※この作品はR-18です。

アクマレコード 魔法少女ヒットマンDIAVOLO!   作:形のない者

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【あんた、嘘つきだね】佐倉杏子

 

 時は遡り。参京区では。

 

 環姉妹とリリス、七海やちよと由比鶴乃、暁美ほむらと鹿目まどか、黒江と凪とイーピン、百江なぎさが、五組に分かれてウワサを調べていた。

 

 やがて昼が近くなり、一行は連絡を取り合って天蓋歩道のアーケード街に集合する。

 

「これで全員合流したわね。まだお昼まで時間あるし、店を探す前に各自の収穫を聞いておきましょう」

「ごめんなさい。ういチームは特になしです……」環いろは

「師弟チームもなしだよー!」由比鶴乃

「まどかチームもなしです……」暁美ほむら

「ブラックチームも収穫なしです」黒江

「なぎさは各店舗のチーズを吟味していたのです」

「そう……まぁ簡単に行かないことは分かっていたわ。気落ちしていても仕方ないし、お昼たくさん食べて気合いを入れ直すわよ」

『はいっ!』

 

 みかづき荘の一行は二列で歩き、アーケード街を彩る飲食店の数々を見て回る。

 

「ところでみんな、やけに荷物が多いようだけど……?」

「あぁこれは……落し物を届けたら、すごく感謝されて大金をもらって……財布に入らなかったので使い切ろうとしたら、セールスマンの押し売りで色々と買っちゃって……でも押し売りされたものが全部、前々から欲しいものだったから、つい……」環いろはが困り顔で言う。

「私も落し物を届けたら福引券をもらって、試しに回してみたら二等のゲーム機を当ててしまって……」暁美ほむらが申し訳なさそうに言う。

「すみません。ゲーセンに寄ったら、思いのほかクレーンゲームからぬいぐるみの景品が取れてしまって……」黒江は真顔で言う。

「まったく。遊びに来ているわけじゃないのですよ?」

「なぎさはチーズを食べて回っていただけみたいだけど?」七海やちよが睨む。

 

 その時、快活な声が響いてきた。壮年の男性がママチャリの保冷箱を開けて声を上げている。ママチャリに差した旗には《ミザリーウォーター》と書かれていた。

 

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。タダで美味しい水を配っているよぉ。飲んだ人は幸運になれるよぉ」

 

 先頭を歩いていた七海やちよは絶句して立ち止まる。「わぷっ!?」その背中に由比鶴乃がぶつかり、「わっ!?」その背中に環いろはがぶつかり、「むに!?」その背中に暁美ほむらがぶつかり、「うわ!?」その背中に黒江がぶつかった。

 

「みんな前を詰めすぎなのです。横ばかり見ているからそうなるのです」

「モキュー!」

 

 最後尾を歩いていた百江なぎさが、店舗に気を取られすぎだと忠告する。

 その傍らを歩いていたリリスもまた、眉をひそめてその通りだと鳴いた。

 

「ちょっとししょー! どうしたのー?」

「あ、あの美味しい水だ。やちよさん、気になるんですか?」

 

 文句を言う由比鶴乃と、環いろはの台詞。

 それを聞いた七海やちよは目を見張って振り返り、環いろはの両肩に手を置いて詰め寄った。

 

「環さん!」

「は──はいぃ!?」

「あそこで売ってる水を飲んだの!? 特に体に異常は────分析魔力を流しても無いようだけど……でも……」

「え、えっと……? あの、やちよさん……急にどうしたんです?」

「分からない? あれ、ど(・)う(・)感(・)じ(・)て(・)も(・)ウワサじゃない……」

 

 由比鶴乃と環いろはは目をぱちくりとさせる。

 

「え……えぇえええっ!?」

「────わ、ホントだ! あのおじさん、魔力反応がある!」

 

 そこで環ういは不安げにオロオロする。

 暁美ほむらと鹿目まどかは冷や汗を流して互いの顔を見合わせた。

 黒江は呆然とした顔で佇み、傍らの凪は表情が読めない真顔で、その腕に抱かれるイーピンは滝のような汗を流していた。

 

「────ちょっと待ちなさい。なんでみんなそんな反応を示すわけ? まさかとは思うけど……」

「えっと……わたしも、お姉ちゃんと一緒に、ミザリーウォーター、飲んじゃいました……」

「モ……モキュ……キュ……」自分は頑張って止めたんだとリリスは鳴く。ただちょっと蝶々に気を取られて野良猫の襲撃から逃げて風になびくツクシと一緒に首を左右に振っていたら、いつの間にか環姉妹がウワサの水を飲んでしまっていたのだと弁解する。

「う、ういちゃんと同じく……」鹿目まどかが弱々しく手を挙げる。

「……で、でも、特に体に、異常はないですし……?」暁美ほむらは現実から目をそらす。

「あの……私と凪さんとイーピンは、どうなっちゃうんでしょうか……? あ、あと……イチゾーと大和にも、分けちゃったんですけど……」黒江は気を強く持って立っている。

 

 そこで由比鶴乃が手を挙げた。

 

「えーっと……やちよししょー。怒らないで聞いてほしいんだけど……実は私も飲んでましたー!」

「あなたはずっと私と一緒にいたでしょ!?」

「いやほら! ちょっと喉渇いたから水飲みたいって一瞬離れたじゃん! 実はあの時……」

「…………っ!」

 

 七海やちよは愕然とする。

 

「……さすがに冗談なのです? アレに気付かないマヌケはこの先、魔法少女の世界で生きていけないのです」

「なぎさは飲んでいないのね? ────って待って。あなた、知ってたの? さっき収穫はないって……!」

「そんなことは言っていないのです。なぎさはチーズの話しかしていないのですよ。わざわざ言わなかった理由は、どうせお店を探している間に、こうして遭遇すると思ったからなのです。その時に紹介しようと思ったのですが、まさかあ(・)ん(・)な(・)怪(・)し(・)い(・)水(・)を既に飲んでいたのはさすがに想定外だったのです。まったく……マヌケな魔法少女ばかりで、やれやれなのですよ」

 

 百江なぎさは両手を挙げて、これには降参だと、溜め息をついて首を振る。

 

 その時、一行の周りに十数体の“ウワサさん”が現れた。一行を取り囲んでウワサを語る。

 

《アラもう聞いた? 誰から聞いた? フクロウ幸運水のそのウワサ

 むかし懐かしママチャリの 荷台に乗った保冷箱

 おじちゃん1杯くださいなって もらった水を飲んだなら

 ゴクゴクプハーッ! って気分は爽快! 元気も一杯 幸福いっぱい!

 だけどけれどもそれはまやかし 飲んだ水はヤバイ水!!

 24回の幸運のあとに、24回の不運が起きるって

 水に溶けた参京区の学生の間じゃもっぱらのウワサ!

 モーヒサーン!》

 

 ウワサさんは忽然と消え去る。七海やちよはスマホを取り出して悪魔に電話をかけた。

 

「────悪魔。報告よ。《フクロウ幸運水のウワサ》と遭遇したわ。ただ厄介なことに……」

 

 七海やちよは、どこかマヌケな少女たちを叱咤するような目付きで一瞥する。

 それに居た堪れなくなった魔法少女たちは俯き、もはや何も言えなくなった。

 

「いえ……これは私の監督不足ね。─────……え? そっちも《ミザリーウォーターのウワサ》と遭遇した? ……ちょっと待って。そういえば、あのウワサの手下はミザリーウォーターの旗を掲げているのに、なんでそっちに……え? そっちの旗はフクロウ印の幸運水と書いてあった? ……ちょっとまって。考えさせて……こんなのは初めてよ。まずなんで名前が逆なのか……それになんで、ここまで類似するウワサが参京区と工匠区に? まさかほかの区にもある比較的数が多いタイプのウワサなのかしら……えぇ、また何か分かったら連絡をちょうだい」

 

 七海やちよはスマホをしまい、さてどうしたものかと考えあぐねる。

 

「幸運……あなたたち、その幸運水を飲んだあと、落し物を拾ったり、景品が当たったりしたの?」

 

 一同は頷く。

 

「なるべく具体的な数を教えてくれる? 幸運だと思った回数で構わないわ。よく思い出して」

「えーっと……私は二回くらい? ですかね……」

「わたしも二回くらい……でも、私とお姉ちゃん、どっちの幸運が使われたのかは……」

「私とまどかも、それぞれ二回くらいで……」

「私と凪さんとイーピンは、ご覧の通り景品をいっぱい取りましたので、割とたくさんです。具体的な景品の数は十点です」

「私はさっき飲んだばかりだから、まだ幸運は来てないかなー?」由比鶴乃は首をかしげる。

 

「……どこまでが幸運で、何に幸運が使われるのか、細かい仕様が分からない以上は、数えても無駄に近いってことね……みんな複数人で行動していたから、誰の幸運が使われたのかも分からない……きっと悪魔も、鼓星さんには単独行動を進めたでしょう」

「えっ……かずみさんも飲んじゃったんですか……!?」

「ゆまちゃんと深月フェリシアもね」

「深月フェリシア……?」暁美ほむらが首をかしげる。

「あー、あの傭兵魔法少女かー!」由比鶴乃は思い出したように手を叩く。

 

 その時、頭上から数枚の手紙が降ってきた。

 

「今度はなに……!?」七海やちよは動揺する。

 

 封を開けて読んでみれば、それは《確殺賭博ミネルヴァのウワサ》の招待状であることが分かる。

 

 七海やちよは熟考の末、最善と思われる判断を下した。

 

「私ひとりで行きたいところだけど……言って聞くようなメンツじゃないわよね。それに、これだけ魔法少女が揃えば火力は十分だし、なんとかなるかもしれないわ。幸運水も尽きる前に倒すしかないのだし、逆にこちらが幸運水を利用してやるしかない。というわけだけど、みんな準備はいいかしら?」

『────はいっ!』

 

 かくして、みかづき荘の一行は招待状の地図に従い、確殺賭博ミネルヴァのウワサがある場所に赴いた。

 

          †

 

 一方その頃。工匠区の天蓋歩道(アーケード)シャッター通りにて。

 

 悪魔は一枚のマンホールに目をつける。マンホールの絵柄に見覚えがあったのだ。招待状の手紙を見てみると、その封蝋の絵柄と瓜二つであることに気付く。

 

「ここか……」

 

 重いマンホールの蓋を開ける。次の瞬間、屋根の上から佐倉杏子が飛び降りて一足先に落下していった。

 

「……」

 

 悪魔も飛び降りる。確かに悠長に梯子を使って降りている場合ではない。暗闇の縦穴を落ちていくと、下方から着水音が聞こえた。グローブから炎を噴射して落下の勢いを弱め、地下水道に出たところで滞空。靴を汚さないよう床を探すが、辺り一面薄い水面で浸っていた。仕方なく着水する。つま先が冷たい。靴がボロボロのため簡単に浸水してしまう。

 

「アンタ、ひとりでなんとかするその悪い癖、まだ治ってないんだな」

「…………」

「まぁそんなこと口寄せ神社の時から分かってたけどさ。なんでもかんでも一人でおっかぶんなよ」

「……余計なお世話だ。それはお互い様だろう」

「どこが。あたしは好きにやってるだけさ」

「オレも同じだ。好きでやってる」

「あんた、嘘つきだね」

「お互いにな」

 

 悪魔の減らず口に佐倉杏子は舌打ちする。

 

 そこは等間隔に柱が立つ地下貯水槽。床には照明がついており、水面をエメラルドグリーンの色で照らしている。天井にも水面が張っており、空間が光を反射し合って幻想的な光彩を放っている。

 

 悪魔は先に進む。

 佐倉杏子はお菓子を咥えながら変身して赤い衣装に変わり、槍を後ろ首に持ち上げて歩き出す。

 

「……ん? おい!」

「!」

 

 天井を見上げた佐倉杏子は腰を屈めて跳躍し、一気に後退する。

 悪魔は天井に亀裂が入っていることを、佐倉杏子の心から直感。

 

 次の瞬間、天井が崩落して大水が降ってきた。

 

(────《助太刀》────)

 

 雨刀の開匣と同時に、大水の圏外に立つ佐倉杏子の下に飛ぼうとする。が、雨刀から青い魔力が弾かれた。

 

(不発────直感気配は八名────固有魔法《魔法封印》だと? 厄介だな────)

 

 大水が頭上に迫る。この大水には触れてはならない気がする。どうせ降らせるなら致死性が高いモノにするはずだ。となれば毒か、あるいは幸運水と同じものか。なんにせよ手持ちの魔法は封じられた。悪魔は死ぬ気の炎を灯して頭上に放射する。

 

(《天を穿つ轟炎(インパクトフレイム)》)

 

 通常の人間なら押しつぶされてもおかしくない大水を炎圧のみで軽々と引き裂く。

 その直後、遥か前方から音の衝撃波を伴う双剣が投擲された。それには見覚えが有る。黒羽根の武器だ。

 

(────当たれば即死。避けるしかない────だが避ければ水を浴びてしまう────超直感の明滅がないことから、逆転勝利の呪いは作用していない。つまり、この水を浴びても死には直結しないと判断するべきか……?)

 

「おい悪魔ッ!」

 

 佐倉杏子の叫びは杞憂に終わる。

 

(時雨蒼燕流 守式・弐の型────《逆巻(さかま)く雨》)

 

 雨刀を翻して水面を切った悪魔は、刀で水を巻き上げて姿を隠す回避奥義を披露する。音速の双剣が数十発、水しぶきの壁を貫いて激突。爆発し、何本かの柱を打ち崩した。

 

 しかし悪魔は無傷。魔力操作で遠方からも双剣を操作できる羽根たちだが、目標を見失えば当てずっぽうで当てるしかない。そのおかげで即死攻撃は回避できたが、その代わり大水を浴びてしまった。死炎放射で半分ほど蒸発させていたが、プールの水の半分ほどの大水を浴びた悪魔は水圧で押しつぶされそうになる。

 

「ぐっ……!」

 

 波に揉まれる。固く口を閉じても目や耳、穴(・)と(・)い(・)う(・)穴(・)か(・)ら(・)水が入る。おそらく体内に水が入った段階で作戦は成功なのだろう。実際、悪魔が水を浴びたのを遠巻きから確認した羽根たちは、心の中で喜びと安堵の声を上げていた。

 それを直感した悪魔は、同時に《不運水》という単語も直感する。

 

 水圧を耐えた悪魔は立ち上がる。後方の佐倉杏子は水を避けるため跳躍し、柱に槍を突き刺してその上に座っていた。

 

「おい悪魔。それはヤバイんじゃねぇの?」

「あぁ。どうやら不運水と言うものらしい。幸運水の逆と見るべきか……あるいは、単に不運しか来ない水と思うべきか」

 

 八人の羽根たちは撤退していく。悪魔の視力では見えないくらい遠いため姿は見えなかった。

 

「佐倉」

「黒いローブが七人、白いローブが一人だよ。どいつも動き方からして雑魚だ。あぁだが、ペルソナカードを大事そうに持ってる奴もいたな。スタンドを使われると厄介そうだ」

 

 魔力で視力を強化した佐倉杏子は、遥か遠方のタイルすら一枚ずつ数えることができる。

 

「まだ罠があるかもしれない。そのまま柱を伝って移動しろ。水には触れるな」

「なんだかサルになったみたいで滑稽だけどね。あと命令すんな」

 

 二人の間で静謐(せいひつ)だがピリピリとした空気が流れる。それはどちらかというと悪魔のせいだった。それは本人も自覚がある。どうやらみかづき荘を出る時、やや気負い過ぎたようだ。焦りや苛立ち、すなわち焦燥……どうも悪魔は生き急いでいる。それはいつものことだが、今回は特に余裕がなさそうだ。

 

 ────カリッ。と足元から音が鳴る。

 

「……?」

 

 悪魔は前に踏み出した足を退けて、波立つ水面が収まるのを待つ。床照明によりキラキラと輝く水底には、一個の指輪が落ちていた。水に手を突っ込んで拾い上げる。それは銀色の指輪で《666》と不吉な数字が刻まれていた。

 

「あん? なんか拾ったのか?」

「あぁ。獣の数字が彫られた指輪を拾った」

「へぇ。んじゃあ次に4や9、13の数字のものを拾ったら確定だね」

「そうだな」

 

 悪魔は何気なく左手薬指に嵌めた。左手薬指は愛情を意味する。その指に獣の数字の指輪を嵌めるのは、あまりにも皮肉が過ぎた。

 

「────!」

「? どうした」

「……このリング……霧の炎を灯せる。それも今までに見たことがない精製度だ……おそらく最高ランク……」

「はぁ? なんでこんなところに、そんなすごい死ぬ気の炎のリングがあるんだよ? まぁ……でもそうなると不運じゃないのか? アンタにとっては武器が増えたから幸運だろ?」

「……そうだな。あるいは、水泳の魔女が叛逆の性質を発動させたか……そのいずれかだな」

 

 不意に腰の匣兵器がピクリと動いた。Dキュゥべえの体動である。

 

(……キュゥべえが何かに気付いた? このリングに関係していることは直感したが、問いただすべきか……。いや、やめておこう。キュゥべえに聞くこと自体が不運の発生に繋がるかもしれない。こいつはオレを蹴落とす気満々だからな……。────ただし、こうやってキ(・)ュ(・)ゥ(・)べ(・)え(・)に(・)聞(・)か(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)自(・)体(・)が(・)不(・)運(・)だったら、もうお手上げだが……)

 

 何が不運で幸運となるのか、それは全てが終わってみなければ分からない。そもそも悪魔は運に頼らない。運に頼るとは即ち神頼みと同じこと。殺されかかっている時に祈りを捧げて両手を塞ぐ暇があるなら、その両手をもっと別のことに使うべきだと悪魔は思っている。

 

 故に運に頼るのは最終手段。悪魔にとって不運とは実力でねじ伏せて跳ね除けるもので、幸運とは真の意味でどうしようもなくなった時に願う祈りの拳である。どのみち殴ることに変わりはない。

 

(不運について深く考えても仕方がない。全て実力で解決すればいいだけの話だ。それに────プロのギャンブラーはそもそも運に頼らないと言う。確実に勝てる布石を打ち続けて、より布石を高く積んだ者が必(・)然(・)の(・)勝(・)利(・)を手に入れる。知力を、計算を、財力を、暴力を、あらゆる手段を尽くして、より先手を取れた方が勝利をもぎ取る。……オレもそのように在りたい。願うだけで不幸をこうむった少女たちをごまんと見てきたからこそ────オレは、それを反面教師として生きていく)

 

 水が浅くなっていく。わずかな傾斜を上がって冷たいコンクリートの床を踏みしだき、悪魔と佐倉杏子は上陸した。

 

 等間隔に柱が立つ中で開けた空間が存在する。その中央には緑色の机が一台設けられており、先ほどの羽根たちが勢ぞろいしていた。

 

「黒が七人、白が一人、よく分からないスーツ姿の奴がひとり……ありゃポーカー台か? ホントにギャンブルやんのかよ」 

 

 エキゾチックなマネキン人形の見た目をした、スーツ姿の女性らしき人型のウ(・)ワ(・)サ(・)が、机から離れて悪魔と佐倉杏子の前で立ち止まる。そして丁寧なお辞儀を披露。

 

「お待ちしておりました。《確殺賭博ミネルヴァのウワサ》にようこそ。私は《ミザリー立会人のウワサ》と申します。お気軽にミザリーもしくは立会人とお呼び下さい。詳しい説明は“ウワサさん”からどうぞ……」

 

《アラもう聞いた? 誰から聞いた? ミザリー立会人のそのウワサ

 彼女は賭博場・酸凶(さんきょう)幸少死圏(さいしょうしけん)のルールを取り仕切る盟主にして名脇役

 優秀な頭脳 確かな冷静 公正な審判を行う為に必須のスキルは全部ある

 知と暴を兼ね備えた立会人は どんな相手でも確実に取り立てを遂行する

 ゲームの作成・進行・取り決め・取り立ては 全て立会人にお任せあれ!

 クールビューティー!》

 

 神出鬼没のウワサさん。

 対する悪魔と佐倉杏子は警戒を崩さない。

 

「それを信じる道理がないな」

「同感。胡散臭くてかなわない」

「お二方のお気持ち、お察しいたします。しかし私は、たとえあなた方の勝利条件が《ミネルヴァを倒せ》というものであるならば、あなた方の勝利の暁には、この私が《確殺賭博ミネルヴァのウワサ》を取り立てましょう……」

「……つまり、それを出来るだけの力が立会人にはあるというわけか。ルールに厳正な代わり、ルールの範囲内なら文字通り無敵を誇る……そういうウワサなわけだ」

「なるほど。じゃあ一度ゲームに乗っかると、どう足掻いてもアンタには逆らえないと」

「イグザクトゥリー。話が早くて嬉しいです。やはりギャンブルは知略を凝らしてこその面白さ。馬鹿には務まりません遊戯でありますので……」

 

 立会人のウワサは面を上げると、悪魔と佐倉杏子の全身を見やる。

 

「……ところで、悪魔サマ。佐倉杏子サマ。この賭博場にはドレスコードが存在いたします。衣装はこちらでご用意させておりますので、ぜひゲームに臨む勝負着をお選びくださいませ」

「なんだめんどくさい。この魔法衣装がもうドレスみたいなもんだろ」

「いえいえ。確かにそのままでも佐倉杏子サマはこの上なくお美しいですが、この賭博場は普段とは異なるスリルを楽しむため、いつもとは違う雰囲気を楽しんでもらいたいのです。なにぶん私は形から入るもので……そのためドレスコードを満たさない場合、強制的に退出させなければいけないのですが……せっかく初めてのお客サマなのです。そのような悲しいことはさせないでください……」

 

 そこで悪魔はぴくりと反応する。

 

「初めての客? まさかとは思っていたが、ここのウワサ……やはりオレたちを殺すために創られた特注品なのか?」

「…………それにつきましては、ぜひゲームに勝利してから情報の取り立てを依頼していただければ……いくらでも」

 

 顔のパーツがないマネキン人形の顔が、ニヤリと薄気味悪く微笑む。

 

 キャスターが転がる音。沢山の衣装を吊るしたハンガーラックが、フクロウのような使い魔によって運ばれてくる。フクロウたちの鉤爪は二つの更衣室も運んできた。

 

「彼らは《ミザリーオウルのウワサ》と申します。一部は私の使い魔として、こうして雑用係をさせています」

 

 悪魔と佐倉杏子は衣装を選ぶ。悪魔はハロウィンの王子様が着るような白スーツを選び、佐倉杏子はチャイナ風の白いドレスを選んだ。

 

「悪魔サマは《ハロウィン・ロイヤリティ》の礼装を、佐倉杏子サマは《ファントム・オブ・キル》の礼装を身に付けたのでございますね。よく似合っておられます!」

「なーにが似合ってるだ。ほぼアンタが選んだんじゃないか。悪魔が黒を選ぼうとしたら「違う色で」とか、あたしが赤を選んだら「せめて白で」とか」

「ハハハ。前もって言ったでございましょう? いつもと違うから良いのです……ハハハ」

 

 悪魔と佐倉杏子はゲーム台の前に立ち並ぶ。

 

「……」

「……なんだよ。あんま見んな」

「いや、似合っていると言おうと思って」

「────っ! ……アンタさ……いったいどういう感覚でそういうセリフを吐いてるんだ?」

「言えば喜ぶと直感した。特に他意はない」

「あっそ!」

 

 悪魔は直感する。単純に褒めただけでは、より乙女の心は複雑化することを。

 

(先程からオレの焦燥が佐倉に伝わって嫌悪感を抱かせている……それに関して普通に謝罪すれば良かったんだが……意地を張っているな……まさか褒めて半分怒るとは思わなかった。超直感も乙女心には万能ではないということか)

 

 新しい衣装を着て気分が変わったのか、ささくれだった態度を見直す悪魔であった。しかしまだ素直になれない様子。

 

「それで? あっちは着替えないのかい?」

「もちろん着替えます。既に一人、ゲームの台に着こうとしているでしょう?」

 

 一人の黒羽根はローブを脱ぎ、豪奢なドレスを身にまとって、その素顔をあらわにする。

 金髪赤眼の魔法少女。頭にはバニーガールの耳のような赤いリボンを付けている。

 

「マギウスの黒羽根・七瀬ゆきかです。以後お見知りおきを」

「……参加するのはお前だけか」

「はい。通常、黒羽根は仲間内でも顔を隠すので。私は例外的に抜擢されたんです。……魔法少女の解放を邪魔する悪魔を狩るために」

「なるほど。おそらくはオレに特化した魔法を持っていると見た。……佐倉、オレが席に着く。こいつはオレの相手のようだ」

 

 佐倉杏子は「好きにしな」と腰に手を置いて姿勢を楽にする。ゲームを行なう二人が座る席以外に椅子がないため立ち見するしかない。

 

「────さて、二名のギャンブラーが席に着きました。それではこれより、わたくしミザリーが立会人を務めさせていただきます。いくつかの仕様を列挙しますので、質問があればいつでもどうぞ」

 

 1.ゲーム進行について。原則、ゲームの台に着いたプレイヤーは、立会人が設定したルールに縛られる。

 たとえばゲームの進行を守るために、舞台は結界で守護されて、外部からの攻撃を全て遮断する。

 たとえばプレイヤーに希望するゲームがない場合、立会人がゲームの内容を取り決める。

 

 2.ゲームの取り決めについて。原則、ゲームの台に着いたプレイヤーは、勝敗による賭物(のりもの)を決める。ただし賭けるモノは、立会人が取り立てることができるモノに限られる。

 たとえば紆余曲折あって、結果的に取り立て不可能な賭物が登場した場合は、なるべく勝者の意向に沿える代替品を、立会人は取り立てる。

 

 3.ゲームの取り立てについて。原則、ゲームの台に着いたプレイヤーは、立会人の取り立てに抗えない。ただしなんらかの方法で取り立ての妨害に成功された場合は、それはもはや取り立て不可能の範疇であるため、「2.」でも述べた通り、代替品を取り立てることになる。

 

「とどのつまり、このわたくしミザリーがルールです。……では、何かご希望のゲームはございますかな?」

「私は……ミザリー立会人がオススメするゲームを希望します」

「それは嬉しいですね。では七瀬ゆきかサマはアレで……。それでは悪魔サマは? なければ自動的にアレとなりますが。もちろんアレについてはゲーム開始前にご説明いたしますとも。ただ私も舞い上がってしまいまして。サプライズとして、もう少し秘密にさせていただきますね」

 

 悪魔は思案する。七瀬ゆきかは明らかに悪魔を罠にハメようとしている。故に相手の希望するゲームを認めるのは危険だ。かといって悪魔は、ほかのゲームがとんと思い付かない。ただのトランプゲームでは、相手もそういった場合を想定して対策も立てているだろう。となれば独創的なゲームがいいかもしれない。

 

「…………、……オリジナルのゲームでもいいか?」

「もちろんでございます。ただしルールとして成り立っているかどうか確認するため、この場でルールを説明してもらいます。なお、互いに違うゲームを希望する場合、どちらのゲームで勝負するかをコイントスで決めさせていただきます」

「いま即興で考えたゲームだ。といってもポーカーのパクリだがな。なんでもいいから五十枚のカードを用意できないか?」

「実はわたくし、まさにこういう時のために具現魔法の劣化版を使えまして。いくらでもご用意できますとも」

 

 悪魔はオリジナルゲームのルールを説明し、必要なカードの絵柄を伝えて立会人に作らせる。

 

「ところでミザリー。このゲーム、イカサマはありなのか?」

「!」

 

 七瀬ゆきかは、まさか堂々とイカサマをするつもりなのかと反応する。

 

「もちろんです」

「イカサマがバレたら?」

「その場で負けとし、取り立てを開始します」

「なるほど。つまりバレなければ問題ないと」

「…………えぇ。バレなければ、それはイカサマではなく、単なる実力でございますので。……ところで、これは興味本位からの質問ですが……よもやルールをねじ伏せるほどの力をお持ちで?」

「そうだな。必要とあらば、ルールの範囲内(バレないイカサマ)で勝ちをもぎ取るさ」

 

 ミザリー立会人は楽しそうに笑って、質問する。

 

「ではそろそろ、お互いに賭けるもの・お互いが欲しいものをお決めになられてはいかがでしょう?」

「私は────この人がウワサ空間の奥底に落ちるのを希望します」

 

 七瀬ゆきかはマギウスから、そのようにしろと命令されたようだ。しかし、なぜそう命令されたのかを七瀬ゆきかは知らない。そのため悪魔はウワサ空間の奥底に何があるのか皆目見当がつかない。

 

「なるほど。では悪魔サマは?」

「……そうだな。とりあえず、このゲームに関わる全てのウワサの内容を語ってもらおうか。ウワサの本体が居る場合、その手下のウワサも全てだ。加えてマメジが今どこにいるのかも聞きたい。可能なら救出も。これら全ての取り立ては可能か?」

「審査の結果、七瀬ゆきかサマの賭けるものと対価が見合っていると判断すれば、その分だけ必ずや。……あるいは、今の質問が仲間のウワサの情報を売れるのかという意味であれば……当然。そこに自らの首や心臓、腕や脚があるならば、差し出せない道理はないでしょう?」

 

 ミザリー立会人は不敵な笑みをこぼす。

 そこで悪魔は長らく思っていた点を呟いた。

 

「ちなみに今更だが、オレはこのゲームを受ける理由がない。強行突破でウワサ空間の奥に進撃しても良かった。むしろ普通ならそうするべきだろう。ミザリー立会人はゲームの上では無敵だが、ゲームの台に着かなければ無敵の能力が発動する前に倒すことも可能だ。たかが八人のスタンド使いも造作はない。ではなぜオレはこうしてわざわざ席に着いたのか。────逆転勝利の願いとは、つくづくままならぬものだってことだ」

 

 いかなる勝負も劣勢から逆転して勝利する。そのような願いのもとに生まれた悪魔は、あらゆる挑戦を正面から受けて立つ必要がある。自ら不利な舞台に飛び込まなければ、逆転勝利の女神は微笑んでくれない。なんとも過酷で世知辛い能力である。

 

 かくして悪魔は、圧倒的不利と思われる舞台に自ら上がっていった。

 

          †

 

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