない。いつもはウワサと遭遇すると、ウワサさんが現れてウワサの内容を紹介してくれた。もちろん時間差はあるものの、漠然とした不安が悪魔を襲う。
「まずは公園に移動しよう。人気がなくて広い場所がいい。──武蔵、発散魔力は使えるか? ならば魔力を散布してウワサの存在を探知してくれ。ウワサさんを捕まえたい。何か反応があればすぐに知らせろ」
悪魔は公園に赴く。そこで歌うように呟いた。
「────何か、面白いうわさを知りたいな。どこかに水に関係するうわさはないものか……」
「悪魔お兄さん……?」
ウワサはうわさを流す。だが獲物をおびき寄せたいなら、うわさに興味がない者にうわさを語っても意味が薄い。つまりウワサさんは、もしかしたらうわさに興味がある人の下に現れるのではないか。そしてマギウスはウワサを潰されるのを嫌っていた。そのために黒羽根や白羽根を守護者として配置し、危険なペルソナカードを持たせるほど、厳重にウワサを守っていた。となると、もしかしたら
「────幸運が、欲しいな。いつも不運ばかりで参っているんだ。でもやっぱり幸運は要らないかも。だって自分の力で手にしてこその努力価値だと思うから……」
悪魔は呼び掛けるように呟く。
「ピィー!」
「!!」
武蔵の鳴き声。水属性の魔力を散布している中で、透明な物体が背景を歪ませて公園の中央を通過した。開匣。バトルグローブから炎を灯して逆噴射。無属性の構築魔力で迷彩効果を得た何者かの首を掴みとり、地面に叩きつける。
「ギャッ! ナゼワカッタ!?」
「水属性の魔力は発散だけでなく鎮静の性質を有している。それを上空から降らせていれば、構築魔力による背景同化の迷彩も役立たずだ」
「……なるほどね」
「どういうこと?」
得心する佐倉杏子と、首をかしげる鼓星かずみ。
「
「へぇ~! それじゃあ発散魔力を降らせたのはブラフってこと?」
「それもあるが、発散魔力は存在を感知しやすいだけで位置までは掴みにくい。確実に捕まえるためには発散の性質も欲しかったんだ。まぁたとえあのツバメが発散魔力を使えなくても、悪魔は発散魔力を使えと口だけは言っていたろうけどね。鎮静魔力を使えと指示していれば、それを聞いた
「グッ……! コナクソ……!」
ウワサさんはモゾモゾと動くが、戦闘能力がないため悪魔の手中から逃げ出せない。
「……この“ウワサさん”はよく喋るな。どうやら特注らしい。そろそろマギウスも本腰を入れて対策してきたと判断するべきか? であれば何か目的があって現れたはずだ。製造したウワサの内容を書き換えるのは手間だが、無害ゆえに安価な“ウワサさん”は製造コストが低いはず。となれば新たに“特殊なウワサさん”を創ることで、オレたちを罠にはめる可能性も十二分に考えられる。────どうだ?」
「……ヤハリ、お前は、厄介、ダ……」
「正解か。──ではフクロウ印の幸運水とは何かを語ってもらおう。さぁ話せ。ウワサの内容を! かずみたちに何をした!!」
「グッ……ワカッタ……ダカラ、離してホシイ……」
悪魔は手放す。
「なっ! おい!!」
佐倉杏子の静止の声。もしこれで“ウワサさん”が逃げるようなら確実に追跡して捕まえるため火属性の熟練性質・分析魔力を走らせようとする。それは悪魔も同様だったが、その心配は杞憂に終わった。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? ミザリーウォーターのそのウワサ
むかし懐かし原付バイクの 荷台に乗った保冷箱
おじちゃん1杯くださいなって もらった水を飲んだなら
ゴクゴクプハーッ! って気分は爽快! 元気も一杯 幸福いっぱい!
けれどだけどもそれはまやかし 飲んだ水はヤバイ水!!
24回の幸運のあとに、24回の不運が起きるって
水に溶けた工匠区の学生の間じゃもっぱらのウワサ!
モーヒサーン!》
かくして“ウワサさん”は忽然と掻き消えた。
「────ミザリーウォーター……?」
「おい悪魔! これ、違うウワサを語って逃げられたんじゃねぇのか!?」
「佐倉。それでもウワサの内容は部分的に一致している」
「そんなの似たようなウワサを語っただけかもしれねぇだろ!」
その時、悪魔のスマホから着信音が鳴った。
「やちよからだ」悪魔は電話に出る。
「くっ!」
七海やちよと通話した悪魔は、不意にスマホをポケットにしまう。
「──あいつら、参京区で《フクロウ幸運水のウワサ》と遭遇したようだ。だが旗には《ミザリーウォーター》と書かれていたそうだ。ちなみに飲まなかったのは、やちよとなぎさの二人だけだ」
「なっ……! なんであっちはフクロウ幸運水なんだ? ──ってか、あっちはほぼ全滅じゃねぇか……!」
「納得はできる。こんなの騙されない方が難しい」
「まぁ、七年の経歴はバカにできねぇし……なぎさの奴も、マミを見習ってるからな……つーかそんなことより、どうすんだよこれ。参京区に行くって決めたのは今日なんだろ? けどあたしたちは工匠区に来た。なのに似たようなウワサに捕まってやがる。これは……」
「明らかに罠に掛けられた。そう捉えていいだろう。もしかしたら今回が決戦の時かもしれないな……」
「ッ……だがなんであたしらも巻き込まれた……」
「口寄せ神社で助けに来てくれたろ。
「────ッ!! …………ちがう……あれは、ただの共闘だ……そうだろ……」
一瞬、佐倉杏子から殺気が漏れたように一同は思った。
しかし悪魔は平然としており、佐倉杏子が下を向いて意気消沈することを見越していたのか、淡々と考察を進める。
(……幸運水を飲んだら、24回の幸運のあとに、24回の不運が起きる……)
「かずみ、ゆま、フェリシア。何か容態に変化は?」
「特にないよ」
「ゆま、平気ー!」
「……答える義理がねぇ」
悪魔はフゥ太と指を咥えるランボの下に足を運ぶ。緊張している二人の頭を撫でて優しく微笑む。
「ランボ。フゥ太も。大きな声を出してゴメンな。あの水、毒が入っていたみたいなんだ。許してくれるか?」
「……」ランボはこくりと頷く。
「うん。びっくりしたけど、平気だよ!」
「そうか。ありがとう。それでフゥ太。ここからランボを連れてみかづき荘に帰れるか?」
フゥ太は頷く。
「そうか。ランボをよろしく頼む。……だがランボ。フゥ太は戦えない。もしもの時はフゥ太を守ってやれ。できるだろ?」
ランボはこくんとうなずく。
「上出来だ。二人で助け合って帰るんだぞ。……なに、オレたちは大丈夫だ。夜には帰る。何かあったら助太刀魔法でむくのところに行け。明日香のところでもいい」
「……あくまは?」
「敵を倒したあと、二人を迎えに行く。それまで我慢できるか?」
「…………」
ランボは俯いて答えない。フゥ太は「ランボ?」と問いかけて背中をさするが、ランボはフゥ太に抱きついて悪魔に背を向けた。
「二人を……いや、ごめんな」
ランボとフゥ太を連れて来るべきではなかった。
それを言えば二人が傷つくと直感した悪魔は、ただ謝ることしかできなかった。
(……あまり関わらせたくはないんだがな……)
悪魔は立ち上がる。
「さて、かずみとゆまは待機が望ましいが……どうするべきか。24回の幸運がいつ訪れるのか予測がつかない。下手に行動すれば幸運なことが起きて、不運のターンが近付いてしまう。それに原則、物事が等価交換で成り立っているとしても、やはり不安が残る」
「どういうこと?」
鼓星かずみが問いかける。
「適当にコイントスを繰り返して幸運を消費する案がある。もし幸運の質が不運の質と比例するなら、24回のコイントスで連続勝利した後、再び24回コイントスすることで負け続ける程度の不運がやって来るはずだ。ただしウワサの内容の中で、幸運と不運の質が比例するとは一言も言ってなかった。下手に幸運の回数を減らすのは下策かもしれない。
つまり質を問わず、24回の幸運の後に、その後の24回分の行動が全て裏目に出る……そう考えた方が自然だろう」
「ピィー!」
『────っッ!?』
武蔵の鳴き声。全員は周囲を警戒する。だがどこにも異常は見当たらない。
「……ん?」「?」「なんだこれ?」
不意に鼓星かずみ、千歳ゆま、深月フェリシアが声を上げる。
そちらに視線を向けると、三人は白い手紙を手に取っていた。
「かずみ。オレが開ける」
「ゆま。あたしに寄越せ」
悪魔と佐倉杏子、深月フェリシアは手紙を開封して白い便箋を取り出し、一読。
《アラもう聞いた? 誰から聞いた? 確殺賭博ミネルヴァのそのウワサ
フクロウ印とミザリー印 その二つの幸運水は賭博場への招待券
惨めな梟の後釜を担い ウワサを潰す悪い子たちを招いては殺す
さぁさぁようこそ 互いの嘘を食い合う世界へ
解放か崩壊か 欲しけりゃヒトツくれてやる!
知力・財力・暴力のスベテをそこに置いてきた!
魔法少女たちは偉大なる救済を目指し、夢を追い続ける!
これからの世は────まさに魔法少女時代!
マギウス! サイッコー!!》
「……
「幸運水とギャンブル……どう考えても最悪な想像しかできない。嫌な組み合わせだ。これは完全に罠だね。どうするよ、悪魔」
「オレが行く。全員ここで待機だ」
「ふざけんな。こっちはゆまも懸かってんだ。あたしは行かせてもらうよ」
「では誰がかずみたちを守る? それにゆまを置いていくのか? 幸運水を飲んだかずみは戦力として数えていない。戦わせるべきではない。一気に24回の幸運を消費してしまうからだ」
「ゆまは……ホテルに連れ帰って留守番させる。ちゃんと留守番できるよな?」
「甘いな。子供もバカじゃないぞ」
「うるせぇ! なんでもかんでも自分の思い通りになると思うな!」
佐倉杏子の大声が公園に響く。
その時、なぜか誇らしげに胸を張る深月フェリシアが二人の間に割って入った。
「おい。なんだか込み入っているようだが、ここはオレが請け負おうじゃないか」
「より高い大金を積まれればそっちに寝返る信用価値のない傭兵は不要だ」
「なっ────!? なんでそんなこと知ってんだよ! まさか! またオレの心を読んだのか!?」
「いや。傭兵セールスをするつもりだったのは直感していたが、寝返る云々はカマかけだった。馬脚をあらわしたな」
「んなぁ……!?」
深月フェリシアは目を丸くしてぱちくりとびっくり、あんぐりと口を開けて八重歯が見えている。
「こっちもアンタを雇うつもりねぇよ。そもそも雇う金なんてないし、そりゃ悪魔もおんなじだ。つーか元を辿れば、テメェがゆまに水を掛けなけりゃこんなことにはなってねぇんだ。クソガキはとっとと家に帰って不運に見舞われてな」
「あぁん!?」
「……分かった。オレの考えを明かそう。まず、かずみの護衛役が欲しい。幸運水を飲んだ状態で確殺賭博なんて場所には連れていけないからだ。かといって単独行動させるわけにもいかない。理子とアシュリーはマメジの搜索があるし、そもそもこちらの事情に巻き込めない。できれば強い魔法少女に護衛を務めてほしい。故に佐倉に頼りたかったが、たしかにゆまの生死をオレに握らせろというのは酷な話だった。自信過剰と性急が過ぎたと反省している。内心どこかで佐倉に頼りすぎていたようだ。……となれば仕方がない」
悪魔は一旦、三匹の魔法生物を匣兵器に仕舞う。そして大空と雨と雲の死ぬ気の炎をありったけ注入する。開匣。いつもより遥かにパワーアップしたナッツ・チーズ・武蔵が魔力のオーラを伴って飛び出てくる。
「ガオ!」「キュー!」「ピィ!」
「ナッツ、チーズ、武蔵……かずみの護衛を任せた。注入したエネルギーは極力節約しろ。かずみが不運に見舞われ始めたら全力を出して護衛するんだ。できるな?」
三匹は任せろと鳴く。
そこで鼓星かずみが俯きながら言った。
「あ、あの……悪魔、ごめん……わたしのせいで……危うくランボとフゥ太にも飲ませるところだったし……わたし、役に立ちたかったのに、足でまといで……」
「────なら次だ。次また一緒に戦おう。だから今は身を守ることを優先するんだ」
「……! うん……!」
悪魔は便箋の裏を見る。そこには案の定、ウワサ空間への道のりが記してあった。
「理子。お前はどうする? どうやってかは知らないが、もしマメジが幸運水を飲んでいれば、確殺賭博ミネルヴァのウワサに招待された可能性がある。一緒に来るか?」
「……わたしは……」
「私は反対デース! 確殺なんて、いかにもデンジャラスな場所です! そんなところに理子を連れてはいけません!」
「オレも同感だ。よって別行動と行こう。さっきの給水所と“ウワサさん”の件で、ウワサの存在と特徴は把握できたはずだ。そのままウワサを調べてマメジを見つけるといい。オレは確殺賭博の中でマメジを捜すとする」
「で、でも、危険なんじゃ……!」
「危険だからオレが行くんだ。言っとくがオレは強いぞ?」
そう言った悪魔は背を向けて歩き出す。
「……悪魔お兄さん!」
「気をつけてクダサイ!」
千秋理子とアシュリーの声。そこで悪魔は足を止めた。
「そうだ。かずみとは行動を共にするな」
『────?』
鼓星かずみ、千秋理子、アシュリー、それだけではなく佐倉杏子も首をかしげる。
「オレの予想では、既にかずみは一回幸運を消費している。あの時のオレは佐倉同様、完全に油断していた。水を飲みたいというランボとフゥ太をかずみに任せて先に行かせてしまった。そのまま帰ってくるまで待つ気でいたんだ。しかしオレは
「────……っ! まさか……あの時のわたしは、既に幸運水を飲んでいた……そして、わたしにとってランボとフゥ太が危険な目に遭うのは
「そうだ。つまり──よく何かをしでかすランボと──フゥ太、理子やアシュリーが近くにいることで、かずみの幸運が消費されやすくなる可能性が高い。かといって単独行動も危険だ。不運が発動したとき身を守れなくなる。故にナッツたちを付けたが、もちろんナッツたちがいることでも、かずみの幸運は消費されやすくなる。だがそれも考えた上での抜擢だ。よく考えてみてくれ。
裏を返せば、かずみの幸運が消費されて不運のターンが訪れた時、周りの人物に不運を振りまく可能性が高い。その場合、対処能力の高い者でないと巻き込まれて危険だ。理子とアシュリーは、オレからしたら新米魔法少女の域を出ない。ナッツたちでは三人を守りきれないから、別々に行動してくれ」
忠告を済ませた悪魔は公園を立ち去り、佐倉杏子は千歳ゆまを連れてホテルに戻る。
それを見届けた深月フェリシアは鼻を鳴らす。
「ふん。バカじゃねぇの。うわさうわさって。そんなもんに踊らされる奴の気がしれねぇな。んじゃ、オレは帰るとするかー」
芝居がかった言い方で後頭部に手を結び、のんきに鼻歌を歌って立ち去る深月フェリシアは、公園を出て行方をくらます。
「……よしっ。理子、アシュリー。わたしのことは気にしないで! 頼れる魔法動物たちが付いているし、大丈夫だから! それよりマメジ! 早く捜さないと! きっとお腹すいてるよ!」
「……かずみお姉さん……」
「何かあったら連絡をくだサイ! すぐに駆けつけるので!」
「うん! ありがとっ!」
後ろ髪を引かれる思いで千秋理子とアシュリーは公園を立ち去る。
そうして一人になった鼓星かずみはしゃがみ込み、ナッツとチーズの頭を撫でた。肩に武蔵が留まる。
「さて、どうしよっか。本当にここで待っているのが正しいのかな……? 幸運を呼び込まないようにって、よく考えなくても難しいよね……? 不運が来たらどうするか……作戦会議でもしよっか?」
「ガフッ!」「キュー!」「ピィー!」
そうして鼓星かずみは魔法動物たちと戯れながら、悪魔の帰りを待つのであった。
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